テエンシャンで無事ライチョウとの対面をはたし、カラスと合流したスズメとハヤブサはテエンシャン南西の街へとたどり着いた。そこはスズメたちが今まで滞在した場所の中では一番規模が大きく、活気づいていた。
「うわー、いっぱいお店があるー」
両手を翼のように広げながらスズメが騒いだ。
広い通路の両脇にはいくつも店舗が立ち並ぶ。小さな日鳥国で暮らしてきたスズメにとっては別世界のようで興奮した。
「ねーねーなんか買ってよー」
とカラスにねだるスズメ。買い物をしなくても見て回るだけでも十分楽しそうだ。はしゃぐスズメにやれやれとカラスは頭をかく。ふところに持っていたサイフは心許無い。
「えー、俺あんまり金持ってないよー」
ヒバリたちの仕事を手伝って得たわずかな駄賃。少しずつ貯めてはいたが、贅沢できるほど持ち合わせてはいない。スズメはほとんど持ってきてなかった。ライチョウに会うことしか考えていなかったのだから、旅支度も簡素にもほどがあった。実際手荷物はない。旅の途中戦いやらなにやらでかえって邪魔になるからだ。
ヤケイたちやら旅先で親切に世話をしてくれた人たちのことも大きい。だからといってこの先も他人をあてにしての旅はさすがに無茶であったが。
生活面に関してスズメの無頓着ぶりはただごとではないレベルだ。ハヤブサにしてもあまり考えてもなさそうで、やはり自分がしっかりしなければと思うカラスだった。
渋るカラスに、ハヤブサは笑顔で「見てこいよスズメ」とスズメの背を押す発言。それに勢いを得てスズメはカラスの手を掴んで走り出す。
「うん、じゃあ行って来るねハヤブサさん。さ、いこいこカラス」
「おっちょっ、まてってば」
強引に連れて行かれるカラスを、ハヤブサは笑顔で見送った。二人の背が見えなくなって、ハヤブサの表情に影が落ちる。
「(兄さん……)」


「ハイ、これ買い物袋ね」
スズメは市場の一角に設置されていた買い物袋をとってきてカラスに渡す。どうやらそれはこの市場内で使用するためにおかれたものらしい。
カラスに買い物袋を渡してすぐに、スズメは再び駆け出してカラスの前から遠ざかる。
「じゃーあたし向こうのほう見てくるねー」
手を振ったかと思えばあっという間に街の中へと消えていった。やれやれと溜息をついてカラスは買い物袋を手に取った。
「なにか食べるものでも買っておくかなー」
町の雰囲気とスズメの勢いに飲まれそうだったカラスだが、すぐに自分のペースに戻りなにか買うべきものはあるかなと店通りを見ながら歩く。

