意識を失う直前、ハヤブサはライチョウの名を心の中で叫んだ。
『私は、まだライチョウ様に会ってない。……それに、あの子を、あの子を守ると誓ったのに……』
まだ見ぬライチョウと、ライチョウの孫カナリアを思い浮かべながら。



タカたちは無事ケツァールの城へ帰ってきていた。ケツァールへの報告をすませ、ハヤブサを倒したことの悦びにタカは浸っていた。
通路を歩くタカの前に、大きな影が現れ、進路を遮った。
「ずいぶんと嬉しそうじゃないか、タカ」
そうタカに話しかけるのは、タカよりも大柄の少年ダチョウ。自分を見下ろすダチョウを不敵に睨みつけながら、タカが答える。
「ふん、当然だ。オレはハヤブサを殺してきたんだ」
にやり、と邪悪な笑みをたたえながら自慢げにタカは語る。ダチョウはそれにまったく動じることなく「ふふん」と鼻で笑う。
「本当に殺したのか? お前がハヤブサに、ほんとうに勝ったのか信じられないな」
「なんだと?! オレはこの手でハヤブサを殺した! あいつは消えたんだ」
ギンと今にも掴みかかってきそうな顔になり、タカが反論する。がダチョウは動じず、まるでタカを見下しているような顔をしている。タカはそれが気に入らない。
「お前のことだ。勝った気でいるだけじゃないのか。それで強くなった気でいるのか? 相変わらず哀れな奴だぜ」
「うるせぇ! ダチョウ、翼のないお前のほうがよっぽど哀れに思うぜ」
それはダチョウにとっては禁句だった。がタカはそれを知っている。わざとダチョウのコンプレックスを刺激してしまうのだ。
それによってダチョウは沸点に達する。怒りを全開にして、自分よりも小柄なタカに掴みかかる。
ギンと負けじとタカもダチョウを睨みつける。タカとダチョウは顔を見合わせるたびにぶつかり合っていた。
力を高めることを優先し、他人とまともに関わることをせず、協調性の無さはここケツァール軍勢の中ではぶっちぎり一位を争うタカとダチョウ。元々人付き合いが苦手なこともあるが、ハヤブサへのコンプレックスが余計にタカを閉鎖的にしていた。またダチョウも、生まれつき体格に恵まれながらも、周囲の期待に反して、いまだに翼を持ってなかった。彼は幹部のオオハシの甥でもあることから、周囲の者の遠慮も強かった。まるで腫れ物のような扱いを受けていると思い込み、ダチョウは誰とも打ち解けることはなかった。気に入らないことは乱暴で通す。その行動がまた周囲を遠ざけた。タカとダチョウはどこか似たところがあった似た者同士だ。だからこそお互いの存在が気に入らない。お互いを強く意識しあう。お互い暴力でぶつかり合うことしか知らない。そんな関係だった。
「気にいらねぇ、タカッ!」
拳を振り上げるダチョウ。不敵に睨み続けるタカ。その空気をぶち壊す別の声。
「なにをしている?」
すぐに声の主に気づいたダチョウは、拳を振り下ろし、ふんと鼻息を残してタカの前から去る。声の主はタカの兄ワシだった。ワシは通り過ぎるダチョウを横目で睨みつけ、弟に視線を向ける。
「タカ」
「なんでもない」
兄から目をそむけ、ダチョウとは逆方向に歩いていく。ワシの口からハヤブサのことを聞きたくない。弱い心がその人から遠ざけよと命じる。



「おい、見たかヤケイ」
「ああ、あれって翼の者だよな。落下したように見えたけど」
「どうかしたの?」
外で何かもにもに話しているヤケイとレグホンのそばに、スズメが駆け寄る。
「ああ、実はね。この近くに翼の者が落ちていくのが見えたんだよ」
「ええっ、翼の者がってまさか、ここが見つかったとか?」
「ううん、どうやらその心配はないみたいだよ。というか、翼の者事故か何かで墜落したみたいだった。まったく羽ばたいてなかったし」
「翼の者が現れたって?」
