「バカだよね、あんたもさ」
膝を立てて木にもたれかかって座るフラミンゴは呆れたようにそうつぶやいた。
「あたしのことなんてほおっておけばいいだろう。いいのかい? あのガキんちょについていかなくてさ」
「あとはライチョウ様に会いに行くだけだし、俺がついていく必要もないかなって思ったからさ。それに怪我人を放置していけないしさ」
ちらりとフラミンゴを見やるカラス、フラミンゴはフンと照れくさいのか拗ねた顔してそっぽを向いた。
バカな坊主だと思う。でも嫌いではない。フラミンゴは少なくともカラスに好意があった。お人よしな性格ゆえにかもしれないが、フクロウにカナリアにフラミンゴ、カラスは人に好かれる才能があるのかもしれない。
「なんかさー、あたしこういうキャラじゃなかったと思っていたんだけどさー」
「ん?」
「こういうの、悪くないって思うんだよね…」
「うん」
ふふ、とフラミンゴは笑った。その表情は充実した笑顔だった。



「やっと、ついた…」
スズメとハヤブサはついにたどり着いた。テエンシャンの最も天に近い場所。頂上付近の洞窟。ぽっかりと口を開けているが、その入り口は特殊だった。
「ここが入り口だよね、でも……」
入り口手前まで来て、二人は止まった。そのまま進んでもいいのか迷ったからだ。その入り口には半透明な赤いバリアのようなものが張られており、このまま進めないような気もした。
「この赤いのって」
「ああ、バリアみたいだな」
聖人ライチョウの住処とされるここ。翼の者にいつ侵入されるかわからない。そのために張られたバリアだろうか。
ここまで来て、スズメたちはためらったが。
『だいじょうぶよ。このまま進んで』
カナリアの声がスズメに聞こえた。スズメは素直にその言葉に従った。
「え、スズメ?」
スズメは難なくバリアの向こうに侵入できた。くるりと振り返ってハヤブサを呼んだ。
「大丈夫だよ、ハヤブサさん。ライチョウ様が許した者はそこを通過できるんだって。ハヤブサさんも大丈夫だよ」
クジャクの命でライチョウに会いに来たスズメはともかく、自分の思想だけで会いに来たハヤブサでは違うはずなのだが、スズメの言葉を信じハヤブサもあとに続く。まあもしスズメが言わなくてもここまできたのだから、ライチョウに会うためになにがなんでも突入という決断をくだしただろうが。
バリアは空気のように違和感なく通り過ぎることができた。
洞窟の中はただまっすぐな通路があり、ひんやりとしている。周囲は土の壁でなにもない。ここがライチョウの住処なのか。
ゆっくりと歩を進める二人の前に人影が現れた。その人物にスズメたちは驚き歩みを止めた。
「やっときたかい。待っていたよスズメ」
黒い影が近づいてきて、その姿をゆっくりと確認できる。その声に顔、覚えがある。
「な、ヨウム?」
二人の前に現れたのはカナリアとともにいた老女ヨウム。会った時と衣装がまったく変わっていたが、間違いなくヨウムだ。ヨウムとここで再会するなど思ってもいなかった二人は驚いた。ヨウムのほうは反対に二人が来ることがわかっていたのか落ち着いていた。
「あの、カナリアちゃんは…」
カナリアを連れ戻すと彼女に約束したのに、それを守れなかった。カナリアは自分の中にいる。スズメはまだ完全に理解していなかったのだが。カナリアを待っていたであろうヨウムのことを思うと胸が痛んだ。
「スズメ、私の役目はお前に翼を渡すことだった」
ヨウムの言葉にスズメはハッとして顔を上げる。
「カナリアはスズメ、お前だったのさ。あのこは失ったままのお前の半身。あのこはようやくお前の中に戻ったんだね」
「それってカナリアちゃんは」
ヨウムの話でスズメはカナリアのことを瞬時に理解した。自分とカナリアの本当の関係について。それを確信へと変えたのは、このあとのあの人の言葉によって。
