西地方の少数民族には特殊な力を持つ一族もいる。
中でも特殊なのが変化能力を持つ一族だ。
彼らは一つの集落に留まることはなく、流れの民だった。
変化の力は、他の者から理解される事はまずない。姿かたち、自在に変えられる彼らを不気味に思う事はあっても、受け入れる気持ちは持てぬだろう。彼らもまたその事実を身にしみてわかっていた。
がその力を欲するものもいた。彼らの変化の能力を、諜報や暗殺に利用し、彼らもそういう役目につく事で自分たちの立場を保った。
幼い兄と妹も、物心ついたときからそうした影の世界で生きてきた。兄は中性的な美しい顔立ちであったこともあり、女性へと変化する事を得意とした。女性に変化して近づけば、大抵の相手は油断する。また変化能力は、任務実行時に他人になりすますことで己を守る事にも繋がった。
だがそれは本来の自分の姿をなくしそうで、怖かった。兄はどうかしれないが、妹はそう感じる時があった。
兄との約束で、自分と二人きりの時以外は本来の姿にならぬこと。普段から変化していろとのことだった。
それはけして他人に心を許してはならぬということでもあった。彼らは、人を信じる事ができなくなっていた。
変化して、人を欺き、それは自身をも欺く生き方しかできなくなっていた。
ある日、兄はサイチョウのもとへ身を寄せようと提案した。翼の者であり、変化の民でもある彼らを唯一受け入れてくれる場があるなら、そこしかないだろう。兄とともに妹はサイチョウのもとへとチョモランマへと向かった。
が、兄はそこに入る前にまた新たな約束を強要してきた。それは、兄妹の縁を断ち切るということだった。
兄は妹を守ってきた。妹は兄を尊敬していた。幼い頃から二人で、影の世界で生き延びてきた。
言葉にしなくても、互いを思いやる気持ちをわかっていた。
妹は兄と約束を交わした。以降、たとえ二人きりでも兄と妹にはならなかった。上司と部下、翼の同士、それ以上でもそれ以外でもない。妹は老女の姿をとった。若い娘からは程遠い不気味な老女に。その姿の彼女には、警戒してだれも近づこうとはしなかった。兄以外の存在とは関わらない、それが彼女の選んだ道だった。
だが、一度だけ、妹は兄との約束を破ってしまった。
ただ一人、彼らの長であるサイチョウの前で、一度だけ、彼女は本来の姿になったことがある。サイチョウにはばれてしまったからだ、老女の姿が本当の姿ではないと言う事を。
惹かれていく心、彼女はサイチョウを愛し、盲目的に崇拝した。
その想いは、兄に見破られ、その想いがあるからこそ己の使命をまっとうできると言われた。
誰よりも、自分をわかってくれているのは兄だった。
絆を断ち切ると言うことが、彼らにとって互いを守る、想い合う道だったのだろう。



朝、出発の準備を終えて、スズメは気持ちよさそうに伸びをしていた。
「ふー、よく寝た」
くるりと振り返ると、カラス、タカ、ハヤブサ、みな準備を終えていた。いざ、出発の合図をとる。
ふいとカラスはハヤブサに目をやる。
「ハヤブサ、どうしたんだ。眠れなかったのか?」
カラスの問いかけに「えっ」と焦った目を見開いて、すぐにいやいやとハヤブサは首を振った。
「いや平気だよ、行こうか」
ハヤブサの返事にスズメたちは気にすることなく、じゃあと前を向いて歩き出す。
元気に答えた後で、ハヤブサの目は曇る。前方にいるタカへと、複雑な目を向ける。
「どうして…」
だれにも届かぬ声量でつぶやいた。違和感が残る。昨夜のタカの様子が気になっていた。
「おい」
突然タカがスズメに呼びかける。
「え、なに? タカ」
「お前、ちゃんとバードストーン持ってるんだろうな?」
タカのそれにカラスとハヤブサもスズメに視線を向ける。
「もちろんだよ、ほらここに」
とスズメはスカートのポケットから小さな袋に収めたバードストーンを取り出した。中で石がこすれ合う音がしている。
「危なっかしいな。オレが預かっておいてやる」
とスズメに手を伸ばすタカ。
「もう二度と落とさないってば」
「落としたことあるのかスズメ…」
