三人の少女は三人の弟と合体し、新たな翼となってスズメたちの前に立ちふさがる。
今そこに見えるのは三人の少女だが、実際は六人の翼だ。
一人は二人であり、かける三は六だ。
だが、実際の実力は六ではないかもしれない。
「なに? 一体どういうこと?」
目をくるくるさせるスズメたち。今目の前で起こったことに混乱する。
「どういうこと? 翼が二つ? さっきの男の子達はどこにいったの?」
「合体か。…噂に聞いていただけだが、本当にそんなことが可能だったとは」
ハヤブサの言葉に「えっ?なにそれ」とスズメが振り向く。
体と翼を共有できる特殊な能力【合体】。それはウ姉妹とアイサたち姉弟のみできるという特別な力なのだと、ハヤブサはケツァールのもとにいた時に聞いたことがあった。実際目にするのは今回が初めてだったが。
驚くスズメたちにウミウは自信満々に話す。
「そうよ、私たちほんとうは六人姉弟なの。合体ってね、血の繋がった仲のいいもの同士でなければできない技なの。私たち姉弟の絆は誰よりも強く揺るぎないものなの」
「私たちは誰よりも強く信頼し、想いあっているの」
「私たちの強さはここにあるのよ!」
体と翼を共有するということは、命を魂を預けることと同等だ。お互いの身を預けあえるウ姉妹とアイサたち。その絆の強さは計り知れない。信じる心がさらに翼の力を高めるのだ。
三人の顔は強く自信に溢れていた。二つの翼もさらに膨らんで見えてくるようだ。目に見えぬ力に気圧される。
「悪いけど、私たちの勝ちね!」
ウミウの放った激がスズメを襲う。それはさきほどとははるかに違う翼のエネルギー。
「うわぁっ」
空中でスズメの体は後方へと弾き飛ぶ。
「いきますわよ」
るんるんと鼻歌交じりに飛び跳ねてくるカワウの攻撃を、ハヤブサは片腕を盾になんとかしのぐ、が背後からヒメウに羽交い絞めにされた。
「きゃはっ」
「うわっ」
ヒメウの腕がハヤブサの首に絡む。細い少女の腕だが、逃れようがないほどそのおさえる力は強い。
後ろから抱きついたような形で、ヒメウはハヤブサの耳元で「ごめんねー、ハヤブサ様」と囁く。だがこの声色から真から悪気があってやっているとは思えない。命令だから戦っているようではなく、まるで戯れのようにどこか楽しんでいるようにも見える少女たち。
「くっ」
体をよじってヒメウの縛を逃れようとするハヤブサだが、そこを正面からカワウの激が襲い掛かる。
「余所見はいけませんわよ! えいっそりゃ!」
「ぐわっ」
ハヤブサはとっさに腕でカバーするが、もろに攻撃を受けた。さらに背後のヒメウが翼でハヤブサの体を締め付ける。両手でそれを解こうとするが、ハヤブサの力ではできない。
「う、か…硬い」
苦痛に歪むハヤブサの顔、ヒメウはにぃっと微笑む。
「そりゃそうよ。パワーアップした翼をなめないでよね。この翼は私とミコアイサ二人の力よ」
さらに力を籠めるヒメウとミコアイサの翼がハヤブサをますます苦しくさせる。
「うわぁぁっ」
「ハヤブサさん!」
「スズメ、後ろ!」
カラスの声と同時に、スズメの頬をかすめていく衝撃波。振り返るスズメの頬にじわりと赤い線が浮かぶ。振り返った先には挑戦的に人差し指を立てたウミウが笑っていた。
「ちょっとでも動くと翼をめっためたにしちゃうわよ。わかった? おチビちゃん」
「ぐぅ〜、ムっかつく〜」
わなわな震えるスズメにカワウが「やっ」と脳天にアタック。
「こんのーー」
「スズメー」
「うあーーっ」
ババッ、ブシュッ、鋭いものに裂かれるように、スズメの翼は血を噴いた。
「動いちゃダメっていったでしょ」
ぴっと人差し指をスズメに向けながら、ウミウが無邪気な顔でそう言う。
「く、そぉ〜」
