「…かんばしくねぇな…」
おもしろくなさそうにカッコウがつぶやく。
今日襲った集落も、バードストーンがまともになかった。収穫が0でなかっただけはるかにましか。
二つだけ手に入れることができた。もう今後大量に新規を手にすることは難しいだろう。だがもっと探せばでてくる可能性も高い。
このままではいつチョモランマに戻れるのか? この調子では目処がたたない。
時間だってあるわけじゃない。鳥神との最終決戦は確実に迫っているのだから。
サイチョウとともに戦う為に、より強い翼となり、そのためにバードストーンが必要となる。
カッコウにとっておもしろくなかったのはバードストーンのことだけではない。
「それにしても気にいらねぇ、あのツルッぱげ野郎」


ジロリ、とオオルリは目の前の相手を睨みつける。ばつが悪そうに睨まれた相手は眉を寄せた。
「しかしオオルリ殿。あそこまでやる必要はなかったのでは?バードストーンさえ手に入れればよかったのであろう?」
ツルが不満気なのはオオルリたちの行動についてだ。バードストーンを奪うだけでなく、家屋や人々に対しての破壊行動が行き過ぎていると感じていたからだ。とはいえ、ツルの主張は弱く、オオルリの高圧的な態度に丸め込まれる。
「ツル、あなたは私の下僕でしょう?! 私の言うとおりにすればいいだけよ、私に指図するなんてね命を散らせたいってことと受け止めるわよ」
フン!と鼻息鳴らしてオオルリがツルに背を向ける。ツルはその時オオルリの後姿にいなくなったはずのある相手がだぶって見えた。反射的にオオルリの腕を掴んだ。
「オオルリ殿!」
「いたっ!ちょっなにすんのよ!」
「拙者オオルリ殿の力になりたい。オオルリ殿の真の願いはなんであるか?」
「は? だから言ったでしょう。バードストーンを集めて邪魔なやつらをぶったおすの」
「そうではない」
ツルは知っている、オオルリの本当の願いを。
「大事な人を探しているのだろう」
「なっっ、どうしてそれを?!」
びくりと焦り警戒の顔になるオオルリ。兄を探していることは仲間にも話していない。オオルリ一人が勝手にやっていること。仲間からツルが聞いたとは思えない。
フォンコンの長老やら、各所で兄の情報を捜し求めたが、オオルリの探す人物がオオルリの関係者、兄であることは誰にも明かしていない。仲間ですらそのことに気づいていないというのに。
「!そうか、わかったわ。あんた、あたしのあとをつけていたのね?あの時…、たしかにタイミングよすぎたし、あとをつけていたのなら納得がいくわ」
オオルリはツルの答えを聞く前に答えを出した。ツルと最初に出会った時のことだ。突然自分の前に現れ、助けてくれたこの男。同じサイチョウ派の仲間だと思っていたが、そうではなかった。仲間なら偶然とおりかかり手助けしてくれたのならわかるが、ツルはそうではない。
あとをつけていたのだ。あの男たちとオオルリの動きを見張っていたのだと、オオルリはそう決め付けた。
オオルリの言葉に、ツルは「あちゃー」と気の抜けた声を発して、ぱちーんとつるっとした頭を掌で叩いた。
「やはりバレバレであったか。そのとおり、拙者はオオルリ殿のあとをつけていた」
「なっ」
「拙者あの男たちが反翼の者たちとわかっていたのでな。懸命にだれかを探すオオルリ殿をあの街で見かけてから、ずっと気になっていたのだ。このままほおっておけぬと…。節介とは知りつつも助けをせねばと、強く思った」
「なっ、なによそれっっ」
オオルリの顔がかぁーと赤くなる。怒りなのか恥ずかしさから来るものなのかわからないむずがゆさ。
オオルリの自称ストーカーであるカッコウにすら気取らせなかったのに、ツルには己の行動をすべて見られていたというのか。
「実はすごく個人的な感情からでな。拙者には妹がいた。その妹と、オオルリ殿が重なって、他人とは思えなかった」
「なによ? このあたしがあんたの妹と似ているですって?」
「ははは、いや、見た目がとか性格が似ているというわけでは。なんというか…、強さを押し通そうというところか…?」
「は?」
「いや?」とツルは首をかしげ笑いながら続ける。
「なんでも一人でやり通そうとする所か? うむ、きっとそこだ」
一人納得する。それに今度はオオルリが首をかしげる。
「拙者はオオルリ殿を守りたい。妹の力になれなかった分、オオルリ殿の力となりたい」
目の前の大きな体を見上げる。見た目は兄にも、憧れていたワシにも似てなどいないのに、なぜ似たようなものを感じてしまうのか。優しく包み込んでくれる影に、オオルリはツルの中に自分が求めてやまない兄性を見たのかもしれない。強張っていた頬が自然とゆるんでいた。突然嵐のように現れたこの男に、気を許している。
ツルの優しさは、彼にも妹がいた兄だからあるものだろう。オオルリにとってはそうなのだろう。
「改めて言わなくても、あなたは私の下僕なんだから。当たり前でしょう」
「うむ、たしかにそのとおりだ。ではオオルリ殿、この下僕めに、オオルリ殿の真の願いを聞かせてはもらえまいか?」
数分して、オオルリは観念したように息を吐いて答えた。
「わかったわ。あなたにだけ話す。私の真の目的を……」


