扉の間
シラセナンキョクによって永遠地獄へと送られてしまったホツカと師匠。
そこは先ほどと似たような暗闇が広がるだけのなにもない空間…のはずがなにかいた。すでに先客がいたのだ。
「ぎゃひーー、なんなんですか? これはどういうこと?!」
甲高く響く感情的な女性の声。
「まあまあとりあえず落ち着いてよ。…とわいえ、オレもわけわかんなくてどうすればいいのか、なんだけど」
少年、と思われる声もした。
「少年、そこの奴はいつもそんな感じだからほおっておいていいよ。なにが起ころうとこのアメジ様がついてるんだ。みんな安心しなって」
また別の女性の声だ。先の女性とは違って妙に落ち着いてと言うより自信に溢れているようだが…。
「はあ? なに言うんですか? ていうか、アメジさんがいるほうがますますいやーな予感しかしないんですがー。みなさーん、騙されないでくださーい」
「うっさいリンネ、アンタは黙ってな」
「あだっ! ちょっなにすんですか? 暴力反対ーー」
「もう、二人ともケンカはダメだよ! こういう時はみんなで力を合わせるべきだよ。ね、協力しよう」
明るい声色の少女の声、さらに「そうそう、オレもこの子の意見に賛成だよ。なんか緊急事態みたいだし、協力すべきだ」と先ほどの少年の声が少女の意見に賛同する。
「はーー、またわけわからんところに来てしもうたか。けどまあ、不思議な出来事はわりと経験済じゃしなー」
と男性の声もした。
「あたしも、誘拐されたことはあるけど、…また今回も誘拐なのかなー」
うんざりした様子の少女の声もした。
どうやら、声で数えると…女性4人男性2人がこの空間にいるようだ。声の方向へホツカがあるいていくと声の主の姿が明らかになった。光のない暗闇の中だが、目に不自由がなく彼らの姿はハッキリと見えている。彼らもまた、互いの姿はしっかりと見えているようだ。どうやらここはただの暗闇の部屋ではないらしい。魔法がかかっているわけでもない。ホツカにも師匠にもわからない。異次元とやらだろうか?
ホツカに気づくとそこにいた者たちは皆、ホツカたちのほうに注目した。ふわっとしたショートヘアのミニスカート姿の小柄な少女が「あっ」と嬉しそうな声を上げてホツカのほうに走りよる。
「君も突然ここに飛ばされてきたの? あたしたちもなんだ。あ、あたしはね【スズメ】ていうの。よろしくね」
フレンドリーに握手されるホツカは、きょとんとしながらも、「ああうん」と頷く。スズメと名乗った少女の興味はなぜかホツカより、彼の肩に止まる師匠に向く。
「な、なに?」
師匠を片手で庇いながら後ずさるホツカ。スズメはホツカの態度を気にするでもなく、うーんと呻りながら首を傾げる。
「なんだかその子があたしの知り合いに似てるかも?って思ったから気になって。色が黒かったらもっと似てるかもしれないなー。あっ、あたしの幼馴染の男の子でカラスって言うんだけど」
『カラス…、まあたしかにワシは今カラスだしな…』
「! へえ、あなたも同じカラスって言うんだね。すごーい、なんか運命感じるなぁ」
嬉しそうにぴょこぴょこ飛び跳ねるスズメに、師匠とホツカは「え?」と互いを見合って驚く。
『この娘っこ、ワシの言葉を理解しておる!』
「うん、わかるよ。あれ、なにかおかしいの?」
おかしいから驚いている。師匠の言葉を理解できるなんて、普通の人ではありえない。なぜなら師匠はカラスなのだ。他の人からは「カァーカァー」とカラスが鳴いているようにしか聞こえないだろうし、そもそも師匠は鳴いていない。ホツカとは精神で会話をしているようなものだ。つまり、魔力を有し魔法を行使できる者…魔法使いでなければ師匠との対話は不可能だ。だが、スズメは魔法使いではない。ホツカにはわかる、魔法使いかそうでないかは。とはいえ、このスズメが何者かわからない。ホツカの中の知識には存在しない。つまり、異次元の存在…なのだろう。
そんなホツカの心情を察してか、スズメは「そうだ、最初に自己紹介しないとね」と彼女から名乗り出た。
「あたしはスズメ。えっと、あたしの世界では翼を持つ者と持たない者がいて、あたしは翼を持つ者…光の翼の救世主なんだ。見て見て」
そういうとスズメは「えーい」と掛け声をあげると、彼女の背中から茶色の鳥のような翼がバサッと音立てて現れた。さらに羽ばたき宙を舞う。
