「うぐぅっ」
バードストーンによって強化されたオオルリの攻撃は今までの比ではない位、ハヤブサに激しいダメージを与える。
はじかれて、すぐに体勢を整える。スピードこそがハヤブサの武器だ。全体的な能力はオオルリに及ばないにしても、速さ一点においては、ハヤブサのほうが優れる。
カラスもすぐに翼を出し、ハヤブサの後方から様子をうかがう。
目はすぐにオオルリの翼に埋め込まれたバードストーンに向けられる。
「バードストーンを、外すようにってムリな話かな」
オオルリの様子からしてまともに話を聞いてくれるようには思えないが。
「ムリだ!」
と悲鳴のようなハヤブサの声が返事として返ってきた。
砕くしかないか、ベニヒワたちの時のように。だが、その時はきっと、彼女は翼を失うだろう。
素早い身のこなしでオオルリの攻撃をかわすハヤブサ、だがオオルリの翼の攻撃は広範囲にわたるものもあった。
不気味な翼をはためかせて、激しい風の圧がハヤブサを襲う。ニードルのようなものがいくつも風の中に混じり、それがハヤブサを傷つける。赤い点や線がハヤブサの体にできる。それに気をとられていると、気がつくと目の前まで迫っていたオオルリの重い一撃を受けて、ハヤブサの体は大きく飛ぶ。
「ぐっっ」
「待ってハヤブサ、もう少しだけ耐えてくれる」
まだ光の翼化していないカラスの言葉に、ハヤブサは振り向くことなく「ああ、まかせろ」と汗や血を拭いながら答えた。
「ふん、そいつがアンタの下僕ってわけ?」
鼻で笑いながらそう言うオオルリに、ハヤブサは「違う」と強い口調で返す。
「カラスは私の友だ。かけがえのない存在だ」
「ふぅん、バッカじゃないの?」
長い青い髪を手でぶわりとかきあげる。
「仲間を下僕扱いするあなたにだけは言われたくないな」
ギンとオオルリは目つきを鋭くさせて、声を上げる。
「ハヤブサ、ほんとうに生意気よね。だから、大っ嫌い! あたしにはもう誰もいないのに。なのにあんたばっかり…。目障りなのよ、今日こそここで、お終いにしてあげる!!」
ぶわっと周囲を浮かせるような気がオオルリから発せられる。殺気という凶器のような気をほとばしらせて、オオルリがハヤブサへとかかる。
「あぐうっっ」
悲痛な声を上げて、ハヤブサの体が飛ぶ。地へと叩きつけられて、肩や翼に痛みを受ける。
ここにスズメたちもいたなら、まだまともに戦えたかもしれない。
だがそんな弱音を心の中でも吐きたくはない。信じるもののため、大切なもののため、全力で、限界を越えた先になっても、這い蹲るわけにはいかない。
「はぁ、くっ…」
みしりと体の奥が軋む音を立てる。それでもハヤブサはなんとか起き上がる、首から上だけでも。
「惨めね、でもこれで終わりよ」
オオルリの翼から放たれる無数の針のような攻撃がハヤブサにとどめをさそうと迫り来る。
「待たせたねハヤブサ、今だ」
光化したカラスがハヤブサの前に立ち、オオルリの翼に向けて光の激を放つ。
「うわっ」
ドスドスドスと音を上げて、いくつもの鋭いものがカラスの体を貫通していく。ハヤブサの前にカラスは倒れるが、同時にオオルリも「きゃあっ」と悲鳴を上げて身を硬くしていた。
ぱきっと音が聞こえた。オオルリの片翼の石にヒビが入っている。
「まだだ」
膝をついて、カラスは起き上がり、光化して再度オオルリの翼の石を狙う。
「ああああーーー」
耳を劈くようなオオルリの怒声が響く。鬼の形相で、異形の翼をゆらゆらと動かして、激しい気が迸る。
それに恐れることなくカラスは冷静に、光の力を石を砕くことに集中する。
「もうやめるんだ。石に完全にもっていかれることになる」
「うるっさい!アンタも消してあげるんだから」