わなわなと震えて動けないスズメ。だが動けないのはハヤブサもで。さらにさきほどから身動きとれず固まったようにいたフラミンゴとカラスもだ。スズメとハヤブサの力になるため、再び戻ってきた二人だが、パワーアップしたウ姉妹たちに近づく事が出来なかった。本能的に、敵わないことが体でわかっているからだ。動けない。フラミンゴもわなわなと震えていた。きっとスズメと同じ感情でだろう。それは隣にいたカラスにもよくわかった。
「スズメとハヤブサを助けなきゃ、でも、俺の力じゃ敵わない。あの子達さっきと全然違う」
前方で戦うスズメたちとウ姉妹を客観的に見ながら、カラスは気弱な言葉をもらす。
「クロボウズ、あんたは黙って見ているつもりなのかい? ハヤブサ様があんなになっているっていうのにさ」
わなわな震えながら怒りを宿した瞳のフラミンゴ。彼女から蒸発するように冷静が抜けていく。
「でもフラミンゴ、俺たちじゃ、やっぱりムリだ。スズメとハヤブサで敵わない相手に俺たちじゃ」
「くすっ。そこの黒いのは自分たちの弱さってのよくわかっているみたいね。少しは見直したぞ」
両手を腰に当てて、偉そうに笑うウミウに、フラミンゴはかっちーんとなる。頭に血の上りやすいタイプだ、短い付き合いだがカラスも彼女のそんな性格をすでに理解していた。単純でわかりやすい人だと。
だからこそ相手の挑発にも乗せられやすい。なんとか自分がフォローせねばと思う。スズメたちを助けたいと思うが、自分の力では敵わないこともわかっている。フラミンゴもしかりだ。今にもかかりそうなフラミンゴをおさえられるのは自分だけだと思う。先ほど助けた彼女をむざむざやられさせるわけにはいかない。
「そうそう雑魚は邪魔なだけだから、はしっこのほうでじっとしてれば」
きゃははっ、とヒメウが笑う。完全にカラスたち二人は舐められている。いや正しくはスズメとハヤブサも舐められているが、二人以上に雑魚認定されているカラスたちなど彼女たちからすれば完全に戦力外なのだろう。相手でもないということだ。
悲しいことにそれが事実なのは二人とも重々わかっている。わかっているだけに悔しくて仕方ない。特にフラミンゴは今にも血管ブチキレそうなほど上り詰めていた。
「わかってるんだよ、あたしだって自分の能力くらい。けどね、敵わないからって黙ってられるかい?」
カラスの横でぶぁさっと風が揺れる音がした。フラミンゴの翼がはためく。「待てフラミンゴ」カラスの止める声を無視してフラミンゴはハヤブサのもとへと走った。
「ハヤブサさまーー! このガキどもくらいなっ」
羽ばたきながら足を振り上げてウ姉妹にぶっこんでいくフラミンゴ、敵わないことを知っているのに、フラミンゴは突撃した。
「フラミンゴ?」
通り過ぎる時スズメの声がしたが無視したのか聞こえなかったのか反応せずフラミンゴは目の前の標的へと一直線に向った。
「雑魚は邪魔って言ってるのに、おばさん耳でも遠いの?」
「あっち下がっててくださいな!」
カワウはフラミンゴのほうへと向き、やれやれと溜息つきながらフラミンゴを一撃で撃退する。
「ぐぎゃっ」
呻いてフラミンゴは数メートル弾き飛ばされる。カラスは飛ばされてくるフラミンゴを後ろから抱きかかえるようにして受け止めるが、強い衝撃でカラス自身もそのまま飛ばされる。岩壁にぶつかり二人ともぐったりとなる。
「カラス!!」
岩壁にぶつかったカラスを心配するスズメ。だがウミウに睨まれ動けなかった。スズメの背後にカワウが回り、援護に向えない。
「俺ならなんとか無事だよ」
痛みにしかめ面ながらもカラスは無事を伝えた。少し体を浮かせて、ゆっくりと岩の上に着地して抱きかかえていたフラミンゴを足場に下ろした。フラミンゴは意識を失っているようだが。彼女の体にはダメージがあった。悔しそうに苦痛に歪んだ顔のまま目を閉じていた。
「だめだな、俺の翼ちっとも力が上がらない。あの子達にまったく敵いそうにないし、クジャク様にスズメを守ると誓ったのに、俺は足手まといなだけ…」
悔しいがそれが真実だとわかっているカラスは切なく言葉を漏らした。
『違うよ、お兄ちゃん』「!え、今の声は」
