サイチョウの案内のもと、光の翼軍勢はいよいよ鳥神との対面に向かう。
雷鳴轟くここチョモランマの、サイチョウの居城である山の奥深く。サイチョウの十五年前の話のとおりなら、この山の中心部に空洞があり、そこに鳥神は眠っている事になる。
城の裏手側になる岩山に囲まれたエリアに皆集まっていた。こちらから見上げると、城というより本来の姿であるただの山にしか見えない。
「隙間ができている」
サイチョウがスズメを連れ出した直後、山全体が揺れ、出入り口は完全に塞がれた。塞がれたそこにわずかながらズレが生じ、隙間が確認できた。そのもろそうな部分を、サイチョウが翼の力で破壊し、入り口を開いた。
「この先に鳥神がいるのか…」
ごくりとハヤブサはツバを飲み込む。じわりと掌に汗が滲んでくる。光の翼と、聖人ライチョウとともにここまできた。世界を救うという大きな目的の為に、巨大な存在である、この世界そのものと言っていい鳥神を倒しに来た。目前にして、酷く緊張が走ってくる。がそれはハヤブサだけではないだろう。
洞窟の奥へと、カラスとスズメが進んでいく。そのあとをサイチョウとライチョウが続いていく。
「スズメ覚えている? 俺たちはここで生まれたんだ」
「うん。覚えているよ。あたしとカラスは鳥神から生まれた最後の子供。最後の希望の光だったんだ」
歩みを止めて、巨大な影へと顔を起こし見上げる。スズメとカラス、二人は真っ黒に染まりあがった不気味な怪物を見上げて、柔らかに微笑む。
「やっとかえってきたよ、お母さん」
「世界を浄化する光、あたしたちが必ず救ってみせるから」
黒い巨体はぐぐぐと揺れながら持ち上がる。眠っていた巨大生物は、スズメたちの声を聞き目を開いていく。ギロリと巨体にしては小さな黒い目が開いてスズメたち小さな翼たちを見据える。
「あれが…鳥神…」
ハヤブサは足が体が震えた。生まれてはじめてみるおそろしい存在。
「うわわまじで怖すぎるだろアレっっ」
「わ、私たちあれと戦うの?」
初めて鳥神と対面するフラミンゴやツバメも恐怖で身がすくんだ。タカも、膝をつかないようにするだけでせいいっぱいだった。
「すっごーいおっきいねー」
フクロウはいつもの調子できゃっきゃっとはしゃいだ。そのこには恐怖心とやらはないのだろうか。いやフクロウの目には映らないのかもしれない。汚れきった鳥神の恐ろしい部分。フクロウの中にはいつも希望があった。生きている幸せな感情、夢に向かうくじけない心。フクロウはこの世界の最後の子供、フクロウの姿こそ、母が望んだ愛すべき子供達の本来の姿なのかもしれない。フクロウの空気に、みな心が落ち着いていくのを感じた。戦いの力を持たないフクロウの翼、みなの心に安定と優しさをもたらす、それがフクロウの翼の力なのか。
「肝据わってるねぇ、おちびは」
「そうね、ここまできたんだもの、あとは突き進むしかないんだわ。カラス、スズメ、みんないるんだもの」
フラミンゴとツバメの顔から恐怖は消え、明るい表情できゅっと前を向く。
「そうだな。ここで終わりじゃない。私たちはこの先の、未来のために」
ハヤブサも顔を上げ、一歩前にと進む。この先に見える希望が、勇気を与える。若い翼たちは、光の翼、そして光の使徒ライチョウとサイチョウの後ろへとかまえる。
「さあ、スズメバードストーンを使うんだ」
カラスの合図で、スズメは「うん」と強く頷き、バードストーンを鳥神のほうへとほおリ投げた。
「光の翼がバードストーンを使う」
ハヤブサたちはごくりと息を飲み込みながら見守る。
キラキラと輝く不思議の石、鳥石はスズメの手を離れ、巨体の黒い生命体【鳥神】の胸元へと、吸い込まれるようにして消えていった。
「バードストーンは想いを力に変えるもの。内側から鳥神の想いが溢れてくる。その想いは善なるものと邪なるものと二つある。邪なるものは害として放たれてくる。俺とスズメはそれを浄化していく」
光の翼の二人の前に、ライチョウとサイチョウがたつ。
「我ら光の使徒は、光の翼を守る盾として役目を果たす」
長年敵として、交わる事のなかった二人の翼の長、そして親子であるライチョウとサイチョウは、分身のような息のあった調子でスズメたちの盾として翼を広げ勇ましく立つ。
鳥神の攻撃に耐えられる強靭な翼は、光の翼自身が使徒として選んだこの二人しかいない。ライチョウとサイチョウもまた、その役目を理解していた。己の使命に強く燃えていた。
「みんなは後ろに下がって、想いの力を」
「想いの力…」
鳥神との戦いに加われないハヤブサたちは、クジャクを中心に横に並び、手の中にはバードストーンの壷が抱えられる。人々の想いをこめたその壷を、ここで使うのだ。
「だいじょーぶだよ、スズメちゃん。フクロウたちがおうえんしているからね!」
元気なフクロウの声は場を明るくさせる。
「ほんとに元気な子ね。…なんだかこっちまで元気になるわ」
フクロウのほうを見やりながら、ヨタカの顔に穏やかな笑みが浮かぶ。
「フクロウ、君は私の後ろにいなさい。いいね、危険なんだからちょろちょろしてはだめだ」
ワシは相変わらず、フクロウに過保護な態度で接する。
「フクロウへいきだもーん」
ぶうと頬を膨らませる。緊迫感などあったもんじゃない。
「こら」というワシの声を無視して、ちょこちょことフクロウはタカのもとへと走った。
「ね、タカもだよね。スズメちゃんのことおうえんするよね」
いきなりのフクロウの言葉に、タカは驚き固まったが、調子を崩されながらも、「ああ」とフクロウのそれに頷いてスズメのほうを見た。
「うん」
嬉しそうにフクロウは頷く。
「ヘンな奴だ。お前はいつだって」
「へんじゃないよー、フクロウはフクロウだもーん」
答えにならない答えを返しながらフクロウはまたぷうと頬を膨らました。自然と釣られてタカの頬も緩んだ。
彼らを見ながら、クジャクは母のような優しい表情をきゅっと厳しいものへと変えていく。彼らを守るのがクジャクの役目でもある。新世界を作っていく若い彼らの導き手となる、重大な役目が自分にはあるのだから。
「よいですか、皆気を抜いてはなりません。私たちの役目をしっかりと果たしましょう。私たちはここで祈り壷の力を使うのです。光の翼と光の使徒のサポートを務めるのが私たちの役目です」
「うむ、頼んだぞ、クジャク、皆の者」
「クジャク殿、私の大切な家族をどうかよろしく頼む」
背を向けたままの二人の翼の指導者の言葉に、クジャクは頷いた。
「いくよ、カラスみんな!」
スズメとカラスが光化し、同時に鳥神の体が動き出した。胸元を内から光らせながら、「グギャアアァァーーー」耳を劈くような悲鳴を上げて、黒い翼を広げた。

