スズメは心の世界で、また自分の前に現れたカナリアに驚いていた。
カナリアの言葉に…
『カナリア? どうしたの急に』
『お別れを…言いに来たの』
『え?…お別れ?』
寂しそうな、どこか諦めたような、悲しげな眼差しで、カナリアはこくりと頷いた。



「どういうことか、そろそろ話してくれないか?カラス」
フォンコンの宿の一室へと集まったハヤブサたち。ベッドには眠ったままのスズメがいた。
ハヤブサは今でも幻だったのではないかと、信じられない気持ちでいた。
カラスが光の翼だったとは…。
ハヤブサだけでなく、ワシも信じがたい気持ちを抑えられずにいた。
唯一人、冷静なのが、当の本人カラスだけ。
「信じられないよ。君まで光の翼なんて…」
「ああ、ライチョウ様の話と違う」
ハヤブサたちのほうへとカラスがくるりと振り向き、答える。
「悪いけど、今はまだ話すときじゃない。まだ現実を受け入れられていないみたいだから」
「カラス、君は…。変わった感じがする。カラスじゃない、前のカラスと違う気がする」
ハヤブサの中で違和感があった。ハヤブサが知る今までのカラスとは違って、今のカラスはなにか悟っているような、歳相応の優しい少年カラスでなくなったような…。
「君は…」
「誰なの?」
訊ねた声はハヤブサでなく、ベッドから起き上がったスズメから発せられたもの。
「スズメ!起きたのか」
「あなたはだれ?」
スズメの顔は不安な表情で、カラスを見つめる。
「だれ? ほんとうはわかりかけているんじゃないのか?」
ゆっくりとカラスはスズメのほうへと歩いてくる。漆黒の瞳は一時もそらされる事なく、近づいてくるたびにスズメの中で得体の知れない恐怖が生まれる。
「違う! 返して、カラスを返してよ!」
「いい加減真実を受け止めるんだ。スズメ、いや…カナリア」
スズメの中のなにかがびくんと激しく震え、スズメはブンブンと首を振り、目の前のカラスを拒絶し続ける。
「いやっ、こないで! いやーー!」
ただならぬスズメの様子にタカが思わず駆け寄る。
「おいスズメ!?」
「どうしたんだ、一体…」
ハヤブサも困惑する。今のスズメとカラスのやりとりは、普段の二人とは別人のように違和感を感じた。
「わかっていたはずだ。あの時から、いつかはくることだと」
カラスの言うあの時がどの時かハヤブサたちにはわかりかねた。
「わからないよ、あたしはっ」
がばっとふとんをまくり飛ばしてスズメはベッドを飛び降り、部屋を飛び出していった。
「あっスズメ!?」
「おいスズメ!」
スズメのあとを追いかけタカも部屋を出て行った。心配げな顔で立ちすくむハヤブサへとカラスが話しかける。
「ハヤブサ、そんな顔しないでくれよ。俺はちゃんとカラスだよ。カラスじゃなくなったわけじゃない」
そう言ってはにかむカラスは、ハヤブサの知るいつものカラスに見えて、ハヤブサも少し落ち着いた表情になる。
「カラス、君も光の翼の救世主ってことになるのか?」
「いや、俺はライチョウ様の言う光の翼の救世主じゃないよ。スズメとはちがうんだ。
俺のことはもう少し待ってくれるかな? 先に、スズメを説得しなきゃ」


