恋愛テロリスト
第八幕 リンネとテン 1
「ビケ兄……」
自分を見つめる緋色の双眼に吸い込まれていきそうな感覚の中でその瞳の主の名をつぶやく。
白い手はそっと伸びてきて、自分の前髪に触れる、優しくなでるように。
いつもそれが心地良くて、目を細めてじっとする。
まるで小動物のような弟をビケはなれた手つきで愛撫する。
ビケの指がショウの長い前髪をそっとかきあげる。
ショウは絶対に右目を人前に晒す事はしない、たとえ兄弟であるキンやキョウにも、伯父雷蔵にも、愛らしい猫にも、どんな存在にも見せはしない。
ただ唯一の例外が、今そこに触れようとしている長兄ビケ。
されるがまま微動だにしないショウの前髪をかきあげ、露わになる右目、そこは上瞼と下瞼を繋ぐように伸び広がる傷跡があった。少し盛り上がりもうかなり古くにできた傷だと見てわかる。開かれた眼球には傷はなくキレイなままそこにある。その傷を上から下へなぞるようにビケの指が動く。
敏感な器官の目に触れられていてもぴくりとも反応しないままのショウ、それはまるで宗教的な儀式のようにも映る異様なふれあい。
「ショウ・・・お前は?」
「鬼が島の忠実な下僕……」
ショウの言葉にふふ。とわずかに口端をあげるビケ。
「そうよ、いい子ね」
弟の後ろ髪をなでて、白いシーツの上へと寝かせる。あおむけになったショウがハッとしたように小さく声を上げた。
「なぁに? リンネと同じ場所で抱かれるのは嫌なの?」
「ううん、そうじゃ、ないけど……」
「ふふふ、ムリもないわね。アレは忌まわしき桃太郎の生まれ変わりだもの、お前が嫌悪するのも仕方がないわ。でもそれもそろそろ終わるわ、もうすぐ主役は変わる。それまでの我慢よ」
ビケの言葉に無言で頷くショウの頬に掌で触れながら、ビケは囁く。
「ゼンビが温羅にしてほしかったことを、私はお前にしてあげているのよ。だからショウ…」
その先は言わなくてもわかっている、ショウは兄の言葉に小さく応えた。
肌を重ねながら、脳内にこびりつくようにそのセリフを伝える。
「私の味方は、お前だけよ・・・ショウ」
弟を愛する瞳の奥に修羅が笑う。
お久しぶりです。あたし、桃山リンネです。
……ってなにが久しぶりなの?!あたしは脳がどこかにふっとんでいたのか?!
ええい、ふっとんでいたとしてもムリはない、だってもうとんでもないこと起きちゃったんだもの。
そう、とんでもないことが起きてしまったのだ。それは忘れる事ができるならば忘れたい記憶、だけど……。
あたしの想いの強さを確認する重要な事件でもあったんだ。
生まれて初めて、人を殺めた。
それはとってもとっても嫌な奴で、この世からいなくなってくれ!と願った相手だったけれど。
だけど、だけど、暴力なんて絶対嫌だったあたしが
Dエリアやテンをあんなに否定していたはずのAエリア人間のまっとうだったあたしが
暴力によって、進むことを選んでしまった。
でも、それはあたしのこの想いのため、きっと避けて通れなかった道だと思っている。
ビケさんを好きなこの気持ち、ビケさんへの想いこそがあたしのすべてだから。
その想いを貫く為、ビケさんを守る為、そのためならあたしはどんな道でも逃げない辞めないためらわない。
三ない運動ですから!
怖いものなんてない、たとえそれが今あたしの前に立つあいつでも。
自称愛のテロリスト、ハチャメチャ自己中暴力主義のおばあちゃんの恋人のあいつ
テンでも。
「バカがーっ!」
爆音とともに叫ぶテン。
テンの足元が見えなかった。速い!速いんですけど!テン。
地を蹴るテンはあっというまにあたしのまん前にいた、デカイくせになんでそんなに俊敏なんだこの男は、まったくもう反則ってくらい万能なんだーーー!?
