男は立ち止まらねぇ、進むだけだぜ。
そう言ってカッコウは聞かなかった。
ここまで手に入れたバードストーンを、仲間の翼の少年たち…キツツキとミソサザイに渡し、彼らにはチョモランマに向かえと指示した。
「ちょっと、待ってくださいよカッコウさん!」
「カッコウさん、やっぱり本気で…」
不安な顔でカッコウを見るキツツキたち。カッコウのしようとしていることに、気づいた彼らは、そのことに素直に賛成できなかった。
バードストーンを集めて、一緒にチョモランマへ、サイチョウのもとへ戻るつもりだったのに。
きっとそれは叶わない。カッコウがしようとしていることが実行されたならば…。
カッコウの手の中にはわずかなバードストーンが握られている。キツツキたちにすべてを渡さず、三つは己で所持した。己に使うために。
「いいから行けよ。俺はワシの野郎をぶっ殺しに行くからな」
かちゃっと手の中の石がかち合う音をさせながら、カッコウは視界に映らない相手を見て目を細める。
「だったら俺らも一緒に行くっすよ!」
「そうですよ! 一緒にワシを倒してから、チョモランマに行きましょう」
「ちちち、あのなぁ〜お前らわかってねぇよな。俺はベニヒワのやつみたく世界を救うためとかに戦うんじゃねーんだよ。正直どうでもいいんだぜ。世界が滅ぼうがどうなろうが。
俺が戦うのは愛! オオルリへの愛それだけだ。俺はオオルリのために戦い、オオルリのために死ねる。
愛のために死ねる俺に怖いものなんてないぜ」
愛のために死ねるというカッコウの横顔は誇らしげだ。
自分勝手で卑怯で口が悪く、いい奴とはいいがたいカッコウ。彼にあきれ、振り回されもしたが、キツツキもミソサザイもカッコウのことが好きだった。一緒にチョモランマへ戻り、鳥神と戦いたいと思っている。だがその想いはカッコウの想いとは交わらない。
ヤケになっているのかとも思う。カッコウに大きな影響を与えたのは、あの男…ツルに違いない。ツルの死とオオルリの様子に変化があったことと大きく関わっているのだろう。
「つまりだ…」
おどけた声に反して、鋭い目がキツツキたちを貫く。
「お前らはもう俺のツレじゃねぇ。邪魔すんなら容赦しねぇぜ?」
ふいっと目を逸らして、カッコウはすぐに羽ばたき、彼らの前から去った。
追おうとするミソサザイの肩を、キツツキが掴んで引き止める。
「俺たちにカッコウさん止められないよ。あの人を止められるのは、一人しかいない…」
「うっ…」
キツツキの言うとおりだ。カッコウを止める事ができるとしたら、それはたった一人、あの人しかいないだろうと。



「タカってば、まだ怒ってるの?」
前方を行く相方の背中に呼びかける。
「あの場は力ずくでも奪うべきだった。ダチョウがお前との約束を守るとは言い切れねぇ」
振り返らないタカにスズメはふぅと肩をすくめた。
「でもあの石は、おじさんからもらった宝物だって言ってたし。あたしダチョウは根っこは素直な人だと思うけどな」
「よく言うな。お前はダチョウのことなんてわかってねぇ」
「そうかな? タカとダチョウってよく似ていると思うけど」
「なっどういう意味だ!」
むきになるタカがちょっとかわいそうになり、それ以上はやめてあげた。
「あいつは、強さを求めてるんだ。その結果バードストーンを使ってもおかしくねぇだろ」
タカは不安なのか。バードストーンを得られなかったこと以上に、ダチョウがバードストーンを使ってしまうこと。
「その時はその時だよ」
「無責任だなおいっ」
「あたしはダチョウが約束を守ってくれること信じているけど、もし、そうなった時は全力でとめるよ」
「っ……」
「タカだってそのつもりなんでしょ?」
「…ダチョウはオレの敵だ…」
タカのそのつぶやきは弱々しく、心の底から憎んでいる相手とは思いがたく聞こえる。
スズメは、やはりタカにとってダチョウは憎い敵ではなく、ライバルなのだと結論づける。
素直になれない相手同士、そうすることでしか気持ちを表せないのかもしれない。
「だから、あいつはオレが止めてみせる」
「うん」
にこりと頷くスズメに、恥ずかしくなったのかタカが慌てて顔を逸らす。
「よかった、ダチョウにはタカっていう味方がいるんだ♪」
嬉しそうな顔でスキップしだすスズメ。「そんなんじゃない!」と赤面してタカが否定のセリフをはくが、スズメは気にしない。