スズメを追いかけたタカは宿の外へと出た。外はまだ暗く、少し肌寒かった。
「スズメ!」
通りの隅に、うずくまり、小さくなっているスズメを見つけ、駆け寄った。
震える小さな背中、タカの知る強気な少女とは思えないほど弱々しい姿に戸惑う。
まるで、遠い日の自分と重なるようで、いやだ。
「おい!スズメ」
肩を掴んで、ムリヤリに振り向かせる。
「タカ?」
涙にぶれる目がタカを見上げる。痛々しいスズメの姿をタカは直視するのに勇気がいった。
「お前なにやってんだよ!? 光の翼なんだろうが!」
「うん、わかってるよ、そんなこと」
言い聞かせるように、だけどスズメの声は弱弱しい。
「あたしは光の翼の救世主、そうならなきゃって思う、けど、そうなることで、大切なものを失う気がして…」
「なんだよ? 大切なものって?」
ふるふると首を振るスズメ。自分でいいながら、それをよくわからずに、余計不安になっている。
「わかんない。わかんないけど、すごくイヤな感じがする」
「オレはガキの時に父親から光の翼の話を聞いた。お伽話みたいな話だと思っていたが、子供ん時は本気で信じていた。夢の中で、光の翼が現れて、何度もオレを救ってくれた。
それが正夢になるなんて、こうして一緒にいるなんて……。
正直オレは悔しい。いつもお前に助けられてばかりで、イヤになる」
タカは悔しげにギチィッと歯を鳴らす。以前は光の翼に救われることを望んでいた。だが今は違う。
コンドルとの戦いのときもたしかにあった想い。
「オレはお前を守りたい」
ばっとタカが手を伸ばす。
「タカ…」
タカの言葉にスズメも大切な何かを探ろうとする。それはまだあいまいで、ちゃんと見えてこないものだけど。
「守りたい…、守りたい…、あたしも、大切ななにかを…」
スズメがそう強く想った時、カナリアがふるっと震えた気がした。頑ななカナリアの心の奥の扉の鍵が少しだけ外れるような音が聞こえた気がした。
涙を拭って、スズメはタカの手を取り立ち上がる。
「守りたいあたしも…、タカを、みんなを、それからきっとその先に見つかるはずの大切なものを」
元気を取り戻したスズメに、タカはほっとする。
「でも…タカに慰められるなんてね」
といつもの生意気な口調に戻ったスズメに早速おちょくられて、タカはかぁっと顔を赤くして
「どういうことだよ!? ガラじゃねぇって言いたいのか!」
子供みたいにむきになるタカに、スズメも心をほぐされ笑いが零れる。
「だれもそんなこと言ってないでしょ。…ありがとうタカ」
「あ…ああ…」
照れくさそうにそっぽを向くタカ。落ち着いたスズメは顔を上げ、宿のほうへと歩き出す。
「そろそろみんなのとこに戻ろう。ちゃんと…カラスから聞かなくちゃ…。怖いなんて思ってちゃ、先に進めなくなるだけだもの」


「スズメ!」
部屋に戻るとすぐにハヤブサがスズメへと駆け寄った。ハヤブサにいつもの元気な笑顔でスズメが答える。
「ハヤブサさん、ごめんね。ちょっと取り乱したけど、あたしはだいじょうぶだよ。カラス!」
スズメはカラスのほうへと歩いていく。まっすぐにカラスを見ながら、まだ完全に不安の色は晴れていないけど、力を取り戻したスズメの瞳をカラスも確認する。
「準備ができたみたいだな。…じゃあみんな悪いけど、スズメと二人きりにしてくれるかな?」
「え、でも…」
まだ心配そうな顔を向けてくるハヤブサへとスズメが。
「ハヤブサさん、あたしなら覚悟できてるよ」
「みんなにはあとで話すよ、じゃあスズメ」
「うん」
こくりと頷くスズメ。その合図でみな部屋から出て行った。