「はーー、なんで私が買い物係なんてーー」
はーと盛大にためいきをつきながら空を飛んでいたのはヒメウだ。
遡れば数時間前、おやつを近くの街まで買いにいく当番をじゃんけんで決めたウ姉妹とアイサたちの六人姉弟。運悪く負けその当番になったのがヒメウだった。
おやつが食べたいのは自分もそうだが、買い物なんてめんどくさかった。荷物は重いし、憂鬱だ。
城から一番近い品揃えのいい店はここしかなかった。街が見えてくるとその手前でゆっくりと降りていく。翼の者であることがばれれば住民はパニックになるだろうから、おやつを買いにきただけなので余計な面倒はごめんだ。
二三軒の店により、兄弟から頼まれていたおやつを購入した。六人分となると相当な量だが、すぐになくなってしまう。翼なしの体では荷物は重くてけっこうな重労働になる。よてよてと歩きながら路地のすみっこに荷物を降ろした。次の当番決めのときは絶対に負けないようにしなくちゃと心に誓う。
「あーー、なにかおもしろいことないかしら?」
「ねえねえちょっとそこのキミ」
背後からだれかに呼ばれた気がして、ヒメウは振り向いた。そこにはにこにこと人懐こそうな笑顔を向ける見知らぬ少年がいた。ヒメウへと笑いかける少年、少し首を傾げつつも微笑を返したヒメウ。振り返ったヒメウを見てなぜか「うわぁお」と感嘆の声を上げながら少年は距離を詰めてきた。
「やっぱり思ってたとおりのかわいこちゃんだ! あ、おれはトンビ、よかったら君の名前聞かせて欲しいなー」
「(うわ、なにこいつアホっぽい顔。…めんどくさいな、関わりあいたくないわ)あの、私急いでいるから」
じゃ、と荷物を両手に持ちながらヒメウはトンビと名乗った少年から逃げるように走り去る。
「あ、待ってよ。荷物重そうだね、持ってあげるよーー」
「げ、ついてくる。もーー、ウザイ奴嫌いーー」
思っていた以上にうっとおしそうな奴と思い、余計関わりたくないヒメウは一目散に人ごみの中を逃げる。市場の中人並に紛れると、少年の追跡はやんだようだった。はぁはぁと息をきらしながらヒメウは微妙にまたストレスがたまってしまった。
「たく、余計な体力使っちゃったじゃない。むしゃくしゃするわね」
一人ぷりぷりするヒメウの視界に、見覚えのある存在が映った。黒い髪に黒い衣装。自分と歳の違わないくらいの少年。テエンシャンでガチョウのもとにいた時、生意気にも自分たちに挑んできたあの連中の中にいた。
「あ、あいつはたしか、テエンシャンでの。そういえばあいつ、おでこにキスしただけで真っ赤になってうろたえていたっけ。ほんとおもしろかったーー」
思い出しては一人くすくすするヒメウ。あの時のカラスの反応を思い出しては一人笑った。そこでハッそうだ。となにかを思いつく。にやりとイヤらしい笑みがヒメウに現れる。
「そうだ、またあいつで遊んでやろうっと。ちょうどいいむしゃくしゃしてたし」
標的を目で捉えたまま、ヒメウは食物の並ぶ店舗へと走りより、品物を一点掴むと人ごみの中へとまた紛れ込んだ。店主はすぐに気づいて声を上げながら追いかけてきた。
「ドロボーー、だれか捕まえてくれー」
ヒメウはカラスへと走りながら近づいていく。どんどんと揺れる手に持った荷物が周囲にぶつかりながらも目標にだけ注目して走る。
カラスとすれちがう瞬間、素早く盗んだ品をカラスの手提げ袋の中に放り込んだ。カラスはヒメウに気づくことなく周囲を眺めていたようだ。そのまま走り抜けたヒメウは建物の影まで逃げ込み、そっとカラスのほうを見守る。
「どうした?ドロボーって?」
店主の声に驚いた住民が訊ねる。
「うちの商品を盗んだふてーやつが逃げたんだ。たしか黒い奴だったぞ」
「黒い奴?黒い奴だって?」
店主の大きな声にドロボウ騒ぎはすぐに広がり市場の中は騒然となった。騒ぎになにごとかと思ったカラス。周囲のだれかがカラスを見て、おいこいつじゃないのか?黒いぞ。とカラスを指差しながらそう言った。
「え、いったいなんの騒ぎなんだ?」
いまだに騒ぎの原因がよくわからないカラスのもとに、鬼のような形相の店主がずんずんと近づいてくる。
「おい、おやじこれなのか? 盗まれたのは」
カラスの近くにいた住民がカラスの袋の中の品を掲げて店主へと確認する。「あっ、それいつのまに」とカラスは覚えのない品が自分の買い物袋の中に入っていたことに驚きの声を上げた。店主のおやじは「それだーー、この盗人が、ただじゃおかねぇぞ」と恐ろしい顔でカラスへと近寄り、ガッと乱暴にカラスの腕を掴んで振り上げた。わけがわからないカラスは困惑しながら、なにかの間違いであることを主張する。
「待ってくださいよ、俺盗みなんてしてない、なにかの間違いだよ」
「うるせーー、俺の目がおかしいっていうのかてめー。おれはたしかにみたんだよ、全体的に黒っぽい奴だったんだ。てめー真っ黒じゃねーか」
「ちょっっっ、なんですかそれ、全体的に黒っぽかったからって」
店主の言葉にカラスは絶句した。そんな適当な目撃証言で犯人にされるなんて横暴にもほどがある。だが店主は頑なにカラスが犯人と思い込み、周囲もカラスへと強い疑惑の目を向けている。
あわあわするカラスの様子をヒメウは眺めて愉快愉快と笑っていた。
「さて楽しんだし、早く城に帰ろっと」
口笛吹きつつ満足した顔のヒメウは騒ぎの中我関せずといった態度で街をあとにした。その後カラスがどうなろうが知ったことではないとばかりに。
カラスの周囲はみな敵ばかりだった。騒ぎの中にスズメもハヤブサも見えなかった。見ず知らずのこの街で、犯人だと思われている自分を助けてくれる者などどこにもいなかった。今ココで弁解してもむりかもしれないと、カラスは諦め力を抜いた時、突然なにかがはじけるような音がして、カラスの周囲をもくもくとすさまじい煙が包んだ。灰色の煙は視界を奪い、煙たさに目がろくに開けられない。煙に驚いた店主のオヤジもカラスを掴んでいた手がゆるんだ。
「いまだ、逃げるよ」「!?」
カラスは背後から何者かに肩を掴まれ、そのまま連れて行かれる。煙でむせる中、謎のそいつに手を引かれるまま市場から逃れる。
「待ってあんたはだれなんだ?」
「え、あれ、その声、あれ?」
煙を抜け、街の一角まで引かれてきたカラス。自分を連れて逃げたのは、自分と同じ年頃の少年だった。カラスより少し背丈の低いその少年は、あれ?と不思議そうな顔を浮かべてカラスを見ていた。
「おかしいな、男だよなーー」
じろじろとカラスを見ては不思議そうな顔の少年。おかしいもなにもこっちが聞きたい心境だった。
「たしかに女の子だったのに、黒っぽいだけで、あんた男だよなー」
女の子と間違われるなんて初めてだが、男みたいな少女のハヤブサならともかく自分の性別を間違えられることなど想像の範囲外だ。怪訝な顔のカラスに反してその少年は深く考えたりせずに「ま、いっかー」と現状を受け止める。
「これもなにかの縁かもな。おれはトンビっていうんだよろしくな、あんたは?」
初対面の相手に警戒心もなく笑顔を向ける少年に少し呆れつつもカラスは名前を名乗った。
「俺はカラス。…なんかよくわかんないけど、助けてくれたんだよな」
「ああ、けどさ、盗みなんてダメだぜ、今度から気をつけろよな」
「!だから俺はやってないんだって」
あああー、とカラスは脱力した。まあまあとトンビはカラスの丸まった背を励ますように叩いた。


