まばらに木が立つ森の中で、タカは固まる。
一緒に行動中のスズメの発言内容に…。
「タカ、ちょっとまって。…落としたみたい…、バードストーン」
「なに?! いつなくしたっていうんだ?」
大事なバードストーンを失くすなんて、とタカの顔は青ざめる。
がスズメはタカほど慌ててはいない。落とした場所に心当たりでもあるのか?
「たぶん、さっき、ここに降りる直前に木の枝にうっかり服ひっかけたから。その時に落としたのかも…」
心当たりがあることにタカも少し落ち着きをとりもどしたが。
「すぐ探すぞ!」

スズメが服を引っ掛けたという木の側を探したが、見当たらなかった。
「本当に落としたのか?」
がさごそと服を触って確かめるが、スズメはふるふると首を横に振る。
「やっぱりないよ。ここに降りる前はちゃんとあったの確認しているから、やっぱりその直前に落としたと思う」
石だし、ころころ転がって意外なところにあるかもしれない。
「…お前光の翼だろ? 光の翼の力でバードストーン探知できねーのか?」
それができるなら、苦労しない。
タカは自分でいってバカらしくなり、ふるふると首をふってスズメの返事を拒んだ。
落としたスズメが悪いのだが、ここに立ち寄ろうと促したのは自分。一方的にスズメを責められない立場なのはわかっている。
「しかたねぇ、とっとと探すぞ」
「うん、ごめん。あたしはこのあたりをもう一度探してみるよ」
タカがスズメから離れ、スズメは腰を下ろして木の周囲を注意深く見てまわった。
ごつごつとした地面に、草が多くの影をつくり、一見しただけではバードストーンらしきものは見えてこない。
コンドルから託してもらった大切なものなのに。うっかりしていたとはいえ、情けないとスズメは心の中で自分を叱った。
「絶対見つけなくちゃ」
言葉で己を奮い立たせる。
一歩進んで、地面に手をついたその時、冷たいものがスズメの手の甲に当たった。
「あっ」
ぽつりぽつりとそれは段々と増えていく。

「くそっ、雨か」
憎々しげにタカが空を睨む。
雨に毒づいている暇はない。すぐに視線を地面に映して、バードストーンを探す。
地面を蹴って、草を掻き分け、そうこう探しているうちにスズメとかなり離れてしまい、お互いの姿が見えなくなってしまった。
スズメの居場所はわかっているはずなのに、急に不安な気持ちが湧いてきた。
「おい、スズメーー」
雨は凶器のような音を立てて激しく降り注ぐ。バチバチと葉や地面を叩く雨の音が耳を支配する。激しい雨で、視界も酷く悪い。地面もぬかるみ、バードストーン探しを阻む。
ぱしゃぱしゃと水をはねながら走る。タカは石ではなくスズメ探しに切り替えた。
スズメはもといた場所にいなかった。


雨が激しくなる少し前、スズメは森の中に自分たち以外の人影を見つけた。人里はなれたこの場所で、人に遭遇するとは思わなかったが。もしかしたら翼の者かもしれない。だがスズメには警戒心はなかった。光の翼であるスズメなら、翼の者だとしても恐れを抱くほどの相手はそうそういないはず。集団ならまだしも、たった一人なら、警戒しなくても大丈夫だろう。
「ねぇ!」
背中越しに声をかけた。
こんな森の中に一人たたずむのは、スズメが見上げるほどの大きな体をしていたが、顔つきなどはタカと同じ年のころと思われる少年に見えた。
「ああ?!」
無愛想な声で振り返ったのは、チョモランマにいたはずの、ダチョウだった。
初見の少女相手にも、ギロリと生意気な態度と目つきで返すダチョウ。スズメと同じ歳ごろの少女たち…ウ姉妹たちからもびびられる乱暴者のダチョウに、スズメは無用心に近づいた。
「これくらいの石をこのあたりで見かけなかった? あたしの大切なものなの。落としちゃって」
スズメは指で石の形を表現しながら訊ねた。
「こっちも探してんだ。…おじさんがくれた大事な石を…」
すぐにスズメから目を逸らして、きょろきょろと地面を探るダチョウに、スズメは「あっ」と気づいた。
「もしかしてあなたも?」