カラスたちも声が聞こえてなにかあったのかと側へやってきて会話に加わる。
「今どうしようかって話していたところなんだ。…なんか様子おかしかったし、生きていないかもしれないけど」
「なぁ、やっぱり怖いもんな」
「翼か、…森の中に落ちたんだよね。あたし行ってみる」
「えっスズメちゃん、大丈夫?」
「だってこのまま悩んでいても翼の手の入れ方見つからないし、翼の者に会えばいいヒントが見つかるかもしれないし、とにかく行ってみる」
心配そうな顔を浮かべるが、ヤケイたちはスズメを止めはしない。身を案じる言葉をかける。
「気をつけていってきなよ。それから森の中で迷わないようにね」
「うん、ありがとう。じゃいってくる」
走り出したスズメのあとをカラスとフクロウも追った。
「待てよ、スズメ」
「うわーーい、たんけんだーー」
森の中を歩くスズメたち。深い森の中は木々が茂り、草たちが生えていた。よく見ればいろんな形の草がある。好奇心旺盛なフクロウが気になる形の草を見つけては摘み取っていた。
「フクロウちゃん、いくよ」
目を離せば迷子になりそうなフクロウの手をカラスが引く。
「みてみてー」
「はいはい。と、スズメのやつまた一人で進んで、迷子になるなよ」
スズメの背中を見失わないようにと追いかけるカラス。
「あっ!」
村を出て、数分歩くこと、スズメは森の中で倒れている者を発見した。その背には翼がある。先端が尖った独特の形。恐ろしいと思っていた翼だが、その者の翼は美しい。意識を失っているのか、ぐったりとしたまま動く気配はなかった。
「本当に落ちていたんだ。…あ、怪我してる」
近寄って、確かめる。触れても呼びかけても目覚める様子がない。かなり重症のようだ。うしろからやってきたカラスに声をかける。
「スズメ、あっ翼の者」
「カラス、この人村まで運ぼう、手伝ってよ」
「え、ええっ。大丈夫なのか」
相手は負傷しているとはいえ翼の者なのに。マガモやフラミンゴ、ペリカンのような悪人ばかりのイメージがある翼の者。もし意識が回復すれば、なにをされるかわからない。戸惑うのは当然の感覚だ。
「このしとー、けがしてうー」
ぱたぱたと走って、翼の者の側で座り込んでフクロウが心配そうにのぞきこんだ。
「うん、だから、助けてあげようよ」
もう少し警戒心を持つべきだと注意したかったが、怪我人を目の前にして放置など出来ないカラスも相当お人よしなのかもしれない。
「わかった。よっ。フクロウちゃん、ちゃんとついてくるんだよ」
翼の者を抱き起こして、右肩に抱えるカラス、反対の方向にスズメが左肩で抱えて運ぶ。
「わっせわっせ、フクロウはおーえん。あとみちあんなーい」
両手の草を振りながら、フクロウは先導役をする。
「フクロウちゃんちゃんと道覚えているのかー、すごーい」
とスズメが感心し
「じゃあなんで迷子なんだよ」
とカラスが疑問をはく。
村の入り口近くでヤケイたちが向かえてくれた。スズメたちに気づくと慌てて走ってきた。スズメたちの背中にいる翼の者にすぐ気づく。
「この人助けてあげたいの。ヤケイさん」
スズメに哀願されて、しばらく考え込んでいたが、お人よしな彼らは結局承諾してくれた。
「うん、わかった。じゃあ俺の家へ運ぼう」
元々広くない全二部屋のヤケイの家に翼の者を寝かせる。改めて確認すると、翼の者は翼にも傷を負っていた。意識はまったく戻りそうもなかった。
「先に傷の手当てをしないとね」
スズメはフクロウの手の中の物に気がついた。
「あ、それは」
スズメはフクロウの手をとり、それを確認する。きょとーんとするフクロウ。カラスもあっと気がついた。
「ああそれはたしか」
とレグホンたちも気がついた。
「昔ヒバリ先生が教えてくれたんだ。これどんな傷にもよくきく薬草だよ」
