城から飛び立つハヤブサの姿をタカは確認し、不気味に邪悪な笑みを浮かべていた。
こうなることを望んでいた。以前からサイチョウに批判的とも思われる態度や言動があったハヤブサ。
できることならとっとと裏切りでもしてくれと思っていた。
それならば、堂々と、あいつを始末できる理由ができると。
タカはハヤブサが嫌いだった。同じ血を分けた、性別は異なりながらも同じ日に生まれた双子のハヤブサが忌まわしくてしかたがなかった。
双子ということは、同じ殻の中から生まれてきたことになる。いつだったか、母が話していたことを思い出す。
「産まれてきたときにね、タカにはいくつか痣があったのよ。きっとヤンチャなハヤブサが卵の中でいっぱい暴れちゃったのね」
その時家族は皆笑っていた。たったひとりタカ以外は。遠い日の遠い記憶。だが、タカの中では憎しみで幸せな記憶も歪んでいく。
元気で人懐こくて賢くて勇敢で、みなハヤブサが好きだった。家族は皆ハヤブサ中心に回っていた。
気弱で引っ込み思案な自分は、いつも兄の後ろに隠れていた。そんな態度にいつも叱られていた記憶しかない。欲しい物はいつもハヤブサに奪われていた。おいしいお菓子も、大好きな母の抱擁も、いつだってハヤブサは横取りしてきた。
戦で家族を失って、サイチョウのもとにきてからもそれは変わらない。そこには自分たちと年の近い子供たちがたくさんいた。子供達はみな、サイチョウに認められたくて、必死で翼の力を得ようとしていた。タカもそうだった。だがどんなにどんなに体を鍛えようとしても、翼は手に入らなかった。がハヤブサは難なく翼を手に入れたのだ。たいした努力もなく、簡単に手に入れた。ハヤブサを褒め称えるワシの姿。ハヤブサを見つめるワシの眼差しにタカは気づいてしまった。ワシにとって大切なのは自分よりもハヤブサなのだと。ああそうだ、いつもみんなハヤブサなんだ。
俯くタカのもとに走りよるハヤブサ。「どうした、タカ兄。もしかして翼のことで悩んでいるの? なら私が教えてあげるよ。ほら、いうとおりにしてみて」

「ふざっっけるな!!!」
ガッッ。タカはめいっぱい壁を殴りつけた。バラバラとその破片が下に落ちる。
ハヤブサのことを考えるだけで、憎しみで心が破壊されそうなほど満たされる。いっそ消えてしまえと何度心の中で望んだかしれない。
そんな時、いつも決まってタカの中にある人物が浮かぶ。
最初は夢の中で。泣いてばかりの自分を優しく慰めてくれた、光の翼の少女。その話を聞いたのはだれからだったろうか。兄だったか、いや父が最初だった気がする。タカはその話を聞くのが好きだった。夢物語にあまり興味のなかったハヤブサはそんなに聞いてなかったろう。「ねぇパパ、どうやったらひかりのつばさはタカに会いに来てくれるの?」「ははは、そうだな。タカの泣き虫がなおったら来てくれるかもしれないぞ」「ええー。…じゃあがんばってなおす。もっとつよいこになる」
最初に強くなりたいと思ったのはそれだった。もうその記憶はタカの中では薄れているが、いつしかその気持ちはハヤブサへの敵意と変わっていった。
心の中が憎しみでいっぱいになりそうなとき、決まって心の中に光の翼の少女が現れ、タカの心を浄化してくれた。何度も何度も、そうして心の中の彼女に救われていたのだ。心のよりどころだった。
だが、今では、煩わしいだけだ。もう最近では彼女が現れることはなくなっていた。
タカはそれを己の成長と受け止めていた。そしてさらにハヤブサへの敵意を高め、それは殺意にまで上り詰めていた。
激しい殺意をこらえて今日まできた。そしてやっと、それを解放できる。裏切り者となったハヤブサ。堂々と殺せるいい理由だ。
「ははは、あっはっはっはーーハヤブサーー」
雄たけびに近い笑い声が発せられた。これ以上ない悦びにタカは震えていた。