バードストーンをこのあたりで落としたというのか。
ダチョウはスズメの存在など忘れたように、一心不乱になくしたものを探している。ダチョウの様子から、とても大切なものなのだとわかる。
スズメは直感で、ダチョウのバードストーンと思われる石も、コンドルのように特別な想いのこもったものと感じた。ダチョウの姿を最初に見つけたときも、どこかほおっておけない気を感じて。コンドルのときのように、光の翼を呼ぶ声とはまた違うが、こうしてダチョウに出会えたのもなにかの縁のような気がした。
「ねぇ、あたしも一緒に探すよ。あたしの探し物と一緒に見つけられるかもしれないし」
「なに?」
顔を上げて怪訝な顔を向けるダチョウにスズメはにっこりと笑みで返す。
「もしかしたら、よく似たものかもしれないしね」
ダチョウのそばで、スズメは身を屈めて探す素振りをする。
「待てよ! お前…」
スズメを完全に覆う影。ダチョウはスズメのすぐそばまで来ており、鬼のような形相で見下ろしていた。
「え、なに?」
「俺の大事なもの。横取りする気じゃないだろうな」
ぱちくりとスズメは目を丸くする。泥棒呼ばわりなどあんまりだ。
「ひっどいなぁ。一緒に探そうっていってるのに、疑うなんて。あたしだってすごく大切なものなんだよ。それに今はのんびりしている時間もないんだ。あなたが手伝ってくれたらすっごく助かるんだけど。その過程であなたの宝物も見つけられるかもしれないでしょ。ね、一緒に探そうよ。
そんなに信用できない?」
スズメはダチョウを見上げ問いかける。ダチョウの瞳には不信感がゆらゆらと揺れていた。
たしかに会ったばかりの相手を信用できなくても仕方ないかもしれないが。スズメがダチョウに対して感じたものは…、出会ったころのタカに似ているような……。
タカが仲間になった当初は、スズメも負けじと火花を散らしていたが、今はそんなこともなくなった。光の翼としての自覚もあるが、それだけじゃない。タカが友として心を開き始めたことにスズメも気づいたからだろう。
スズメの中でタカとダチョウ、だぶって見える瞬間がある。
それがなくても…、困っている相手を見て知らん振りできない。
「いいよ、ムリして信じてくれなくて。あたしは怖くないよ」
振り上げようしたダチョウの拳がぴくっと固まった。まだなにもしていない少女に、暴力で脅しをかけようとしたそれに先手を打たれたようで。「ちっ」と小さく舌打ちしてダチョウは拳を解き、スズメから目を逸らした。
睨んだだけでビクビクと、脅えて距離を置いていた連中と同じに見える小さな女の子が、あんな目で自分を見るなど、ダチョウは思いもしなかった。
「見つけたらすぐに言えよ! 少しでも怪しい素振りをしてみろ、ただじゃおかねぇからな」
乱暴ないい方しかできないのか、スズメはそれにいちいち腹立てることなく「うん、当然よ」と強気に返事した。
「あっ、雨が激しくなってきた」
しゃがみ込んでバードストーンを探すスズメたちの体を雨が濡らしていく。
すぐに激しくなっていく雨に、スズメは立ち上がり木の根元へと避難した。完全に雨を防げはしないが、少しは濡れずにすむ。空は灰色で、あっという間にどしゃぶりになった。
雨がどしゃ降りになっても、必死に探すことをやめないダチョウへと、スズメが声をかける。
「ねぇ、少しこっちへきなよ。今探すのはムチャだよ。止むまで待ったら」
「うるせぇ、この雨でどこかに流されるかもしれねぇだろうが」
スズメの忠告を無視して、ダチョウはどしゃぶりの雨の中、探し歩いていく。ばしゃばしゃとダチョウが歩く足元からは水がはねあがる。ずぶずぶと足は地面へと沈む。ぬかるんだ地面が、ダチョウの進行の邪魔をする。
雨は激しかったが数分であがった。だが地面は水浸しで、酷い状態だ。
水と泥でぐしゃぐしゃになりながらも、ダチョウは地面に這いつくばって落とした石を探しまくる。
「なんで、なんでないんだよ!!」
大好きな尊敬するおじの顔が浮かんで、遠くなっていく。期待を裏切ることになる。絶対にイヤだ。
