恋愛テロリスト

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  第七幕 熱愛宣言 4  

ううう、頭痛い、体の筋肉も痛い、それに気持ち悪い、うえええ。
ガンガン響く悪趣味な音楽、それに不快なにおいが漂う空間、なにここって…?!

「うえーーー?!」
薄暗い照明に悪趣味な装飾、狭い空間をムリヤリに使ってる感じな、なにここというか、あたしの現状に思わず変な悲鳴を上げた。

「ちょっなにこれ」
皮製のソファーベッドの上で拘束されてる?!手足をソファー設置の金具で固定されて、腰と顔を浮かせられるくらいだ、ってきっつー。
顔を持ち上げて左手側を見ると、同じようなソファーベッドがあって、その上で下品に荒い呼吸で揺れてる中年男が見えた。そこから聞こえてくる女の子の苦しそうな甲高い悲鳴。男が動くごとに女の子のものと思われる白い足がぶらんぶらんと揺れている。…あれは、レイプされてる?! 局部は見えなくても、想像つく。思わず悲鳴上げそうになったら、あたしじゃない悲鳴が今度は反対方向から聞こえた。それも同じくらいの女の子の声。簡素な仕切りの向こうに、天井から手首縛られて吊るされている女の子らしきシルエットが見える。その子を囲むように複数の男のシルエット。「うっひゃぐぅっ」苦しそうな女の子の悲鳴は、男たちが無情にも彼女の腹やら顔やらを殴りつけていたからで、別の角度からは別の男らしき影が、女の子のお尻を掴んで犯してるっぽい。仕切りには血だか体液だかなにかの跡のようなシルエットも見える。びちゃびちゃと増えてる。なんなのあれひどい、こんなところ早く抜けないと。

ぐるりと視界をめぐらせる。すっかり姿変わっているけどここって、おばあちゃんの家?面影なさ過ぎて酷すぎるけど、そうかあたしあいつらに掴まって、この店に連れ込まれたのか。

「お、めざめたかお嬢ちゃん」
あたしを覗き込みながら現れたのは、おそらくこの店の従業員だ。下品な顔つきで、下品なこの店どおりってかんじ。

「一体あたしをどうするつもり?」

縛られた状態で吼えたって、向こうはしれっとしたままで悪びれた様子なんて欠片もない。

「うちの店の商品になってもらうぜ。加減知らずな客ばかりがきやがるからすぐに在庫がきれてしまうんだ。あんたみたいなのがのこのこと来てくれて助かったぜ。少しはタフそうだよな?」

「は?」

商品とか在庫とか、なにいって…、そういやあたし愛人形屋ってとこで売ってたんだっけ? ここもそういう系統? いやはるかにそれより性質悪い感じぷんぷん。

「せいぜい死なないように、がんばってくれよ。おっと客がきたぜ、いらっしゃいませー」

「ちょっっ冗談じゃないっっ、くっ」

にやにやと笑いながら、店員はあたしの元から去っていく。

「いぎゃあああーーーー」
「ひっっなんですか?!」

尋常じゃない女の子の悲鳴、ただ事じゃないってのがわかる。隣で腰を振ってる男の体は真っ赤な液体で濡れていて、女の子の足はさっきよりも力なくだらんとなって揺れている。男は変わらず息を荒げ腰を振り続けている。…犯されて、死んでもまだ犯されているなんて、こんな地獄があっていいんだろうか。狂っている連中、それがここBエリアで、そんなムチャクチャな街だけど、あたしにとって優しい記憶だったおばあちゃんの家が、こんな酷い空間になってて、怒りと悲しみであたしの頭は破裂しそうだ。

そして他人事じゃない。あの連中があたしを帰してくれるとは思わない。誰かが助けに来てくれるはずもない。自力で逃げない事には、こんなところで死にたくない、あたしはCエリアに、ビケさんのところに戻らなきゃいけないもの。

体を揺らしても捻っても、拘束から逃れられない。道具を探したけど、使えそうなものは見当たらないし、もしあったとしても、この状態で使えるかどうか。

「!?」
もがもがしていたあたしの元に、客らしき男がやってきた。暑いこの時期に頭おかしいんじゃない?ってくらいの暑そうな真っ黒のロングコートを羽織った、長い黒髪を後ろに一括りにしている男だ。年の感じはたぶんテンと同じくらいに見えるけど。…こんなとこにくる客だ、ろくでもないキチガイなんだわ。…でも、コイツを利用してなんとか拘束を解くことはできないかな。少し冷静になろうとしかけたあたしの冷静を、この黒いコートの男はぶちこわす。
いきなり長剣を取り出して、キラリと輝く刀を抜いた。その刃はあたしのほうへと向けられている。

