子は母から生まれ、母のもとで眠っていた。
生まれたばかりの幼い命。
だが、子は己がなすべきことを理解していた。
母に甘えることなく、よちよちと歩き始める。母は歩き出した我が子を、止めるでもなくじっと静かに見つめる。
母のもとにはもう一つ、幼い子がすやすやと寝息をたてていた。
共に生まれた光の翼。
先に目覚めた子は、すぐに母のもとを離れ、小さな背中に光の翼を宿し、空へと飛立った。
幼い光の翼は、飛び続けた。振り返ることなく、止まることなく、向う場所を最初から知っていたように、迷いなくそこを目指して羽ばたき続ける。
この世界の端の端。静かな静かな森の端。
幼い光の翼はそこにつくとすぐに翼を失い、眠りについた。なにも知らないあどけない赤子の姿で、すやすやと眠りについた。ゆっくりと近づいてくる足音に、その足音の主に、「ここだよ、ここだよ」と教えるように寝息をたてていた。



「はー、つくづくあんたとは縁があるよねぇ〜」
くはーと息を吐きながら、しみじみとつぶやくのはフラミンゴ。そのフラミンゴの目線の先にいて、その言葉に「そうね」と頷くはツバメだ。
「私とフラミンゴさん、一緒に飛ばされたものね。そういえば、よく一緒になるわ。これも縁よね」
にこにこと微笑むのん気な少女に「やれやれ」とあきれたようにフラミンゴがつぶやく。
「あんたはさ平気なのかい? 好きな相手と離れ離れになってもさー。あたしはやだよ、ハヤブサ様とこんなに会えないなんて、干からびてしまうよ、このピチピチボディが」
「なっ、好きなってっっ」
顔を赤らめて、ぶわっと汗をかくツバメを見て、ふふふとまるで姉のように笑うフラミンゴ。強気な娘なのに、この手のことになるとてんでだめのようで、照れてあせる姿が愛らしい。
「今さら誤魔化すんじゃないよ! お姉さんの目は誤魔化せないよ。クロボウズに惚れてんだろ!」
「なっなっ、そんな、ヘンな誤解はやめてください! カラスは大事な幼馴染でっっ」
顔を真っ赤にしてブンブン振る姿が必死でおかしくなってきた。
「まあでもわかるよ。クロボウズはさ、いい奴だよな」
空を見上げながらフラミンゴはそう言った。それにはツバメは「はい」と素直に頷いた。
「私は、カラスだけじゃなくて、スズメのことも、ヒバリ先生やクジャク様、この日鳥国が大切なんです」
ツバメとフラミンゴのいる地、ここはツバメの故郷でもある日鳥国だ。
ツバメだけでなく、スズメとカラスにとっても、かけがえのない故郷。二人と共に、ヒバリのもとで学び励んだ日々、それはそんなに遠くない日のことなのに、もうずいぶん遠くまできてしまったような気もする。
きっとそれが大人になるということなのだろうか。
「だから、絶対に守ってみせるわ」
「ふふ、こういうの悪くないかもね」
強気に誓うツバメの横で、フラミンゴも勇ましく立つ。
人生とはわからない、出会いとは不思議なものだ。
サイチョウ軍のペリカンのもとで、弱者である翼なき者達を虐げてきた。翼である自分にはそうするしか道はないと思っていたが、ハヤブサたちと出会い、心を入れ替え行動を共にするうちに、今度は逆に弱き者を守る道を選んでいた。自分の事しか考えていなかったフラミンゴだが、だれかのために戦うことは嫌な気はしなかった、いやそれどころか、清々しい気持ちになれた。偶然行動をともにするようになったツバメとも、不思議な縁で、またこうしてともにいる。ここ日鳥国で、この国を人々を守るために。
「来たわ!」
ざわりと肌がざわめく。ツバメの表情が強張り、笑っていたフラミンゴの顔から笑みも消える。
日鳥国に舞い降りる翼の者。翼の者のリーダーらしき翼は、まだ若い娘だった。その娘の傍らには、小柄な少年がいる。
「あなたは!」