早速タカはハヤブサの裏切りをケツァールに報告した。そしてぜひ自分がとハヤブサ追跡の任務を望んだ。
血走った目のタカを見て、ケツァールは嬉しそうに笑いその任を任せた。
「やはり裏切ったようね。以前から不審な行動が多かったけど。許可なくまた出て行ったということは、そういうことだわ。タカ、それからお前たち。ハヤブサをすぐに連れ戻しなさい。どうせライチョウにはたどり着けないでしょうけど、規則を破る者には厳罰を与えなくては」
ケツァールはタカと、二人の若い翼にハヤブサの連れ戻しを命じた。
「わかった。…が勢い余って殺すかもしれないが、かまわないか?」
にやりと笑みを浮かべたままタカが確認するように問う。
「できるなら生かして捕らえなさい。でも、事故なら仕方がないわ」
ふふふ、とケツァールはタカの殺意を知りながらそう答えた。ケツァールはタカのハヤブサへの感情を知っていた。知った上でその任をタカに命じたのだ。自分の大切な弟と妹が殺しあう様を見れば、ワシはどう思うだろうか。それを楽しみたいと思うケツァールがいた。
「いくぞ」
嬉々として空へと飛び立つタカのあとを二人の翼の者が追いかける。その姿を眺めながら、怪しく笑うケツァール。
「ふふふ、楽しい展開になってきたじゃない。ワシィ」



ケツァール城から飛び立ち、テエンシャンを目指していたハヤブサ。テエンシャンはもっとも天に近い山だ。この世界で一番高い山。その姿はケツァールの城からも確認できるほどだ。いつもその山を眺めていた。いつか、あそこへ、ライチョウ様の元へ。ライチョウへの想いが力の源となっている。
「ライチョウ様…」
もう戻る気はない。このまま自分の気持ちのままに進む、そう誓った。
少しずつ近づいてくるテエンシャン。だが、そのまま行くわけにはいかない。テエンシャン周辺にはサイチョウの配下が監視の目を光らせている。翼で飛んでいけばすぐに見つかってしまうだろう。ライチョウに会う前に連中に捕まっては意味がない。それに、ライチョウが会ってくれる保証もないのだ。どうすればライチョウに会える資格が持てるのか。
それは光の翼しかない。ライチョウが信じ待ち続ける光の翼の救世主。話では救世主は少女の姿をしているらしい。一番の特徴は光り輝く翼であることだが。そんな翼があれば目立つしすぐにばれてしまうだろう。普段はその翼を隠している可能性が高い。
情報はそれだけだが、ハヤブサはたしかなビジョンを持っていた。夢の中で見た光の翼の少女。何度か夢の中に現れたことがあるその少女の姿を思い出し、それを頼りに見つけ出そうとした。
「私は、私を信じる」
自分にそう言い聞かせて、テエンシャンのふもと近くの森へと降り立った。森の中ならば身を潜めるのにも都合がいい。それになぜか光の翼にはテエンシャンの近くで出会える気がしたのだ。ライチョウはテエンシャンを離れることがないという。ということはもしかしたら光の翼はすでにライチョウの近くにいるのかもしれない。今はまだその力が目覚めてなく、その時をライチョウの膝元で待っているのかもしれない。
世界中を飛び回るよりも、ずっと確率が高い気がして、いや実はただの勘でからかもしれないが、ハヤブサはまずこのあたりで探そうと思った。



山を越えた場所の村を出て、西へと旅を続けていたスズメ、カラス、フクロウはテエンシャンを目指していた。
あれからフクロウの家族に会うこともなく、フクロウのほうも大切なことを思い出す素振りもなく、陽気な態度でスズメたちとの旅を楽しんでいた。
「そういえばフクロウちゃんって不思議な感じー」
スズメの言葉にカラスも同意する。
「うん。どこか不思議なものを感じるんだよな」
「うんうん。それがなにかと聞かれたらわかんないんだけど」
並んで歩くスズメの手とカラスの手を握りながら、にこにこ顔でフクロウが答える。