冷静になどなれない。
地鳴りが響いて、それが自分のすぐそばでしたものだと、気づいた時には完全に地面の割れ目に飲み込まれた後だ。
「くっ、くそったれ!」
泥水に体はすべり、割れ目に水が流れてくる。また大きな岩がずるずるとまるで生き物のように動いてくる。
翼を広げようとしても、背中には硬い岩が邪魔をして、翼の力をうまく使えない。
力で泥水や岩を押しのけるが、どんどん強い圧力がかかってくる。下半身は完全に泥の中に沈んで、足をぴくりとも動かせない。
「こんなところでヘマできるか。やっと、やっと翼を手に入れて、おじさんに近付けるとこまできたんだ」


ダチョウは中規模の街で生まれ育った。両親のもとで、不自由なく育った。
争いに巻き込まれることがほとんどなかった、平和な環境にあったが、小さないざこざはたびたびあった。
翼の者への偏見が強く、その街には一人たりとも翼の者を住まわせてはならないという掟があった。
ダチョウの両親も頑なな反翼の者で、ダチョウにも翼は悪い者だ、恐ろしい存在だと教えて育てていた。
だがダチョウは親のいうことをまともに聞かない問題児だった。他の子供たちともトラブルを起こし、孤立していた。幼い頃から、乱暴をしては周りとトラブルを起こす困った子供だったのだ。
そのダチョウが、唯一人の前でだけは歳相応の素直な子供の顔になっていた。その唯一人の相手がダチョウの父の弟であり、ダチョウの叔父になるオオハシだった。
オオハシとダチョウの家は親交があるわけではなかった。どういういきさつがあったのか、ダチョウは知らないが、オオハシは同じ街の中に住んでいたが、互いの家に行き来する様子はなかったという。家との仲がよくなかったのだろう。ダチョウの親はオオハシと関わろうとはしなかった。いや関わりたくなかったようだ。
ダチョウがオオハシを慕うようになったのは、オオハシの考えに共感したからだ。
翼を悪しき存在として排除しようというこの街の考え方、在り方に異論を唱えるオオハシ、ダチョウは彼の中に光を見た。
「おじさん! 俺強くなりたい。俺は翼のものになりたい。どうしたらなれるんだ?」
翼に憧れるダチョウ、ダチョウの夢を知り、オオハシは嬉しく思いその頭を撫でた。
「翼の者は強い体と鋼の精神が必要だ。私がお前を鍛えてやろう。だが、翼になりたいなどと皆の前ではけして言うなよ」
「うん」とこくりとダチョウは頷く。
「おじさんは翼の者?」
ダチョウのそれに少し沈黙してオオハシは「いいや」と首をふった。
「…そうなんだ。おじさんなら翼あってもおかしくないって思っていたからさ。でもおじさんならすぐにでも翼をえられるよ。おじさん強いし」
「そう思うか? …私にとって翼とは手段でしかない。ダチョウ翼をえることだけにこだわるな。翼をえてなにをするか、その先にこそ本当に大切なものがある」

オオハシは突然ダチョウの前から去ってしまう。以前から、ダチョウに自分には大きな夢がある。それを果たす為に近いうちここを発つことになるかもしれない。とはもらしていたが、その行き先など詳しいことは明かしてくれぬまま、また重要な秘密も、話してくれぬままいなくなってしまった。その理由をダチョウは親たちの口から知ることになる。
『オオハシは翼の者だった』と。
オオハシが翼の者だと、ダチョウの親は知っていたらしい。周囲の目を気にして、オオハシとは縁を切り、離れて暮らしていたのだと。互いにどう思っていたのか知らないが、口では「いなくなってせいせいした」とほっとしたようにもらしていた。オオハシが翼だと、ぽろぽろと噂が流れ始めたことが原因らしい。
翼には力があるのに、どうして翼のものが逃げなければならないのか。
ダチョウは幼いながら、この街の在り方に怒りを感じ、また尊敬する叔父の行方を追い求めて、家を出た。
だが、オオハシがどこにいったのか、わかるはずもなく、迷子になってしまった。
