恋愛テロリスト
第七幕 熱愛宣言 7
すっかりと日は暮れ、紫色の空に光の粒が舞い始めた。
月明かりを遮るように、カーテンをしめるのはエメラだ。
結局あたしはエメラに誘われるまま、彼女の滞在している部屋、カフェテンの二階にある一室に泊まることになった。
夏の夜が短いとはいえ、あたしにとってはビケさんのいない夜ほど長く感じるものはない。
「はーーー」
洗顔を終えて、あとは寝床につくだけの状態になったあたしは、おもいっきりのため息をついた。
気持ちダウンダウンですよ。
そんなあたしとは対照的に、ベッドメイクをしているエメラはどこか楽しそうな様子に見えた。
鼻歌まで歌っている・・・。
「はいできたです。リンネさんどうぞですー」
ベッドの上に正座したエメラはあたしを誘うようにシーツをぽんぽんと手で叩いた。
「あのー、もしかして・・・」
気持ちダウンなあたしとは対照的なエメラは、ごちそうを目の前にした犬のように目をランランとさせていた。
「遠慮しなくていいです。一緒に寝るです!」
「えっ」
エメラの座るベッドはセミダブルといったところか、一人で寝るには余裕あるけど、二人は少しきついんじゃないのって
広さで、躊躇しているあたしをエメラは早くです。と急かす。
「ちょっと狭くない?」
なにも一緒に寝ることはないんじゃないのか?夏だし、下で寝ても全然平気なんですけど。下に敷くものさえ用意してくれれば・・・
「そんなことないですよ、エメラ友達と寝る時はいつもこんなですよ。
ってリンネさんはお友達と一緒に寝たことないですか?」
「えっっ」
な、なにそれ?そんなもんなの?
友達って・・・・・・あたしに友達いたっけ・・・
ほんの二年前だけど、はるか彼方のAエリアでの記憶・・・
そうすることが当たり前みたいに言うエメラが特別じゃなくて、Aエリアの女の子ってこういうものなのかな?
もじもじと布団に入るぎこちないあたしとは対照的にエメラは自然だ。
にしても、出会ったばかりのあたしと、よく一緒に寝られるものだな、人見知りをしないというか・・・
不思議とペースにはめられる。
ベッドの中で、何気ない雑談をする。
だいたい話しているのはエメラで、あたしはほとんど受身だけど。
「リンネさんって十八歳なんですか?エメラのお姉さんも同い年です」
「へえ、そうなの。・・・?エメラっていくつ?」
「エメラは十四です」
えっ、十四歳?見た目よりも大人っぽいんだ。・・・どーしたらそんなに育つもんなんだ、特に胸・・・
そして、行動的なんだ。たった一人で、こんな危険な街に来るなんて
強いのか、ただの無謀者か。
「リンネさん店長を知ってるですよね?やっぱり店長は・・・人魚ですか?」
ベッドの中、すぐ隣でキラキラ眼で聞いてくるエメラ。
テンが人魚って・・・海からサメしょって出てきそうなイメージなのに、人魚って・・・
どんな乙女ビジョンでもありえない。
「あいつは、Dエリアの人間なのよ。海で生まれたわけないじゃない」
「ええっ、Dエリアってあの暴力ばかり振るう人達のDエリアですか?」
「そうそのDエリア」
「そんなウソです。店長みたいな優しい人がDエリアなわけないですよ」
「・・・や、優しい?」
テンが優しいなんて、どーゆーことじゃ?
あのテンよ?すぐになんでも暴力で解決できると思っているDエリア脳のテンよ?
おばあちゃん以外どうでもいいとか思ってるテンよ?
普通の乙女であるあたしに「戦え!」とかいうテンよ?
まあエメラがテンのことどう想おうが関係ないけど、でもほんとうにどうしちゃったんだテン。
ああ、ビケさんのこと考えて眠りに尽きたいのに、エメラの勘違いトークのおかげで
夢の中で、キラキラ輝く朝日の中、あのハバネロを優しくなでながら微笑むテンが出てきた。
「お前こそ真のエンジェルだ」
「きゅる!」
ちょっなに見つめ合って、顔近いです。そして、テンとハバネロの鼻と鼻が…
鼻ちゅ…
あわわ、いろんなところから負の感情が飛んできますよ。ショウはじめとする全世界の猫好きから、嫉妬と殺意を抱かれフラグですよ。
ってなんであたしがそんな心配をぉぉぉぉーー!勝手にしやがれ!
うおーー、気持ち悪い!
