女皇が出て行った正面の門は固く閉じられている。
その門の向こうから、いろいろな音や、悲鳴うめき声が聞こえ、城内の民達はそのたびに目を固く閉じ、耳を塞ぎ、震えた。
両手を組み合わせて、ただ祈る。
女皇と、勇ましく戦う二人の翼の娘達のために。
「ツバメちゃん…」
メジロの掌に下から押し上げる力がかかる。それはメジロが抱きかかえていたヒバリの肩が持ち上がったためだ。
「先生!?」
ゆっくりと立ち上がったヒバリにメジロがあせる。まだ震えながらも、ヒバリは立ち上がり、その体は門のほうへと向いている。
メジロがヒバリの腕を掴んで引き止める。
「だめだよ、先生。いったって邪魔になるだけだ。ここにいてよ」
「わかっているわ、メジロくん。だけど、ここで震えて待っているだけじゃ、なにも力になれないわ。せめて、声の届く位置まで」
少し考えてメジロがこくりと頷く。
「わかったよ、先生。でも絶対に門の向こうはいけないからな」
「ありがとうメジロくん。私は、怖いから、この手を離さないでいてくれる?」
メジロに手を引かれて、ヒバリは少しずつ少しずつ門のほうへと歩みだした。


「ずいぶんと静かだ」
日鳥国手前まできて、ハヤブサたち三人は翼をたたみ森の中を走り日鳥国内に入る。住宅街はしんと静まり返り、人の姿が見えない。
「城のほうだ」
カラスの声にハヤブサは目を城へと向ける。住宅の並ぶ細い道を走っていくと城の前へと出る。
周囲には倒れた翼の者たちがいた。翼の軍勢のものたちだ。さらに目線を先にやると、うつぶせになっている三人の女性の翼がいた。
「あっ、あれは!」
ツバメとフラミンゴ、そしてクジャクだ。
その三人の前には、異形の翼を揺らすベニヒワとペンギンの姿があった。
「なっ、なんですか?あの翼は!?」
見たこともない不気味なベニヒワたちの翼を指差して、ガチョウが驚きの声をあげる。
翼の中に埋め込まれたバードストーンを見て、ハヤブサは気づく。
「バードストーンを使ったのか?! それであんな姿に」
ぶわっと広がるベニヒワの翼を見て、三人の身が危ないとハヤブサとガチョウが駆ける。素早いハヤブサが真っ先に三人の前に立ち、翼を広げてベニヒワを下から睨みつける。
「させない!」
「ハヤブサ待って」
カラスがとめる間もなく、ハヤブサはベニヒワへと挑み、一秒もたたぬまにベニヒワの異形の翼にはじきとばされる。
「ぐうっ」
「だ、だいじょうぶですか?」
倒れたハヤブサにかけよるガチョウ。まさかガチョウに心配される日が来るなんて、とハヤブサは心の中で苦笑う。
「力で敵うわけない。真っ向から挑むなんてムチャだよ」
「ふふ、援軍か。そういえば、あんたも見た顔だね。そうムチャなんだよ。バードストーンの力を得た翼に、ただの翼がかなうわけがない。死にたくなければバードストーンを我らに渡せ」
ベニヒワがカラスへとそう告げる。不気味な翼のベニヒワたちを見ても、カラスは動じなかった。
「ムチャは君たちのほうだ。バードストーンを取り込んで、今自分の体がどうなっているか気づいてないわけじゃないだろ? 早くバードストーンを取り外すんだ」
「ムリだ。もう引き返せない。…それだけの覚悟が私たちにはある。世界を救うために、この身を捨て去れる覚悟があるのだ! この身が朽ち果てるまで戦い、使命を遂げる。その邪魔はさせん」
「そうぺん。ボクたちは世界を救うためなら、怖くないぺん」
ベニヒワの横で、ペンギンも吼える。
「その想いがあるのならなおさら、バードストーンを取り外すんだ。道を誤らないでくれよ」
カラスはベコヒワたちとクジャクたちの間に立ち、ベニヒワたちへと向き伝える。
「傷つけあうことは傷を広げるだけだ。鳥神を倒すことにも繋がらない。君たちも世界のことを願うのなら、共に力を合わせよう」
「ふざけるなぺん! きれいごとばかり言うだけで、戦う勇気もないお前たちとは違うぺん!」