「ちょっっちょちょっっ」

いきなり刀でぶったぎりプレイ?キチガイにもほどがあります。思わずあたしは「店員さーーん」と叫んでいた。黒コート男のとんでもプレイに店員の男も焦った様子で飛んできた。

「おいいきなり殺すなよ、また在庫がきれてめんどくせーじゃねーか!」

怒る理由が酷いけど今はそんなことどうでもいい、このキチガイ黒コート男止めやがれ!

「ぐふぁっ!!」

!!!??

ちょっっ、この男あたしのもとへ駆け寄ってきた店員の男を無表情に斬りつけた。そしてあたしが反応する間もなく、その刃はきり返しあたしのほうへと降り下ろされる。

「うそうそうやっっっやめてッッ」

ガキン!

耳の側で硬いものが砕ける音が聞こえた。あたしの体に痛みはなくて、数秒して手の拘束器が破壊されていたことに気づいた。

「へ?」
ぽかんとなるあたし。男は素早く刀を振るい、そしてあたしの手足を縛っていた拘束器をすべて破壊した。

「行くぞ」

「え、ちょっなに?」

意味がわからないあたしを、男はしょうがないとつぶやいてあたしを抱える。

「は?なに?」
混乱するのはあたしだけじゃなくて、店内パニックになりかけている。店員たちが男のほうへと走ってくる。

「邪魔をしないでくれ」

そう言って男は、あたしを抱えた手の反対の手に握った刀で、かかってくる男たちを次々と斬りふせる。
その姿はまるで、テロリストだった時のテンに似ているような。でも顔も姿もまったくの別人だ。暑苦しい格好も似てはいるけど。

「めんどうだな」
そうつぶやいて、男は懐からなにかを取り出し、店内にそれを投げつける。もくもくと上がる煙。なにこれ催涙弾とか? ちょっっやばい、あたしの目が粘膜が、うがーー。



「くるるぅ〜」

この声は、あのハバネロとかいう白い仔猫の声?

「シャッ」

いっきゃああーー
いきなり巨大化した? なにこれ、あの白猫バケモノだったの?
牙むいて、今あたしを踏み潰そうとばかりに、近づいてきてる。ちょっっストップこないで下さい!

「おい!」
「!?きゅる」

声にハバネロが反応してしゅるしゅると小さくなる。そして声のほうへとととととと駆けていく。
今の声は、テンだ。
ハバネロはテンの体を駆け上がり、肩に乗りすりすりしている。そんなハバネロを擦りながらテンは

「フン、お前は天使だな、エンジェルそのものか」

ふぉぉぉい、テンのやつ真顔で何言ってんの? だれかだれか奴につっこみをーーー。
キラキラと見つめあうテンとハバネロ、なになんなの?この光景は。

「俺に愛を教えてくれたのは、お前だったんだな」

なんか言ってるし、ってそれおばあちゃんのことじゃなかったの? テンにとっておばあちゃんってその猫と同等の存在だったってこと?

「待てよオッサン、ハバネロはボクのエンジェルなんだよ。ウザイし今すぐ死んでよ」

今度は銃構えたショウが現れた。バチバチと二人の間で火花散ってるし、ってなにハバネロの取り合いしてるの?なにこのトライアングル、誰得なんですかーー?!


「ふおっっ? …ゆ、夢か」

当然だよね、あんなカオスな世界リアルなんてたまったもんじゃないや。やれやれ、てなんか肌触りに違和感。Cエリアの領主館のお布団とは手触りが違います? て、ここはどこ?
気づいたらあたし、知らないベッドの中、どころかくるりと首を動かして絶句する。

「な、ななな…」
隣で眠るのは見知らぬ男、いやこの人あの怪しいお店(元おばあちゃんの家)であたしを連れ出した黒いコートの男だ。
あのあとどうなってこうなったのか、…だめだ思い出せない。途中で気を失ったんだ。
思わず悲鳴をあげそうになったが、喉のところで飲み込んだ。男はまだ眠っている。男とベッドの中で…、嫌な想像が浮かんできそうでいやいやとかき消す。そろりとベッドを抜け出し、確認する。服がいたるところ汚れているけど、下もちゃんとはいているし、変なことされた跡らしきものは、ない気がする。けど…疑いの心が晴れず、おそるおそる近くのゴミ箱らしき箱の中を覗く。


