「うーん、…あれぇ?」
木にもたれてしばらく眠っていた幼い少女は、目を覚ましてきょろきょろと辺りを見渡した。
さわさわと風に揺れる草原が視界に映る。いつ眠ってしまったのか定かではないが、少女が驚いたのは眠ってしまったことではなく、目に映る光景が少女が思っていたものと違っていた為。
「おかしいなぁ、うーん、ここじゃなかったんだぁ…」
ぷるぷると首を振る。少女の柔らかいほっぺたがそれにつられてぷるぷると揺れた。
まだあどけない少女は小さな掌で、地面についていたしりのほこりをぱたぱたと払う。
ぱちぱちと瞬きをして、うわーい、と両手を挙げる。
まあるい眼はなぜか希望に満ちているように、きらきらと輝いている。
「よおーし、しゅっぱつだーー」
少女は一人そう叫んで、「うわーい」と声を上げながら走っていった。



サイチョウが動き出して十五年。たった一人の男の行動は今となっては世界を脅かすほどの勢力に育っていた。サイチョウはこの世界のほぼ中心に位置する荒地にある山【チョモランマ】に拠点を構えていた。草木のない荒れた地であるそこは、この世界の姿を象徴しているといっていい。荒れ果てた母である神の姿に近いだろう。厚い雲が多い、雷鳴が轟く。チョモランマに立つのは山を削って造られた居城。そこにサイチョウはいた。組織が世界的に大きくなってからは、サイチョウは自らが動くことなく、いつもここチョモランマにいた。彼の代わりに動くのは、サイチョウから直に命を受ける二人の男。チョモランマから東の地域を担当するのが中年の男オオハシ。しっかりと着込んだ衣装からも鍛えられた肉体が浮き出て見える、鋼の肉体を持つ翼の者。もう一人はチョモランマより西の地域を担当する青年の男ブッポウソウ。年は二十代ほどで、細身であるが、誰もこの男をなめたりなどしない、目的達成の為ならどんな手段でも用いるという、その冷酷果敢なさまはサイチョウからも敵に回したくない男と評価されたほどだ。出生も謎に包まれているあたりも彼の不気味さを増して感じさせる。
サイチョウから命を受け、彼らはそれぞれ担当のエリア内にいる部下たちに指示を下す。
サイチョウとの謁見を終えたオオハシのもとに、伝令の翼がやってきた。それは先日マガモたちが日鳥国へ攻め込み、敗北したという内容だった。
「日鳥国へ攻め込めなど命を下した覚えはないがな。あそこの女皇はかなりのライチョウ信者と聞くうえに、相当な翼の使い手とも聞く。今は放置でかまわぬとのことだ。…にしても、最近は下の者の勝手な行動が増えているようだが…。日鳥国周辺の担当はたしかペリカンに任せているのだが、最近あやつの配下の暴走が目につくな。念のため、ケツァールにも目を光らせるようにと伝えてくれ」
「ケ、ケツァール様にですか」
苦い顔を思わず浮かべる伝令の気持ちをオオハシも察する。
「嫌味でも言われたか? ふん、あの女め、私が嫌いだからと部下に当り散らしているらしいな。困ったものだ。だがサイチョウ様の命だ。あやつも従わぬわけにはいかんだろう。私ではなくサイチョウ様からだと念を押しておけ。苦労かけるがな」
苦笑交じりの溜息をもらしながらオオハシは伝令の者へ命じた。


「それではいってまいります!」
凛と響く少女の声、よく似た顔の少女三人は彼女らの上司であるケツァールに敬礼して城を飛び立った。