ツバメはその者に見覚えがあった。ケツァールの城で会ったことがある。相手の翼もまたツバメを見て「ほう、たしかあんたは」と口を開いた。
「あの時のお嬢ちゃんか。こんなところでまた会うなんてね、運が悪い」
赤い唇を動かしてツバメにそう言い放つのは、ケツァールの城でやりあったことがあるベニヒワ。あの時はまったく歯が立たなかった。翼をえたばかりだったというのもあるが、力量差もありすぎた。
相手のほうが強いことはツバメもよく知っている。だが、恐れの顔はそこにない。気持ちで引くつもりもない。
キッと眉を吊り上げて、凛々しく言い返す。
「お嬢ちゃんじゃないわ! 私はツバメ、日鳥国を守る翼の戦士よ!」
ツバメを見て、クールなベニヒワの口元に静かな笑みが浮かび上がる。
「そいつは悪かったね。私はベニヒワ、サイチョウ様とともに世界を救うべく戦う翼の戦士」
「同じくペンギン! 言っとくけど今のボクたちは前よりさらに強くなっているぺんよ」
少し出遅れて、フラミンゴも名乗る。
「あっ、あたしはフラミンゴ! ハヤブサ様への愛を掲げて戦う翼の戦士さ!」
城を背にして立つツバメとフラミンゴ、森のほうから城を睨むベニヒワ率いるサイチョウ軍勢。
ツバメにとって、ここ日鳥国で翼の軍勢と戦うのは二度目…、いや最初のマガモの時も含めれば三回だ。
今回は今まで一番キツイものになるかもしれない。あの時、まったく歯が立たなかったベニヒワがいる。
しかも、あの時とは違って、今はフラミンゴと二人だけ。スズメたちはいないのだ。
頼れるのは己と、パートナーのフラミンゴだけ。日鳥国で戦える翼の者は女皇クジャクだけ。そのクジャクは城の中に避難した国民たちを守るため城の中にいる。
城の中にいる大切な人たちに、手出しはさせない。強い想いがツバメの中に炎を生む。
「我らの目的は女皇の所持するバードストーンだ。女皇はあの城の中か?」
「行かせないわ。門は死守してみせる!」
戦闘体勢に入った翼たちが、今ぶつかりあう。


城内には避難して来た国民たちが身を寄せ合っていた。日鳥国は国とは名ばかりの小さな集落だ。住民はみな顔見知りで、みな女皇クジャクを慕い頼っている。
クジャクは翼の者だ。あの日、日鳥国で乱暴を働いた翼の者マガモたちを、一瞬の間に退治してしまったほど、強い力を持っている。
クジャクはきらびやかな女皇の衣装を身に纏っている。その衣装には、美しく輝く石が彩りを添えている。
その石こそバードストーン。翼の者は身にまとうだけで翼の力を高めることができると言われている。
神秘の石バードストーン。古くから信仰の対象としても大事にされてきた。赤子が生まれてくるときにまれにこれを手にしてくるのだという。クジャクが持つのも、古くからこの国で大事に祀られてきたもの。それから、そのうちのいくつかは直接クジャクが得たものだ。師であるライチョウから授かったもの、それから…、十六年前に、森で拾った黒い髪の赤子から……。
胸元で輝くその石を、クジャクは大事そうにきゅっと手の中に包んだ。今でもあの日のことはよく覚えている。
不安に脅える民に、優しく声をかける。
特に気にかかったのが、ヒバリだ。彼女のそばには教え子のメジロが寄り添っていたが、まだ幼い彼には、ヒバリの不安を消し去ってやれるだけの力はない。
「だいじょうぶだって先生」
と励ましの声をかけているが、真っ青な顔のヒバリは落ち着く様子はない。
初めて翼の者が襲ってきた時も、二度目の時も、ヒバリは翼の者を酷く恐れ、忌んでいた。ヒバリを守ろうと必死で戦っていたツバメがその時初めて翼を得たのだ。正義のために戦う翼、教え子であるツバメの奮闘ぶりを間じかで見ていて、ヒバリは少しずつではあるが、翼への恐れを克服しつつあった。彼女の恐怖は、翼の者に対する脅威だけではないだろう。大切な教え子達の身を思うからこそ。失いたくないかけがえのない存在だから。クジャクもその気持ちは同じだ。スズメやカラスたちの活躍はツバメの口からも聞いている。あの日、この国を旅立って以来、会ってはいない。人づてに噂を聞くくらいで。彼らの身を案じない日などなかった。
