ヨタカは負傷した右肩を抑える。ブッポウソウの鉄輪は彼の手元に戻ると、すぐに再び宙に弧を描いて飛んでいく。
「絶対に止めてみせる。いつも私は兄さんに守られてきた。だから今度は、私が力になる番」
「ライチョウの狂徒に感化されて、本来の己を見失ったようですね、ヨタカ」
「違うわ。見失っているのは兄さんのほう。なんのために生きているのかよく考えて」
「欺く事を捨てたお前こそ、生を捨てたも同然」
「くっ」
鉄器をかわしても、そこにブッポウソウの翼の攻撃がヨタカを襲う。説得を優先するヨタカは防戦一方で、しだいにおされていく。
「ヨタカ!」
スズメとハヤブサは彼女の援護にと向かう。ブンブンと意思を持っているかのように自在に宙を飛び回る鉄器をかわしつつ、彼女の側へと飛んでいく。スズメたちに目をやってブッポウソウはにやりと不気味に笑む。
「ライチョウの信徒ですか、おもしろいものを見せてあげましょう」
ヨタカに一撃を加えてからブッポウソウはさらに高く舞い上がり、その体を変化させる。
「!兄さん」
ヨタカを無視して、ブッポウソウはスズメたちの前へと降りる。その姿はブッポウソウではなく、スズメたちの知るある者へと姿を変えて。その姿にスズメとハヤブサは目を剥く。
「ライチョウ様?」
目の前にいるその翼は、テエンシャンにいるはずの聖人ライチョウだ。いやライチョウではないのはわかるはずだ。つい先ほどまでその者はブッポウソウだったのだから。あっけにとられるスズメたちを、ライチョウそっくりのブッポウソウの翼が襲う。
「ぐぅっ」「きゃあっ」
攻撃を受けてスズメとハヤブサは後方へと飛ばされる。ライチョウに攻撃される。それはスズメたちにとって精神的なダメージもあった。
「兄さん、酷いなんてことを」
「忘れてしまったのですか? 私たちは生きていくために欺き続けなければならないことを」
冷たい目がスズメたちを見下ろす。その目はスズメたちが敬愛するライチョウのものとは違いすぎる。
「ハヤブサさん、あれはライチョウ様じゃない」
「ああそうだな。ライチョウ様はこんなことしない」
「この偽者! よくも許さないんだから!」
ライチョウに化けた事がスズメたちの心に火をつける。がそれも想定の範囲内だ。
「偽者とわかりつつも、この姿に攻撃ができるのですか?」
ブッポウソウだとわかっていても、攻撃の手がどうしても鈍る。スズメたちのその心境をブッポウソウはよく知っていた。こうしていくつもの相手を騙して生きてきたのだから。
「二人ともさがってて、私なら」
ライチョウに戸惑わないヨタカが、ブッポウソウに背後から突撃する。
「邪魔を!」
ぐるんとヨタカへと振り返り、またブッポウソウは変化する。互いにつかみ合い、激を与えながらくるくると空を舞う。
「今度は、ヨタカが二人に?!」
一瞬の間に変化をといて、今度はブッポウソウはヨタカに化けていた。どっちが本物のヨタカなのかスズメたちにはわからない。
「ええっどっちがヨタカなの?」
「わからなければ両方に攻撃して」
取っ組み合いながら一人のヨタカがそう言う。
「ええっでも」
「ふっ、なにを考えているんですか。さきに倒れるのはお前のほうでしょうに」
「それでも勝機が見えるのならかまわないわ」
「行こうスズメ」
ハヤブサのそれに「うん」とスズメは頷いて、二人はそれぞれのヨタカへと向かう。
「ハァッ」「くっ」
ハヤブサの拳を受けたヨタカの体が変化する。今度はヨタカからワシへと姿を変える。
「ワシ兄さん!? 騙されるものかっ」
一瞬驚愕の顔を浮べたが、ハヤブサはすぐに気持ちを切り替え攻撃に移る。
ヨタカ戦ですでにタカの偽者と戦っているハヤブサには、大きな動揺はない。
「小ざかしい連中め」
ちっと舌打ちして、ワシに化けたブッポウソウは上方に移動する。宙を舞っていた鉄輪は彼の腕へと戻り収まる。ワシの姿から本来の姿へと変化する。
「行きますよあなたたち。バードストーンを使い早々に邪魔者を片付けましょう」
