この世界の端の端。静かで穏やかで、争いに満ちたこの世界では驚くほど平穏なところだった。
まだそこでは母の愛がわずかでも残っているのだろうか。
小さな農村ともいえるそこは【日鳥国(にっちょうこく)】という名の立派な国だった。国民のほぼ全員が顔見知りで、打ち解けあった特殊な国でもあった。
小さなその国は、クジャクという名の美しい女皇によって治められていた。
美しくも気高い女皇クジャクを、国民はみな慕っていた。気高き存在ながら、クジャクは国民を家族のように大切に思っていた。もちろん民も、クジャクを大切に思っていたのだ。


「うーん、もういないなぁ…。もー、いつまであたしが鬼なのよー」
きょろきょろとなにかを探しながら道を歩く少女がいた。
幼さを感じる顔立ちに、小柄な体を軽やかに走らせて、溝を飛び越えたり、段に上ったり。茶色の髪が動きに合わせて揺れた。丸い目を見開いて、なにかを懸命に探している最中だった。
眉間にしわ寄せた時、視界に映ったなにかに気づき、少女はそちらへと走っていった。
「カラス見ーっけ。カラスの鬼ね」
「は? ええ? なんだよスズメ」
日陰で昼寝をしていた黒い髪を後ろで束ねた少年に少女は嬉々として話しかけた。少女の意図してない言葉に戸惑いの顔を浮かべる少年の名はカラス。少女のなじみの少年だ。
「俺はかくれんぼには参加してないんだけど…」
少し困った顔を浮かべて、少女を見上げるカラス。
「しょーがないでしょ。メジロ君なかなか見つからないんだもん。いい加減あたしだって隠れたいよ。てことで、カラスも強制参加ー」
「たく、勝手なんだから」
「じゃー、目閉じて、十数えてねー」
やれやれとため息ついて、カラスは言われるとおり目を閉じて十数え始めた。
「やっぱり隠れるほうが楽しいもんねー」
隠れる場所をいざ目指して走り出した少女をある声が呼び止めた。
「スズメ」
「あ、ツバメ、にヒバリ先生」
足を止めて声の主へと走り寄った。少女を呼び止めたのは、少女と年の近い少女ツバメ。肩より長い髪を上で一つ括りにしている。笑顔が明るく愛らしい少女だ。そのツバメの隣に立つのは、ヒバリ先生と呼ばれた中年の女性。この日鳥国で子供達に学を教えている唯一の先生だった。
「スズメちゃん、メジロ君を見かけなかった?」
どうやらヒバリもメジロを探しているようだ。うーん、と少女は首を傾げる。
「あたしも探してたんだけど、見つからなくて。メジロ君かくれんぼの天才なんだよね」
「困ったわねぇ。勉強の答え合わせの時間だと言っておいたはずなのに」
はぁ、と溜息を吐くヒバリに、少女が見つかったら伝えると言った。
そして自分の目的を思い出してハッとする。
「じゃあ、あたし行くね。カラスが来てもあたしのこと教えちゃだめだよ」
手を振って二人の前から少女は走り去っていった。
「スズメ、ほんとに元気ね」
「元気なのはいいことだわ。それにしても、スズメちゃんもツバメちゃんも、あんなに小さかった教え子がすっかり大きくなったわね」
ふふふとヒバリは目を細める。
「もう私の教え子は四人だけになってしまったわ。でもいつかは…近いうちに私の役目も終わっちゃいそうね」
「ヒバリ先生…」
どこか切なげにヒバリが笑い、そんな彼女を切なく見上げるツバメ。
もうこの日鳥国でも子が生まれなくなって久しい。一番若いメジロで十二歳を越える。世界でもここ十年は子がまったく産まれていないと噂に聞く。子は夫婦となる男女が互いを強く想いあって、望みあって、その結果子となる卵が生まれる。それからさらに、子となるその卵を二人が共に慈しんで、その中から子が生まれてくるのだ。卵が生まれることがあっても、そこから子か産まれてこないこともある。この日鳥国にも赤子どころか、卵さえ生まれてきたことがここ十年ほどなかった。メジロが生まれた時は軽く祭りになったほど、国全体で祝いあったくらいだ。
「世界では今でも争いが絶えないと聞くわ。翼の者たちによっていろんな国や村が支配されているとも聞く。いつか、ここにも、サイチョウの手が及ぶんじゃないかしら、もしそうなったら…」
不安に顔を歪めるヒバリを、ツバメはきゅっと強い眼差しで見つめながら伝える。
「大丈夫よ先生。クジャク様がそんなことさせないわ。それに、私がヒバリ先生のこと絶対に守ってみせるから」
「ツバメちゃん、だけど翼の者は恐ろしい力を持つと聞くわ」
「それでも負けない。コレでも結構腕に自信あるんですよ。ね、だからヒバリ先生安心して。先生の生徒に弱い子なんて一人もいないんだから!