そこは通称ケツァール城と呼ばれるサイチョウの配下であるケツァールの居城だった。場所は日鳥国より西、テエンシャンより南に位置する。森の中に鋭くそびえ立っていた。ケツァールは美しい女性であったが、気が強く、軽々しく近寄れる雰囲気は持ち合わせていなかった。が将としての風格を備え、強さと厳しさは若い翼たちの目標にもなっていた。彼女の配下は十代の若い翼の者たちが多くいた。さきほど城を飛び立った娘達もそうだ。彼女達はケツァールの命で、テエンシャン周辺を監視するガチョウのもとに派遣された。テエンシャンにはライチョウがいる。サイチョウの考えに異論を唱え、聖人と呼ばれ多くのものに敬われているライチョウの存在は、サイチョウ派の者にとっては煩わしいものだった。
ライチョウ自身は表立って動く様子はないが、念のため、怪しい動きはないかと常に監視の目をおいているのだ。現在それを担当しているのが、オオハシの直接部下の一人ガチョウだった。見た目はのんびりとした口調の中年男だが、翼の力はかなりの者であり、オオハシからの信頼も厚かった。

城から飛び立った少女三人と入れ替わるように城に飛び込んできた翼があった。
バルコニーに降り立ち、鋭く尖った翼を畳み込み、翼はふっとその背から消えた。
翼の者は翼の力を使わない時は普段しまいこむので、その姿は翼を持たぬ者と見た目は変わらない。
水色の短髪にそこから透けて見える金色の瞳。若い翼の一人。
どこから戻ってきたのか知らないが、きょろきょろと周囲を警戒しながら中に入る。それはどこか不審にも見えるほどだ。当の本人にもそれはわかっている。後ろめたさ。それを感じていたからだ。だが己の行動を反省しているわけでも後悔しているわけでもなかった。
「どこに行ってたんだ? ハヤブサー」
自分を呼ぶその声にハッとして振り返る。そこには自分と同じ顔の少年がこちらを睨みつけながら立っていた、その口元にはなぜか笑みが浮かんでいる。
「いえ、ちょっと散歩に…行ってただけだ」
その鋭い視線からわずかに目を逸らして、ハヤブサは答える。
「勝手な外出は許されねぇはずだ。ちゃんと許可もらってんだろうな?」
今にも首元を掴みそうな表情で、ハヤブサににじり寄る同じ顔の少年から逃げるように一歩後ずさる。
「う…それは…」
「許可ならとってないはずでしょう? ねぇハヤブサ」
二人の前にと現れたのはこの城の主ケツァール。体中にキラキラと揺れる宝石を身につけているが、当の美貌の妨げにはならない。美しくも獣のように鋭い眼光は、己に逆らう者を許しはしない。
多くの者が気圧されるだろう。眼光だけでなく、強いオーラも放っているようだ。
「すみません。急いでいたもので」
「事情など知ったことではないわ。例外などなく決まりを守らない者を許すわけにはいかないわ」
ハヤブサの前までつかつかと歩きより、ケツァールは手を振り上げ、勢いよくハヤブサの顔をはたいた。
パーンという高い音が通路内に響き渡り、ハヤブサは床の上に倒れこんだ。
「くっ」
横倒れになったハヤブサの顔をケツァールは手で起こし、自分の方へと向けさせた。
「生意気な顔ね。反省などしてないんでしょう。たっぷりとワシに言い聞かせておかなきゃいけないわね。ふふふ。以前からお前はサイチョウ様への忠誠心が薄かったけど、己の立場をよく考えることね。お前がここにいられるのも、サイチョウ様のおかげなのよ」
「だけど、私は…」
反論しようとしたハヤブサを再びケツァールが殴り、ハヤブサは床の上を転がった。
「口答えをするなど、まだわかってないみたいね。ワシ、ワシィ」
「お呼びでしょうか? ケツァール様」
ケツァールの声で彼女の後ろから現れたのは、ワシと呼ばれるハヤブサによく似た顔立ちの青年だった。床の上で苦しげにケツァールのほうを睨むハヤブサを目にし、一瞬ハッとするが口をつぐみケツァールの命に従うワシ。
「妹のしつけはもっとちゃんとなさいな。いいワシ、私のストレスをこれ以上増やさないでちょうだい」