「がーーー! やっぱマジで気にいらねーー」
がしがし髪を掻いて、だんだんと腿をたたきながらカッコウが叫んだ。
カッコウの心情がわかってしまうキツツキとミソサザイはやれやれと顔を見合わせる。
「オオルリさん、ずいぶんあのツルって奴気にいっているみたいすからね」
ギリと鋭い目で睨むカッコウに、キツツキたちはたじろぐ。
「冗談じゃねーぞ。オオルリの下僕は俺なんだよ! あんのツルッぱげ野郎、俺の知らないところでなにしているかわかんねーぜ。どこ行きやがった?」
立ち上がり、ギラギラした目で宿敵のもとへ向おうするカッコウをキツツキたちが止めたが、聞かずにずかずかと向う。
占拠した集落の一角で少女たちがたむろする。そこから少し離れた岩場に仕切りで囲われた場所があった。
その仕切りの中にオオルリはいた。ぱしゃぱしゃと水がはねる音が聞こえてくる。オオルリは水浴びをして体を洗い流していた。
少女たちからオオルリの居場所を聞きつけたカッコウは慌てて走った。
「オオルリが水浴びだと!? 嫌な予感がするぜ」
カッコウの嫌な予感、それは……
「あんのツルっぱげ野郎、オオルリの水浴びを覗いているに違いねぇ!!くっそがーーー!!」
カッコウの予想通り、仕切りの前に立つツルがいた。それを目にしたとたん、カッコウはうがぁと吼えながら、ツルに噛み付く。
「てめぇ!なにしてやがる!」
カッコウとは対照的にツルは落ち着いた態度で反応する。
「む、カッコウ殿か。すまないが今オオルリ殿は水浴び中だ」
「んなこたわかってんだよ。てめぇこんなところで、覗きか?! ふざっっけんなよ!このツルッぱげ野郎」
はあ?とツルはカッコウの怒りがわからず困り顔になる。
「ちょっとカッコウ?! あんたこそなにやってんのよ? あんたこそ覗きなの?」
「オッオオルリ?」
仕切りの向こうからオオルリの声がして、オオルリに疑惑をもたれていることにカッコウはショックを受けた。
「ツルは見張りで立ってもらっているのよ。あんたみたいなアホが寄り付かないようにね」
「ひっひでぇよ、オオルリーーー。俺よりこんなツルッぱげ野郎を信じるって言うのか?」
うわーーん、と情けない泣き声をあげてカッコウは退散した。
「たく、ほんとあいつは…」
「カッコウ殿はそれだけオオルリ殿を心配しているのだな。ところでカッコウ殿には兄上殿のこと、協力してもらわなくてよいのであるか?」
「いいのよ。あいつにはバードストーンのほうを優先してもらわなくちゃ。あたしの私用に付き合わせるわけにはいかないわ」
「オオルリ殿はカッコウ殿が大切なのだな」
ツルのそれはやきもちを妬くでなく、どこか嬉しそうな言い方だった。
「ツル、冗談でもあいつの前でそんなこと言わないでよ。あいつすぐ勘違いして調子に乗るんだから」
ハハハと岩場にツルの笑い声が木霊する。
「その絆、大事になされ。失い後悔に生きる日々は苦しい」
なにかを思い出すようにツルはふっと両目を伏せた。仕切り越しに、ツルの声を聞いていたオオルリは、流れる沈黙に、ツルは妹のことを想い、今も後悔しているのではと思った。
自分も同じだから。生き別れた兄のことを、今でも強く想っている。あの日、兄の言いつけに逆らって、あの手にしがみついて離れなければよかったのにと。
「そうね、そう思うわ」