じりじりとオオルリは重そうな体を左右に揺らしながらカラスへと近づく。
「やめてくれオオルリ! それ以上は身を滅ぼす! ベニヒワたちはバードストーンのせいで翼を失った。
だけど命は助かったんだ。カラスは、彼は光の翼だ。きっと君を救ってくれる。だから」
ハヤブサの声に、ぎちぃと歯音を立てて、オオルリは首を振る。
「だれが救って欲しいって? あたしはそんなこと望んでいないわ。どうなろうがどうでもいいのよ。
世界が滅びようが、あたし自身が滅びようが」
「君はやけになっているのか!?」
「ハヤブサ、あなたを道連れにして滅んでやるわ」
くふふふ…あはははは…
オオルリの狂ったような不気味な高笑いがハヤブサへと迫る。
狂気にとりつかれた顔、というよりも、それは、心の奥が引き裂かれるような悲痛の顔に見える。
「私は…負けない」
言葉で己を奮い立たせる。気力で立ち上がり、軋む体に活をいれて、ハヤブサはオオルリの前に立つ。
「ハヤッブサッ」
搾り出すようなオオルリの声は、感情の高ぶりゆえ。いつもそうやって生意気にも自分の前に立ちふさがったこの相手が憎く、羨ましくて仕方なかった。


フォンコンの街でサイチョウに保護されたオオルリは、チョモランマでワシと出会った。兄と離れ、寂しい想いをしていたオオルリに初めて優しく話しかけてくれたのがワシだった。
オオルリはワシに兄を重ねていた。一番に求める相手は兄だったが、兄のいない寂しさを埋めてくれる存在がワシだった。
だがワシの優しさは、オオルリに対してだけのものではなかった。
ハヤブサへの態度とは、違うと感じていた。それは越えられない真の兄弟であるという壁。
ワシのもっとも大切とする存在はハヤブサだ。オオルリは幼いながらに、そう察知した。その時からだ、ハヤブサが嫌いになったのは。
ケツァールに逆らい、ライチョウを信じると裏切り、何度も自分の前に立ちはだかり、「負けない」と息巻いた。

今こうしてバードストーンを使ってまで戦うのは、ハヤブサが憎くて倒したいから、じゃない。
オオルリを駆り立てるのは、ツルの最期。暴走しかけた心を、少しだけ引きとめかけてくれた存在。
それからかすかな希望、生き別れた兄のこと。その希望も、あの瞬間に砕け散った。
なげやりになる自分と、ぼこぼこになっても、なおも諦めないハヤブサが両極過ぎて、オオルリの心はかき乱れる。

「――なんでっ…」
苦しみと悲しみの入り交じった涙声で呻く。
自分は兄も大切な仲間も、失った。だけどハヤブサにはワシがいる。共にいる仲間がいる。あきらめないと希望に満ちた瞳がある。
狭くなりすぎていたオオルリの視野。
すでにバードストーンに侵食されて、体の自由を奪われていた。地面を抉るように爪を立てて、オオルリは必死で抵抗する。視界がぶれて、意識が飛びそうになる波を何度も耐える。
「オオルリ!」
「あと、少しっ」
カラスの光の力がオオルリの翼の石を破壊する。粉々に砕けた石があたりへ飛び散り、同時にオオルリの異形の翼も消えた。
苦しみから解放されたが、疲労感がいまだオオルリの自由を奪っている。
「もうだいじょうぶだよ」
駆け寄るカラスたちを、オオルリは怒声で拒む。
「どうして、邪魔をしてなにがよ?! せめて、アンタを倒して散れたなら」
「ハヤブサを倒して君の心が晴れるとは思わないけどな」
「わかっているわよそんなこと。単なる八つ当たりだって。もう…どうだっていいわよ。力も失って、どうすることもできないし。どうなったっていい、好きにしなさいよ」
足を引きずりながら、ハヤブサがオオルリのそばまでくる。目の前まできたその相手をきゅっと睨むその目は、強気なオオルリの最後の抵抗か。