鳥神の体から黒い靄のようなものが吐き出された。おそらくそれがカラスの言った鳥神の中の邪であるもの。バードストーンは鳥神の中で強く作用し始めていた。カラスとスズメは光の翼で黒い靄を包んで消す。それは一度ではなく二度三度、時間がたつにつれ数もスピードも増していく。それだけではない。鳥神は完全に目覚め、翼を広げ体を起こし、洞窟内でギリギリ天井に届かないくらい大きくなっている。窟内では鳥神は羽ばたく事もできないだろうが、下手に暴れられると、岩壁は崩れるかもしれない。最悪この山が崩壊する恐れもある。
狭い場所でも鳥神は首や翼を用いて抵抗しようとする。スズメたちに鳥神の黒い翼が襲い掛かる。
「スズメ、カラス!」
反射的に彼らの元まで走りそうになるハヤブサをクジャクが制する。ハヤブサが向かう必要はない。スズメたちを守るのはライチョウとサイチョウ二人の最強の翼の者。
「ぐっ」「むん」
ぎしっと翼をきしませながら、ライチョウとサイチョウ鉄壁の四つの翼が、完璧に光の翼を守りきる。彼らを信じるスズメとカラスは動揺しない。一心に己の、光の翼としての役目に集中し続ける。
「ライチョウ様サイチョウ様、あの二人が共に力を合わせこのような光景を目にするなんて、夢のようだ」
ワシはサイチョウを恩人と慕い、ライチョウの考えに強く共鳴した。だが二人はけして交わることはないと思っていた。光の翼こそ世界を救うと説いたライチョウ、世界を救うのは己の翼の力だと突き進んできたサイチョウ、二人をたがえた原因であったのは光の翼であるスズメ自身だったが、彼らを一つにしたのもスズメ自身だった。
「ほんとうに長かったねぇ。だけどこうなるさだめだったんだよ。道が違えても望む事は同じだったんだからね。やっとたどり着いたんだ」
ワシの横で、染み入る様にヨウムがつぶやく。ライチョウの信徒でありサイチョウの母である彼女の想いもまた、長い時を経て報われたんだろう。

