「え、どうしても? …そっちから無理だって断ってもらえないかな?」

ソウは乗り気でないどころか、心底迷惑な顔をして、ダンに伝える。
ソウが嫌そうにしていることとは。ダンからソウに想いを伝えたい娘がいるから彼女の話を聞いてやってほしいといったものだ。こうした話は今回が初めてではない。ソウは女にもてる。本人が望んでいるわけではないのが切ないが。昔から女の子のほうからアプローチされることが多かった。そのことがソウの女嫌いの要因になっているわけだが。

ソウの反応はダンの想像どおりだ。ソウに想いを伝えたい娘というのは…、アオが扮する架空の娘のことだ。
相手の気持ちも考えてやってほしい。断るなら断るで直接ソウの口からでないと彼女も納得しないだろう、などと言いくるめてダンはソウの了承をとりつけた。しぶしぶソウは承知したが、心底嫌そうな顔をしてため息を吐いていた。

弓を番えた時のソウは凛々しく怖いもの知らずの草原の戦士の顔をするのに、女性に対しては情けないほどへたれてしまう。ソウ自身もそのことは情けないことであると気にしている様子だが、簡単に克服できそうにない。不幸な事件のせいでおじゃんになってしまったが、近い将来妻を娶らなければいけないいい歳だ。成人の儀も近々行うことになるだろう。そうした儀式をこなしたところで、女性が怖いなどといった調子ではナイムの次期族長として大いに問題だ。



ダンはアオにソウと約束をとりつけたことを報告した。衣装も合わせたし、準備のほうも問題ない。あとはいつ実行に移すかだが。

「やるなら夜だよな。明るいうちじゃバレやすくなるし」

夜空の下のほうが雰囲気も出ていいだろうとダンが盛り上がる。

「でもさ、もしアイツを上手く騙せたとして、万が一…万が一オレの女装姿に惚れたりしたらさ」

考えたくもないけど、とアオがもらす。

「おおっそれなら大成功と言っていいんじゃないか。そのまま熱い夜を過ごせばいいじゃないか」

冗談なのか本気なのか、そういいながらアオの両肩をぽんぽんと叩くダンに「やめろよ気持ち悪いこと言うな」とアオが返す。冗談じゃなくソウがそっちの方面に目覚めたらどうするんだ?と少し考えかけて怖くなった。女嫌いだからといって男に走る思考は単調すぎる。
いつ決行するかとダンたちが話していると、そこに息切らしながらフダルが現れた。

「ダン、来るんだって。ついさっきそこで族長たちが話しているのを聞いて」

ハァハァ言いながら興奮気味のフダルになんのことだ?とダンたちが訊ねる。ごくりとつばを飲み込み息を整えながらフダルが言う。

「天童子(そらみこ)だよ! 明日の夜にはナイムを訪れることになったって、先ほど使者が伝えに来たらしい」

「天童子か! こいつはいいタイミングかもな。明日の夜は星祝いか。アオ、女装告白は星祝いの中でやろうぜ!」

愉快そうに笑いながら、ダンはアオの背中を叩きながらそう言った。ダンの盛り上がりに反して、アオは「え? 星祝いって?」とぽかんとした顔で訊ねる。

「おいおいアオ、お前星祝いしたことないのか?」

「たぶんあるはずだけど、まだガキのころだったと思うよ。天童子が来た時にやる宴のことだろ?」

草原の民にとって【星祝い】は天童子を迎えるための宴だ。星空の下でいつもより豪華な食事が用意され、天童子一行を歓迎する。実際は天童子にかこつけてやるお祭りだ。
天童子はもてなされる為にやってくるのではない。天童子が来るということは大きな意味を持つ。星のお告げがあったということだ。それもナイムに関わる。

「いったいどんなお告げを伝えに来るんだろう」

「お告げを聞くのは長の役目だからな。そのことよりも、俺たちにとって重要なのは星祝いだろう。フダルお前もがんばれよ」

今度はダンがフダルの背中をバジバシと叩く。「なんのこと?」と反応するフダルに「おいおいとぼけるなって」とダン。二人のやり取りをアオが眺める。

「星祝いは男女の祭りでもあるだろ。せっかくの機会なんだ、お前もチレグを誘えよ。アイツだってずっとお前が動くのを待ってるんじゃないか?」

「ええっ?! フダルとチレグってそういう関係だったのか?」

「ち、違うって、ダン! 変なこと言わないでくれよ。チレグとはただの友人関係なんだから。アオも誤解しないでくれよ」

フダルは必死にチレグとの関係をダンが茶化すようなものじゃないと否定した。照れてどうこうといった様子でもなく、これ以上冷やかしてはだめな気がして、アオもそれ以上追求はできなかった。ダンもあまりにフダルが嫌がるので、その件でこれ以上からかいはしなかった。