「わかった、なら好きにさせてもらうよ。カラス、彼女を救いたい。力を貸してくれ」
ハヤブサがオオルリの腕を引き、起こす。オオルリは目を見開いて驚く。
「なっ、なんですって?! ハヤブサあなたになんか助けられたくないわよ」
「つまらないプライドは捨ててくれ! 大切なものがなにか君だって知っているんだろう?本当は」
オオルリに負けじとハヤブサも声を張り上げる。
「正直…私は君の事が苦手だった。だからといって、君がどうなってもいいなんて思いたくない」
「私、あなたにとって嫌な女でしかなかったでしょ。私にとってもあなたは嫌な女でしかなかったけど」
「お互い様だ」
ハヤブサが苦笑した時、空の彼方からこちらへと近づいてくる声がした。
「オオルリさん!?」
慌てた様子の少年の翼は、オオルリの仲間たちの一人だ。
「キツツキ? どうしてあんた一人でここにいるのよ? あんたたちはカッコウと一緒のはずでしょ」
息を荒げるキツツキの様子にただ事ではないと察したオオルリは、鋭い目で少年に問いかける。
「お願いです。あの人を、カッコウさんを止めてください。カッコウさん、死ぬつもりでっ、本気でっ…」
「カッコウが!?」
オオルリは思い出す。そういえばたしかにカッコウもオオルリが決意したあの時に、どこまでもついていくと勝手なことを言っていた気がする。いつものことなので無視したが。
「知らないわ、それにあたしにはもう翼が…」
「そんな!? カッコウさんツルに先越されたって、もうバードストーン使って死ぬしか道がないって、それがオオルリさんへの愛の道だなんてバカなこと言って行っちゃったんですよ」
オオルリの脳内にゆっくりとカッコウの姿が映る。自分勝手なお調子者で、殴っても蹴飛ばしても、どこまでもついて行くと言っていたバカなカッコウ。
その次にツルが浮かび、温かい眼差しでこう語りかける。
『オオルリ殿にはちゃんと味方がいる』
カッコウほど、自分を好いてくれて、ムチャするバカな奴はいない。どんなに邪険にしても、カッコウがオオルリを嫌いになったり、敵に回ることはなかった。
バカみたい。ハヤブサになんか嫉妬して。
「あたしにも、まだいたんだわ。失えない、大切な仲間が…」
オオルリの長めの睫がぱちりと上を向く。
「キツツキ! あたしを連れて行って! そのバカのところまで」
ぎゅっとキツツキの衣服を掴んでオオルリは彼に頼んだ。一瞬ぱぁぁと輝いた表情をさせて、「はい」とキツツキも力強く頷いた。
「俺たちも一緒にいくよ」
「ああ」
一瞬カラスたちを見やって、キツツキは目をしばたかせたが、理由聞きはあとにして、すぐにカッコウへと向かって飛立つ。途中、カッコウを追跡していた相棒のミソサザイと合流し、カッコウを目指す。
己の翼で向えないことが歯がゆかったが、オオルリはキツツキたちを頼りにするしかなかった。
「あっ」
「どうしたんだ? カラス」
キツツキたちに追随しながら飛んでいたカラスが、突然驚きの声を上げたのでハヤブサが訊ねる。
「いや、彼らの向かう先に、スズメもいるみたいだからさ…」
「そうか、なら都合がいいな」



「しぶってぇな…」
肩を揺らしながら、カッコウがぼやいた。
タカは血だらけになり、顔面がはれ上がっても、まだ立ち上がりカッコウを遮る。
遠い昔、弱虫で泣き虫だったあのタカが、と思うとこいつもずいぶん成長したものだなと思う。
ワシの弟だから、いじめていたが、ワシの弟じゃなかったら、こいつのことそんなに嫌いじゃなかったかもしれない。今さら思っても仕方ないことだが。
カッコウ自身、時間はない。早期に決着をつけるはずが、予想外に長引いた。
バードストーンで強化したはいいが、肉体が持つ時間が短すぎる。そのことがタカにとっても救いだった。