「ほんとだ。日鳥国にも昔はあったのに、今はもう絶滅したって思っていたけど」
ぱぁぁとスズメたちの顔が明るく輝く。今はもうなくなったと思っていた草が、ここには生きていた。
「そうなんだ。ここでも昔と比べたら、ずいぶんと数が減ってきたんだけどね」
「フクロウちゃんお手柄だよ」
「えへへ、フクロウのおかげー」
にこにこ褒められてさらに笑顔になるフクロウ。
さてと。と早速フクロウが持ってきた薬草をすりつぶして、翼の者の手当てを行った。
塗り薬にしたものを直接患部に塗って、その上を覆うように葉を乗せる。
「効果がでるのは数日かかるからね。それまで動かさないようにして」
ヤケイたちの手伝いもあって、無事手当てを終えた。終えたと思うとどっと疲れを感じてしまう。スズメもカラスもぺたりと床に座り込んだ。
「皆お疲れ様。もうすぐスープができるよ」
「ありがとうヤケイさん。ほんとにいろいろお世話になってごめんなさい」
ヤケイたちの優しさにすっかり甘えていたことに今さらながら気づかされた。だがヤケイたちは「いやいや」と笑顔で手を振った。
「気にしないで、迷惑なんて思ってないよ。むしろ、スズメちゃんたちが来てくれて嬉しいんだよ。この村もすっかり賑やかになって、ね、レグホン」
相棒のレグホンも「うん」と笑顔で頷いてた。チャボ族の特性なのかもしれない。旅人をもてなし歓迎してくれるのは。閉鎖的な環境にありながらも、心は広い。
スープができるのを待ちながら、カラスは目の前で目を閉じたままの翼の者を見ていた。
「スズメ、ほんとうに大丈夫なのか? もし目を覚ましたらどうするんだ?」
「うん、この人は他の翼とは違う。なんていうか直感だけど」
「直感でかよ、…はぁ、まあスズメらしいけどさ」
「なんかね、そう思うんだ。この人は悪い人じゃないって。クジャク様やライチョウ様だってそうでしょ。翼の者がみんな悪い人じゃない。あたしはこの人がいい人だって信じたいな。だって…」
じーっと翼の者を見つめながらスズメの言ったことにカラスは驚かされる。
「だってこの人、かっこいいんだもんv」
「ずこーー」
カラス、腰が抜けそうなほど脱力した。そんな理由だったとは。というか理由はそこかーと。
「ずこーー、きゃっきゃっ」
カラスをマネてはしゃぐフクロウ。さらにカラスは力が抜ける。
「こんなかっこいい人、今まであたしの周りにいなかったもんねー」
ハート散らしながら、翼の者を見つめるスズメ。はー、とカラスはさらに溜息を吐く。
まあたしかに、よく見れば、今は目を閉じている顔とはいえ、カラスの目から見てもこの翼の者は美少年の部類だった。マガモはいかにも悪人という面構えだった。フラミンゴも性悪そうな女だった。クジャクは国民が誇る美貌の持ち主だ。ライチョウに関しては会ったことが無いから容姿のことは計りかねるが。見た目で悪人か否かは判断できないとは思うが……。
「年の近い男の子って、カラスとメジロ君だけだったし。その二択だけってなんのバツゲームってかんじだったし」
「スズメ、そういうことは心の声ですませるもんだろ。…俺ちょっと傷つくんだけど」
「はーー、かっこいいーー」
カラスの声などまったく聞こえてないのか、スズメは翼の美少年にうっとりと見惚れまくっていた。
「カラスかっくいーー」
ぱてぱてと手を振りながら自分の前に座るフクロウにカラスは盛大な溜息をついた。
「フクロウちゃんに慰められている俺って……」
「ああ、早く目を覚まさないかな。そして聞くんだから、翼どうやって手に入れられるのか。絶対そのヒント得るんだ」
スズメは翼の者の目覚めを強く望んだ。テエンシャンにいるライチョウへと早くたどり着きたくて。

『兄さーん。ねぇ兄さん、またあの話を聞かせてよ。ライチョウ様の教えの、光の翼の話』
