恋愛テロリスト

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  最終幕 決戦!鬼が島 5  

のぼりにのぼった鬼の城。その最上階への扉の前に立って深呼吸する。
重々しくそこで閉じているその扉へと、ビケさんへと続くその扉へと、あたしは手をかける。
力いっぱい押し開けようとしたら、わりとすんなり開きやがったので、ちょいと前のめりになってしまった。
扉をくぐったその部屋は、想像以上に狭くて、薄暗くて、寂しくて、なにもない四角い部屋。
そこにあるのは、部屋の奥にあたしと対面するように立っている例の人だけで。

「ビケさん!」

いつもと少し違う空気を纏っているように感じるのは、紺紫色の時代劇のような衣装で、その手に握られている怪しく輝く刀剣のせいだろうか、ううんそれだけじゃないのはわかっている。
まるでそこにいるビケさんは、伝説の英雄温羅のような姿だから、髪の色が違うところを除けば、まさに現代版温羅ってかんじだ。って、ビケさんはその温羅の生まれ変わりなんだっけ。
いや、それにしても……カッコイイ!!って、ときめいている場合じゃない。

「フフフ、よくここまで来られたね。ご苦労なこと、わざわざ殺されに来るのだから」

その場から一歩も動かずにビケさんは目を細めてわずかに笑う。
冷たい笑顔、ビケさんの凍りついた心。殺し合いを望むというビケさん……。
でも、あたしは違う。あたしが望むことは、たった一つ。
きんとビケさんを強く見すえながら、あたしはその言葉を、想いを叫びつける。


「ビケさん、あなたが好きです。だからっ…
今からあなたをぶっっ倒します!!!」

その言葉を合図に、あたしはダンと力強く床を蹴る。まっすぐにビケさんへと向かって、抱えていた武器をビケさんの真正面目掛けて振り下ろす。

「だあぁぁぁぁぁぁーーー!!」

上下に揺れながら近づいていくビケさんの姿を目で捉えながら、目の前にまで迫った目標へと迷うことなくまっすぐに、あたしは想いを勢いにしてアタックしかける。
骨に響く衝撃に、あたしの体はぶれる。金属の激しくぶつかり合う音に、こすれ合い、はじけ飛ぶ音。
あたしの第一撃はビケさんに防がれた。美しいまでの刃の照り返し。ビケさんはそれを手足のように操っている。

「くっ」

後ろ向きで飛びながら後退して距離をとる。勢いでいけると思ったのに、あたしの攻撃はあっさりビケさんに防がれてしまった。ビケさんのほうは、まったくこたえてないというか、かけらも動揺など見られない。
おばあちゃんやキンたちの話では、ビケさんから温羅の力が消えたってことらしいけど。桃太郎みたいに、温羅の魂も現世から消滅したって話なんじゃー?
ま、そんなことより、焦りは禁物だよ。心落ち着けて、しっかりと見て、戦うこと。まだ始まったばかりだもの。
武器を構えなおして、体勢を整えながら、ビケさんを睨む。
ビケさんが「ふふ」と怪しげに笑って、あたしが首を傾げる。一体何事かと思えば

「リンネあなたは私から温羅の力が消えたと思っているの?」

「え、ど、どういうこと?まさか…」

ビケさんが「くくく」と笑って、鋭く目を光らせる。ま、まさか?
まさか、ビケさんから温羅の力は消えてないってことなの?人を超えた力と言われる温羅の力、それがビケさんの中に?じわり、とかすかに額に汗が浮いてくる。

「温羅の魂が離れても、私には温羅の力と温羅の記憶があるわ。それがどういうことかわかるわよね?」

ビケさんの背後からカチリと小さな音が聞こえて、ビケさんの背中から真っ赤な翼がゴウッとはえた!?羽?ビケさんの背中から羽が、炎のような真っ赤な翼がぶわっと広がって広がって、ってえええーーー!

「ちょっ、なに?マジでーー?」

CGとかじゃなくてーー?ええーこれはなんのアトラクションですかーー?炎が、燃え盛る真っ赤な炎が、ビケさんの背面の壁から燃え広がって、すぐに周囲を包む。あたしが入ってきたこの部屋唯一の出入り口は閉まって、四角い部屋の中逃げ場がなくなった。

「なに考えてるの?ビケさん」

「のんびり戦えると思ったら大間違いよ。炎がこの部屋を燃やし尽くすまでに私を倒せるかしら?」

赤い瞳が挑戦的にあたしを見下ろす。ビケさんは自信があるんだ。炎より先に、あたしを殺せるって。
いやでもだからって、燃やすか?お城を。ビケさんの行動って…。やっぱりどこかやけっぱちなの?