鳥神の胸元で激しく光輝く。そのたびに苦しそうに鳥神は叫び、暴れる。黒い靄が放たれ続け、スズメとカラスはそれの浄化に手一杯だ。
「きりがないぞ、あれは…、あの調子じゃスズメたちがもたない」
焦るハヤブサをクジャクが諭す。
「落ち着きなさいハヤブサ。心を乱してはなりません。祈る事を続けるのです」
「ですが」
「バードストーンは、そして光の翼には想うことが力を与えるのです。想い続けること、それが私たちにできることなのですよ」
「祈る事しかできない。戦う事すらできないのかよ? なんのためにオレは…」
タカもなにもできない歯がゆさにぎりりと拳を震わせる。ハヤブサもタカと同じ気持ちだった。スズメたちの隣に立てない、戦えない歯がゆさ。
「なんのために? ここにいる理由はちゃんとありますよ。ハヤブサ、タカ、そして私にも。想いの力が光の翼に、バードストーンに力を与える。それができるのは、私たちなのです。大切な役目です」
「そうだよ、おうえんだよ。スズメちゃんたちおうえんするのがフクロウたちのおしごとなんだよ」
きょととするタカに、ふふふと笑いを零すハヤブサ。
「そうだな、フクロウの言うとおりだ。体を動かせない事がもどかしいと思い込んでいた。スズメたちに力を与えられるのは私たちしかいないんだ」
ハヤブサはぎゅっと壷を握り締め、祈る。
「オレの役目…、オレはスズメの力になり、ダチョウを救うことを誓った。…ダチョウは、あいつは鳥神に」
「ダチョウ、ブッポウソウ…鳥神にとりこまれたみんなを、助けられないかな」
黒い靄を浄化しながら、スズメはカラスに問いかける。鳥神にとりこまれた翼の者たち。彼らを救い出す事は可能だろうか?
「呼びかけよう! 私は彼らを救い出さなければならない、必ず」
スズメたちを守りながら、サイチョウもまたそれを強く願う。
「うん、そうだねお父さん。タカ、ヨタカ、みんなも呼びかけてあげて! 大切な人を思う気持ちは、きっと届くはず、大きな力になるはずだよ」


鳥神に取り込まれた翼の者たち…、ウアイサ姉弟の六人と、ブッポウソウ、オオハシ、そしてダチョウ。彼らは暗闇の空間の中に閉じ込められていた。そこは鳥神の内部。異空間のような場所だ。力を失い、彼らは気力さえ奪われつつあった。
「あれは…」
うな垂れていたヒメウが顔をもたげる。暗闇の中に、突如光の塊が現れたのだ。
「光…あれは、バードストーン?!」
姉妹たちもつられて顔をあげる。突然彼女たちの前に現れた光は、よく見るとバードストーンだ。バードストーンから光が放たれている。それが光のボールのように宙に浮いているのだ。
「不思議、この石からは、あたたかさを感じるよ」
ウ姉妹とアイサたちはゆっくりとその光に近づく。
「あれは、我々の使ったものとは、違うようだな…」
不思議な眼差しで、後方からウミウたちの様子と光を見ながら、オオハシがつぶやいた。
「声が、聞こえるわ」
ヒメウはさらに顔を上に上げて、聞こえてきた声に耳を澄ます。
「はい、聞こえます、ボクにも」
とヒメウの横に立つミコアイサ。