あちゃーとカラスがあきれた声を出す。実際スズメはバードストーンを落としてしまった先例がある。
「別に信用してないわけじゃないが、心配だからな」
「俺も心配になってきた…」
「うー、カラスまで酷いなぁ。じゃあ、ワシさんと合流するまで預かっててもらおうかな」
「ああ、任せろ」
ぷうと頬を膨らませ、その息を吐きながら、スズメは差し出したタカの手へとバードストーンの入った袋を手渡そうとする。
「待て! スズメ」
背後からのその声にスズメの手がびくりと止まる。スズメの行動を遮った声はハヤブサだった。
ただ一人、緊張した空気を纏わせているハヤブサに、スズメたちがきょとんとした顔で振り向く。
「それは君が持っていなくちゃダメだ。そうだろ? カラス」
ギロッとカラスへと同意を求めるハヤブサの目にカラスは少したじろぎながら
「まあそうだけど、でもスズメ結構ドジだしなぁ…」
と百パーセントハヤブサには同意しない回答。
「じゃあスズメ、君がもっとも信頼する相手に渡すんだ。君は目の前のその相手を信頼しているのか?」
ハヤブサの言葉にスズメもカラスもぎょっと目を見開く。ハヤブサはタカに対して信頼していないともとれるような言い方だ。
「ハヤブサ、いくらなんでもそんな言い方は酷くないか?」
カラスも眉を寄せて注意する。
いくら仲が悪いからって、ハヤブサがここまで失礼な事を言うなんて思ってもなかったカラスたちは驚いた。
まともにコミュニケーションをとろうとしなかったハヤブサとタカだが、衝突することなくここまで来たというのに。
しかもひいていた立場のハヤブサが、こんな言い方をするなんて、と。
「あんまりだな。そんなにオレを信頼してないのか?」
ぐっと悔しそうな、どこか切なさを帯びた眼差しでハヤブサを見るタカ。その表情にハッとしてハヤブサの心は痛む、だが同時に確信したこと……。
「やっぱりあなたはタカ兄じゃない…、スズメはなれろ!」
「えっ?」
ハヤブサの声に反して、スズメはいまだにきょとんとした顔をして二人を見ている。
動かないスズメにハヤブサは駆け寄った。が、ハヤブサの手はすんでのところで届かなかった。スズメの体はタカの腕に引き寄せられ、その腕はスズメの細い首へとかけられている。
「!? スズメ」
「きゃっ!? タカ?」
スズメがタカを見上げた瞬間、スズメの横っ腹にタカの容赦ない拳が打ちつけられた。
「スズメ!」
タカの拳で吹き飛ばされたスズメへと駆け寄るカラスに、タカが蹴り飛ばしてスズメとは反対方向に転がり倒れる。
「カラス! お前何者だ!」
鋭い敵意を向けるハヤブサの目が、タカを威嚇する。



山道で倒れたままのタカへと何者かが近寄る。
大人一人と、幼い子供のような影。
「! あれはタカ!? タカじゃないか!」
同じくチョモランマ方面へと向かっていたワシとフクロウだ。ワシはタカが倒れていることに気づき、血相変えて駆け寄った。
「タカ! おいタカしっかりするんだ」
体を抱き上げ、揺さぶった。タカは気を失っているらしく、返事をしない。ぴょこっとフクロウも顔を覗き込む。
「タカだーー。こんなところで寝ちゃめっだよ」
人差し指を立てて、なぜかお姉さん口調でしかるフクロウ。
しばらくしてタカは「うう」と呻きながら意識を取り戻す。ぼやーとした視界に、映るのは兄ワシの顔と、フクロウ。
「タカ! 気づいたか」
目を覚ましたことにワシは安堵する。
「ワシ兄?! ハッオレは…」
「こんなところで寝ちゃいけないんだよ」
「お前はここで気を失っていたんだ。なにがあった? 何者かに襲われたのか? ハヤブサや他の者はどうした?」
訊ねられても、すぐには答えられなかった。まだ少しタカは混乱している。
なぜここにいるのか。なぜ意識を失っていたのか。なぜ今ここにワシたちがいるのか。
ゆっくりと思い出す。老女に出会って、彼女を送り届けて、ここに来たときに、背後から何者かに襲われた。
老女が?
そういえばあんなところに、老女がいたなんて怪しすぎる。翼の者に騙されていたと言っていたが、それも怪しすぎた。まさかあの老女が……?
