恋愛テロリスト
第七幕 熱愛宣言 12
嫌なものは見ない、怖いことはなかったことにする。
自分を守る為、弱い心をガードする為
どこまでもネガティブな思想。
それが今までのあたしだった。
この身に起こったこと、あたしのした事
思い出したり、考えたりしなければ、弱い心は守られる。
だけどそれじゃ、弱い心は弱いままで、変わらない。
体についた自分のと、それ以上に鼻につく自分のじゃない血の臭いがイヤだったけど
ビケさんの腕に抱かれているうちに段々それが気にならなくなって
嫌な感覚は段々と遠ざかっていった。
ビケさんの髪が、あたしの頬に肌に触れる。じんわりと湿ったあたしの肌に張り付いて、筆のように優しくなぞる。
荒くなるあたしの呼吸が、ビケさんに触れられている緊張からなのか、それとも先ほどの嫌なアレが蒸し返してきたからなのか、ああそんなこと深く考えたくない。
「どうしたの? 気持ちよくない? リンネ」
「ちがっ、そんなことなっっ」
ビケさんを感じないわけなんてない。慌てて否定する。
だけど、あたしの手がこすれて赤い染みが広がったシーツに、やはり嫌な現実を見せつけられて、
赤い色を否定したい。でも、ビケさんの緋色の瞳は…見つめていたい。
うん、そうだ、ビケさんことだけを考えて、ビケさんのことだけを見て、ビケさんのことだけ感じていればいいんだ。
頭の奥でずっと音がしている。不快な音。非現実的な体の音。
それと対照に、お腹の下のほうはビケさんを感じる心地いい音がして。
あたしは現実にしがみつく。ビケさんの体に。
「ビケさんっっ」
しょっぱさの混じるキスを交わしながら、あたしの中に愛する人の熱いものが放たれて、そのままあたしはシーツに窒息しそうなほど顔を埋めて沈んだ。横目に映る赤い模様は、頬や口元を伝う涙や唾液を手の甲で拭って擦り付けて薄めてやった。
うん、このまま朝になれば、頭の中の不快な音も、きっと消えているはず…。
一夜が明けて
ロビーに行くのが憂鬱ではあったけど、当たり前といえば当たり前かもしれないけど
あたしとカナメが闘り合ったその現場はなにごともなかったようにいつもの気品溢れるロビーのままだった。赤い血溜まりなんて、幻だったのかもね。うん…。
そこを通り過ぎて、あたしはBエリアへと向かう。
「俺の言っていることと、あいつの言っていることと
どちらが真実か、お前自身が確かめてこい」
あの日そう言ったテンに伝えなきゃいけない。それだけじゃなくて・・・
「Bエリアでちょっと大変なことになっているらしいのよ」
ビケさんの口から聞かされたそれは
「テンの所在を知った雷門の一部の者が、テンを討ち取ろうとドンパチやっているんですって。
女神像は知ってるかしら?あのあたりでね結構火の手が上がっているようね」
そう言いながらビケさんはどこ吹く風といった顔のまま、コーヒーカップを口元に運ぶ。
テンが雷門の連中と抗争中!?またしてもBエリアが火の海に?!
「そのうち、テンは私の元に来るでしょうね。
私を、殺しに、ね」
向かい側にいるあたしを見るビケさんの目。
あたしの心の奥底を確かめるような真っ直ぐな目。
捕らわれた心はその気持ちに応えたくて必死だ。
「ビケさん!」
朝食途中の席から勢いよく立ち上がったあたしはビケさんに
「テンはあたしが止めます!
絶対にビケさんのこと守ってみせます!」
「それはつまり、テンと戦うっていうことかしら?
