サイチョウの軍勢との戦いは終った。
チョモランマには、もうサイチョウの翼の者たちはいない。大将であるサイチョウを残して。
巨大な勢力は、あっという間に滅んでしまった。戦う力を失った者、自らの意思で去った者。
その者たちはまだいい。バードストーンの使用により鳥神へと取り込まれた者たち…、ウ姉妹にアイサたち、ダチョウにブッポウソウ、オオハシ。彼らの犠牲は重く皆の心にのしかかる。
翼軍勢との戦いは終った。だが、終ってはいない、真の戦いは、光の翼の使命は果たされていない。

チョモランマの城内で、ライチョウの信徒達は休息をとっていた。そして、サイチョウから話を聞くことになる。
その内容はサイチョウ自身に留まらず、彼の父であり尊師のライチョウ、光の翼スズメに関する重要なものだった。十五年前の出来事。すべては十五年前に、彼サイチョウがここチョモランマで起こしたことに始まる。


幼き頃から夢の中のお告げから、ライチョウは光の翼の存在を知る事となる。
混沌とした世界を、再生へと導く光の翼。ライチョウは光の翼より選ばれたのだ。光の翼の使徒に。
ライチョウは光の翼の救世主の存在を唱え、この世界の危機とそれを回避するために教えを説いて回った。長い時をかけ、ライチョウは聖人として人々から敬われる存在となった。いつか現れる光の翼、ずっとずっと先の未来に現れるという光の翼、彼の教えの広まりもあり、光の翼を信じる人々の心には母である鳥神が望んだ慈しむ心が生まれた。が、それは世界の崩壊にはとても追いつかなかった。教えを広め、やがて世界を浄化し再生に導くという光の翼を待ち続けられるほど、人々は気長ではなかった。
サイチョウも元々ライチョウの教えを強く信じる光の翼の信徒だった。が、彼は教えを広める事はしても光の翼を捜そうとは動かないライチョウに疑問を感じていた。ライチョウのやり方では世界を救えないのではないかと、そんな疑問を抱くようになった。サイチョウは光の翼を探す旅に出かけた。
その旅の果て、サイチョウは光の翼と出会うことができた。十五年前のここチョモランマで。大きな山、森に囲まれたその山の麓に、山の中に続くような空洞があった。なんとか人一人通れるほどの空洞だったが、サイチョウはその山の中へと進んでいった。通路を抜けた先は、ひらけた空間があった。サイチョウは息を呑んだ。信じられないものを彼は見つけてしまったのだ。
見上げるほどの巨大な生物。見たこともないそれは、この世界の産みの母である鳥神だった。鳥神は目を閉じ、動く気配はない。どうやら眠りについているようだ。ごくりとツバを飲み込み、物音を立てないようにゆっくりとサイチョウは動く。さらに彼を驚かせたのは、鳥神のすぐ下で、寝息をたてている赤子がいたことだ。しかもただの赤子ではない。背には翼がある、翼の者だ。生まれついてからの翼の者だ。それだけでも結構な衝撃なのに、その翼が光り輝いていた事だ。
「光の翼」
ライチョウの教えにある光の翼だ。
サイチョウはその赤子へと近寄る。顔を覗き込む。光の翼であることを除けば、他の赤子と変わること等ない。とても愛らしい姿をしている。
抱きたい。
サイチョウは感情のままに赤子を抱き上げた。
愛らしい。
赤子を抱き上げ、愛しいと強く想った。光の翼であることは考えもしなかった。ただ赤子への愛しさだけが溢れたきたのだ。
が赤子に気をとられている場合ではなかった。すぐ側に鳥神がいる。しかも、今ゆっくりと目を覚まそうとしている。巨大な体がグググと揺れはじめている。
「マズイ!」
サイチョウは急いでそこから脱する。赤子を抱きかかえたまま。
サイチョウが通路を抜ける時、鳥神は目覚めたらしい。巨体は揺れ、その振動で山全体が揺れている。
「くっ」
