サイチョウ目指しスズメは城内へと侵入する。
翼の者はみんな出払っている。つまり、城内にはだれもいない。しんと不気味なくらい静まり返っている。
通路に降り立つと翼をしまいこみ、スズメはサイチョウを探して走る。冷たく響くスズメの走る音。
「サイチョウはこの先?」
最上階の王の間、おそらくサイチョウはここにいるのだろう。そんな予感がする。
急がなきゃ。不安な心がさらに急かす。事実、終わりの時は差し迫っているのだ。
王の間の暗く重苦しい扉を、両手で押し開ける。
扉は開き、スズメは息を飲み込んだ。
王の間は、広く、不必要なほど広く暗く、奥の中心部に唯一つ、玉座だけがあった。そして、そこに沈黙して座する一人の男。頭部を石でできた兜で覆い、目元まで見えない。一見表情すらわからないほどだ。鼻と口元が彼の表情を知るすべてだろう。不気味な場に、不気味な出で立ちの男…、この男が翼の者たちの長サイチョウなのだろうか。
扉を押し開けて、自分の前に現れた少女…スズメに対してなにも反応を示さない。兜に覆われて確認はできないが、しっかりと座っている様からして眠っているのでも、死んでいるのでもないように思う。
「あなたがサイチョウなの?!」
広いこの間にスズメの発した声が反響する。スズメの声にサイチョウらしき男は座ったままなにも発する気配はない。静か過ぎるその姿が異常に思えた。彼の下につく翼の者たちは皆、時間がないのだと鬼気迫る様で危険を承知でバードストーンを使いまでして戦ったというのに。
「サイチョウなんでしょう?! ブッポウソウたちにバードストーンを使えと命じて戦わせている、あなたが翼の最高指導者サイチョウなんでしょう?! すぐにみんなを止めて! バードストーンを使わせないで」
場にスズメの声だけが響く。男は動く気配すらなく返事すら返してこない。
ぎりっとスズメが唇を噛む。
「あたしはあなたを倒す為に翼を手に入れた。あたしはこの世界を、みんなを救う為に生まれた光の翼の救世主なんだ」
「ひか…りの…」
「!?」
光の翼の救世主とスズメが名乗ったことで、はじめて男は口を動かした。
「そうだよ! あたしは光の翼の救世主、ライチョウ様の想いによって生まれ、みんなの想いによって強くなる光の翼」
「光の…翼…」
男は立ち上がる。まだそこに戦意はない。対話はできるのだろうか?
「…遠い昔聞いた…、世界を救う…光の翼…」
ぽつぽつとつぶやくように男の声。光の翼に反応しているようだ、もしかしたらとスズメの心に希望がともる。
「そうだよ、あたしがみんなを救う光の翼だよ」
「違うッッ!!」
突然強まる男の口調。「えっ」と驚いたようにスズメは固まる。
「違う違う違う違うッッッ!! 光の翼など、不必要だ! 世界を救うのは光の翼ではない」
「なっなにを」
「私だ! 鳥神を倒し世界を救うのは、翼の王サイチョウだ。光の翼の力など必要ない!」
目元は見えないが、ぐわっと開かれた口元からその男サイチョウの感情の強さが読み取れる。
光の翼など必要ない、そう繰り返し、光の翼への憎悪すら滲ませる物言いだった。静かだった石像のようだった男が一変、野獣のように吼えだし、スズメはしり込みしそうになる。
押される感じだ、そんなスズメを勇気づける声があった。
『スズメ、私もいるから』
さきほども聞こえてきたその声の主は、スズメも覚えのある主だ。
それはフォンコン以来声を聞かなくなったもう一人の自分。
「カナリア!」
消えたはずの彼女が再びスズメへと呼びかけている。スズメの中から。どうして今ココでカナリアが現れたのだろう。それには深い理由があった。カナリアだけが知るとても重要な理由が。
あの日、フォンコンでのカラスとカナリアのやりとりの中、カナリアは己の心のうちを閉じ込めるようにして消えてしまった。本当の気持ちを、いつかスズメに伝えるからとカラスに約束して、だがその約束はまだ果たされていなかった。どうしてか、カナリアはずっと迷っていた。
カナリアが抱えるもの、それはスズメが知らない彼女だけが知る彼女の…スズメの記憶。その記憶の中にはスズメの存在そのものと言っていい光の翼の記憶もある。そしてもう一つ、彼女がもらしていたあの人のこと。
時間がない、いつまでも隠しとおせない。いや隠したところでいい結果など待っていない。カナリアは今こそ、スズメにすべてを知らせる時だと判断した。
『スズメ、あの人を救って!』
「えっ、あの人って」
答えを聞くまでもなくスズメは知る。それは言うまでもなく目の前のあの人だ。