体よりもはるかに大きい不気味な翼のペンギンが、目を血走らせて無防備なカラスへと襲い掛かる。
「!カラス」
反撃も防御の体制もとらないカラスの危機を察知して、ハヤブサは慌てて体を起こし地面を蹴り走る。カラスを庇うように前に出たハヤブサは、またもあっけなく弾き飛ばされる。ハヤブサと同時に、カラスの危機を感じて、反射的に動いた者が別にいた。背後からカラスを抱き寄せながら、広げた翼で包み込むように彼を守ろうとする。そうされることはもうずいぶんと久しぶりで、遠い記憶となっていたが、忘れもしない温かさ。クジャクの腕がカラスを守る。
「カラス…あなたは私が、守ります」
優しい声の中に感じる母の強さ、温かさ。
光の翼として、鳥神から生まれたカラスだが、ここもまた自分の帰りたい場所だったのだと強く実感する。
「クジャク様、俺もクジャク様を、みんなを守ります」
その想いは、もう一人の光スズメも同じはずだ。
クジャクの翼が、守りの力を発揮し、ペンギンの猛攻からカラスを守る。
「くぅっ」
苦しそうに顔を歪めるペンギン。バードストーンはずぶずぶと容赦なく彼の翼にめり込んでいく。激しい痛みと苦しみがペンギンの顔をますます歪ませる。それはペンギンだけでなく、ベニヒワもだ。前方の相棒の異変を感じて、助けに向かおうとする。だがベニヒワも体の自由を奪われつつあった。まさかここまで己の体が持たなかったとは、思わなかった。
「そこまでして、サイチョウについていくというのか?」
肩で息をしながらハヤブサが彼らに問いかける。
ぶるぶると震えながら、ペンギンは戦いの舞いを続けようとする。震える限界を超えたその体が描く軌跡はゆっくりとしたものだった。
「もう限界だ。バードストーンを壊すよ。クジャク様、下がっててください。今なら、俺の翼でなんとかなりそうだから」
「カラス、…あなたの翼?」
不思議に思いながらも、どこか安心を感じたクジャクはカラスの指示通り後ろへと下がる。
「や、やめろぺん! ボクは最後まで…戦うんだ」
カラスの背中に光の翼が広がる。見たこともない光景にクジャクは目を丸くし、立ち尽くす。倒れていたツバメやフラミンゴも不思議な光景に瞼を開かせた。
「光の翼……」
「カラ、ス?」
「あはは、クロボウズが光って見えるよ」
「驚きました。彼が伝説の光の翼の救世主とやらですか?」
小さな目をくりくりとさせながら、あっけとられるガチョウに、ハヤブサもカラスに目を釘付けにしながら答える。
「…ああ。…いや、彼は、私の大切な仲間だ」
カラスの正体にハヤブサは戸惑っていた。だが間違いなく強くあることは、カラスはかけがえのない、失えない大切な友なのだということ。
カラスの光がペンギンを包み、ペンギンの異形の翼にめり込んでいくバードストーンに光が集まる。パキパキと音を上げて、石は散り散りになって砕け散った。同時にペンギンの翼も消えて、力を失い膝から崩れ落ちる。
「ペンギン!! くそぉっっ」
搾り出すようなベニヒワの怒号。翼を失くしたペンギンはカラスの側に倒れこんだ。目の前で倒れたペンギンを目にして、ベニヒワの中では感情が暴れ始める。いつでも冷静さをかかなかったクールなベニヒワは、普段感情を表には出すことがなかった。気持ちがないわけじゃなく、押さえ込んでいただけ。
いつも自分を慕い、側ではしゃいでいたあどけない少年。気がつけばいつもペンギンが隣にいた。それが当たり前になっていた。
子供の頃から冷めていたベニヒワは、子供達の中では浮いたポジションにいた。近寄りがたいオーラを放っていたのだろう。戦争で恐ろしい目に合ったことが、ベニヒワの中で他人への不信感を強くさせ、強くなければいきていけない、弱さを表に出さないようにしなければと自然とそう思うようになった。近寄りがたいオーラはベニヒワの意思で出していたともいえる。みなもそれを察知して、必要以上に彼女に近寄ろうとはしなかった。それでよかったし、安心していた。そんな気がしていただけかもしれない。ペンギンはベニヒワとは逆のタイプだった。物怖じしない、悪くいえばなれなれしい少年だった。ベニヒワに対しても、なんのバリアもはらずにペンギンは接近してきた。不思議とそれに不快感はなく、ただ驚きがあった。特別なにかをしたわけではない。それなのに、ペンギンは他のだれかではなく、ベニヒワの側にいることを選んだ。その理由はなんだろう? 今でもわからない。
