恋愛テロリスト
第八幕 リンネとテン 3
ぎゃーー、やめれやめれーーー!!!
あたしがいくら叫んだところで、止まらないのはこの体。
うっ!
受ける衝撃や痛みはあたしのものなのに、この体を動かす意思はあたしのものじゃない。
桃太郎!!
それは姿の見えない存在、だけどあたしの中にいるあたしじゃない別の存在。異質のもの。
それが桃太郎と名乗るバイオレンスな存在。
あたしはあたしの目で、目の前で斬り殺されていくものを見ている。
あたしの手によって斬り殺されていく金門の刺客たち。
あんなにたくさんいたはずの彼らは、あっという間に血の海へと沈んでいった。
金田聖も男前無惨な死に様をさらして、物言わぬ存在へと成り果てていた。
ああそう、全部あたしが、あたしの体が、あたしの中の桃太郎がやった。
やっと視界が安定した時、すべてを倒し終えたのを確認した時だ。
今そこに生あって存在しているのは、あたしとショウとそれからずっと座ったままの生きた化石。
金門トップ、金門金太郎。
体を震わせながらも、眼光衰えずあたしを睨みつける。
「おにょれ、よくも、よくも桃太郎」
視線逸らすことなく睨みつけたままの老人に、あたしの体の桃太郎が血にまみれた刃を挑発的に向けた。
ちょっ、ちょまさか、あんたこのおじいさんまで?!
「はっ、俺様は弱い奴は相手にしねぇ。こんな死に損ない殺す趣味はねぇんだよ」
そう言って、しゅっと刃を下へと振り落とした。床をぴぴっと赤黒いものが濡らした。
よ、よかった。桃太郎は金太郎には手を出さなかった。
いくら悪の親玉でも、老人を斬り殺すのは気分悪過ぎだもの。
ああ、だけど、気分最悪なのは変わらない。
「まさか、ここまでやるとは思わなかった」
今まで傍観していただけのショウ。なに他人事のように言って。だいたいあんたがこんなとこに連れてきたから。
「それは俺様を過小評価か?小僧」
「さぁね……オッサンと比べたらどうなのかな?」
テン?
見慣れた美しすぎる天井……?
あれ、ここは……Cエリア領主館のあたしが借りている部屋のベッドの中。
金門本拠地に行って、桃太郎って変なのがあたしの体をのっとって、そして虐殺のかぎりを・・・
というのは、夢だった?
ぴくっ、動く指先。もう一度にぎにぎと動かしてみる。あっ、動く、あたしの体、あたしの意思でちゃんと動いている。
なんかすごい疲労感、関節ぎしぎし痛むし、そっかそれで悪夢を見ていたのか。
夢、えっとどこからどこまでが夢なんだっけ?
『おい』
ああ、また夢の中に戻りかけているのかしら?またあの変な声が脳内で響いて……
『夢じゃねーよ、桃山リンネ』
「なっ、なに?まだ聞こえる?! なんで、起きているのに」
がばっ、と上半身を起こしてきょろきょろ周囲を確認する。でもどこにもだれもいない、室内にはあたし一人。
「幻聴…『じゃねー!いい加減ぼけてんじゃねー糞女がよっ』
なっ!このド下品なしゃべりは、悪夢の中の桃太郎。
『現実だ。いい加減理解しとけよノミ頭』
「わーわーわーー」
耳を手でバシバシ叩いて、わーわー叫んでみても
『アホかてめぇ、なにがしてーんだ』
だめだー、声はまだ聞こえてくる。それは耳に聞こえるというよりも脳内で直に聞こえているようで、きっと耳をふさいでも防ぎようがないんだ。と、わかってきた。
「ううう。桃太郎ってあの?あの大悪党桃太郎だっていうの?」
頭を押さえながらあたしはうな垂れる。顔が膝につきそうな位置までがっくりと。
『大悪党ってのはてめぇの思い込みだろうがよ。しかし何回言やぁわかんだ?てめぇは』
なんか呆れたように言ってるけど……、だいたい桃太郎があたしの中にいるって、やっぱりまだ信じられないというか信じたくない現状で。
ああ、だけど、そうなんだ。あたしはこいつを知っている。
あの時・・・Cエリア領主館で、金剛カナメが襲いかかってきた時、あの時に聞こえてきた声。
『おい、それよりもっと前にもあっただろ』
……ハイセーズとかいう奴らが襲ってきた時にも……
『それよりも前だ』
Dエリア?
そうだ、あの時にも、あたしは夢のような悪夢のような体験をしたような……
『・・・もっと前だ。ちっ、しょうがねぇよな。てめぇは記憶を売っちまったんだしな』
え?ちょっと、まってよ。あたしの記憶売ったのって、あんたのせい?あんたが関係しているのね?
