恋愛テロリスト

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  第七幕 熱愛宣言 3  

ああ、もうどうしてこう次から次へと、あたしの現実が追いつかないことが起きるのか。

「なに、やってんの?…テン」

あたしの足元をあの白い子猫が横切る。おもわずつまづきそうになり、カウンターに手を着いた。
かなり近い距離で見ると、やっぱり、どう見たってテンだし。

コーヒーを注いだ後、あたしをジロリと警戒するような目で見下ろしているテン。

「なんだ貴様はなれなれしく呼び捨てやがって」

「は?」

「注文ならそいつが聞く、大人しく座っとけ」

「あ、あの…?」

戸惑うあたしに、さっきのウエートレスの女の子が近づいてきて

「ご注文どうぞ〜ですv」

「は、はあ、あの…あたし、お金持ってないんで…お水だけもらえます?」

「冷やかしか、貴様!」

ギンと睨みつけるカウンター越しのテン。…なんか、なんか、テン?!

「いーじゃん、ツケで。ボクはミルクたっぷりのカフェオレー」

ああ、じゃあショウのおごりってことで、あたしも同じやつを注文した。
ウエートレスは「はいですー」とノーテンキな返事をして、注文をテンに伝える。

「きゅる」
彼女の足元でそう鳴くあの白い子猫に

「ハバネロ偉いですー、また新しいお客様を連れてきてくれたです。あとでご褒美のミルクをあげるですからねー」

「きゅるv」
嬉しそうな声をあげて、テンのほうを見上げている。

「テン?いったいこんなとこでなにしているのよ?」
前にもコロッシアムでジュース売ってたりしていたけど、でもカフェで働いているテンってまた想像できない姿が今目の前にあるわけで、そりゃあたしだって混乱しますよ。
この一ヶ月の間に、テンになにがあったというの?

「さっきからなにをじろじろと見ている気色悪い客め。大人しく席についていろ」

それに、さっきからこの言い方が、妙に違和感が…
どこかよそよそしさを感じるような…?
あたしにウエートレスの子がハッとした顔をして

「もしかして、お客様店長のこと知っている人ですか?!」

「へ…、まあそうだけど」

そのこの驚く表情が一瞬理解できなかったわけですが

「俺はこんな奴など知らん。何者だ?きさま」

「へ?え?はい??」

なにを言っているのでしょう、テンは…

テン?ほんとにテンなの?たしかにどう見てもテンだけど、どうもおかしい。この偉そうな口調も声もたしかにテンなんだけど、でも・・・

「なに言ってんの? テン、おばあちゃんは?おばあちゃんを探さなくていいの?まだ見つかってないんでしょ?」

そう訊ねるあたしに返って来たのは信じられない答えだった。

「お前のばあちゃんなど、俺が知るものか! 黙って俺のコーヒーでも啜ってろ」

「……はい?」

あなたは誰なんですか?

「もしかして、テンにそっっくりの別人さん?」

「あれはオッサンだよ、間違いなく」

あたしを窓際の席へと手招くショウのもとに、とりあえずあたしは腰掛けて、目の前にもってこられたカフェオレへとストローを突っ込む。

「どういうこと? テンがおばあちゃんに関することであんな反応ありえないし。

テンといえばウザイほどおばあちゃんのこと第一なのに、いったい」

あたしへの態度もなんか微妙なものを…

「ボクもキョウ兄から知らされるまで全然知らなかったんだけど、まさかオッサンがこんなおもろいことになっているなんてさ」

「ど、どういうことなの? キョウから聞かされたって?」

テンがあのZ島で、ビケさんとの闘いで海の中に落ちて…あのあと一体なにがあったというんだろう?