赤子を守るようにサイチョウは翼の力を使って空洞から脱出した。出た瞬間山は轟音をさせて、降り注いだ大きな岩によって空洞の出入り口はふさがれてしまった。
まさか、鳥神と遭遇するとは。あれがこの世界の創始者であり自分たちの母でもある鳥神なのか。
が今サイチョウの関心は鳥神よりも、己の腕の中にいる赤子にあった。
「大丈夫か?」
赤子に何もないか、確認するようにサイチョウは赤子の顔を覗きこむ。
赤子はサイチョウの声に答えるように、真ん丸い目を開けて、「きゃっ」と嬉しそうに笑った。サイチョウの顔にも満面の笑みが浮かぶ。
「私はこの子の親となろう。今から私がお前の父だ」
「あ…」
まだ言葉を理解し得ないだろうが、サイチョウは赤子に呼びかけて、そうだな…と少し考える。赤子の名前をつけてあげねばと。
「女の子か、スズメ、よしスズメと呼ぼう。お前の名はスズメだ」
「きゃきゃっ」
スズメとの出会いはサイチョウにとってかけがえのない存在となるものだった。スズメを我が子として育てよう、そう強く決意して、ライチョウの元に戻る。
ライチョウとヨウムは、サイチョウが赤子を連れ帰ったことに驚いた。しかもただの赤子ではない。それは光の翼の赤子だったのだ。
「この子は私の娘のスズメです」
「お前なにを言ってるんだい。お前に子がいるわけが、子はお前一人では生めないのだよ」
ヨウムもライチョウも信じるわけがない。子はサイチョウだけで生めるものじゃないのだ。それ以前に、光の翼が生まれるなど信じられぬと。
「お前が事情を話さぬのなら仕方ない。スズメは我々の元で育てよう」
「ライチョウ様!?」
「光の翼を待ち望んだが、まさかサイチョウお前が赤子の光の翼を拾ってくるとは。お告げにはなかったことだが、我々の手で育てるのも使命かもしれん」
ライチョウ、ヨウム、サイチョウの元でスズメは育てられる。が光の翼であるスズメは他の者の目に触れさせるわけにはいかなかった。数日もしないうちにサイチョウはライチョウとの意見の相違に激しくぶつかることになる。父ライチョウはスズメを光の翼の救世主として育てるというのだ。それはつまり、スズメに救世主という過酷な道を進ませるということだ。ライチョウは光の翼の使徒としてその役目を果たすつもりでいる。以前のサイチョウならライチョウの考えに追随したであろうが、今サイチョウの中でスズメは光の翼ではなく、大切な唯一人の娘でしかなく、スズメを救世主にすることに強く反対した。ライチョウとの意見はぶつかり合うばかりで、サイチョウはスズメを連れてライチョウの元から去ろうとした。がそれを実行する前に、ライチョウはスズメをサイチョウの目の届かぬところへ隠してしまった。
バードストーンの力を借りて、ライチョウはスズメの光の翼の力を封じた。それは光の翼も望んだ事であったが、力を封じられただの赤子になったスズメにはその記憶すらなくなってしまった。スズメの光の翼とその記憶はカナリアとなり、カナリアにも翼は見られなかった。二人の赤子となった光の翼の娘は、スズメであるほうはライチョウの愛弟子である若き女皇クジャクの元へ、カナリアはヨウムが預かり彼女はライチョウのもとを離れ、目立たぬ場でカナリアを育てた。
スズメを隠された事にサイチョウは激怒した。頑なに使徒である道を譲らないライチョウと完全に道を違えることになる。スズメを守り取り戻す為に、彼は決意する。強き翼となってこの世界を救い、光の翼の必要ない世界に変えてみせると。世界中を巡り、彼は翼の者を集めた。また戦乱の犠牲になって行くあてのない子供達を拾い育てた。子供たちの中にスズメを思い出さない日はなかった。長い時をかけて、サイチョウの翼勢力は世界を揺るがすほどに大きくなった。翼の力を得て、さらにそれを高めるバードストーンを集めて。世界を救うのは自分たちだと。サイチョウの存在は翼の者に勇気を与えた。戦乱でつらい思いをしてきた子供達は、自分たちの力で世界を救うのだと息巻いた。