私もカラスもスズメもメジロも、みんな力を合わせて先生のこと守れるわ」
翼の者になんて負けないから、ツバメは明るく笑いながらヒバリを勇気づけようとした。でも完全に彼女の不安を振り払うことはできなかった。

「ふー、スズメ見ーっけ」
「ああ、カラスってば早すぎ! ていうかなんであたしの隠れ場所わかるの?」
十分もしない間に、スズメは鬼のカラスに見つかってしまい不満をもらす。
「スズメの隠れているところなんてすぐわかるよ。いつもパターンだし」
「ええっそんなことないでしょ。今回は絶対自信あったのに、くやしいーー」
んもー、とスズメは地団駄を踏んだ。
数秒して、カラスの周囲をきょろきょろと見渡す。
「ところでメジロ君は見つけてないの?」
「え、うん。どこに隠れてるんだろう。屋内かなぁ」
「もー、かくれんぼの才能にも困ったもんだね。ヒバリ先生探していたのに」
「まあ、そのうち出てくるんじゃないかな。俺たちもそろそろ戻ろうよ。夕食の時間になるし」
「そうだね。あ、なんかお腹減ってきちゃったよ」
ぐうううと鳴きだす腹を抱えて二人は笑った。
ヒバリの学校も兼ねる木製の小さな家屋へと二人は入っていく。
スズメもカラスも親はいない。赤子の時から、わけあってクジャクの下で育てられた。学を学べる年頃になってからは、ここヒバリの元で世話になっている。
「ただいまー、あっ、いいにおい」
ドアを開けるとすぐに夕食のおいしそうなにおいが漂ってきた。ヒバリが夕食の準備を整え二人を待ってくれていたのだ。
「二人ともおかえり。さあ、召し上がりなさい」
「はーい、お腹ぺこぺこ」
「はい、俺も腹ペコだー。いただきます」
それぞれの席につくスズメとカラス。あ、とスズメが声を上げる。
「ヒバリ先生、メジロ君は結局来たの?」
おいしそうに煮上がった芋を口に運ぶ直前でスズメが問いかける。
「それが、来なかったのよ。困ったわね、明日ちゃんと叱らなくちゃ」
最年少だからって甘えは許しませんよ、とヒバリ。うんうんと頷きながら、スズメはぱくっとごはんを口の中に運ぶ。
「でも、心配だなぁ。まだ隠れていたりしないよな」
「いくらなんでも、メジロ君だってバカじゃないでしょ。心配しすぎだよカラスは」
まあたしかに、ととりあえず頷くカラス。いつもかくれんぼで最後まで隠れきることの多いメジロだが、さすがに日が暮れる前には切り上げて帰宅していた。いまだに隠れていることはないだろう。まあもし隠れていたとしても、平穏なここ日鳥国では外で子供が寝ていても問題ないくらい平和な場所ではある。
「よぉしー、明日顔見たら文句言ってやろーっと。いっつもあたしが鬼ばっかでつまんないってね。ごちそうさまでしたー」
はしをおいて、スズメは夕食を終えた。続いてカラスも終えた。
片づけが終わり、そろそろ寝床につこうかという時間帯に、意外な訪問者がスズメの元を訪れて、彼女を驚かせた。
「スズメちゃんちょっと来なさい」
やたらと急かすヒバリの側へと、スズメは走った。玄関に見えたその人物にスズメもびっくりした。
「こんな時間に悪いわね。スズメ、少し話があります。来てくれますか?」
「く、クジャク様!!」
そこにいたのは女皇クジャク。普段は女皇のきらびやかな衣装を纏っているが、今は簡素な格好でいた。それでも女皇の気品は失われていない。
スズメは焦りながらクジャクのあとをついて外に出た。外はすっかり闇に覆われていた。民家からわずかにもれる光が足元を照らしてくれる。
小国とはいえ相手は国のトップ。スズメでさえ緊張はする。どきどきとする胸を押さえながら、彼女のあとをついていく。緊張のあまり足が上手く動けない。もつれそうになり慌てて整えなおす。
民家から離れ、森へと続くその場所でクジャクは立ち止まり、スズメへと振り返った。
「十五になるのですね、あなたも大きくなりましたね」
「え、は、はい。クジャク様のおかげです! 感謝してます」
汗を飛ばしながら、慌ててスズメは辞儀をした。