ブッポウソウの言葉は仲間のオオハシ、ダチョウに向けられたものだ。バードストーンを使うと言い、その手にはバードストーンが大量にあった。
「何言ってるの? さっきの見たでしょう? バードストーンを使えばあの子達みたいになっちゃうんだよ!」
スズメが叫ぶ。バードストーンを使い、その果て空の彼方へと飛ばされてしまったウアイサたち。彼らの二の舞になりたいのか?と。がスズメの叫びがブッポウソウに届く気配もなく、ブッポウソウは不敵に「ふふん」と笑う。
「あの者たちは失敗したのですよ。バードストーンの力は、鳥神の中でこそその力を発揮するのです」
「なに言ってるの?」
ブッポウソウの言う意味がわからず、スズメは眉を寄せる。
「ああそれもそうだな。そろそろ向かうとするか、ダチョウ」
オオハシもバードストーンを準備し、ダチョウに呼びかける。
ダチョウはしぶとくも何度も向かってくるタカを撃退しながら、オオハシへと振り向き答える。
「おおおじさん!」
「くっ、ダチョウやめろ!」
バードストーンの使用を止めさせようとタカはダチョウへと向かうが、翼のダチョウにまったく歯が立たない。
翼がなかったころのダチョウにすら敵わなかったのに、さらに強化されたダチョウにタカが敵うはずもないだろう。だがタカだってあの頃のままじゃないはずだ。バードストーンで強化したカッコウと戦った。気持ち面でも、ハヤブサへの憎しみから強くなろうした頃と違う。スズメに言われた事を思い出す。タカは根っこではダチョウとわかりあいたいと思っていた。結局戦う事でしかそれを示す事はできないのかもしれないけど。
「しつこい奴だぜタカ。だがな、俺もお前と遊んでやってる暇はないんだ。俺はおじさんと一緒に向かうべき道があるんでな」
「それがバードストーンを使うってことなのか?」
一息して、ふははははとダチョウは高らかに笑った。タカを馬鹿にするようなしぐさで。
「わかってねぇのかタカ。バードストーンは手段でしかねぇ。俺の、いや俺たちの目的はもっと先にあるんだ」
「なんだよ?!」
「なあおじさん!」
そう言ってダチョウはオオハシへと振り仰ぐ。オオハシは静かな表情で、スズメたちライチョウの信徒を見下ろしている。
「ライチョウの信徒達よ、世界は終わり今一度生まれ変わる。我ら翼の力によって、今ある世界は滅び、新たな世界が芽吹くだろう」
「そうだこんなくだらない世界は終らしてやる。タカ、お前ともこれまでだな」
オオハシがダチョウがバードストーンを己の翼にと埋め込む。苦痛の表情を滲ませながらもそれを成し遂げる。
「お前バカかっ」
痛む体に言い聞かせて、タカはなおもダチョウへと向かう。
「邪魔すんな」
ダチョウの振りかぶった腕がタカを叩き、叩き落とす。「あぐぅっ」地面に打ちつけられてタカは呻く。にじむ視界でダチョウを捕らえるが、ダチョウはすでにタカのほうを見ていない。もうすでにダチョウは遠いどこかへと心が飛んでいる。もう自分に興味を失ったという事実にタカの心は痛んだ。届かない、それでも体はあいつへと向かおうとしている。心が伝わるまで、諦めたくない、何度でも立ち上がってみせる。
「ダチョウーーー!」
「やめて兄さんーー」
ヨタカの悲鳴も響く。バードストーンは彼らの翼に一気にめり込み、異形の翼へと進化する。強大な力によって周囲の空気が震える。それに呼応するように、黒く淀んだ空が激しく鳴く。
「翼よ!」
光化し、スズメは浄化を試みるがその力はまともに届かず、不気味な翼から発する膨大な邪気にみな潰されるように弾き飛ばされる。
「マズイ、早く石を砕かないと! 鳥神が…」
カラスの表情に焦りが浮く。なんとかスズメのほうへと体を動かしていく。
「スズメ! この力の元凶はたぶんこの先にある」
カラスは感じとっていた。この巨大な力を引き出している原因に。彼らのバードストーンの力を増幅させているのは…。
「サイチョウだ。きっとサイチョウの持つバードストーンの力が、この原因になっているに違いない」
「それって、サイチョウもバードストーンを使っているってこと?」