スズメのことを忘れたことはなかったが、サイチョウの心を癒したのは戦災孤児の子供たちだった。子供達もまたサイチョウを恩人と敬い、親のように慕っていた。
サイチョウは翼の者たちを家族と呼び、彼らを愛した。世界を救う為、翼の力で鳥神と戦うことを誓い、その目的のために戦ってきた。反翼勢力の者と、ライチョウ信徒の者と、バードストーンを渡さぬ者たちと。結局自分たちの行いによって、鳥神に作り出されたこの世界の崩壊を早める事になってしまった。サイチョウを狂気に駆り立てたのは、バードストーンの副作用ともいえる。想いを力に変える神の石バードストーン。元々母が、子の為にと与えたそれは、悪用されてしまった。想いは、母の望まぬ想いにさえ反応した。サイチョウの負の感情のほうに反応し、それを増大させ、サイチョウは本来の優しい性質を失ってしまったのだ。彼を狂わせたのは、ライチョウへの憎しみとスズメを失った悲しみ、その二つの悲しい感情によって我を忘れていたのだ。ワシやヨタカが尊敬したサイチョウは、本来の心優しく正義感に溢れる父だった。


「サイチョウ…お前の悲しみもわかるよ。だけどね、お前の知らないところで、私やライチョウ様だって苦しい想いに耐えていたんだよ」
「母上…」
十五年ぶりに見合う母子。スズメとカナリアとライチョウとヨウムとサイチョウ。彼らの繋がりを知り驚きつつもそのやりとりをハヤブサたちは見守っている。
「私の苦しみなどたいしたことではない。光の翼の使徒として、その時を望んで生きてきたのだからな。だが、私の勝手で生み出したカナリアには、辛い思いをさせてしまった」
「おじい様、カナリアは不幸なんかじゃなかったよ。お父さんとわかりあえるのは遠回りしちゃったけど、あたしは嬉しいの。光の翼の使徒が、あたしの大好きな二人だから」
向かい合うサイチョウとライチョウの間に立って、スズメが二人の手をとる。「うむ」と静かに頷くライチョウに、サイチョウは目を見開く。
「しかし、私は…父上に背き、光の翼の意思にすら背いた身…、それに、お前を失う道など」
「違うよお父さん。あたしはずっとこの世界と一緒だよ。あたしたちは光だから。光の翼はこの世界を浄化して、世界と一緒になるの。だから…」
「俺たちはいなくなるわけじゃない。今のこの姿…スズメとカラスじゃなくなっても、この世界がある限り、みんなの中に想い合う心がある限り」
カラスが立ち上がり、スズメの横に並ぶ。カラスの言葉にハヤブサたちが「えっ」と驚きで固まる。
「ちょっと待ってくれ、どういうことなんだカラス!」
聞いてないという顔でハヤブサが立ち上がりカラスたちを見る。フラミンゴやツバメたちも同じ心境だ。
今カラスが言ったことは…、スズメとカラスは今の姿を失うということなのか。それは彼らにとっては別れも同然だ。
「ごめんハヤブサ、きっと混乱させると思って黙ってたんだ。君の望む友情の形は、続けられないと思う。だけど、俺たちは死ぬわけじゃない。この世界を浄化して、みんながこの世界を人々を母を愛し続けてくれたなら、俺とスズメもまた、なにかの形で君たちの前に帰って来れたらって願うよ」
「そんな…、もうスズメとカラスとこんな風に会えなくなるっていうのか?」
「ねぇカラス、願ったらまた会えるんでしょ?」
不安げな眼差しのツバメに、カラスは申し訳なさそうな顔で答える。
「姿かたちは変わってるかもしれないけどね」
「それってもうお前らいなくなるってことじゃないか! ああもうっ最終決戦目前ってとこでんなこと言うって、ちったー空気読んでくれよクロボウズ!!」
大人気なく涙ズルズルのフラミンゴに、ツバメももらいなきしそうになる。