カラスがそんな災難に巻き込まれていた頃、スズメはスズメで大きな出来事があった。いろいろな小物が並ぶ雑貨店を覗いていたスズメをだれかが呼んだ。ハヤブサでもカラスでもなく、その声はだけどもスズメのよく知る相手のものだった。
「スズメ?」
声に振り返ったスズメは、その声の主を確認して驚きの声をあげた。まさかここにいるとは思っていなかった相手だからだ。そして懐かしく会いたかったその相手。
「ツバメー!」
迷わずその相手へとスズメは両手を広げながら走りより抱きついた。日鳥国で別れた幼馴染で親友のツバメ。あれからそんなに日は経っていないのに、とても懐かしく思う。ツバメのほうも感極まっているようだった。予想外の再会に驚くスズメ。
「どうしてここにいるの?」
「うん実はね……」
と少し照れくさそうにツバメは理由を話す。
「やっぱりスズメたちのことが心配で、それをメジロに指摘されちゃってね。で、ヒバリ先生のことは任せていいから行ってこいって言われて、その言葉に甘えてここまで来たんだけど。今スズメたちがどこにいるかわかんなかったし、とりあえずここでなにか情報得られないかなと思っていた矢先に会えるし、ほんと驚いたわ」
「じゃあツバメもここに来たばかりなんだね」
「うん、あところでカラスはどこにいるの?」
「今自由行動中なんだ。一緒に捜しに行こうよ。カラスも驚くよ。あ、それからね、紹介したい人がいるんだ。実はあたしカラス以外にも一緒に旅している仲間がいてね」
ツバメの手を引きスズメはハヤブサのもとへと向った。
「えっとね、とにかくいろいろあったんだ。積もる話はあとでゆっくりしようよ。あ、いたいたあそこだ、ハヤブサさーん」
街を歩きながらハヤブサの姿を遠目から確認したスズメは、手を振りながらハヤブサをよんだ。スズメへと気づいたハヤブサは、スズメと一緒にいる相手にも気づいた。
「スズメもういいのか? その人は?」
「ハヤブサさん紹介するね。あたしの友達のツバメっていうの。日鳥国から会いにきてくれたんだ。あ、ツバメ、こちらハヤブサさんって言って、あたしたちの心強い仲間なんだ。強くてかっこいーんだよ」
えへと自慢げにハヤブサを紹介する。お互い軽い挨拶をすませたあと、カラスを探しに移動を開始する。
「ところでハヤブサさん、カラスには会った?」
「いや、私はずっとひとりでいたが、なんだ別行動していたのか」
「じゃ、探しに行きましょうか」
カラスの災難をまったく知らない三人は、カラスを探そうと市場とその周辺を探していた。そのころカラスもスズメたちを探していたのだが、実はカラス以上に彼についてまわるトンビのほうが鼻息荒く懸命にスズメたちを探していたのだった。それにはカラスも大きなためいきをつかされるほどだった。カラスに連れがいると聞き、それが女の子と知ると目の色変えて探そうとはしゃぎだしたのだ。
「わぉっ、見たまえカラス君! あそこに愛らしい女の子たちがいるよ! ちょっと声かけていこうか」
さきほどからこの調子なのだ。女の子を見つけるたび節操なく声をかけまくっている。いわゆるナンパだが、女の子たちはトンビのハイテンションぶりに軽く引いたり、逃げられたりとまったく相手にされていなかった。一緒にいるだけでお仲間だと思われたくないとカラスもうんざりしていた。
「おおっ、またしても女の子発見ーー」
ひゃっほーと声を上げるトンビに、いい加減にしてくれとがっくりと肩をおろした時だ、聞き覚えのある声にカラスは顔を上げた。
「いたーー、カラスーー」
それはよく響くスズメの声。そしてその隣にいるのは、いるはずのない相手であり、カラスは驚く。
「ツバメ!? どうしてここに」
カラスのほうへと寄ってくるスズメたち、カラスの反応からスズメたちがカラスの仲間だとトンビも知る。
「やあキミたちがカラス君の仲間だね、はじめましておれはトンビ。よろしくね」
臆することなく笑顔でスズメへと握手を求める手を差し出すトンビ。ん?と不思議に思いながらスズメはカラスに訊ねる。
「ねえこの人カラスの知り合い?」
「はっはっは、おれとカラス君は友達になったのさ、な、カラス君」
「いつのまにそうなったんだよ。あ気にすることないよそいつちょっと変わり者みたいだから」
差し出したトンビの手をしっしっと手で払うカラス。握手し損ねた不満を表すトンビだが知ったことじゃない。
「こいつのことはともかくとして、ツバメどうしているんだ?」
ツバメがここにいることが気になるカラスに、「まあ詳しいことはゆっくり話すとして、どこかゆっくりできるとこに移動しようよ、ね、ハヤブサさん」
とスズメ。カラスも騒動のせいで余計に疲れたので、ゆっくりできるとこにいきたいのは本心だった。
突然「おおそれなら」とトンビがぽんと手を叩く。
「ちょうどいいゆっくりできるところに案内するよ。さーーついてきたまえカラス君ー」
「お、ちょっ。おいっ」
カラスの意見など聞く耳持たず、強引にトンビはカラスの手を引いていく。カラスとトンビの関係に首を傾げつつもスズメたちもあとをついていく。
トンビに連れて行かれたのは市場から少し外れた静かなエリアにある一軒の宿だった。大きくもなくほどほどの規模であった。
「ここって宿屋?」
「ああ、よかったら今晩はここに泊まるといいよ」
他にも宿らしき場所は見かけたが、なぜ彼はここの宿を奨めるのだろう。顔を見合わせるカラスたち。
「でも、俺らそんなに金が……」
渋るカラスにノンノンとトンビ。
「お金なら心配要らないさ。事情はわかっているよカラス君、困っているみたいだからね」
と怪しげにウインクするトンビに、ハッとなってカラスは首を振る。
「だからあれは違うって言ってるだろ」
「なんのことー?」
騒動を知らないスズメたちに、心配かけまいとなんでもないと慌てて言うカラス、そのことに関して余計なことは言うなよとトンビにも釘を刺す。
「わかっているよ」
と小声でウインクで答えるトンビ、絶対わかってないだろうと呆れたが。
トンビが宿のドアを開けると、フロントにはいい体格の中年女性がいて、トンビに気づくと「こらどこいってたんだいトンビ」と声を上げた。
「たく、仕事の手伝いさぼって女の子ばかり追いかけてんじゃないよ」
驚いた顔を見せたカラスたちはすぐにジト目でトンビを見た。トンビはあははと照れたような声をあげてまあまあと落ち着かせようとする。
「ちゃんとやるよ。それよりさ、部屋貸してほしいんだ。おれの友達、泊まる場所なくて困ってるんだ」
中年女性はカラスたちへと目を向けた後、「やれやれ」とトンビへと視線を戻す。
「仕方ないねぇ。空いている部屋を使いな」
「え、あの悪いですよ、俺たち別に」
そもそも泊まる場所に困っているなど一言も言ってないのだが、トンビの勝手な思い込みと発言に困惑するカラス。どうやらトンビはここの宿の関係者のようであるが。しかも出会ったばかりのカラスたちを友達などとあっさりと言ってのけるし。
「トンビの友達なら無下にできないからね。遠慮なんていらないよ。ゆっくりしていきな」
「へへ、さすが母ちゃん超感謝。さ、てことでみんなゆっくりしてってくれよ」
にかっとトンビは笑う。みんなはにかみながらも、好意を断ることもできずトンビの奨めどうりここで泊まることにした。