「そんなにかしこまらなくてもいいのですよ。…ほんとうに、大きくなって。きっとライチョウ様も喜ばれるでしょう」
「え?ライチョウ様?」
クジャクの口から出た名前、ライチョウの名にスズメはよくわからず目が点になる。
ここよりはるか西にあるという最も天に近いと呼ばれる高山に座する聖人ライチョウ。幼い頃からライチョウの名を聞いていたスズメ、その存在だけは知っていた。とても偉い人なのだと。クジャクが尊敬する人なのだ、もっとすごい人なのだろうと思っていた。
話を聞いただけで、スズメはそのライチョウに会ったことがない。当然向こうも会ったことないはずだが、そのライチョウがなぜ自分の成長を喜ぶのか。よくわからなかった。
「ライチョウ様って、あのライチョウ様ですか?」
戸惑いながら問いかけるスズメに、ゆっくりと頷いて肯定するクジャク。
「そうそのライチョウ様です。それでスズメ、あなたに話というのは、ライチョウ様のことです。
今日ライチョウ様のお声が届いたのです。あなたをテエンシャンへと、ライチョウ様のもとに向うようにと」
「え、ええっあのそのどういう」
「つまりテエンシャンのライチョウ様に会いに行きなさいということです。そして、テエンシャンへ行くには翼が必要となります。ですからスズメ、翼を手に入れなさい」
「つ、翼? 翼ってあの翼ですか?」
翼の者、スズメはヒバリから聞いていた。翼の力は悪しき力なのだと。争いを生む力だと。その翼を手に入れろと我が女皇は言う。
「スズメ、翼はすべてが悪ではありません。ライチョウ様も翼の者なのですよ。大切なのはその力の使い方なのです。スズメ、あなたなら翼の力を正しき力として使えるはずです。自分を自分の力を信じてみなさい」
「翼、あたしの翼を」
「これは頼みではなく命令です。いいですね、スズメ、明日にでも発ちなさい。ライチョウ様があなたを待っています。私はあなたにこれ以上なにも言うことができませんが、すべてはライチョウ様が語ってくださるでしょう。だから、なにも聞かず旅立つことを決意してくれますか?」
「は、はい。クジャク様の望みなら、不満なんてありません、それに」
どきどきと高鳴る胸をさらにおさえるスズメ。
「ライチョウ様に、お会いしたい」
聖人ライチョウ、尊いその人にスズメは憧れを抱いていた。その偉い人が自分を呼んでいるなんて、こんな名誉なことはない。
スズメはどきどきを隠しながら、クジャクに挨拶をし、またヒバリの家へと戻っていった。
スズメの姿を見送った後、クジャクが木陰に潜んでいたある影に気づき声をかける。
「カラス、出てきなさい」
びくっと焦りながら、闇の中から真っ黒なカラスがクジャクの前に現れた。申し訳なさそうな顔で、だがクジャクはにっこりと微笑みながら彼を呼んだ。
「あのすみません。盗み聞きするつもりじゃなかったんですが」
「いいえ、謝らなくていいのです。カラス、ちょうどよかった、あなたにスズメのお供を頼みたかったのです」
「俺にスズメの…」
「ええ、私はこの国を守らなければなりません。だから、あの子をよく知り、あのこの側にいられるカラスにあのこの旅の供を頼みたいのです。どうか側であの子の力となってあげて。あの子は、私にとって特別な子。…わけは私の口から言えませんが…」
「いいえそんな、俺にとってもスズメは大切な存在です。喜んでお供務めさせていただきます。命に代えても守ってみせますから」
勢い余ってデカイことを言ってしまったと、少し焦るカラスに、クジャクは嬉しそうに微笑みながらカラスに感謝の言葉を告げた。
「ありがとう、カラス。あなたなら安心してスズメを任せられます。だけど、けして自分を犠牲にしてはいけないわ。あなたも大切な私の子なのですから」
「はい、ありがとうございます! では、これで」
「ええ、ゆっくりおやすみなさい」


「カラス、どこ行ってたの?」
「うわぁっ、スズメ! 脅かすなよ」
ヒバリの家のドアを開けると、目の前にはスズメが立っていたものだからカラスは腰を抜かしそうになった。