スズメも、カラスも大事な国民である以前に、大事な我が子なのだ。
捨て子だったカラス、ライチョウから託されたライチョウの孫娘スズメ。自分のもとにきたいきさつに違えはあれど、どちらもクジャクにとってはかわいい我が子。女皇でなければ、すぐにでも飛立って、側で守ってやりたいと思う。スズメが光の翼だと知ったのは最近であるが、それでも想いは変わらない。いつだって心配だ。
しかし現状を自分よりも理解できていないヒバリの不安は、尋常じゃないだろう。二人を育てられたのは、ヒバリの協力も大きい。女皇としての務めが忙しく、育児の負担を担ってくれた彼女には、強い感謝を感じている。
彼女もまた、スズメたちの母なのだ。
しゃりしゃりと衣装を揺らしながらクジャクはゆっくりと歩み、不安に震えるヒバリのもとへと。
いてもたってもいられなくなったヒバリが立ち上がり、門へと向おうとする。
「先生!」
「すごい音がしているわ。ツバメちゃん、やっぱりムチャよ! たった二人で、翼の者を食い止めるなんて」
「おれだって、ツバメのことしんぱいだよ。できるなら助けに行きたい、けど、足手まといになるのは目に見えてる。先生、おれたちはツバメを信じてここにいるしかないんだよ」
必死にヒバリの腕を掴んで、メジロが引き止める。ヒバリの目は真っ赤に充血して振るえている。体も震えているのに、そんな足で門へと、ツバメのもとへと向おうとしている。足手まとい、わかっている。それでもじっとして待つしかないこの時間は、拷問でしかない。助けに向いたくても向えないメジロも、悔しそうに歯噛みする。
「ヒバリ先生、ツバメを信じてあげてください。あのこは先生や、みんなを守るために強くなったのです。その想いがあのこに翼という力を与えた。信じること、想いが力になるのです。
先生、それからメジロ、翼のないものにもできることがあります。この壷を覚えていますか?」
クジャクが取り出し、ヒバリたちに見せるのは、ライチョウより託されたバードストーンでできたといわれる小さな壷だ。
「ええ、たしかツバメちゃんも…」
ヒバリたちはこくりと頷く。覚えがある。ツバメの持つあの壷に、平和への願いを込めたことがある。
それにどんな効果があるのか、よくわからないが。
「無力ではないのです。一人一人の想いが、この世界を破滅から救う力になる。光の翼の手助けになるのだと、ライチョウ様はおっしゃられました」
「光の翼…、おれまだ信じられないよ。あのスズメが光の翼だなんて」
もう長いこと会っていないスズメ、そのスズメが光の翼だったと聞いて、みな驚いた。
「スズメちゃん…、どうしてスズメちゃんなのかしら。どうしてツバメちゃんが戦わなきゃいけないのかしら。どうして、私の大事な教え子ばかり、危険な道を歩まねばならないのかしら」
「ヒバリ先生、貴女の悲しみはよくわかります。私も、あの子達が危険な道を行かねばならないこと、できるなら避けてやりたいと思いました。だけどその道はあの子達自身が選んだのです。
最初はライチョウ様のお導きがあったけれど、今ツバメが戦っているのも、あの子自身が決めたこと。
大切なものを守りたいという想いから、戦うことを選んだのです」
数歩、後ろ向きでクジャクはヒバリたちから下がる。
大丈夫。と優しく言葉をかけて、ヒバリたちに下がるように伝えると、くるりと背を向けて、門のほうへとしずしずと歩いていく。
「みなは私が守りましょう。門を」