ケツァールの城にて、若い翼の者たちのそれぞれの姿があった。ケツァールは厳しく気難しい上司だったが、城内にいる若い翼たちは特別窮屈な思いなどなくそれぞれの過ごし方の中楽しみを見出していた。
中庭の一角にて、タカは一人黙々と体を鍛えていた。息が上がり、肉体が限界を訴えるぎりぎりまで続ける。ハヤブサというやっかいな壁を倒した今でさえ、鍛える時間をなくすわけには行かなかった。ケツァールから命令されたなどではなく自主的なものなのだが、そうしていなければならないというか心が落ち着けなかった。
ハヤブサは消え去ったが、タカの心は完全に晴れてはいなかった。あの事件以来兄ワシを自然と避けている自分がいた。後ろめたいわけではない。認めたくないだけだ。ワシにとって大切なのが自分ではなく妹のハヤブサだと知るのが怖かっただけだ。
「くそっ」
目の前のハヤブサという幻を殴りつける。感覚はなく、ただ空気を叩いただけ。

「今日も熱心にやってるみたいぺんねー、タカさん」
ふいーと息をつきながら、上の階のバルコニーからタカの様子を見ていたのは、まだあどけなさの残る顔立ちの黒い短髪のつり目がちな少年。低い背丈と小さな耳、ぶかぶかの服が特徴的な彼の名はペンギン。
「は、あいつもとんだドMみたいだなー。立派に変態入っているぜ」
とその様子にあきれた目でコメントするのは、色素薄めの茶色い細い毛髪のつり目がちな男。長い髪の毛は目元までかかっている。自分よりも一回りも背丈の低いペンギンの肩に手を置く彼の名はカッコウ。それぞれ十二歳と十八歳だが、よくカッコウは年下のペンギンとつるんでいる。
一人黙々と訓練に励むタカを高いところから見下ろしながら「ドMの変態」とはき捨てる。カッコウもペンギンも別に好きでタカの様子を眺めていたわけではなく、すぐにくるりと室内のほうに向きを戻す。
「よく言うぺん。オオルリに殴られて悦んでいるカッコウのほうが立派に変態入っているぺん」
はー、と年下のペンギンに呆れられているカッコウだが、咎めることもさして気にすることもなく、ハハハと笑いながらペンギンの肩をばんばんと叩いた。その乱暴さにペンギンは顔をしかめる。
「ばっかだな、いいかーペンペン、あれはオオルリの愛情表現なんだぜーー。まあペンペンはまだガキだからわかんないと思うけどなーー」
わざとらしく語尾をのばすしゃべり方がしゃくにさわりそうだが、長年カッコウに付き合っているペンギンは特に気にしない。まあペンギンもカッコウとしゃべる時に語尾にぺんをつけるのはどうかと思うのだが。
「んなことより、オオルリはどこにいったんだよーー、オオルリィーー」
「オオルリならたしかベニヒワと一緒に出かけたぺんよ。ケツァール様にたのまれごとされたらしいぺん。なんでも肌につける特殊な樹液をとってくるーとか言ってたぺん」
「な、なに、オオルリの肌につけるだと? おのれーー樹液の分際でこざかしいにもほどがあるぜー。てか俺が樹液になりてぇーーーー!!」
カッコウの魂の叫びは常にそのオオルリらしい。いつものこととはいえ約束のようにペンギンはあきれてみせる。
「バカにもほどがあるぺん…」
ある意味幸福なバカかもと、心のそこで感心する。羨ましくはないが。
「そういえば、ボクたちはずっとお城にいていいぺん? 最近テエンシャン周辺というか東地方全般治安が悪くなっているって聞くぺん」
オオハシ管轄のこの世界東部は中規模国家や町村落が多い。特にここ最近は下っ端の翼の者の暴走や、翼なき者による賊集団の横行も増えてきている。そういった者を取り締まるべきペリカンも失脚し、被害は悪化の一途だ。
「真面目だなーペンペンはー。ガキのくせにんなこと考えてんのかー」
「カッコウは少しはオオルリのこと以外も考えるべきペンよ」
「俺からオオルリをとるってことは死の宣告も同然なんだぜー。は当然としてもよ、下の連中がどうなろうが放置してていいわけだろ。だってよ、サイチョウ様も言ってたろうが、この世界を救い生き残るのは、俺ら選ばれた翼の者だけだってよ。アホで力ないよわっちい奴らには生きる権利すらねーんだぜ」
「たしかにそうぺんね。ペニヒワも同じこと言ってたぺん」
「そーゆーこった。…でよ、オオルリはどこにいんだ?」
「……」