『あの話はウソだ。光の翼なんて存在しない。だから忘れるんだ、ハヤブサ』
『ううん、ある、あるよ。ライチョウ様なら知ってるよ。私はライチョウ様に会いに行くんだ。そして証明してみせる、この世界を救うのは……』
光の翼。夢の世界の中で、ハヤブサは昔兄が話してくれたことを思い出していた。ライチョウのことを教えてくれたのはワシだった。ワシが教えてくれたから、ハヤブサはライチョウを信じるようになった。ライチョウへの信仰が強くなり、サイチョウが間違っていると気づかされた。同じようにライチョウを信じるワシ、だがサイチョウについていくという。どうしてとそれがハヤブサには理解できなかったが、もしかすると、ワシはケツァールにでもなにか弱みを握られているのかもしれない、そんな考えも浮かんだ。もしそうなら、動けぬ兄に代わって自分が動くほかないだろう。使命に燃える。
ライチョウに会って、光の翼と共にこの世界を救う為に戦う。その道を阻むサイチョウ軍勢と戦う。無謀かもしれないその道を、恐れなく突き進む。強く燃え滾る正義の心のままに。
意識を失う瞬間、ハヤブサは強くライチョウに祈った。そしてカナリアを……。
しばらく真っ暗闇の中に一人身動きできずに横たわっていた。消えてしまいそうな自身をなんとか保ちたいともがいていた。近づく柔らかい光。それは少女の姿で、ハヤブサが守ると誓ったあの少女カナリアだった。
目の前にまで近寄ってきたカナリア、手を伸ばしたい、声をかけたい。何も言わず優しく微笑んでいる彼女を、安心させてあげたくて、いいや、自分は早く目覚めたくて、光の世界へと戻りたかった。

「あっ…」
ハヤブサの目に飛び込んできたのは、久しぶりの光、眩さに瞼が落ちそうになる。そして目の前に映るのは、夢の中でなく現実の世界。自分を見下ろすカナリアの姿。
「カナリア」
ハヤブサは思わず彼女へと手を伸ばした。がすぐに、幻だと気づく。そこにいるのはカナリアではない、茶色い髪に茶色い瞳、ぱっと見は身の丈やら顔立ちも少し似ているが、よく見れば全然別の少女だった。
「あっ、気がついた!」
ハヤブサの目覚めに、看病していたスズメは歓喜の声を上げた。側にいたカラスも気がつく。
意識をとり戻したハヤブサは翼を収める。ずっと寝ていたせいかもしれないが、体の節々が痛んだが、思いのほか傷の痛みがなかった。たしか、タカに敗れ、意識を失って落ちたはずだが。
ぱちぱちと瞬きをしてあたりを確認する。見知らぬ家屋の中に寝ていた。
「ここは、…そして君は?」
ハヤブサはスズメへと訊ねる。一瞬カナリアだと感じたが、よく見れば雰囲気からして別人だ。カナリアは大人しそうでどこか儚さを感じた娘だが、目の前の少女は元気そうで、カナリアとは逆のタイプに見える娘だ。
「あたしはスズメ、よかった気がついて。あなた森の中で倒れていたんだよ。フクロウちゃんが見つけてきた薬草のおかげで傷もよくなったみたいだし。三日間眠っていたけど、回復したみたいだね」
「三日も…、そうか。私は死なずにすんだんだな。君が助けてくれたんだね?」
ハヤブサはスズメを見て訊ねる。わてわてとスズメは手を振りながら答える。
「あたしだけじゃないよ。そこにいるカラスと、ここにいるフクロウちゃんと、それからこの家のヤケイさんとレグホンさんの協力のおかげだよ」
スズメの紹介で、ハヤブサはカラスとフクロウをそれぞれ確認した。それから隣の部屋からやってきた家の主ヤケイとレグホンも紹介を受ける。
「傷のほうはもう平気かい?」
ヤケイの言葉にハヤブサはこくりと頷く。
「ああ、不思議だ。ほとんど塞がっているみたいだ。一体どんな力を使って」
「力も何も薬草のおかげだよね」
「ありがとう、あなたたちは私の命の恩人だ。心から感謝する」