クジャクの合図で門が開く、その門をクジャクがくぐる。見るものの目を奪う、美しき翼を広げながら。
「ツバメ、それからフラミンゴ、よくがんばりました。ここからは私もともに戦います」
「クジャク様!」
ぜいぜいと膝をつきそうになっていたツバメが体を気力で起こす。今自分の真横に、女皇クジャクが、翼を広げて立っている。
「だめです、クジャク様」
「そうだよ、あいつらの狙いは女皇のバードストーンなんだよ」
「いいえ、渡しません。絶対に、そしてあなたたちを守ってみせます」
ゆっくりと静かな口調だが、凛とした強さを感じる声で、クジャクは誓う。
「ベニヒワ、見てよあれ」
ツバメたちと差し向かうペンギンが、クジャクを指差しながら隣の相棒に伝える。ペンギンから聞くまでもなく、ベニヒワの目もバードストーンを捉えていた。
標的が自らやってきてくれるとは、好都合だ。
援軍(クジャク)が現れたとはいえ、ベニヒワたちは十数人の軍勢だ。数ではこちらがはるかに上回っている。たった二人で必死に防衛してきたツバメたちだが、翼が沈みそうなほど疲労している。
「女皇クジャク、バードストーンは頂いていくぞ」
「渡しません。大切なものはすべて守ってみせます」
クジャクはまっすぐにベニヒワたちを見据えて、ツバメたちを、城にいるものたちを守るように両腕を広げる。揺ぎ無い信念のもとに、女皇の翼は開く。
だが、それはベニヒワたちも同じだ。
サイチョウとともに、世界を救うために、だが違うのは、戦えぬものは必要ないということ。
「かかれ!」
ベニヒワの合図で、仲間の翼たちはいっせいにクジャクへと飛び掛る。
「ぐっ」「わぁっ」
次々悲鳴を上げて、翼の者たちは後方へと弾き飛ばされる。
マガモたちを追い払った時のように、圧倒的な力で、クジャクは連中を退ける。
翼の力、そして…
「バードストーンの力か。だが、私もバードストーンがある、ペンギン!」
「いくぺん」
互いを見合い、こくりと頷く。ベニヒワとペンギン、その手にはバードストーンが二つ握られていた。
「はっ!」
バードストーンを持った二つの翼がクジャクへと向ってくる。
「くっ、この…」
ぶつかり、後方へと飛ばされくるりと体勢を整えるベニヒワとペンギン。さきほどの翼勢と比べ、この二人は勢いがあったが、それでもクジャクの前では歯が立たない様子。
「やっぱり、クジャク様は強い…」
横で見ていたツバメは感嘆の声をもらす。「ああ」とフラミンゴも同意して頷く。クジャクの存在に力を得て、二人ともわずかに疲労から回復し、体勢を整える。
「形勢逆転ってやつだね。さーて、とっととやっつけちゃうかい?」
二人に反してクジャクは緊張感をとかないまま、二人に注意を促す。
「油断してはなりません。あの者たちからバードストーンを引き離すまでは…」
「ペンギン!」
相棒に呼びかけて、後ろとびでベニヒワは後方の建物の屋根の上へと着地する。ペンギンもすぐにそちらへと飛び、すぐとなりに身を置く。
「やっぱり女皇の強さはハンパないぺんね、ベニヒワ…」
「ああ、…だが切り札は残っている。ライチョウ信徒の女皇にはできぬだろうが、我々には…」
「ベニヒワ…でも…」
心配げなペンギンの声、その気持ちはわかる。だが、それでも進むと決断してここにきた。手の中のバードストーンをじっと覗き込む。
「あなたたち、お止めなさい。石の力はあなたたちの翼では耐えられません」
クジャクの呼びとめに、二人が耳を貸すはずもなく、ぎゅっと固く手の中に石を握り締めて目を見開く。
両腕をばっと真横に開いて、ベニヒワは手に握り締めていたバードストーンを自分の両翼に押し付ける。
「翼に埋め込めば、さらなる力を得るという。得てみせる。私は恐れなどないのだから!」