「上等ですからっ! 炎なんかにやらせない。ビケさんをぶっ倒すのはあたしだから!」

時間制限多いに結構。遅かろうがギリだろうが、負けるつもりない。

「生意気だこと、リンネの分際で」

ギンとビケさんが鋭くあたしを睨みつけて、気を放つ。殺気という気を。肌をビリビリと痺れさせるその気を受けて、なぜかあたしは恐怖という感情よりも、悦びを感じていた。

ああ、そうね。感情丸出しのビケさんを見られて、あたしは嬉しいんだ。その感情が好意じゃなくて、その真逆の感情だとしても。ビケさんを知る。ビケさんを感じる。仮面を脱いだ真実のビケさんを。
いつも優しい笑顔のビケさん。あたしを大切だと言ってくれたビケさん。麗しの兄弟愛を見せてくれたビケさん。
全部うそっぱちやんけー!
そんなウソに散々振り回されてきた哀れなあたし。だけど、その過去を後悔しない。それを越えてきたから、今知ったこともあるのだから。
おばあちゃんしか見えないビケさん。あたしをゴミと言い捨てたビケさん。あたしに殺意全開のビケさん。
ああ、不思議と今はそのビケさんのほうにずっと心惹かれているあたしなんだ。だってそれが本当のビケさんの姿だから。

肩を上げて、呼吸を切って、髪をなびかせて、筋肉をうねらせて、細胞はじかせて、あたしは感じる…あなたを全力で。

諦めない第二撃へと、あたしは駆ける。メロディ奏でるように床を蹴りながら、少しずつ少しずつ音を高めて。
ドン!
クレッシェンド。さあどんどん高めていくよ。ゆっくりなんてしてられない。だけども、もっともっとって思う気持ちもあるから。ドンドコなる太鼓の音みたいに、あたしの中で激しくなる。

「ビケさん!勝つのはあたしだからーーー」

言った者勝ち。なんてね。
ブンとライフル横降りで、あたしを待ち構えるビケさんに打撃を与える。ビケさんはまたしてもあたしの攻撃を剣を盾にして防ぐ。だけど数センチ、ビケさんの体を後方にずらせた。

「ふふ、笑わせてくれる。焼け死になさい!」

「!?っう」

進行方向とは反対方向からの強いエネルギーがあたしを襲った。あたしの体は重力に逆らうように飛ばされて、重力に従うように今度は落下していく。ぶっ飛ばされた、ビケさんって見た目によらずバカ力ですかいっ。

「うっわーーーー」

スローモーション、ああなんかよく見えるんですけど、でもこのままじゃ確実に壁にぶつかる。炎にまみれているあの壁に、激突必死。

「だっりゃっっ」

激突直前、ライフルをソードモードにして、剣先で壁を切り裂きながら着地。で、あぶなっ。炎が間近で超あっつい!炎に一瞬気をとられると命取り。ビケさんがあたしへと、迫っていた、刃を向けて。

「終わりよ」
死ね!というビケさんの強い心の声があたしを押しつぶす勢いでいまそこに。一歩もひけないあたしは必死でライフルを盾にしてビケさんの攻撃を受けたが、そのまま壁にぶっ飛ばされた。「ぎゃーーー」炎が背中に髪に燃え移る。「あちーーあちーーー」慌てて背中をごろごろと床にすりつける。今度はそこに引火しちゃうという悪循環。床をボールのごとく転がるあたしに、ビケさんの容赦ない刃が襲い掛かる。左肩に激しい痛いのと熱いそれにあたしは動きを封じられた。「くっ」暑さと痛みで脂汗が顔をぬらしているのがわかる。生暖かいぬるっとした湿ったものはきっと赤い色の例の液体だってことも、見なくてもわかっている。あたしの視界をゆがめさせる赤い光も、そして今あたしをまたぐようにして立ちながら見下ろす赤い瞳の殺人鬼のことも。

「死ね……っっるかーー」

ダンゴ虫のごとく体をきゅいっと丸めて、ビケさんの足を蹴りつける。「ちぃっ」わずかに浮いた刃を武器ではじいて縛をとく。膝を折り曲げて、すぐに立ち上がれ。血が流れてもそのままに、目標だけを見すえて、攻撃を繰り出す。