クジャクとのやりとりをスズメが知るはずもないだろうが。妙な後ろめたさがあった。
「ちょ、ちょっと散歩に」
目が泳ぐカラスをじっと見透かすような眼差しのスズメ。
「わかった、ツバメのとこでしょ」
「は?」
予想外のスズメの言葉に肩の力が抜けてしまった。
「カラス、ツバメのこと好きだもんね」
にっししと意地悪げな笑顔で上目遣いで笑うスズメ。
「なっ、なに言って、ち、違うってそんなんじゃ」
真っ赤になって否定するカラスに、いーのいーのと手を振るスズメ。
「バレバレだってば。そういやメジロ君もツバメのこと好きみたいだし、モテモテだねぇ」
「そっか、ツバメともお別れか」
「え、なんか言った?」
「い、いやなんでも、とそれより早く寝よう、な」
「う、うん」
カラスに背中を押されて、スズメは寝床の部屋へと向う。部屋の前までついて、立ち止まり、カラスへと振り返る。
「カラス、あのね、あたしね…実は…」
「ん、なに?」
「……、やっぱなんでもないよ、おやすみ」
「ん、ああおやすみ」
部屋の扉を閉じて、スズメははーと息を吐いた。
「はぁ、やっぱ言いづらいな。ライチョウ様に会いたいけれど、旅に出れば、みんなとお別れだし。
…カラスにもヒバリ先生にもちゃんと言わなきゃいけないけど、…やっぱお別れの言葉っていいにくいよ」
興奮のままに帰宅したが、時間が経過して少し冷静になってくると、旅立つことは別れでもあると思い知る。
なじみのある人たちと、故郷に別れを告げるのは、寂しい。
「でも、明日は言わなくちゃ。うん、二度と会えないわけじゃないし。きっとみんな見送ってくれるよね」


翌朝、あせあせと荷物を整えるスズメ。同じ頃、カラスも荷を整えていた。
ほぼ同じタイミングで部屋を飛び出してきたスズメとカラスとヒバリが目が合う。
「あ、あれ?カラス?」
「あ、えと、その」
「あら?どうしたの?二人とも荷物抱えて。もしかして、ピクニックにでも出かけるのかしら?」
カラスを不思議な顔で見つめていたが、すぐにヒバリへと向きかえったスズメ。
「「あの、実は」」
スズメとカラスの声が重なったその時、勢いよくツバメが飛び込んできた。みなそちらに注目してしまう。
「先生! 大変なの!」
ハァハァと息をきらすツバメ。いったいなにごとかとヒバリが駆け寄る。
「どうしたの? ツバメちゃん、なにかあったの?」
「メジロが捕まって、翼の者にっ」
「なんですって?」
ヒバリは真っ青な顔になって飛び出していった。
「どういうこと、ツバメ」
「あ、スズメ、カラス、とにかく大変なことになったの。翼の者が突然やってきて、メジロが人質になってるの」
スズメたち三人も慌てて外に飛び出した。ヒバリのあとを追うと、イカツイ顔でガタイのいいこの国の者じゃない男がメジロを片腕に捕らえたままこちらを睨んでいた。
ヒバリがさらに息を呑んだのは、その男の背には翼があった。翼の者がメジロを捕らえていたのだ。
「くっ、はなせ、はなせって言ってんだろ」
男に捕らわれたままのメジロはせいいっぱい身をよじったりしてその縛から逃れようとしていたが、びくともしない。
「メジロ君! 私の生徒になにをするのですか? すぐに放しなさい」
悲鳴にも似たヒバリの声が響く。スズメたちもすぐに現場に駆けつけ、他の住民も異変を察知し現れた。だが相手が翼の者と知ると、みな恐ろしくてしり込みするばかりだった。
「うるせぇババアだな。俺様はマガモ。サイチョウ様の使いの者だ。ここは翼の者の支配下におくことになった。大人しく降伏してろ。痛い目みたくなかったらな」
「ふざっっけんな!」
「ぐっっ、のガキィ」
メジロは必死の抵抗とばかりにマガモの太い腕に噛み付いた。それに怒ったマガモがメジロを殴ろうとする。
「やめてーー」
メジロを庇おうと男の腕を掴んだヒバリを、男は腕を振り払いながら投げつけた。
「ぐぅっ」
痛みにしかめた顔でヒバリは地面に倒れこんだ。
「先生!」
