翼の扉
「僕は、この扉を選びます」
ホツカが向かったのはスズメがいる翼の扉だった。
「ホツカ、君が力になってくれるのは嬉しいよ。だけど、あたしは翼の者、光の翼の救世主なんだ。
あたしの世界はやっぱりあたしが救わなきゃいけない。
だから君たちは、他の人に協力してあげてよ」
スズメはホツカと師匠を見つめながらそう話す。
『スズメよ、あまり自分の力を過信するでないぞ。いつか己を苦しめることになるかもしれん』
「シラス…」
『ホツカがお主を選んだのも意味のある選択だ。素直に協力を受けてくれんか?』
「うん、わかった。行こう、ホツカ、シラス」「はい」
互いに力強く頷いて、ホツカとスズメ、そして師匠は翼の扉を開く。
扉を潜り抜けると、眩い光に包まれてホツカたちはめまいに襲われる。次第に光が引いていくと、今度は下に引っ張られていく感覚に襲われる。いや引っ張られるなんてものじゃない。落下だ。突然はるか上空に移動していたらしく、空中に放り出されれば、あとは重力に引っ張られて落ちるのみだ。
「うわぁぁーーー」
落ちていくのはホツカだけで、翼を持つスズメと師匠だけは宙で体勢を保っている。
『ホツカ!』
「だめです師匠ー、ここでも魔法が」
ホツカの手の中の杖の飾りが風にあおられカシャンカシャンと音を立てる。バタバタと体に打ち付けるマントや衣服が激しく揺れながら、重力に抗うこともできず落下していく。
いまだに魔法の力が使えないホツカ、魔法さえ使えれば飛行や浮遊の術でなんなく過ごせるというのに。
「まかせてシラス、あたしが助ける!」
スズメが意気揚々と翼を動かし、下方へと飛んでいく。風の抵抗を翼の力で押し破りながら加速する。そしてホツカへと追いつき捉え抱きしめる。
「ふう、もう大丈夫だよ」
くるりと体勢を整えながらスズメはホツカに微笑む。上空から二人の様子を見ていた師匠が、二人のほうに走る謎の気に気づき叫ぶ。
『スズメ!ホツカ!』「危ないよけて」「え? きゃあっ」
直前に謎の気配にホツカも気づきスズメに危険を伝えたが、遅かった。謎の衝撃を背中に受けたスズメは悲鳴を上げて気を失う。ホツカを掴んでいたスズメの手が緩む。慌ててホツカがスズメの体を抱き寄せるが、気を失ったスズメの体は重く、さらに重く…なっていくのは彼女の翼の力が失われたせい。ホツカとスズメは二人そろって落下していく。
「…ったた」
幸いにも落ちたのが森の中、できるだけ体を縮めてマントで防御をしたが、打ち身切り傷に顔をしかめる。木々や草がクッションになったおかげでなんとか無事に着地できた。ホツカはなんとか無事だが…
「スズメさん!?」
スズメは呼びかけても目覚めない。気を失っている。主に翼に受けた傷のせいだ。謎の衝撃によって痛々しい裂傷がある。
『ホツカよ、無事か!?』
遅れて師匠も森の中に降りてきた。ホツカは見ての通り無事だが、スズメは傷を負い、意識を失ったままだ。
「せめてヒーリングの術でも使えれば…」
森の中なら木の精霊や風の精霊の加護を受けられそうなものなのに、先ほどとは違いどう見ても屋外なのに、異空間なのか、精霊の存在がまったく感じられず、ホツカは魔法が使えないまま。
「このままここでじっとしているわけにもいかないし。どこか移動できる場所は…」
『まっとれ、ワシが周囲を確認してこよう』
師匠が羽ばたこうとした時、なにか別の者の気配を感じ取り、ホツカと師匠は警戒し身構える。
森の木々の間から、すうっと物音させず現れたのは、黒の衣服を身にまとった黒髪の少年だった。
「あっ待って、俺は怪しいものじゃないから。俺はカラス。そこのスズメとは近しい間柄の者なんだ」
不思議とフレンドリーな雰囲気の少年はカラスと名乗り、ホツカたちの前に近づいてきた。スズメの関係者、ということは…
「あなたがスズメさんが話していた、カラスさん…」
スズメが師匠とどことなく似ていると語っていた幼馴染の男の子のことだろう。名前もたしかにカラスと言っていた。しかし、言われるほど似ているとも思えなかった。全体的に白っぽい師匠に反して、カラス少年は真っ黒だ。肌の色はそこまででもないが、服装のせいか真っ黒に見える。共通しているのはカラスという名前くらいだろう。師匠の名前はカラスではないが、念のため。
「スズメさん怪我をして気を失っているんです。助けてあげてください」
ホツカはカラスに助けを求める。魔法が使えない今、彼を頼るしかない。スズメの近しいカラスならば、彼女を救える力になってくれるはずだと。だが、カラスは「悪いけど、俺はそこのスズメには干渉できないんだ」と言って拒んだ。
「代わりに、君にコレを渡しにきたんだ。受け取ってよ」
とカラス少年がホツカへと差し出すのは不思議に発光する一冊の本。表紙には扉と同じ翼のシンボルが描かれ、タイトルには【ウィングウィング】と書かれていた。
「この本の中に、スズメやこの世界のことが書かれている。それから、君の力の一部も解放されるようになっているから。じゃあ、頼んだよ」
ホツカに本を渡すとカラス少年は消えてしまった。ホツカの手に渡った本は発光しながら、ホツカの体に溶け込むようにして消えてしまった。
「ウィングウィングの世界…。そうか、あれがテエンシャン…」
森の中突き出すようにしてそびえる最も天に近い山【テエンシャン】を見上げながらホツカはつぶやいた。
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