「ヒメウ! 聞こえるかい?」

光の向こうから、ヒメウを呼ぶその声に、ヒメウの目は見開く。
「カラス!」
「姉上、ボクにも聞こえました。カラスさんの声が」
「うん」
「待って、他にも聞こえるよ」
ヒメウの隣に立つウミウが聞き取った別の声。それは彼女たちの知る、尊敬するあの人の声。

「私の声が聞こえるか? みな、あと少しだ。鳥神の中から力を貸してほしい」

「サイチョウ様だよ」
「うん! 姉上、ボクらもあきらめるのはまだ」
「早いってことね、みんな力をあわせましょう」
六人の兄弟は手を取り合う。勇気を得た眼差しがそこにあった。
「フ、翼の力を失ったというのに、なにができるというのですか?」
ウ姉妹たちの決断を、冷めた言葉と目でブッポウソウが冷やかす。
「ブッポウソウ、お前を呼ぶ声もあるぞ。聞こえないのか?」
オオハシの言葉に、なに?とぴくんと瞼を振るわせるブッポウソウ。そう、彼を呼ぶ声もあった。

「兄さん!」

「……」
「ブッポウソウ、お前は今まで偽ることでしか生きてこれなかったのだな。その人生に悔いはないのか?」
「くだらない、愚問ですね」
ブッポウソウは鼻で吐き捨てる。
「私は、少し前は悔いてなかったのだがな。直前で心を揺さぶられたようだ。結局、悔いてしまった。そんなわけでもう少しあがいてみるとする」
オオハシはウ姉妹たちのほうへと前進する。「くっ」ブッポウソウは顔をゆがめながら、視線を下へと落とす。
「おじさん!」
オオハシの背中を追うダチョウに、オオハシは言う。
「ダチョウよ。お前もだ。私を追いかけるだけでは大事な事は見えてこないだろう」
「な、なにを言うんだ? 俺にとってはおじさんこそ一番正しい存在だ」
「頑固者だな、お前も、私に似て。だからこそ、お前には私から羽ばたいてほしいと願うのだ。ダチョウ、お前を呼ぶ声もするぞ」
「なに? 俺を呼ぶだと、だれがそんな…」

「ダチョウ!? お前もそこにいるのか?」

「タカ! なんであいつが俺を」
ギリリとダチョウは拳を握り締める。タカ、何度も自分に歯向かってきた、生意気な、そして自分によく似た奴だった。

「戻って来いダチョウ! オレはまだお前に勝っていない。オレはまたお前と…本気でやりあいたいんだ」

「バカか、お前、また俺に負けたいのか? 俺は翼を…」
言いかけてダチョウはハッとする。そうだ、もう翼の力は失ったのだ。結局、翼を得る前の自分に戻ってしまったのだ。

「思い上がっているお前が、今度もオレに勝てる保証なんてない! 鳥神に取り込まれて、弱体化したかもしれないしな」

「なんだと? タカ、てめぇ、思い上がっているのはてめぇのほうだ! 待ってろそこで」
タカの呼びかけがダチョウの闘志に火をつけた。「こなくそー」とダチョウが光に近づく。
一人暗いゾーンに佇むのはブッポウソウだけだ。
己を偽る。心をずっと偽って生きてきたブッポウソウ、今さら素直に生きることなどできない。そう思い込んでいる。耳を傾けてはいけない、言い聞かせる。どうして頑なに、拒むようになったのだろう。ブッポウソウにとってだれより大切なのは、妹のヨタカなのは確かだったのに。

「兄さん! こたえて!」

悲痛に響く、ヨタカの声。それにブッポウソウはふと目を細める。どうしてそこまで自分を呼び求めるのだろうか。ヨタカには、サイチョウがいる。自分がいなくなっても、もうひとりきりではない。きっと、依存していたのは自分のほうなのだ。ブッポウソウの心を縛る鎖、それを解き放つのは、ヨタカしかいない。