カラスが聞いた声は、覚えのある声。
「カナリアちゃん?」
とっさにそれがカナリアだとカラスは感じとった。カナリア…、ペリカンとの戦いの最中、スズメの中に消えてしまった不思議な少女。カラスはカナリアが何者かはっきりとわからなかったが、スズメにとっても自分にとっても特別な存在であると思っていた。スズメとカナリア、二人は異であり同であるような、そんなものを感じていた。
カナリアの声がカラスに聞こえている。それは直に発する声とは違い、心に語りかけてくるようなものだった。
『お兄ちゃんは無力じゃないの。お兄ちゃんの存在がスズメにとって大きな支えになっているから。…だから、お願い力を貸して』
「力を?」
目に見えないその存在を見るようにカラスは顔を上げる。視界に映るのはこちらに背中を向けた状態のスズメ。カナリアではないが、カラスにはカナリアの姿が目には見えないが感じとっていた。
『強く想って。ずっと一緒だから安心するようにって。私たちの絆だって負けてない。私とスズメと、それからスズメとお兄ちゃんと、それに…』
こくりと頷いてカラスはスズメに伝える。カナリアの言葉を代弁して。
今スズメは忘れている。カナリアの伝えたいとすることを。カナリアと一つになったあの瞬間スズメはカナリアの想いを知った。それはすべてではなくごく一部だが。
「スズメ! スズメの中にはカナリアちゃんがいるだろ!」
「カラス?…あ、カナリアちゃん」
カラスの声でスズメは少し冷静を取り戻す。その時スズメにもカナリアの声が聞こえてきた。
『お兄ちゃんがついているよ、ね、怖くないでしょ』
「カナリア…。うん、うんそうだね、あたしにはカラスがいて、カナリアちゃんがいるんだ。あたしたちは同じなんだもんね」
「スズメ、ライチョウ様が待ってるんだろ」
「ライチョウ様…」
スズメは会ったことないはずのライチョウの姿が脳内に浮かんだ。それはカナリアのせいなのかもしれないが。またそれだけでなく、目に見えない不思議な力をじわじわと感じていた。その力はカナリアのものなのか、それとも……。

「スズメ」

遠い場所から自分を呼ぶ声がした。
心に響く声。どくんと胸が波打つ。
スズメは直感した。

「ライチョウ様!」
スズメはカッと目を開いた。黒い瞳に恐れなど欠片もない。
「もうあの黒いのウザイわ。とっとととっちめてくれようかしら」
ウミウの攻撃がカラスへと向けられる。
「させない!」
スズメの翼が大きく開きウミウへとぶつかる。
「!きゃっ」
ぐるんと体を一回転させて、すぐに背後のカワウへと突撃。ヒメウの縛から逃れられず苦しんでいるハヤブサの救済へと走り、ヒメウへと拳を突き出してぶつかる。
「きゃっ、なにすんのよ」
「くぁっ、ハァハァ…スズメ?」
縛からとかれ、肩を上下させながらハヤブサは自分を救った相手を確認した。ヒメウたちはたじっとなる。目の前の小さな少女がなにか炎のようなものをごうと放っているように見えたからだ。もちろん錯覚でそんなものはでていないのだが。おそらくそれは闘気というものだろう。格下のはずの相手に今度は自分たちが気圧されている。
「どうしたのおチビちゃんが急に強くなった?」
困惑するウミウ。
「そんなわけないわ。強がっているだけよ。私たち姉弟が負けるはずない!」
ヒメウが喝をいれるが、彼女の中の別の存在が動揺していた。
スズメはきっと強い目でハヤブサへと向く。それにハヤブサがハッと気づかされる。
「ハヤブサさん。あたしたちにだって絆はあるよ。血の繋がりなんて目じゃない絆もある」
「ああ、そうだな。私とスズメもそうだ。同じにライチョウ様を信じる」
ハヤブサの目にも力が漲ってくる。
ハヤブサはスズメを信じていた。己の身を救い、共に同じ者を信じて進む同志。
血を分けた双子の兄からは命を狙われ、だれよりも尊敬していた長兄とは意見が違え離れることになってしまった。ウミウたちの言うように血の絆は確かに強いものかもしれない。だが絆は血の絆だけではないのだ。