「だってフクロウとスズメちゃんとカラスはおんなじーなんだよーー」
ブンブンと手を振るフクロウ、顔を見合わせるカラスとスズメ。やっぱりフクロウって不思議な子だ。
「どういう意味だろうね」
「うーん、みんな仲良しってことじゃないかな」
まあ子供の考えることだし、とカラスはそう結論付けた。
「なっかよしーー」
「ほらね」
はは、と軽く苦笑いながら仲良く三人で並んで歩いていた。
そうやって仲良く旅すること、次にスズメたちがたどり着いたのは、深い森の中で遭難しかけたときにオアシスのように現れた不思議な村だった。
そこはチャボ族の隠れ里。深く茂る森の中うまく作られたそこは上空からもまったく見えないらしく、翼の者に見つかることなくそこにあった。規模も小さく住民も二十人ほどしかいないらしい。
ただそれ以上にスズメたちが驚いたのは、三人を出迎えたチャボ族の青年二人のぶっとんだ衣装だった。真っ赤なアイマスクに、派手にでかすぎるイヤリング。キラピカのスーツにひらひらとなびくマント。なにかの祭りの最中かと一瞬疑ったほどだが、それがチャボ族の民族衣装とのことだ。
村について早速フクロウのことを訊ねたが、またなにも進展はなかった。わけありのスズメたちを察した村の青年ヤケイとレグホンは親切に家に招いてくれた。おいしいスープをご馳走になってスズメたちも喜び綻んだ。
格好は奇抜だが、中身は心優しい好青年だった。
「でも驚いた。こんなところに村があるなんて」
「でしょ。チャボ族の隠れ里は翼の者にもまだ知られていないんだ。だから翼の手はおよんでいない。周辺の村ではペリカンに支配されているって聞くけど。ここなら大丈夫だよ。まあたどり着くまでに森で迷う可能性も高いしね」
垂れ目型のアイマスクのヤケイがそう話す。真正面に座られて、スズメは思わず噴出しそうになる。
「(やっぱり変な格好)」
「もうそんなに見ないでよ。いくらカッコイイからって、照れちゃうだろ」
「いや、その…」
彼らはその格好を本気でカッコイイと思っているものだから、困ってしまう。フラミンゴのピンクの翼とか、ヤケイたちの衣装とか、スズメは美的感覚が麻痺しそうな気がしてぐらついた。
「やっぱりちょっと耐えられない…」
「おいスズメ」
「あらあら、俺たちのかっこよさにスズメちゃんがくらくらきちゃってるぞ」
「困ったなぁ。俺たちの魅力って罪だね。でも許してくれよ。これが民族衣装なんだから」
「ああもう、自分でカッコイイと思ってやってるから手に負えない…」
頭を押さえるスズメの気持ちにまったくもって気づかないヤケイたちは照れくさそうに笑っている。カラスはただ苦笑う。そんな中フクロウだけは違う反応で
「おにーちゃん、かっこいーーー」
大絶賛していた。それにますます機嫌をよくするレグホンたちだった。
「スープおいしかったです。ごちそうさま。ところでお聞きしたいんですけど」
うん、なんだい、とヤケイたちがスズメたちの声に耳を傾ける。
「テエンシャンの場所知ってますか? あたしたちそこを目指しているんです」
ん? と一瞬止まって、ヤケイとレグホンが目を合わせる。垂れ目のアイマスクとつり目のアイマスクが見つめ合い、またスズメが噴出しそうになる。
くるっと再びスズメたちへと向き直ってヤケイが答える。
「ここに来る前に見えなかったかな? すごく高い山があっただろう」
「あれがテエンシャンだよ」
「ええっ、あの山がそうだったんだ」
テエンシャンは見えていた。その事実に今さらながらスズメは驚いた。
「もっとも天に近いって聞いていたから…」
「天に…近いと思うけど」
「スズメ、どんだけ高いの想像してたんだか…」
いくらなんでも現実を見ようよとカラスはつぶやいてあきれた。
「テエンシャンってことはもしかして、ライチョウ様に会いにいくのかい」
こくりと頷くスズメに、ヤケイたちはやめたほうがいいと強く止めた。
