恋愛テロリスト

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  第八幕 リンネとテン 2  

ショウに誘われるままについてきたのは金門の本拠地。
誰が好き好んでこんな場所にくるものか。
しかし、あたしのしたことで、ビケさんに迷惑がかかるというのなら、なんとかしなくちゃならない。
でも、話し合いなど通じる連中なわけがないでしょう、この金門一族は。
今まで散々あたしは命を狙われ、危険な目に会ってきた。
ハイセーズとかいうアイドルの皮被った暗殺集団、そして金剛カナメ……。
桃山が、あの歴史に残る大悪党「桃太郎」の末裔だと言って、人を散々非難してきた金門。
その金門の本拠地に、たった一人……えっとショウも頭数に入るのならたった二人でですが
乗り込むなんて、そうとう肝っ玉据わった行動でしょう。

あたしたちを取り囲むイケメン集団はもちろん金門の連中。
笑顔が逆に怖いです。その腹の中はどれだけ真っ黒なんだ?!
ごくり、ツバを飲み込んだ音が思いっきり聴かれたんじゃ?って勢いだけど
ここまできたら覚悟決めますよ、それにもうあたしは、逃げないさ、ビビらないさ。
テンと戦う覚悟決めた乙女は、金門ごときでびびっていちゃ話にならないからね。

「さあ、かかってきなさいよ」

鼻頭にじんわりと浮く汗を知りながらも、奴らを見据えて拳を握り締めてファイテイングポーズ。
の、あたしのテンションを下降させるような奴らの反応。
にこりと笑みをたたえたままの金田聖が、片手をあたしの前に紳士のように差し出しながら
「我らが当主、金門金太郎様がお待ちです。奥まで案内しますよ…桃山リンネちゃん」
「ちゃんなんて、なれなれしく呼ばないでよ!」

普通の女の子なら恋に落ちてもおかしくないイケメンスマイルで近づいてくる金田聖から、あたしは一定の距離を保つように逃れる。が、周囲を囲まれているのでもうどこにも逃げ道なんてないわけですが。

こいつらのペースにのってなるものか、気合を保ちつつ、彼らに案内されて、あたしとショウはあの悪趣味な黄金色の門をくぐった。
どこまで続くか知れない長い長い通路、その脇には高価そうなどうなんだ?素人のあたしにはよくわかんないけど、絵画やらあとすんごい壷やらが飾られていた。
でもそんなもの悠長に眺めてなどいない。そんな余裕はないし、なにがどんなでなんてほとんど記憶になかった。いつ気を抜けばこいつらになにされるかわかったもんじゃないし、常に警戒のまま金門の彼らに囲まれて歩く。彼らは武器をちらつかせる様子もなく、傍目には友好的にもうつるその態度。
まあ、だからこそ怖いんだけど、ね。

どれだけ進んだか知れない。広い広い通路の先にいくつかの部屋を通り抜け、また通路へと。
広い、広すぎるぞ金門本拠地。Cエリア領主館よりはるかに広い。
通路の中自転車で走ってもよくない?ってくらいの広さですよ。

「さ、ついたよ。あの扉の向こうに、金門当主、金太郎様がいらっしゃる」

扉に手をかける金門の男。
ふふっと微笑みながら、あたしにそう伝える金田聖。
扉が開く、そこは宴会でも開けそうなほどの大広間。広間の奥に少し段差があって、その少し高いところに数人の金門の者に守られるようにして座る細くしわしわの、それはもう老人の中の老人とも言える、あたしにとっては未知の生命体。
長く伸びた白い眉毛と垂れ下がった瞼で目も確認できない。わずかに震えるその体は立ち上がることさえできないのだろうか?とにかくそれくらい高齢だ。
あれが金門一族を束ねる長……金門金太郎。百歳を越える存在そのものが国宝レベルの金門のトップ。
一生縁がないだろうと思っていたその人物を今あたしは目前にしている。
ふがふがとわずかに動く口、力ない老人だと思っていたけど、あたしを確認したとたん、わずかな瞼は持ち上がり、ほとんど抜け落ちていると思われる口からは力ある言葉が発せられた。