『まるで、鳥人間だのう…』
「魔法とは違うようですけど、彼女の特異能力みたいですね…。まさか、他の人も?」
ホツカが見渡す。スズメの空中浮遊に他の者も「おおっ」と驚きの声を上げていた。
「すげーな、特撮の世界みてーだわ」
「えっ、もしかして、ここのいる人たちってなんかすごいことできる人たちなの? いたって普通の人みたいで安心してたけど」
この中で年長っぽい成人の男と、ショートヘアのラフなスタイルの少女がスズメを見上げながら感想をもらす。
飛行を披露したスズメはみなの側に降り立ち、翼を背にしまい、元の少女に戻る。
「どうやら翼を持つのはあたしと、そこの白カラス君だけみたいだね」
「師匠は白カラス君じゃなくて、師匠!」
スズメの白カラス君呼びにホツカがすばやく反応して反論する。一瞬ぽかんとするスズメだったが「あ、ごめんね。師匠くん」と言い直した。「師匠くんって」とさらに反論しようとするホツカを、師匠がやれやれとため息ながらスズメに伝える。
『ワシのことはシラスと呼んでくれ』
「えっ、師匠なんでその名前で」
『仕方なかろう。呼び名がないと不便だろうしな。気にすることはないぞ、スズメとやら』
「うん、わかった。じゃあ改めてよろしくね、シラス。で、君は…」
師匠…の隣のホツカに目線を向けながらスズメが訊ねる。そういえばまだ自己紹介してなかった。スズメだけではない、他の者たちもまだ互いに初対面の様子だ。…ある一組を除いては。
「僕はホツカ。スズメさんのような力とは違うけど、僕は精霊の力を借りた魔法が使える魔法使いです。ただ、この空間には精霊の気配を感じないので僕の力の披露はできないのですが。
もしや、みなさんもシラセナンキョクのせいでここに?」
シラセナンキョクの名を聞いて、みんなハッとしたようにホツカのほうを見た。
「そうだよ。あたし、シラセナンキョクに願いを叶えてやるからって言われて、それであたしは世界をみんなを滅びの道から救いたいって願ったんだ」とスズメ。
「オレはアオ、草原に生きるドゥルブの民だ。オレも星を眺めていたら突然真っ暗になって、シラセナンキョクって奴の声がして、世界を変えたいのなら願いを叶えてやるって言われて」と長い三つあみを二つ括りにした小柄な少年アオが話す。
「あたしはカケリ、青原市若草区出身15歳。トレーニング中にシラセナンキョクって人の声がして。自由になりたいってつい。はー、早く帰らないとマケンドーに怒られちゃうよ」とブツブツと後半ぼやくショートヘアの少女カケリ。
「あーオレは昼寝しとったら夢の中にシラセナンキョクの声だけがして。同じようなこと言われたな。名前は空海、岡山出身の一応探検家じゃ」と青年の男空海。
「なんだなんだ、そろいもそろってそのシラセナンキョクって奴に騙されたのか? 情けない奴らだな、まったく。このアメジ様を見習えっての」と腕組しながら腰周りのしっかりした女性が偉そうな態度でそう言う。
「アメジさんは違うの?」と三つ編みの少年アオが訊ねる。このアメジという女性だけは他の者と違う条件でこの空間に飛ばされたのだろうか?
「よく言いますよ。このアメジさんなんて欲の塊みたいな人ですよ。きっとあれやこれや願いを叶えてもらおうとして連れてこられたんでしょ!? あ、あたしはリンネです。アメジさんと違って常識人の乙女です」とツッコミを入れてくるのは、先ほどアメジともめていたリンネという女だ。派手なピンク色の髪をしているが、他は大して特徴のない残念系の女子だ。
「はあ? 誰が欲深いって? あたしの願いはたった一つ! アメジ様感謝祭をしてもらうことさ! それ以外願ってなんかいないよ!!」
顔真っ赤で反論するアメジだが、リンネはじめ他の者もあきれたように「うわー」と哀れみの声をもらして目を背けた。
「アメジさんがアイタタなのはともかく。ここから出るためにはシラセナンキョクって人を探さないとだめですね。どこにも出口が見当たらないし」
この空間には不思議な力が働いて、彼女たちは脱出することができない様子。
「あたしも、さっき飛んでみたけどなぜか翼の力が押さえつけられる感じで。ここの場所の影響なのかな?」
やっぱり、シラセナンキョクという謎の人物(人物であるかも定かではないが)を探し出さないことには、この謎空間から脱することはできないのだろうか?
