恋愛テロリスト

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  第八幕 リンネとテン 4  

ドスッ
厚みのある繊維を切る音。飛んできたデンジャラスな女の子がナイフをベッドに突き立てた音。狙われたのはベッドじゃなくて、あたしなんだけど。その危険を感じて、反射的に飛びのいてベッドから降りた。

キラーンという気味の悪い効果音が聞こえてきそう。にぱっと開かれた口から赤い舌が不気味に蠢いて、柔らかそうな唇には唾液が溢れてつやつやと照っている。普通に笑っていればかわいい女の子だろうに、人ってここまで変態的に笑えるものなの? あんな表情狙ってできるものじゃない、てことは…根っからのってやつ?

「あっはーv」
すぐにこっちへと飛んでくる女の子。防御しなくちゃ、!? ダメ間に合わない。
思ったところで体が追いつかない。猫みたいに俊敏な細くしなやかな獣のようなこの女の子から、逃れられない。

『まかせろ』
え?

意識してないところで目が動く、視線がなぜか本棚横の隙間へと向って、そのまま体もそっちへ走る。
え、これって…
あたしの体また勝手に動いている。
滑りながら足を伸ばし、隙間へと足を入れた瞬間、つま先に硬い物が当たるのを感じて、長い棒状の物。くるっとこちらに倒れかけてくるそれを手で掴む。
ひゅん、と空切る音させて、構える。
これ、木刀だ。そういや、前に夢で見たような記憶…。

「リンネ、てめぇの反射神経じゃこの小娘倒せねぇよ。まあ見てろ、俺様が手本を見せてやる」
も、桃太郎?!

たんっとあたしの足は床を蹴って宙を舞う。女の子の真上、女の子は嬉しさ満点の顔で、ぐわっとあたしのほうを見た。

「あはっv ステキ」
「死ねや、小娘ぇ!」

ゴッ…
鈍い音が響いて、ジンと伝わってくる軽い痺れ。骨を伝ってくる感覚。
「あん…」
げふげふと女の子は咽て、桃太郎に動かされているあたしの体はセーラー服の上着がめくれた女の子のおへそにぐいと木刀の先を突きたてている。
「これで終いだ」
にやり、といやらしい笑みを浮かべているのが自分でもわかる。きっと酷い人殺しの顔してるんだ。
い、今更罪悪感なんて、抱いたり、しないけど。

「やだ、やだよぉ…。死にたくないの、ころさないでぇー」
泣きそうに震える両目があたしを見上げる。あたしよりずっと年下の女の子、だよね。キチガイっぽいけど、いくら外道な金門とはいえ殺すまでは…しなくても。
「っっおい、リンネ!」
「あっっはvv」
「あつっ」

ぴゃっと下からすねを襲った鋭い痛みに瞬間あたしは膝をついた。横たわっていたはずの女の子はそこにいない。視線はすぐにそれを追いかける。女の子は窓枠に足をかけこちらを見ている。にやにやと変わらない笑顔だけど、不自然に右手がぶらんと垂れ下がっている。

「油断しちゃった。…悔しいなぁ。あはは、でもめっちゃ楽しかった。

ねぇリンネー、あたしはキリって言うの。あたしね、強い人が大好きなの。強い人を殺して、食べるのがだーいすきなの、だからね、また会いに来るからね!」

は、はあ?

「じゃーね」と左手を振って、ぷらぷらしている右手のままキリと名乗った変な女の子は、屋根の上へと飛び乗って、去っていった。

「な、なんだったの? あた、血がでてる」
もうこれ以上部屋を汚したくないのに。絆創膏を棚の中から出して、すぐにすねに貼り付けた。じんわりと赤いものが滲んできたけど傷は深くなくて、なによりだ。

はー、命乞いも演技…だったのよね? 油断できない女の子もいるもんだわ、というかカイミといいあたし変な女の子に絡まれすぎじゃない、勘弁してほしいんだけど。

『ふん、金門にも楽しいおもちゃが残ってるもんだな』
キモイ声がキモイこと言ってる声が脳内で聞こえる。もう、マジで勘弁してください。
あたしはあのキリって子に二度と会わないことを願った。



金門の本拠地でのことから二日経ったけど、あれ以降金門の動きは特にないよう。幸いにもキリっていう危険な女の子にも会っていない。
金門のトップを黙らせたことが要因なんだろうか……ということは、やっぱり、あのことは夢じゃなくて現実だったと、否定できないってこと?うわああああ……。
と、落ち込んでいてもしかたない。時間は流れていく、なにがあったとしても進むしかない。
それが生きるという事。
そしてあたしにとって、生きるという事は、ビケさんへの愛を貫く事。
それはビケさんを守る事で、ビケさんの望みを叶える事。
つまり、それは……

「テン!」

Bエリアの街で、あたしはテンを探していた。
そのテンが探す手間も無くあたしの前に現れた。
走ってくるあたしのほうに、まっすぐにあたしのほうに。

両手に抱えたライフルを盾のように構えて、テンを迎え撃つ。

「うおっ?」
「邪魔だ!」

止まることなくテンはあたしの目の前まで迫ってきていて、あたしの目の前でダンッと足踏む音がしたと思ったら、テンはあたしのはるか頭上にいた。

「なっこら」

あたしを飛び越えて、住宅の屋根の上をかけていくテン。思いっきりムシか?コラ!
追いかけようとしたあたしの両脇を次々と駆けて行く影。それはおそらく雷門の者達と思われる。
そうか、テンのやつ雷門の奴らを相手にしているんだ。

「待ちなさい」

あたしを追い越していく連中の中に、聞き覚えのある声が。
スーツ姿で白髪を後ろに整えた眼鏡男子。Bエリアには不釣合いなその彼は。

「キョウ!」

あたしには目もくれず、テンを追いかけるキョウ。その手には彼の武器である鞭があった。
あたしも慌ててキョウの後を追う。

しばらく走って、さきほどの雷門の集団を見つけたそこににらみ合うように立つテンとキョウがいた。

「ちょっと、テン! キョウ!」

その現場へと走るあたしのほうに、危険なものが吹っ飛んできた。
それは容赦なくあたしの上へと飛んできた。

「うぉっ、おぶぅ!!?」

どしゃっ、ごきっ。いてぇ!
そして重い! 自分に落ちてきた謎の物体が、ショウであることに気づくのに数秒かかった。
で、なぜショウが吹っ飛んできたかというと……

「もう逃がさんぞ、観念せぇショウ!」

飛んできたショウのほうより現れたのが、マッスルバカの白タンクトップ男・・・Dエリアの領主キン。
あっちやそっちで飛び散る火花。
なに? この混戦状態?!
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