「しぶといわね、ゴミの分際で私に楯突いて」

「燃えるゴミですからっ。そんなゴミの逆襲覚悟してよね」

スカートのはしっこを刃でビッと切り取って、それを炎にくぐらせる。剣の先端の布が燃え上がり、即席ファイアーソードのできあがり。あたしはそれを釣りのキャスティングのように振り下ろして、炎の撃を放つ。ビケさんにじかに届かなかったけど、振り下ろされた剣先は床にぶつかり、炎はそこにも燃え移る。炎の先端がビケさんの足元を揺らしたけど、かすかに衣を焦がした程度で、結局のとこノーダメージ。剣先の布はすでに燃え尽きて、ただ炎ステージの面積を増やしただけ。

「なにがしたいんだか? 思いつきで私を倒せると思っているの?」

嘲笑われ、冷めた視線を向けられる。バカな行為だと思われている?でたらめとかがむしゃらとか、そうかもしれない。けど、あたしはミスったなんて思ってないのだ。広がった炎。あたしもビケさんもだんだん動けるエリアが狭まり、かなり制限されてきている。つまり逃げ場がなくなってきたけど、同時に相手にも逃げ場はなくなる。
あたしにはテンや桃太郎のように素早く動けるわけじゃない。だからこそ、相手の行動を制限できるほうにもっていったほうがマシだ。それはあたし自身危険にもなるけど、逃げは選択にないから、逃げない代わりに逃がさない。この体はって、あなたにぶつかる。想いをぶっ叩き込んでやる。
ぶつかり合う金属の音、弾かれ、またぶつかり、軋み合い、かすれあい、砕くようにぶつかり合う。
骨や肉が悲鳴を上げたくて、だけどあたしの体もあたしの心に応える様にそれをおさえてくれているんだろう。ありがとうあたしの体、もう少し付き合ってよね。限界を超えてやりたい。汗が動くたびはじけ飛ぶ。炎の熱さがよりそれを強くして。しずくをじゅっと蒸発させながら、炎はさらに燃広がりあたしたちを包む。ビケさんの攻撃は重い、それを受けるたびに体の中から激しく揺すられる。でもキンの特訓のおかげか、あたしの体はそれに耐えられている。体の奥で音がしている。筋肉が唸るような、骨が猛るような、未知なる音が聞こえている。極限になればなるほど、感覚は研ぎ澄まされていくものなの?涙のように伝う汗をまばたきではじいて、ビケさんを見つめる。流血だらけのあたしと違って、ビケさんはキレイな体のままだけど、だけど、その顔は濡れていた。白い肌は赤みを帯びていて、蒸気が上っている。熱さだけじゃない、煙もそうとうすごいことになっている。呼吸も乱れてきて、お互い時間がないのは明らかでしょ。あたしが思いのほかしぶといから、ビケさんの表情に苛立ちが見える。

「邪魔もいい加減にすることね!リンネ」

血走った目でビケさんが床を蹴りつけあたしへと飛んでくる。横とびでかわして、あたしも刃を振る。刃は届かず、体で肩からぶつかりにいく。密着しそうな距離にいるビケさんの顔、もう余裕なんてどこにもない、必死な顔。鋭い怒りを憎しみを放つその赤い瞳を見て、あたしの心音は高鳴る。あたし、笑っている。だって嬉しいから。

「やっとあたしのこと見てくれた」

「なにがおかしいの? 気色悪い」

苦い顔してビケさんは煩わしいものを振り払うようにあたしへと刃を振り下ろす。それを受け止め、奥歯が砕けるほど力を入れながら、耐える。にまにまにまにま止まらないあたしに、ビケさんの嫌悪感は高まってるみたい。ギィンと金属がはじけて、また距離をとるあたしたち。だけどもうそこまで距離がとれるほど場所もなくなっていた。呼吸の音、炎の音、ときおり爆発のような音も混じって、でもそんな中あたしは呼吸の音が、あの人の声がハッキリと聞こえていた。

「そんな余裕のないビケさん初めて見る。嬉しい、もっともっともっと見たい。ビケさんのいろんな表情を見せて」

ドン!肉を打った感触。偶然かあたしの攻撃がビケさんに当たった。その瞬間苦痛の表情を見せたビケさんにあたしはゾクゾクした。すぐに痛みをとりはらうしぐさでビケさんはあたしを睨みつけ、ぶつかってくる。