サイチョウに保護され、チョモランマでオオハシと再会できたのだが…。
身内だからといって、オオハシはダチョウを甘えさせはしなかった。
「強くなれ!翼を得ろ!」
口癖のように繰り返して、ダチョウは強くなろうとした。
体格にも恵まれ、腕力も周囲の子供達とは桁違いに強かった。だが、翼はえられない。
強くなりたい想いが空回りし、周りの子供たちに乱暴する。ここでもダチョウは周囲となじめず、孤立する。
一年、二年と月日は流れ、子供達も成長していく。自分と歳の近い子らは次々に翼を得て、翼の戦士としての修行へと移っていく。ひとり、またひとりと、ぬけていく。
「俺は強い、あいつらよりも、ずっと強い!なのになぜ?!」
苛立ち、日々は無情にもすぎていく。どんどん周囲の子供達が翼の戦士へと成長していく中、自分のほかにもうひとり、取り残されている者がいた。
自分よりも小さな体だが、歳は同じ歳らしい。
それがタカだった。
同じ歳とはいえ、気弱で、兄にへばりついている情けない少年だ。
あんなやつと同じに見られたくない。その思いがある反面、同じやつがいる、いや、俺の下にはまだあいつがいると、安堵する気持ちがあった。
びくびくと脅えていたタカを見るたびに、優越感を感じながらも、焦りも感じていた。
いつ、こいつに先を越される?!
その恐怖に、いつも襲われる。
月日はどんどん流れていく。
恐れは現実になる。タカは翼を得て、ダチョウだけが翼をいまだえられなかった。
翼を得てから、タカはダチョウに脅えなくなった。そのことにますますダチョウは苛立った。いつからか、ぶつかり合うようになったか…。


――数分、ダチョウは意識が飛んでいたようで、ハッとなり目を見開く。体にかかる圧力はさきほどよりも増している。
「ちっ、なんでこんなときにあいつのことなんか」
おじの顔と同時に、憎らしいタカの顔が浮かんだことにダチョウは苛立った。
そうだ、ダチョウはタカが大嫌いなのだと改めて思う。言い聞かせるように。
「大丈夫?」
頭上から聞こえたその声は、タカでもオオハシのものでもない。顔を空へと向けると、こちらを見下ろすのはさきほど出会ったばかりの少女だ。
「ふん、こんなもの、翼の力で抜け出せる」
ぐぐっと全身に力を籠めるが、完全に密着した岩がダチョウの翼を阻み続ける。まださらに地面は動いているようで、岩もダチョウを潰すようにゆっくりと流されている。
「いいから、そのままじっとしてて。あたしがあなたを助ける!」
翼を開いて、スズメがダチョウのそばへと降りてくる。
「! お前翼の…」
ダチョウを引き上げようと、スズメがダチョウの腕を掴んだが、「余計な世話だ!」とダチョウはそれを拒み、乱暴に腕を後ろに引く。
「ちょっと、今意地なんてはったって意味ないでしょ」
「なに?!」
ずぶずぶと沈みながら、ダチョウはぎらついた目でスズメを睨んだまま。スズメもそれに負けじと、強い眼差しでダチョウを見ている。お互いぴくりと釣りあがった眉をして、にらみ合う。
「プライドよりも大切なものあるでしょ。なくした大切なもの、探すことのほうが優先すべきことじゃない?」
ぎちぃと奥歯を噛み締める。スズメにいわれるまでもなく、オオハシからもらったあの石は大切なものだ。スズメの協力を拒むプライドなど、ほんとはどうでもいい些細なことのはずなのに。
むずがゆく鼻を鳴らす。
「なぜ? 俺にかまう」
「ほおっておけないからだよ」
戸惑うことなくスズメは再びダチョウの腕を掴んで持ち上げる。少しダチョウの体が上昇したが、まだ半分は泥の中にある。ダチョウの心のように、簡単にほどけてはくれない。
「スズメ!?」
上のほうで声がした。スズメの名を呼んだその声は、スズメを探していたタカ。雨でずぶぬれになりながら、やっとスズメを見つけたタカだが、陥没した穴の底に、スズメと一緒にいる相手を見て息を飲み込んだ。
どうしてここにいるのだと、現状を理解できず固まり、表情も強張っていく。
「ダチョウ!!」