「それはすごく危険だよ。テエンシャンの周辺には翼の者が見張っているって聞くからね。やめたほうがいいよ」
「そうだね。フクロウちゃんなんてこんなに小さいんだし。無茶だと思うよ。それに翼のない者があの山を越えるなんてそれこそムリだし」
「ううう、いったいどうすればいいんだろ。テエンシャンは見えているのに。どうすれば翼を」
はー、深いため息が吐かれる。そんなスズメたちをヤケイたちは優しく慰める。
「まあ今は焦らないで、よかったらここでゆっくりしていけばいい」
「うん、俺たちも一緒に考えてあげるよ。さ、スープのおかわりはいるかな?」
「はい、おかわりーー」
「フクロウもーー」
「おいおい二人とも現金だな。あ、俺も」



森の中を歩き続けて林へと出たハヤブサ。光の翼。やはり簡単に会えるわけはないが、そう思っていたのだが。ハヤブサは我が目を疑うその姿を捉えたのだ。
金色に輝く肩までの短い髪、金色の瞳に、あどけない少女の姿。赤色の着物を纏った十二三歳の少女が目の前にいた。
「見つ、けた」
瞬きさえ忘れて、ハヤブサはその少女を見ていた。その少女には翼などない。いたって普通の少女だ。だがハヤブサの目には特別に映っていた。なぜならその少女は、よく似ていたから。ハヤブサが夢で見た光の翼の少女に。いや、そのものと言っていいくらい似ていた。
ハヤブサは目を逸らすことなく、その少女へと近づく。少女は自分へと近づいてくるハヤブサに気づき、警戒の顔になった。
「だめ…来ないで」
か細い声で少女は鳴いた。脅えさせてしまったことにはっとなり、ハヤブサは歩みを止めた。
「すまない、驚かせて。私は怪しい者じゃないんだ。少し、話がしたい」
どきどきを押さえ、ゆっくりと冷静を努めて、ハヤブサは少女へと話しかけた。なんとか警戒を解こうと優しく微笑んでみせる。それでも少女の顔から警戒は解けない。
「どうしよう。だがムリに連れて行くわけにはいかないし」
が焦る気持ち。どうすればいいのか戸惑っていると、少女を呼びながら、少女の後ろから一人の老女が現れた。灰色の着物姿に、灰色の髪を上部でダンゴに纏めている。黒いめがねの老女は少女へと近づいた。どうやら二人はなじみの関係らしい。祖母と孫だろうか。
「どうしたんだい、カナリア」
老女にカナリアと呼ばれた少女は老女のほうへと身を寄せた。そうか、あのこの名はカナリアというのか。ぼーと眺めていたハヤブサに気づいた老女が声を上げた。
「何者だい? このこになにか用でもあるのかい?」
少女を大事そうに胸に抱き寄せながら、不審者を見る目でハヤブサを見る老女。ハヤブサは慌てて弁解した。
「私は怪しい者じゃない。危害を加えたりはしない。信じて欲しい。私は、ライチョウ様に会うためここに来たんだ」
「ライチョウ様に」
こくりとハヤブサは頷く。少女は老女に抱かれながら、こちらを見ているが、警戒の表情は消えないままだ。
「私は光の翼を捜している。ライチョウ様が待ち望む光の翼を。私は光の翼とともに戦いたいんだ」
「お前さん、翼の者だね」
ハヤブサを見すえながらそういう老女。今ハヤブサの背には翼はない。だが老女にはハヤブサが翼の者だとわかっているようだった。翼の者、翼を持たぬ者からすれば、暴力によって人々を支配する恐ろしい存在。サイチョウは悪そのものだ。それが一般的な考えだろう。サイチョウの名を挙げずとも、翼を持つだけで悪しき者と思い込む人も少なくない。
「そうだ。だが、私はサイチョウのやり方には反対だ。ライチョウ様こそ正しいと信じてここまで来たんだ」
「見たところ一人のようだね。仲間はいないのかい?」
ハヤブサはこくりと頷いた。愛しい兄の下を離れて、孤独でも己の信じる道を進むと固く誓った。
「バカだねぇ、たったひとりで。ライチョウ様の元へ向うにはたくさんの翼の者を相手にしないといけないよ。死ぬつもりで来たのかい」