壷に人々の想いを集め、またバードストーンを探し旅を続けるワシと、そのワシに連れられて歩くフクロウ。
二人が立ち寄った集落は、すでにオオルリたち翼の者の襲撃を受けた後で、バードストーンも跡形もなくもちさられてしまっていた。
「先を急がなければ。また同じ被害が出ないうちに、なんとかしなければ」
ワシはフクロウの手を引き、翼の者たちが次に向かうと思われる地域を絞ろうとする。
しかし、翼の者の動きが予測しづらかった。彼らは計画的にというよりも、どこか行き当たりばったりにも思えた。手当たりしだいといったところだろうか。それだけ、彼らに冷静に動く為の余裕がないようにも思えた。


「次ぎはあそこだな。いくぜ」
岩場から身を乗り出し、カッコウら翼の者たちが次の襲撃地へと降り立つ。
カッコウらが降り立ったのはフォンコン北部に点在する集落のひとつだ。フォンコンと比べれば規模もかなり小さく、家屋が点在している程度でたいした施設も見受けられない。集落の散策を始めるカッコウたち。小さな集落とはいえ、まともに人の気配を感じない。だからといって生活臭はいたるところで感じる。さきほどまで食べていた思われる食事のあとなどあった。
「どういうことだ? 人がいねぇ?」
そのことに不気味なものを感じながらも、それよりも、とカッコウたちは目的のものを探して歩く。翼の少女や少年達が家屋に侵入し、がたがたと中を漁っている。
「カッコウさん! ありましたよ祠」
キツツキがカッコウを呼ぶ。
キツツキとカッコウが向ったのは、集落の端、岩場をくりぬかれた中に作られた質素な祠だった。バードストーンは大抵こういった祠に祀られていることがある。
「…さすがにねぇんじゃねえか?」
キツツキのテンションに反してカッコウの口調は渋い。翼の者によるバードストーンの強奪が始まってからは、こうしたわかりやすい場所にバードストーンを置くことはほぼないと言っていい。
「でもとりあえず」
と言ってキツツキが探るが、やはり見つからぬものと諦めカッコウは集落の他の箇所を探ろうと歩き出す。
「ちっ! いい加減手に入れねーとっってのによ」
苛立ちをぶつけるように、乱暴に家屋を破壊し始める。
「待て!」
「!? なっっ」
風切って、カッコウの破壊を妨ぐのは、カッコウにとって憎らしい相手。翼を広げこちらを見据えるその男、カッコウの大嫌いなあいつ。
「ワシ! なんでてめーがここにいるんだ?! そうか、てめーがバードストーンを…」
ワシが所持するのはケツァールから入手したもの。ここで手に入れたものではないのだが、カッコウはそう判断した。
「そういえば前にペンペンから聞いたぜ。てめーはバードストーン欲しがっていたってな。このバードストーンフェチが!!」
「私は自分で使いはしない。バードストーンは光の翼のもとに集める。光の翼以外にバードストーンを使えはしない。もし使えば、力と引き換えに自らを犠牲にすることになる。
カッコウ、バカなことは考えるな」
相変わらずのワシに、カッコウは血管ぶちきれそうにぶちぃっとなる。カッコウが大人しくワシの言うことを聞くわけがない。
「バカなのはてめーだろ、ワシ! たった一人でのこのこ現れやがって。ここでくたばる運命だな!ざまあみろだ」
ワシ対カッコウの一騎打ちではない。周囲にはカッコウの仲間たちが大勢いるのだ。さらに、強力な助っ人もカッコウの側へとやってきた。
「来たなツルっぱげ野郎。こいつをぼっこぼこにすんぜ」
カッコウの側へときた大柄の独特の風貌の男をワシは初めて見る。どんな翼の使い手かわからず、ごくりと息を飲み注目するワシ。
「はじめて見る翼だな。…何者だ」
「カッコウ殿、この者はカッコウ殿たちの敵なのか? 見知った関係のようだが?」
「こいつは裏切り者だ。オオルリの純心を散々玩んだ、最上最悪の野郎だ」