「――わからなくてもいい。私はペンギンが好きだ。死してともに行こう」
バードストーンによってこのまま果ててもかまわない。最後まで戦いぬいて、ペンギンの待つ死の世界へとベニヒワは向かおうとする。
「うぐぅあああっっっ」
翼に力をこめ、それは激しい痛みとなってベニヒワの顔に現れる。倒れ、苦しみに身を震えさせる。悔しくて涙が頬をぬらした。
「お願い…」
か細い声がカラスの耳に届く。
「ベニヒワを…助けて…」
うわごとのように発せられたペンギンの願いに、カラスは「うん」と頷いた。
カラスの光は今度はベニヒワの翼へと伸びて、彼女の翼にめり込んだバードストーンを破壊した。
「うっ!」
石が砕けた瞬間、ベニヒワは呻いて、そのまま意識を失う。彼女の背にあった異形の翼は、石が砕けると同時に消えた。
「カラス君なの? そこにいるの?」
門の向こうからするその声に、カラスはハッとなり返事を返す。
「ヒバリ先生!?」
「やっぱり、先生なんだね」
翼の軍勢の脅威が去ったことを確認したクジャクが、門を開かせる。
「門を!」



その日は、カラスたちはお城の中で休息をとることになった。避難していた民は続々と家へと戻っていった。
ケツァールの城と比べると、小さく、内装も質素だが、ゆっくりくつげるには十分な規模だった。
クジャクはカラスに、バードストーンを手渡した。その中の一つは、彼女が赤子のカラスから入手したものだ。
「クジャク様、すみません、もう少し早くこれていれば。クジャク様やみんなが傷つかずにすんだのに」
「ありがとうカラス。あなたが来なければ、どうなっていたか…。ツバメたちだけでなく、あの翼の者たちも…」
ツバメやフラミンゴはツバメの家で休養している。ベニヒワとペンギンは死にはしなかったものの、肉体にも精神にも強いダメージを負い、この城内の一室で眠りについている。カラスの光の翼では、彼らを完全に回復させるには至らなかったようだ。
「それから」と言ってクジャクはハヤブサへと顔を向ける。
「あなたはハヤブサと言いましたね。カラスやスズメが世話になったと聞きました。あなたにも感謝の言葉を送ります。本当にありがとう」
にこりと微笑む聖母のような優しく美しい女皇の笑顔に、あせあせとハヤブサは顔を振る。
「そんなっ、世話になったのはむしろ私のほうです。スズメとカラスに出会わなければ、私はいまこうしてここにいられなかった。私こそ、感謝を伝えなければいけない立場です!」
「ありがとう。これからも、二人のよき友でいてあげてくださいね。スズメもカラスも、私にとって子も同然なのです」
「はい、もちろん、こちらこそ!」
ちらりとカラスを見てから、「じゃあ私はこの辺で」とぺこりと頭を下げてハヤブサは二人の前から去る。
クジャクとカラス、久しぶりの親子の再会を邪魔してはいけないと、彼女なりに気を使ってだ。
「……、にしても、驚きました。あなたが光の翼だったなんて…」
「すみません。今まで黙ってて。その、俺も最近まで思い出せなかったもので。俺は赤子の時に、翼の力と記憶を封じ込めたんです」
「力を…どうして?」
「身を潜める為でもあったんですけど、…試す為でもあったんです。クジャク様たちを…。
ごめんなさい。試すなんて、気分悪いですよね」
申し訳なさそうに語尾を下げるカラスに、クジャクは気を悪くするどころか「いいえ」と笑顔で返す。
「光の翼に選ばれるなんて、とても光栄なことです。スズメにカラス、私は二人の光の翼と、二人のかわいい我が子に縁があったのです。