ハヤブサは深々と頭を下げた。見ず知らずの自分にここまで親切にしてくれた人々がいた。一人で進むと決意した矢先、孤独が平気なわけではなかった。自分へ向けてくれた優しさはほんとうに嬉しかった。
「感謝ならスズメちゃんだね。君を真っ先に助けに向ったのはスズメちゃんなんだ。俺たちは翼の者だからと躊躇していたんだけど」
ヤケイの言葉に「そんなー」と照れくさそうにスズメが笑った。翼の者、自分が翼の者だとこの者たちに見られてしまったのだ、それでも彼らは自分を助けてくれた。翼の者の悪行に苦しめられているはずの彼らが。
「私が翼の者とわかってて助けてくれたのか」
「サイチョウの連中の翼は悪い奴ばかりだけど、あたしはすべての翼が悪だとは思ってない。あなたは悪い翼じゃないって思ったんだ」
スズメの言葉にカナリアが思い浮かぶ。自分を信じてくれたあの子を。そして彼女も、身も知らないのに信じてくれている。
「まあそれ以前に、怪我人をほおっておけなかったのもあるしな」
カラスの言葉にうん。とスズメが頷く。
「そうか、ありがとう。私は翼の者だ。だけどサイチョウとは違う。私はライチョウ様を信じる者だ。名はハヤブサという」
「ハヤブサさん…」
スズメが確かめるように反復する。
「君はスズメと言ったね。君は私の恩人だ。恩を返さねばと思うが、…私は急がねばならない用事があるんだ。すまないが、恩返しは先延ばしになるかもしれないが」
カナリアのことを思えば、ここにいるわけにはいかないハヤブサ。三日も眠っていたと言うのならなおさら急がねばならない。命を救ってもらって、ここまで親切にしてくれたこの者達になにも返せず出て行くのは心が痛むが、なにより己の使命を優先せねばと正義が叫ぶ。
「恩返しなんていいよ。あたしはあなたを助けたかっただけだし、それから翼のこと聞きたかっただけだもの」
立ち上がったハヤブサの前に立ち、スズメが気持ちを語る。
「翼のこと?」
「うん、あたしどうしても翼を手に入れなきゃいけないの。でもどうしたら手に入るかわからなくて、あたしライチョウ様に会いに行かなきゃいけないから」
「君も、ライチョウ様のもとに?」
「てことは、ハヤブサさんも?」
時が止まったかのように立ちすくんで見つめ合うスズメとハヤブサ。お互い目指すところは同じだった。なにか運命めいたものを感じる。ハヤブサにしてもスズメにしてもそうだった。
「すごい偶然もあるもんだね」
ヤケイの言葉に「いいや」とハヤブサ。
「私とスズメが出会ったのはきっと偶然なんかじゃない気がする。もしかしたらライチョウ様のお導きなのかもしれないな」
「うん、あたしも。ハヤブサさんに出会ったのはすごく意味のあることな気がするよ。ねぇ、ハヤブサさん、あたしたちも一緒に行ってもいい? ね、カラス」
盛り上がっている二人にすっかり取り残されそうだったカラスだが、スズメと同じ気持ちだったから同意する。
「そうだな。このまま留まっているわけにもいかないし、翼の者のハヤブサが一緒なら心強いよ」
「私に断る理由はない。ライチョウ様を信じるもの同士、力になれるなら」
快くハヤブサも頷いた。
「よかったね、スズメちゃん」
自分の事のように嬉しそうな顔をしてヤケイがスズメへと微笑む。
「はい、ヤケイさん、レグホンさん。ほんとうに二人ともありがとう。また会いに来るから」
「スープほんとにおいしかったです。ありがとうございました」
「フクロウもーー」
ヤケイたちに感謝を告げるスズメたち、同時に別れの挨拶でもあった。
「うん、また遊びに来てよ。スープたくさん作って待っているからね」
「私も、使命を果たした後、必ずご恩を返しに来る」
ハヤブサも、感謝を告げて、ここを去る。