彼らが途方にくれる間もなく、例のシラセナンキョクが現れた。といっても姿は見えず、やはり声が響いてきただけだが。
「ククク、絶望しているようだな、諸君!」
「あ、この声は…シラセナンキョク…さん?」
スズメが訊ねるが、他の者も声の主はシラセナンキョクだろうと思っていた。
「左様」
肯定するシラセナンキョクの声が返ってきた。
「いったいアナタは何者なの? どうしてあたしたちをここに閉じ込めたの?」
「わからないというのか? 考えてみよ、私が何者であるか」
スズメの質問にシラセナンキョクは自分が何者か当ててみろと言ってきた。シラセナンキョクが何者か、みな検討がついているのだろうか?次々に答え始める。
まずはアメジが「アメジ様のファンだな!」と答える。
「もしや、金門一族の手のものじゃ?」とリンネ。「黒痣の仲間か?」とアオ。「マケンドーの敵?アイツいろいろと恨み買ってそうだしなー」とカケリ。「ドッキリとかじゃな?! どこかに隠しカメラが仕掛けられとったりして?いやー、オレもそろそろ地元番組の取材とかくるかもーとおもっとったけど。やっぱりドッキリテレビのリポーターの人じゃあ」となぜか興奮気味に空海。
「いや、おそらくどれも、違うんじゃないかと…」とホツカだが。ホツカにもシラセナンキョクの正体はさっぱり見当がつかない。ホツカにとっての敵と言える存在は恐ろしき協会すなわち【救世士ドーリア】だが、シラセナンキョクは協会の関係者とも思えなかった。ホツカの中の魔法使いの知識に存在すらしないからだ。ホツカの世界の住人ではないのだろう。
彼らをあざ笑うようなシラセナンキョクの不気味な笑い声が空間に響く。
「私はな、創造主…つまり、神だ」
「か、神? 神様ってこと?」
「うわ、ヤバイ宗教の人か?!」
「神ってことは、あなたが鳥神?」
「違うぞ。お前たちの思っているような神とは別の存在だ。お前たちは別々の世界の住人だ。本来なら出会うことすら叶わぬ関係だ。だが、私にはそれが可能だ。なぜなら創造主であり、管理人だからだ」
「なにを言ってるんでしょう師匠。シラセナンキョクの話が、理解できません」
ホツカだけでなく、スズメたちも、シラセナンキョクの話の意味を理解できていない。たしかに彼らはホツカとは別の世界の人たちだ。それはわかるが。いったい、シラセナンキョクとはなんなのか?そしてその目的は?
「理解できないとは無責任な発言だな、ホツカ。お前はキーパーソンとして呼び寄せたのだ。いいか、よく聞けそこの主人公どもよ」
「え?なに主人公って? 誰のこと?」
「なんじゃ、まさかオレの自伝ドラマ化でもされるんか?」
「主人公と言えばこのアメジ様のことだな。で、リンネとかは引き立て役ってとこだろう」
「なに言ってるんですか! というかどもってことは複数形?もしかして、ここにいる人たちのことですか?」
シラセナンキョクの発言に、アメジたちはざわつくが、やはり誰も理解していない様子。
「おそらく、シラセナンキョクの言っている主役と言うのは、それぞれの世界の代表…という意味じゃないかと思います」
ホツカの言葉に他の連中もやっと気づいたようだ。ホツカの言うとおりで違いない。肯定するようにシラセナンキョクの「まあそういうことだな」という声が返ってきた。
「先ほども言ったとおり、私は創造主だ。貴様らは別々の世界の住人同士だが、ある一つの世界の中に成り立っている。貴様らはしらんだろうが、その世界は【ダロ船】という。十年前より、私がコツコツと作り上げてきた世界だ…」
なんかシラセナンキョクが語り出したが、その話には矛盾がある。みんなすぐに気づいてそれを指摘する。
「ちょっと十年前に誕生した世界っておかしいでしょ? あたしは18歳ですけど、計算が合いませんけど?」
リンネだけでなく、ここにいる者は皆年齢は十歳をはるかに超えている。十年前に生まれた世界に自分たちが住んでいるなどおかしな話だし、ありえない。だがそのことにつっこまれてもシラセナンキョクは「どこがおかしい?」などといって己の発言の間違いを認めようとしない。どころか、「なにもしらないのはお前たちのほうだ」と言って彼らを馬鹿にするように高笑いをする。
「な、なにがおかしいんでしょうか? やっぱり頭がちょっとアレな人…なんでしょうか?」
「た、たしかに。自分から神とか言ってるのはたいてい…っていうよな?」
シラセナンキョクが変人なのだと空海たちは眉をひそめてひそひそ言い合うが。ホツカはそうは思えなかった。シラセナンキョクがただの変人とは思えない。ホツカの知らぬ力を使い、この謎の空間を作り上げたのもシラセナンキョクなのだろう。ホツカの世界の神もなかなかやっかいな存在ではあるのだが、ホツカの知る世界の神とはまた別の存在なのはたしかだ。