「おかえりーーヒメウ」
ヒメウの帰宅を姉弟五人が揃って迎える。目当てはヒメウというよりも、彼女の持って帰った……
「&おやつぅーー」
「もー、そっちが大事なんでしょ」
ぷりぷりとむくれてみせるヒメウだが、ウミウたちの顔を見てほっとする。
六人がどっとおやつの袋に群がった。それぞれ目当ての菓子を手に取り早速ほおばる。
「姉上お疲れ様です」
「にしてもなにかいいことでもあった? ヒメウ。なんかにやけてるじゃない?」
「え、そう?」
ウミウに指摘されて、知らずにやけ顔になっていたことに気づかされるヒメウ。思い出し笑いを浮かべてしまう。
「ふふふ、そういえばあいつ今頃どーなってるかなー」
カラスの災難を最後まで見られなかったのは心残りだが、あわあわしているカラスを想像してはおかしくなる。
「あー、何かおもしろいことでもあったんでしょー。教えなさいよー」
「秘密ー」
きゃいきゃいはしゃぐウミウたち、そんな中「あっ」とカワウがなにかに気づいてウミウたちに注意を促す。
「みんな、ダチョウですわ」
「げ、みんな早く向こういこっ」
六人はダチョウがこちらに近づいてくるのを察知すると、おやつを抱えて急いで逃げ出した。こそこそと逃げていく姉妹たちをダチョウは横目で見ながら、「ちっ、好かねーガキどもだ」と舌打つ。そのまま姉妹たちを無視してダチョウは通路の真ん中を歩いていく。そのダチョウのほうへと歩いてくる者がいた。その者もダチョウと同じように通路のど真ん中を遠慮など欠片もなく歩いてくる。その相手に気づくとダチョウは不愉快そうに舌打ちした。また相手もダチョウに気づくとギッと一瞬睨みつけた。「それよりもっと好かねー奴は…、タカ!」タカとダチョウ、そのまま進めば確実にぶつかる。どちらかが道を譲らねばならないのだが。が、どちらもぶつかることなくわずかな距離ですれ違う。言葉をかわすことなくすれ違う。がその瞬間、耳には聞こえぬはずのある音がした。我慢の限界に達するのはダチョウのほう。すれ違いの瞬間、すれ違った好かない相手へと敵意を露わにして振り向く。
「気にいらねぇ!!」
ダチョウの敵意全開のその声に、タカも振り向き翼を広げ戦闘態勢に入る。タカもまた負けぬほどにダチョウに敵意をむき出す。
「ダチョウ! やるのか!? オレの翼と」
負ける気はないといった顔のタカに、ダチョウはいらつきとともに、ある種の喜びも感じていた。調子こいているタカが絶望する瞬間を待ち望む。
「調子にのってんじゃねーぞ! タカ!」
「うるせぇダチョウ! てめぇもぶっ殺してやらぁっ!」
感情の暴れるままに声を荒げながら、タカが拳を放とうとする。そんなタカを前に、ダチョウは「バカが」とはき捨て口撃を続ける。
「またハヤブサに負けたくせになぁ。かわいそうな奴だぜ。
お前は殺したつもりだったんだろうが、生きてたんだってな。てめぇに復讐するために!」
ダチョウのその言葉にタカの動きは止まり、戦意が逆流していくように、タカの表情は青ざめていく。
「ウ…ソだ…」
「ウソじゃねぇ」「がっ」
ダチョウにすきをつかれ、翼を強く掴まれタカは呻いた。嫌な汗が滲み出る。翼をつかまれた痛みと、認めたくない事実から逃れようとする心のせいか?
「てめぇはハヤブサ以下だ。翼のねえ俺以下だ。てめぇは翼の力を使いこなしてねぇ。弱点が増えただけだ」
ギロリとタカを見下ろしながら、タカの翼を掴んだ手にさらに力をいれる。タカの翼の軋む音。鈍い音とともに苦痛の声を上げて、タカは床の上に無様にもうつぶせに倒れた。
意識が遠ざかっていく中、足音の遠ざかる音を耳にした。ダチョウのものだ。
「くそっ、くそぉっ…ダチョウ…」
痛みと悔しさに震えながらタカは呻いた。憎いダチョウの名を、そしてそれ以上に憎いかもしれないもう一人の名を。
「ハヤブサめ……、ちく…しょぉ…」