ヤケイとレグホンに暖かく見送られて、スズメとカラスとフクロウはハヤブサとともにライチョウを目指し旅立った。

「すまないが、ライチョウ様の元に向う前に用事があるんだ。そこに寄り道してもかまわないか」
先頭を行くハヤブサが振り返りながら、スズメたちに訊ねる。
「うん、もちろんかまわないけど、それよりも先にあたしは翼を手に入れないことには、ライチョウ様に会いに行けないんだ」
「そうか。君たちは翼がないんだったな」
歩きながら、話を続ける。気を抜けば迷子になりそうなフクロウから目を離せないカラスはしっかりとフクロウの手を握っている。
「ハヤブサさん、どうやったら翼を手に入れられるの? ハヤブサさんはどうやって手に入れたの?」
スズメの問いにハヤブサはうーんと唸って、難しそうな顔を浮かべた。どういうことだろうか。
「どうやって手に入れたか、…実は私も具体的なことは覚えていないんだ。なにをしたとか、そういうことではないような気もするんだ。翼の手の入れ方は人によって違うみたいだからな」
「ええっ、それじゃあ、わからないってこと?」
せっかく翼のヒントが得られると期待していたのに、ハヤブサの答えはスズメをがっかりさせた。
「すまない、たしかなことは言えないが。もしかたしら精神的なことが影響しているんじゃないかと思うんだ。私の場合は、ライチョウ様に会いたいという一心で修行していたから、その想いが力になったんじゃないかと思っているんだ」
「気持ちの強さか…。じゃあもっとライチョウ様に会いたいって願えば翼は手に入るのかな?」
よおーし、と気合を入れてスズメが唸りだす。
「ライチョウ様に会いたいライチョウ様に会いたいライチョウ様に会いたいーーーーうおおおおおーーー」
「スズメ、なにも血管浮かす顔すればいいってわけじゃないと思うけど」
顔面真っ赤にして呪文のように繰り返すスズメを呆れた顔でカラスがつっこむ。
スズメたちに合わせて歩いていたハヤブサだったが、三日も遅れたこともありカナリアのことが心配だった。少しでも急がねばと。
「みんなすまないが、少し急ぎたいんだ。どうしても気がかりがあって」
「あっ、うん、もちろん、大事な用なんでしょ」
スズメたちの同意を得て、駆け足になるハヤブサのあとをスズメたちが追う。フクロウはカラスがおぶっていく。

ハヤブサはカナリアと出会った林へとたどり着いた。そこにカナリアもヨウムもいなかった。この周辺に二人はいるのではないかと思い、捜索する。林を少し歩いた先に、ぽつりと一軒の民家が見えた。その家の前に立つ人影に、ハヤブサは気がついた。その人影もこちらへと気づく。
ハヤブサはその者のほうへと走り寄った。
「ヨウム」
それはカナリアの守役の老女ヨウムだった。ヨウムは落ち着いた様子でハヤブサを迎えた。
「ハヤブサかい」
「すまない、トラブルがあって遅くなってしまった」
謝るハヤブサに、ヨウムは責める様子はまったくなかった、むしろ……。
ハヤブサの後を追いかけてきたスズメたちが少し送れて到着した。ハヤブサの用事が何かは聞いてないままで。
走り終えたカラスは、やれやれとフクロウをおろした。
「うわーい、たのしかったー」
陽気なフクロウに、カラスはどっと疲れる。
「いいや、ちょうどいいよ。こうして連れてきてくれたんだからね」
にっこりと微笑むヨウム。ハヤブサは彼女の言うことを理解できなかった。ハッとしたように、目的のことを訊ねる。
「カナリアは?」
「あの子なら家の中で待っているよ。あの子が会いたがっていた者をお前が連れてきてくれるのをね」
「え?」
「あのどういうこと?」
事情を知らないスズメが二人の間に入ってくる。
「お前がスズメだね。待っていたよ」
ヨウムはそう言ってスズメを出迎えた。「ええ」と驚くのはスズメもハヤブサも同じだった。