「ダチョウはおじさんが、とか、タカはワシさんだけがみたいに言ってるからさ。そんなに凝り固まることなんてないのに。好きなものはたくさんでいいんだから。タカにも、好きな人がたくさんいてほしいよ」
スズメ自身がそうだからそう思うのだろうか。光の翼として目覚める前にも、スズメの周りには大切な人がたくさんいた。スズメは自分だけでなく、周りにもそうあってほしいと思う。
「…別にオレはワシ兄だけが大切なわけじゃない…」
絶対唯一の存在だったワシ。親を失ってからは、特に甘ったれのタカはワシに強く依存した。妹のハヤブサに嫉妬して、兄を独り占めしたいと思っていた。
だけど、ワシだけがタカが必要とした存在ではなかった。小さなテリトリーではあったが、他にも大切かもしれないと思える人たちと接してきた。コンドルのことやチドリのこと、そして大して仲良くしたというつもりはないが、なぜかなついてきた幼い少女フクロウのことも浮かぶ。それから遠い昔、友達だと言ってくれたあいつのことも…。結局それは偽りだったが、あの瞬間に感じた喜びは今でも強く胸に残っている。
「そっか、よかった」
我がことのように嬉しそうに微笑むスズメを見て、感じる想いはワシへの想いとはまた別の感情であるとも知っている。
「……お前も…」
「え?」
「なんでもねぇ!」
照れのこみ上げからか、その先の言葉は乱暴な声でねじこんだ。
ふーとあきれながら、スズメは空を見上げてつぶやく。
「カラスは今頃…クジャク様たちのところかなぁ…」
いいなぁとつぶやきながらも、スズメの顔には嬉しそうな笑みがある。
「…寂しくないのか? …あいつと、離れてて」
「カラスと? 今は別に寂しいなんて感じないよ。あたしも、遠く離れててもカラスのこと感じられるし」
笑顔のスズメの顔が少し陰りを落とす。
「でも、時々、感じるんだ。あたし、なにか忘れているような気がして。それはすごく大切なことなのに、ここらへんに突っかかっているようで、出てこなくて…」
表には出さないが、スズメにも悩みがあった。それが時折襲ってくる不安な感情、大切なものをどこが落としてしまった気がはなれない。それはカラスでさえ感知できないところにある。
「光の…翼としての記憶か?」
ふるふるとスズメが首を横に振る。
「わかんないよ。どこでなくしたのか、それとも最初からなかったものなのか…」
「いつか、見つかる。…オレが手伝ってやる」
「ほんと!? ありがとうタカ」
明るいスズメの声。素直に礼を言われては妙に照れくさい。
「へへへ、なんかタカが頼もしく見えるみたい」
「なっ! どういう意味だ?! 普段頼りないって言いたいのかっ!?」
くわっと目を吊り上げて振り返るタカ。やれやれとスズメがあきれた顔になる。いちいちつっかかりたいのかこいつは、と。
「だれもそんなこと言ってないのに。ったく。タカはもう少し自信もって素直になればいいのに。
あたしもタカのことあてにするよ」
ふいと背を向けてタカが答える。
「ああ、悩みくらいきいてやる」
「うん。じゃああたしもタカの想いをかなえられるようにがんばるよ」
「(オレの想いだと!?)」
「ハヤブサさんとちゃんと分かり合えるように、協力するからね」
「そんなこと望んでねーー!!」
せいいっぱい否定するタカの声が木霊した。だがスズメには意地張っているだけにしか聞えなかった。



「ワシ兄やスズメたちは順調だろうか?」
カラスとともに日鳥国を発ったハヤブサは、手の中の壷を大事そうにさすりながら、別行動をとるスズメたちの様子が気になった。
自分たちみたいに、翼の軍勢との接触や衝突があってもおかしくない。ワシなら上手く立ち回れるだろうし、光の翼のスズメなら大丈夫だろうとは思うが。
日鳥国で再会を果たしたツバメとフラミンゴはまだ休養するため、またこうしてカラスとの二人旅になってしまった。二人だけでまた翼の軍勢と戦うことになるのは辛いし避けたい。こんなことならガチョウに頼めばよかっただろうかと、らしくない考えも浮かんだりした。
チョモランマへと向かう日はそう遠くない。限られた時間の中で、どれだけ目的をはたせるか。
「ワシさんなら大丈夫だと思うけど。スズメもなんだかんだとタカと上手くやっているみたいだし、心配することないよ」
カラスは落ち着いている。光の翼だからというのもあるんだろうが、元々の性質なのかもしれない。
ひょっとしたら自分のほうが心配性なのかも?とハヤブサは思った。