できるの?リンネ、あなたがテンと戦うなんて」
「戦えます!テンがビケさんを敵だと言うのなら、あたしにとってテンが敵になるから」
「嬉しいわリンネ、あなたがそう言ってくれるなんて」
ビケさんの想いにあたしは応えたい、応えてみせる。
どれだけ困難な敵が目の前に立ちはだかろうとも、負けたくない。
あたしにとっての正義はビケさんへの想いだけだから。
こうして再びBエリアにと戻ってきたあたしは、その現場へと向かった。背中に背負ったバッグにはライフルを入れていた。本来なら武器を所持したままCエリアAエリアを通ることは出来ない決まりなんだけど
「ちょっと戦場になっているようだから、持っていかなきゃ、許可なら出しておくから安心なさい。
まあ振り回すのはBエリアについてからじゃなきゃ無理だけどね」
とビケさんから。
歩くたびに背中に当たる重たくて硬いそれが気になって、人殺しのその道具。
実際に人を殺めたその道具。
それを手にしている今のあたし、今のあたしは・・・もう・・・
大丈夫、頭の奥の不快な音はしていない。
歩く通りは記憶にある。
初めてこのBエリアで気がついたとき通っていた場所。
それまであたしはなにをしていて、なにを想っていたんだろう。
失ったこの二年間の記憶、でもそれは、たいした問題でもない。
今のあたしにとっては、ビケさんへの想いと記憶だけが生きる柱だから。
通りを進んでいくと、Bエリア領主館に向かうその通りの先の空は赤く光っていた。
空へと立ち上る煙と炎の剣先が揺れている。
「あそこか」
背負っていたライフルを手に持ち、相変わらず好き勝手にとおりを歩く自分主義の人間の間を縫って
あたしはその炎のほうへと走った。
「うわぁっ」
煙と臭いに咽ながらも、女神の下は火が回ってなくて、少し安全地帯であることにほっとしたのもつかの間
その女神の上から飛び降りてきた影に驚き、身構えた。
雷門のやつらかもしれない。
「!いっ」
黒い衣装を身に纏った、怪しさ全開のその男は雷門のやつと思われた。
あたしに向かって凶器を向けてきた。
!しまった、マズイ!
とっさに構えることも出来なかったあたしは殺されると一瞬思った。
が
ズビュッ
美しい光の一閃。鋭い剣先の動きが男の体を二つにするように流れた。
「フン、バカがっ」
そいつは
一瞬の瞬きの合間に、目の前にと現れた。
「テン!」
「リンネ、戻ってきたのか」
「なにやってんのよ?カフェテンで大人しくしていると思ったら、またこんな騒動起こして
またテロリストになって暴れまくっているの?」
「俺はタカネを救い出す為ならどんなテロ行為もためらわん」
「テン、おばあちゃんは、もう、いないんだよ?だからテンが暴れることは意味ないことになるのよ」
「タカネは生きている、俺は諦めん。
タカネは俺を信じている、俺は絶対にタカネの想いを裏切りはしない・・・
そのために戦うのだ、連中と、鬼が島と
ビケと!」
テンはあの強い目で、何にも負けないといわんばかりのあの目でそう強く言い放った。
背後で燃え上がる炎が、テンの髪を肌を赤く照らし出している。
戦いの神が降りてきたみたいに見える、その強さを放つ存在感に圧されそうになった。
「なんでテンはそこまでしてビケさんと戦うって言うの?今でもビケさんのこと、好きなくせに!」
「あいつは俺の大事なものを奪った。それを取り戻す道は戦う以外にない」
テン、テンはやっぱりビケさんと戦うって言うのね。
あたしがどう言ったって、その決意は揺らがないんでしょ?
「俺はビケと戦う、タカネを必ず取り戻す為に。
リンネ、お前も来い!」
「えっ」
テンと一緒に行くってことは、つまり、ビケさんと戦う道ってこと?そんなの、そんなのは・・・
「リンネ!今ここで決めろ!
俺とともにタカネを救い出す道を選ぶか
あいつを正しいと信じる愚かな道を選ぶか」
周囲で激しい爆発音が響く中、その中心で仁王立ちのテン、闘神のようなオーラを纏いながら、あたしに選択を迫る。
「テンはビケさんを・・・殺すつもりなの?」
ぐっとツバを飲み込みながら、あたしも負けまいと必死にテンを睨みつけながら問う。
「あいつが、俺に立ちはだかるのなら、容赦せん」
カッ
胸の奥から沸き起こる熱い激しいその感情のままに、あたしは手の中のライフルを発砲した。
銃弾はテンの左頬をかすめるようにして飛んでいった。
とっさの行動だった。だけども、後悔はしていない。
「それがお前の答えか」
「ビケさんは殺させない!あたしが、守ってみせる!
テンがビケさんを殺すと言うのなら、あたしはテンと
戦う!」
ドーン
また激しい爆音が周囲で響いている。でもそんなのただのBGMだ。
体が揺れないよう、足を開いて地面にふんばる。
テンはあたしを見据えたまま、あたしもテンを見据えたまま。
お互い炎の中、女神の見下ろすその場所で、一歩も動かない。
「そうか、なら俺とて容赦せんからな!リンネお前であれ、俺の道を阻むものは許さん!」
「望むところよ!あたしだって、誰が相手でも絶対に引くわけにはいかない、この想いに懸けて!」
あたしは戦う道を選んだ。この恋を叶える道は戦う以外に無いから。
一線を越えた今、もう平穏な日々になんて戻れない。
そしてもう、恐れる感情なんてないはずだから、だからもう恐れない。
あなたがあたしの敵ならば、戦う。
第八幕 リンネとテンに続く。
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