「忌々ひぃ桃太郎ぐわぁ!!」

ビリビリッ、肌に突き刺さる感覚。なんてすごい威圧感。ただの老人じゃない、これが金門のトップ。
わずかに見える目の白い部分が不気味なほど輝きを放つ。

「ほまえはここでひ(死)ぬのひゃー」

かすかすと口から空気を漏らしながら、しわしわのミイラのような老人は雄たけんだ。

「ひゃれぇぇ」

金太郎の合図でこの部屋にいた金門の連中はいっせいにあたしたちを囲むように配置した。
あたしを案内した金田聖も、どこに隠し持っていたのか異次元から取り出したかのようにするりと刀を取り出した。他の連中もどこに隠し持っていたのか、スーツの内ポケットに異次元でもあるのか?て思わせるような武器を取り出し、構える。
その矛先はすべてあたしに向けられている。数メートル距離があるとはいえ、脅威だ。
乙女に対する態度とは思えない、見た目は紳士、でも中身は血も涙もない暗殺者。
暗殺というより、こんな日中から堂々と、殺ろうとしているのはなんというんですか?

「ちょっちょっと」

「あのカナメをやったんだ。少女の姿だからって油断をすればしまいだ。
初撃からしとめる覚悟でいかないとね」

にっこりと微笑んで、キラリと輝く刀を抜きあたしにと向ける金田聖。
男前の爽やかスマイル、だけどそれはビケさんのスマイルとは全然違う。こいつのスマイルはただただ不気味でしかない。どんなに爽やかに笑んだとしても、心の奥底の腹黒さは隠しきれないもんなのよ。

「ひゃれぇぇ、ひゃれぇぇ」

かすかすと息を吐く音をさせながら金太郎が何度も叫ぶ。
よぼよぼの体の中にとんでもない鬼を飼っているんじゃないのか。

「金門当主の御前、これ以上ない最高の死に場所だろう?桃太郎」
金田聖の刃があたしへと振り下ろされる。

「ひぃっ」
必死でよけるあたし。だけどよろけてしりもちをついてしまった。しまっ…
それにはっとしたように、動きを緩める金田聖。眉をくねんとうねらせる表情で
「なんだい、なんだい? そんな演技は不要だよ。さあ、本性を表してくれ。
ただの女の子じゃ意味がないんだ。僕らが成敗するのは憎き悪しき桃太郎でなければ、さぁ!」

挑発的にギリギリのとこに刃を突きつけて。
く、悔しい、けど、丸腰のあたしはギリと睨んだところでこいつらに勝てる道が見えてこない。
だけど、逃げるのにも早くも限界を感じている、あたしがそう思ったとき、またあの声が聞こえた。

『おい、俺様が力を貸してやろうか?』

「なっ?! なに?」
幻聴?また幻聴が?

『おい・・・てめぇもいい加減気づきやがれ。俺様が誰かわかってんだろうがよ?』

「なに?なによ、あんた一体何者・・・」

!?
一瞬クラッとするような、そして体の芯がカッと燃えるような、不思議な感覚があたしを襲った。
それは、その感覚は・・・初めて……じゃ、ない!
意識はたしかにあたしで、だけど、体は、それを動かしている感覚はあたしじゃなくて、ああもうなんていったらいいんだ。
自分でも驚くスピードで、あたしは金田聖のふところへと飛んでいた。そして素早く蹴り上げて、奴の持つ刃を奪っていた。数メートル吹っ飛んだ金田聖は、目を丸くさせていたが、あたしを見るなりにやりと不気味に笑みを見せこう叫んだ。

「やっと本性を現したな、桃太郎!」

ちょっ、なに言って・・・え、アレ……??
あたししゃべれない、これ心の中の声、え、じゃあ。

「は、おもしれぇ、相手してやるぜ、この桃太郎様が」

ちょっ、ちょっ、なに勝手な事しゃべって?てか、あんた誰よ?何勝手にあたしの体を

「は、ごちゃごちゃ中でうるさく言ってんじゃねーよ。俺様は桃太郎だ。何度言やわかんだ?この鳥頭はよ」

な、ななな桃太郎?桃太郎って、まさかあの桃太郎?

