恋愛テロリスト
エピローグ 1
「おおーー、こりゃうまそうじゃのぅ! タカネばあちゃんは料理も得意なんか、さすがじゃ!」
「ふふふありがとうキンさん。皆さんも今日は来て下さってありがとう。遠慮なく食べていってちょうだいね」
あの鬼が島での死闘から一週間が経ちました。ビケさんと戦い、なんとかあたしは勝利したわけだけど、帰りは火の海で何度も「ぎゃひー」ってなりましたよ。おばあちゃんはテンたちが無事守りきったようで、あんなにうじゃうじゃ沸いていたゾンビ兵士たちは土にかえっていったらしく、城内の階段とか砂だらけで、こりゃ掃除大変そうだななんて他人事に思ってた。
上火だから、早く逃げなきゃっておばあちゃんに伝えたら「あら、大変」となんともマイペースな反応されて、「でも大丈夫よ」と妙に冷静な態度で「こっちよ」とテンたちを誘導する。
なんでもお城には消化装置が設置されてて、それを作動すればすぐに鎮火できるんだって。
なんでおばあちゃんがそんなこと知ってるのかって? それはこの放火の犯人(あたしの背中で意識不明状態のビケさん)から事前に教えられていたんだって。
…そうか、ヤケ起こしたっていうか、最初から放火する気だったのね、ビケさん。
無事装置は作動して、天守閣の部屋が黒焦げになる程度ですんだ。
その後は、後始末とかあたしのすることじゃないし、ビケさんとかキンにまかせればいいよね、てへ。てことで、元きたルートへと、Bエリアへと戻った。
住む場所のなかったあたしは、以前クローに管理を頼んでいたおばあちゃんの旧家に住むことにした。テンはおばあちゃんと一緒にカフェテンを再開するために動いていた。
「リンネ、あなたはこれからどうするの? 自分でしたいことをしたらいいのよ」
とおばあちゃんから言われた。…あたしのしたいことか。それはビケさんと戦うことだったよね。それも終えた今、あたしはなにをすればいいんだろう。
結局、ビケさんを振り向かせることはできなかった。うん、片想いが簡単に実るなんて思ってないし、ましてや相手があのビケさん難敵すぎます。
「特別することがないなら、俺のところにくればいい」
とあたしに誘いをかけてくれたのはクローだ。足元にはなつっこくハバネロがスリスリしている。
そういえばクローは、用心棒の仕事をするとか言ってたっけ。することもないし、その申し出はありがたいかも、だけど。
「自給はいくらでますか?」
「ああそうか、報酬か」とクローってば考えてくれてなかったのかい?
「愛ではだめか?」「は? なんですと?」
報酬が愛とな? あらあらクローさんってば、冗談をおっしゃるなんて。
「いえいえ冗談でもダメでしょ、そんなこと言ったら、熱い嫉妬のまなざしがーーっ、ひぃっ噛み付かれる!」
ハバネロって結構嫉妬深い女の子のようですから、テンのときもそうだったけど、ほら、すごい形相で睨んでますから、シャッって言ってるし!
「冗談扱いは酷いな、俺は本気でリンネと一緒になりたいと思っているんだが」
「え、えええーー、なんですとー?」
さらりと問題発言かまさないでください。今のは、あれじゃないですか? 下手したらプロポーズと受けとられても仕方ない言い方ですよ?クローさん。
「あらあらリンネったら、熱烈に求愛されちゃって、すみにおけないわぁ」
うふふと嬉しそうに笑いながらおばあちゃんはクローと微笑みあう。そういえばおばあちゃんとクロー、会ったばかりのはずだけど、二人とも昔からの仲みたいに妙に意気投合しちゃってるのよね。そのことについてつっこんだら、「ええもちろん特別な関係なのよ」と意味深なことを言っちゃうものだから、テンが「どういうことだ、クロー貴様! 俺のタカネになにをした!?」とかブチキレちゃうし、ビケさんも「ちょっとゴミ処分したい気分だわ」とか笑顔でドス黒いオーラ放ちだしたから、ヤバイヤバイなんてあたしが一人慌てちゃう始末。
クローとおばあちゃんは前世で特別な縁があったらしい。まるで家族だったみたいな、和やかな空気をまとってるみたい。家族、といえば…殺伐とした家族関係もあったみたいですけどね。
まったく、おばあちゃんもあたしの気持ち知ってるくせに、そんな茶化すことしないでよね。
でも、大事なことはひとつじゃなくてもいい。それは先日あたし自身が気づいたこと。求愛されたら結婚しなきゃいけないとかってわけじゃないけど、その好意はすごく嬉しい。これまでの関わった人たちとのいい関係は続けられたらなって思う。
「おいおい気の多いやっちゃなぁ。ワシの嫁にくるという約束はどうなるんじゃ?」
「はあー? そんな約束はした覚えありませんけどーーっ」
あたしとクローの間に割り込んできたのはキンだ。またややこしい言い方してきて、あたしが節操なしな女みたいじゃないの。だいたいアンタあの時点で別にあたしのこと好きじゃなかったって、鬼が島で暴露したじゃないの!気が多いのはどっちのほうなのよ!