「いやだ、なんて言ったら困らせるだけだろうな。私の願いは叶わないからって、ここで君たちをとめることは世界の終わりを望んでしまうってことになるんだよな。変わりたくないなんてワガママだ。私は変えたいと願ったはずなのに」
恐れてどうするんだ?とハヤブサは拳を握り締めて、顔を起こし二人を見る。
「私は信じる。もう一度君たちに出会える未来を。光に溢れた新世界を。
私は光の翼とともに戦う事を誓うよ」
ハヤブサはぎゅっと握り締めたこぶしをスズメたちのほうへ伸ばした。決意のポーズのそれを見て、ツバメたちも涙を拭いて立ち上がる。
「私も信じるわ。スズメもカラスも、この世界も大好きだから」
「愛するハヤブサ様の決意にあたしゃどこまでもお供するよ! だから約束しろよクロボウズ!フラミンゴ様のこと忘れんじゃないよ」
「ああ、忘れないよ。ありがとう、ハヤブサ、ツバメ、フラミンゴ」
とてとてと小さな足でスズメたちに寄るのはフクロウだ。
「フクロウは、スズメちゃんたちが帰ってくるまで、お花畑見つけるからね」
「フクロウちゃん…」
「その時は、一緒にお花畑いこうね!」
うっわーいといつものように元気に両手をのばしてフクロウはきゃっきゃっと笑う。フクロウを見て、サイチョウの目は自然と細まり頬は緩められていた。不思議な女の子だフクロウは。どんな状況にあっても場を和ませる。
「サイチョウよ、子供達のほうがお前よりよほど肝が据わっているようだな」
「お父さん、お願い」
くるりとサイチョウのほうへと向きかえって、両手を握り締め、スズメが懇願する。我が子として幸福な道を歩ませたいと願ったのに、スズメは光の翼の救世主を道を選んでしまった。そのスズメが強く願う事は、世界を救う事と、そのために自分に力を貸してほしいこと。目を閉じて、サイチョウは遠い昔に強くあった想いに巡り会う。
光の翼の使徒として、共に戦いたいと願った事を。ライチョウが羨ましかった。十五年前…、スズメへの愛からその夢を捨ててしまった。
自分を見つめるまっすぐな瞳は、愛する娘のものであり、救世主のものであった。
光の翼は自分を選んでくれた。父を羨ましく思ったその役目を、今スズメは自分に与えてくれると言っている。
ふっと目を伏せて、サイチョウはゆっくりと瞼を起こす。
「光の翼の使徒に選ばれる。こんな光栄な事はない。遠い昔強く願った夢だったが、私はスズメという愛のためにその道を捨てた。だが今…、愛のために私は光の翼の使徒として役目を果たす事を誓いたい」
「お父さん!」
嬉しそうに見上げるスズメを見つめて、サイチョウは優しく、そして力強く微笑み頷く。
「そういうわけで、私と父上…ライチョウは光の翼とともに戦う。が私たちだけでは正直心許無い。そのため皆に力を借りたい。鳥神との戦いは厳しいものとなるだろうが、無理を承知でお願いしたい!」
「サイチョウ殿、翼の王がそんなに頭を下げないでください。お願いされずとも、私個人は最後までお供させていただくつもりですわ。よろしいでしょうか? ライチョウ様」
静々と歩み寄る女皇クジャク、威厳を湛えながらも、母のような温かな表情で問いかける。
「うむ。かまわんだろう。だがクジャク、お前は次なる世界の導き手とならねばならん。己の身を危険にさらすことだけは許さぬぞ」
「サイチョウ様、私もサイチョウ様の供をさせていただきたいです。サイチョウ様から受けたご恩、どうしてもお返ししたい」
サイチョウの元に跪くのはヨタカ。
「ヨタカか。…私への恩返しなど後回しでかまわない。それよりも、君の大切な兄ブッポウソウを必ず解放しよう。彼や君を巻き込んだのは私のワガママのせいなのだから」
「いいえそんな! サイチョウ様に出会えなければ、私たち兄妹は暗い人生を歩むしかなかった。それに、本当の私を見つけてくれたのはサイチョウ様だから…、私にとってサイチョウ様は恩人では足りないほどに大切なお方なんです」