その世界に見えるのは遠い昔の、幼い日の自分。転んで膝をすりむいて、痛くて血が出たことが怖くて泣いていた。
『うう…、いたいよぉ。血が出たよぉ…』
大好きなあの人に優しく慰めて欲しかった。
『タカ、泣くんじゃない。お前は男なんだから』
『でも、でもぉ…』
『ハヤブサを見習うんだ。あいつはそんなことで泣いたりしないぞ、な、ハヤブサ』
大好きな兄の隣には、いつのまにかハヤブサが立っていた。
『そうだよ、タカ兄さんはだらしないなぁ。そんなだからいつまでたっても私に敵わないんだ。ね、だからワシ兄さんも私のほうが好きなんだよね?』
『ああもちろんだよ。タカはほんとにいらない子だな』
『まったくそのとおりだよね。あははははあはははは』
ワシはハヤブサを抱きかかえるとタカに背を向けて消えていった。耳障りなハヤブサの笑い声だけが黒い世界に響いていた。


「うわあぁっ」
悲鳴とともにタカは現実世界へと舞い戻った。反射的に身を起こしたそこは白いベッドの上だった。
「くっ…」
汗ばんだ体に痛む体。閉じたはずの翼が奥のほうで痛みに泣いている。
「ハァハァ…オレは…」
白みがかった頭を押さえるようにしてタカは現状を確認しようとする。そんな彼のすぐ脇で彼に声をかける者がいた。
「気がつかれましたか」
ベッド横で腰掛けるのはミサゴという名の少女。タカとは同い年の翼の者であり、ワシを慕いそのワシからも信頼を得ている翼の者だった。ミサゴはタカに、これまでの経緯を語ってくれた。
「タカさんが廊下で怪我を負って倒れていたのをワシ様が見つけて、ここまで運んでくれたんですよ。傷の手当てもされて……。あとは私が任されたんですが」
タカは自分の体をゆっくりと確認する。上半身に巻かれた包帯。ワシの手当てによるものだろう。
「ワシ様、すごく心配されてたんですよ」
ミサゴの言葉に、タカは複雑な想いに苦しめられるだけだ。ワシの優しさは、自分の為ではないような気がして。
「(兄さんがオレを助けてくれたのは、きっと……。ハヤブサと同じ顔だから…)」
そう思い込むタカはきゅっとくちびるを結び、再びベッドの中へともぐりこんだ。ぎりぎりとなにかが体中を締め付けているようで苦しくて不快だった。


城内の片隅にある倉庫代わりに使用されている部屋へとダチョウはいた。そこは薄暗く、めったに用のない場所なので普段は不気味なほど静かな部屋だ。しばらくするとダチョウのもとに一人の男が現れた。ダチョウはしかめっ面でその相手をむかえる。
「よく逃げずに来てくれたようだなダチョウ」
肩よりも長い薄茶色の髪を一つ括りに縛ったのはタカに似た顔立ちの男、タカの兄ワシ。どうやらワシがダチョウをここに呼びつけたらしい。ウ姉妹たちに優しく接し、穏やかな人柄で知られるワシだが、それは彼の極一面でしかなかった。また別の顔を持っていることは知らない者もほとんどだ。ダチョウはそんな彼の別の一面も知る数少ない人物だった。今ダチョウと対面するワシは、普段の温厚な顔はなく、厳しく冷たい表情で彼を見ている。
「私に呼ばれた理由は、わかっているんだろうな?」
坦々としたワシの声、その奥底に見える感情にダチョウは一瞬ひるみそうになる。
「俺は間違ったことなんてしてねぇ。弱い奴には戦う権利も生きていく資格もねぇ。それを証明しただけだ」
「なるほど、しかし翼のないお前にそれを言う資格はないと思うが」
「なっ、だが翼がなくても俺の方がタカよりずっと勝っている!」
それは事実だ。翼の者であるタカよりも、ダチョウのほうが強かった。現にタカは一度としてダチョウを負かせていない。翼を持たないことはダチョウにとってなによりもコンプレックスでしかなかった。が翼を持たずとも、翼の者に張り合えるだけの力を持ち合わせていることもみなわかっていた。それでも翼の者が真の力を発揮すれば、翼のないダチョウは敵わないだろう。力にも限界がある。ダチョウは自分のほうが勝っているとは思いながらも、タカとの間に強い壁を感じていた。翼と翼のない者の壁。しょせんタカとあなどってはいたが、それでもタカから見下されている感は常に彼の中にあった。どうしようもない苛立ちを抱えながら、ダチョウは叫んだ。
「私がお前に言いたいことはそんなことじゃない。私は私の大切な弟を傷つける者を許すわけにはいかない。ダチョウ、お前がタカの翼を傷つけたんだろう」
鋭い視線がダチョウを突き刺すようににらみつけた。ワシが放つ鋭い気にもダチョウは体の芯を抉られるような恐怖を感じた。「くっ」気づいた時はワシに距離をつめられており、ワシの手が自分の首をぐっと掴んでいた。金縛りにあったようにダチョウは逃げられなかった。数秒首を掴まれ、ダチョウは苦しさに意識が遠のきかける。
「がはっ」
わずか二三秒の恐怖がダチョウを崩れ落ちさせた。首を押さえながら、涙目でダチョウは膝をついたまま咽ていた。そんなダチョウにワシは表情を変えず、非情に見下ろしている。
「タカの受けた苦しみはそんなものではないが。…二度とタカに手を出さないことだ。次は容赦しない」
いまだ息を荒げるダチョウをそのままに、ワシは部屋を出て行った。
「ハァハァ…く、ワシめ」
まだ膝をついたまま、悔しそうにダチョウは唸った。タカには負けぬが、兄のワシだけは、ダチョウも敵わぬことはわかっていた。ダチョウはワシのもう一つの顔を知る数少ない人物。それは遡ること十一年前、タカを虐めていた連中が半殺しにあったことだ。奴らの翼は使い物にならなくなったと聞いた。その後のことはダチョウも詳しくはしらないが。事件を知る一部の者はワシを怒らせてはいけないと学習した。タカを虐める者もいなくなったが、タカに近づく者もいなくなった。ワシの行為は公にはならなかったのは、彼を気に入っていたケツァールがもみ消したとの噂もあるが定かではない。
「ワシ…あいつは怒らせるともっとも恐ろしい男かもしれない…」