サイチョウ。
心の中でこくりとカナリアが頷く。カナリアの強い想い。スズメも強く感じている。今ゆっくりとカナリアの心がスズメの心の中で溶け合って一つになっていく。
この瞬間スズメはすべてを知り、光の翼として覚醒する。
『スズメ、あの人は私にとって私たちにとってとても大切な人なの…、だからだからお願い』
悲痛なカナリアの声に、スズメは強く頷き応える。
やっとカナリアは悲しみから解放される。ずっと一人で抱えてきた悲しみを、もう一人で抱え隠しとおさなくてよくなった今、真の光の翼となったスズメの中で勇気に変わる。
「一緒に助けよう。あの人を…」
そう言って目の前の相手を見据える。石の兜を抱えながら唸るサイチョウを。
光り輝く翼のスズメを見て、サイチョウは発狂するように声を上げ、翼を広げる。最初の時とはうって変わって、激しい戦意をほとばしらせながら。
「光の…翼…などッッ、必要ない。なぜ…ッなら、私がッッ、翼の力で私がッッ…戦うッッ」
頭を抱えていた手は下ろされて、足は石造りの床を蹴りつけ、素早くスズメの前へと移動してきた。激しい戦意は、憎しみから来ているような…、ゆがめられた口元からサイチョウの怒りが伝わる。
「ふっ」
スズメは間一髪、身をかわしてサイチョウの突撃をしのぐ。光の翼の力で、サイチョウを浄化できないか、試みる。
翼で後方や上空にかわしながら、光の力に集中する。
「いくよ、カナリア」
はあっと力んで、スズメは光をサイチョウへと放つ。光の翼より放たれた光がサイチョウを包むが…。
「だめ、効かない」
光が消えてなくなる前に効果がないことを知る。サイチョウは光の中からスズメのほうへと飛んでくる。
「ぎっ」
真の光の翼になれたところで、スズメの翼の戦闘能力が著しく上昇したわけではない。サイチョウは翼の者の長だ。あれだけの翼の者たちを従わせる者。翼の王。彼は最強の翼であるのかもしれない。一対一のぶつかり合いで、スズメのほうが力負けし押されている。力でぶつかっても、勝ち目がない。
「あぐぅっ」
サイチョウの攻撃を受け、スズメは弾き飛ばされる。壁に打ちつけられて、ダメージを受ける。が倒れるわけにはいかない、休んでもいられない。サイチョウの攻撃は息つく間も与えないほどだ。
すぐに体勢を立て直して、距離をおき、光の翼の力で何度も挑む。
「やっぱり効かない。どうすればサイチョウを止められるの」
「必要ないッッ、光の翼などッッ」
「くっ、またっ」
サイチョウの攻撃を横にかわしながら、スズメが感じ続ける違和感。さきほどからサイチョウは繰り返している言葉…、光の翼などいらないと、頑なに繰り返しているそれ。光の翼を憎んでいるかのようだ。いや、彼が憎むのは光の翼だけではない。
「ライチョウめッッ、よくも、よくも私から」
「ライチョウ様?!」
ぎりぎりと歯を軋らせながらサイチョウが唸る。怒りの声を放って。
「私から、私から大切なモノを奪ったッッ」
「え?」
サイチョウの怒り、憎しみ、それは光の翼へ、聖人ライチョウに対してのもののようだ。
違う。声がする。それはスズメの中の声で、カナリアの声でスズメの心の声だ。
違う。はっきりと思う。サイチョウは本来のサイチョウではないことだ。スズメの記憶にあるサイチョウは優しく、愛しく微笑んでくれたあの声、あの顔。
記憶にあるそのサイチョウこそが本来の彼なのだと強く信じる。だから、今のサイチョウの姿こそ異常なのだと。その原因も、あれしかあるまい。浄化の力が及ばぬほどの、強い力を放ち続けるサイチョウの頭部を覆っている石の兜。
「あれがサイチョウのバードストーンなのね。あの大きさ、とても壊せそうにないよ」
サイチョウの兜はバードストーンだった。翼に埋め込んではいないが、頭部を完全に覆った兜型のバードストーンは、サイチョウの人格を狂わせるほど凶悪な力を放っていた。
『バードストーンは想いを力に換えているの』
「サイチョウの強い想いを力に換えて…だからあれほどの力を、砕けるわけない、あんな強い想い、翼の力じゃ止められないよ」
『同じよ。私たちの想いも、力に換えるの。私たちの想いだって負けないくらい』
「強いものね。そうだね。あたしは諦めないよ、信じる。想いの力、伝えてみせる」
「うおおおおおおおおーーー」
サイチョウとスズメぶつかり合う距離で、光を放ちながらスズメはサイチョウの目前で強く想う。
「お願い! 目を覚まして、お父さん!」



「ああっ!」