まばたき一つですぐに次のモーション、反射神経のみで戦わないといけないような相手、はちゃめちゃ素人のあたしはその反射神経のおかげでテンの剣撃を胸に抱えていたライフルを盾になんとか防いだ。
!「くぅっ」
体の中シェイクされたような気持ち悪い衝撃があった。それがテンから受けた攻撃の衝撃。きっと今のは本気じゃない、当たり前だ、テンの本気なんて、ふつーに瞬殺される。
うう、まだ軽く呻くあたしを、炎が反射する赤い目であたしを見下ろすテン。
「その程度の強さで俺と戦うだと、笑わせるなリンネ!ありんこすら殺せんお前など戦う資格などない」
は?よく言うわ、今まで散々戦え戦え言ってたくせに。そうね、あの時のあたしは違ってたものね、今のあたしと違っていたもの、だから……。
「あたしはもう以前のあたしじゃないの! 以前のあたしには絶対に越えられなかった・・・その一線を越えた今のあたしは、テンと戦える!」
ガンッ!ライフルで地面を蹴り起こして、勢いつけてあたしはテンに突進する。
「うありゃーー」
上半身ぶつける勢いで、テンへと
「バカがっ」
と小さく低いテンのいつもの声が上からした。テンの体にぶつかった衝撃を感じて、次の瞬間、あたしの体にはなにも触れていなかった。つまり、投げ飛ばされていた。
「うわぁあーー」
情けない悲鳴を上げて、あたしは再び地面へと体をつけた。
何、今の、まるで猫を投げるみたいにひょいって、軽く人を投げやがって、まるでまるで
「リンネ、お前はバカだ。人を殺せば強くなれると思っていたのか。ならば俺に追いつくにはあと何人殺せばいいと思っている」
「な、なによそれ」
後ろ向きのテンはあたしへと冷たい見下したような目でそんなことを言って
「それはつまり、あたしはテンに追いつけないってそう言いたいのか?」
「せいぜい生き残れ、そしてあがけ、己の無力さを思いしろ。そして後悔するんだな、この俺の敵に回った事を、バカな選択をした事を、徹底的に後悔しろ」
「ちょっ、ま、待てテーン」
爆発が遮る。テンは忍者のようにあたしの前から消え去っていった。煙とか炎で、あたしはテンの姿を完全に見失ってしまった。
「くそっ、テン、テンっ、テーーン!むかつくーーー」
爪が肉に食い込むくらい拳をぎゅっと握り締めていた。痛みよりもテンに対する悔しさがはるかに強く、そんなこと気になるレベルじゃない。
悔しい、あたしは明らかに見下されているバカにされている、レベル1どころかレベル0だと思われている。
秒殺レベル、いや瞬殺レベルだと思われている。
あたしはテンと闘うって決めたのに、誓ったのに、ビケさんに、ビケさんへの想いに。
なのに、あたしは・・・
もっと、もっと強くなりたい。強さがほしい。
『なら、俺様の言うとおりにしろ』
「へ?」
また、聞こえたなぞの声、一体、一体何なの?幻聴?病気?
『おい』
わーーーーーーーー
テンは逃がしてしまったけど、とりあえずCエリア領主館へと戻った。
ビケさん・・・はいない。また、ビケさんはどこかに出かけたらしい。
いつも、そうなのね、ビケさん、どこにいっちゃったの。会いたい、会いたい!
でも、そんな資格ないのかもね、テンにありんこ以下呼ばわりされたあたしには、ビケさんに会う資格なんてないのって言いたいのね神様は、邪のつく神様だろうけどっ。
「あっ、戻ってきたんだ」
!この声は、ビケさんの私室から引き返そうとしたあたしの背後でしたその声は、生意気なBエリアの領主。
「ショウ! なんであんたまたここにいるのよ」
ビケさんいないし、テンはむかつくし、イラッとした態度でショウに八つ当たりですよ。
ま、あたしがイラつこうがショウはいつものごとく、マイペースな顔で
「ちょうどよかった。ね、今から出かけなーい?」
「は?」
なんで今から?ショウからデートのお誘い?でも大概こいつが絡むことってろくなことじゃないし・・・
と、あたしが不審そうな顔をすると
「ビケ兄絡みのことでも?」
あたしの興味を引くワード確実にばれてますな勢い。当然のように反応しますし。
「ビケさん絡みって、な、なんなのよ?!」
「早くこないと、待たせたら怒られちゃうよ」
あたしの言葉には答えず、あたしに背を向けて階段のほうへと歩いていく。
!