「カラス、あなた一体何者なの?」
スズメは幼馴染の少年にそう問いかける。
「スズメ、まだ気づいてないんだ…、カナリアは、先に気づいていたみたいだけど…」
「もうカラスじゃないの? あたしと一緒にいたカラスは偽者だったの?」
スズメの眼差しは悲しげに震える。
「いいや」
と首を振り、スズメを見つめるカラスの目は、スズメのよく知るいつもの優しい少年のもの。それにはっとしながらも、混乱する。
「俺はカラスだよ。…どこから話せばいいかな…?」
「カラスは、どこから来たの? みなしごだったでしょう」
「スズメと同じところだよ」
「え?」
カラスのいう意味がわからずスズメは目を丸くし、首をかしげる。
「俺が日鳥国のクジャク様に拾われたのも偶然じゃなくて、俺がクジャク様を選んだんだ」
「どういうこと?全然わかんないよ。選んだってどういうこと?カラス赤ん坊だったんでしょ?」
ますます混乱するスズメ。カラスがでたらめを言うような奴じゃないとはわかるけど、でもあまりに突拍子もない話だ。
「スズメの光の翼の力を封じたのはライチョウ様だろ? 俺は自分で光の翼を漆黒の翼で封じて、さらに翼の力を封じたときに同時に自分の記憶も封じたんだ」
「えっええっ、翼と記憶を封じたって? じゃあカラスは赤ん坊の時から光の翼だったってこと?」
「俺だけじゃなくてスズメもだよ。俺たちはみんなとは別の存在なんだ。スズメ、俺たちは…」
「やめて!」
突然叫んで耳を塞いだスズメ。
「お兄ちゃんの話を聞いたら、きっとスズメはそうすることを選んでしまう。そしたら、…あの人の想いを壊すことになる!」
「スズメ?…いやカナリア」
今目の前にいるスズメはスズメではなくカナリアだとカラスはすぐに悟った。あの悲しげな眼差しはカナリアのものだ。カナリアがこうして表に出ることなどないのに、今どうしてかカナリアが強引にスズメを閉じ込めて現れた。
「どうしてもっと早く気づかなかったんだろう。もっと早く気づいていれば、逃げることが出来たのに…。
スズメを守ることが出来たのに…」
「むりだよ、逃げられっこないんだよ。俺は記憶を失くしていてもスズメを見つけられたんだから…」
涙に濡れた目をカラスへと向ける。悲しみと憎しみと切なさの篭った眼差しで。
「どうして、どうしてスズメは光の翼なの? どうしてお兄ちゃんなの?」
「カナリアちゃん…」
「お兄ちゃんのせいでスズメも完全に目覚めてしまう。そうなったら、もう戻れない。私が消えて、いつかスズメも消えてしまう。この世界の光になって……。そうなったら、あの人の想いを守れない…。
だけど、ライチョウ様の気持ちもわかるから、両方守るために、この記憶は絶対にスズメには見せられないの」
大人しいカナリアの中に秘めた強い想い。スズメの知らないところでカナリアは一人でそれを守り通してきた。不安にいつも震えながら。
「カナリアちゃんのいうあの人が誰なのかわからないけど、カナリアちゃんはその人のこと大好きなんだね」
優しく微笑むカラス、カナリア(スズメ)の目からぼろぼろと大粒の涙が零れ落ちる。
カラスの存在を認めたくない気持ち、だけどカラスが誰よりも近い存在なのもわかる。だから、彼にあった瞬間すがりたいと思った。
ぼろぼろと涙を零しながら、こくんとカナリアは頷いた。その頭をカラスが優しく撫でる。
「カナリアちゃんの心の扉をムリヤリこじ開けたりはしないよ。でもスズメにはすべてを打ち明けてもいいんじゃないかな?きっとスズメならカナリアちゃんの想いを受け止めてくれるはずだよ。
だってカナリアちゃんにとって大事なものはスズメにとっても大事なものなんだから」
ゆっくり瞬きしたその目からは涙がまだ零れていたが、もう一度こくりと頷いた。
「いつか伝えてあげてよ。スズメもカナリアちゃんの想い大切にするよ。ねっ」
「私はもうすぐ消えてしまう…、消えるのは怖い。でも私はムリヤリ作られた存在だから、…それが自然なことなの。…だけど、どうしても消したくないものがあるの。
すべてをスズメが知ったら、スズメは進めなくなるかもしれない。ライチョウ様の気持ちを阻むかもしれない。
それでも私…、やっぱりスズメには知ってもらいたい、だから…だから少しずつスズメに伝えていくから…」
さようなら、と泣きながらカナリアは目を閉じた。これがカナリアとの別れ。もうカラスたちはカナリアに会うことはないかもしれない。

「…あ? カラス、あたし…?」
「スズメ気がついた?」
カナリアが出ていた間スズメの記憶はなかったのだろうか? 不思議そうにぼうと天井を見上げている。
「いつの間にか眠ってたんだ。変なの…。そういえば、子供の頃よくかくれんぼしたじゃない。カラスが鬼のとき、あたしすぐに見つかって、そのたびにどこにどう隠れようかって頭ひねらせていたんだよね。
なんか今思えば、カラスがすぐにあたしを見つけるの、なんでかわかる気がする」
スズメはカラスを見て、ほっとしたような顔になる。
「あたしとカラスってすごく近い存在なんだよね」