「申し訳ございません、しっかりと言い聞かせます。ハヤブサ」
ケツァールに頭を下げたワシは、彼女が「ふん」と立ち去った後、横たわる妹を抱き起こした。
そしてこちらに向ける視線に気づき顔を上げる。
「タカ…」
その目はずっとハヤブサを見ていた。ただならぬ感情を見せながら。ぎちぃと歯をならして、ぎっと握った拳はかすかに震えていた。そして、なにも言わず二人に背を向けて通路の奥へと消えていった。
「くそっ、ワシ兄がいるここじゃ、ハヤブサに手が出せねぇ。…ちっ、どうせなら…」
壁を殴りつけながら、ハヤブサへの敵意の発散場所をタカは求めていた。


「いったいどういうことなんだ、ハヤブサ」
ワシに連れられ、個室へときたハヤブサは、彼と二人きりのその個室内で、向かい合うように座らされていた。厳しく叱るワシの声に、しばらく口をつぐんで、ぎゅっと耐えている様子だった。
反省などしていない。ワシにはよくわかった。長年共に生きてきた血を分けた妹だから、だれよりもこのハヤブサを理解していたつもりだった。
サイチョウの元集った彼ら翼の者は、みなサイチョウを尊敬し、彼こそが絶対正しいと信じている。彼の元に集った者の大半は、翼の者で、サイチョウの考えに強く共感し集まった者。それから十代二十代の若い翼の大半は、戦争の孤児であり、サイチョウによって拾われ、我が子のように育てられた者たちだ。特に後者のほうがサイチョウへの恩義も忠誠心も強かった。ワシたち兄弟もサイチョウに拾われた子たちだ。
ワシは特にその気持ちが強かった。サイチョウの命は絶対とし、ケツァールにも文句言わず従った。
だがハヤブサは、幼い頃から気の強い性格であったのと、我の強さから周囲との衝突も多かった。ケツァールからも生意気だと目をつけられていた。
真面目でとにかく正義心の強い子だ。だからこそ余計に間違ったほうへ突き進んでしまうことが怖かった。
ハヤブサの信じる正義が、他の者にとっての正義ではない。
なにかあるたびにワシがフォローしてきたが、これ以上はかばいきれないかもしれないと覚悟はしていた。心が狭いと噂されるケツァールの仕置きがこの程度ですんでいるうちはありがたいのだ。
ワシの説教を、ただじっと聴いていただけのハヤブサだったが、どうしても抑えきれず想いを吐き出す。
「私はやっぱりここを出る。もうこれ以上自分の気持ちにウソはつけない」
「ハヤブサ、バカを言うな! お前はなにを言っているのかわかっているのか?」
きっと顔を上げてワシを見るハヤブサの目はわずかに潤んでいたが、その目は強くなにかをしっかりと捉えた迷いのない瞳。
「私はライチョウ様に会いに行く。光の翼を見つけて、ライチョウ様に会いに行くんだ」
ダンと立ち上がってハヤブサは強く主張する。
「その話は二度とするなと言っただろう。ハヤブサ、サイチョウ様を裏切ることは許さんと言ったはずだ。わがままもいい加減にするんだ」
怯むことなくハヤブサを叱り付けるワシに、ハヤブサも負けじと睨みつける。
「どうして? 私にライチョウ様のことを教えてくれたのはワシ兄じゃないか。ライチョウ様が正しいって、光の翼はいるって。それなのに、サイチョウについていくって…。ワシ兄がわからないよ」
悔しそうな顔を浮かべて、ハヤブサはワシの元から去ろうとする。
「待てハヤブサ」
「裏切り者と罵られてもかまわない。この心に逆らって生きるくらいならば。私は私の信じる道を進む」
兄の制止を振り切り、ハヤブサは翼を広げ再び城から発った。
己の心に従って、信じるその人のもとに、ライチョウを目指して。



「はー、ずいぶん歩いたなー」
カラスは自分が歩いてきた道をふと振り向いて確かめた。
