「ソウって、女苦手なんだってな」
ある日のゲルの下で、アオはダンとフダルと談笑していた。イアやチレグの手伝いをしたときのことを話して、その中でソウの話題も出てきた。ソウの女性恐怖症はナイムの中では皆が知る有名な事実だ。
「なにを今更ー」といった調子で、ダンたちは笑った。
「でもおかしくないか。フダル言ってただろ。ソウは結婚楽しみにしてたって。
女が苦手なら楽しみに思えるもんなのか?」
アオの疑問に、フダルはばつが悪そうに天井に目線を漂わせながら、「あーそれは…」と答える。
「だから、楽しみにしていたのは、お嫁さんとの結婚じゃなくて、アオと親しくなりたいってとこみたいなんだよ」
「……は、なんだよ、それって。アイじゃなくてオレと親しくなりたかった?…まさか、男のほうが好きっていう…」
全身の毛が逆立ち、思わずアオは立ち上がった。鳥肌が立つのを感じながら。
アオの大げさな反応に、ダンとフダルは笑いながら「アオの想像している意味とは違う」と否定した。
「たぶん本心は女の子と結婚なんてしたくなかったと思うんだ。ソウ坊ちゃまの女性嫌いは筋金入りだし。だけどいつまでも妻を娶らない立場でもいられないからね。長の跡を継がなきゃという責任感も強い人だし。
ソウ坊ちゃまだって努力しようとしているんじゃないかな。それでも体が拒否反応示すみたいで。
まずはアオと仲良くなって、そしたらきっとアオの妹のお嫁さんとも仲良くなれるって、そう思っていたみたいなんだ」
「めんどくさい奴もいるもんだな。男を通してじゃないと女の子と付き合うことも出来ないなんてさ」
見た目はアオよりずっと男前の顔立ちで背丈も高い。涼やかなつりがちの目は女たちも好むだろう。女嫌いでなければ、ソウは女性など選り取りみどり選び放題だろう。
「でももうアイは死んじまった。…その手は使えないってことだ。まあその手で女嫌いが克服できるとは思わないけどさ」
「いや、そんなことはないんじゃないか。なあ、フダル」
アオを見ながら、なにを思うのか考えがあるらしく、ダンはフダルに同意を求めるように笑いかける。
「うん、たしかに。他に手はあるんじゃないかな」
こくこくと頷きながら、フダルはダンに同意する。アオだけはにこにこする二人の考えがまったく読めず、怪訝な顔をする。
「いいこと考えついた。アオ、お前ちょっと女の格好してみろ」
ナイスアイデアだとダンはアオに女装をすすめてきた。アオも最初はなに言ってるんだよとばかりに賛同しなかったが、少ししてやってみようという気持ちに変わった。
「ソウの奴女嫌いなんだよな。おもしろそうじゃねぇか」
にやにやとアオの顔が意地悪な少年の表情へと変わった。女の格好してからかってやるのもおもしろそうだ。ソウの情けなく歪んだ顔を妄想して、アオはますます乗り気になった。
「それにしてもあんたたち、おもしろいこと考えるね」
チレグが笑いながら、ダンとフダルと一緒にうんうんと頷いていた。
アオが女に化けて、ソウの女嫌いを克服しよう作戦は、乗り気のアオ含め、女性陣のチレグとイアも快く協力をしてくれることになった。
アオが女装をしたいからと、ダンの提案でチレグに協力を打診しに行った時だ。ちょうどチレグと一緒にいたイアは進んで協力したいと申し出てきた。
「私の服でよかったら、使って構わないから」
とイアは自分の服やアクセサリなどをアオの元に持ってきた。
「悪いな、こんなことにイアまで巻き込んじゃって」
アオはイタズラ半分の気持ちもある。イアの善意がちょっとだけ申し訳ないと感じるアオだが。
「ううん、そんなことないわ。私、なんだか嬉しくて…。だから気にしないで」
ブンブンと首を横に振りながらイアは進んで協力したい気持ちをアピールした。
「イア、お前いつもよりイキイキしているよな」