「私は死ぬつもりはない。ライチョウ様に会ってもいないうちに私は死ねない」
頑ななハヤブサの目を見て、老女はふー、と息を吐いた。そうかい。と小さくつぶやいて。
「遠い昔、ライチョウ様が見た夢から思想が生まれて、あの子の嘆きが世界を動かして、お前さんのような若い者の心を強く動かして、また世界は変わってしまうんだろうね」
どこか思い出に浸るようなまなざしで老女は語る。
「光の翼を捜していると言ったが、光の翼は今どこにもいないはずだよ、この世界のどこを探しても会えやしない。ライチョウ様はわかっているんだよ。だから、待っているんだよ、光の翼となるもう一人を」
「え? あなたは…ライチョウ様の?」
老女の口ぶりはライチョウをよく知る者のよう。ライチョウの信者なのはたしかだろうが。しかし光の翼がもう一人とは、どういう意味なのか。ハヤブサには理解できない。
「あ…来てる」
老女の腕の中でカナリアが小さな声を上げる。
「どうしたいカナリア。そうか、あの子が近づいてきてるんだね。あの子に早く会いたいのかい?」
少女の顔を覗きこみながら、老女が訊ねる。
「…私、いいのかな? 受け入れて、くれるのかな?」
「当たり前だろ。きっとあの子もお前を待っているよ。お前はあの子そのものなんだからね」
「うん。でももしかしたら、あの人は。このままを望んでいるのかも。だって」
「いい、いいんだよ。あれを救うのはあの子だよ。そのためにもお前はあの子に会わなきゃならない。ライチョウ様も覚悟されたんだからね」
「…あの…」
二人の会話がハヤブサには理解できない。カナリアはハヤブサを見て、老女へと視線を戻す。
「あの人ウソついてない。信じて大丈夫」
「えっ」
少女から警戒の表情は消えていた。
「そうかい、お前が言うならそうだろうね」
「私を、信じてくれるのか?」
「この子が言うんだ、信じないわけにはいかないねぇ。お前さん名はなんというんだい?」
「私はハヤブサ。ライチョウ様を信じる翼だ」
「私はヨウム。ライチョウ様の命でこの子の守を任されていた者さ。この子はカナリア、ライチョウ様の孫だよ」
「えっ、ライチョウ様の?」
どこか特別ななにかを感じるとは思ったが、ライチョウの孫だったとは。ハヤブサの勘はあながち外れていたわけでもなかったのか。驚きながらも、ハヤブサは少女を強く見つめた。
「それで頼みがあるんだがいいかい? カナリアが会いたい者がいるんだ。その者のもとまで連れてってくれないかい」
「! ああもちろんかまわないが、その者とは?」
「この子に聞けばわかるだろうさ」
ハヤブサは快く承諾し、カナリアの手をとろうとした。その時こちらへと向ってくる翼の存在を察知した。
「しまった。翼の者が、こちらに来る。早く身を隠してくれ」
「なんてこった。翼の者にこの子の存在が知られるわけにはいかないんだ」
ヨウムは慌ててカナリアを胸に抱き寄せた。きゅっとヨウムの体を掴んでカナリアは身を縮めた。
「私だ。きっと私を追ってきた連中だ。…く、私が連中をまいて来る」
バサッ、翼を広げて、ハヤブサは舞い上がる。慌てて声をかけたのはカナリア。
「あ、あの、気をつけて」
「ああ、私には君を守る使命がある。必ず戻るよ」
ハヤブサは木々を抜け、上空へと出た。追跡者と思われる翼はハヤブサの動きに気づいた様子。ハヤブサもそれを確認すると、誘導するようにテエンシャンとは逆方向に飛んだ。
「あ、あれは」
「見つけたぞハヤブサーー」
ハヤブサを追跡していたタカたちがハヤブサに気づき、すぐに追いかける。
「すげーな、双子レーダー」
連れの一人がぽつりとタカのハヤブサ察知能力に感心した、あきれたというほうが正しいのか。
実際は双子の絆ではなく、タカのハヤブサへの殺意による執念だが。今にも暴走しそうな、いやすでに暴走気味だが、なタカを必死で二人は追いかけた。