「それよりも、ソウ坊ちゃまのことだろう? ね、アオ」

なんだか強めの口調でフダルにそう言われて、アオも「うん、そ、そうだな」と頷いた。内心、フダルとチレグは本当に恋仲ではなかったのか?と少し気にかかりながら。



天童子がくることは、チレグやイアの耳にも入った。いつものお互いの作業済ませ、移動しながらその話題になる。

「そうかー、星祝いなんて久しぶりだねー」

「私にとっては初めての星祝いになるわ。ねえ、どんな感じなの?」

イアにとっては初めての経験になる。星祝いは子供のころから密かに憧れていたものだ。正直どういうものか理解しきっているわけではないから、興味津々に女性の先輩でもあるチレグに訊ねる。

「あはは、そんな大層なことするわけでもないんだよ。まあ若い年頃の男女はさ、みんなで集まって食事をして歌を歌ったりして。その中で気になる相手を呼び出して、まああれだよ、二人っきりで踊るのさ、星空の下でね」

「そうなんだ。ステキ…」

なにを妄想するのか、イアはうっとりとした顔でほんのりと頬を染めている。そんなイアの様子を見て、チレグは姉のようにおせっかいを焼きたくなる。

「天童子しだいだから星祝いってのはいつやるか決まってないからね。こうして機会がめぐってきた事はチャンスだよ。イア、あんたもがんばって誘ってみなよ」

「えっええっ、誘うって…そんな…、OKしてくれるかどうかわからないのに…」

赤くなって、イアは俯く。誘いたい相手も同じ気持ちでいれば、いやどうせなら向こうから誘ってくれればいいのにと。自信なさげに俯くイアに、チレグは励ますように「大丈夫よ、きっと上手くいくわよ。自信持ちなさいって」と言って肩を優しく叩く。

「そうだといいけど。ねえチレグはどうするの?」

見上げながらチレグへと訊ねてくるイア。その問いかけに困ったように目を背けながら「私のことは別に気にしなくていいのよ」と自分の話は無理やり終わらせた。イアよりもだいぶ年上だがチレグもまだ独り身で人の世話より自分の相手を探すほうが優先すべきだろうに。好きな相手がいないというわけでもなさそうだ。イアが思うに、チレグはフダルのことが気になっている。フダルもフダルでハッキリしない男だ。人事ながらさっさと動けばいいのにと勝手に苛立っている。結局はフダルとチレグ二人の問題だから、周囲がとやかく言うべきではないのだろうが。

「あら! アオじゃない。じゃあねイア。アンタはしっかりとがんばんなさいよ」

「えっあっ」

前方からアオが来ていることに気づいたチレグはイアに別れを告げて、その肩をぽんと叩いて去っていった。

「よっイア」「あっアオ!」

手を上げながら、イアに気づいたアオがイアのほうに歩いてきた。

「さっきチレグと一緒だったろ。なに話してたんだ?」

「うーんと、ちょっとね」

星祝いのことを話すのはなんだか恥ずかしい気がして、イアは誤魔化した。
アオはそのことは気にする様子もなく「ふーん」とだけつぶやく。

「そういえばさ、さっきフダルから聞いたけど、明日は天童子が来るんだってな」

「そ、そうだよ。アオはどうするの?」

「どうするもこうするも、お告げを聞くのは長の役目だって聞いたし。でも気になるよな」

と言ってアオがうーんと唸る。

「気になるって、気になる相手がいるの?」

なぜか声が大きくなるイアに、アオが少し驚いた様子で答える。

「いや、だってさ、天童子ってまだ小さい子供だって聞くだろ。別にもてなすのはオレの役目じゃないけどさ。でもなにかしてやりたいなーと思うんだよな。なにか、お菓子とかさあげたほうがいいかなー」

アオのそれにイアはぽかーんとした顔で固まる。イアが訊ねたことはそういうことではないのだが。ぽかんとしてすぐに、イアはくすくすと笑い出す。笑われている意味がわからず、何笑ってるんだよ?と怪訝な顔してイアに訊ねる。