時々翼をしまい、道中で休息をとる。石の上に腰掛けて、一息つこうよとカラスが提案する。
膝の上に、ヒバリから渡された包みをひらいて、乾燥した芋の欠片を掴んで頬張る。
「んまい」
もくもくと口にするカラスを見て、ハヤブサもそれにならった。
「うん、おいしいな」
「だろ? ヒバリ先生の味だ。俺これすごい好き」
「うん、優しい味がする」
二切れほど食してから、包みをしばる。
「早くスズメにも渡したいな」
ハヤブサのそれに、「うん」とカラスも頷く。
「スズメのやつもこれ好きなんだよな」
「カラスほんとうに嬉しそうだな。ほんとに好きなんだな。先生や女皇様のことが…」
ヒバリやクジャクの前では、カラスは光の翼でなく、ただの少年の顔をしていた。
思い出してしみじみとハヤブサは思う。
「うん、好きだよ。ハヤブサのことも」
「!?んぐっ」
「ハヤブサ? 大丈夫?」
喉の奥のいもが逆流してきて、ハヤブサが咽る。げほげほと苦しげに咽て、顔を起こす。涙目で。
「変なこと言うなよ、びっくりしたじゃないか」
「え? 俺変なこと言ったっけ?」
ハヤブサの抗議にカラスは目が点だ。
「…まあよくわかんないけど。スズメも同じだよ。ハヤブサのこと大事に想っているよ」
「ああそういう意味か。私も二人は大切な友だよ。光の翼であろうがなかろうが関係ない」
互いににこりと微笑みあう。
「そうだ。ハヤブサはさ、夢はあるの? この先どうしたいのかさ」
「夢? ライチョウ様とともに、世界を救うことだが…」
きょとんとした顔でハヤブサが答える。が、カラスは首を振る。「そうじゃなくて」と。
「世界を救ったその先のことだよ。ハヤブサの願いはなんなのかと思って」
そういえばその先のことはあまり考えたことなかった気がする。滅びをとめることを、世界を救うことばかりを考えて。
「その先か…、そうだな。また兄さん達と一緒に生きていけたらと願うよ。兄さん達が同じ願いとは限らないだろうけどな。それから…」
とカラスの顔を見つめて続ける。
「君やスズメたちとも、友として関係を続けられたら幸せだ。それ以上の望みなんてないさ」
それこそがハヤブサにとっての幸せなのだろう。はにかむハヤブサの顔に、カラスは少し複雑な笑みで返した。
「…そっか…」
「カラス? ん、私は変なこと言っただろうか?」
カラスの反応にハヤブサは首を傾げる。
「ううん、そうじゃないよ。そっか」
視線を足元に落として、すぐに顔を起こすカラス。
「安心してよ。俺たちはずっと側にいるよ」
「ああ、そうだな。よかった」
いこう。とハヤブサとカラスは立ち上がり、歩を進める。
スズメたちと合流するために、チョモランマの方角へと進路をとる。


タカの後ろを行くスズメの口数が減り、歩幅も狭まっていく。足音の変化にタカも気づき、振り返ると、疲れた顔のスズメがいた。
「う〜ん…、ちょっと眠くなってきちゃった…」
目をしぱしぱさせるスズメ。
「ごめん、ちょっと休んでいってもいい?」
足を止めたタカが溜息ついて振り返る。
「たく、しかたねぇ」
「カラスたちもまだ遠くみたいだし」
きょろきょろとあたりを見渡す。まばらな木々の先に巨大な岩が割れ目を作っていた。ちょっとした洞窟のようになっていた。その奥でスズメは横になった。
「じゃ、少し寝るね。なにかあったらすぐに起こしてよ。タカも今のうちに休んだら?」
「オレはいい。とっとと寝てろ」
ふわぁとあくびしてスズメは目を閉じた。
タカは岩の入り口で、腰をついて外を見張った。
周囲になんの気配も感じないが、油断はできない。ここはまだ西エリアだ。翼の勢力と接触しても不思議じゃない。幸い、ダチョウとの接触以降翼の者に出会ってはいないが。
くるりと顔だけ後ろに向けると、リズム正しく肩を上下させているスズメがいた。
こうして見ていると普通の少女と変わりないのに、スズメは光の翼の救世主。小さな体に反して大きな力を持っている。それに比べて…、己の非力さに歯がゆく思う。
オレは強くなりたい、もっと。
ダチョウと同じように、タカも強さを求めている。
きっと以前の自分なら、スズメと出会う前の自分なら、迷わずバードストーンを使ったかもしれない。
だが今は違う。
以前スズメに言われたことを思い出す。
『タカにはタカの役目があるんだよ』
「オレの役目ってなんだ?」
ぐっと握り締めた拳を見る。自分の役目、それは一体なんなのか?