「兄さんは私から自由を奪った、そう思い込んでいるんでしょうけど、それは違うわ。私はずっと守られていた、兄さんに。兄さんは優しさを表に出そうとはしなかったけど、私にはいつも伝わっていたわ。ありがとう兄さん、私はいつも兄さんに助けられていた、だから、これからは、私も兄さんの助けになりたい、お願いよ兄さん、そのチャンスを与えて」

「どこまでもおろかでどうしようもない…思い知りましたよ、まったく」
ブッポウソウが顔を震わせながら、オオハシたちの後ろへと動いてきた。ポーカーフェイスのつかめない男ブッポウソウの、感情がともる顔は新鮮だ。彼があきれるのは、ヨタカなのか、己自身なのか。
「ふ」
「なにがおかしいのですか? オオハシ殿」
むっとした不機嫌な顔を向けるブッポウソウが妙にかわいらしかった。やれやれとオオハシは肩で息をする。
「仮面をとれば、清々しくなった気がしないか」
「なにか勘違いをしてませんか? 私はただ、このまま無視し続けていても、あれがうるさくてどうしようもないから、ですよ」
なんだそれは、とオオハシが目を細める。これで、みんな光の前へと集まった。


鳥神の黒い体が、胸元からどんどん光に浸食されていく。内から輝くバードストーン、鳥神から放たれる黒い靄がしだいに少なくなっていった。
「あと少しだ、みんなもう少しがんばってくれ」
カラスの声に、みな力強く頷く。あと少し…、外から内から、みんなの想いの力が光になって鳥神を完全に包み込む。
「ギャアアアーーー」
苦しそうな、鳥神の耳を劈くような悲鳴。暴れ、もがく。ライチョウとサイチョウが、スズメたちを守りながら、鳥神の打撃を受け続ける。
「ぐぅっ」
「く、まだ持ちこたえられる」
翼を広げて、苦痛の顔を滲ませながらも、二人の光の使徒は勇ましく立ち続ける。
バードストーン、そしてハヤブサたちの抱えるバードストーンの壷、それらは光を放ちながらはじけとんだ。
スズメとカラスの光は鳥神を包み込み、鳥神の体も光と共にはじけ飛んだ。そのはじけた欠片は、スズメとカラス、二人の光の翼へと吸い込まれていく。
キラキラと光の中から、ウミウたち鳥神に取り込まれていた者たちが無事帰還した。
「終った…のか」
ぼうと不思議な面持ちでハヤブサは見ていた。あの巨大な鳥神の姿は、もうどこにも見当たらない。光となってはじけて、それはスズメたちの中に吸収されたようだった。
鳥神との戦いは、終った。
スズメとカラスが互いに顔を見合う。光に包まれたままの二人、鳥神を倒し終えてまだ、二人は光化を解いていない。
「いこうスズメ、俺たちの最後の仕事だ」
「うん」
スズメとカラスが向き合って、手を取り合う。光を纏ったまま、二人は洞窟内を舞う。
「カラス、ありがとう、あたし、あなたのことが大好きよ」
涙に濡れた顔でヒメウが伝える。ヒメウの手をぎゅっと握りながら、ミコアイサもまた告げる。
「ボクもです。カラスさん」
「おちびちゃん、黒いの、ありがとう」
ミコアイサの手をぎゅっと握りながら、ウミウも。
「姉上、黒くないですよ。…光の翼さん、ありがとうございます」
とウミアイサとカワアイサ、その二人の横に立つカワウも。
「忘れませんわ、私達、これからも兄弟でがんばっていきますわ」
キラキラと光が六人を包んだ。

「兄さん!よかった、よかったまたこうして一緒に」
涙ぐむヨタカの手をブッポウソウがとる。
「まったく、お前がここまで駄々をこねるとは思いませんでしたよ」
キラキラと光が二人を包んだ。