『は? ははははは・・・俺様じゃなくてあの野郎のせいだろうがよ』
「はぁ? だ、だれよ、あの野郎って?」
「なに独り言しゃべってんの? 気持ち悪いんだけど」
びくぅっ!
いきなり背後から話しかけないでよ。振り返った部屋の入り口付近に斜めに立つショウ。
お前はいつからそこにいた?!
「な、なにって、桃」
!? あれ? 桃太郎の気配は急に感じなくなった。いつもの、あたしの正常な状態・・・?
おかしい、たしかにさきほどまで、あの桃太郎の声が聞こえていたのに……
やっぱり幻聴? 金門のやつらがあたしを桃太郎だ桃太郎だと散々言ってたから、そのせいでか?
ううん、でも幻聴だと決め付けるのはあまりにも強引な気もする。
記憶もはっきりしているし、それにビケさんに言われたことも……
『声が、聞こえているんでしょう?』
ビケさんのいった『声』が、あの自称桃太郎のことなら意味がわかる。
でもなぜ、ビケさんはその声を知って……
「ね、ねぇ、あたし変じゃなかった?」
戸にもたれかかっているショウに問いかける。あの時・・・金門の本拠地に一緒にいたショウ。明らかにあたしじゃないあたしに気がついていただろう。
「いや・・・というより知っていた口ぶりだった」
ショウは桃太郎と面識がある。意識うつろだったけど、覚えているシーン。
「・・・は? 変って、いまさらなにを、いつも変じゃん」
すっとぼけた態度。いつものこいつの態度。
「そーじゃなくって! 金門の本拠地で、あたしおかしかったでしょ?
桃太郎とか名乗って、ありえない運動神経で、めちゃめちゃで」
「オッサンみたいな?」
「違う! テンと違う!」
テンとは違う、あいつは、あの桃太郎は同じ暴力者でもテンとは違う。あいつは自分の野望のことしか考えてない。
「ショウ、あんた知ってるんでしょ? あたしの中にいる桃太郎ってやつのこと。
Dエリアでキンに会った時も、あの時にもあたしは意識を失くしたけど、その時にあいつが出たんでしょ?
そして、あんたあいつとグルなんでしょ!」
「はあ? なに言ってんの?」
思いっきり「はあ?」な顔で返された。
「なんでボクが桃太郎なんかとグルになんなきゃいけないんだよ。
むしろそっちとオッサンがグルなんじゃない?」
ジロと睨むショウ。ちょ、ちょっと
「テンはあたしの敵! あたしはビケさんのためにあいつと戦うって決めたんだから」
「ビケ兄のためにって・・・ははは・・・思いあがりもいいとこだね」
「は?」
なによ急に?
ズカズカとあたしに近づいてきたショウは乱暴にあたしの襟元を掴む。
「ビケ兄のこと知らないくせに」
「な、なによ急に離し…」
うえ、ちょ、苦しい・・・軽く締め上げられているような状態のあたしをあたしより少し背の高いショウが見下ろす。
さっきまでの道化たショウはそこにいない。まるで射殺すような鋭い瞳。
「そ、そっちこそ、ビケさんのこと知っているっていうの?
じゃあ今、どこでなにしているのよ?」
「…そんなのお前の知ることじゃない」
語尾弱まっているし、掴んでいた手元も少しゆるんで解放された。
「ははん。あんただって知らないんじゃない」
「うるさいよ」
「うぇっ?」
ショウの掌が突然伸びてきて、ドンっとあたしの胸元を押した。
あたしはそのままベッドに後ろ向きでダイブ、体重で沈みかけた体の左耳のすぐ横に「ドスッ」というなにかの衝撃が、なにか鋭いものが突き刺さるような、とても不吉な衝撃を感じた。
「ちょっ!!なにす」
思わず目がぐるぐるだ。だってショウのやつ、エアガンであたしの顔面スレスレに発砲しやがった。
あたしの左耳横には黒い小さな穴が開いていた。
至近距離でわざと外したのはわかるけど、シャレにならん!
「ほんとむかつくんだよね、リンネの勘違いっぷり」
半目で見下ろしながらショウの言葉にあたしは「はぁ?」
「だいたい、まだなんにも思い出さないわけ?」
「な、なによ。思い出さないって・・・もしかして、二年間の記憶の事・・・?」
「違うよ、もっとずっと昔の記憶・・・」
「へ……?」
あたしの無くした二年間の記憶じゃなくて、もっとずっと昔の事?
それっていつ? 小学生くらい? それとももっと昔?
にしても、なんでそんなことをショウが訊ねるわけ?
「いいよ、どーでも」
ちょっと、人を脅しといてどうでもいいふうにするな!