「アオってばおかしいわよ。天童子にお菓子をあげたほうがいいのかなんて、そんなこと考える人いるなんて」

口元に手を寄せて、イアはくすくすと笑っている。なにがそんなに自分がおかしいのか、アオはわからない。

「ダンにも言われたんだけどさ、天童子は普通の子供じゃないから、お菓子とかほしがることもないんだって。でもな、信じられるか? まだ六歳そこらの子供なんだぞ?」

納得しないアオはうーんとまた唸りだす。

「アオってば、自分のことより人のことばかり考えちゃうんだ。優しいんだね」

笑うのをやめて、イアはそういって嬉しそうに微笑んだ。でもお菓子はやめたほうがいいよと伝えて。

「そうなのか、まあ考えてみるよ。あ、そうそう、それから星祝いってのするらしいな」

「そ、そうだよ。アオはどうするの? 誰かを誘うつもりなの?」

胸元に手を当てながら、イアは上目遣いにアオを伺い訊ねる。

「ああ予定通り、ソウの奴を」

「ええっ? なんでソウ様と?」

驚いて声を上げるイアに、「だからこの前のやつだよ」とアオが説明する。
アオが女装してソウの女嫌いを克服させようという企みの件だ。イアも自分から協力すると言った件のことだった。「あ、ああそのことだったんだ」となにか早とちりしていたイアもわかったらしく、こくこくと頷く。そして、ほっとしたように息を吐いた。

「なんだ、びっくりした」

ふーと胸をなでおろすイアを見て、アオもイアの気持ちを思い出して「誤解させて悪かったな」と伝える。

「さすがに一晩でどうこうできるとは思わないけどさ、上手くいけば、ソウの奴にイアを誘うようにしてやるよ」

「え、ええっ!? そんなの困るわ、私はそんなつもりでアオに協力したんじゃないんだからっ」

「えっおいイア…。なんだよやっぱり図星か…」

顔を赤くして、なぜか少しむくれながらイアは走り去ってしまった。イアはやはりソウのために、ひいては自分の恋心のためにアオに協力を申し出たのだろう。それを指摘されたと思って怒ったんだろうか。
小さくなるイアの背中を見ながらほほえましく感じる反面、どこかムカッとする。それはソウに対してだろう。かわいい妹を取られてしまうようで、軽く嫉妬を覚える。だけどいつかは越えなきゃいけない問題だ。本来ならそれはアイのはずだったが、アイが死んでしまった今、アイとソウのことで嫉妬を燃やすなんて心配もない。悲しいことに…。

イアやソウのことも気になるが、アオは天童子のことを考えていた。ドゥルブにも昔訪れたことがある天童子。それもアオが幼かった時だから、当時の天童子とは何代かあとの天童子になるのだろう。記憶は受け継ぐらしいから、今の天童子も当時の天童子の記憶はあるということだろう。

「お告げってなんだろうな。悪いことじゃないといいけどな……」

その夜、夜空の星星を見上げながらアオはそんなことを思っていた。イアやダンやフダル、いつの間にかナイムの者たちと親しくなっている。だけど、全部受け入れたわけじゃない。ざわざわと肌の奥で気味の悪いものがざわめく。忘れたくても簡単に忘れられない。

「(どうすればいいんだよ、誰か教えてくれよ)」

草の上に仰向けになり、ぎゅっとまぶたを閉じる。光をさえぎったアオの世界に、少しだけさす光?

『頼りにしているよ、アオ。うん、あたしと約束だ。お父上の力になって、金剛石を…』

ハッキリと顔は見えないが、それは大人びた女性のハスキーがかった声。誰だろう?とアオは考える。誰かはわからないが、遠い昔に会った事があるような気もしている。
もやっとした黒いものが少しずつ晴れていって、声の主の顔が見えた。にこり、とアオに向かって微笑みかける。美しく大きな女性。特別体格が大きいというわけではないのだろうが、それが自分が幼い姿でいたから、余計に女性が大きく見えているのかもしれない。

「キレイな人だったな」

目を開けると、今度は先ほどの星空で、あの女性はいるはずない。やはり夢の中の出来事。なのに、妙にハッキリと女性の美しさを覚えている。意識しだしたらカアーっと顔から全身へほてりが広がっていく。
ドキドキして、アオは寝られそうになかった。星祝いを前にして、アオは夢の中の女性に恋してしまった。


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