「くぅっ」
地面に転がるツバメとフラミンゴのそばに光の翼のカラスがかけよる。カラスの光が二人を包む。がその間にもブッポウソウたちの攻撃は容赦なく襲ってくる。
「カラス、だめ逃げて」「クロボウズ」
非力なカラスを庇おうと、ツバメたちは身を起こすが間に合わない。
「ちいっ、しぶとい連中ですね、くっっ」
「私は守ってみせます。このこたちは私の宝、この翼にかけて守り抜きます」
女皇クジャクの勇健な翼がカラスたちを守る盾のように広がる。苛立ちを滲ませながらブッポウソウが舌打つ。彼の冷静な顔立ちも歪みかかり脂汗が浮いている。異形の翼は不安定に震え始め、限界も近いだろう。
「兄さん、もうムリよ。お願い、もう止めて…」
戦いを続けていたヨタカの目にも明らかに、ブッポウソウの翼の力は衰えだしている。
「うるさいっうぐぅっ」
感情を高ぶらせるほどに、バードストーンは強く反応し、さらに深く翼へとのめりこみブッポウソウへと苦痛を与える。
それはブッポウソウだけでない。ハヤブサ、タカと戦うダチョウもだ。三人の中で一番若く、翼の力も日の浅いダチョウはすでに限界を超えている状況だった。
「ぐわぁぁーー」
苦しそうな声を上げながら、ダチョウもまたウ姉妹たち同様、強い力に引き寄せられるように空の彼方へと飛ばされていった。
「まてダチョウ」
とっさに手を伸ばし、タカは翼で追いかけるがグングン距離は離される。
「くっ、私が!」
スピードに自信のあるハヤブサも追いかけるが、ハヤブサのスピードですら追いつけず、ダチョウは雲の向こうへと消えてしまった。
「くそっ」
タカは悔しく空を睨んだ。ダチョウは消えてしまったが、まだブッポウソウとオオハシとの戦いは終っていない。

「そんな姿になってまで、果たさなければならないことなの?」
相変わらず戦いには加わらない傍観者のままケツァールは上空のオオハシへと言葉を吐く。
「ああ、そうだ。だがもうケツァールよ、お前には関係のないことだろう…。私のなしたいことなど」
「そうね。どうでもいいわ、どうだって。お前がナニをしようがどうなろうが」
「ウソだ。ならどうしてここにきた?」
二人の間に、よろよろと身を起こしながら加わるのはワシ。ケツァールの心の奥底に今も強くある存在は、間違いなく今戦っている相手…オオハシなのだと、改めて思い知る。
「言ったでしょうワシィ。お前との戦いの結末を見るためよ。お前の信じる愛とやらを否定する為にね」
「その逆だ。あなたはそれを証明したくてここに来たんだ。あなたは今でもあの人を…オオハシを愛しているんだ」
ワシの言葉に、冷ややかな微笑を浮べていたケツァールの顔がぐわっと歪む。
「バカを言うんじゃないわ! 愛がどれだけ無意味なものか、愛を信じる事がどれだけ愚かか、それを証明したいのよ」
消し去りたい過去だ。ケツァールは己に言い聞かせるように強く首を振る。ケツァールを見下ろしながら、彼女に反して冷静を崩さないオオハシが語る。
「無意味か…、あの時のお前の言葉を私は否定しなかったな。そして私たちの関係は終ったのだったな。
もう二度と会うまいだろうと思っていたが、サイチョウ様のもとで再び出会ってしまった。お前がいようといまいと私の進む道は揺るぐ事はなかっただろう。だが、お前の存在を無意味だと私は思っていない。お前と過ごした時間はわずかだったが、私の中により強いモノを宿させてくれた。私の進むべき道をより強く照らす道しるべとなった。だからこそ、私は迷いなく進める。
この魂は鳥神のもとへ向かおう。新世界の礎となるためにな」
オオハシの目には揺ぎ無い信念の光が見て取れた。命を賭してまで、なしえたい事はそれなのだと。
ああそうだ、この男は変わらない。初めて出会ったときからその想いを通してきたのだ。そこに惹かれたのに、愛に裏切られたショックはその想いさえ忘れさせた。いやそもそも愛に裏切られてなどいなかったのでは…、そんな迷いがケツァールの心にすっと入り込む。
「ふはははははっっ、その女のために世界を変えるのだと? そう言っているようにしか聞こえませんね、オオハシ殿、見損ないましたよあなたがそこまで女々しい男だったとは」
「ブッポウソウ。お前はいつまで自分を欺き続ける?」
「フン、私が欺くのは己以外の存在すべてですよ!」
「いいのか?それで。永遠の別れとなるぞ」
ブッポウソウはふと己と対峙する少女ヨタカを見やる。瞼も力を入れていないといつ閉じるかわからないくらい、もう限界を体が訴えている。そんな霞がかる視界に映るのは、涙を滲ませながら強い眼差しでこちらを見ている妹の姿。