「そうだね。すごく嬉しそうな顔しているよ」
ダンとフダルに茶化されて、イアは「そ、そんなことないわ。私、そんなにいつもと違うかしら」と顔を真っ赤にして熱を冷ますように自分の頬を手のひらでぱちぱちと軽くはたいた。イアからしたら確かに嬉しい出来事なのだが、いつもよりテンションが高くなっていることを自覚したら、恥ずかしくなってきた。
「衣装私が選んであげるわ。アオ、向こうに行きましょう」
ほてった顔のままイアは立ち上がり、アオに移動を促した。「ああ、わかったよ」と言ってアオはイアについていく。すれ違いざまに、ダンたちがからかうように笑っていたが、「もう変なこと言わないで」と愚痴りながら彼らを無視した。
「これはどうかしら? あっこっちのほうが似合いそうだわ」
衣装を選びながら、イアはアオから見ても実にイキイキと楽しそうな顔をしていた。なにがそんなに楽しいのか、アオにはよくわからないが、衣装などサイズが合えば構わないと思うのだが。ウキウキと衣装選びをするイアの心境が理解しがたい。だが、楽しそうに衣装やアクセサリを選んでいるイアの姿は、妹のアイと重なって見えた。花嫁衣裳を合わせるときのアイは、今のイアのようにアクセサリの一つ一つにも真剣になっていた。アイを思い出すと、アオの心はきゅうと締め付けられるように苦しくなる。
髪飾りを選びながら、いくつかをアオの頭に合わせて見ている。うーん、と何度か悩むそぶりをみせ、「ねえアオ」とイアがアオに問いかける。
「髪型も変えたほうがいいと思うわ。アオの髪型って特徴的だし、女の衣装に着替えてもすぐにばれてしまうと思うのよ。髪飾りにあわせて、結い方を変えてみましょう」
そうイアが提案して、アオの三つあみに手をかけた。
「だ、ダメだ! 髪はほどかないでくれ!」
反射的にイアの手を叩いてしまったアオ。びっくりして固まったイアに、アオも我に返り「ごめん、イア」と謝った。
そして拒否したわけを彼女に話す。
「髪はほどかないでほしいんだ。この髪は、妹がまじないをかけて結ってくれたものだから…」
絶対にほどくわけにはいかなかった。ほどきたくなかった。アオにとっては、この三つあみは、アイの想いそのものだから。
「わかったわ。じゃあほどかないでまとめてみましょう。髪飾りでまとめるだけでもずいぶんと違って見えるものよ」
「じゃあ、そうしてくれるかな」
ほどかないと約束してくれたイアに、アオは髪型のアレンジを任せた。イアはやはり女の子だからか、髪をまとめあげるのも手馴れていた。
「終わったわ。…似合ってる。アオ、どこから見ても女の子にしか見えないわよ」
イアに絶賛されても微妙な気持ちになる。女になりたい願望があるわけではないし、衣装を着替えて、着飾った程度で女にしか見えないと言われても切ないわけだが。
ソウをぎゃふんと言わせてやりたい。と悪事を企む今は、完璧に女に見えるということは喜ばしいことだ。
イアはイアで、なにか満足げににこにことしている。アオは思った。相手を着飾らせたことが楽しかったのか、それとも、イアが喜んでいる理由は別にあるのかと。もしかして、とふと思ったその理由をアオはイアに訊ねる。
「なあイア、そんなに嬉しそうにしてるって、まさかソウのことが好きなのか?」
「えっ…」
アオの疑問にイアは固まる。数拍置いて「ち、違うわよ! アオのバカ!」と突然怒って飛び出してしまった。
取り残されたアオは、「やっぱりそうだったのか…」と軽くショックを受けつつ、アイならば、「もうお兄ちゃんったら」と笑いながら誤魔化しそうだ。と思うと、そこはアイとは似てないんだな、などと思っていた。
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