スズメとともに日鳥国を出て、森を抜け、山道を行く。何度か小さな山を越えて、まだここは小高な山が続いている。ずんずんと進んでいくスズメのあとを追いながらカラスが話しかける。
「ところでスズメ、翼ってどうやって手に入れるんだ?」
後姿のスズメの返事は、カラスを脱力させる。
「えー、知らないー」
「えっ。知らないって。じゃあライチョウ様の居場所は」
「テエンシャンでしょ」
「そのテエンシャンの場所だよ。知ってるのか?」
「知らない」
あまりにものー天気なスズメの返事にカラスはスッ転びそうになった。
「西にある一番高い山だってのは知ってるよ。だから、西に行けばたどり着けるさ。ゴーー」
拳を掲げて、ごーと叫びながらスズメは走って山道を登る。慌ててスズメのあとを追おうとしたカラスはスッ転んでしまう。だが今度の原因は別にあった。それは自分の足に突然絡みついたなにかのせいだ。
「いってて、なんだいったい」
ぶつけた鼻頭をこすりながら、カラスは身を起こした。足元を見ると、カラスは驚いて思わず声を上げた。だってそこにあったのは
「き、君は…?」
カラスの足首を掴んで、うつぶせているのは小さな小さな女の子。カラスと目が合うとにこにこと無害な笑顔を向けていた。
足首を掴んでいたその手を、カラスは優しく解いて、その子の身を起こして、同じ目線になった。くりくりとまあるい目がカラスを映している。
「あたしはー、フクロウだよー」
元気な声で少女はそう言った。どうやらフクロウという名前らしい。うーん、と数秒カラスは唸って彼女を見た。
もしかして、このこは迷子?
「おーい、カラスー、なにしてんのーー、早く来なよー」
山の頂上からスズメがカラスを呼んでいる。カラスはスズメのところへとフクロウという少女の手を引いて連れて行った。
「その子は?」
「あたしはー、フクロウだよーー」
カラスの時と同じ調子で、フクロウはスズメに名乗った。
「どうする? このこ迷子みたいなんだ」
「まいご、じゃなくてー、フクロウだよーー」
幼すぎて自分の状況を理解していないのかもしれない。カラスは困った顔でスズメを見た。
「連れて行くしかないでしょう。もしかしたらこの近くの村の子かもしれないし」
「そうだな。ここを越えたところにでもあるかなぁ」
頂上から行く先を見渡すが、まだ山があった。はぁとカラスは溜息づく。
「うーんと、わかんなーい。いってみないとわかんないよーー」
「そーだね、フクロウちゃんのいうとおりだよ。一緒に行こう。あたしはスズメ、こっちはカラスだよ。よろしくね」
スズメは自分とカラスを指差して、自己紹介する。わかっているのかわかってないのか、フクロウはにこにこ顔でうんうんと頷いた。
そしてスズメを指差して
「スズメちゃーん」
今度はカラスを指差し
「カラスー」
「すっごいもう覚えてくれたんだ」
「て、なんで俺呼び捨て?」
がっくりカラス。フクロウはわかっているのかわかってないのか相変わらずにこにこ嬉しそうに笑っている。
実に人懐っこいこのようだ。それにしても、いくつなのだろうか。メジロよりもずっと幼く見える。
「それにしてもフクロウちゃんってちっさいね。メジロ君が大きく見えるくらいだよ」
改めてフクロウを見るスズメたち。カラスの腰まであるかないかという背の低さ。丸い顔は幼児のような印象だ。
「ほんとうだ。フクロウちゃんっていくつなんだ?」
カラスがしゃがみこんで訊ねる。んーとね、と少し考え込んでからハッとしてフクロウがまたにこにこ顔で答える。
「9さいだよーー」
それに一瞬ぴんとこなかったが、九歳と知ってスズメたちは驚くのと同時に喜びもあった。