当然寝起きは最悪だった。
「リンネさんリンネさん早く起きてくださいです!」
夢の中で、そう呼ばれた気がした。その声は、エメラの声に似ているような・・・
瞼の裏、やけにまぶしい。
瞼にぐぐっと力を入れる。
「リンネさんってばーー」
グラグラする世界、もー今目の前にビケさんの後姿が見えたのに、だれかのせいで消えちゃったじゃない。
「んもーーー」
肩を激しく揺らして、そいつを遠ざけようとした。
でもそいつはまたあたしの肩を掴み、激しく揺らす。
「だめですよ、もう起きないと店長が・・・」
「んーーー」
ゆらゆら夢の中、その世界を破壊するドタドタドタという音がだんだん近づいてきた。
バン!ドタドタドタ足音は二種類聞こえるような・・・・・・
ああもう気にしない、ビケさんもう一度戻ってきて・・・
願うあたしの体をなにかが下からトンットンットンッと
それがなんなのか知る前に、襲われた、痛みに
ガブーーー!!
「いっったーーーー!」
耳たぶを襲った痛みにあたしは飛び起きるようにして目覚めた。
あたしの耳に噛み付いていたのはハバネロ。
その次にあたしの耳を襲ったのは、低いながらもよく響くあの声。
「貴様いつまで寝ている!?猫のほうがよほど早起きだ。見習えバカがっっ」
「んなっ」
その偉そうな口調は・・・
部屋の入り口近くで偉そうに仁王立ちしているのはテン。
「とっとと着替えて掃除しろっ五秒待ってやる5ー4ー3ー」
「はっはい?!」
「あああもうっ」
あたしはふてくされながらも、カフェテンの店内の掃除やら、開店前の準備やらを手伝わされた。
開店は九時から、開店準備を始めたのが二時間前なのに、二時間の間にもやることがいっぱいでわてわてしすぎた。
エメラの予備の仕事着(黒いブラウスに白いフリフリエプロンの)を借りてきたあたしは、気がついたらカフェテンの従業員やらされてる。
少し手を休めようものなら、テンが「サボるな!働け!」と怒鳴ってくる。
記憶を失ってても、自己中でせっかちなとこはテンだ。
くっ、のれーー
なぜあたしがこき使われなきゃいけないんだ。
隙を見て何度かビケさんに連絡をとろうとしたけど、全然連絡がつかないし。
なんで、なんでこっちからは連絡とれないの?ビケさーーん
げそーとしているあたしを見て、エメラが心配そうに声をかけてきた。
「大丈夫です?・・・もしかして服のサイズ合わなかったです?」
そっちの心配なのかー?!
いや実際ちょっと、ウエストきつめなんですけど・・・くっ、ウエストあたしより細いのかこのこ、くく悲しい。
でもそんなこと恥ずかしくて言えないし、全然むしろよゆーとか言っちゃうしあたし。
きつい二時間を乗り越え、午前九時がきた。店内の古臭い鳩時計が「パポーパポー」と9回鳴きだした頃
いつのまにか外に出ていたらしいハバネロが「きゅるっ」と高い声で小さく鳴いて帰って来た。
「いらっしゃいませです!」
そのハバネロの後ろから朝一の客がやってきた。
客を席へと誘導しながら注文をとっているエメラの背中をぼーと見ていたあたしに背後からテンの声が
「おい、なにぼさっとしている!とっとと皿を出せ!」
「は、はい?」
当たり前みたいに指示を出してくる。あたしは掃除だのなんだので朝から疲れてるってのに
ああもう第一、皿ってなに?どこのどれだおいっ!
「ちんたらしやがって」
「なによ、わけわかんないんですけどっ」
ぐっとテンとにらみ合っているあたしの間を縫うようにエメラが入り込んできて
「リンネさん、朝はモーニングですから、そこの棚のお皿です」
エメラが指差した棚の白い皿を手を伸ばして取る・・・と、ったと思った瞬間、つるっとあたしの顔面をすべるようにして
白い者達は舞い落ちる。
!?
ゲッヤバッ
わっ割れる!
パリーン
・・・という音は聞こえなくて、皿は床に叩きつけられることはなかった。
「セ、セーフです」
あたしのすぐ下で器用にも皿をキャッチしていたエメラがいた。
そしてあたしの顔面すぐ横で5、6枚重なった白い皿を片手で受け止めていたテンの右手。
二人がとっさに皿をキャッチしてくれたおかげで一枚も皿は割れずにすんだのだ。
「ほっ、よかった・・・」
と胸をなでおろすあたしの横で
「なにがよかっただ!?この役立たずがっっ」
「て、店長、リンネさんもわざとじゃないですから・・・」
「ぐっ、ごめ・・・なさ・・・」
「はい!いらっしゃいですー!」
すぐに身を翻して次の客を迎えに行くエメラ。
「お前もとっととしろ!」
「ちょっ、うえっ?」
ああもうなにがなんだかわからない。テンに指示されて、皿を出したり、トレイを並べたり
どうしてあたしがこんなことしなきゃいけないの?