「そこまではわからないけど、俺には感じる。鳥神を不安定にさせる大きななにかが、あの城の中にあるんだってこと。とにかく、俺たちの光の力では浄化はムリだ。ここで連中と戦っていても、こちらの被害が増えるだけ、それにこれ以上は、鳥神が…」
ぐっとカラスが黒い空を睨む。
「スズメ、急がないと間に合わなくなる。サイチョウの持つバードストーンを先に破壊するんだ」
サイチョウのもとへ。そう言うカラスだが、まともに体を動かせないほどの気の力。バードストーンによって翼の力を増幅させたブッポウソウたちを無視して行く事等できそうもない。
それに、傷つき倒れる仲間たちを、翼の力で癒さないと。スズメのその想いは言わずともカラスにも、そしてハヤブサにも伝わっていた。
「そうだな、スズメ、君はさきにサイチョウのもとに向かうんだ。!?」
スズメでないほうを見ながらそう答えるハヤブサの目は、一瞬驚きのものになり見開いた。すぐに余裕を称えた表情に切り替わりスズメを勇気づける。
「これ以上ない援軍だ…」
ハヤブサの瞳が輝きを増す。クジャクたちの後ろから静々と、だが雄雄しく現れる。黒く重たげな衣を纏いながらも、重さを感じるのは衣のせいではなくその者の放つ気のせいだろうか。威厳に満ちた指導者の、聖なる翼の迷いなき眼差し。はっとスズメは息を飲み込む。スズメの心の中に勇ましい気持ちが膨らんでいく。
「ライチョウ様!」
ライチョウとヨウムがゆっくりと現れた。異形の翼を前に怯む様子はなく威風堂々とそこに立つ。
ライチョウ、聖山テエンシャンから離れる事がなかった聖人ライチョウが、いまここチョモランマにいるのだ。
それは大きな事件だ。そしてスズメたちにとってこれ以上に心強い味方はいないだろう。スズメたちの心に希望の炎を灯す。精神的にもライチョウは彼女たちの大きな柱と言っていい。
「ふむ、そちらの大将まで出向くとは、そうとう切羽詰っているようですね」
「それならお互い様ね兄さん。バードストーンを使わねばあとがないのだから」
「ああそのとおりだ。だがそうせねば、救えぬのだ、この世を」
迷いのない目のブッポウソウとオオハシ。彼らは彼らでこの選択を間違っているなどとは思わないのだろう。それは彼らの指導者であるサイチョウの意思そのものだ。
「ライチョウもろとも消えうせるがいい!」
三つの異形の翼から黒く不気味な激が放たれる。一体を包む攻撃にハヤブサたちは体を起こすことができない。
「なにをやっているの? 情けないことね、ワシィ」
ワシの頭上で聞こえてきたその声は、凛と響く力強い女性のもの。ふわりと舞い落ちる緑の羽。バードストーンを纏わずとも、衰える事がない眩き美貌の主。ワシは驚きながら身を起こす。
「ケツァール!?」
ワシの真後ろに彼女ケツァールが降り立つ。ケツァールの登場に皆も驚きを見せた。
幻ではなかったのかとオオハシはさきほど目の前に舞ってきた緑の羽毛を確認する。手の中にあったそれを再確認して、やはり彼女はここにきていたのだなと確信する。現に今目の前にいる。だがどうしてと不思議に思う。
「どういう心境の変化だ? 私の顔など二度と見たくなかったんじゃないのか?」
ケツァールの城で、自分の顔を見るなり逆上した彼女を思い出す。なのになぜまた私の前に現れるのだと、そういいたいのだろう。
「ええそのとおりよ。二度と会いたくはなかったわ。ただね、私は弟子の様子を見たくなっただけ」
あの頃とは逆に、今のケツァールは冷静にオオハシを見やっている。ケツァールの言葉にワシは「え」と振り仰ぐ。
「こんなところで這い蹲って、負けるつもりなの?ワシ。私にあれだけ言っておいて、このままで終わりだなんて、許さなくてよ」
「ケツァール…、私は…」
「言い訳など聞かないわ。言っておくけどワシ、私はお前の言い張る愛を否定する為にやってきたのよ。
これは私とお前の勝負。おもしろいじゃないワシィ、お前がどこまであがけるか見届けてあげようじゃない」
にやり、と不敵な笑みを浮かべてケツァールは空を見上げる。