「ええっ、メジロ君より小さいよ、やっぱりー」
「うん。どう見てもそれくらい小さいし。そうか、メジロよりも小さい子っていたんだな」
それを知るとフクロウの存在が、滅び行く世界へのかすかな抵抗のようであり、小さな希望のようにも思えた。そのことがスズメとカラスの頬をゆるませる。
「じゃあ、早くいこっか。もたもたしてたら日が暮れちゃうよ」
「野宿はごめんだ、行こう」
「うっわーーい!」
三人は一気に山を駆け下りた。その先の山を登りまた下る。
「見えたー、あそこに村がある」
山を下りながら、下った先に村があるのが見えて、スズメたちは嬉しそうに向った。
山を降りた先にはあったのは数件の家が立つ、小さな村だった。簡素な造りの家ばかりで、けして豊かではなさそうだった。
「とりあえず聞いてみようか」
村へと到着したスズメたちはまずフクロウの家族を探そうかと、周囲を見渡しながら散策した。当のフクロウは、スズメたちの行動の意味を理解せず、楽しそうにスキップしている。
少し歩いて、村の異変にカラスが気づいた。村の広場に、村人らしき人が集まっていた。その視線の先にいた存在は、翼の者だった。
「まさか、ここにも翼の者が」
カラスたちはその人だかりへと走り寄った。村人に囲まれる位置に立つ翼の者は、女。背中には桃色の翼があった。片手にはなにかが詰まった小袋を手の中で遊ばせていた。不敵に笑う女の側で、泣き崩れ悔しそうに震える村人が数人いた。
日鳥国に攻めてきたマガモたち翼の者の悪行を思い出す。この翼の女も暴力によってこの村を支配しているのか?
「さあ、次、お前だよ。死にたくなかったらとっとと出しな」
顎を持ち上げながら、偉そうな態度で目の前の村人へとなにかを強く要求する翼の女。
「この村でも翼の力でムリヤリ。許せない、見過ごしてはおけないよ。だいたいなにあの翼、ピンクって趣味悪すぎ」
スズメの声に、ギンと鋭く翼の女は反応して近づいてきた。慌ててカラスがスズメに注意する。
「バカ、挑発するな。フクロウちゃんがいるんだぞ」
二人の前に壁になるようにして立つカラスの言葉に、スズメはハッと気づかされる。一緒にいるフクロウを守るようにきゅっと抱きしめた。抱きしめられたフクロウはわけもわからずぽかーんとしている。
「聞こえたよ、そこのガキ。フラミンゴ様のこの美しい桃色の翼をバカにするなんて、よっっぽど死にたいようだね」
ずんずんと村人を押しのけながら、女はカラス達の前までやってきた。
「カラス、言ってやりなよ。オバサンにピンクは似合わないからやめたほうがいいって」
こそこそと背後からカラスに提案するスズメ。
「言えるわけないだろってうわわ」
「聞こえてるんだよ、このクソガキがっっ。くらいな」
ぶんと風を切る音をさせ、フラミンゴの片足が高く振り上げられた。それは勢いよくカラスへと振り落とされる。
「スズメ、逃げろ! ぐわっっ」
カラスは必死で両腕でフラミンゴの蹴りを受けた。額には汗が滲み出てくる。自分とほぼ体格の変わらない相手だが、相手は翼の者。たとえ女でもその力はハンパないはず。
「カラス!」
フラミンゴの蹴りを防ぎながら、カラスは先日のことを思い出す。翼の者にかかっていったツバメの行動を。翼がなくても、戦うことが出来るって。
「生意気なボウズだね。それで防いだ気かい?」
「うわっ」
さすがにカラスは防ぎきれず、フラミンゴの蹴りを受け、地面へと倒れる。倒れたカラスへとフラミンゴは非道な顔のまま近寄り、止めを刺そうと再び足を上げた。
「!カラス、やめ」「待ってください」
カラスを救ったのは、謎の声の主。その声にフラミンゴはすぐに反応し、そちらを向いた。