スズメとカラスはそのまま洞窟の外へと飛んでいった。
「あっ、カラス、スズメ、まってくれ」
慌ててハヤブサたちも後を追い外を出る。
光を放ちながら、二人は空高く舞っていた。それはまるで、空中で楽しくダンスを舞っている様な光景だった。
ハヤブサたちのほうへと降りることなく、そのまま彼方へと飛んでいく。
タカの心にも不安がよぎる。このままどこかへ飛んで消えていってしまうんじゃないかと。追いかけようとしたが、翼の力が使えなかった。それはタカだけではなかった。翼の者はみな翼の力を失ってしまったようだった。鳥神が消滅したせいだろう。タカとハヤブサは二人を目で追いながら、足でかけた。
「うっわーーい」
二人の後を、楽しそうに声を上げながらフクロウが追いかけた。

灰色の空は晴れ渡り、暖かい日差しが地を照らす。
サイチョウは仰向けに倒れ、空を見上げる。彼の体は、光の翼たちのようにキラキラと全身輝き始める。それはライチョウも同じだった。
「父上、我々も向かいましょう。光の翼と共に、この世界とひとつになるために」
「うむ。…クジャクよ、ヨウムよ、あとのことはまかせたぞ」
「はい、どうか、安心なされてください」
穏やかな笑みを浮かべて、安心したようにライチョウの体は光の帯となってスズメたちへと向っていく。
「まったく、やっと会えたというのに、すぐに去ってしまうなんてね。だけど寂しくはないよ、さあ、光の翼へ、お前の愛する娘の元へ向かっておいで」
涙ぐみながらも、笑顔の母に、サイチョウは心から感謝しながら別れを告げる。
「母上、親不孝な息子をどうか許してください。そして感謝します。それから、私が巻き込んでしまった者たちよ、どうか幸せになってほしい。みなもまた、かけがえのない、私の愛する家族だ」
「サイチョウ様!」
翼の者たちの父は、優しい笑顔をたたえながら、ライチョウに続いて光の帯となり、空へと、光の翼へと向かっていく。
ライチョウとサイチョウ、光の使徒はスズメたち光の翼と一つになって、この世界を浄化する最後の使命へと向かう。
光の帯はくるくるとスズメの周りを周りながら、スズメを包み込んだ。
「おじい様、お父さん…」
なんて温かい光。スズメの中にともる二人の光、それがスズメに力を与える。
「行こう、スズメ、世界中に光を」
スズメの手を引くカラスに、スズメは「うん」と強く頷く。さあいこう、光の翼の最後の使命。世界を巡り、浄化の光を降り注がせよう。


世界中で、みな空を見上げた。降り注ぐ光、世界中を飛び回る光の翼を目撃した。
光は降り注ぐ、オオルリ、カッコウ、キツツキ、ミソサザイ、ミサゴたちへと。
「やったわ! なんかもう最高な気分よ! ちゅっ」
「おおおーー、オオルリの唇がほっぺたにーー! 俺はもうこのまま死んでもいい!」
「ちょっカッコウさん、死んじゃだめですよ」
「でも気分いいのは同じっすよ」
「ワシ様、みなさん…終えられたんですね。私もすぐに飛んで行きたい」

光は降り注ぐ、コンドルへと。
「光の翼の少女…、やりとげたのだな。今度は俺の番だな」

光は降り注ぐ、チドリへと。
「うわぁ、キレーイ…。…タカさん、今頃どうしているかな?」

光は降り注ぐ、ガチョウへと。
「おや、美しいですね。とても心が洗われていくようです。…ん?、今何か思い出しかけたような…、まあいいでしょう」

光は降り注ぐ、ヤケイとレグホンへと。
「見ろよ、ヤケイ、空から光が」
「今のって光の翼かな。そういえばスズメちゃんたち、どうしているだろう。またスープ食べに来てくれないかな」

光は降り注ぐ、ベニヒワとペンギンへと。
「見るぺん、ベニヒワ、光の翼だぺん!」
「ああ、倒したんだな、あいつら、鳥神を」

光は降り注ぐ、ヒバリとメジロへと。
「先生! あれスズメとカラスだ!」
「ええ、見えるわ、なんて温かい光なのかしら。スズメちゃん、カラスくん、二人ともこれからもずっと私の大切な生徒達よ。忘れないわ、ずっと…ずっと…」