憎々しく吐き、カッコウがビシッと憎々しいワシを指差す。ゆっくりとツルはワシを見やる。
「オオルリ殿の…。そうか、ならば」
ツルとカッコウの二人がワシを襲う。ワシはカッコウより格上の翼だ。一対一ならば真っ向勝負なら負けていただろう。だが、こちらは二人。しかもツルは翼としての実力もかなり高く、ツルであれば、ワシ相手でも競り負けることはないだろう。二人がかりでワシを追い込む。ワシは防戦に徹せざるをえず、少しずつ後退していく。
時間がないからと、バラバラに行動する道を選んでしまったが、たった一人で翼の軍勢と戦うなど無理だった。できるなら、戦いをさけるように進みたかったが、翼の者の行いを無視して進むことはできなかった。
「ぐぅっ」
ワシが倒れこむのに時間はかからなかった。二人がかりの卑怯戦法とはいえカッコウは嬉しさに口元がにまあっと歪んだ。カッコウに反してツルは渋い顔だった。さすがに良心が咎めるのか、ワシが倒れたことに喜びはしなかった。
「なぜ、逃げぬ?」
ツルはワシに問いかけた。ワシならば、この状況で勝ち残れるとは思っていないだろう。バードストーンを光の翼に集める使命があるというなら、ここでのたれ死ぬわけにはいかないはず。ツルの問いかけにワシはキッと強い眼差しで答える。
「そうだな、逃げねばな。だが、お前たちの行いをこのまま黙って見過ごすことはできない。己の正義から目を逸らすことはできそうもない」
「バカか!? 俺たちは鳥神と戦うんだよ! その邪魔をするてめーのどこに正義だ?ああん?」
カッコウのとび蹴りで、ワシは胃液を地面に吐いた。
ワシの懐から零れた石に、カッコウが目をやる。
「ん? …これは、バードストーンじゃねぇ?!」
ワシが所持していたのはバードストーンではなく、ただの石ころだった。
「だめぇっ! ワシさんいじめちゃだめなの!」
ふわふわと小さな翼を広げ、小さな両手をめいっぱい広げてワシの前に立つ幼い少女。
「! こら、フクロウ、来るなといっただろう」
フクロウの登場にワシは慌てて顔を起こした。この街に入る少し前、翼の者の動向に気づいたワシは、バードストーンをフクロウに預け、逃げるようにと指示した。一緒に来いだの逃げろだの、いろいろ言われてはフクロウも混乱するのだろうか? いやフクロウは混乱などしていない。どんな状況でもマイペースで心を乱されない不思議な少女。
ここまで聞き分けないとワシも困り果てる。
「フクロウだって翼の戦士だもん。ワシさんフクロウのことのけものにしたらめーなの!」
ぶうと頬膨らませるフクロウ。子供の聞き分けのなさにはどう対応したらいいものか。
フクロウを守らねばとワシはあせる。だが、庇うよりも先に、フクロウはカッコウたちにやられてしまいそうだ。
「な、なんだこのガキ…」
「だめー、いじめちゃだめなのー」
ふわふわとカッコウたちの前に立ちふさがる幼い翼。ぺちんと軽く掌ではたいただけで倒せそうなほどか弱そうなのに、なぜかカッコウの手は伸びない、いやそれどころか…。
「な、なんだ。なんか妙に力はいんねぇぞ…?なんだこのガキ」
邪魔するフクロウをはじこうとするが、急に力が抜けて、軽くパンチすらできそうもなく、ふらふらとカッコウの手は踊っているようにゆらめく。別にふざけてなどいない。本当に力が入らないのだ。それがフクロウの翼の力なのかはわからないが。
カッコウとは別の理由でツルは手が出せなかった。
「拙者、幼子に手は出せぬ。この者バードストーンを持っておらぬようだし、ほおっておこう。それよりも優先すべきことがあろう」
ちらりと視線をワシに向けて、ツルは背を向けた。
「ちっ、まあいいぜ。楽しみはあとにとっておいてもな」
カッコウも背を向け、バードストーンの探索に移った。