はぁはぁと息を切らしながら、フラミンゴの前へと走ってきたのはこの村の者と思われる中年の男。
「お願いします。今日はこれで」
男の手からフラミンゴは小袋を受け取る。その中にはいくつかの銭があった。なけなしの財産をフラミンゴへと差し出す男。
「ふふん、まあいいだろう。痛い目みたくないんだったら、次の取立ての時にはちゃんと前もって用意しておくんだね」
銭袋をボールのように投げてはキャッチしながら、満足した様子でフラミンゴは村から立ち去った。村人達はただ呆然とそれを見ていた。ろくに抵抗も出来ず、ただ翼の者に財産を取られて、泣き寝入りしか出来ない。
先ほどフラミンゴに銭を差し出した男は、カラスのほうへと心配そうに走ってきた。
「カラス、大丈夫?」
「カラスー、いたいの?」
スズメとフクロウも心配そうに駆け寄った。カラスは平気平気と笑顔を見せた。
「君たち、見ない顔だが、どうしてここに」
男はこの村の村長だった。カラスたち三人は村長の家で軽く傷の手当てをしてもらった。少し打撲をした程度で、幸いにもカラスのケガは酷くなかった。
スズメたちは日鳥国で起こったことを村長に話した。村長からもこの村の現状を聞いた。スズメたちの思っていたとおり、この村も二月ほど前から突然翼の者がやってきて、強引に税を取り立てられていたのだ。言うことを聞かなければ、翼の力で力ずくで言うことをきかせるという勝手な行いだった。
「見ただろう、さっきの女の翼はフラミンゴという、ペリカンの配下なんだ」
「ペリカン? それってサイチョウの手の者?」
「ああそうだ。ペリカンのせいでうちだけじゃない。他の村だって酷い目にあっている。元々ここはただでさえ貧しいというのに、これ以上財産を奪われては、生きていけない」
暴力に従うしか、生きていけないと村長は嘆いた。
「そうか、日鳥国にはクジャク様がいるけど、この村には力を持つ者がいない。翼の者に対抗するには、翼の力がないと、どうすることもできないのかもしれない」
切なくつぶやくカラスの横で、キッと顔を上げてスズメが強い口調で言ったことは
「あたしが倒してくる! ペリカンってやつも、あのフラミンゴってオバサンも!
サイチョウの連中はみんなあたしが倒してやるんだから」
ぐっと拳を握り締めて、息荒くそう誓う。ええっという顔をするカラスと村長だったが、フクロウだけは嬉しそうに同意した。
「うん、スズメちゃんならなんだってできるよー」
「うんそのとおり。信じる心が力になるのだー」
「はー、二人ともあんまり考えてなさそうだね。…俺がしっかりしなくちゃ」
と一人誓うカラス。あ、そういえば、とフクロウのことを思い出す。
「あの、この子、迷子みたいなんですけど、ここの村の子ですか?」
フクロウのことを村長に訊ねたが、「いいや、この村の子じゃないね」との返事が返ってきた。
「そうですか、どうしよう」
困っていると、当の本人のフクロウはきゃっきゃっと楽しげにカラスとスズメの手を握ってきた。
「いこー♪」
まるでフクロウには不安や寂しいなんて感情はないみたいだ。いつも楽しそうに笑っている。ただ現状を理解してないだけなのかもしれないが。
「しかたない、家族が見つかるまで一緒に連れて行こうよ」
「う、わーい!」
「はぁ、しょうがないな。早く見つかるといいんだけど。フクロウちゃん、ろくな情報話してくれないんだもんな。なんか先行き不安だ…」
カラスの不安をよそに、スズメとフクロウは手を取り合い、仲良く村を飛び出していった。目指すはテエンシャン、だけどフクロウの目的地はまた別なのだと、この時のスズメたちは知らなかった。


第一話  目次  第三話