「ちょっと待ってください、キン兄さんどういうことですか?」
とキンにあたし同様待ったのツッコミかけたのは、常識人のキョウだった。そうそうキョウ、この常識外れにキッチリと教えてやってください!
「おおキョウ悪ぅ思うなよ。ワシもリンネに惚れてしもうたからのぅ。かわいい弟にも兄者にも無条件で譲るのは、しゃくじゃしのぅ。というわけじゃ、クロー、いっちょワシと勝負せんか」
「え、ちょっと」とうろたえるキョウとあたしをほっといて、キンってばクローに勝負ふっかけてるし、にかってこれまた嬉しそうにドSの笑み浮かべちゃってこのDエリア男め。
「そうだな、いいだろう受けてたとう。勝ったほうがリンネと一緒になる権利を得るわけだな」
クローも嬉々として受けてたつんじゃない! やっぱりDエリア出身ってそういう思考なんですね。
「お前らやるなら外でやれ!」とテン。まあさすがに店の中でチャンバラかまさないでしょう。二人ともそこまでバカじゃなかろうし。っていうか
「当の本人無視して、勝手なこと決めないでよ!」
「あらあらリンネってばモテモテねぇ。うふふ」
いやいやおばあちゃん、そんなん違いますって。だいたい、そんなのおかしい、ありえないし。だってだって…あたしは。
「勝負はするが、最終的に決断するのは、君だからな」
「おお、ワシは勝負に勝って、そしてリンネに選んでもらうからのぅ!」
ああもう二人して、さわやかに微笑み返さないでください。だって、そんなありえないから。
「二人ともどうかしてるよ。だって、あたしは…ゴミクズと罵られ、だけども這い上がってゴミクズなりに目指したけど…」
離れた場所に立つビケさんと目が合う。ビケさんはにこりと微笑むけれど、だけど…、愛しい相手を見つめる瞳じゃない。奥底に燃える炎みたいなのが見えて。
ああ、あたしってまだまだダメなんだ。鬼が島に挑んだけど、特別な存在になれたわけじゃない。まだ立ち上がったばかりの不燃焼なゴミなんだろう。
「ぷっ、自分で自分のこと、ようくわかってるじゃん、リンネ」
窓際の席で頬杖ついたままハバネロをチラ見しているショウ。むかっとくるけど、うんそうだよ、アンタの言うとおりさ。
「そんなことありません。リンネ、あなたはゴミクズなんかじゃない。あなたは私を変えたんです。
鬼が島の犬でしかなかった私を立ち上がらせた。ただのゴミにそんなことはできませんよ。
リンネ、あなたは十分魅力的です」
「キョウ…」
あたしにそう言ったキョウ。やっぱりキョウは優しいよ、Aエリアの鏡だよ、あ、なんか感激で涙にじみそう。
…って、キョウの赤面顔かわいいな、すごく貴重かも、これはカイミさんにも見せてあげたいかも。
「ありがとう、どこかのツンデレブラコン男子にも見習ってほしいフォローっぷりだわ」
カイミさんもきっとキョウのこういう優しい面に惚れちゃったのかもね、うんうん。それにイケメンだしね。
「え、ええっとその…」
「やれやれ、リンネの奴も鈍すぎるのぅ。ワシ、キョウが哀れに思えてきたわ」
「ふっ、罪深いなリンネも…」
は?ちょっとそこの決闘するとか言ってた二人、なに結託してる感じであたしを非難ですか?なによ、罪深いって、あたしなんか酷いことしたっけ?