その瞬間、あたしの敏感な、ある部分に関してのみとても敏感な鼻がキャッチした。
今ショウから漂ってきたのは……
「ちょ、ちょっと・・・なんで」
ふわりと漂ったその高貴な香りは、ビケさんの匂い!
なんでショウのやつからビケさんの匂いがするのよ!!
結局あたしはショウのあとを追いかけて、Cエリア領主館を出た。
門を出たところで、一台の黒い車が停車していた。その車へと乗り込むショウにあたしも慌てて乗り込む。
「いいよ、向かって」
ショウの合図ですぐに車は発車する。一体どこに向かうというのか、や、それよりも先に確かめなければ。
なぜさっきショウのやつからビケさんの匂いがしたのか、あたしの鼻がおかしくなったのか、ビケさんを思うあまりの幻なのか。
ショウの左腕付近を「くんかくんか」してみたが、んーーーー、おかしいもう一度「くんかくんか」
「気持ちわりぃ」「がっ」
ショウの肘があたしの顎に、顎クラッシュ!そして背もたれにダイブ!
痛い!地味に痛いわー!てか乙女の顎になにすんのよ、顔面クラッシャーお断り。
「つくまでの間くらい大人しくしてなよ」
「で、どこに向かってんのよ?」
窓の外の景色を見ると、走る先は今まで行ったことがない道。
「たしか場所はCエリアの北も北ってところだって」
「は?」
「ボクも初めて行くんだけどさ、金門の本拠地黄金城」
「へ?今なんて」
なにか嫌なワードが聞こえた気がしたんですが、気のせいですか?気のせいですよね?
見慣れない景色を流しながら、やがて車は停車する。
降り立ったそこは異色ななんかもう本能的に嫌な気を感じているというか、嫌な予感っていうの?
白く輝くような塵一つ落ちていなさそうな(屋外にもかかわらずだ)美しいというよりそれ通り越して悪趣味な道、一本道。その道の両脇にそびえる壁。Cエリアの中でもとても異色な空気のその場所。
道の先にあるのは、これまた異色な、とても悪趣味な
「すげーー、なんだあの門」
ショウの感想の中に「とっても悪趣味な」と付け加えたい。黄金に飾り付けられたドデカイ門。
その門の先にあるのが、金門の本拠地?
「ねぇ、ちょっと、なんで金門にビケさんと関連が?」
「リンネがカナメを殺したって、もう金門の連中にばれちゃってるからさ」
「は?えええーーーー、ちょっちょっと」
カナメのこと、なんでショウが知ってるのよ、てか金門も知ってる?ちょちょっと待って。
瞳ガクブルのあたしに、そのままのペースのショウは付け加える。
「しかもCエリア領主館内で、ビケ兄のいる前で、やっちゃったらしいじゃん。
それってさ、ビケ兄の立場だってヤバイだろ?せっかく金門といい関係築いてきたっていうのにさ、リンネのしでかしたことで、ビケ兄に迷惑かけるんだよ。
ケジメはつけないとねー」
「え、ちょっと、それはつまり」
わてわてしているあたしを囲むように突然現れた無数の影。忍者のごとく現れたその影の正体は
「よく来たね、待っていたよ…桃山リンネ」
にこりと爽やかな白い歯を見せるイケメン軍団。そうあたしの前に立つのはあの金田聖、イケメン俳優金田聖だ。近くで見ても整った顔立ちの男前。だけど、うっとりと見とれたりもときめいたりもしないのだ。
だってその白い歯の笑顔は好意的なものではないとわかるから。
身構えるあたしの横にいるショウの言葉にあたしは再び「ええー」と情けない声を上げることになる。
「どーもー、殴りこみに来ましたv」
「ええーーー!!??」
レッツバトルってか?!
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