ぐっと力任せに翼に押し付ける。石は反発をしながらも、少しずつベニヒワの翼の中に埋まっていく。が、そのたびにベニヒワの顔には苦痛の表情が浮かび、じわじわと汗が浮く。それでも力を籠める手を休めない。
「とめさせなければ」
クジャクが、ツバメたちがベニヒワをとめようと動き出す。がそれを邪魔しようと、立ち上がった翼の者たちとペンギンが阻む。
「どいて!」
「あと…っっ、少し…だっ」
翼に完全に埋め込むまで、あと少しのようだ。ぎちぎちを歯を鳴らしながら、手に力をこめるベニヒワ。クジャクたちを阻んでいたペンギンは、なにを思ったのか、くるりと向きを変えベニヒワのいる屋根の上へと戻ってきた。
「ベニヒワ、ボクも、一緒にやるぺん」
「なっ…ペンギン」
「ここまで一緒にやってきたぺん。ボクは最後までベニヒワと一緒がいいぺん」
「力と引き換えに、…失うかもしれないんだぞ」
にこっと笑顔で、ペンギンはベニヒワへと頷いて見せる。
苦痛の中で、ベニヒワはペンギンの行動に笑顔に対して緩やかな笑みをにじませた。
「ペンギン、お前には新世界に生きてほしかった」
「ベニヒワがいなきゃ、意味ないぺん」
ペンギンもベニヒワに続いて翼に石を埋め込む。
「道を開けなさい」
ぶわっと空気を押すクジャクの優雅な翼によって、群がる翼の者たちはまた飛ばされる。クジャクたちの視界を阻んでいた翼の連中が消えたのと入れ替えに、今度はベニヒワとペンギンが目の前に迫っていた。
翼の力を放った直後の、無防備なクジャクへと、迫る脅威にクジャクを守ろうととっさに彼女の前に走ったのはツバメ。
「きゃっ」
強い衝撃にはじかれて、ツバメは地面に打ち付けられる。ツバメに続いて飛んだフラミンゴも、枯葉のように飛ばされる。
ツバメとフラミンゴを弾いた二つの翼は、すぐにクジャクへと迫る。クジャクはすぐに防御の体制に入り、それを待ち受けるが。
「ぐっ、ああっ」
クジャクの口から悲鳴が漏れ、がくりと膝をつかされた。
「クジャク様!」
顔を起こすツバメ、腹這いになりながら、クジャクへと目をやる。凛として立っていた女皇が、防御の体制を崩されている。クジャクの前にいるのは、翼の二人、それはベニヒワとペンギンだが…。
通常よりも大きく広がった翼、その翼は異常を見せるように毒々しくくすみ、どくんどくんと脈打つように揺れている。バードストーンを埋め込んだ箇所からなにかが流れていくように、波打っている。二人の目も血走り、皮膚には汗が浮いている。石が翼を動かしているように見える。
「すごい…力だ、まるで、自分の翼じゃないみたいだ」
ベニヒワは自分の翼を見て震えた。漲ってくる力。今まで知らなかった力。クジャクを圧倒する力。
これが神の石の力なのか。
だが感じるのは喜びじゃない。バードストーンを取り込んで、戦うには制限がある。体が限界を超えれば、きっと。
この体は滅び、バードストーンはあるべき場所へと帰るだろう。
それは、鳥神のもとだ。つまり力を使い果たしたその時は、死か、鳥神の中に取り込まれるか。どちらにしても同じことだ。生の最後を意味する。
オオハシからバードストーンを渡された時のことを思い出す。
強力な翼となれ!と。
具体的に指示されたわけではないが、強くなる為に使ってよしとのことは、翼に使えとの意味に捉えることもできる。
この身を投げ打つことになっても、世界を新世界へと導く礎となるのなら本望だ。
「我らの道を阻む者排除する!」
今までの比でないスピードと動きでクジャクたちを翻弄し、痛めつける。
とてつもないパワーにツバメたちは完全に這いつくばわされる。
クジャクの身に纏っていた宝石も、繋ぎとめていたものがちぎれ、石は方方へ飛んだ。飛んだ石は拾わず、ベニヒワはクジャクがぎゅっと握り締め守っている一つの石に注目した。
「女皇、無駄なあがきはやめるのだ。その手の中のものも、こちらに渡してもらうぞ」