「う、うそ…」
ショックで頭が白くなる、固まる。中にあるコレは、使用済みの避妊具?! 実物をマジマジと見たことないけど、聞いただけの知識で間違いないと思い知る。汁がついてるし…。これはもうガチですよね? あたしこの男に、レイプされちゃったって確定ってことなんですよね? 見なけりゃよかったって後悔より、怒りが湧いてきた。


「ああ、起きたのか?」

振り返るとベッドで寝ていた男が起き上がってこっちへ来る。おのれ、とあたしは敵意全開で睨みつける。

「この人間の屑!」

「はあ?」

く、悪びれた風もなくて、許せない。まあこれがBエリアの男なんでしょうけどね。

「くるな!」

手に持っていたゴミ箱を投げつける。そんなもの武器にすらならないだろうけど。案の定簡単にキャッチされて、そのまま男はこっちに向ってくる。

「くっ」

「少し落ち着いてくれ、俺は君を探っていた。聞きたいことがあるんだ」

「はぁ? な、なんなんですかストーカー? 冗談勘弁」

金門の魔の手から逃れたと思ったら、謎の男にストーカーだなんて!

「俺が聞きたいのはあの男、テンのことだ」

「? は、テン? な、なんであなたテンのことを…」

テンの名前を口にしたこの男、一体何者?

「俺はクロー、テンは俺が長年探していた者の一人になる。アイツはどうやら記憶を失っているらしいな」

「ど、どうしてそのことを、あなたは一体…」

クローと名乗った男は、その言葉であたしの警戒を解いた。

テンを探していた? テンを知っている人物。

「俺は君の敵じゃない。よければ力になる。その代わり、協力してくれないか?」


テンの名前を聞いて、あたしの警戒はかなり薄まってしまった。それだけじゃなくて、このクローって人、あたしが今まで会ったデンジャラスな人たちとはどこか違って感じた。不思議と、この人は信じられるような気がするっていう、なんでかわかんないけど。

あたしはクローの話を聞いた。
クローは長年このBエリアに住んでいた。テンとは十二年前に生き別れた仲間になるのだと。で聞いているうちに思い出した。Dエリアに向う前にテンから聞いたテンの過去の話、テンの過去はZ島でも聞いたけど。クロー、その名前にも覚えがあった。九番目の、テンの一つ前の子供だ、キメッサーのリーダーに拾われてつけられたという名前。鬼が島での戦いでクローは生き延びていた。Bエリアにたどり着いた時は身も心もズタボロで、日々生きる事しか考えられなかったらしい。さらに戦いのショックで記憶を失っていたんだって。だから仲間のことも後になって思い出したそうだ。そのクローの中でリーダーは目の前で亡くなったらしい。

「リーダーの首が俺の上空を飛んで行ったんだ。あの光景は、今でも強烈に目の奥に焼きついているよ」

うう、すごい光景を見たんだな。テンにしてもそうだったけど、Dエリアの掟に縛られて生きていたクローにとっても、絶対だったリーダーって人の死はそうとうにショックだったらしい。
そこから立ち直るのに、ずいぶん時間がかかったとクローが語る。今でもそれは心の奥底に残る傷だと語った。でBエリアで生きながら、キメッサーの生き残りの仲間がいることを信じて、今日まで探していたとのこと。残念ながら、今日まで一人も見つかっていない。それが先日やっと見つけられたのだ、それがテン。

「じゃあ、テンとは会ってるんですか?」

「ああ、口コミで人気のカフェが港通りにできたと騒がれていて、その名前にピンときた。カフェテン、ただの偶然とは思ったが、一目見てわかったよ。十年経ってもアイツの顔は忘れもしない」

クローの中でテンは特別な存在なんだ。

「向こうはさっぱり気づいていなかったけどな。まあ当時も、アイツはそんな感じだったが、リーダー以外にはまともに興味ない様子だったしな。俺ばかりがアイツを意識していた」

なぜかキョウまでテンのこと気にしてるし、ショウの興味はまた別なんだろうけど、クローはかつての仲間としてテンを思ってる。あたしにしても、なんだかんだとテンのこと気になるし。