と文句たれたいけど、その前にテンにガシガシ指示を出されて、いやいやながらもあたしはそれに従ってた。
あたしは一つのことを理解するのにいっぱいいっぱいで、エメラは休む間なく、すべて慣れた行動で動いている。
あたしはテンの出す指示ひとつひとつを理解するのにえらい時間がかかっている。
だからって責めないでください。
自慢じゃないけど、働いたことなんて生まれてこのかたないのですから。
目がくるくる回る中、エメラが声をかけてきた。
「リンネさん、店長が呼んでいるです」
「へ?」
チラリとカウンターの中にいるテンに視線をやると、ジロリとあたしを睨むテン。
またなにか怒鳴られるんだろうか、あーもう、すでにくたくたで限界きてるっぽいんですけどねー、はあ。
重い肩を下げたまま、あたしはカウンターの中へと入った。
あーまた「ちんたらしやがって」とか「バカがっ」とか言われるんでしょうが
と思っていたあたしの前に差し出されたのはふわん、と美味しそうな匂いを漂わせた黄色いパスタ。
「とっとと食え!」
「へ、え?」
あたしに?
「ごちゃごちゃ言わず食え、いらんのならいいがな」
「えっ、いや、食べ」
腹の音がきゅるるうとなった。ハバネロの声みたくいい声ではないけど。
気がついたら、時計はもう午後を過ぎていた。そういえば今日はまだなにも食べてなかったことに気づく。
こくこくと頷いて、あたしはそれをそそくさと口の中に運んだ。
「んっ・・・んむっ、んの・・・」
物を飲み込めず、言葉に詰まりながら食しているあたしにテンが「静かに食え!」と言う。
でも、これほんとに・・・
ごくん。やっと飲み込んで、すぐに口を開ける。
「おいしい!テンの料理すごくおいしい」
ほんとに、なにこれ、幸せ広がるおいしさだよ、これをテンが作ったの?戦うことしか能がないと思ってたテンが。Dエリアの出身で、なんでも食べてそうなテンにこんな繊細な味の料理が作れるなんて、どういうことなの?
カフェテンが賑わうのはハバネロの力だけじゃない、テンのいれるコーヒーやら料理も立派に人を魅了しているのだ。
今まで余裕なくて見えてこなかったけど、席でテンの料理を食べている人たち。
ほんとにおいしそうに、楽しそうに、語らったり、味わったり、みんなその時を満足したような表情を浮かべながら過ごしているように見えた。
しかし、テンにこんな才能があったなんて・・・
もし、おばあちゃんが帰ってきたら、二人でこのお店をやっていくのかな?
おばあちゃんの焼くケーキもこの店で始めたらいいんじゃないかな。
港通りのこの小さな店で、テンの淹れるコーヒーとおばあちゃんの焼く甘いケーキの優しい香が混ざり合う。
きっとそこには優しさと幸せが溢れてきそう・・・
トリップ・・・
「おいっ、食い終わったらとっとと仕事に戻れ!」
バシッとケツに激しい衝撃を受けて、あたしは現実へと戻された。
「いったーー!ちょっケツ叩くことないでしょがっ」
ぷりぷりしながら、客の去ったテーブルの片づけをしにいく。
片付けに手間取っているあたしは背後に鋭い視線を感じる。テンだ、むーテンのやつムカツク、料理はおいしかったけどね。それとこれは別だ。
接客のついでにエメラが手伝いに来てくれた。
ささっとトレイなどをまとめてくれて、すぐにまた接客やテンの手伝いにいったり、手際のよさに感心していた。
あたしよりずっと下なのに、しっかりしてるなぁ・・・いい嫁になるぞー、とかオヤジくさいことを考えてしまう。
お昼からは止まることなく客は来る。席が空くことがないくらいのペース。
ハバネロは客を連れてきてからすぐ外へと飛び出し、また新しい客をここへといざなう。
働き者だなー、はっ、猫に負けてられない。
「いらっしゃいですー!」
疲れ知らずなエメラの明るい声が客にかけられる。
その中年男性は常連らしく「やあ」と気さくにエメラに声をかけいつもの席へと足を運んでいた。
「おや」と声を漏らしながら、あたしに視線を向けた。
「へえ、今日からはかわいこちゃんが二人になったんだね」
エメラがかけよると「いつものやつ」と一言だけ告げて、エメラはすぐに理解したように「はいです」と答えてテンへと注文を告げにいく。
かわいいか・・・
どう見ても、エメラのほうが美少女なわけですが、そのエメラと並べられてかわいいと言われるのは
