活気溢れる街フォンコン。西部地方の北西に位置するこの街は西地方最大の国家ナイルルより北に位置し、自治を保っていた。かつてこの街にはたくさんのバードストーンが祀られていた。だがそのほとんどをサイチョウの手の者に奪われてしまったという。この街が今でもサイチョウの支配を受けることなく、自治を許されているのも、バードストーンを譲り渡したからとも言われている。
街の通りには多くの人が行き交い、街には世界の滅びなど予感させないほど元気があった。
この街には不思議な力がある。
そんなことを思いながら、ワシはオープンカフェの一席で飲み物を口に運びながらこの街の様子を眺めた。
建物の間からはるか先に大きな山が見える。
その山は霊山キロ山。言い伝えでは巨大なバードストーンの結晶があると言われている。が誰もそれを確かめたことはない。その山は年中ブリザードが吹き荒れ、来る者を拒み続ける。翼の者でさえ、いやあの聖人ライチョウでさえキロ山には立ち入れなかったと言われる。
ゆえにここフォンコンの民は、その山を死の山と呼び、恐れ近づく者はいない。
「バードストーンか…」
ワシはケツァールから譲り受けたバードストーンを確認する。十個にも満たないそれは心許無い。
ケツァールの城から姿を消した仲間たちの行方も気がかりだったが、目的地でもあったここフォンコンを目指すことは間違いないだろう。こうなった場合連絡が取り合えないのが問題だな。
「ワシ様!」
聞き覚えのある声にワシは振り返る。ワシと目が合うと「あっ」と嬉しそうな表情を浮かべて彼のもとまでかけてくるのはケツァールの城で別れたっきりのミサゴだ。
「ミサゴ!」
「よかったご無事で。でもこんなに早くお会いできるとは思いませんでした」
「ミサゴ、君も無事でよかった。いつからここに?」
「はい、五日ほど前です。あの六人に飛ばされて…、私は一人だけ別の場所に飛ばされました。この街の近くにあった私の生まれ故郷…」
「そうか…、ミサゴはフォンコンの近くの生まれだったんだな」
「はい」と小さく頷いて、ミサゴは少し俯く。
「十一年前です。ひとりぼっちになった私はこの街で一人彷徨っていました。どこにも行くあてがなくて、途方にくれていた私を救ってくれたのがサイチョウ様でした」
サイチョウはミサゴにとってかけがえのない恩人であり、また家族とも言える大切な存在でもあった。
家族だと言ってくれたのはサイチョウ。出会ったばかりのころのサイチョウは、とても優しく、すべてを包み込んでくれる父の様な存在だった。
ワシを慕い、彼についていくことに迷いなどなかったはずだ。だが、サイチョウを裏切るという行動に、心が痛んだ。ミサゴにとってはここフォンコンはサイチョウと出会い、新たな人生への道となった思い出深い場所だ。ここに来てミサゴの中でその想いが膨らんでいく。
「なのに、家族のように思っていたサイチョウ様を裏切る道を選んでしまって、私は…」
涙ぐむミサゴの肩を、ワシが優しく叩く。はっとして顔をあげるミサゴの前には、優しく微笑むワシの顔。
「私はミサゴのことを家族だと思っているが、君は違うのかい?」
驚いた顔で見上げたまま、またはっとしてミサゴは涙をぬぐい「いえ、嬉しいです」
ワシだってサイチョウへの想いはきっと同じだろう。そして自分が想うように、ワシも自分を家族のように大事だと想ってくれている。ミサゴの沈んだ心はゆっくりと浮き上がる。そして新たに、己の進む道を強く感じるのだった。