「ワシさん、だいじょうぶー?」
膝を屈めて心配そうにワシを見下ろすフクロウに、「ああ、ありがとう」とワシは返事した。
バードストーンもちゃんとフクロウの背中のリュックにある。無事だ。バードストーンだけでなく、フクロウが無事でいることがワシにとって重要だった。
「君を守らねばならない私が、君に守られるとは、情けないな」
「そんなことないよ! ワシさん、フクロウだって戦えるんだよ」
ぷうと頬を膨らませるフクロウに、ワシの口元も緩んだ。
「いつつ」と痛みに顔をしかめながらも、ワシは立ち上がる。
「早くここを離れようか。連中もすぐに諦めるだろう。ここにバードストーンはない。住民もみなここから避難している。連中が去ればみなも戻ってこれるだろう」
ここでのんびりしている暇はない。翼の者より先に動かねば、バードストーンを守れない。


カッコウたちはすぐに探索をあきらめた。これだけ探してもバードストーンは見つからない。ここであるかどうかも知れないものを探すより、より可能性の高い場所を探ったほうがいいだろう。
「ちっ、いくぞここはもうやめだ」
カッコウが手を挙げ、合図した。少年たちはいっせいに翼をはためかせ、集落を発つ。一人指示に従わない翼に「おいこら」とカッコウが怒鳴る。
「聞こえてねぇのか?このツルっぱげ野郎」
「カッコウ殿、拙者もう少し見てから向おう」
「ちっ、置いてくからな、ハゲ」
悪態ついてカッコウはツルをそのままに飛立った。
カッコウが飛立ち、しーんとなるだれもいない集落。ぽつんと一人残されたツルは、なにを思うのか一人散策を始めた。ある小屋に身を潜めると、しばらくして人がやってくる音を聞いた。
「おい、もう逃げたみたいだぞ」
「一足遅かったか」
数人の男たちの声だ。その声にハッとなり、ツルは聞き耳をたてる。しばらくして、集落の住民と思われる人々も戻ってきた。住民達は事前にワシが危機を伝え、一時避難させたのだが、最初に戻ってきた男たちはここの住民ではなかった。
どうやら彼らの口ぶりからすると、翼の者が去って安堵というより、残念そうに聞こえた。
「あやつら…」
声だけでツルはわかった。あの男たちをツルは知っている。あの男たちは、反翼勢力の連中だ。
だが、オオルリを狙っている連中とは違う。あの男たちは、自分を追いかけている連中だ。


ツルには妹がいた。たった一人の家族だった。
西地方では翼の者に対する偏見が強く、翼なき者は翼の者を忌み嫌い、排除しようという傾向があった。
その最もたるのが、反翼勢力の連中だ。反翼勢力は無数ある。それぞれがそれぞれに翼の者に対して強い嫌悪感を持ち、武装して排除しようとする。
ツル兄妹は翼の者だったが、人々の目を恐れ、翼であることを隠しとおし、また住処も人里はなれた奥地にひっそりと構えていた。二人きりの質素な生活だったが、特別不満はなかった。
「ねぇ兄さん、どうして翼の者はそんなに恐れられているのかしら? みんながみんな乱暴働く者じゃないのに。
私や兄さんもそうでしょう。…怖くなんてないのに、どうしてわかりあえないのかな?」
ツルの妹マナヅルはいつもその疑問を抱いていた。
力あるものは力なきものから恐れられるのは、本能からきている。だけど、牙をむかない翼の者をどうして恐れるのか、マナヅルはわからなかった。
こうして兄とふたりきり、世間から離れて生きていくのがそんなにつらいわけではない。だができることならば…
「わかりあいたい…」
マナヅルはやがて人里へと通うようになる。兄以外とかかわりを持ったことのないマナヅルにとって、それ以外の相手と関わることは、大きな勇気がいった。最初はガクガクと体が振るえ、うまく接することができなかった。だけども諦めないで、何度も何度も、里に足を運ぶようになった。人々と関わることはマナヅルにとって大きな出来事であり、経験したことのない刺激だった。
正直ツルは不安であったが、マナヅルの幸せそうな姿に、少しずつ歩みだそうしている妹を眩しく思っていた。
だが、事件は起きてしまう。
マナヅルが疑問に思い、願っていたこと…、翼の者と翼なき者がわかりあえる世界。
マナヅルはそれを強く願うようになってしまった。その結果、自らを破滅へと向わせてしまったのだ。
妹の異変にツルが気づいた時、それは何度も彼女の身に起きてしまったあとだった。
日に日に増えていく痣、傷。
「なんでもないの」
頑なに傷のわけをマナヅルは語ってくれなかった。ツルの中で不安はつのる。それでもマナヅルの痣は日に日に数を増し、酷くなる。
ツルはついにつきとめる。マナヅルの傷は、里に住む翼なき者たちの仕業だと。強く問い詰められて、マナヅルもその事実を認めた。
怒りにかられたツルは里に乗り込もうとしたが、マナヅルが必死に止めた。
マナヅルは、まだ翼なき者とわかりあえる道をあきらめていなかった。
「だめよ兄さん、翼の力を使わないで。翼の力をみんな恐れているの。翼の者は乱暴だって、みんなそう思っている。だけど、そうじゃない。そうじゃないってこと、私がみんなに伝えるから。
みんな怖いから、だから牙をむくの。私は翼だから、少しくらいぶたれたって全然平気。
もう少し、もう少しなの。もう少しでみんなわかってくれる。だから…」
きゅっと見上げる妹の目は、強く瞬いていた。
ツルもまた、彼らとわかりあえるのなら、そうなりたいと思っていた。だからその時は、妹の想いを尊重し、怒りの拳を収めた。
「お願いよ、兄さん。なにがあっても翼の力を使わないで。一度暴力をふるえば、すべてが壊れてしまう。そんなことになるのは絶対にいや」
マナヅルは根気よく里の者達に自分たちのことを知ってもらおうとした。だが、いつも暴力をふるわれ、出て行けと冷たい言葉を浴びせられる。翼の力で打たれづよかったマナヅルを、みな不気味なものを見る目で見ていた。だれも、分かり合おうとしてくれなかった。翼の者であることを隠していたときは、みんな普通に接してくれていたのに…。もう少し耐えれば、きっとわかってくれる。翼の力で暴力をふるってはいけない。マナヅルは最期まで非暴力を貫いた。
ボロボロになって死に絶えた妹を見たツルは、体の奥底から沸いて止まらない憎しみを爆発させた。翼の力で、妹を殺した連中を、感情の暴れるままに殺した。
復讐を果たしたツルはすぐに里を去り、また住み慣れた住処も捨てた。
少し時間がたってから、冷静をかいた自分に気づいた。そして記憶の中に現れるマナヅルの悲しげな顔ばかりが浮かんだ。
『絶対に暴力をふるわないで』
マナヅルの想いを自分は踏みにじったのだ。
だが、彼らを許すことはできなかった。
時が経つにつれ、ツルの中で膨らんでいくもの。
妹を救えなかったことの後悔と、妹の想いを守り通せなかった悔しさ。
翼であることを隠し、いろいろな街を渡り歩いた。
ツルは一つの場所に留まることができなかった。
復讐は復讐を生む。
ツルが殺した連中の家族が、今度は仇とツルを追いかけていた。ツルは追われる身だった。
連中から逃れる中、ツルは偶然追われる立場にあるオオルリの存在を知った。最初自分を追っている連中だと錯覚していたが、連中の探している相手は青い翼の娘らしい。
その青い翼の娘オオルリが歳の近いマナヅルと重なって、ツルはほおっておけなくなった。
罪滅ぼしとは思わないが、自己満足かもしれないが、マナヅルの想いを踏みにじったことを後悔していたツルは、せめてオオルリの願いをとげてやりたいと思った。