「オレは、あいつを守るんだ」
言い聞かせて岩のように体を硬くせよと翼に命じてタカはなおもカッコウの前からどこうとしない。
「いい加減、ぶっ倒れろよタカッッ!」
カッコウ渾身の一撃がタカの内部を打ち砕くようにめり込む。
タカが岩に打ちつけられる音で、スズメも目を覚ました。
「なんなの!? タカ!」
隙間から飛び出してきたスズメはすぐに岩にはりつけ状態のタカへと駆け寄る。
岩から飛び出してきたのがワシではない少女だと知ると、カッコウは絶望した。
「ワ、ワシじゃなかったのかよ…くそっ」
気力が一瞬途切れ、その瞬間を狙ったかのようにバードストーンはズルズルとカッコウの翼の中に入り込んでいく。
「うぐぅっ」
膝をついて、顔面から地面にカッコウが倒れこんだ。異形の翼に体を覆い隠されるように。
「タカ! しっかりして」
スズメはタカを岩から引き剥がし、光の翼でタカの傷を癒す。
「う、うう」
傷を回復したタカは、目覚め、スズメに気づき声を上げる。
「スズメ!」
「一体なにがあったの? なんですぐに呼んでくれなかったのよ」
「それは…!? カッコウ」
完全に地面にうつぶせたまま、意識が途切れたカッコウへとタカはすぐ目を向ける。スズメもカッコウに気づく。
「あの人はたしかお城にいた翼の…。なんであんな翼に、バードストーン!?」
こくりとタカは頷く。
「バードストーンは光の翼にしか使えないってワシさん言ってたよね。なんとかして外せないかな」
「あいつはカッコウは、昔オレを騙したんだ…」
「え?」
ふいとスズメがとなりのタカを見上げる。カッコウのことを語りだすタカの顔は、苦しそうな切なそうな顔に見える。
「ハヤブサに勝ちたかったオレに、翼を持たなかったオレに協力すると、友達だからと言ってオレを騙した。
ダチョウとこじれた原因もあいつのせいなんだ」
「そ、それじゃあ、タカにとって憎い相手ってこと?」
スズメのそれにタカは首を振ることなく、まっすぐにカッコウを見たまま答える。
「憎かった、友達だと言ってくれた初めての相手だったから、オレはショックでしかなかった。ずっとそのことを根に持って。嬉しかったんだ、友達ができて、あの時のオレは嘘でも嬉しかった。救いだった。
オレは……」
きゅっと手を強く握り締める。頬を震わしながら、タカはスズメに願う。
「オレはきっとあいつのことが、好き…なんだ。たとえあいつがオレを友だと思ってなくても、なんとも思ってなくても、オレはあいつを死なせたくない、だから…」
「うん。あたしが助けてみせるよ。だからタカも力を貸して。一緒に祈って」
スズメは光の翼を広げ、眩く輝く。タカは不安な表情は消えぬものの、目を閉じてカッコウを救いたいと、スズメの力を信じて願った。タカの想いがスズメの中にずんと入り込んで、それをスズメは実感する。想いを光の力へと変換させて、それをカッコウへと向ける。
スズメから放たれた光がカッコウを包み、カッコウを内部から浄化する。異形の翼とともに、バードストーンも一緒に光の中に解けてなくなった。
光が消えると、翼のないカッコウの背中が明らかになった。力を使い終えると、スズメの背から光の翼も消える。
「無事…なのか?」
不安げな眼差しでカッコウを見ているタカにスズメが答える。
「きっと…。想いが力になったってあたしは信じるよ。タカ、呼びかけてあげて」
不器用にタカはカッコウを抱き起こし名前を呼ぶ。
「おい、カッコウ!」
呼んでも、体を揺すってもカッコウは目覚めなかった。傷も、異形の翼もすでに消えているというのに。スズメの光の翼で浄化したというのに。
「え、そんな…」