「あのどうしてあたしのことを」
「私はライチョウ様の使いの者ヨウム。お前さんのことはクジャクからちゃんと聞いているよ、スズメ。そして供のカラスだね」
クジャクの知り合い? だから自分たちのことを知っていたのか。それでもまだ不思議そうな顔を浮かべるスズメとカラス。
「じゃあ、カナリアが会いたがっていたというのは…」
ハヤブサが振り返りスズメたちを見る。カナリアが会いたがっていたのはスズメたちのことか。もしそうなら、ますますスズメたちとの出会いが偶然ではないように強く感じてしまう。
「そうだよ。さぁ、とにかく中に入ったらどうだい。ずいぶん疲れているみたいだからね。ゆっくりしていくといい」
ヨウムに招かれて、屋内に入るスズメたち。特にフクロウをせおって走ったカラスはかなり疲労していたので、ゆっくり休めるのはありがたかった。
中は質素な作りの部屋だった。木製のテーブルに、木製のイスが四つ置かれていた。そのひとつに座っていたのが、金色の髪の赤い着物の少女カナリアだった。入ってきたスズメたちをじっと見つめていた。
「カナリア」
「あの子は…?」
カナリアと初対面のスズメたちにハヤブサが紹介する。
「この子はカナリア、ライチョウ様のお孫なんだ」
「ええっ、ライチョウ様のお孫さん?!」
スズメたちを前にカナリアはなにも発せず、俯きながら座っていた。
「あ、こんにちは、はじめまして、あたし日鳥国からきたスズメ」
カナリアに近づいて、挨拶をするスズメ。そのスズメに続いてカラスも彼女に近づく。
「俺も日鳥国から来たんだ、カラス、よろしく」
俯いていたカナリアは、カラスに気づくと顔を上げ、カラスの顔をじっと見た。ただ返事はしなかった。二人の間ににゅっと割り込んできたのは、元気なフクロウ。
「こんちわー、あたしはー、フクロウだよーー」
くりくりと目を輝かせてなつっこく挨拶するフクロウ。でもカナリアはとまどったように顔を背けた。
「えっとー、緊張しているみたいだね」
とまどっているスズメたちに、部屋へと入ってきたヨウムが答える。
「気にしないでくれよ。人見知りするこなんだ。けして嫌っているわけじゃないんだよ」
こくり、と小さく頷いたカナリアに、スズメたちもほっとする。
「うーん、やっぱりそんなに似てないな」
改めて、スズメとカナリアを並んで見比べるとそんなに似てない気がする。ハヤブサのつぶやきに「え、なにが?」と訊ねるスズメだが、「や、なんでもないよ」とハヤブサは誤魔化した。
「とりあえず、席に座ってな。今からお茶でもいれてくるよ」
ヨウムは台所へと移動した。スズメたちは席に座ろうとしたが、空いているのは三席のみで、一つ足らない。ハヤブサが遠慮しようとしたが、フクロウがカラスの上に座ったので、無事全員座れた。一番疲れていたのに、またフクロウの体重につぶされるカラスはあまりくつろげなかった。
「うわーーい」
膝の上で軽く跳ねだすフクロウ、その振動にカラスはさらに疲れた。
「フクロウちゃん、頼むから少し大人しくしてくれよー」
げんなりとするカラスに、ハヤブサやスズメの笑い声が飛ぶ。
「カラス、フクロウちゃんにすっかり気に入られたね」
楽しそうにそういうスズメ。カラスの苦労なんて知らないようだ。
スズメはカラスの向かいの席に座るカナリアの視線が気になった。大人しくなにも話さなかったが、カナリアはカラスのほうをずーっと見ていた。
「そういえばカナリアちゃん、カラスのことじーっと見てるね」
隣のスズメに指摘されて、「えっ」とカラスが焦る。
「俺の顔、なんかついてるかな?」
「そうじゃなくて、カナリアちゃん、きっとカラスのこと気になってるんじゃないの?」
「ええっっ」
「うわーーい」