「もう…手遅れですよ」
小さくつぶやいて、ブッポウソウは力を失う。肉体を己を引き寄せる強い力に預けさせる。
「だめ、兄さん」
「さらばだ」
オオハシも限界を向かえ、引き寄せられる力の波へと体を預ける。
オオハシ、ブッポウソウも飲み込んだ黒い空は、さらにゴロゴロと不気味に唸り続ける。
「おじちゃんもおにいちゃんも飛ばされていっちゃったよー。カラスー」
緊迫感のないフクロウが手をぱたぱたさせながらカラスのほうへと走り寄る。
「城のほうで強い力が放たれているのを感じる。たぶん、サイチョウのバードストーンの力かもしれない」
不安げにカラスは城へと目を向ける。なにが起こっているのか詳細までつかめないが、スズメの光の翼の力が増した事と、おそらくサイチョウの持つバードストーンが大きな力を起こしていることは感じられた。
「ライチョウ様、どうかスズメのもとへ」
クジャクが、そしてヨウムがライチョウへと。
「あの子の苦しみを解いてあげなくては…」
「うむ、…行こう。サイチョウのもとへ」
翼を広げ、ライチョウが、ライチョウに続いてヨウムがサイチョウの城へと飛立つ。



「目を覚まして!お願い」
スズメはサイチョウのすぐそばで強く願う。駆け巡る記憶と想い。カナリアが心を開いて、スズメの記憶は完全に蘇った。ずっと忘れていた事…、カナリアが閉じ込めていた記憶。
赤子だった頃の…、カナリアと分かれる前の、光の翼だったころの記憶も。
スズメの記憶が始まるのは、先に目覚めたカラスが飛立った後になる。言葉も話せない赤子だった自分を、最初に抱き上げてくれたのは、まぎれもなく今目の前にいるこの人…サイチョウだった。
スズメと名づけてくれたのもこの人だ。スズメと呼び、かわいがってくれた。育ててくれた、愛を与えてくれた。優しい眼差し、今でも胸の奥が温かく満たされていく。
「お父さん、あたしだよ、スズメだよ!」
「うう、ぐぅ…スズ…メ?」
スズメの想いもサイチョウのバードストーンに反応し影響する。サイチョウの動きが鈍り、表情にも変化が起こる。
「スズメ、光の翼…私から、奪われたッッ、どうして」
ギギギと歯を食いしばり、表情を強張らせる。再びサイチョウの翼に全身に力が篭る。思い出すのは、激しい怒りと悲しみ。その感情がバードストーンに影響する。凶暴になりかけるサイチョウに負けまいと、スズメも強く呼びかけ続ける。
「お父さんの想い、ライチョウ様の想い、あたしはどっちもわかるよ。どっちもすごく大切なんだよ。
ありがとうお父さん、あたしのこと見つけてくれて愛してくれてありがとう。あたしは本当に幸せだよ。
お願い、大好きなお父さん、あたしに…光の翼に力を貸して。この世界を救うには、お父さんの力が必要なの」
スズメは胸にサイチョウの頭を抱きしめる。幸せな笑顔を浮べながら、想いを口で心の中で伝える。
光に包まれながら、サイチョウの状態も穏やかになっていく。怒りや悲しみを癒されていくように。
「スズメ…」
スズメの名を呼ぶ今度の声には、優しさがあった。優しさと愛しさが感じられた。
バードストーンの兜は、砕け落ち、スズメの腕の中に包まれるサイチョウの素顔が現れた。穏やか温かな男の顔がそこにあった。父であるその顔が、スズメを見つめる。
「やっと…会えた…」
感動に頬を振るわせる父、だが、はっとしたようにスズメの肩を掴んで厳しい表情になる。父親の顔ではなく、翼の長サイチョウの顔に。己の目的を思い出すように。
「だめだ、光の翼の力など、私は必要としない! 鳥神を倒すのは私の役目だ!」
今のサイチョウは正気だ。つまり、彼の想いも目的も変わってなどいない。その決意は強くあるようだ。迷いなくスズメを見るその目からもたしかである。
「ど、どうして…」
スズメの想いの力でさえ、この男を止められる事などできないのか。
「サイチョウよ、そこまでだ」
スズメの後ろから、開かれた扉から、ゆっくりと翼をしまいこみながら王の間へと二人の人物が入ってきた。
振り向くスズメと、侵入者を見てサイチョウは目を見開く。
「父上! 母上!」
チョモランマ運命の地、父と娘、両親と息子、十五年の時を経てここに再会を果たした。
それは彼らにとって、運命の転機と言っていい再会だった。


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