怒鳴るようなタカの声に、ダチョウも気づき顔を上げた。こちらを鬼のような形相で見下ろすあいつは、紛うことなく気にいらない相手だ。
ふん、とダチョウは鼻息を荒くする。
スズメもタカに気づいて、顔を空へと向ける。今タカはこの少年に向けて「ダチョウ」と言った。この少年はダチョウという名で、タカとは見知った関係なのだとわかった。
「タカ! お願い力を貸して、この人を助けたいの」
「ふざっっけるな。だれがそいつなんかに助けられるものか」
「…そこから動けないみたいだな…」
タカは翼を開いて、舞い上がり、ダチョウたちのほうへと下降する。勢いをつけるように、土の壁を蹴りつけて、加速する。
「ダチョウ! 動くなよ!」
拳に力をこめながら、タカがダチョウへと向ってくる。強い気迫にダチョウは焦り、体を強張らせる。
「タカッ、てめぇっ」
動けないのをいいことに、タカはここで自分をしとめるつもりだ。直感でそう感じとったダチョウは悔しい声をもらした。
迷いなく向ってくる拳は、激しい音を立てて炸裂した。
ダチョウの背後の岩を、タカが打ち砕いた。三分の一にも満たないが、ダチョウの背後には十分な隙間ができた。
「なっ、なにをっ?」
てっきり正面から殴りかかると思っていたダチョウは、タカの行動に不安を感じ、さらに焦る。
ダチョウに反してタカは表情を変えることなく、ダチョウの背後に回り、脇を抱える。
「ごちゃごちゃうるせぇ。いいからじっとしてろ」
「大丈夫だよ、タカはあたしの味方なんだから。すぐにここから出て、あなたの宝物を見つけようよ」
「くっ…」
悔しそうにダチョウは顔面にしわを寄せる。脳裏におじの顔を浮かべながら。
スズメとタカの力でダチョウの泥に埋もれていた下半身が現れた。泥に塗れた足を動かせば、また泥の中に沈んでしまう。
「ねぇ、助けてもらうことは恥ずかしいことじゃないよ。一人で強くなることなんてできない。手と手を取り合っていくこと、きっと一人よりも大きな力を生むことになるんだよ」
スズメの言葉はダチョウだけでなく、タカにも向けられていたのだろうか。タカは自分に対しての言葉でもあると感じていた。だが素直にスズメの言葉に頷けなかった。ダチョウも頷いたりしなかった。二人の反応にスズメは不機嫌になるでもなく、「よいしょ」とダチョウを抱えながら穴の上へと昇っていく。
出口に向う直前に、ダチョウは土の中にきらりと光る石を見つけ、声を上げた。
「あった!」
バッと手を伸ばして、土の表面にひっかかっていた石を掴んだ。目元までもってきて確認する。
「間違いない、これだ」
嬉しそうにダチョウの表情が変わる。
「よかった、見つかったんだ」
「!おい、それってバードストーン?!」
ダチョウと一緒に喜ぶスズメの反対側で、タカは別の表情で声を出す。
穴から抜け出し、びしょびしょの地へと足をつく。
「ダチョウ、それをこっちによこせ」
ぐっと顎を引きながら、鋭い眼差しでタカがダチョウの手の中の石を指差す。
それに対してダチョウも、タカと似た表情になり、ギンと睨みつける。敵意が満ち始める。
「ちょっとタカ!」
スズメは蚊帳の外にいるようで、タカとダチョウ二人だけの空気になる。
にらみ合う二人、顔をあわせるたびに、ぶつかりあってきた二人。孤独で、力を求めて、暴力でぶつかり合うことしか知らなかった二人。
「これはバードストーンだ。おじさんが俺にくれた。より強い翼になるためにな」
挑戦的に拳をぐっとタカに突き出す。その手の中には、おじより渡されたというバードストーンが握り締められている。
「タカ!俺は翼を得た。お前より強かった俺が翼を得て、さらに強くなったんだ。その上バードストーンもある。
それでも俺にかかってくるっていうのか?」
ダチョウは力んで翼を広げた。ダチョウの翼を目にして、タカは驚き目を見開いたが、すぐにぎゅっと目元に力を入れてダチョウを見据える。
「バードストーンは光の翼が持つものだ。光の翼しかその力を使いこなすことはできねぇ。ダチョウ、お前が持ってても無意味だ。よこしてもらうぞ」