この街に来ていたのはワシたちだけではなかった。
細い路地の隅で、膝を抱えうずくまっている少女が一人。青く長いストレートヘアが印象的な青色の衣を纏った娘。顔を膝に埋めながら、じっとそこにいる。
少女はだれかを待っていた。それはずっと待ち続けている相手。かすかな期待を胸に、その相手が肩を叩いて現れることを夢見ながら。
「(わたしずっと待ってる。きっと迎えに来てくれるって。遅くなってごめんって、笑いながら肩を叩いて…)」
そう心で願っている彼女の肩をぽんとだれかが叩いた。
「まさか!」
心臓はねながらどきどきと顔を上げる。が……
「オオルリ、なにやってんだ?こんなところで」
「カッコウ!」
待ち望んだ相手ではなく、オオルリの肩を叩いたのは仲間の一人カッコウだった。カッコウの顔を見るなりクワッと怒りの形相になり「あんたなんか呼んでないわよ!どっかいけ!」と乱暴に蹴り飛ばす。
「ああーん、しょんなぁーオオルリィーv」
ゲシゲシと蹴られているにも関わらずカッコウはなぜか笑顔で嬉しそうだ。
「でもよぉ、オオルリ。俺たちバードストーン探しに来たんだろ」
「あんたらで探せばいいじゃない」
無責任なその一言を放って、オオルリは背を向けすたすたと歩いていく。慌てて後を追うカッコウにくわっとした鬼の顔で追跡を拒む。
「オオルリ、どこいくのさ?」
「うるさいわね! あたしにはあたしの用があるのよ!ついてきたらぶっ殺すからね!」
そこまで怒ることもないのにと思いながら、カッコウはオオルリの異変が気になっていた。オオルリの様子がどうもいつもよりおかしいことに。
「オオルリなんだか変だな。この街に来てから…」


オオルリの異変はカッコウが感じたとおりこの街に関係していた。オオルリはこの街にいたことがあった。親を失い、オオルリは兄と旅をしていた。優しくオオルリを守ってくれた兄。その兄が行方をくらましたのがこの街なのだ。
「オオルリ、すぐに戻ってくるからここで大人しく待ってるんだぞ」
通りの隅に腰を下ろして、オオルリは兄に言われたとおりそこで大人しく待っていた。
「うん。だからお兄ちゃん。早く迎えに来てね」
膝を抱え見上げる幼いオオルリに、兄は優しく微笑んで通りの先へと走っていった。それが最後の姿。

「(お兄ちゃん…、一体どこへいっちゃったの? あたしは今でも待ってるんだよ)」
オオルリは兄を待ち続けたが、兄は戻ってこなかった。探しに行こうと何度も思ったが、ここで待ってろの兄との約束を破れず、ただ信じて兄を待つしか出来なかった。
限界を迎えそうになったオオルリの前に現れたのは、彼女が待つ兄ではなく、サイチョウだった。
サイチョウのもとにはたくさんの子供たちがいると聞き、兄もそこにいるかもと期待はあったが、そこに兄を見つけることは叶わなかった。


「フォンコン。目的の地に思っていたより早くついたな。飛ばされた先が西地方だったのが幸いだったようだ。
…他の者達は、まだだろうか」
スズメたち四人もフォンコンへと到達していた。スズメも、カラスとハヤブサも飛ばされた先がチョモランマよりも西になる地域だったおかげもあるだろう。ウ姉妹たちの技に結果的に助けられたのかもしれない。
たどり着けたのは偶然ばかりではない。ここまでの道案内はカラスがしたのだ。なぜかカラスはフォンコンへの道を知っていた。ハヤブサもスズメもカラスの様子に不思議な感覚を覚えながら、彼の道案内に頼ることになった。
「にしても驚いたよ。カラスがここへの道を知っているなんて」
「うん、なんかね、感じるんだ。ここにこなきゃいけないって」
「それってどういうことだよ?」
ハヤブサとカラスのやりとりをスズメは黙って聞いていた。スズメはカラスと再会してから、なぜか微妙な距離をとっていた。それがどうしてなのかはわからないが。
そのスズメの後ろにいたタカが仲間とはぐれるような方向へと一人動き出したのをスズメは察知した。
「あっ、タカ!どこいくの?」
「うるせー!オレは一人が好きなんだよ! ついてくんな!」
タカの自分勝手な行動に呆れながらも、スズメもタカに習うことにした。
「あたしも少し見てくるね。ツバメたちもしかしたら来てるかもしれないし」
「あっスズメ! 困ったな。人も多いし、迷子にならないといいんだが。たしか長老に会いに行くんだったな。とりあえず街から出ないようにしよう。それから宿を見つけてくるとしよう。そこを集合場所にすればいいし」
ハヤブサはカラスと一緒に宿を探しに街を歩くことにした。