通路を歩いていたワシは前方からこちらへと歩いてくるミサゴに気づいた。
「ミサゴ」
「あ、ワシ様」
ワシに気づくと顔を上げ駆け寄る。
「タカの具合は?」
「ええ、一度目を覚まされたんですが、今はぐっすりと…」
「そうか、ならいい」
ミサゴの報告にワシは少し安堵した。
「あ、でもなにかうなされていたみたい。悪い夢でも見ていたんでしょうか」

ベッドの中でタカは震えていた。
おさまらない感情、己の中から暴れ狂いはちきれんばかりのドス黒い感情。
「くそぉ、ハヤブサめ、ハヤブサめ」
呪文のように、いまいましいその名を繰り返す。
「待っていろ…、お前はオレが殺してやる。絶対に!」
ぐっと握り締めたシーツを、激しい音を立てて破り捨てた。ハヤブサの翼を同じようにもぎ取ってやると心に描きながら、タカは強く決意した。


「ハヤブサさん、ハヤブサさん?」
何度か呼ばれて、ハヤブサはハッとしたようにその声の主へと振り向いた。そこにはきょとんとした顔のスズメがいた。
「あ、スズメか。どうしたんだ?」
「どうしたって、ハヤブサさん、なんか様子変だよ。なにか考え事でもしているみたい」
スズメの言葉にどきんとなるが、たしかに指摘どおりなのだが、ハヤブサは心配かけまいと「なんでもないよ」と誤魔化した。
スズメたちはトンビの勧めに甘えることになり、彼の家族が経営するこの宿にて一泊させてもらうことにした。一階の一番端っこの部屋。バルコニーがあり、ゆったりとくつろげるスペースがあった。バルコニーからは小さな中庭を見渡せる。
「それよりスズメ、私に遠慮などしなくていいから。久しぶりに会えたのだろう。ツバメ殿とつもる話もあるだろうし、彼女のところにいったらどうだ?」
「え、そんな遠慮なんてしてないよ。ツバメとも話すべきことはもう話し終えたし。それに、…邪魔しちゃ悪いしね。あたしはあっちに気を使ってんの」
くふふと意味ありげに笑うスズメに、ハヤブサは「どういうことだ?」と不審な表情。

時間は一時間ほど前に遡る。ツバメとこれまでの旅の経緯を伝えたり、ツバメからはヒバリやら日鳥国の今を聞いたり、お互い重要な事柄は伝え終えた。ヒバリはスズメたちの旅立ちにショックを受けていたが、ツバメやメジロの支えもあり、普段どおりの振る舞いを取り戻しているという。それでも時折寂しそうな顔を見せるとも聞いたが。早くヒバリたちを安心させる為にも、目的をはたして日鳥国に帰らなくてはと強く思う。
そして夕食を終えて、片付けている最中のカラスをトンビが呼び止めて聞いてきたこととは……。
「カラス君、ずはりキミの本命はだれかね?」
「はぁ?」
ずびっと指差されて、カラスはその内容にがくりと肩が落ちる。
「つまりキミはあの三人の中でだれが好きなのかと聞いているんだよ。これ重要なことだから」
トンビの言いたいことはカラスにもわかった。なぜなら、トンビは本当にわかりやすいやつだったからだ。カラスはあきれて、はーと大きなためいきをついた。
「なんでそんなことお前に言わなきゃいけないんだよ」
「だめだよカラス君、優柔不断はよくないなー。いいかいこういうことは早いうちにはっきりさせるのがいいんだ。うん、キミがだれを選ぼうが、おれはかまわない。むしろどんとこい」
「ちょっと待ってそれって…」
「残りの二人はおれが大切にしてあげるから」
そっちが目的か、やっぱりなとカラスは盛大にあきれはてた。トンビにはあきれまくったカラスだが、ひとつ感心したことがある。それはハヤブサを女だと見抜いたことだ。そこは才能だと思う。とハヤブサに対して失礼なことをひそりと思っていた。
「まあ言わなくても目星はついているよ。キミの本命はズバリツバメちゃんだろ! うんうん無理もないツバメちゃんかわいいしな、わかるよ。ツバメちゃんは特に目がいいんだよな、まさに恋する乙女の瞳! ハッまさか、ツバメちゃんはカラス君に?!」
「勝手なこと言うなって。ツバメに変なこと言ったら怒るからな!」