しかし老女にやられたなど、恥ずかしくてタカは言えなかった。だがもしあの老女が翼の手先だとしたら、…スズメたちの身が危険だ。
慌てて翼を開いて、仲間たちの元へと向かう。


「あなたは誰!?」
手をついて体を起こすスズメも、タカの様子がおかしいことに気づき、彼ではないと確信する。
カラスもまた警戒の目を向けた。
「上手く化けたつもりだが、肉親の目は誤魔化せなかったか…」
観念したのか、タカにそっくりなその者がそうつぶやく。だがばれても慌てる様子はなく、落ち着いている。
正反対に感情を高ぶらせているのは、タカそっくりのその者を鋭く睨みつけるハヤブサだ。
「お前はタカ兄じゃない! お前はわかってないからだ! タカ兄が私をどう思っているか」
翼を広げ、一直線に飛び掛るハヤブサの攻撃を、タカそっくりのその者はひらりとかわし、宙に舞う。
三人の目がバッと上空のタカそっくりの者に向く。
「いい加減に本性を見せろ! 卑怯者」
ハヤブサの罵りに、フッと小さく苦笑して、タカそっくりのものが頷いた。
「そうだな。どうせここで死ぬ定め。姿を見せても構うまい」
上空のタカそっくりの姿がぶれる。そしてタカそっくりの姿があったそこには、見たこともない翼の女がいた。
スラリとした細く引き締まった体、頭部上方に一つに括られた髪、ピンと先端が尖った耳は特徴的な形だ。
変化を一瞬にとき、別人へと変わったそれに三人は驚き固まるが、キッとすぐに表情を険しくさせてハヤブサが叫ぶ。
「何者だ!」
翼の者、だが見たこともない翼の女。ハヤブサも知らぬその翼。それもそのはず、彼女を知るのは彼女の上官であるブッポウソウとサイチョウのみなのだから。
「我が名はヨタカ…、だれよりも強くサイチョウ様を慕い、サイチョウ様の御ために命をかけられる者…」
かすかに憂いを帯びた眼差し、だが同時に絶対に引かない強さを秘めている。
「ライチョウの信徒たちよ。お前たちはチョモランマにはたどり着けない。ここで私に消されるのだから…」
ふっと一瞬で姿が消える。瞬きの間、一気に間合いをつめられていたことに気づく。すぐに防御の体勢をとったがそれでも間に合わず、ハヤブサははじきとばされる。
「うわっ」
「ハヤブサさん!」
翼を広げ、ハヤブサの救援に向かうスズメをヨタカが狙う。
「!?」
スズメの腹元に、身を屈めたヨタカがいた。その手にはギラリと輝く不気味なものが。
「一瞬の間に、逝かせてあげる。苦しめたくないから」
「あぐぅっ」
悲痛な悲鳴を上げて、スズメが地面に倒れこむ。腹部には赤い線が走る。
見るとヨタカの手には鋭く研がれた鉄器があった。
「なんでそんなものを!」
疑問と非難の混じったカラスの声に、良心の痛む様子もなく表情すら変えないヨタカが答える。
「目的の為なら手段を選ばない。翼と鉄器が合わされば、さらに強くなる。これにバードストーンも加わればどうかしら?」
無表情のままそう答えるヨタカに、カラスの目は見開く。
「だめだ! バードストーンは身を滅ぼす。現に君たちの仲間はバードストーンを使ったせいで翼を失い戦う力を失ったんだ。下手をすれば命を失うんだぞ」
「それがどうした…」
ぴくりとも表情を変えないヨタカ。じりとカラスへと向きを変える。カラスはあとずさりながら黒い翼を広げる。
「君は死ぬ気なのか?」
ふっと目を細めながら、ヨタカは薄い唇を小さく動かす。
「あのお方のためならば、私は死は恐ろしくない。死よりもずっと恐ろしいものを見てきた私には、死など恐れるものではないのだから。私が恐ろしいのは、あのお方の期待を裏切るという事」
シュッと刃をカラスに向けて、ヨタカは冷たい目をしながらそう答える。
「あのお方、サイチョウのために、あなたは死をかけるというのか。サイチョウのために、あなたは平気で己の姿を捨ててまで、他人に成りすまして、鉄器を使ってまで、そこまで卑怯なまねをしてサイチョウのために戦うと言うのか!?」
「ハヤブサ!」
ハヤブサは怒りの眼でヨタカへと突撃する。ハヤブサの攻撃をヨタカはひらりひらりとかわす。素早く身を動かしながらハヤブサも攻撃の手を休めないが、攻撃は当たることなく、ヨタカの反撃にあってしまう。ハヤブサとほぼ同時化、入れ替わる形で光の翼化したスズメがヨタカに飛び込むが、スズメの攻撃もヨタカはひらりと衣が風に揺れるようにかわして反撃を叩き込む。
「うぐっ」
鉄器の攻撃でやられた腹部の傷も開き、スズメの背から光が消える。
「カラスってばなにやってるの! ハヤブサさんがやられちゃうよ!」
腹部を押さえながら、膝つきで起き上がりながらスズメは立ったままヨタカを見ているだけのカラスに怒鳴った。
「スズメ、俺あの人と戦いたくないよ」
「んもー、なに言ってんの? 相手が美人だからって弱腰なの!?」
「うわぁっ!」
挑めど敵わず、ハヤブサはどうあがいてもヨタカには勝てない。二人の光の翼がいるのに、光の翼はろくに力を発揮せず、たった一人のヨタカに翻弄されている。
ヨタカもヨタカだ。とっとととどめをさせばいいものを、ハヤブサに対してどこか情けめいたものを感じる。
切なげに目を伏せる。ヨタカがハヤブサに感じるその想いとは……。
「まだ、そんな目ができるのね」
相変わらず変わらない表情のまま、淡々とした口調でヨカタはハヤブサを見ながらそうつぶやく。
敵わぬ相手だと、わかっているだろうに。それでもなお炎を灯した眼差しがヨタカを見据える。
「タカ兄さんをどうした!?」
強い怒りの叫び。
「あなたはお兄さんがそんなに大事?」
「…っ当たり前だ!」
ブン!