「追ってきている。…!アレは、タカ兄さん」
逃げながら、追跡者の姿を確認するハヤブサ。先頭にたってこちらに向ってくるのは双子の兄タカだった。
「つかまるわけにはいかない」
ハヤブサは翼に集中し、移動速度を速める。加速するハヤブサにタカたちはドンドン距離を空けられる。
「やっぱり本気になったハヤブサには追いつけねぇよ。このまま追っかけたってムダだって」
連れの二人はすでにはぁはぁと息が上がっていた。タカもこれ以上のスピードで追いかけることは不可能だった。
翼の力はそれぞれにより、その特色は異なる。基本は空が飛べ、身体能力が著しく上昇するのだが、上昇具合も人によって違いがある。打たれづよくなるものもいれば、直感力が高まる者もいる。ハヤブサは敏捷性に特化していた。が弱点だってある。タカはハヤブサの弱点もよく知っていた。持久力の低さ、そして打たれ弱さ。あのスピードには到底敵わないが、肉体面ではタカのほうが勝る。つまりおいかけっこでは不利だが、相撲になれば勝てる自信があった。まあ幼い頃ではそれでも敵わなかったが、ハヤブサを打ち負かしたい一心で体を鍛え、翼を強化してきたのだ。
「焦る事ねぇ。捕まえれば、オレの勝ちだ」
興奮で荒がる息を、必死に整えつつ、タカは状態を整える。追跡をいったん止める。
「どうするんだ?」
「もう姿見えなくなったぞ」
「あれだけ力を出したんだ。今頃切れてどっかで休んでいるはずだ。身を隠せそうなところを探せ」
「と、言ってもなぁ。森の中は広いし。どこかの村に潜んでいるとか」
「でもこのあたりってペリカン様の管轄内だろ。村に入るのはさすがにばれるんじゃないか? ハヤブサだって今翼の者の側は近づかないだろうし」
空中で、うーんと唸りあっている連れの二人を放置して、タカは一人飛び立った。
「あ、おいタカ。て、たくあいつほんと協調性0だよな」



「…なんとかまいたみたいだ」
タカたちの追跡から逃れたハヤブサは、全力で逃げた為、翼の疲労が一気にきてその身を休めていた。
テエンシャン近くの石山には小さな横穴が点在していた。身を隠せる程度の場所だが。腰を着いて、早く回復しようと翼を休めていた。
「早く戻らねば」
カナリアのもとへ。そう強く急くが、まだ息が整わない。
「それにしてもケツァールめ」
追跡の任をタカに任せるなんて、とハヤブサはケツァールを憎んだ。兄との戦いは望んでいない。サイチョウを裏切る道を選んだが、兄達と戦うことを望んでいるわけではないのだ。できることなら、ともに来て欲しいと思う。だが、ワシは頑なにサイチョウについていくと言う。説得は出来ないとハヤブサも諦めた。ケツァールは自分を嫌っている。だからタカに命じたのだろう。
ハヤブサは知らなかった。タカが望んでその任を受けたことを。
「見つけたぞ、ハヤブサ」
「!」
日が遮られたことに気づいて顔を上げたハヤブサの前にいたのは、タカ。横穴の入り口に立ち、ハヤブサの前に影を作る。逃げ道を塞ぐようにたっている。まさかこんなに早く見つかるとは思ってなかったハヤブサは焦った。ハヤブサを見下ろすタカの顔には笑みが浮かんでいる。
「もう逃げ道なんてねーぞ。覚悟しろよ」
じり、と近づくタカ。後ろは行き止まりで、逃げ道はなかった。目の前のタカを倒す以外は。
兄と戦うことは望まない、だが、どうしても避けられぬのなら、ハヤブサも戦わざるを得ないと覚悟した。
「悪いが、私は捕まるわけにはいかない。もうサイチョウのとこには戻らないと決めたんだ」
ギッと強い決意の瞳でタカを見すえるハヤブサに、対してタカはなにがおかしいのか笑い声を上げた。
「なに勘違いしてるんだ? オレはお前を連れ戻す気なんてさらさらねぇのにな」
「え?」
どういうことだ? タカは自分を連れ戻しに来たのではない。それなら、なにをしに?