「記憶喪失みたいだね。名前以外のことをほとんど覚えてないらしくって、ボクやキョウ兄のことも忘れていたし。テロリストだったことも忘れているしさ、おもしろいんでしばらく放置しておいたら、なんかこんな店で店主やってたりするし、もうなにがなんだかだよね。

それに、リンネのことも完全に記憶にないみたいだしー、重症だね」

「ええっ?!記憶喪失って?!」
思わずデカイ声でそう叫んでしまったあたしは、ガタッとイスを後ろに倒してしまったくらいの勢いで立ち上がった、あんぐりと口を開けたまま。

「うるさい客めっ」
カウンターの中のテンがジロリと迷惑そうな顔でこっちを睨む。
ぱくぱく口をさせながら、ショウにどういうことなのかもっと詳しく話せと伝える。
ショウは涼しい顔で、カフェオレを啜りながら

「さあ、ボクもなんでオッサンがこんなおもろいことになっているのかよく知らないけど。

キョウ兄なら事情知ってんじゃないの?」

キョウが?なんでキョウが?
でも、ショウには教えてて、あたしには教えてくれないなんて。ちょっとむー。
ん、でもこのことを知っているのって、ショウとキョウだけなんだろうか?
ビケさんは、知っているんだろうか?

でも、まさか、あのテンが記憶喪失だなんて、信じられないよ、なにがあってもおばあちゃんのことは諦めない男だと思っていたのにしつこいほど。

あたしのこともほんとに覚えてない?

なんだか、これじゃまるで逆。
あたしとがテンに初めて会ったときと逆だ。
あたしは気がついたらBエリアにいて、二年間の記憶を失ってて。
あたしはどうやらこのBエリアで記憶を売ったらしいけど、でもテンが記憶を自分から売ったりするなんて考えられない。
テンはおばあちゃんとの記憶を宝だと思っているだろうし、なによりテン自身の証でもあるし
それにきっとビケさんとの記憶もテンにとっては掛替えのない記憶だろうし…

となると、あの時、海に落ちたショックで?頭を強く打ったりしてそれで記憶を無くしたのか?

あたしはテンのいるカウンターへと向かった。
やっぱりまだどうも信じがたい、テンが、あのテンが、あたしやショウたちのことを忘れたとしても、おばあちゃんの記憶を失うなんてそんなバカなことありえないと。

「テン」

「?なんだ、俺のコーヒーが口に合わんのか?」

ダン!
テーブルを叩いて、あたしはテンをギッと見据えながら

「タカネは?! タカネのことも本当に忘れちゃったの?」

「タカネ?」

テンは眉を寄せ、あたしを上から不思議そうに見ている。

「なんだ?一体、高値だと? 味相当だぞ俺の店はなっ」

「……はい?」

なにをそんなおばあちゃんのことさえネタにするような奴だった?

「テン本気でおばあちゃんをタカネを覚えてないの?!

なによあんなに散々人のこと振り回しておいて、なんであんなにタカネタカネ騒いどいて

勝手に全部忘れるなんて……」

なんか、ムチャクチャ納得いかない。というかこんなテンは、テンじゃないし!

「っっいったーー!!」

ふくらはぎに鋭い痛みが走った。

「あっ、こらーダメですハバネロ!」
走ってくるウエートレス。あたしのふくらはぎに、あの白い子猫が「ふんがー」とばかりに噛み付いていた。

「ちょっっなによこの猫!?」

離れそうもないおもいっきり噛み込んだその子猫を離そうとあたしは噛み付かれた右足をブンブンとふった。それでも子猫は「ふんがー」とばかりに食いついて離れない。

「暴力反対ー!」「うごっう!」
今度は左方面にあたしの体は吹っ飛ばされた。

「あだっ」
床にしりもちをついて、テーブルの足にごんと頭をぶつけた。

「ハバネロ!大丈夫?」
そう言ってあの子猫に近づくのはショウで、あたしを吹っ飛ばしたのはこいつだ。なにしやがる。
暴力はそっちのほうでしょうが!

「ハバネロがこんな凶暴になるなんて、初めて見るです。いつもは大人しくていいこなのにです。

はっ、もしかして…恩人の店長に危険が及ぶかもしれないと思ってですか?!」

「へ?なにどういうことよ?」

もうわけわかんない。子猫はまだあたしのほうを見て威嚇するようにフシャーと声を出して、毛を逆立てている。

「普段あんなに天使な、エンジェルなハバネロがこんな牙をむき出しにするなんて…
やはりリンネからはそうとう邪悪な気がでているに違いない」

「ええっ、そんな、邪悪って、エメラとっても怖いです」

ショウとウエートレスの女の子、そう言ってあたしを異形のモノのような眼差しで見ているし。

うおーい、なんだとそりゃー!!