「私がやったのだ」
「!」
洞窟の奥から低く響いてきたその声にスズメとハヤブサはびくりと反応する。間違いない、今の声の主は、自分たちが会いたがっていたその人だと。
ざしゃざしゃと重い衣をこする音が窟内で響きながら、その人はゆっくりとスズメたちへと近づく。
ごくりとツバを飲み込んで、スズメとハヤブサはじっとその方を集中しながら、その人を待つ。
大きなシルエット。黒い着物を纏った老年の男。頭部に毛はなく、白い長い髭をたくわえている。しわを刻んだ顔でありながら、凛々しい顔立ちのほうに目を引かれる。
「お前をカナリアとスズメに分けたのは私だ。サイチョウに見つからぬように、力を封じておくために」
影はゆっくりと消えて、スズメたちの目に完全にその顔を現した、その男こそ。
「ラ…ライチョウ様!」
感情のままにスズメはその人の名を呼んだ。初めて会うはずのその人、いや本当は知っている。カナリアの記憶少しずつスズメの中に浸透していく。ライチョウが今言ったことが本当ならば、スズメはライチョウと面識があるのだ。そしてライチョウの口からも明らかになった事実、スズメとカナリアは元々一つ。同じ存在だったのだ。スズメの中の翼の力をカナリアとして分けたのだという。ヨウムはすべて知っていたのだ。クジャクに関してはどこまで知っていたのかは定かではないが。
ゆっくりと歩み寄るライチョウ、スズメは感極まった顔のままその場に立ち尽くしていた。ライチョウはスズメの目の前までくると腰を落とし、スズメの目を見る。
「大きくなったな、スズメよ。クジャクにお前を任せてよかった。…お前をここに置いておくのは危険すぎたのだ。お前を守るのは日鳥国のクジャクが一番適任だった」
ライチョウの手がスズメのほほを優しく包む。今スズメの中でふくらみ溢れそうになっているのは、憧れでも信仰心からでもなく、もっと熱く深く慈しいもの。
「ライチョウ様は、…もしかして…」
『そうだよ、スズメ』
カナリアもそうだと言ってくれた。スズメが今想う感情はたしかなものだ。聖人ライチョウ、尊ぶべき遠い存在の人。だが遠くない、近く強くその存在を感じている。親愛の情というそれを。
「私も会いたかった。大切な孫のお前に」
ライチョウの低く響く声はとても強く優しくかった。その声にせきを切ったようにスズメの目から涙が溢れ出す。
「おじいさまぁっ!」
溢れる感情のままにスズメは目の前の祖父に抱きついた。激しくなきじゃくるスズメをぎゅっとライチョウは両の手で抱きしめた。
クジャクの命を受け、ライチョウに会うために日鳥国から旅立ったスズメ。ライチョウがなぜ自分を呼ぶのか、その時はわからなかった。クジャクも教えてくれなかった、すべてはライチョウ様が話してくださるとそれだけを伝えて。翼を手に入れよと、テエンシャンに向えと、それが一番の旅の目的だった。スズメはカナリアと出会い、自分の半身でもあるカナリアと一つになり翼を手に入れた。翼を手に入れたことがスズメの中でさらに正義心を高めることになった。ライチョウへの想いがさらなる勇気を生み出した。
この感情は、涙は、スズメのものなのかそれともカナリアのものなのか。スズメ自身は自分のものだと感じている。ライチョウへの愛は己の中でたしかにあるものだと思っているから。
ライチョウの腕の中でなきじゃくるスズメを、ハヤブサは暖かい気持ちで見つめていた。スズメがライチョウと出会えたことが自分の事のように嬉しかった。が、かすかに寂しさもあった。自分と重ねあわせると、兄達との厳しい道を再確認させられるのだ。自分で選んだ道だから、後悔はしていないが。
「ハヤブサといったか…」
突然ライチョウに名を呼ばれ、ハヤブサはどきりとなる。そういえば挨拶がまだだったが。ヨウムがここにいるということや、自分の名をライチョウが知っていることから、ヨウムからだいたいのことは聞いているのかもしれない。