女の子として悪い気はしない、ちょっと顔がにやけます。
ああ、でも本当ならビケさんにかわいいって言われたい、なんて・・・
ショウにはかわいいって言うのに、後に弟がつくけど、ね
はー、なんであたしはショウなんかにヤキモチを焼かなきゃいけないのか、すごい情けないんですが
「あー、かわゆいこちゃんいないじゃんかー、せっかくわざわざ来たっていうのに・・・」
「おっわぁっ」
あたしの膝元にしゃがみこんだそれにぶちあたったあたしは、びたんと床に倒れこんでしまった。
「いったー・・・」
「ちょっと、汚いパンツ見せないでくれる? 変な臭いしてきそうなんだけど」
「うるさいっ、だいたいそんなとこに座り込んでいるのが悪いんでしょう?!ネコ目当てなら外行けっつーの!」
あいかわらずの暇人領主のショウのムカツキ発言に反論しているのもバカらしいんだけど
すっころんだ拍子にめくれたスカートをすぐに戻しながら起き上がる。
まったくショウの相手しているだけムダ、ちんたらしているとまたテンに怒鳴られるし。
エメラを見習って、あたしもしっかりやらなくちゃっ・・・てなにここで真面目に働こうとしているんだ?あたし
「ふーん、やっとリンネも自覚したみたいだよね」
は?ショウのやつがなんか言ってるけど、無視して食器を片したりする。
「穀潰しだっていう自覚」
「ふわっ?!はあっ?」
だれが穀潰しだっていうのよ!
「いくらビケ兄の懐が広いからってさ、リンネの図々しさは度を越えてるんだよ。
Cエリアから追い出されるわけだよね」
なに言ってんのこいつは?!そりゃビケさんにはお世話になりっぱなしだけど
でも今は、ビケさんの・・・
「だいたい追い出されてなんかいませんから! ビケさん不在だし、Cエリアに戻っても意味ないだけですから!」
「ふーん、とか言って、あの男が気にいってるからじゃない?」
「ぶっ、なっ」
あの男ってクローのこと?! ショウの奴やっぱり誤解して、いや、こいつたぶんわかっててわざと言ってるんだ。
「あの人はなんでもないし、あたしも別にそんな風に思ってないから! まさかビケさんに告げ口してないわよね? 迷惑かけるんだからやめてよね」
「やだな、言うわけないじゃん、そんなくだらないリンネのことなんて」
な、どういう意味よ!
「リンネこそ迷惑かけたくないならBエリアにいればいいじゃん。ビケ兄も心労が減って嬉しいはずだし。今後もBエリアで、あの男のチンポしゃぶっていればいいでしょ。だれも止めないよ、よかったね」
「なっっ、変なこと言わないでよ! あたしはそんなことしてない!」
じろじろと周りから変な視線を感じて、焦ってショウを黙らせる。にやにやとこいつは反省なんてする気ゼロですけどね。
「おい貴様!邪魔するなら出てけ」
ほら、テンがギンッと鋭く睨みつけてきたじゃない。
「今日は、リンネおちょくりに来たわけじゃないんだよね。ハバネロいないんで好都合。
ねぇ、オッサン」
テンのほうを見ながら、にやつくショウは目を細めながらジャケットの中に潜ませていた危険なものを手にして
テンを挑発するように構えた。
「ちょっショウ?!」
銃口をテンに向けたまま笑みを浮かべるショウをカウンターの中のテンは同じ表情のまま睨みつけている。
「もう戦うことは止めたの?」
「暴力はダメですー」
エメラの叫びと同時に、ショウの手から放たれたそれは空気を押し裂き、テンのすぐうしろの棚のガラスやその中の陶器類を耳を突き破る音と共に破壊した。
テンはショウから視線をそらすことなく、反射的に手元のトレイを盾にして背後のガラス片を防ぎ、皿をブーメランのようにショウへと投げつける。
「うわっちょっうわっ」
パリーンパリーン破壊の音が店内いっぱいに響き渡る。ショウはテーブルやイスを使ってテンの皿攻撃を防ぐ。
そしてまた発砲。
カフェテンの幸せ空間は一気に破壊された。すっかりここにいて忘れかけていたけど、ここはBエリア。
なんでもありの危険な街であったことを今更ながら思い知らされた。
「オッサンさ、あの刀どうしたの?」
「なに?」
テンの眉がぴくりとつり上がった。二人の動きが止まったその瞬間を狙ってあたしはショウを背後から捕らえにかかった。
こいつの自分勝手な行動振りはもう我慢できん!