「くそっ、カッコウ、起きろ! 死ぬなっっ。オレはまだお前に」
タカの叫びは届くことなく、カッコウの瞼はぴくりとも動く気配はなかった。



――カッコウがはじめてオオルリと出会ったのはチョモランマだ。カッコウのほうが少し早くサイチョウのもとにきていた。年の近い少年達と戯れて、はしゃいでいたカッコウが生まれて初めてときめきを覚えた相手が幼いオオルリだった。青色のおかっぱ頭が印象的な美少女だった。カッコウが声をかけようとしたが、オオルリは存在にすら気づくことなく通り過ぎた。彼女の目はどこにいるか知れないだれかをずっと探していたのだから。彼女の目にカッコウが映るはずもなかった。すぐにオオルリを追いかけたカッコウだが、先に彼女に話しかけたのはワシだった。来たばかりのオオルリに親切にいろいろと教えてやっていた。心を硬くしていたオオルリは、ワシにだけはすぐに心を開いて酷くなついていた。
先を越された。それだけでカッコウの中でワシは嫌な奴ランキングの堂々一位に輝いた。いやさらにそのうえをいくことになる。オオルリはワシに憧れてしまった。病的なまでに、ワシしか見えないさらにそれを阻む者には容赦なく牙をむいた狂気溢れる乙女へと変貌した。オオルリの本性を知ったワシは、必要以上に彼女に優しくすることはなくなった。ワシだけでなく、周りの子供たちも、オオルリからは距離をおいた。なんとか彼女の相手をしていたのは、ベニヒワやペンギンたちわずかな者だけで、それから幼いあの日からオオルリに惚れっぱなしのカッコウだけだった。長年オオルリへの愛を周りがあきれるほどおおっぴらにしてきたが、その想いがむくわれることがなかった。オオルリはワシが好きだったから。その想いが叶うことなどほぼ不可能なのに、オオルリはワシを想い続けた。だがそれも、フォンコンで、オオルリはその想いを捨て去ったとした。
ワシへの想いを断ち切った直後、なんのいたずらか彼女の前に現れたのがツルというとんでもない男だった。
突然オオルリの下僕になり、突然勝手に死んでしまった。
なんて身勝手な奴だと思った。
勝手に出会って、勝手に付きまとって、勝手に死んで。
その結果オオルリの心はどうなる?
暗闇の世界の中で、カッコウはツルに憤って、ハッとした。
――俺もじゃねぇかよ――
今さら遅いじゃないかよ、と。
幻聴だとしてもいい、自分を呼ぶオオルリの声が聞きたい。
バカと罵られて蹴り飛ばされてもいい、いやそうされたい。
それが自分の愛の道だったから。
『バカッコウ!!』
オオルリの声が、聞こえてきた。ああこのまま死んでも悔いはない。



「カッコウ!?」
「カッコウさん!!」
リアルにカッコウを呼ぶ声が響く。
タカとスズメが声の方角を見上げると、見知った翼の者たちがこちらへと向かって来た。
「カラス! ハヤブサさん!」
スズメが嬉しそうに久しぶりに会う仲間二人の名前を呼んだ。
カラスとハヤブサ、それからオオルリを背中に乗せるキツツキとミソサザイが降り立った。
「スズメ、カッコウは無事なのか?」
駆け寄ったハヤブサのその問いにスズメは複雑な表情で答える。
「光の翼で癒したけど、目を覚まさないの」
横たわり、目を閉じたまま目覚めないカッコウにみな注目する。
「カッコウさん」
心配げな少年達がカッコウへと駆け寄り膝をついた。
「カッコウ?」
キツツキとミソサザイの間から、オオルリが覗き込む。
目を閉じたままのカッコウを見て、ざわざわとオオルリの血が不安な音を立て始める。
行方知れずになった兄、殺されて二度と帰ってこないツル。どうなってもいいと思った。もう自分には大切なものはないのだと、そう思った。