ハヤブサの拳が空気を切りながらヨタカを狙うが、それも届くことなく空を切っただけに終った。
体を反りながら、ヨタカは目を細めたまま、切なげな眼差しでハヤブサを見る。
「タカ兄さんはそうじゃないかもしれない。私はタカ兄に憎まれているんだ。傷つけて、ずっと気づかないで…。
過ぎた時はやり直せないけど、これから、取り戻せる可能性はゼロじゃないんだ。
だから私は諦めない。お前を倒して、兄さんを助けてみせる!」
「そう…。ハヤブサ、あなたはその想いを大切にして」
「なぜ、あなたがそんなこと言うんだ!?」
わけがわからない、ヨタカの言うことが。苦痛に顔を歪めながらも、あきらめないハヤブサは果敢にヨタカに挑み続ける。
んもう。と吐き捨てて、スズメは光化し、ハヤブサの援護へと向かう。そのスズメをなぜかカラスが引き止める。
「待ってよスズメ!」
「ちょっ、なにすんの?カラス!」
「彼女の…ヨタカの本心が知りたい。ヨタカには本当に守りたい別のものがあるような気がしてならない」
「え…、それってどういう…」
「ハヤブサやめるんだ! ヨタカ君も! 話し合いの場を持とう!」
突然のカラスの提案に、スズメたちは目をむく。
「なにを言ってカラス。!? あっ」
あっと声を上げて、スズメが指を指した先には、本物のタカと、それからタカを助けたワシとフクロウの姿が見えた。
「!タカ兄無事だったのか! ワシ兄、フクロウまで」
驚き、喜びの声を上げるハヤブサ。
タカにワシ、戦力外ではあるがフクロウにも囲まれ、ヨタカのほうが不利に見える状況になる。
「どういう状況だ?」
ハヤブサ、スズメ、カラスが囲むのは、見たこともない翼の女性。彼女を見てだれがあの怪しげな老女であったろうと予測できようか。来て早々タカは混乱する。
「えっとね、この人…ヨタカがタカに化けてて、サイチョウのためにあたしたちを倒すって」
スズメの説明、説明になっているのかいないのか、それだけではタカの混乱はとけない。敵である事には違いないが、自分に化けていたとか理解不能だ。
「細かい事はどうでもいい。違いないのはそいつが敵ってことなんだろ?」
ギランと敵意をヨタカに向けるタカを、一緒にいたワシが引き止める。
「まてタカ、むやみに飛び込むのは危険だ。お前を襲ったのはあの者なのだろう?」
ワシに言われても、タカは首をかしげる。そうなのだろうか? この女はあの老女とグルだったのか?と。

ワシたちの登場にも、ヨタカは涼しげな表情を崩す事がない。
タカ、ワシの無事にハヤブサは嬉しそうに頬を緩ませる。それを見て、ヨタカは切なげに「ふ」と小さな笑みを漏らす。
「ハヤブサ、あなたは自分のその道を突き進んで。兄弟は代わりのない大切なかけがえのない存在だから」
「なんでそんなことを言うんだ? あなたはなにが言いたい?」
なぜ自分をそんな切なげな、そしてどこか優しげな眼差しで見つめるのか。
「私と似ているから…。でも、少し違うから、生き方が…」
「! あなたにも、大切な兄弟がいるのか?」

「あーースズメちゃーーん! ケガしてるよお」
ふわふわと緊迫感のない空気をまとって、フクロウはスズメのそばに降り立った。スズメの腹部には鉄器によって切り裂かれた傷が痛々しくあった。
「フクロウちゃん、大丈夫このくらい平気だよ。危ないから下がっててね」
手を広げてフクロウを庇うようにして彼女に後ろに行くように指示する。
「でもスズメちゃん、あのおねえちゃんは?」