体格差のそんなにないショウなら、あたしでも取り押さえられる、と瞬間思った。
後ろから羽交い絞めにするようにショウの動きを封じる。反対方向から、震えながらもトレイを頭上に抱えながらショウのほうへと向かってくるエメラの姿が見えたから、よーするにコンビネーションだ。
「大人しくしろ!」
「!ボクに触るな!!」
「ぐっ!」
絞めが甘かったのね・・・、ショウの肘があたしを襲って、その勢いであたしは床にしりもちをつくように飛ばされた。
「リンネさん!」
駆け寄るエメラの声が聞こえた。痛みと掌の血を見て、ショックのあまり世界が遠ざかるのを感じた。
ああもう、ムカツク。そして自分のへっぽこぶりにも、どうしょうもなく呆れながら・・・
「ああもう最悪最悪」
カフェテンの二階、エメラの部屋のベッドの上で、あたしはうつぶせていた。
傷口はまだズキズキと傷む。ショウとテンのせいでガラスだの皿だのの破片によってしりもちをついた時にあちこち斬ってしまったのだ。
とくに尻・・・ショック、ショックにもほどがある。何枚も絆創膏を貼って、尻はごわごわ状態だ。
こんな体じゃ、ビケさんの元に帰れない!わーーん
ああもう、ショウのやつめ。あいつの奇行は目に余る。もう我慢の限界だな。
いっそ、ビケさんに・・・・・・
はっ、だめだショウのことなんかでビケさんの手を煩わせちゃ。それにテンのことがばれるとまずい気がするし。
それにビケさんって、ショウの味方っぽいし・・・なんというか・・・贔屓しているんじゃない?と思わなくもなかったり。
あの騒動ですぐに客はいなくなってしまった。エメラはあたしの怪我の手当てをしてくれた後、すぐに散らかった店内の片付けと閉店の準備にいった。
日はすっかり暮れていた。
包帯巻いた手で、なんとか通信機をいじったものの、まったくビケさんとは連絡がつかず、もう、本気で凹みますから。
散々すぎる一日だった。ビケさんに会えないだけでもう世界そのもの意味ないとさえ思うくらいなのに。
テンにこき使われて、怒鳴られて、ショウにムカツクこと言われて、それで尻に怪我を・・・・・・
ほんとに散々だった。ただ一つよかったと思えるのは、テンの料理がおいしかったことかな。
まあそれでもプラマイぶっちぎりマイナスなわけですけど、ね・・・。
などとネガティブオーラを纏っているあたしの耳に聞こえてきたのは、あの「きゅるっ」という高い小さな声。
顔を横に向けると、戸が開いて、ハバネロがととっと中に入ってきた。
「テン」
戸を開けたのはテンだった。ノックも声かけもなく勝手に入ってくる自己中行動はやはりテンだなと思いつつ
顔を横に向けたまま、尻は天上に向いたままのあたしのほうへとテンはすたすたと歩いてきた。
「呼び捨てとはなれなれしいな」
第一声がそれかい、たくっ
「じゃーテン店長」
鼻息噴きながらわざとらしくそう言ってやった。
「テンテンとはなんだ?!パンダか?!」
またわけのわからないツッコミはさすがテンだと感心(呆れ?)しつつ、あたしを見下ろすテンをそのままの体勢で見上げた。
「あいつは一体なんなんだ?」
ショウのことか・・・
「B級領主でしょ・・・今更あいつの行動になんなんだ?と疑問投げかけるほうが愚問だと思うくらいもうムダだというか
理解しようとしてもムダだと思うけど・・・
だいたいあんな感じだったじゃない、テンとショウって、仲悪いにもほどがあるというか」
「あんな奴と知り合いだったとは、思えんがな・・・」
テンの足元にまとわりつくように、ハバネロが体をすリ寄せる。
ハバネロをチラ見したテンは、すぐに視線をあたしにと直す。
「あいつのことより・・・・・・お前は何者だ?
なぜ俺にこだわる?」
「テン・・・」
あたしをまっすぐに見下ろすその目に、ちゃんと向き合って答えたいと思ったあたしは体をねじる様に身を起こそうとして
「いてっ」
尻の痛みでベッドに沈むように顔面ダイブした。
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