「くそっ、絶対見つけて殺してやる。兄の仇を」
男の一人の声にツルはびくんと体を震わせた。
自分が殺した男の弟が、今度は自分を仇と憎んでいる。
同じ想いを知っているというのに…、そう思うとまた別の想いがツルの中で蠢いた。
「どうすれば…」
ツルはそっと集落を抜け出し、仲間たちのもとへと向かった。


翼の者たちが集まる野営地へと戻ったツルを待っていたのは、仁王立ちで怒り顔のオオルリだった。
「勝手な行動をして、下僕としての自覚がなさすぎるわ」
「オオルリ殿…」
「言い訳は聞かないわ。顔出しなさい!」
言われるまま大人しく腰を落とし顔を出すツルの頬をオオルリがぶつ。ぶたれたツルの頬に赤みがさして、オオルリはそれ以上の仕置きはしなかった。
オオルリが怒ったのは、命令にしたがわなかった自分に腹が立ったから、ではない。心配してくれている、優しさから。不器用な形でしか示すことのできないオオルリだから。ツルはそう深く感じていた。
「私はあなたを当てにしているのよ。だからツル、私に絶対逆らわないで。人に期待させといて、それを踏みにじられるの大嫌いなの!」
背中を向けて、青く長い髪が揺れる。まだ怒りに震えるオオルリ。怒りだけではなく、その中にオオルリの弱さもあった。
力になりたい、守りたい。そう思う反面、あの…自分を仇だと強く憎む男の気持ちもまたツルの心を乱す。
「あっ、オオルリィーー」
二人のもとにカッコウがやってきた。オオルリのそばへと近寄るが、オオルリは不機嫌最高潮で、近寄るカッコウをバシッと押しのけて、ずかずかとツルの前から去っていった。
オオルリにハートを飛ばしていたカッコウは、ぎゃんと豹変し、「おい、このツルっぱげ野郎〜」と文句ありげにツルへと向ってくる。
ああ、そうだ。オオルリ殿には自分だけではない。
カッコウに気づいて、ツルはそのことに気づいた。「おいっ」と掴みかかってくるカッコウの手をとり、ツルはカッコウにあることを頼む。
「はっ、おいなんだきもちわりぃ」
「カッコウ殿! 頼みがある」
「はあ?」
「拙者の代わりに、オオルリ殿の願いを叶えてやってくれぬか?」
「はあ?!」
なんだそりゃ!と掴まれた腕をぶんと横に振って、ツルの縛から逃れる。
「オオルリ殿の、生き別れた兄上を、探してやって欲しい」
「は? オオルリの兄ぃ? なんだそりゃ、そんな話聞いたことねーぞ」
顔をしかめるカッコウ。オオルリに生き別れた兄がいるなどカッコウは知らない。初耳だ。しかも、なぜそれを出会ったばかりのこの男が知る?
「オオルリ殿の力となれるのは、拙者だけではない。だが、拙者でなければ終らせられぬことがある。
憎しみの連鎖はここで断ち切らねば」
ツルは決意した。
カッコウに別れを告げて、ツルは野営地から静かに発った。
ツルの言動と行動の意味がわからず、カッコウはオオルリのもとへと向おうとするが、ツルの言ったことが気になっていた。
「なんだ、あいつ…。まあこれで、俺とオオルリの邪魔をする奴はいなくなったってわけだな」
「カッコウさんご機嫌すね」
「あっちは大荒れで大変だっていうのに…」
はぁーと溜息が流れてくるのはキツツキとミソサザイの二人から。大荒れとは、つまりオオルリのことだろう。
感情の起伏の激しいあのオオルリとまともに付き合ってこれたのは、オオルリにお熱のカッコウと、なんだかんだと相手していたベニヒワとペンギンくらいで、他の者は個人的にオオルリと関わりあいたくないと思っていた。あれの相手をするのは大変なのだ。
その貴重な存在の一人ともいえたツルが抜けたことを知ったキツツキたちは、またさらに溜息を吐いた。
「だれがオオルリさん静められるんすかね…」
とばっちりを喰らうのは勘弁して欲しい。
「は? オオルリを受け止められるのは、この俺の愛だけだろ!」
それが本当なら、とっくの昔にオオルリはまともになっていなければならないのでは。