「はぁ…」
とぼとぼと一人歩いていたスズメは手すりにもたれながら小休憩をとり、疲れたような溜息を吐いた。
スズメの表情は、いつもと違い明るさがなかった。その顔はなにかに悩んでいるようにも見える。
スズメの悩みといえば、カラスのことだった。
「なんだかあたし、変なの。カラスに会えて嬉しいはずなのに……」
カラスと再会できて嬉しいのは当然だ。それなのに、なんだろうか、スズメの中でもやもやしている得体の知れない気持ちは…。
カラスと再会して以来、スズメはなぜかカラスの顔を直視できない自分に戸惑っていた。彼はスズメのよく知る幼馴染の少年のはず、なのに、再会したあとのカラスにはスズメの知らない影が見え隠れしていた。
スズメの目には、カラスの目は何もかも見透かしているようなそんな目に思えていた。
「やっぱりあたし、変だ。カラスに会ってから、怖いなんて感じている。どうして?」
カラスと離れている間は、心に開いた空洞が気になって仕方なかった。スズメはカラスに会えれば、不安は解消するかもと、そう思っていた。なのになぜだろう、カラスと会った事で別の不安が生まれている。

一人行動をしていたタカは人目を避けるように人気のない場所へと足を動かしていた。通りの外れに低くなった場所に小さな広場があった。階段を降りてタカはその広場の隅へと移動した。上には橋がかかっており、影の下のそこは静かにあった。
「くそっ、なんでオレが、あいつらと…ハヤブサと一緒にいなきゃいけないんだよ!」
貯めていた感情をぶつけるように、タカは石の壁を殴りつけた。何度か壁を叩いて、「くそっ」と呻きながら額をこすりつけた。
ハヤブサと一緒にいることはタカにとっていまだ苦痛だった。スズメの光の翼はタカの中の殺意を消し去ったが、ハヤブサへの憎い感情まで浄化することはできてなかった。手をぎゅっときつく握り締める。タカを切なくさせるのは、側にいて欲しいあの人が側にいないこともあった。
「ワシ兄…」
兄がこの街にいることをまだ知らないタカは、切なくその名をつぶやいた。
「よーう、タカじゃねーか」
橋の上から聞こえてきた声に、タカはそのほうを見上げる。自分を呼んだのは兄ではなく、タカの感情を高ぶらせる別の相手。
「きっぐうじゃねーか。こんなところで一人お散歩か?」
手すりに腕をついて身を乗り出してタカをおちょくるのは、タカにとっても因縁深い…
「カッコウ! お前なぜここに?!」
「フン、デートだよデートv にしてもお前一人で寂しそうじゃんかよぉ」
暇つぶしのおもちゃにちょうどいい。カッコウは挑発的な笑みを放ちながらタカを挑発する。
「オレが一緒に遊んでやろうか? 久々にな。弱虫泣き虫いじめられっ子のタカ君よー!」
「…きっ、きっさまー」
カッコウの挑発に乗り、怒れるままに翼を広げるタカ、タカに負けぬ態度でカッコウもまた…。
「こい! そのむかつく顔めっちゃめっちゃにしてやるぜ!!」
どーん!
タカとカッコウがぶつかり合うその時、激しく響いた異音にワシとミサゴ、ハヤブサとカラスたちも異変を察知した。
そのころ、カッコウと離れて行動していたオオルリも動きを見せていた。
数人の翼の少女たちを連れて、オオルリがやってきたのはここフォンコンの長老が住む館であった。
オオルリと対面する老女こそがここフォンコンの長老。彼女を両脇で支える男たちは警戒の眼差しでオオルリたちを見る。
長い髪をさらりと揺らしながら、オオルリはふふっと笑みを浮かべ話しかける。
「はぁーい。やっと見つけたわよ。あなたがこの街のことなーんでも知っているっていう長老さんね。
聞きたいことがあるんだけど」
「翼の者か?バードストーンを探し回っているという」
「そーなんだけど。私が聞きたいことは別にあるの。教えてくれなきゃ暴れちゃうわよv」
「暴力に訴えるしか脳のない翼の者が」
敵意を露わにする長老を支える青年、だがオオルリが相手にしているのは長老だけだ。
「なんのことだ?話してみなされ」
「おばあさま!」
焦る青年と違い、長老は表情を変えることなく落ち着いていた。どうやらオオルリの話を聞こうというらしい。
「今から十一年前のことなんだけど、この街に二人の子供が訪れたことがあるそうなの。一人は十歳前後の男の子、もう一人は七つの女の子。…私が知りたいのはその男の子のほうの行方なの。
髪の色は私と同じ、青い色の髪の毛よ。背は年の割りに大きかったわ。ねぇ、なにか知らない?」
オオルリが長老に伝えた少年の特徴はそれだけだった。青い髪は珍しく、それだけでもかなりの特徴になるだろう。この街をよく知ると噂に聞いた長老ならば、オオルリが知りたい情報を持っているかもしれない。かすかな希望にオオルリはごくりとツバを飲み込んで、返答を待った。
「悪いが存ぜぬ」