「どういうことかわからないか? 私の作った世界に住むお前たちは、私が作り出した存在だ。お前たちの世界も、私が作り出し、そして自由に…ぶち壊すこともできるのだよ!」
「なっっなんだと?」
創造主であり、破壊者でもある。シラセナンキョクの企みとは、ホツカたちそれぞれの世界を大きく変えること、すなわち世界の破壊を明言した。
「世界をぶち壊して、なにがしたいんだよ?アンタは」
問われてシラセナンキョクはフフンと答える。「作り変えるのさ、私の思い通りのパラダイスにな。どういうことか、貴様らは自我を持ちすぎて私の思い通りに動かなくなった。主のゆうことを聞かない人形ほど腹立たしいものはないからな。すべてが私の思い通りの、すばらしい楽園…新ダロ船を作るのさ」
世界をぶち壊す、と言われてもどうもリアリティがない。なにがどうなるのか、皆想像がつかないため、シラセナンキョクの発言は妄言にしか聞こえてこないが。馬鹿馬鹿しいとホツカは言い放てない。なぜなら、ホツカの仲間たちは突然倒れ、引き離されてしまった。みんな無事でいると思いたいが、シラセナンキョクがとんでもない悪なら、仲間のヤードたちの身も無事ではいられないだろう。
「わかりやすく言えば、リストラだ」
「リストラって、なに?」
きょとんと首を傾げるスズメ。シラセナンキョク、ちっともわかりやすくないぞ…。「お役ごめんってことだな、首切りってこと」と空海が説明するが、また誤解をまねき「ええっ首を切っちゃうの?!酷い」とおそろしい光景を想像させてしまったらしい。
「つまり、存在を消してしまうってことだろ?」ホツカの言葉にシラセナンキョクは「そういうことだ」と答えた。首ちょんぱではなくてほっとしたスズメたちだが、存在を消すというのもなかなか衝撃的だ。すぐに「ええーー」と驚きの声を上げる。
「ククク、とはいえ私も貴様らに情がまったくないわけでもない。だからチャンスを与えてやったのだ。貴様ら主人公勢にそれぞれダンジョンをこさえてやった。そのダンジョンに住まうボスを倒せば、元の世界に戻してやるし、新ダロ船で新たな世界の元生かしてやろう」
シラセナンキョクがそういうと、次の瞬間ホツカたちの周りに扉が現れた。暗闇の中浮かぶ扉には、それぞれ違ったシンボルマークが描かれていた。
シンボルマークは…紫色の水晶、果物の桃、夜空に浮かぶ星、馬、鳥のような翼、緑茂る木、が描かれていた。
「もしかして、この扉のマークがそれぞれを表しているのかな? あたしは翼の扉」とスズメ。
「じゃあオレは星の扉だろうな。天童子のお告げ…が関係していたりしてな」とアオ。
「あ、あたしは馬…か。馬って、なんだか安直だなぁっていうか、他に特徴ってないよねーあたし」と肩を落としながらカケリ。
「オレは当てはまるのは木じゃな。やたらと森に縁があるしな」と空海。
「当然アメジ様は紫水晶の扉だね! で、余りモノは」「余りものって言うな! ってあたしが桃なんですか? すみませんさっぱり意味不明なんですが、なんであたしが桃? ハッまさか名前が桃山だから? いやまさかそんな」とアメジとリンネがアホなやりとりしつつ、それぞれ該当する扉の前に立ち、扉に手をかける…が。
「ぐぬぬ、なんですか、扉開きませんけど?」
みんな扉を開けようとするが、どの扉もミリとも開かなかった。
「ククク、当然だ。貴様らだけでは扉は開かん。扉を開くことができるのは、ホツカお前だけだ」
「えっ? ホツカ君がカギ?」
主人公たちがホツカのほうを見る。ホツカは驚くでもなく、シラセナンキョクの企みがわかってきた。シラセナンキョクはホツカに究極の選択をさせる気なのだ。救済できる世界は一つ、アメジかリンネかアオかカケリかスズメか空海か。
「ホツカ、お前が開くのはどの扉だ? 選ぶのだ、お前の仲間たちを助けたいのなら、お前はこの中の一人をパートナーに選び、お前の世界と選んだ奴の世界を救うことができるのだ」
シラセナンキョクはホツカに突きつける。開くことができるのは六つの扉のうち一つだけ。選ばなくてはいけない、たった今。
ホツカがゆっくりと、扉の前に向かう。ホツカが選んだその扉とは!?
紫水晶の扉だ! 桃の扉だ! 星の扉だ! 馬の扉だ! 翼の扉だ! 木の扉だ! やっぱり選ばない!
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