スズメの旅立ちは、ライチョウ様から託された時からわかっていたことですが、あなたまで旅に出るとなった時は、嬉しくもあり、寂しくもありました。でも当然のことですね。あなたとスズメは幼いときからずっと一緒でしたから。あなたがいつもスズメを大切に想っている気持ちは、わかっていたからこそ、スズメの供はあなたしかいないと思ってました」
「クジャク様…、俺もスズメもクジャク様には感謝しています。クジャク様と巡り会えて、育ててもらって、俺たちは幸せでした。日鳥国が俺の故郷で、ほんとうによかったと思ってます」
「ええ、私もです。あなたたちと出会えたことは、宝物です」
クジャクの柔らかく温かい掌が、カラスの両頬を包んだ。その心地良さにカラスはそっと目を閉じた。



「ここがカラスたちの故郷なんだな。…故郷があるっていいな…」
ハヤブサは嬉しそうに目を細めながら通路を歩く。自分たちの故郷はもうないが、ワシやタカたち兄弟は生きている。それはそこまで不幸なことじゃないとハヤブサは思う。
ハヤブサの行く先から、あわあわと慌てた様子で走ってくる大男。それはガチョウだ。なにごとかとハヤブサはつい身構える。
「な、なんだ?!」
「ああ、すみません。どうやら一件落着のようなので私はそろそろ失礼しますよ。実は連れを待たせてまして」
予想外のガチョウの発言にハヤブサは「へ?」と目を丸くする。
「おーい、あんたどこ行ってたんだ?まったく」
怒ったような男の声がして、ガチョウは慌てて返事をする。
「す、すみません。私あの人のお世話になってまして、では」
「あっ」
慌しくガチョウは出てしまった。旅商人風の男の連れと一緒に、日鳥国をあとにする。
「行ってしまった…。結局私のことやら思い出さなかったみたいだが…」
まあ、いいかとハヤブサは「ふう」と息を吐いて窓枠にひじをついてもたれる。
なにがあったのかわからないが、ガチョウは変わったようだ。カラスが光の翼になるなど、自分の予想もしないところでなにかが変わる。窓の外の景色を眺める。ここはまだ緑も残り、世界の破滅を感じないほど穏やかだ。
「変わるだろうか…」
自分を憎む双子の兄タカとの関係も、いつかは変化していくのだろうか。わかりあいたいとハヤブサは願う、だがタカはいまでもハヤブサを拒絶し続ける。ハヤブサもこれ以上タカを傷つけたくなく、このままの距離を保っている。今は、サイチョウを倒し、世界を救うことを第一としているが、ハヤブサ個人の願いはその時までしまっておくことにしている。
「ハヤブサ」
呼ばれた声にハヤブサは驚いて振り向く。
「カラス、もういいのか?」
「うん。クジャク様とのお話はすんだから。ハヤブサ、ちょっと付き合ってくれないかな。あの二人のところへ」
「え…、あの二人って」
こくりとカラスが頷く。
カラスとハヤブサは城内の通路を進む。
「ベニヒワとペンギンか?」
「うん。今は部屋で休んでいるみたいなんだけど…」
「大丈夫、なのか? バードストーンを翼に埋め込んで使ってしまったあの二人は…」
「そうだね。もう、今までのようには戦うことはできないだろうね」
「ということは、翼は……」
カラスからみなまで聞かずともハヤブサは察した。二人は命と引き換えに翼を完全になくしてしまったのだと。それはもう、翼の戦士として戦うことはできない。サイチョウのもとにも戻れぬだろう。
二人が休んでいる部屋の前まで来ると、カラスがドアをノックする。
「開いている」
ドアの向こうから聞こえてきたその声はベニヒワのものだ。「入るよ」と言ってカラスが戸を開ける。部屋の中にはすでにベッドから起き上がっていたベニヒワとペンギンがいた。
「二人とも、もう起きて平気なのか?」
ハヤブサの問いかけに、一節おいて「ああそうだな」とベニヒワが答える。ペンギンと顔を見合わせながら。
「あんなに苦しかったのに、解放されて生きているなんてな。これが光の翼の力なのか…?」