向かいの席のカナリアの視線に、膝上ではしゃぐフクロウ、カラスも困惑しまくりだ。
突然席を立つカナリア。みなその動向に注目する。すたすたとカラスの横まで歩いてきたカナリアは、なにか言いたげに、カラスの服のすそをくいくいとひっぱった。
「えと、なに?」
困惑しながらも、優しく訊ねるカラスに、カナリアが口を開く。
「ついてきて」
「え、うん?」
ひっぱるカナリアに困惑しつつも、断れないカラスは席を立ちカナリアについていく。そのカラスの手を掴んでフクロウもついていく。
「フクロウもーー」
「あ、ちょっといってくるよ」
戸惑いながらも、カナリアについていくカラスはスズメたちにそう告げて、外に出て行った。
「すごーい、カナリアちゃん会ったばかりなのにカラスになついたみたいだね」
「私は最初警戒されまくったのにな。…才能なのかもしれないな」
「フクロウちゃんといい、たしかにそうかも。子供に好かれる才能かー」
などとスズメたちが納得していると、ヨウムが茶を持ってやってきた。「おや」とすぐにカナリアたちがいないことに気づく。
「カナリアちゃんカラスと一緒にお散歩したかったみたい」
「そうか、不思議だね、あのこが他人になつくなんて。それもあんたにじゃなく」
とスズメのほうをチラ見して、不思議がるヨウム。その言葉にスズメは首を傾げた。

カラスはカナリアに手を引かれながら、林の中を歩いていた。もう片方の手はフクロウで、完全に両の手を支配されていた。うーん、と戸惑いながらも、カナリアの意思のままに歩みを続けていた。
しばらく歩いて、ぴたりとカナリアの歩みはとまった。そしてくるりとカラスへと振り返る。
「えーっと、カナリアちゃん?」
「私、やっぱり怖いの」
「え?」
不安げな顔でカラスを見上げ、カナリアはそう言った。なにが言いたいのかわからないが、不安なカナリアを慰めねばと、カラスが優しく答える。
「なにが怖いのかわからないけど、カナリアちゃんは一人じゃないよ」
「私は、私は悲しい存在なの。あの人の悲しみをいっぱい知ってるの」
「あの人って?」
カナリアはその問いには答えてくれないが。
「ライチョウ様の悲しみも。……私の中に全部閉じ込めたの。だから、今は何も知らない。だけど、私が戻ったら、きっと知ってしまう。私、怖いの、知られてしまうことが」
やっぱりカナリアの言うことが理解できないが、ただならぬ不安を抱えているのはわかる。
「スズメは、私の事やっぱり会わなきゃよかったって思うかもしれない。もしそうなったらって怖いの」
しゃがみこんで、ぽんとカナリアの肩を優しく叩いてカラスが話す。カナリアの不安は具体的にはわからないけど、少しでも和らげてあげたい。
「大丈夫だよ、スズメはカナリアちゃんのこと絶対に嫌ったりとかしないよ」
「ほんとう…?」
涙ぐんだ目でカラスを見上げるカナリアに、「ああ」と優しく頷く。
「だれよりもスズメのことよく知る俺がいうんだから間違いないよ。スズメはきっとカナリアちゃんのこと好きになるよ。カナリアちゃん素直でかわいいからね」
にっこりと微笑むカラス、少しは落ち着いたのかカナリアは涙をぬぐった。
「みてみてーへんがおーー」
いきなりにゅいっと現れたフクロウが、手で顔をおもいっきりひっぱって変な顔をつくっていた。それに思わずカラスは噴出す。
「ぶはっっ、ちょっフクロウちゃんその顔反則だよ」
「くすっ」
フクロウのすさまじい変顔に、涙目だったカナリアにも笑みがこぼれる。
「じゃあそろそろ戻ろうか。おばあさんがお茶いれてくれてるだろうし」
二人の手を引いて、カラスはヨウムの家へと歩き出した。
その姿を、後ろから怪しく見つめている者がいた。邪な心を抱いたそれが、背後から忍び寄っていた。



第三話  目次  第五話