「あの、リンネ、以前Aエリアであなたに話したことを覚えていますか?」
「え、えっと…」
なんの話だっけか?
「鬼が島の戦いが済んだ今、あなたに伝えたいことが…」
なんだろう、キョウの真剣な顔、伝えたいことってとても大事なこと…みたいに思えるけど、なんのこと?まさか、あたしのAエリアでの今後の扱いについてとか?!どうしよう、あんなにAエリアに帰りたいといっていたけど、でもやっぱり、帰れないより帰れたほうがいいわけだし。
ほんとあたしどうしようなんて考え出した矢先に、チリンとお店の入り口から出入りを伝えるベルが鳴った。
「あらあら、今日はお店やってないのよ、ごめんなさいね」
とおばあちゃんが慌てて入り口のほうへと走る。そこにキンが「いやいやばあちゃん、ワシが呼んだんじゃ、こいつも一緒にごちそう食わせてやってくれんか」といって入店しただれかをこちらへと案内した。
「おじゃましますだもん」
もじもじとしながらキンと一緒に席のほうにやってきたのは、カイミさん!
「え、カイミどうしてここに?」
キョウもカイミさんの来店は聞いてなかったみたい。まあ鬼が島で一緒に戦ってくれたし、一緒にいれてあげてもいいよね。てそれならキン、ポッキーも誘ってあげればよかったのに。
「だって約束したもん。どこまでもついていくって…、キョウ兄もあたしの想いに応えてくれたもん」
きゃって頬染めながらカイミさん。ええーっ、キョウってばいつのまにカイミさんとそんないい感じになってたの。
「え、カイミ、それは鬼が島の戦いでのことで「もうあたし迷わないもん! キョウ兄のお嫁さんになりますってパパにも報告しちゃったもん! 退学届けも提出してきちゃったもん! だからすぐにでも、できるもん!」
「え、えええーーーー!!?」
ってあたしじゃなくてキョウの声。て冷静なはずのキョウが一番驚いてますけど、あたしも…カイミさんのすごい告白にびっくり口あんぐりですが。て、ほかの人ノーリアクションすぎ。にやにや笑ってるキンはグルとしても、ショウの興味なさっぷりとか(ハバネロばっか見てるし)、テンはうるさい小娘めとぼやきながらも料理しているし。
「ちょっちょっとカイミなにを血迷って「なんかないもん! あたしの心は昔からずーっと決まってたんだもん!ずっとずっとキョウ兄一筋だもん!」
うわ、なにこのらぶらぶな二人…、見守りたい…。カイミさんてば真っ赤になって、体震えてる。がんばれ恋する女の子だよ。
「カイミ、落ち着いてください、第一私は従兄ですよ」
「落ち着いているもん。それに従兄なら問題なくできるもん!」
「いえいえ、だからって学校を辞めるのは先走りしすぎです。学業はおろそかにしないと昔約束したでしょう」
「わかったもん。じゃあ退学は取り消してくるもん」
あら素直。
むしろ落ち着いてないのはキョウのほうなんですけど。珍しくもおろおろしちゃってるし。そんなキョウをキンがにやにやしながら肩を叩く。
「ここまでカイミが言うとんじゃ、わかってやらんか」
やっぱりキンはカイミさんの味方か、なんだかんだで一番兄妹っぽいもんね、この二人。
「え、キン兄さん、なにいって」
「あーら、こんなかわいい恋人がいたなんて、ちゃんと紹介してくれないとダメじゃないの、キョウ」
反対の肩をビケさんがぽんぽんと叩きながら、にこにこ顔でそう言ってる。うん、あの笑顔は、心の底からの祝福というより、なにか底知れないものを感じるわ。なんせお城を放火した人だから。
「な、なに言って、違いますよ! カイミはただの従妹でそんなんじゃありません」
「あらあら本人前にしてよくそんな酷いことが言えるわねぇ」
「そうじゃキョウ、ちったあカイミの気持ちも考えんか」
うるうるとキョウを見つめるカイミさんに、たじっとなるキョウ。そんなキョウを後押し…っていうより責め立てているようにも見えるんだけど、キン。
まあ、二人の問題だし、周りがつべこべ言うことじゃないんじゃないの。
それよりもさっきからちょっと気になっていたけど、アイツ一度も話していないよね、あの人と。あたしの知る限り、ずっとまともに話してないように思える。それこそ余計なお世話だろうけど、気になるんだよね。
「ショウ」