「おのれー、どこまでも忌々しい存在がっ! お前などに阻まれてたまるか!私のすべてを、タカネをっっ
絶対に手に入れるっ!」

「うぐぅっっ! ビケさんにはおばあちゃんしかいないの? ビケさんの愛は追い詰めているだけじゃない?ビケさん自身を」

つばぜり合いながら、お互い強くにらみ合う攻防の中あたしは叫ぶ。

「そうよ、私にはタカネしかいない、タカネさえいれば、それ以上望むことなどないの」

「あたしは違う。あたしには大切なものもたくさんあるし、叶えたいこともたくさんあるの」

あたしを大切に想ってくれているおばあちゃん、めちゃくちゃながらも導いてくれたテン、仲間になってくれたキンたち。いろいろあったけど、今思うのは、あたしってけっこうな幸せ者なんだってこと。だからビケさんが哀れに感じる。ビケさんはおばあちゃんだけだって言ってるけど、ほんとはそんなことない。

「だからお前は薄っぺらいのよ。私とは想いの重さが違う」

「薄いとか厚いとかどうでもいい基準ですからっっ。ビケさんは見ない振りして自分の気持ちを正当化したいだけでしょ! あたしを消したところで、消せないものもあるんだって、ほんとはわかってるんでしょ?!
おばあちゃんもテンもショウも、ビケさんのこと想ってるよ。だからあたしに協力してくれた。
あたしはビケさんが好き、だからビケさんを想うみんなの気持ちも大切にしたい。
ビケさんもおばあちゃんが大切なら、おばあちゃんの想いも大切にしてあげて」

「不要よ。タカネの想いも私が変えてみせる」

「じゃあ、あたしがビケさんの想いを変えてやる!」

あたしもビケさんも全身オレンジ色に照らされて、強い刺激に目の粘膜もやられかけている。涙をぶちまかせても目はビケさんを捕らえて放さない。ビケさんの瞳の中に炎が見えるように、あたしの瞳にも炎が見えているんだろう。それに負けじと心はもっと燃えて。ビケさんはおばあちゃんへの執着に近い強い想いを、あたしは意地にも近いビケさんへの想い。負けられない、引けない、ミリでも近づこうと足を前へとずり動かす。

「戯言ね。やれるものならやってみなさい」

「絶対叩き込んでやる!これがあたしの愛の形」

不器用で乱暴で単純な恋愛の仕方。これがあたしが選んだ愛の道。想いを暴力に変えて伝えるという。
想いが届く?、届かない? 不安など打ち払って、ただ暴力でぶつかり合う。
戦うことでしか感じ合えないその恋を、あたしは今全力で楽しんでいる。傷だらけ汗まみれすす汚れ、乙女ちっくとは程遠いシチュエーションでそれが最高だと思いながら、花やハートの代わりに汗を血を散らせながら、いっぱいいっぱい感じるその行為を最高に楽しんでいる。
ここまでこれてほんとうによかった。こんな素晴らしい体験をすることができてあたしは最高に幸せな乙女ですよ。キスをすることよりも、優しく抱きしめられることよりも、ずっとずっと心ときめく。愛する人と全身全霊かけて、本気の殺し合いという魂のぶつかり合い。この熱い恋心を、刃に籠めて……。


滑り台をなめらかに滑り落ちるように、二つの金属がすれ動いた。ビケさんの刀があたしの肩を斬りつける。

「認めない…」

それは悔しそうなビケさんの声。
あたしが感じるのは、肉を貫く感触、ゆっくりと少しずつ、深くそれは入り込んでいく、あなたの、温かいあなたの中に。あたしの想いをのせたそれを……。感じてあたしを、その想いを。傷として刻み付けるから。

「終幕…だね」

あたしは膝をついた。畳一畳ほどになったその安全地帯の中で。ビケさんの手から刀が離れ、床に落ちる。染まっていく服のその部分にあたしは抱きしめるように手を添える。あたしの赤くなったその手じゃもうどっちがどっちだかわかんないくらい。でもそこから感じる温かいものをあたしは愛しく感じていた。ビケさんの体から流れてくるそれを肌で感じながら。ビケさんも膝をついて、あたしへと倒れこんできた。ビケさんの顔はあたしの肩の上にあってその表情を見ることはできない。ビケさんの乱れた息、熱くなった体を、半座り状態のあたしが支えている。

「温羅……」「ビケさん?」「…私…」

意外なことにビケさんが最後に呼んだのは温羅だった。なにか独り言をつぶやいて、ビケさんは口を閉じた。あたしの腕の中でビケさんは力を無くしていった。

「うっっ?」

急にあたしの体にかかる負担。やばい気を抜いちゃだめだ。まだよあたし!まだ戦いは終わっていないのだから。
帰るまでが遠足というように、生きて帰還するまでが戦場なのだ!

「道を開けーーい!」

ビケさんを肩に担いで立ちあがったあたしは、炎に向かってそう叫んだ。
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