遠い昔の映像が浮かぶ。幼い自分に救いの手を伸ばす光の翼の少女を。
救われることを望んでいた過去。それを乗り越えた今、浮かぶのは…。
『タカの手を、ダチョウがとってくれる日がくるかもしれない』
ゆっくりと拳を開く。
ダチョウを恐れていた遠い昔、だけども、彼に対して抱いていた想いはきっと恐れだけじゃなかった。そんな気がする。顔を合わせる度、ぶつかり合うしかなかった日々。それももうきっと過去だ。
このままでは変われない。だが、己が変わる勇気を持てば、…振り上げるしかなかった拳の形を解けば、この先のストーリーは変わるかもしれない。
ハヤブサに張り合い、憎くてしかたなかった。スズメはハヤブサはハヤブサでタカはタカだといった。
コンドルの時も、タカでなくてはならないと言ってくれた。
「そうなんだろうな…、オレが一番きっと、あいつに近い存在だ…」
恐れから、牙をむき、そして……。
次なる段階に進まなければ、とかすかに思い始める。
「オレの役目か、二つ見つけた」
タカの中に浮かぶのはダチョウの姿と、後ろで寝息をたてている少女。
ハヤブサともカラスとも違う特別な存在になれたらと願う。
「ダチョウを止めること、それから…スズメ、お前の力になることだ」
独り言でそう誓って、ハッとしてきょろきょろとあたりを見渡す。だれもいはしないが、聞かれていたら恥ずかしいと感じ、妙に敏感になってしまう。
くいっとふと首を天に向けて、空を眺めていた時だ。空を舞う翼が視界に映る。
「翼! あれは…」
タカの目が捉えた翼は、タカがよく知る翼の少年。ダチョウ以外でタカの感情をざわめかせる相手。
「カッコウ!」
相手もハッとしてタカのほうへと視線を落とす。
ざっ…。着地して地面を蹴る音。カッコウはタカのそばへと舞い降りた。ギランとした鋭い目を向けてくる。
いつもの余裕ぶった表情ではなく、真剣な眼差しで、だけども口元にはにまりと笑みのような形を作る。
「どこにいんのかさっぱりわかんねーから、ちょうどよかったぜ、呼び止めてくれてよ。タカ…、ワシの糞野郎どこにいんだ?」
カッコウの目的はワシだった。そう訊ねられて、タカが大人しく答えるわけないと、カッコウもわかっているだろうに。
立ち上がり、ギンとした強い眼差しでタカが答える。
「ワシ兄のところにはいかせねぇ。オレが相手だカッコウ」
岩の割れ目の前に、入り口の扉になるようにタカが立つ。タカの言動と動きでカッコウはワシがその岩の中にいるのだと勘違いした。
「なるほど、そこか。おもしれぇ。その中血だるまにしてやんぜ」
「絶対させねぇ! ここは絶対にどくものか」
「そんなに俺と遊びてぇのか、このマゾ野郎がっ。素直にどけばいいのによ、運がわりぃな。
愛のために死ぬ気の俺を相手にするなんてよ」
「死ぬ?」
カッコウの言葉にタカがぴくりと目元を動かす。
「いくぜ!」
第一撃からカッコウは本気だった。
「うぐぅっ」
体をくの字に曲げられる。カッコウの一撃は重く、タカの体は岩壁に打ちつけられる。
「へっ」
カッコウが前進すると、すぐに進路を塞ごうとタカが立ちはだかる。ぎちっと歯を鳴らして、好戦的な態度を崩さないタカに、カッコウは眉をピクリと震わす。
「容赦しねぇってわかってんのにそれか? マジでキモイの一言につきるぜてめぇはよ」
「いかせねぇ、この先はなにがあっても、…オレが守ってみせる」
足を開き、翼を広げ、タカはスズメが眠る岩の割れ目を塞ぐように立ち構える。拳にぎりりと力を籠めて、カッコウへの反撃を狙う。
「へっ、せっかくよぉ、フォンコンで運良く生き延びられたっていうのに。バカな野郎だぜ、なぁタカ」
カッと見開いた白い目で、カッコウの風に乗った拳がタカを襲う。
「ぐっ」
反撃の拳で弾くが、ダメージが大きかったのはタカのほうだ。壁に踵や掌をぶつけながら、耐え切る。
しぶとく耐えるタカに、カッコウはイラッとし、舌打つ。タカ相手に時間をかけるつもりなどない。遊ぶつもりもない、とっとと終らせたい。