「ライチョウ様! お会いできて光栄です。私はライチョウ様を信じてここまできました」
「うむ、お前のこともヨウムから聞いている。サイチョウと戦う翼の者だとな」
「はい、私はサイチョウのやり方が正しいとは思えません。ライチョウ様の教えの光の翼とともにこの世界を救いたいと強く望んでいます! ライチョウ様、光の翼はどこにいるのでしょうか?」
ライチョウの胸の中のスズメも顔を上げ訊ねる。
「光の翼、いったいどこで会えるの?」
二人の問いにライチョウは静かに「ふむ」と答える。ライチョウが言うこの世界を救うという光の翼を持つ救世主。その存在も居場所も明らかになっていない。
「そういえばあの時ヨウムは、光の翼はいまどこにもいないと言っていたが」
後ろにいるヨウムへと振り返るハヤブサ、最初に彼女に会った時、そう言っていた記憶がある。光の翼は今はどこにもいないと、ライチョウはもう一人の光の翼となるものを待っているとも言った。
「光の翼は、今もまだ目覚めてはいないようだ。だがきっと近いうちにその姿を現すだろう。スズメよ、お前がまっすぐにこの世界を救いたいと強く思い進んでいくのなら、お前の前に光の翼は現れるはずだ。
翼を得たお前はもうサイチョウから逃げることもない。サイチョウの目を覚まさせてやるのだ。巨大な兵力を集めたところでこの世界は救えぬと」
祖父の顔から聖人ライチョウの顔に戻りスズメを強い眼差しで見るライチョウに、スズメも強い瞳で頷く。
「ハイ、ライチョウ様! 私はカナリアと一緒に進んでいくから怖くありません。それからハヤブサさんも一緒ならとても心強いから。サイチョウなんかに負けません。絆の力で、光の翼の力を得て、この世界を救いたいから」
「もちろんだスズメ、私もスズメとともにならこれほど心強いことはない。私もライチョウ様の前で誓います。光の翼と共にサイチョウと戦うことを」
お互いを見合い、こくりと頷きあうスズメとハヤブサ。そんな二人を見て安心したようにライチョウは「ふっ」と笑みをもらす。
「よき仲間に出会えたなスズメ」
「はい」
「ハヤブサよ、これからもスズメを頼んだぞ」
「はい、もちろんです」
スズメへと向き、ライチョウは言葉をかける。
「私は今はここを離れることはできぬ。だがここからお前を見守っている。この世界を救う為、私は私の果たすことをせねばならん。ともに行けぬがお前ならば大丈夫だろう。一人ではないのだしな。クジャクにも伝えておこう。あやつへの感謝も忘れてはならんぞスズメ。お前にとって母も同然の存在なのだからな」
優しく気高い女皇クジャクを思い浮かべる。赤子のころから育ててくれたスズメにとっては母同然の大切な恩人だ。「はい」とスズメは頷いた。ライチョウ、クジャク、カナリアにハヤブサ……。いろんな人との出会いに優しさ、絆、それこそがなにより尊ぶもの。スズメの心を暖かくしてくれる大きな力の源。ヒバリ先生にメジロ、ツバメや旅先で世話になったレグホンやヤケイ。スズメとは気が合わないが根は悪くないかもしれないフラミンゴやら、不思議な迷子の少女フクロウ。それから幼い頃から旅にまでずっと付き合ってくれたカラス。
目を閉じてゆっくりと噛み締める。みんなのこと、それぞれの想い。今まで出会った大切な人たちのことを思いながら、この先出会う大切な人たちのことも大事にしたい。
みんなが大切だからこの世界が大切で、愛しく守りたいものになる。その道こそが光の翼と出会える道。そう信じる。
「サイチョウはチョモランマにいる。だがチョモランマに向う前に西部の街フォンコンに行くのだ」
「フォンコン?」
スズメは知らぬ地名に首を傾げる。ライチョウはフォンコンという街へ向えと言ったのだ。一体どんなところなのだろうか?