喜んで下僕になってくれたのは、ツルとカッコウだけだった。ウザイウザイと邪険にしてきたが、それでも嫌いにならないでついてきてくれた。唯一の存在だった。
失うと気づいた時に気づかされる。かけがえのない存在だと、カッコウを失いたくないと。
そう自覚した時、オオルリは己をどうでもいいと思っていた気持ちは吹き飛んだ。
「このバカ! あんたはあたしの下僕でしょう!? 下僕があたしの許可なく死ぬんじゃないわよ!」
がっと両手でカッコウの胸元を掴んでムリヤリ起こす。生気のないカッコウの顔が目の前で前後に揺れる。
怒り顔のオオルリ、目にはじわりと涙がにじむ。どうして、みんな突然自分の前から消えてしまうのだ。
「カッコウさん…」
「間にあわなかったのか…くそっ」
キツツキとミソサザイの目にも嘆きの雫が浮かぶ。
「ねえ、もう一度、あたしやってみるよ。カラスもいるし」
スズメがぽつりとつぶやいて、再び光の翼を広げる。スズメのそれにこくりと頷いたカラスも光の翼を開いて、スズメに同化する。
「救えるのか? いや、救うんだ」
タカも再び願う。友の生還を。静かにタカのほうを見て「そうだな」とハヤブサも願った。
スズメの光が一体を包む。カッコウとその仲間たち、それからハヤブサの傷も癒す。
「あんたはそんなキャラじゃないでしょう。いつもみたいにバカみたいに、あたしの側をちょろちょろして、バカやっててよ。…カッコウ…、お願い、もうどこにもいかないで…」
オオルリの涙がぽたぽたとカッコウの顔に落ちる。
「オオルリの膝枕…、やべぇ、俺マジ死んでもいいぜ…」
「!? カッコウ…」
じわりと小さく絞るような声量だが、確かに聞こえてきたその声は、オオルリの目の前にいる相手のもの。
見開いたオオルリの目にゆっくりと、カッコウの蘇った姿が映る。
「このバカ! バカッコウ!! 下僕失格よ!」
涙目で怒るオオルリに、カッコウが慌てふためく。
「そんな俺こそオオルリの第一の下僕じゃねーか、なぁ?」
とそばにいるキツツキたちに同意を求める。
「下僕じゃないわよ、あんたは、…大事な…相棒よ…」
照れくさそうに小さくつぶやくオオルリに、カッコウは目を白黒させる意味がよくわからない。
「あーーーもうこのバカ! やっぱり一発ぶっとばしてっっ」
一転くわっといつもの鬼のような形相になって立ち上がるオオルリを、キツツキたちが慌てて止める。
「だ、だめですよ、せっかくカッコウさん助かったのに」
「とどめさしてどうするんすか!」
「あっ、お前らなにオオルリに触ってんだよ、このやろー、邪魔すんじゃねぇ! オオルリ早くぶっとばしてくれよv」
起き上がり、中腰になってカモーンと両手を振るカッコウに、彼らもあきれる。
「なに考えてるんですかカッコウさん」
「ああもう、付き合いきれないっすよ!」

その様子を少しはなれたところで見ていたハヤブサたちが、ほっとしつつ、あきれた顔で眺めていた。
「はは、いつもの彼らに戻ったみたいだ」
「うん、よかったね、タカ」
ふい、と見上げて微笑むスズメに、タカは顔を背けながら「ああ」と答えた。



スズメたちは壷に彼らの想いも籠めてもらった。
キツツキとミソサザイは、チョモランマに戻りづらいこともあり、どうするかと困っていたが、ハヤブサの提案でフォンコンに残るミサゴの手伝いを頼んだ。
再び四人になったスズメたちはチョモランマを目指す。ワシと合流を果たしチョモランマに構えるサイチョウを目指さなければならない。
スズメたちの動向を探る影が暗躍していた。乱れた長い白髪、よれよれの着物に曲がった腰の老女。
長い髪に隠された奥の瞳が怪しく光る。


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