タカの言うことがハヤブサは理解できず、困惑の表情を浮かべる。そんなハヤブサの態度が、タカの感情をさらに高ぶらせる。殺意というそれを。
なにも知らないハヤブサ。いつも平気な顔で傷つけてきたハヤブサ。タカの想いになど気づいていない。その事実がタカをいらつかせる。
「わからねぇか? オレはお前を殺す為に来たんだ」
ぐわっと見開くタカの目は正常じゃなかった。空気を抉りながらハヤブサへと襲い掛かる激にハヤブサは吹き飛び、壁に叩きつけられる。
「ぐぅっ、どうして、どうして私を…」
まさかケツァールが。ケツァールが自分の抹殺を命じたというのか?
ハヤブサはそう思ったが、タカの行動は己の意思によるものだ。
「見苦しいぞハヤブサ、死ね」
再びタカが拳を振り下ろしてくる。
「私は負けるわけには、いかないんだ」
息を荒げながらも、ハヤブサは強い使命感で抵抗しようとする。翼を広げて、タカの攻撃に耐えながら、タカが立ちふさがる横穴の出口へと強引に寄る。
容赦なく放たれるタカの攻撃を受け、いくつかは避け、タカの脇をすりぬけようとする。タカの攻撃範囲から逃れればあとは逃げるだけ。逃げに入ればハヤブサには自信があった。短時間に限られるが、なんとか逃げられる力は残っていると計算していた。
「いかすかよ!」
「くっっ」
タカに掴まれ、激しく打ちつけられる。苦痛に表情を歪めるハヤブサを見て、タカは笑う。
「終いだ。死ネ!」
ハヤブサは激しく殴られ、その体は宙へと吹き飛んだ。その瞬間意識を失い、力を無くした翼はそのまま地へと落下する。ハヤブサの体は深い森の中へと落ちていった。激しく木の幹にぶつかりながら、草茂る森の地面へと打ちつけられた。
ハヤブサが落下していく様をタカは眺めていた。ずっと笑みがやまなかった。邪悪な笑みがタカの顔を占領していた。
「お、おいやっちまったのかよ」
連れの二人がタカのもとへと飛んできた。ハヤブサが落ちていく瞬間を目撃していたらしい。いいのか。と不安げな二人。
「仕事はすんだ、戻るぞ」
ハヤブサを倒して満足したのか、タカは城へと進路を向ける。
「え、いいのか、ほっといて」
森のほうを指差しながら、タカに言う連れの一人。
「完全に意識失ってたみたいだし、この高さから落ちたんだ。たすからねぇよ。戻ろうぜ」
もう一人がそう言って促す。実の妹を殺して笑っているタカを不気味に思いながら、彼らも城へと足を向けた。

「これでやっとオレは解放された。長年の悪夢から…」
ハヤブサを葬り、タカはやっと望む世界を手に入れたと悦びを感じながら帰路についた。


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