「簡単に縁は切れぬものだな」
オオハシはだれに言うでもなく一人つぶやく。不思議な女だケツァールは、と、心の中でつぶやく。
「ケツァールまで来るなんて…」
ああわからないものだなとハヤブサが不思議そうにつぶやく。
「ねぇねぇ、おばさんはワシさんのしりあいなのー?」
緊迫感ゼロのフクロウがきゃっきゃっと無邪気にワシのもとに駆け寄る。あのケツァールによくもそんなことが言えるものだと彼女を知る者なら背筋が凍りつくだろう。ギロリと睨まれようともフクロウには効果はない。
「みかたたくさんだねー、スズメちゃーん」
こんな時でもマイペースなフクロウの声に、スズメの強張った心もほぐされる。それに、ライチョウというこれ以上ない心強い味方の登場。
ライチョウが側にいる。テエンシャンに向かったあの時の感情がハヤブサたちの中で蘇る。体の奥からこみ上げてくる熱い感情に、また翼を広げさせる力を得る。
「そうだね、フクロウちゃん。みんながいてくれるから、あたしも向かっていけるよ」
ブッポウソウたちの巻き起こす黒い嵐に、みな立ち向かうように顔を起こす。その中心部にはライチョウがいて、ライチョウを支えるように両脇にはヨウムとクジャクが立つ。ライチョウの翼は力強く広がり、黒い嵐をものともせず、その目の中には揺るがない強い志の炎が見て取れた。
「スズメよ」
チョモランマの城に木霊する力強くよく響く声、ライチョウの声。
「サイチョウを止めてくるのだ」
「ライチョウ様…」
「スズメ、俺も光の翼だよ。みんなを守ってみせるよ、だから」
カラス。
「スズメ、あなたならできますよ、私の自慢の子」
クジャク。
「きっとカナリアも応えてくれるさ」
ヨウム。
「スズメ、道を切り開くわ! 私たちまだ戦えるわ、ね、フラミンゴさん」
立ち上がり勇ましく構えるツバメに、フラミンゴも続く。
「しぶといですね、ザコの分際で」
異形の翼を揺らしながら、血走った目のブッポウソウが鉄輪を飛ばす。黒い嵐は、ライチョウとライチョウに追随するヨウムとクジャクの翼によって押し返される。が、強すぎるバードストーンの翼の者の嵐を完全に押し切る事はできていない。それでも、ツバメたちが前進できるほどに弱められた。
「ハァッ」
鉄輪はツバメとフラミンゴの打撃によって軌道がずらされる。ぐんと激しく目標をそれて、輪はブッポウソウへと帰る。
「消えろ消えろ!!」
急降下してくるのはダチョウ。弾丸のように空気を抉りながらスズメのほうへと襲い来る。
後ろとびでよけるスズメの前方に、彼女の盾になるようにハヤブサが構える。
「邪魔はさせない。私が相手だダチョウ!」
「ハヤブサさん!」
ギリリと歯軋りをさせて獣のような形相になっているダチョウとハヤブサが対峙する。
「待て! ダチョウはオレが止める!」
ハヤブサと並ぶようにタカもダチョウと向かい合う。
「スズメ!上っ」
後方から飛ぶカラスの声に、スズメは目を上空へと向けた。迫り来るオオハシに一瞬足がすくむ。
スズメの視界を遮るようにオオハシへと向かっていくのは、
「ワシさん!?」
バードストーン強化済みのオオハシに、真っ向勝負で敵うはずもないが、衝撃に身を弾かれながらも、ワシはすぐに体勢を立て直し、立ち向かう。
「証明しなければならないからな。私も意地をみせねばならない」
ケツァールは戦いに加わる様子はないが、いるだけでも効果絶大のようだった、ワシにとっては。
「私も意地を見せるわ。ブッポウソウは私がっ」
ヨタカもまた己の意地をかけて、兄ブッポウソウへと向かう。
黒く蠢く空、終わりのカウントダウンは始まった。
『いそいで』
急かす声。消えたはずのあの存在が、今スズメを急かす様に呼びかける。「うん」スズメは頷いて、翼をはためかせて戦いの場を潜り抜け、サイチョウの居城を目指す。


『急いで、お願いスズメ…、あの人を…、あの人を守って…』


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