「光の翼は万能じゃないよ。現に君たちの使ったバードストーンは破壊するしかなかったし、君たちの翼も失われてしまった」
カラスの言葉に、「そうか、やはりな」とベニヒワが小さくつぶやいた。
「なんとなく感じてはいたが、私もペンギンも翼をなくしてしまったのだな。サイチョウさまと共に戦う為に、手に入れた翼の力を。なにもできなくなってしまった」
力なくうな垂れるベニヒワ。
「目的も果たせぬままに…」
「ベニヒワ!」
たまらずペンギンがベニヒワの肩を掴む。
「ボクはベニヒワが無事でよかったと思ってるぺん。もう、サイチョウ様やみんなとは戦えないけど。
ベニヒワが生きてていてくれることがボクにとっては一番幸せなことぺん」
「ペンギン…」
「君たちも俺たちも、違わないよ。そうしてだれかを大切に想う気持ちは、同じじゃないかな」
「でも…ボクらは敵同士ぺん」
「信じるものが違えたから、私たちは敵同士になってしまった。願うことは同じなのだろう?」
カラスとハヤブサの言葉に、ベニヒワたちは以前のような敵意を見せずに聞き、答える。
「そうだな。こんな状況になって私とペンギンはお前たちの敵にすらなれないだろうな。惨めなほど無力だ」
「無力じゃないよ。ね、ハヤブサ」
カラスのそれに、ハヤブサは一瞬理解できず「え?」と返す。「アレだよ」というカラスの目線でハヤブサも気づいてそれを取り出す。ライチョウより託されたあの壷だ。
「そうだな。君たちは無力じゃない。翼がなくても、できることはあるんだ」
二人の前に壷を差し出しながら、ハヤブサがカラスの言葉に同意する。
「それは…」「なにぺん?」
きょとんとする二人に、わけを話す。
「想いをこの壷に籠めてもらいたいんだ。この世界を救いたいという君たちの願いを」
「それがなんになるというのだ?」
「ライチョウ様のお考えはまだ詳しくはわからないが。光の翼の力になるはずなんだ。想いの力こそ光の翼に力を与える」
「ボクの本当の願いは、ベニヒワの幸せだぺんけどね」
「! ペンギン…、ありがとう。私も同じだ」
「うん、それでいいよ。お互いを想い気持ちが、世界を想う気持ちに繋がるはずだから」
「ああそうだな。頼むよ二人とも。この壷の前で強く願ってくれたらいい」
ハヤブサの手の中にあるその壷に、ペンギンとベニヒワ二人の願いが込められる。
「ところで、ボクらこれからどうするぺん?」
ふいとペンギンが隣のベニヒワを見て訊ねる。翼を失い、任務を遂行できなかった彼らが戻れるわけもないだろう。
「君たちのことならクジャク様が保護してくださるそうだから。心配する必要はないよ」
「それは、ありがたいな。…だがいつまでもここに居座る気はないさ」
「え? ベニヒワ?」
相棒の言葉に若干不安な眼差しでペンギンが見上げる。
「私は一人じゃない。ペンギンが一緒ならどこでだっていける」
それにはペンギンも嬉しそうに頷いた。
「もちろんぺん!」
「ありがとう。二人の想い無駄にはしないよ」
二人に背を向け、退室しようとするカラスとハヤブサ。「ハヤブサ」とベニヒワが呼び止め、ハヤブサが振り向く。
「オオルリには気をつけな。あの子は、あんたのことを相当に敵視していたからね」
「ああ、それには気づいていた。もし、私の前に現れたなら、私も逃げはしない。正面から迎え撃つさ」
意気揚々とそう言い放つハヤブサに対して、ベニヒワの顔には複雑な笑みが浮かんだ。


「ハッヤブサさまーーー!!」
ハートを撒き散らせながらフラミンゴがハヤブサ目掛けて突進してくる。うわわと困惑の顔のハヤブサへと遠慮なくフラミンゴは抱きついてくる。
城を出たカラスとハヤブサは、ヒバリの家の側へときていた。そこで待ち伏せ?していたフラミンゴとツバメに遭遇した。
「おばさんって年下趣味なのかよ…」