タカは肘を引いて拳にぎりりと力を籠めて、ダチョウを威嚇する。真剣なタカの目を見て、ダチョウはにまりと邪悪に笑む。
「はん、力ずくで盗ろうっていうのか? やってみろ!」
「タカ!やめて!!」
今にも衝突しそうだった二人の空気を冷やしたのはスズメの声。
「それはダチョウにとって大切なものなんだよ。たしかにバードストーンは集めなきゃ、取り戻さなきゃいけないけど。力ずくで奪うのは、やっぱだめだよ。あたしたちサイチョウと同じことしちゃいけない」
「けどっ」
翼をしまった状態でスズメはすたすたとダチョウのそばまで歩いて行く。
「宝物なんだよね? 大切にして、誰にも渡しちゃだめだよ。それから、バードストーンは翼に取り込んじゃだめ。バードストーンの力は、光の翼にしか使えないんだ。ダチョウは強くなることより、その石を、想いを大切にして」
スズメがダチョウを見上げてそう告げる。にこりと優しい笑顔をもたげて。
「ああ、お前に言われなくても、俺はこの石を、おじさんのことが大事だ。
だから強くならなきゃいけねぇんだ。より強い翼になって、おじさんと一緒に、戦うんだ」
カッとダチョウの目が恐ろしいほど見開いて、振り上げた拳がすぐ真下のスズメへと落とされる。
「やめろ!」
タカが走るが、間に合わない。
ダチョウの拳は、音を立てることなく空振り、そのままスズメに背を向けた。脅しだったのか、はなから当てる気がなかったのか? スズメはよけることなくただそこに立っていたまま。ダチョウの目は今度は向ってくるタカに向けられたが、タカにかかるでもなく翼をはためかせた。
「なくし物は見つかった。俺はお前らみたいな雑魚と遊んでいる暇はねぇんだよ」
宙へと舞いあがったダチョウはその言葉を最後にして、スズメたちの前から飛び去っていった。
「!ダチョウー」
タカが名を叫んでも、もう振り返らなかった。ダチョウの中で、もうタカは興味の対象外になってしまったのか。
以前のように、すれ違うだけで、側に寄るだけで、殴り合いをしていたことが遠い記憶になるようで…、複雑な思いにかられて、タカはその場に膝をついて、水浸しの地面を殴った。
「ダチョウって…タカの友達なの?」
スズメの問いかけにタカは顔を上げないまま「違う」と答える。
「あいつは、…オレの敵だ」
「タカの敵って…一体どんだけいるのよ」
ハヤブサに、ダチョウ…、タカの性格からしてさらにいそうだ。ふー、とスズメがためいきをつく。
「オレはガキのころ、あいつが怖かった。けど、怖いだけじゃなかった、別のなにかを感じていた気がする」
ぽつりぽつりとタカが語る。ダチョウへの想いを。
「…敵ってことは、ライバルってことじゃないの? それって悪いことじゃないよね?
タカはダチョウのこと心の底から嫌いってわけじゃないのよ」
「……」
タカは頷くでもなく、否定するでもなく、地面に目を向けたままじっとしていた。
「あたしはこの世界を救いたい。世界を救うだけじゃなくて、みんなの心も救えたらいいのになって思う」
救世主とて万能じゃない。それでも、願ってしまう。世界を、命を、心を救いたいと。
「最初の一歩は小さいかもしれないけど、そこから始まっていくんだよ。こんなふうに」
スズメがタカへ手を伸ばす。顔を見上げて、タカがスズメの手を掴む。
「タカがあたしの手をとってくれたように、タカの手をダチョウがとってくれる日だってくるかもしれない。
もしとってくれなくても、何度だって手は差し出せるよね」
ぱしゃと水音をさせてタカはスズメに手を引かれて立ち上がる。
「届かない手はないんだよ」
そう言ってスズメはバードストーン探しを再開した。数分後に無事バードストーンは見つかり、やっと森から動けることになった。
「ああ、そうかもしれない」
さきほどのスズメの言葉への返事を、独り言としてタカはつぶやいた。


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