「ライチョウ様へ続く道。あたしたちは絶対にその道を突き進む」
「ああ、ここでつまづくわけにはいかない」
体勢を整え、構えなおし、スズメとハヤブサはウ姉妹を外側から挑戦的な目で見据える。実力からして格下なのは明らかなのに、彼女たちの中の弱さが声を上げ始めた。
『姉上…』
「だ、だめよミコアイサ! しっかりして心を強く保つの!」
『ボク…』
「ウミアイサ? なにを怖がるの?」
『限界、です』
「!! カワアイサ」
幼い弟たちの心はけして強固ではなかった。スズメの覇気にあてられ弱音を吐き出した。弟たちの動揺は彼女たちにも強い影響を及ぼす。
「どうしたんだ? あの子達。…でも、今がチャンスだスズメ」
ウミウたちの異変を疑問に感じながらも、これがチャンスとカラスはスズメに伝える。スズメはハヤブサに「ハヤブサさん」と合図する。スズメの声に「ああ」と頷いて、スズメとハヤブサは同時に三人のほうへと飛び掛っていく。
目の前まで迫ってきたスズメたちに気づき、ウミウたちは「ひゃあっ」と情けない悲鳴をあげ、その体は二つに戻る。ウミウとカワアイサ、カワウとウミアイサ、ヒメウとミコアイサ。ウ姉妹と弟のアイサたちは元の姿に戻ってしまった。つまり六人の翼に戻ってしまったのだ。それはスズメたちの攻撃が届く前で、その変化に驚いたスズメとハヤブサは攻撃のモーションをぴたっと止めた。
「こら、なにやってるんですか? お前たち」
それまで何も言わずに静観していたガチョウが声を荒げた。が、六人は……。
「あ」
「い」
「う〜」
涙目で両手をじたばた。
「そんな合体がやぶれるなんてー」
と涙を散らせながらカワウ。
「こーなったら…」
キッと表情を強めるヒメウ。シリアスな表情と口ぶりに次の手はなにかとハヤブサたちが改めて身構える。
「たいきゃくーーー」
くるりと六人は背を向けるとものすごい勢いで山の向こうへと飛び去って行った。
「え……」
ぽかーんとなるスズメたち。そしてガチョウは怒り心頭で
「こらー、お前たち待ちなさいーー」
だが六人は振り返ることなく姿を消してしまった。ウミウたちはいなくなり、残ったのは岩の上にふんぞり返っているガチョウただ一人。
「ハヤブサさん、あと一人だね。あいつを倒せばライチョウ様に」
「ああスズメ」
ハヤブサは岩の上にいる残る一人ガチョウを見据えながら「覚悟しろガチョウ」
岩の上で石のように固まったまま微動だにしないガチョウに、スズメが挑発の言葉を放つ。
「そーだそーだ。覚悟しやがれハゲオヤジー」
それでも動かない石のような男に、調子こいたスズメの暴言が止まらない。
「びびって動けなくなったの? 弱虫。バーカ、かかってこーい」
「スズメ、いいすぎだ」
後方のカラスがツッコミを入れるが無意味だった。
暴言を吐いていたスズメ。だがガチョウはそれにも動じる様子なくじっとしていた。いや、じっとしてはいなかった。その体は遠目からはわかりにくかったがかすかに震えていたのだ。ぴくぴくと額には血管が浮きあがっていた。怒りに震えていたのだ。頼りにしていたウ姉妹の敗北に逃走、スズメやハヤブサの生意気な暴言にガチョウの我慢の限界は超えていた。
「ガァ」
それはガチョウの喉からもれた音。
「ん?ガァ?」
スズメはそのかすかな音を聞いていた。がその音を聞いたときはすでに手遅れなのだ。この男ガチョウをキレさせてしまったという証。温厚な中年男は見る影もなく、つり上がった目に細い眉、大きく開いた口に顔は真っ赤に茹で上がっていた。
「本当に私を怒らせましたね! ガァ あなたたちもう許しませんよ! ガァ」
人格が変わったように大きな声を張り上げ翼を広げるガチョウ。この男の堪忍袋は完全に切れてしまっていた。
「なによぉ、ガァガァってうるさいわね!早くあんたを倒して上に行きたいのよあたしたちはぁ」