「俺様以外にどの桃太郎がいるっていうんだ?」

ちょっ、だからあたしの口で勝手にしゃべらないでって言ってるでしよ!て、だめだ。こいつは絶対あたしの言うこと聞いたりしない、なんかわかる、確実にわかる。

「ああそうだ、だから大人しくしてやがれ。そんで中からちゃんと見てろよ。俺様が手本を見せてやる」

え?手本って?

「なにをひとりでごちゃごちゃと」
金田聖たちが明らかに変な奴を見るような目であたしを見ている。
たしかに、今のあたしははたから見たらぶちぶち独り言言っている変なやつだ。
でもあたしの意思じゃない。この桃太郎ってやつが、あたしの中にいるあたしじゃない別の人物が、あたしの体をのっとって、勝手にしゃべっているんだ。いやしゃべっているだけじゃない

「見せてやるよ、俺様が人間のぶっ倒し方をよ」

びゅっと音をさせて、桃太郎を名乗るあたしの体は、金田聖から奪った刀を、その切っ先を金門の連中へと向ける。そのポーズはまるで、ホームラン予告をする野球打者のよう。
いっせいにかかってくる金門の奴ら。なぜかそれがあたしの目にはスローモーションに映っている。
あああれか、危険が迫った時の、いやそれとも死が迫った時の人体が起こす奇跡とやらか。

いや、なんか違うかも。
あたしはなんだかこの景色を見たことある気がする。なんていうか、似たような状況?ていうの?
知っているような……

あ?ちょっ
走る体、あたしの体足、こんなに速く走れたの?流れる景色の速さに驚き、それがあたしの体から見せられている景色であると驚き、はっきりと目標とする標的がぶれることなく目に映っていたり
「うらぁぁっっ」
下品な叫び声とともに、あたしの体は鳥のように舞っていた。ちょっ、こんな記録今までになかったよ、たぶん。
Aエリアでの学生時代の体力スポーツテストでも、人並以下の記録しか出せなかったはずですが、あたしの体、確実に限界超えちゃっている。
なんて考えているうちに、あたし(桃太郎)は金門の刺客を次々に切り倒していく。
動いているのは桃太郎なのに、感覚はあたしの体だから当然あたしなわけで、肉を斬りつける感触とか、骨を断つ瞬間のいやな重さとかしっかりと感じている。
あたしの筋肉は通常以上の働きで、繊維がおもいきりひっぱられているように奥のほうで変な音上げている。やだあたしの筋ぶちっと切れたりしませんように。

「ぐぶぅわっ」
血飛沫とともに倒れる男達。動脈が切れて噴水のように降り注ぐ血を狂った獣のようにそれを見て笑っている桃太郎。うう、血の臭い、何度嗅いでも慣れないよ。

「おいおい金門ってのもずいぶんと温いな」

またなに言ってこいつは。

「おのれ…桃太郎。おのれぇ・・・じぇったいに生かしてはかえしゃん」
入れ歯が飛び出しそうなご老人は怒りでぷるぷると震えながらあたしを睨む。

たった一人になった金田聖が合図のように指を鳴らすと周囲の隠し扉から次々と金門の刺客が現れた。
ちょっ一体何人いるんですか?

「は、金門の本拠地なんだからたくさんいておかしくねーだろうがよ」

まあたしかにそうですが・・・

「何人でたって俺様はやれねぇよ、見ていろくたばり損ないのミイラジジイが。
俺様が地獄を見させてやる」

床を蹴り飛び上がるあたしの体。あたしの目に映るはあたしを見上げる金田聖他金門の連中に、座ったままの金太郎、そしてショウ。
くるくると回るメリーゴーランドの景色のような中、吹雪のように舞うのは赤い雫たち。

「はっはっはっはーーー」
狂ったなんとかみたいな下品な笑い声それはあたしの声であって、だけどあたしじゃない。
残虐はノンストップ。
あたしは地獄を見させられた、この桃太郎ってやつによって。
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