お約束のように、キツツキとミソサザイが「は〜」とため息。
ライバルがいなくなってせいせいだ。だが、どこかしっくりこない。このひっかかりはなんだろう。
一時的ではあったが、下僕の座を張り合った唯一の相手だ。オオルリにあそこまで友好的に接した奴がいただろうか。腹のうちではなにを考えていたかしれないが、あいつは同士だったのではないか。
「見損なったぜ、あの無責任ツルッぱげ野郎がっっ」
独り言で毒づいた。


「話で聞いたとおりならこっちの方角だ。翼のガキどもがたむろっている場所は」
「たしか青い翼の女は、連中のリーダーらしいからな。間違いない、きっとそこにいるぞ」
ざかざかと土を踏みしめながら、武装した男たちが歩みを進める。男たちは、オオルリを仇だと憎む、あの反翼勢力の者達。
「あんたらの仇の翼の男もきっとそこだ。あの女の味方をしていたからな。一緒にいるに違いない」
振り向く男たちの後ろには、彼らとは別グループの反翼勢力の連中がいた。彼らはツルを家族の仇と憎むあの男たちのグループだった。彼らは徒党を組んで、憎き仇の翼の者たちを今度こそ屠ろうとして進んでいた。
ギラギラと消えることのない憎しみの炎をその目に宿して、同じ目的を果たす為、男たちは行く。
ざっ。
土を抉るように強く踏みしめた足の音。
男たちの行く手を遮るその音に、男たちはハッとなり、その音の発生源がわかると、みないっせいに声を上げた。
「お前は! 兄を殺したあの翼!!」
ツルに兄を殺されたという男が一番に怒りの声を上げた。
「あっ、貴様!あの女の味方のっっ」
オオルリを憎む男たちが反応する。
「そなたたちの憎しみ、拙者がこの体で受けよう。拙者の体と、命を持っていけ」
翼を広げて、ツルは両手を広げ、その場に立ったまま、そう発した。
「うるせーー、最初から殺すつもりだ!!」
真っ先に走り出したのはツルを兄の仇と呼ぶ男。鉄器を振り上げ、奇声を発しながら、ツルを殴りつける。
頑丈なツルはその一撃にびくともしない。逆に殴りつけた男の腕が痛んだ。
「ぐっっ」
呻いて腕を下ろす男。ツルはじっと男を見て「そんなものではなかろう。兄を失ったそなたの悲しみは」
ツルの言葉に、怒りの炎がさらに激しく燃え盛る男は、「うわぁぁーー」千切れそうな怒声をあげて、再びツルを殴る。男に続いて他の反翼勢力の男たちがツルに襲い掛かる。
「翼をもっていけ! そなたたちが憎む、この翼をもぎとっていけ!」
ツルの白い翼が赤く染まり、そのうち、羽が完全に飛び散り、肉は削げ、形は元とはかけ離れた形になる。
痛みに顔をしかめ始めるツル。だが、まだ耐えられる。
ツルは妹を思い出す。
翼なき者とわかりあうため、妹は非暴力を貫いて、死んでいった。
ツルは、こうすることで、彼らが翼の者である自分たちをわかってくれるとは思ってない。
ツルは、ツルがわかるのは、大切な者を失った悲しみ、それを奪った者への強い憎しみ。
自分を殺すことで、彼らの憎しみがはれるだろうか。
そうとはいえない。それもわかっている。だが……。
彼らの憎しみを受けることができるのは自分しかいない。妹とは違う思いをもって、ツルは彼らに殺されることを望んだ。
一方的に殴っていた男たちは、みなぜいぜいと息を荒げ、肩や腕を痛め、まともに武器を振るえなくなっていた。
限界に達するまで、ツルを殴り続けた。数人で、抵抗をしない男を。だがツルは翼の者、翼なき者とは体の強さも段違いだ。それでも、全身紫や赤に染まり、晴れ上がった体は、別人のように変わり果てていた。翼も完全にもげ、それは地面に落ちていた。赤い水溜りが足元に広がり、殴っていた男たちも返り血で赤く染まっていた。
「これで…これで…終わりだーーー!!」
頭部を襲った強い衝撃、やっと倒れられる。ツルの目はぐるんと天を向いて、大きな体は音を立てて地面に落ちた。