スズメも負けじとうがーと声を張り上げる。そんなスズメにガチョウは大人気なく同じテンションで返す。
「本当にかわいくないおじょうさんですねぇ!」
「あんたみたいなじじーに言われたくないよ」
ムッとするスズメ。どっちもどっちだとカラスは思ったが口をつぐんだ。
バァサと翼で舞い上がり、ハヤブサはガチョウとの距離をつめる。
「どくんだなガチョウ。お前一人じゃ勝ち目はない」
「相変わらず生意気ですね、ハヤブサさん」
顎をくいと動かしながらガチョウがハヤブサを見下ろす。
「あの六人を倒したからといい気にならないことですよ。私の力をなめると痛い目に合いますよ」
ガァガァと独特の声をもらしながらガチョウが低く響く声で笑った。
「こんなところで時間をくっているヒマはないんだ」
ハヤブサはガチョウへと羽ばたいて向っていく。もちろん攻撃のモーションで。
「ライチョウ様への道を阻む者に容赦はしない、ガチョウ!」
風を切り裂きながらハヤブサの特攻。ハヤブサの手から放たれた風の刃は鋭くガチョウを襲った。ガチョウは笑いながらそれを受ける。
「速いですね。さすがハヤブサさん」
ぐわっと伸びる手がハヤブサの翼を掴んだ。
「だが、幼い! 幼すぎるんですよ翼がっ!」
「ぐわっ」
強く翼を掴まれハヤブサは苦痛の声を上げる。翼も体の一部だ。つかまれたら痛みはあるし、負傷することもある。ハヤブサはタカに襲われた時も翼に傷を受けた。翼を破壊されれば、回復できぬほど痛めつけられたら、二度と翼は使えなくなってしまうだろう。
翼は翼の者の強みでもあるが、弱点にもなる。
ハヤブサの翼を乱暴に掴みながら、ガチョウが気味の悪い笑みを浮かべる。
「数年のあなたと一緒にされるとこまるんですよねー。若い翼は成長早いですが、もろいのですよ。使い物にならないようにしてあげましょうかね? ガァァ」
「くっ…」
下品に笑うガチョウ、冗談でなくその手にはさらに力がこめられる。
「その汚い手を離せよ!」
「ガァッ!!」
スズメがガチョウの背に思い切り激突する。衝撃でガチョウはガァと情けなく悲鳴を上げた。
「この小娘(ガキ)…」
ギリッと悔しい顔で振り返るガチョウに、反撃のすきを与えずスズメの連続攻撃。
「くらえーー、じじー。スズメパーンチ」
スズメパンチ、ただのパンチだが必殺技のように叫んでガチョウの顔面にお見舞いする。
「うりゃースズメチョップ」
連撃は続く。またただのチョップだが必殺技のようにチョップをガチョウの脳天にお見舞いするスズメ。口から血を吐くガチョウ。技はどうか置いておいても相当ダメージを与えていた。ガチョウの手元がゆるんだすきに、ハヤブサは無事逃れる。
スズメの猛攻に少し戸惑いつつも。
「とどめよ!」
最後に蹴りをあびせ、ガチョウは情けなく岩壁に顔面から打ち付ける。
「スズメ、すごい勢いだ」
カラスは溜息のようにそう吐いて、戦いを見守っていた。
「スズメ、こんなに強かったのか?」
ガチョウはけして弱い翼ではない。オオハシの部下である翼なのだ。翼の力もハヤブサよりもはるかに上なのだが。その男が、小さなスズメにこてんぱんにやられている。それが不思議に映っていたのだが、ハヤブサは「もしや」とテエンシャンのはるか上を見上げてハッとなる。
「ライチョウ様の影響!?」
そう感じると、ハヤブサの中にも勇気が湧き上がってくる。ライチョウの存在、ライチョウへの想いが、スズメにとってハヤブサにとって、大きな力になるのだ。
「そうか、私たちにはライチョウ様がいる」
「くぅー、こんなガキに。調子に乗るんじゃありませんよーー」
顔にパラパラと石を貼り付けながら、ガチョウはギロリと怒りのオーラを纏いながらスズメのほうへと向きかえる。ガァガァと声を出しながら、翼を広げてスズメへと向ってくる。スズメは恐れることなくガチョウを待ち受ける。スズメの側にハヤブサも飛んできて、ガチョウへと構える。