「とっとと沈めよ、めんどくせぇ」
「イヤだ」
「ちっ、沈んだふりでもしとけよ」
「!?…な、なに」
ざっと地面を蹴る音が聞こえて、直後にカッコウの攻撃を受ける。動けないタカは防御と反撃に徹するしかない。
「どけって言ってんだろーがよ!」
いつも以上に苛立っている様子のカッコウ。あのむかつくほどの、人を馬鹿にした余裕ぶった態度がない。
そこには焦りがある。
「ツルの野郎に先こされたまんまでいられっかよ」
死することでオオルリの心に侵食したツルに負けたことが悔しかった。
それだけではなく、そのことで、さらなる暴走の道を選んだオオルリの、目に止まるにはもう時間がないということも、彼を急かさせる。
ただ滅びるでなく、メッセージを残して散るということ。
今までどんなに好きだの愛だの叫んでも、届かなかった。ツルが教えてくれた。死することで叶えられるのだということを。カッコウはそう信じる。死することこそ愛の道だと。
カッコウの瞳の中には、目の前で対峙している己はどこにも映っていない。その事実にタカのハートはぴきんとガラスがひびいるような音を立てる。
「カッコウ、お前…どうしたんだ?」
不審に思いながらも、タカはけして膝をつこうとしない。懸命にこらえながら、岩の前を守り続ける。
「ちぃっどけっ!」
一直線に飛んでくるカッコウは、何度もタカに打撃を与える。「ぐっ、うっ」何度も呻き、ダメージを負い、流血しながらも、タカは立ち続け、防御の姿勢をまだ保っていた。
スズメを守る。その強い思いで、己の翼の力を限界まで引き出す。タカへの攻撃と反撃で、カッコウのほうも疲労とダメージが蓄積されていく、その現状にカッコウはさらに苛立つ。切り札は、標的のために使おうと思っていたが、もう冷静ではいられなかった。手に、あの石をとり、かちりと鳴らす。
「まあいい、どうせその後ろにいるんだろ。ならてめーとっちめて、そっこー中いきゃいいわけだし…」
口元から流れる血をぐっと乱暴に拭って、カッコウは手の中のバードストーンを、己の翼へと押し付ける。
その瞬間に、タカはカッコウがバードストーンを所持し、使用しようとしていることに気がついた。
「! 待てやめろっ」
手を伸ばすが届くはずもなく、カッコウは行為をやめようとしない。「くっ」悔しそうに舌うって、タカが駆け寄る。手を伸ばしながら、だが、その手は空ぶって、地面へと落ちる。



一方その頃、オオルリはカッコウたちのもとから去ってから、単独行動をしていた。
チョモランマよりも東になる、荒れた台地で、一人風にふかれている。
冷たい眼差しで、バードストーンを見つめる。
兄のこと、ワシのこと、そして壮絶な最期をとげたツルのこと。浮かんでは次々に消えていった。
もうだれもいないも同然だった。オオルリの中ではそう答えが出ていた。
石を見つめるその目は、石を通り越して、どこともいえない場所を見ているよう。にごり細まり、ぐるぐるととぐろを巻くように暴れ始める。心の中の異様な感情が。
「もう信じない…、もう、迷ってなどいない」
言い聞かせるように独りつぶやき、石をぐっと握り締める。
さまよい飛ぶ青い翼は、やがて、標的を捉え、不気味に青い目を光らせる。
狂える翼となったオオルリが、今まさにハヤブサへと殺意の牙を向けようとする。手にしたバードストーンはオオルリの青い翼に埋まり、異形の翼へと変化する。
「ハヤブサ!」
カラスの声にハヤブサも上空から突如襲い掛かってきた殺意に気づき、すぐに翼を広げ、身をかわした。
「! オオルリ、その翼は」
にまり…、赤い三日月がハヤブサの目に映る。バケモノと化したオオルリは「死になさい!」叫びながらハヤブサへと襲い掛かる。
「私は負けない!」
タカとカッコウ、ハヤブサとオオルリ、別々の場所でそれぞれの最後の衝突が始まる。


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