なんか、頭痛くなってきた。子猫はあたしにシャーと牙を向けた後、テンのほうを丸い目で見上げている。
まああの猫とテンの間になにがあったなんてどうでもいい、それにしても、ほんとうに…テンは

テンはもう、おばあちゃんのことを……?


あたしは店を出た。なんだか、いろいろ疲れてきた。それに、もうなにがなんだかわかんなくなりそうだ。
ほんとここ最近いろんなことがあって、いろんなことを知って…
まだ頭の中ろくに整理できてないかもしれないのに…

…ん? なんだか人の視線を感じるような?
思わず振り向いて、周囲を確認するけど、…別に誰かに見られているわけじゃないな。Cエリアでのことで過敏になってるのかな。いやなっちゃうよね、だって散々な目にあったし。ふぅ、ビケさんのおかげでもうその心配もないけどね、ビケさん早く会いたいなー、なんてにやにやしてたら…

「あっ!リンネ!」

港通りを歩いているとそこで鉢合わせたのは

「キョウ!」

キョウと会うのもあのコロッシアム以来

「コロッシアムでの爆発…大変だったでしょう?」

「ええ。…そんなことより」
あ、お約束のセリフは返ってこなかった。まあいいけど、キョウは違うしね、とほっとしてみる。

「ここにいるということは、テンに会ってきたんですね?」

あたしはそれにこくん。と頷いた。

「一体、なにがあったの? あたしCエリアに来たショウから聞いて初めて知ったのよ。

ショウのやつは、キョウからテンのこと聞いて知ったって言ってた。

キョウはテンがああなった事情を知っているの?」

キョウはあたしの目を見て、首を横に振る。

「私も知らないんですよ。あの島でなにがあったのか…」

あの島って…Z島のことを

「Z島に行ったの?」

あたしはキョウからその話を聞いた。
キョウはキンと一緒にZ島に行ったこと。そこで海岸で気を失っていたテンを見つけたのだと。
それ以前のことは知らないみたいで、テンとビケさんのやりとりは知らないようなんだけど。

キョウに聞いたのはあたしなのに、逆にZ島でなにがあったのか聞かれてしまった。
あたしがZ島の名前を出した時点で、あたしもあの島に向かったのだとキョウも察したのだ。

どうしよう、キョウに話した方がいいんだろうか?でも、そんなことしたら、ビケさんのこと裏切るような気がして、ためらった。
それに、あの時テンを見捨ててビケさんを選んだあたしを、正義感の強そうなキョウは軽蔑するかもしれないかもって女々しい気持ちも少しあったし。

「あのテンに記憶を失うほどのショックを与えることができる存在なんて、只者じゃないのはたしか。

リンネ、あなたなにか心当たりないんですか?」

そんな真っ直ぐな目であたしを見ないでよ。
Z島でのこと、あたしは…なんだか、あんまり考えたくないし
テンを見るビケさんの目を思い出してしまう、そして、あの時感じてしまったことも
ビケさんとおばあちゃんの繋がりを、また考えてしまいそうになるじゃない。

あーもー、ネガティブダメダメ!だいたいそんなのあたしの思い込みだったんだ。
首をブンブン振ってその場にしゃがみこんだあたしに、キョウがハッとしたように

「すみません、テンのことばかり…リンネあなたも二年間の記憶を失っているんでしたね」

「二年間の記憶…あっ」

そういえば、そんなこと気にしているヒマなんてなかった。あんなに不安だったのに、あの頃は。
でも、今はそんなこと…

「あなたは元Aエリアの住人ですから、相談にのると言ったでしょう。なにかあればいつでも」

「いいの!もう過去は!」

キョウの声を遮るようにそう言ったあたしを見て、キョウの目は丸くなっている。

「いいって…」

「売ってしまった過去なんて、きっと死ぬほど捨てたかった記憶なのよ。そんな記憶取り戻すことにきっと意味なんてない。

それに、あたしは、今のあたしにはビケさんとの今の、これからの記憶のほうがずっと大事だもの」

それは言い聞かせるように、あたしはあたしに強く言い聞かせるように…
「あたしはビケさんの愛だけを信じて生きていくの。だから、もうそのこと気にかけてくれなくても平気だから、ありがとうキョウ。
もうAエリアに未練はないし、Cエリアに戻るから」