再び部屋にみんな集まり、カラスの話、それからこれから先のことについて話し合った。
「俺の進む道はもう決まっている。俺はスズメの意志を尊重するよ。この世界を救いたいと願うなら、俺もそれに協力する」
「カラス、それが君の…光の翼としての使命なのか?」
訊ねるハヤブサに、「うーんそうだな…」と顎に手をやりながらカラスが答える。
「俺は、ある存在の想いを強く知っている。その想いを最優先するのが俺の使命だけど…、世界を救い浄化するってのが光の翼の役目だと思う。
俺とスズメはやはり別物の光の翼だと思う。俺は自分で力を封じたけど、スズメは間にライチョウ様が入っている。だから純粋な光の翼とは違う気がするな…」
「え、どういうこと?」
「つまりスズメの力はスズメだけの力じゃないんだってこと。みんなの想いがスズメに力を与えるんだ」
「ライチョウ様は、幼い時から光の翼の救世主を予知していたと言うが…」
ワシがハヤブサと見合い、不思議そうに首を傾ける。カラスの言うとおりなら、光の翼の救世主を生み出したのは…
「ライチョウ様があたしを、光の翼の救世主の生みの親と言っていいの?」
「うん、だから光の翼の救世主はスズメ一人だけ。それは間違いじゃないよ。ライチョウ様の強い想いがスズメを呼んで、巡り合えたんだろう。ライチョウ様によってカナリアちゃんと分けられたせいで、スズメは翼の力と光の翼としての記憶を失くしたんだろう」
「光の翼の記憶……」
カラスの言う光の翼の記憶、それはいったいどんな記憶なのか。今のスズメにはわからない。
それを知ったときに気づくのだろうか? 自分が生まれてきた意味を。
「俺たち光の翼はこの世界の浄化、壊れ行くこの世界を本来の美しい世界に戻す為に生まれた。
ただ、予想以上に世界は壊れてしまった。本来の光の翼の力だけでは、抑えられなくなった。それだけ母である鳥神は汚されてしまった。母を倒し、浄化する。バードストーンを回収して、それから、ライチョウ様に託されたこの壷…、これにできるだけ多くの人の想いをこめてもらおう。人の温かい想いがスズメにさらなる力を与えられるだろう」
「愛の力…」
ワシのつぶやきにカラスがこくりと頷く。
「みんな忘れてしまったけど、この世界は母の愛によって生まれ成り立っている世界。だからこそ、母なる鳥神を浄化し、この世界を再生させられるのも愛の力なんだ。
翼の力だけでは、鳥神は倒せない。争いによってさらに世界は悪化していく。バードストーンの悪用は翼の者を破滅へと導いていく。翼の者たちを止め、愛の力を集めて、鳥神のもとへ向う」
「サイチョウをとめて、鳥神と戦う! カラス、あたしはまだ光の翼の記憶なんてないけれど、自分の進むべき道はわかっているよ。
あたしはライチョウ様の強い想いのもと生まれた。ライチョウ様のこの世界を救いたいと思う強い願い、それこそがあたしの使命なんだ」


翌日、フォンコンを発つことになったスズメたちをミサゴが見送った。
「え?ミサゴ、君は来ないのか?」
驚くハヤブサたちだったが、ワシとミサゴはすでに話をしていたのか、
「はい、私はフォンコンを守るために留まろうと思います。ワシ様にはワガママを承知で聞いてもらいました」
「君が抜けるのは辛いが、この街の人を守れる翼がいてくれれば、安心だな」
「また会える。事を終えたら、迎えに来よう」
「はい! ワシ様。離れても心は一つです」
「ミサゴさん、この街のことお願いね。ライチョウ様の思い出が眠るこの街は、あたしにとっても大切な場所だよ」
ミサゴを残してスズメたちはフォンコンを発つことになる。他の仲間たちはどこに飛ばされ、今どこでなにをしているのだろう? もしフォンコンを目指しているのなら、ミサゴがメッセンジャーになってくれるだろう。
世界中を巡り、人々の想いをツボに集める。バードストーンを取り戻し、目指すのはチョモランマのサイチョウ。
最終目的は、鳥神を倒し、光の翼で世界を浄化すること。

カナリアはどうなったのだろうか?
今スズメにはカナリアの声は聞こえてこない。彼女は完全に消えてしまったのだろうか?
それとも、スズメの奥深くで、心の全てを打ち明けるその瞬間を待っているのだろうか?
スズメがカナリアの本心を知るのは、もう少し先の話になるだろう。
壷を手に、スズメはフォンコンの街をあとにした。


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