「ビケ兄のためにって言うんならさ、とっととオッサン倒しにいけよ。
まあ、オッサンに手も足もでない程度じゃ、ビケ兄の前に立つ資格なんてないけどね」
「うるっさい、あんたこそとっととBエリアに帰りなさいよね」
フン。と小生意気な鼻息とともにショウは出て行った。
あーもー、あいつの行動はわけわからん。
金門の本拠地に連れて行ったのも、なんのため?あたしに対するイヤガラセか?
にしても、あの時、一瞬だったけど、あたしを見下ろす目、ゾクリとした。
あれは、あの目は殺意。
なんでショウにあんな目で見られなきゃいけないのか…身に覚えないのに。
「うっ、やばい」
腰が・・・腰が立たない?!
ベッドに仰向けになったままのあたしに、再びあの声が聞こえてきた。
『おいおいなに腰抜かしてやがんだ? ほんとにてめぇは腰抜けだな』
も、桃太郎!!??
「はー…」
天井眺めたまま、あたしは脱力したままベッドに仰向けでいた。
この領主館内であったカナメとの戦い、テンへの宣戦布告、金門本拠地で金門一族と戦いその当主とご対面、でショウの奴に脅されて…。
その中心にいるのが、あの悪党桃太郎。姿は見えないけど存在は感じる不気味な存在、知らなかった…あたし霊感少女だったのか。
『なにぶちぶち言ってんだ、きめぇ女だな、お前はよ』
あひぃーー、なになになにも聞こえませんからッ!
はぁ、お願いだから、少しくらい、休ませてよ。
なにも考えなくていい、ただ休みたい、体も心も。
カタリ…
なにか物音がしたけど、建物が軋む自然な音だと勝手に判断した。心霊現象とかではありません。
だから、あたしはそのままベッドに仰向けのまま、目を閉じた。
すぅー。
?
小さく息を吸い込むような音のような?てっきり自分の鼻息かなと思った。たまに自分の発した音が別の人の物かなって錯覚起こす事あるよね、それそれ。
「むふふ、むふ…」
今の息を殺したような笑い声? あたしじゃない。ましてやさっきまでここにいたショウでもない。
人の気配を間じかに感じて、あたしは飛び起きた。
ベッドのすぐそばに立つのは、見たこともない女の子。ふわっとしたショートヘアに垂れ目がちのかわいいタイプの女の子。だけど、纏う空気はかわいいなんて形容しがたいもの。セーラー服姿で十四、五歳くらいに見える。でもでも雰囲気が普通の女の子じゃない。だからといってカイミみたいな殺気バリバリの女の子とも違う、というかなんかもう気持ち悪い。
「あなた誰?」
領主館の関係者には思えない。ビケさんの客人にも、とうてい思えないし、不法侵入者?!
「ねぇ、あなたがバショちゃん殺したの?」
「へ…? バショちゃんって…?」
どっかで聞いたような名前? バショ、…バショウ? そういやハイセーズの一人がそんな名前だったような?
と気づいて、一気に青ざめる。この子はそのバショウの関係者で、でここにってことは、金門の子?
あたしが気づいたその答えを肯定するように、目の前の女の子はにこーっと笑った。爽やかな笑みとは違う、こうねちーっとしたような、普通の女の子の笑顔なのに、なんかこう得体の知れない気持ち悪さが。
「うんそうだ、間違いない。テレビで見たもーん。桃山ーリンネー、だよねー?
バショちゃんだけじゃない。最近、他の金門の知り合いの人も急に消息不明になったんだよねー。
それって、みんな死んじゃったってこと?」
ぎくっ。
背中や脇に汗びっしょりきている。
この子はあたしに復讐するつもりなんだ。
「そ、それは…」
やっと搾り出して発する声。汗に反してのどの奥はカラカラしている。
獣みたいな鋭い眼差しからそらすことができない。
「ずるい」
「は、え?」
「あたしが、食べたかったのに。ごちそう、横取りされちゃった。ずるい、ずる〜い」
復讐心から来る殺気なんて欠片もなくて、ただ羨ましいとごねる女の子。どういうこと?
「まあいいや、つまりー、あなたが最強ってことなんだよねー? 桃太郎のリンネ?」
「へ、え…? ちょっ」
シュピンと腰元から鋭く輝くナイフが取り出されて、それを口元に持ってきてぺろんと舐める。目はずっとあたしを見据えたまま…。
ああ、もうやっぱり、そういうパターンなんだ?
「決めた! あたしあなたを食べちゃうv」
ナイフ構えて飛びかかってくる女の子。ああ、もう、どうしてこう次から次と暗殺者ノンストップなのよ。あたしに安らぎの時間すらない。
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