ヨタカに続いて彼の元に跪くのはワシ。
「お久しぶりでございますサイチョウ様。ワシです」
「ああっ、ワシか。…それにタカにハヤブサ。すまないすぐに気づかず、あんなに小さかった子が、もうこんなに大きくなったのだな。たいしたこともしてやれずすまなかった」
サイチョウはワシから、ハヤブサそしてタカへと目をやる。父のように穏やかに微笑まれて、タカは眉寄せてなにも言わず目をそらした。ハヤブサは、複雑な感情から「ううう」と口ごもった。二人の態度に兄のワシは焦ったが、サイチョウは咎めることもなく「ははは」と小さく笑った。
「ムリもないか長らく会ってなかったからな」
改めて頭を垂れて、ワシはサイチョウへと。
「サイチョウ様、私も鳥神との戦いにお供させてください」
「ヨタカにワシ、二人の気持ちはとてもありがたい。だが私は光の翼の一使徒でしかない。お願いは光の翼に頼んでくれ」
「うむ」とサイチョウの言葉にライチョウも頷き、皆スズメとカラス光の翼に視線が集まる。
「救世主はスズメだから、主導権はスズメにある。俺もスズメの選択に従うよ」
とカラスまでも。
光の翼として、ライチョウとサイチョウは使徒として選んだ。二人には、翼の者、いやこの世界の代表として鳥神と戦ってもらわなければならないが、他の者達は、強制的に連れて行くわけにはいかない。そこはそれぞれの自由意志になる。がきっとみんなは、今ココまで共にきてくれたみんななら、快くついてきてくれるだろう。
「さっきも言ったとおり、私は最後までついていく。友として、私は君たちと一緒に戦いたい」
「ハヤブサさん」
「私も。足手まといかもしれないけど、一緒に行きたい」
「ツバメ」
「あたしはね、ハヤブサ様の愛のためだから、いくっきゃないでしょ」
「あはは、相変わらずだなフラミンゴは」
「スズメちゃんカラスー、フクロウもいっしょだよー」
「ありがとうフクロウちゃん、フクロウちゃんがいると怖いものなしって気持ちになるよ、ねカラス」
「あははそうだな。フクロウちゃんって、ほんと、すごいパワー持ってるよ」
「ありがとうみんな。みんなが一緒にいてくれるなら、あたし心強いよ」
皆スズメたちに同行すると宣言する中、黙したままはタカだった。一人何かに耐えるようにぎりぎりと拳を握り締めていたが、ついに感情を爆発させる。
「待てよ! 勝手に話進めて納得して、なんで誰も反対しないんだ?!」
今まで壁際で黙っていたタカが突然声を上げたものだから、皆タカのほうへと驚きの視線を向ける。タカの顔には怒りと困惑があった。一人状況についていけなかった、それだけでなく彼の苛立ちは、ついさっき聞かされた衝撃の事実に関連する。
「タカ兄…」
きゅっと切なげにハヤブサが口を結ぶ。タカの心情はみなわかる。同じ想いはある。サイチョウも悩み続けたことでもある。それでも、世界を救う為にはそうするしかない。光の翼自身が望んでいる事だ。
「タカ、サイチョウ様も決断されたんだ。どうしてもムリだというのなら、お前はここに残って」
「ワシ兄さん!」
ワシの言葉をハヤブサが遮る。
「オレは…絶対に反対だ!」
悔しさを滲ませながら、タカは城を飛び出した。


「くそっ」
タカは拳を岩に打ちつける。痛みがじんじんと広がる。痛みがほしい、心の痛みを紛らわせるには、肉体の痛みがいい。
岩に額を押し付ける。苦しい想いに胸を押しつぶされそうだ。この苦しみは、スズメとの別れを受け入れたく無いから。ハヤブサたちは、納得していたが、タカは納得できなかった。
光の翼は、鳥神を世界を浄化する光としてその役目を果たすのだと。名前の通り、スズメたちは光そのものとなってこの世界を浄化する。それはもう、今のスズメはこの世界から消えてなくなるということだ。