「そうですか。あなたが自分でそう決めたのなら、それでいいと思いますが。

でも、気をつけてください。あなたを桃太郎そのものと思い込んでいる金門にいつ狙われるかわかりませんから」

少し厳しく感じる表情でそう言うキョウ。

「大丈夫よ、ビケさんのおかげでもうそんな心配しなくてよくなったし」

それにキョウの表情はどことなく曇って見えた。

「リンネ…あの人は…」

「!?え」

キョウがなにか言いかけたとき、あたしたちの間をすり抜けるように小さな影が通り過ぎた。

「くるるう」
あの白い子猫が、風のごとく駆け抜けていく。

「はー、またあの猫。驚かせないでよ。…キョウ?」
さっきなにか言いかけなかった?少し気になったけど。

「そう、ですね。それよりも先に、あのテンの記憶を取り戻したいですね」

キョウがテンを気にする理由はよくわからないけど、それはあたしも同じ気持ちだ。
なんだか、むずがゆいのだ。あんなテンはやっぱりテンじゃないもの。

「うん、あたしも、テンを戻したい。またハチャメチヤなテロリストに戻るのは困るけど。
おばあちゃんのこともあるし。

それに、カフェのオーナーやってるテンなんて気色悪くてムズムズしてきちゃうし」

キョウも笑顔で頷いてくれて、あたしは港通りを後にした。

Aエリアへと向かう途中気になって、テンとおばあちゃんが住んでいたというあの家へと向かった。
そこは、もう見たことない色になっていた。

「ここ、だよね?たしかに」

Dエリアに行く前に来たことあるけど、あの小さな古びた一軒家はセンスどうなの?と声を出したくなるくらいのセンス酷すぎな原色ギラギラな恥ずかしい看板で飾られた、いかがわしい店に変わっていた。
まあBエリアだし、長いこと空家にしてほったらかしにしておきゃこーなってしまうのも当然の結果なのかもしれない。

しばらくぼーと立ち尽くしていたあたしを、店主らしきいかがわしさ漂うオヤジがじろりとあたしを見る。
すぐにそこを去ったけど、なんだか、なんだか、妙な気分になった。

あそこにあったおばあちゃんの記憶も、テンの記憶とともにすっかり消え去ってしまったようで
それがなんだか、すごく寂しい気がした。

「やっぱり、気になるなぁ…」

おばあちゃんの家、中にはおばあちゃんとテンの写真があった。それから、あたしが送ったおばあちゃん宛の手紙も。全部処分されちゃったのかな。

なんとか中に入れないものかと、物陰に隠れながらこそこそと近づいてみた。やっぱり入り口には怪しいおっさんがいて、簡単に入れそうもないな。裏口から入れないかな、こそこそと裏へと移動する。
勝手口から出入りはできるみたい。でも数分おきに人の出入りがあって簡単に入れそうもないような…。どうしよう、さすがに一人でいくのはマズイかな。テンは…ムリそうだし、そうだキョウならまだBエリアにいるかな?港どおりへと戻ろうとしたあたしの行く手を複数の影が遮った。

「こそこそと怪しいな女、てめぇは泥棒か?」

「へ? え、いやあたしはただの通りすがりの…」

店の関係者っぽいいかにもヤバイ臭いプンプンの男たちに囲まれていた。ああもうだから嫌なのよBエリア。
だいたいあんたたちのほうがはるかに怪しいですから!なんて心のツッコミとは別に絡まれから逃れるように、笑顔で違いますよと首をふって後ずさる。

「逃がすかよ」

「えっちょっっはなしっっふんぎー」
抵抗むなしく、あたしはあっさりと連中に囚われ意識を失った。
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