「ヒバリ先生! よくも先生を」
棒を手にしたツバメがマガモにかかっていく。数度棒が男の体を叩いた。
「ツバメ!」
「なにしやがる小娘が」
ギンと鋭い目で果敢にも自分にかかってきた少女を睨みつけるマガモに、ツバメは怯む様子はない。
カラスとスズメは倒れこんだヒバリのもとに駆けつける。その身を起こし身を案じる。
「うう」
幸いにも大きな傷は受けてなかった。それでも苦しそうに表情をゆがめながらも「メジロ君…」生徒の身を案じる言葉をもらしていた。
「先生、大丈夫です。メジロなら無事です。それにツバメが」
ツバメの勇ましさにカラスは少し安心した。メジロはツバメの突撃によって縛がとけ、無事逃れた。
「翼がなに? あなたみたいな卑怯な奴に負けたりしないわ、絶対に!」
ぎっと棒を持ち直して、ツバメが再び男に攻撃をしかける。だが今度はあっさりと止められ、腕をつかまれ自由を奪われた。
「ツバメ!」
表情に苦痛を見せるツバメに、カラスの表情も一変する。幼馴染のピンチにどうすることもできず、悔しさに震えるしかないのか?
その時、彼の側にいたスズメがマガモへと走り出し、荷物をブンっとマガモの顔面目掛けて投げつけた。
「ぐわっ」
「きゃっ、スズメ」
衝撃でツバメを掴んでいたマガモの手がゆるみ、ツバメはなんとか自由になった。つかまれていた箇所は赤くなっていたが、怪我などない。
「もー、むかついた! あんたみたいな翼許せない! あんたもサイチョウも、あたしの翼でぼっこぼこにしてやるんだから」
ギンと睨みつけながら、男を指差しスズメが吼える。
マガモはワナワナと怒りで震えだす。
「お前みたいなクソガキに翼があるんか?」
「まだないけどさ、絶対手に入れてやる! そして悪をぶっ倒してやるんだから」
「スズメちゃん…」
「ヒバリ先生、気がついて」
スズメの声に顔を持ち上げるヒバリ。スズメの言葉に反応する。
「お前なんかの思い通りになんてなるもんか」
「ぐっ」
メジロが石をマガモに投げつける。
「そうよ」
ツバメも再び棒で殴りかかる。格下だと舐めていた相手に敵意を向けられ、マガモはたじっとなる。
が、すぐに不敵な笑みを浮かべ、笑い出す。
「わ、なに突然気持ち悪い」
カラスは異変に気づいた。彼らの周りにさらに翼の者が囲むように現れたのだ。
「なっ、翼が他にも」
「わっはっは、怖くて小便でももらしたか? 観念しろ。翼のないお前らに抵抗もできねぇよ。おい、やっちまえ! 身の程知らずの馬鹿どもに、教えてやるんだ」
「ひ、卑怯者!」
スズメたちへと襲い掛かる翼の者たち。だがその時、凛とした声があたりに響き、翼の者たちが一瞬にして吹き飛ばされた。なにかの力によって。
「ぐうっ、なんだ、なんだ今のは」
しりもちをつかされたマガモが慌てて身を起こす。同じように飛ばされしりもちをついた翼の者たちも次々に身を起こし、あるほうへと視線を向ける。
カラスたちの後ろから静々と現れたのは、クジャク。その背には美しく広がる翼があった。
「私の領土内で暴力的な行いを許すわけにはいきません。早々に立ち去りなさい」
静かながら、その瞳と声には力があった。それを感じているのか、マガモたちもしりごみをしていたように見えた。
「クジャク様…」
「クジャク様も翼の者…」
スズメたちもはじめて見る女皇の姿。その翼。
「く、ふざけるな、小国の皇の分際で…」
マガモが翼を震わせながらクジャクへと飛び掛る。
「!クジャク様」
スズメが叫んだ。クジャクは飛び掛ってくるマガモに瞬きせずその姿をしっかりと目で捉えている。そしてぶつかる瞬間クジャクの翼から激が放たれ、マガモは反対方向へと激しく飛ばされ、地面にぶつかり、ぐったりと意識をなくした。
クジャクの実力にびびったのか、他の翼の者はすぐに逃げていった。
「大丈夫ですか? みなケガはありませんか?」
クジャクの背から翼が消えて、いつもの優しい女皇の顔になっていた。
皆が女皇へと駆け寄る。
「はい、特にケガはないみたいです」