手を伸ばす、空へと。
やっと妹に会える。謝れる。
腫れあがった口元で、ツルは笑みを浮かべた。
逃げ続けた日々から解放される。一方的だが、償いだ。
自分は一人きり、自分が殺されても、憎しみが繋がることはない。ツルはそう思った。

「ツル!?」

途切れそうな意識を呼び止めるその声にツルは目を開く。
「おい、あれは、青い翼の女!」
「ははっ、のこのこあらわれるとは」
嬉しそうに笑う男たちだが、息は上がっている。それでも、闘志で体を起こす。
男たちには目もくれず、オオルリはツルのもとへと走りよる。
眉は釣りあがり、怒り顔だ。ああまた怒らせてしまった。そう思いながら、ツルは微笑んでいた。
「勝手な行動は許さないといったばかりなのに! どういうことよ!?
どうして、カッコウにだけ伝えるの? あんたは誰の下僕?」
「オオルリ殿…」
「わかっているならどうして」
掴みかかってきそうな表情のオオルリを見上げながら、ツルは穏やかな笑みをたたえる。
「すまないオオルリ殿、約束は果たせそうにない。だが、オオルリ殿の味方は他にもいる。
オオルリ殿…、あなたに会えて、よかった…」
伸ばした手は、触れることなく地面に落ちた。
殺されて死ぬというのに、ツルの顔は笑みを浮かべたままそのまま、固まっていく。
呼吸が完全に止まり、ツルの死を間違いないと感じた男たちは喜んだ。
「言ったじゃない。私の下僕として、勝手は許さないって。
…私の許可なく死ぬことは許さない!」
オオルリの怒りの声も、もうツルには聞こえていない。
震える口元に、伝い落ちる雫。
怒り?恐怖?憎しみ?
いやきっとすべてが混ざった感情。
物言わぬ体と成り果てたツルのそばで、オオルリはゆらりと立ち上がる。
ぎらりと激しい憎悪の瞳で、男たちを睨み、青い翼を広げる。
オオルリに一瞬恐怖でたちすくむ男たちだが、すぐに「次ぎはお前の番だ! 死ねーー」と武器を振るい上げて向ってきた。
地面を鮮血が染め上げる。

「オオルリー」
オオルリのもとへとカッコウがたどり着いたその時は、そこに立っているのは唯一人オオルリだけだった。
地面に横たわる多数の男たち。みな血まみれで、無惨に死に絶えていた。
「オッ…」
カッコウはオオルリに近寄れなかった。いつもの彼女とは違う、だれであろうと近寄らせない恐ろしいオーラを纏っているようで。
オオルリがカッコウへと振り向く。修羅のような顔のオオルリにカッコウはびくりとなる。
「決めたわ、私もう迷いはない。…バードストーンを使うわ」



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