「しばらく店の側でアイツのことを探っていた。そこに君が現れた。どうやら、君はテンに近しい存在のようだ。アイツの記憶を取り戻す鍵は、君の中にある気がしてならない」

「それはちょっと思い込みな気がするけど。あたしはテンとはそんなに深い関係じゃないですし。いきなり現れて、おばあちゃんの恋人を名乗って、そのおばあちゃんを救い出すためにあたしに協力しろって、散々振り回されてきただけですから」

迷惑いっぱいこうむってきた立場ですから。そういうとクローはくすっと笑って
「だけど君はテンを取り戻したいと考えている。その気持ちは俺と同じってことだろ?」

一緒くたにされるのはどうかと思うけど。たしかに、おばあちゃんのこと助けられるのは、やっぱりテンのあの行動力は必要かもしれない。テンの先におばあちゃんがいる、そういうことだから。

「わかった。テンの記憶を戻す為、あたしもなにかしてみる。アナタ以外の人とも約束したし」

「そうか、助かる。リンネと言ったか、俺はDエリアの人間だがそんなに警戒しないでくれ、目的を同じにする者は仲間だと考える主義だ。いつでも力になる」

なんだか、BエリアやDエリアで、こういった穏やかな表情の人は珍しい気がする。散々バイオレンスにまみれてきたから余計に。この人のことは、頼ってもいい気がする。

「って流されかけてるけど、あたしアナタのしたことは許しませんからね!」

「なんのことだ?」

「とばけないでよ! 人が意識失っている間にレイプしたくせに! 証拠だってあそこに」

いくらいい人ぶったってレイプだけは許せん!あたしの体はビケさん以外受け付けないんだから!

ビッとゴミ箱のほうを指差す。クローはなんのことか一瞬ぽけっとしていたけど、「ああ」と思い出したように頷く。まったくBエリア男の思考はやっぱり理解不能です。

「勘違いしているな。俺は君にレイプなんてしてない。それは先日情報収集も兼ねて相手した娼婦に使ったものだ」

むきになるあたしを子供をなだめるように笑うクロー、ふぬぬぬ、ほっとしていいのか、余計怒っていいのかよくわからん現状だ。…とりあえずなにもなかったってこと確定でいいのか。…よかった。

「疑惑も晴れたところで聞きたいんだが、君はなぜあんな店を探っていた?」

「あの店は、元々おばあちゃんの家だったのよ。つまり、おばあちゃんとその恋人のテンが住んでいた場所。で、おばあちゃんが行方不明になってから、テンが留守にしていたし、おまけに記憶喪失で完全放置だったし」

「そうか、そんな状況ならのっとられても仕方ないな。そこにテンの記憶を戻す重要な品でもあったのか?」

うーん、キーになるかは怪しいけど、
「おばあちゃんとテンの写真があったし、他は知らないけど、テンにとっては思い出の品もきっとあったかもしれない。それから、これはテン個人には関係ないかもしれないけど…」
もごもごとなるあたしに、なんだ?とクローが訊ねる。

「うん、あたしがおばあちゃんに送った手紙も保管されてた。…あれだけ改造されていたら、もうなにも残ってないよね」

「だろうな、だが確かめてないんだろ? それなら探してみてもいいかもしれない。そうだな、あの家は俺が取り戻してこよう」

「え? できるの?」

「ああ、これでも元テロリストだ」

嬉しい申し出だけど、大丈夫かな? おばあちゃんの家だもの、そりゃ取り戻してもらいたいけど。クローはテンほどじゃないにしても、なかなか強かった気がする。ショウ相手なら問題なく相手にできる強さじゃないかな? あたしの適当判断ですけど。

「そうしてもらえるなら、嬉しいけど」

「その代わり、君はテンのそばでアイツのことを探ってくれ。そして俺に報告してほしい。俺ならここにいる。留守の時はそこの棚の中にメモを置いてくれればいい」
と言った。ここはクローの住処なのだ。
鍵はどうなのかな?と訊ねようとしたら、なんと
「錠はしてないが、開けてすぐに侵入しないでくれよ。盗人対策で仕掛けを施してある。開けてすぐ前後二メートル以内には留まらないようにな。体が真っ二つになるから」

なんという物騒な仕掛け施してんだーー! まったく、これだからBエリアは、Dエリアな男は!

クローと約束を交わして、あたしはビケさんのいるCエリアへと帰った。
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