光は降り注ぐ、ツバメとフラミンゴへと。
「あっ、帰ってきたよ、クロボウズー、スズメーー」
「私、二人と友達で幸せだったわ」

光は降り注ぐ、クジャクとヨウムへと。
「スズメ、カラス、ライチョウ様…、どうかこの先も私たちを見守っていてください」
「私はクジャクのもとに行くことにするよ。心配はいらないから、最後の役目を果たしておいで」

光は降り注ぐ、ケツァールへと。
「ふん、なんでこんなもの持っているんだ私は…。ああまったく、ワシのせいね、こんな情けない感情が蘇るなんて…。だけど、嫌な気分ではないわ。…さて、どうするかしら?」

光は降り注ぐ、オオハシとダチョウへと。
「光の翼、世界を巡ってきたようだな。…浄化の光はあいつにも降り注いだか? いやそんなことはどうでもいいな。ふ、私自身がそうなればいいだけの話だ」
「おじさん?おじさんどこ行くんだよ?」
「私は私の行き先だ。ダチョウ、お前もお前の行き先へ向かえ。下らぬ意地を捨てろ、現に私は今そうした」
「え、俺は…、俺の行き先は…」

光は降り注ぐ、ワシへと。
「サイチョウ様、ライチョウ様、二人と共に行けぬことは残念でなりません。ですが、私はお二人の意思を受け継いで、これから生まれてくる新たな命たちの導き手になります」


「くそぉっ」
わかっていたことなのに、まだ心は現実を受け止めきれていない。光となったスズメ、もうあのスズメは帰ってこない。その光景を目の当たりにして、タカは涙と悲しみをこらえきれずに、地面に倒れこんだ。空には、くるくると光のつぶを放ちながら、舞い続けるスズメとカラスの姿があった。もうその姿はスズメとカラスから、ただの光へと変化しかけていた。すけていく、次第に。眩くなり、はじけるように。
タカの横に立ち、ハヤブサは両手を広げて、上空の二人に呼びかける。もう二人は、スズメとカラスではなくなっているかもしれないけど、きっと届くだろうと、ハヤブサは信じていた。
涙を溢れさせながら、だがハヤブサの顔には希望が満ちていた。
「スズメー、カラスー、ここだー」
声を張り上げて、二人を呼ぶ。もうスズメとカラスは完全に光の帯になって、くるくると空を回っていた。そして…、ハヤブサの呼びかけに応えるように、光の帯は地へと、ハヤブサたちのほうへと一気に降り注いだ。
温かい光がハヤブサとタカを包みながら地面へととけていった。
「忘れない、私は、二人に出会ったこと、友になれたことは最高の宝物だ」
スズメたちは大地へと消えてしまった、光となって。世界を浄化する、光の翼の使命を果たして。
もうスズメは現実にいない。その光景を目の当たりにして、現実として認めなきゃいけない。辛いのに、包まれた光は温かくて、心の奥を癒してくれた。スズメはやっぱり光の翼の救世主だった。
『また会おうね』
耳の奥でスズメのあの声が聞こえてきた。溢れる涙をそのままに、タカはじっと空を、仰向けになったまま見続けていた。
「忘れるもんか、これからも、ずっと」
壷に籠めたあの想いを、これからも抱いて生きていく。決意したタカへと、向けられる暖かなまなざしに気づく。
「スズメたちが救ってくれたこの世界を、私たちが守り続けていくんだ。鳥神の心が邪に染まらないように、二度とこの世界を汚さないように。それには想いの力が大切なんだよな。
…私も、勇気を出して進んでいくよ。だから、タカ兄さんも…」
ぎこちなく微笑む双子の妹ハヤブサ。ずっとわかりあえないと、憎みもした。距離を置く事で、ハヤブサは己を保っていた。
ハヤブサがタカへと差し出した手。さわさわと風が駆け抜けていく。日差しに包まれた暖かな風。
その暖かな風をきって、ハヤブサの手を包んだのは、ハヤブサの手をとったタカの手だった。
一瞬驚きの顔をハヤブサは見せた。手を差し出したのは自分だが、こうして手をとってくれるなんて、思っていなかった。だけどそれは、嬉しい予想外だ。ぎこちなく不器用に、目を逸らしながらも、タカは応えてくれた。
「ああ…」
想いあう心、それがこの母の生み出した世界のもっともたる力。


第三十六話  目次  エピローグ