びくんびくんと波打つ翼を揺らしながら、ベニヒワはうつぶせたクジャクへと近寄る。
肩を震わせながら、クジャクは顔を上げ、体を起こす。ダメージを受けたその体でも、心は強く起き上がる。
凛とした瞳はまっすぐにベニヒワたちを捉える。
「渡しません。これは、私にとってとても大切な思い出なのです」



フォンコンの街から発ったハヤブサとカラスは行動を共にしていた。スズメたちやワシたちと同じように壷に想いを集める為、それから、翼の脅威から人々を守るための道中でもあった。
行き先は、主にカラスから告げられて、ハヤブサはそれに従っていた。カラスが光の翼だと判明してから、ハヤブサの中ではなんとも表現しがたい妙な感情があった。ハヤブサがスズメに感じるものとは、ちょっと違うもののようだ。それはやはりカラスがスズメとは別の光の翼であるからなのだろうか。
それともう一つ、ハヤブサを微妙な心境にさせていた相手がもう一人いる。
「どうしましたか?私の顔になにかついていますか?」
さすがにじろじろ見ていては、気になられても仕方ないだろう。しかし、いまだに信じられないでいる。
どうしてこの相手が、こうしてここに一緒にいるのか。味方として共にいるのか。
「い、いやそうではないが」
思わず声が震えてしまうが、動揺しているのはハヤブサのみで、この相手はきょとんとした顔で「そうですか」とさほど気にも留めずくるりとハヤブサから目を逸らす。
「(やっぱり、似すぎているというか、どう見てもガチョウなんだが…)」
今ハヤブサの目の前を行く大柄のつるっとした頭の中年の男は、どう見てもガチョウだった。
ガチョウとは、テエンシャンに向かう途中、戦い、勝利したそのあとは姿を見ていない。あのまま森の中に落ちたはずだが、生きていたことも驚きだが、突然現れてハヤブサたちの味方をしてくれたのも驚きだ。

カラスの提案で、ハヤブサたちは東へと向うことになった。東、というよりも、正確には東の東…日鳥国だ。
その理由はというと、光の翼としての目的もあるらしいが、
「実は俺の個人的な感情もあってのことなんだ」
とのことだ。
「カラスの故郷なんだな」
「うん、大切な人たちもいる」
少しはにかんで答えたカラスの顔は、歳相応の優しい少年のもので、それを見てハヤブサは嬉しいような、ほっとしたような気持ちになった。

その日鳥国に向かう道中、幾度か翼の勢力の妨害にあったり、翼の者が暴れている町を救ったり、なかなかすんなりとは向えなかった訳だが、悶着の最中、突然「助っ人いたします」とぬっと横から現れた一見人のよさそうな大柄なオヤジにハヤブサは面食らった。
「ガチョウ!? どうしてここに」
口をパクパクさせて驚くハヤブサに、反してガチョウに瓜二つの自称助っ人の翼の男は
「どちら様ですか? お会いしたことありましたか?」
などと真顔で訊ねてくるのだからさらにびっくりだ。相手はハヤブサにまったく覚えのない態度で、しかも嘘をついている様子も見られない。
記憶喪失か?
どう見てもガチョウにしか見えない、というかハヤブサの中では完璧にガチョウだと判定したこの男のことをあれこれ探っている場合ではない。
「どうしたんだ?ハヤブサ、早く行こう」
ナチュラルにハヤブサを急かすカラスに、ガチョウとしか思えない怪しい助っ人のことを言ってみたが、カラスはさほど気にすることなく。
「仲間は多いにこしたことはないよ」
「い、いいのか? まあ味方になってくれたなら心強いが…。ほんとうに覚えてないみたいだし」
心に何かひっかかるものの、ハヤブサもそのまま進むことに決めた。



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