窓辺の席で頬杖ついてふてくれさているショウのところに行く。「はぁ、なに?」って露骨にいやそうな顔しやがって、かわいくないの。てそんなどうでもいいことより、あたしは気になっていることを訊ねた。
「そういえば全然話してないよね? 避けてるの? ビケさんのこと」
「はあ? なんで、別に」
チラッと一瞬だけビケさんのほうを見て、ショウは目をそらした。まあ気まずいのは、無理もないだろうけどさ。あたしもチラリとビケさんのほうを見たけど、ビケさんはちっともこっちに目もくれない。キョウのことをからかいながらも、意識はほぼ…おばあちゃんのほうに向いてる。
「アンタはさ、ビケさんに腹立たないの?」
「はあ? なんで腹立てなきゃいけないの? 意味わかんないし」
意味わかんなくない! 殺し合いをしても、ビケさんはあたしのことこれっっぽっちも想ってくれないんだから。ほんと、あたしの存在ってなんなの?って腹立つよ、あ…それって自分に腹立っていることか。
「そっか、あたしはあたしにむかついているのか。そうだよね、鬼が島に勝利したところで、それはあたし一人の手柄ではないし、みんながいたからだし。
全力でぶつかればあの人に届くかもと思っていたけど、現実はそんなに簡単じゃなかった」
テンの強さにはるかに届きそうもないし、おばあちゃんの眩さに敵いっこない。想いを武器に戦って、あたしは昔より強くなったと自負しているけど、だけどやっぱりむかつくのは、全然足りてないってことなんだ。
「ボクの知っているリンネは、簡単にあきらめたりしない」
「へ? ショウ…」
「言っとくけどお前のことじゃないからな」
「はいー?」
いったいどこのリンネさんのことですか?!
「地獄の猛者のリンネーv」
は?なにそれって、今の声はショウの声じゃない。ここにいる誰かの声でもない、もっと若くて愛らしい女の子の声、ぽかった。それにどっかで聞いたようなー、うーん気のせい空耳空耳。
「みーつけたーv あはっ」
ガラス窓の向こうに見える女の子の顔は、てへっと愛らしく笑うテレ笑顔なのに、気持ち悪くて、うんだってその子異常な女の子だもの。
「キリ! ちょっ、ヤバイお店が。テン、クロー、おばあちゃんのこと守って」
すぐに後ろに下がって、あたしはテンとクローにおばあちゃんの護りをお願いした。
「あらあらいったいなにごとなの?」
おばあちゃん、そんなのんきなこと言ってないで隠れててよ。ここはBエリアなんですよ、そうそうBエリア、なんでもありの危険な街なんだから。
「きゃは! リンネのにおいすると思ったら、こんなとこにいたんだー」
ガラス破壊して突進してくるのかと身構えていたら、キリはくるりと向きを変えて姿を消した。
あ、あれ? と拍子抜けしていたら、すぐにあの声は近くで聞こえた。
「会いたかったー」
ふつーに入り口から入ってきた。思わずひざがカクッと崩れそうになったわ。しかし油断できない、この子バイオレンスな危険な女の子なんだから。
「あらあら、またかわいらしいお客さんね。リンネのお友達かしら?」
「おばあちゃん、ちがっこの子は」
あたしを殺そうとした金門一族の暗殺者なんですよ!しかも殺すの大好き、みたいな変態思考の子なんですから。
ああでもなんで、桃太郎から解放されたのに、このキリからはいまだに追われ続けているの? 桃太郎の怨念?
「あは、ちがうよー、あたしはー、リンネのこ・い・び・となんだよねー!」
「なっ…」
なんですとーーー!?
ぺろんと舌なめずりしながら、キリは身軽にジャンプしてあたしに抱きついたと思ったら、
「!? ん、むむむむむむーー」
なにこの感触、舌が、口内が、犯されてるーーー!
思いっきりホールドされて濃厚な気持ち悪いキスされて、脳天キーンってなる。なにが起こっているの?!
「おいリンネ、変態行為なら外でやれ! タカネの目と俺の店を汚すな!」
テンの理不尽な怒りと突っ込みを遠い感覚で聞いていた。
キリの変態行動はとどまらず、あたしはテンの料理味わうどころじゃなかった。
ビーフシチュー食べ損ねた、…くやしーーーー! 泣きたい。
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