きょとんとした顔でスズメを見上げながら、ヨタカへと目を動かすフクロウ。幼いフクロウはヨタカが敵とは認識していないのだろう。フクロウをちらりと見て、ヨタカは思い出す。自分に警戒することなく近づいてきたあの幼い少女に。フクロウとはすでに出会っていた。あの時は老女の姿であったが、あの時フクロウは自分を見て「おねえちゃん」だと言った。見破られたことのない、完璧な変化の術なのに、純粋無垢な子供は欺けなかったのだろうか。今となってはどうでもいいことだ。
「あっ、フクロウ知ってるよ。あの時のおねえちゃんだ!」
びしっと指差してフクロウが叫ぶ。それにぴくりとヨタカの尖った耳が反応した。あの子は私を覚えていたのだと驚愕してかすかに笑みをこぼした。
「そうなの? フクロウちゃんあの人に会ったことあるんだ」
「うん、フクロウおかしもらったんだよ、ね、ワシさん」
「え? まさかあの時の老女だというのか」
「じゃああのばあさんが、あいつだったっていうのか?」
よくも騙しやがって、と小さくつぶやきながら、タカは戦闘態勢になり、ギリリと拳に力を籠める。
「ライチョウの信徒たちよ。遠慮なくかかってくるがいい」
ぐるりと囲まれた状況で、ヨタカは感情を感じさせない声色で挑発する。「言われなくても」と動き出そうとするタカをワシの手と、カラスの声が止める。
「スズメ!」
カラスがスズメを呼びかけると同時に光の翼化する。阿吽の呼吸で、スズメはカラスに合わせて光化し、ヨタカを中心とする一体が光に包まれる。
「なにをする気だ」
光に包まれながら、ヨタカは地を蹴り、攻撃の刃をスズメとカラスへと向ける。だが刃は直前で止まる。
腹部を締め付ける圧迫感。背後から抱きかかえるようにして、ハヤブサがヨタカの動きを止めていた。
「守ってみせる。私の大切なものたちを」
ヨタカは刃を下ろし、翼をしまいこんだ。
「…同じね」
ふわりとゆっくりと光がとけていく。戦意もとけていったような気がする。ハヤブサはそれを感じて、ゆっくりと縛をといた。
「私も、守りたいわ…」
「そこまでしてサイチョウを? …いや、あなたが守りたいのは…」
「兄よ…」
ゆっくりとヨタカが目を伏せる。兄…ヨタカの兄とはだれなのか。ここにいるだれもが知るはずもない。なぜなら、ヨタカと彼女の兄はサイチョウのもとに身を寄せる前に縁を切ったのだ。彼らが兄妹だと知るものは、二人だけ、ヨタカと彼女の兄だけ。
「ヨタカのお兄さんってどこにいるの?まさか…」
スズメが最後まで言わずともハヤブサも察した。
「チョモランマ…」
「行こうヨタカ、一緒に。あたしたちもあなたのお兄さんを助けるから」
「俺たち光の翼は完璧じゃない。みんなの力が、協力が必要なんだ。俺たちも力になる事で、君の守りたい人を守る事ができるかもしれないんだ」
「本当に…、できるの? あの人を、止められる? 救えられる?」
真剣な眼差しがカラスの黒い瞳をとらえる。カラスは逃げることなく「うん」と頷く。
「そーだよおねーちゃん。スズメちゃんたちはすっごーい味方なんだよー! もちろんフクロウも!」
きゃっきゃっとひとなつっこい幼い少女がヨタカの腰元に飛びついてきた。一瞬目を見開いてから、「ありがとう」とヨタカは見上げてくる少女に微笑んだ。
「この先はチョモランマ、総力戦になるな。味方は一人でも多いほうがいい。ヨタカ、君も私と同じサイチョウ様を慕う同士だ。この世界を救う為にも、サイチョウ様の暴挙を止めて、ライチョウ様に手を貸すように仰ぐべきだ」
ワシが一歩進み出る。真剣な眼差しで「そう…ね」とヨタカは返した。
決意するように、頷いて顔を起こし目を見開く。
「私は、止めてみせるわ。そして救ってみせる、兄を…、ブッポウソウを」


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