フラミンゴの腰元で、あきれたようにもれる少年の声はメジロのものだ。おおげさに肩を揺らして、はーと息を吐く生意気な小僧に、「おいこら、坊主そこでじっとしてな。お・ね・え・さ・んがゲンコツあげるからさ」と大人気なく拳をつくり、はーと息を吐きかけて威嚇する。
「もう、メジロ失礼よ」とツバメ。
「あはは」とハヤブサは乾いた笑いを。
なんだかんだと和む中、負傷していた二人の体をカラスが案じる。
「二人とも、もう休んでなくていいのか?」
「まあね、なんとかこうして動けるくらいには回復したよ」
「戦うには、もう少し休養したほうがいいと思うけど。ずいぶんよくなったわよね」
とツバメとフラミンゴが互いを見合い、うんと頷く。それを見てカラスたちも安心する。
「くぅー、ツバメと話し合ったんだけどさ、全快するまではここで休養しようってことになって、ハヤブサ様についていけないのは心の底から悔しいけど」
「そ、そうか、気持ちだけ受け取るよ。今は体のことを第一に考えてくれ」
ハヤフザの言葉にフラミンゴは大げさなまでの涙を浮かべながらこくこくと頷く。
「そういうことだから、カラス。でも全快したらかけつけるからね。スズメのことも…」
「うん、チョモランマに向かう手前でスズメたちと合流する手はずになっているから。大丈夫、俺はスズメの居場所も状態も、どんなに離れていても感じられるから」
「んーとさ。クロボウズとスズメのやつは、兄妹ってことでいいんだよな?」
まだ信じられないといった眼差しでフラミンゴがカラスに訊ねる。
「うーん、そうだな。でもみんなが認識している兄弟とは違うかもね。俺とスズメが兄弟なら、ハヤブサやツバメたち、みんな兄弟ってことになる」
「意味がわかんねーよ」
と最年少のメジロが顔をしかめる。
メジロに同じく、フラミンゴたちも首をかしげる。
「いろいろあって、いろんなところでいがみ合いは生まれたけど、俺たちは元々は同じ存在だった。それを再認識するのが光の翼。俺たち光の翼はけして遠い存在じゃない。逆にみんなにとても近い存在なんだ」
みんなの顔を見渡しながら、カラスは「いづれわかるよ」と答えた。
ちょうどその時、彼らの後ろの戸がきぃと音を上げて開いた。ツバメとメジロが「先生」と振り返る。
扉から現れたのは、この家の主でもあるヒバリ。その手には数個の包みがあった。どうやらカラスたちへ手渡すものらしい。
「ヒバリ先生」
カラスの声に、ヒバリはにこりと穏やかな笑みで返した。
「コレ、もっていきなさい。カラス君と、ハヤブサさんの分、スズメちゃんの分も渡してもらえるかしら」
そう言ってヒバリがカラスに渡す包みには、彼女手製の保存食が入っていた。「ありがとう」と嬉しそうにカラスはそれを受け取った。
「スズメもきっと喜ぶよ。ありがとうヒバリ先生」
「スズメちゃんによろしくね、私たちのことなら心配しないでと伝えてちょうだい」
「はい、もちろん」
「光の翼が私の教え子だったなんて、…私はとても幸運なのでしょうね」
「いいえ、先生。幸福なのは俺たちのほうだよ。クジャク様にヒバリ先生。俺たちは先生たちの元で育つことができてほんとうによかった。俺もスズメもヒバリ先生のことずっと好きだから、忘れないから…」
涙溢れる目のヒバリがカラスを抱きしめる。ヒバリの腕の中でカラスは「ありがとう」を伝えた。それは今ここにはいないスズメの想いでもある。ヒバリにもそれがよくわかった。

「行こう、ハヤブサ」
黒い翼を広げてカラスが飛立つ。日鳥国を立つ二人をツバメ、フラミンゴ、メジロにヒバリが見送る。
空へと近づいていく黒い翼の少年を、目に焼き付けようと、ヒバリは滲む目元を拭って目を凝らして見送った。
「ありがとうカラス君、ありがとうスズメちゃん」
二人のことは忘れない。ずっとずっとヒバリの心にあり続ける。彼女にとって二人は、光の翼である前に、大切な教え子、我が子なのだから。


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