「いくぞスズメ」
「うんハヤブサさん」
目を合わせなくても、深く語り合わなくてもスズメとハヤブサは通じ合えた。ハヤブサはスズメを信じ、スズメはハヤブサを信じ、二人はともにライチョウを強く信じた。ガチョウになど負けぬと強く信じた。そんな二人にガチョウの感情が激しく暴れた。怒り、屈辱。己を歪める感情に支配されて、ガチョウは激しい憎悪を二人へとぶつける。
「私をなめるんじゃあーりません!!」
「これで終わりだー」
ガチョウとスズメとハヤブサ、三人の力がぶつかり、激しい音が響いた。スズメとハヤブサ二人の連携が見事に決まり、ガチョウは無念の声を上げて、森の中へと落ちていった。
「そ……そんなぁぁぁぁぁ〜〜〜〜」
あーの声が段々小さくなっていった。森の中に落ちたのを確認できた。その瞬間勝利を確信したハヤブサは、安心とともに急に力が抜けていく。
「やった…ガチョウを倒したぞ」
格上の相手ガチョウを二人がかりとはいえ倒したのは大きなことだった。それもこれもスズメの存在あってだとハヤブサは実感していた。
スズメのほうは勝利に安堵する間もなく、すぐに頂上へと視線は向けられていた。
「行こう、ライチョウ様に会いに」
ハヤブサはハッとしてスズメへと振り向いた。もしかしたら敵わないかもと、いろいろな意味でそう思ったハヤブサだった。
道を遮る敵はいなくなった。あとは翼で頂上を目指すだけ。が、カラスとフラミンゴの状態に気がついて、スズメたちはカラスのいる岩の上へと飛んだ。
カラスはすでに翼をしまっていた。膝の上に抱えるフラミンゴはまだ意識を失ったままだ。
「フラミンゴ、カラス。二人とも大丈夫か?」
ハヤブサが近寄ってカラスに声をかけたしかめる。スズメも二人の元にやってきた。見たところカラスはぴんぴんしているようだが。
「ああ、俺のほうはなんともないよ。二人は平気なのか?」
スズメとハヤブサを見上げながら、心配げにカラスが訊ねる。スズメはハヤブサと顔を見合わせ、こくりと頷く。
「うん、ケガもたいしたことないし、平気だよ」
「私もだ。飛ぶには問題ない」
「そうか、ならよかった。これでライチョウ様に会いにいけるな」
「うん、あと少しで会えるよ」
嬉しそうに微笑むスズメに、カラスもにこりと笑顔で返す。やっと目的をはたすことができるんだ。
「俺はフラミンゴと下で待ってるよ。このままほおっておけないしさ。それに翼の者も倒したし、あとはライチョウ様に会うだけだもんな。ハヤブサ、スズメのこと頼むよ」
「ああ、もちろんだ」
「カラス、じゃあ待ってて。行ってくるからね。…でもいいの? カラスはライチョウ様に会えなくて」
「俺は別にライチョウ様に会うことが旅の目的じゃないしさ。気にしないで二人とも行ってくれよ、じゃ」
カラスは二人に手を振って、フラミンゴを抱きかかえて黒い翼を広げて、ふわりふわりと下へと降りていった。
「さて」
と顔を起こして、スズメとハヤブサは翼を動かして舞い上がる。
テエンシャンのはるか上、最も天に近いところ、ライチョウのいるそこを目指して、スズメたちはひたすらに飛んだ。

雲をすり抜け、本当に天に到達するんじゃなかろうかと思えたほどだ。どれだけ時間がかかったろうか、何度か小休憩を取りながら飛んだが、早く会いたいと願う二人は無理をしてでも翼を動かした。ライチョウに会いたい、その一心が体をこんなにも動かしている。

「見えてきたぞ、スズメ。あの洞窟だ」
ハヤブサが指差す先に、ひとつの洞窟が見えた。あそこだ、ライチョウはあそこにいるに違いないと。
「テエンシャンの最も天に近いところ」
確かめるようにハヤブサがつぶやく。
聖人ライチョウのいるところ、もうすぐ第一の目的が果たせる。
高鳴る胸を押さえながら、スズメたちはその洞窟へと向う。


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