「フォンコンの長老に会いに行けばわかる。そのあとのことは使いの者を送るとしよう。まずは私のほうでも準備を整えねばならんのでな。
よいなスズメ、フォンコンを目指すのだ」
この世界の西部、チョモランマよりも西に位置する都市フォンコン。そこがスズメたちが次に向かうべき目的地。
「うん、私がんばってくるよ。じゃあ、いってきまーす。元気でねおじいさま、ヨウム。行こうハヤブサさん」
元気に別れの挨拶を告げて、スズメはハヤブサとともに洞窟をあとにする。スズメは笑顔で、とても晴れやかだった。ライチョウはスズメの背中を見送りながら、一瞬切なく眉を寄せていた。

「よかったな、ライチョウ様とお会いできて。…にしても驚いたよ。スズメとカナリアが元々ひとつで、ライチョウ様の孫だったなんて」
テエンシャンを飛び立ちながらハヤブサはスズメに話しかける。ライチョウとの対面時間は十分にも満たなかったかもしれない。わずかな時間だったが、濃い時間でもあった。スズメにしてもハヤブサにしても、ライチョウとの対面をはたすという第一の目的を果たしたのだ。
「うん、あたしもだよ。ライチョウ様に会った瞬間に理解したんだ。あたしにとってライチョウ様は特別な存在なんだって。すっごく嬉しいの、ただ一人の肉親だもの」
「え、スズメは…」
「うん、あたしみなしごだったの。カラスもなんだけどね。クジャク様やヒバリ先生に育ててもらったんだ。だからあたしもカラスも寂しいなんてことなかった。ライチョウ様に出会った今だって。あたしにはカラスにハヤブサさん、ツバメや先生やクジャク様。それからフクロウちゃんとか…。みんなと出会えたこと本当に嬉しいよ」
隣で飛ぶハヤブサへと笑顔でスズメはそう答える。
「うん、そうだな。…スズメはライチョウ様へのその想い大切にするんだ。なにがあっても捨てたりするんじゃないぞ」
「当たり前だよ。ハヤブサさん」
スズメにそう念を押すハヤブサ、その胸中には兄への想いがあった。自分の道を選び、兄と離れることを選んだ自分とは同じになってほしくないとそう思いながら。
「さぁカラスたちのとこへ行こう。ずいぶん待たせちゃったし」
「そうだな」
森の中で待つと言ったカラスとフラミンゴのもとへと二人は向う。

「カラスーー」
上空から自分の名を呼ぶスズメの声を聞き取ったカラスは森の中で懸命に手を振りながら自分の居場所をアピールする。
「スズメ! ここだー」
カラスの声のほうへとスズメとハヤブサは降り立つ。カラスとはすぐに再会をはたした。がおかしなことに気づいた。彼の近くにフラミンゴの姿が見えなかったのだ。
「あれ、カラスフラミンゴは?」
訊ねるスズメにカラスはあっさりと簡単な回答をよこした。
「あなんか別行動とるんだって、別れた」
「ふーん、まさかなにか企んでのことじゃあ」
「そうか、ならケガも大したことなかったのだな」
スズメとハヤブサで別々の反応。フラミンゴに関して二人とも深く追求はしなかった。それよりもとカラスがライチョウとの対面のことを聞いてきた。
「それよりスズメ会ってきたんだろ? ライチョウ様に」
「うん。そのこと歩きながら話すよ。さ、カラス、ハヤブサさん出発するよ」


場所は移りケツァールの城。ウ姉妹の三人は逃走後、そのままここケツァールの城へと戻ってきた。あのあとガチョウがどうなったのかは彼女たちは知らない。
ケツァールへびくびくと報告に向ったが、彼女の機嫌がよかったのか、姉妹の敗退は自分ではなくガチョウの責任にあると思っていたゆえか、たいして咎めはなかった。またその場で姉妹をフォローしてくれたワシの存在も大きいだろう。気難しく気まぐれな女将軍ケツァールの機嫌取りにはみな悩むところであったのだ。
「はー、にしてもよかったわ。怒られなくて」
姉妹の三人は通路の窓辺に寄りかかりながらだべっていた。ケツァールへの報告を無事終え、やっと休息できるかと思うとどっと力が抜けてゆく。
「ケツァール様も責任はガチョウ様にあるって言ってたし。…だからま、いいんじゃない。終わっちゃったことは」
「失敗は次の成功につなげるだけよ。あのおチビちゃんに思いのほか驚かされただけ。心構えさえしっかりしておけば、私たちが負けるわけないのよ」
ごう、と瞳に炎を宿しウミウは強気に主張する。その気持ちはヒメウもカワウも同意だ。
「でも怒られなかったのはそれだけじゃなくて、ワシ様のおかげですわ」