「うわぁっ、クジャク様かっけーー」
「それなら、よかった。ですが、サイチョウの魔の手がここにまでくるなんて。…急がねばなりませんね、スズメ」
ふいっとスズメへと振り向くクジャク。クジャクの言葉をスズメは理解し、こくりと頷いた。
「はい、クジャク様。ライチョウ様のもとに向います。そして必ず翼を手に入れて、サイチョウの悪事を止めてみせます」
ぐっと力強くスズメは誓った。にこりと微笑むクジャク、だが悲痛な顔でスズメを止める声があった。
「だめよ、スズメちゃん。翼なんて絶対にダメよ! 争いを産むだけの、暴力に頼る翼なんてダメだわ」
「ヒバリ先生」
「なに言ってんだよ、先生。見ただろ、クジャク様の翼を」
メジロの反論にもヒバリはただ首を振るだけだ。
「ヒバリ先生、あたし翼の力が暴力だなんて思わないよ。サイチョウたちの翼が間違っているだけで、本当の翼って傷つけるだけの力じゃないって思うんだ。あたしはみんなを守る翼が欲しい。あたしはみんなを守る翼を手に入れる。ライチョウ様に会って、みんなを救える道を目指したい。約束するから先生。あたしはみんなを守る翼になるって。だから先生も、信じてよ」
スズメはヒバリにそう誓った。みんなを守る翼になる。その気持ちはウソじゃない。
ヒバリはスズメの言葉に頷くことなく、泣きながら膝をついた。その彼女をツバメが支える。
「先生、ごめんね。先生を悲しませたいわけじゃないけど、あたしはもう決めたんだ。翼を手に入れるって。
あたしテエンシャンに行く。ライチョウ様に会いに行く。先生、いきなりだけど、さようなら、今までいっぱいありがとう」
「ほんとに旅にでるのかよ、スズメ」
スズメより背の低いメジロが少し悲しげな顔で彼女を見上げる。
「うん、メジロ君。また帰って来たときはかくれんぼしよう」
「いつ帰ってくるんだよ。おれもいつまでもかくれんぼなんて幼稚なことやらないぞ」
あはは生意気なやつめーとスズメがメジロの頭をくしゃくしゃとした。ちょっとぶーたれた顔を照れくさそうにメジロは背けた。
「ツバメ、行くね。カラスと仲良くやってね」
「ちょ、ちょっと待ってよ」
二人の間でなにか言いたげなカラスがいたが、スズメの視界には映っていない。
「スズメ、私も、同じだから。翼の力すべてが悪とは思わない。きっとスズメなら正しい翼の力を手にできるわ。うん、私だって翼手に入れたい。一緒にスズメと戦いたい。ほんとは一緒に行きたいけど、…今はヒバリ先生のこと守らなくちゃ」
「ありがとうツバメ。あたしもツバメと一緒に戦いたいよ」
「うん、もし翼を手に入れられたら、その時はスズメに会いに行くからね」
ぎゅっと手を取り合って、スズメとツバメは友情を強く確かめ合った。それからとくるりとスズメはカラスのほうを向いた。
「カラスも元気でね。ヒバリ先生のことよろしく。それからツバメといっぱい仲良くしなよ」
びっと人差し指をつきつけて一方的に言うスズメに「ちょっと」と焦るカラス。だがスズメは気づかない。そんなカラスに助け舟を出したのはクジャク。
「スズメ、カラスもあなたと一緒に行くのですよ」
「え? どういうこと? もしかしてカラスもライチョウ様に呼ばれて?」
きょとーんとするスズメに、クジャクがワケを伝える。
「私が頼んだのです。あなた一人の旅では危険でしょう。それにカラスが一緒のほうがあなたも心強いでしょう」
「うん、たしかにカラスが一緒なら安心だけど、でもほんとにいいの?カラス」
「ああ、いいんだよ、俺も自分の意思で行くんだから。ということで、ツバメ、先生のことよろしくな」
スズメの側に立って、カラスはツバメに別れの挨拶をする。
「うん。まかせて。じゃ二人とも頑張ってね」
なじみの者たちに見送られながら、スズメとカラスは故郷を旅立った。
目指すは西、最も天に近いというその場所、テエンシャンを目指して。


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