トンビとのそんなやりとりがあったせいか、カラスはツバメに呼び出されて妙にドキドキしていた。片づけが終わってから、ツバメが少し話したいとカラスを呼び止めた。彼女と共に向ったのは宿の中庭。日鳥国を離れてからそこまで日は経っていないはずなのに、お互いどこか気恥ずかしさを感じていた。微妙に走る緊張の中、ツバメが口を開いた。
「ホント、色々なことがあったのね。…私正直驚いたの。スズメとカラスが翼を手に入れたってこと。ライチョウ様にもお会いしてきたってことも。翼の者とも戦ってきたとか、すごいなって…なんかもう別世界みたいだなって」
スズメたちと話を聞いていたときは、ツバメはスズメの報告を嬉しそうに聞いていた。が、今は少し俯き加減で、どこか切なそうな顔を浮かべている。
「スズメと約束したんだけどね。翼を手に入れたら追いかけていくからって。だけど、私はまだ翼がない。それなのに、ここまで追いかけてきたって、どうしようもないってわかっているのに」
「ツバメ…」
力のなさに歯がゆい想いをしている。カラスはツバメのその想いに胸が痛んだ。その気持ちが痛いほどわかるから。ツバメも自分たちとともに戦いたいと強く思っているだろうから。
「ああ、もうイライラするなーカラスってば。どかーんといきなさいよどかーんと、もうっ」
二人の様子を建物の影から見守っていたスズメはじれったいカラスの姿に勝手にいらついていた。
「スズメこんなところでなにしているんだ?」
背後からの声にスズメはびくぅっと驚き毛を逆立てる。背後から現れたのはハヤブサ。スズメの様子に不思議げな顔を向け、スズメの見ていた先にいたのがカラスたちだと気づくと「あっ」と声をあげた。
「そういえば明日の出立のことをまだ話してなかったな。休む前にちゃんと決めておかないとな」
「ハ、ハヤブサさん、それはあとでで」
焦るスズメとはうらはらに、ハヤブサはずんずんとカラスたちのほうに進んでいく。
「私ね、ここに来るまでは一緒に行きたいって思っていたの。足手まといにしかならないのかもしれないのに。ヒバリ先生だけじゃないの。私も寂しかった。カラスに、会いたかった…。私、私ずっと…」
キュッと口を結んだツバメがカラスを見上げた。留めていたその想いを伝えようと唇が動く、がそれはある声によって遮られた。
「カラスー」
すたすたとカラスのもとに近寄るのはハヤブサ。ハヤブサの行為によってその場の緊張した空気は一気に壊れていった。なぜかへなへなと座り込んで脱力したのはスズメだった。
「ハヤブサさん、空気読もうよ〜」
「ハヤブサ、なにかよう?」
「ああ、明日のことちゃんと決めてなかっただろう。早いとこ決めてから休もうと思って」
「そうよね、明日も早いんだし、早く休まないといけないわね。ゴメンネカラスつき合わせちゃって」
申し訳なさそうな顔をしてツバメはパタパタと部屋へと戻っていった。
「じゃあ戻ろうか。ん、どうしたんだ二人とも」
きょろきょろとハヤブサはカラスとスズメを見て首を傾げる。二人ははぁ〜とがっくりとうな垂れていた。その理由にまったく気づけないハヤブサだった。

「じゃあカラス君、またいつでも遊びにこいよな」
翌朝、スズメとカラスとハヤブサはトンビの宿から旅立ち、世話になったトンビに感謝と別れの挨拶をした。
カラスはトンビには振り回されたが、なんだかんだで親切にしてくれた彼と出会えたことをよかったと思える。
そして旅立ちはトンビとだけでなく、ツバメとの別れでもあった。翼を持たないツバメは旅についていけるわけがないと、身を引いた。ともに行きたいという彼女の気持ちはスズメもカラスもよく理解していた。長年付き合ってきた幼馴染だから。
「また別れの挨拶をすることになるなんてね」
ふふと少し寂しげにツバメは笑った。
「翼を手に入れたら会いに来てくれるんでしょツバメ。あたしたちは待ってるよ、ツバメならきっと翼を手に入れられるから。だから諦めちゃだめだからね!」
スズメの言葉に「うん、もちろんよ」とツバメは明るく答えた。そうだ望みはまだ消えてなどいないのだから。顔を上げてこくりと力強くツバメは頷いた。
「そうね、私日鳥国に戻るわ。スズメたちのことみんなに報告しないとね。そのあとはできるだけ早く、追いつけるようにがんばるわ」
「うん、じゃあツバメ、また」
笑顔でツバメとの別れを終えて、スズメたちは西の都を目指して街を旅立った。
憧れでは終わらせない。そう強く誓って、ツバメもまた日鳥国へと向かう。


そしてまた別の想いを抱きながら旅立った者がいた。
ミサゴが朝食を抱えてタカの部屋を訪れた。
「失礼します。朝食を……、あら?」
室内には乱れたシーツをそのままに、そこで寝ているはずの者の姿はきれいさっぱり見当たらなかった。
「ねぇねぇ、さっきの見た?」
「うんあれってまさか」
それを目撃していた者もいた。カワウとウミウが確認しあうようにそう話していた。二人のほうへと「ふふふ」と怪しげに笑いながらケツァールが現れた。
「あ、ケツァール様」
「ふふふ、行ったのね。どうするの?ワシ」
ワシの知らぬところで再びぶつかり合うかもしれぬハヤブサとタカ。さすがにタカも二度と同じヘマはしないだろう。次こそはどちらかが死ぬことになりそうだ。そうなった時のワシはどうなるのだろうか。これはケツァールとワシの戦いでもあった。少なくともケツァールのほうはそう思っていた。もちろん負けるつもりなどない。
「どちらが勝とうとも、私はお前を否定できるのよ、ワシ」


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