きゅっと両手を組み合わせてカワウの言葉。
「そうね、ワシ様はいつも私たちを助けてくれるわね」
こくりとヒメウが頷く。ワシはハヤブサの兄。ウ姉妹とも面識があり、ワシは彼女たちに優しく接しているようだった。
「ずいぶん嬉しそうな顔ね〜カワウ。ひょっとしてワシ様のこと好きなんじゃないの?」
うひゃひゃひゃといじわるな笑みでウミウがカワウをからかって聞く。ひゃああと真っ赤になって慌てるカワウ。
「な、なにをおっしゃるの。そんなんじゃありませんわー」
「カワウってばわかりやすいんだからー。そういうウミウこそだれが好きなのよー」
このこのーと肘でつつきながらヒメウがウミウを茶化す。だれが好きだの嫌いだの、年頃の少女の気になる話題は大概これだ。
やいのやいのと騒ぐ三人娘。
「私は好きな人なんていないけど、キライな奴ならいるわね。あいつはダメ、ダチョウはほんとに大嫌い。いっつも偉そうにしてさ。暴力ふるって超サイテー」
ふんぎーと拳を握り締めて力むウミウ。よほどダチョウが嫌いなのか。いやウミウに限らずヒメウもカワウもダチョウのことは好きではない。彼女らに限らずダチョウを嫌う者は他にもいるだろう。そもそも彼を好いている者などいるのだろうか? 横暴な態度で誰も寄せ付けないダチョウ。オオハシの甥だからとみな遠慮していることもある。もしそうでなければ、だれも相手になどしないだろう。ウミウたちも関わりたくない為、近寄らないようにしている。近寄れば避け、目など絶対に合わせない。
「ダチョウね、私もあいつは嫌いね。それから、タカ様もちょっと苦手かも。どことなく近寄りがたい雰囲気だし。ハヤブサ様と同じ顔なのになんであんなに違うのかしら?」
はー、と溜息ついて、あっ!と今気づいたようにウミウが声を上げた。
「ハヤブサ様といえば、ケツァール様にハヤブサ様のこと報告するの忘れていたわ」
「あっ、そうだ。どうしよう」
「おい」
「!!??」
彼女たちの会話に不釣合いな低い声が今混じった。三人の背後に立つ大きな影。それがなにかすぐに悟った彼女たちはカチコチに固まる。
ずーんと仁王のように彼女たちを見下ろすのは、さきほどまで噂にしていたダチョウだった。ひぃーーとウミウたちの肌は逆立った。
「今話していたことは本当だろうな?」
ずいと威圧するように身を近付けて訊ねるダチョウに、ウミウたちはたらたらと汗をたらしながらガタガタと焦る。
「(い、今の話って。どうしよう聞かれていた?)」
目が泳ぎ、なんとかいいわけをせねばと焦る姉妹。ダチョウのことは嫌いだが、本人を目の前にしてそんなことを言える度胸はなかったのだ。翼を持たないとはいえダチョウの力はかなりのものだ。殴られでもすればただではすまないし、揉め事はごめんだ。
どうしようどうしようと慌てる三人の心境などダチョウにとっては知ったことではない。ダチョウの関心は別のことにあった。そうダチョウの関心ごとは……。
「ななななななんのことかしらー?」
「とぼけるなよ。ハヤブサのことを話していただろうが。どういうことだ? お前らハヤブサに会ったのか?」
「え…? そ、そっちなんだ」
とホッと安堵の息をもらしたウミウ。ダチョウの関心はハヤブサのことだったのか。
「ええ、たしかにわたくしたち、テエンシャンでハヤブサ様に会いましたわ」
「まさか敵として戦うことになるなんて思わなかったけど」
彼女たちからハヤブサのことを聞いたダチョウは嬉しそうに口端を吊り上げて笑った。その不気味な笑顔に姉妹は恐怖を感じ、びくぅっと身を縮まらせる。
「そうか、やはりな生きていたかハヤブサ…。くくく、ははは、そうかそうだな」
一人笑い頷きながら、ダチョウは三人に背を向けて通路を歩いていった。通路にはダチョウの不気味な笑い声が響き渡った。怪訝な顔の姉妹はお互いの体を抱き寄せながら、悪魔のような男の退散をただ見守っていた。
ダチョウの笑みは止まらなかった。思っていたとおりの展開に嬉しくて仕方がない。
ハヤブサは生きていた。生意気なタカはハヤブサが死んだと思い込んでますます調子づいている。それがダチョウには不愉快でたまらなかった。だが、ハヤブサは生きていた。この事実をタカが知れば、奴はどんな顔をするだろうか? 想像するだけで愉快でたまらなかった。


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