「力になると、守ると誓ったのに…、くそっオレはなにも、なにもできない存在なのかよ」
ダチョウも救えなかった。その上、スズメの力になるということは彼女を守れぬ事の矛盾。

「タカ」
自分を呼ぶその声は、振り向かなくともわかる。力になりたいと願った当の相手…スズメ。
タカはスズメに気づいても振り返ることなく、拳を握り締めたままこらえるようにして立ったまま。
「そういえばタカには、願いこめてもらってなかったよね」
スズメの手にはライチョウの壷があった。世界中のみんなの想いを籠めてもらった壷。ハヤブサやツバメたち、敵として戦った翼の者たち、翼を持たぬ平和を願う者たち…。バードストーンの壷の中に、多くの者のかけがえのない想いが集められたのだ。でもタカだけは、いまだに壷に想いをこめていない。無理強いをすることではないが、スズメはタカにも想いを籠めてもらいたかった。一緒に使徒として戦いにゆけなくても、こういう形で共にできるのだとスズメは思うが、タカはどうであろうか。
「世界の平和を願うんだったな…」
くるりとタカがスズメへと振り返り口を開く。じっと壷に目をやって。
「うん。タカの想いもあたしの力にしてほしい…」
「わかった…」
目を伏せて、タカがスズメのほうへと歩き寄る。ツボのほうへと、タカの手が伸びる。翼を広げて、タカの顔は怒りの形相で、スズメから壷を奪うと、それに拳を叩き込む。
「!? タカなにしてんのやめて!」
スズメも翼化し、壷を破壊しようとするタカを背後から羽交い絞めにして止める。
壷は頑丈で、タカの拳では叩き割れることはなく、コロコロと地面を転がった。
「くっ…」
動きを止めたタカに気づき、スズメはタカを掴んでいた手を離す。
「願えるわけないっ、お前のいなくなる世界なんて、このまま終ればいい」
肩を震わせて、タカが泣いている事に、スズメは切なくもあり嬉しくもあった。サイチョウもタカも自分をこんなにも想ってくれている。その想いゆえに、光の翼の望む道と違えた。
「オレはお前が好きなんだ! お前が犠牲になる戦いに協力できるかよっっ」
悔しそうにタカはボロボロと涙を零す。眉間も口元も震わせながら。スズメは涙に濡れるタカの頬を両手で包み込む。
「ありがとうタカ、あたしもタカのこと大好きだよ。今までみたいに一緒にいられたらって願う気持ちもあるんだ。
あたしとカラスは光の翼だから、世界を浄化する光になって、このスズメの姿は消えてしまうだろうけど、あたしは消えるわけじゃないから。ずっとみんなと一緒にいるから」
結局のところ別れの言葉だ。タカにとっては慰めにもならない。いや、スズメの次に続く言葉はタカの心を起こさせることになる。
「光に…なったらこんな風に話すことも触ることもできなくなる。そんなの気休めにもならねぇ」
「タカ、この世界はね、想いの力で大きく変えられるんだよ。だからね、タカがあたしのこと忘れないで、また会いたいって強く願えばスズメとして生まれ変わる事できるかもしれないよ」
「え…本当に…、また会えるのか?」
驚き目を見開くタカに、スズメは「そうだよ」と笑顔で頷く。
「新世界でもう一度出会おうよ。あたしのこと探しに来てよ。あたしもタカに会えるように願うから」
すっと、スズメは地面に転がった壷を拾い上げてタカの前に差し出す。
絶望から抜け出した。
「約束だ。オレはスズメに出会える世界を願う」
壷に手をかざして、タカの想いが籠められた。


世界最後の夜を越えて、光の翼とその使徒達は短い休息と友との別れを終えて、母の元へと今向かう。
チョモランマの奥深く、サイチョウが十五年前に出会った鳥神は今もそこに眠る。破壊の神となった母を倒す為に、スズメたちは十五年ぶりに母の元へと帰る。


第三十五話  目次  最終話