石壁にぶつかり、タカは吐血する。膝ががくりと落ちそうになるが、立ち上がりカッコウを睨む。
「子供のころよくこーして遊んだよなぁ。あのころよりか少しはマシになったんじゃないか?」
「てめぇ、昔っから卑怯な奴だったよな。ダチョウがオレに敵意を抱くようになったのも、てめぇのせいじゃねぇか」
「あーあ、そうだっけか? そんなこと覚えてられねぇな。つか気持ちワリィ。俺はオオルリとの思い出以外心底記憶する興味ねぇしな」
悪びれるそぶりなど微塵もなく、カッコウはそう返す。カッコウが忘れようがどうでもいい記憶だろうが、タカにとっては忘れがたい忌まわしい過去だ。
「忘れもしねぇ。てめぇがオレにしたこと……」

タカにとって忘れもしない過去とは…、ハヤブサが翼を手に入れたという噂が広まったあのころのこと…。
それはタカの耳にも届き、タカは一人悔しさに震えてばかりだった。
「くそぉ…、なんでアイツに先こされなきゃなんねーんだ」
嬉しそうにはしゃぐハヤブサの姿に、それに喜ぶワシの顔…、思い出すだけでタカは気が狂いそうなほどの嫉妬に襲われた。
そんなタカに声をかけてきた相手は、歳の近い少年カッコウだった。引っ込み思案な性格のタカは友達という友達がいなかった。他の少年とはよくつるんでいたカッコウとまともに付き合ったことはなかったが、タカはなんとなしにカッコウが苦手だと思っていた。ちょっと目つきが悪いのと、言葉使いが乱暴だから苦手だと思っていたし、向こうも自分になど興味がないと思っていたからだ。
「よう、タカ。翼ほしーんだろ? 手伝ってやるよ」
そう申し出たことが意外で、とまどいつつも、タカはカッコウへとついていった。
倉庫のような狭く薄暗い部屋へとカッコウはタカを招いた。部屋の隅に背中を向けるように座ることを指示した。
「ほんとなのか? 簡単に翼が手に入るって」
不安ながらタカは訊ねる。カッコウは「ああほんとうだ間違いないぜ。なんせ翼を手に入れた俺が言うんだからな」
そうだ、カッコウはすでに翼を手に入れている。翼の者が言うのだから信じておかしくないだろう。
「いいからちょっとそこに座って目閉じてろよ」
カッコウに言われるままタカはしゃがみこんで目を閉じた。ほんとうにそれだけで翼が手に入るのだろうか?
タカはどきどきしながら、大人しくじっとしていた。
「いいか、俺がいいって言うまで絶対に目を開けずに、動かずにいろよ」
「ああ、わかった。これでいいのか?」
「ああそのままだ」
背中越しにカッコウが近づく音が聞こえた。膝を抱えたままタカは目を閉じて、じっとしていた。
「(ほんとうに翼が…、オレにも翼が…)」
カッコウはタカの背に近づくと、背中に隠し持っていたなにかを出して、タカの背中でもそもそと始めた。
さくり、さくり。
なにかが衣服をこするような音がした。いや、それは衣服に突き刺さる音であった。カッコウが造った偽物の翼をタカの背中につけていた音。しかしタカはそれに気づかない。カッコウはにやける口元を手で押さえながら作業を続けた。背中で聞こえる不思議な音にますますタカの心音は大きくなる。
「いいぜタカ。見てみろよ、すごいぜ翼だ」
カッコウの合図でタカは目を開け、背中を見た。視界に入ってきたのは今までになかったものがタカの背中にあった。タカの目は大きく見開き、大きく口は開き、興奮して頬は赤くなる。
「うわーー、すげーー、ほんとだー!」
タカはくるくると回りながら感動した。めいっぱい嬉しそうな顔を向け、カッコウへと走りよる。
「ありがとうカッコウ! ほんとに翼が手に入るなんて! オレ、マジで嬉しいよ!」
「まあな。よかったじゃねーか、タカ。そうだ、お前が翼手に入れたことダチョウのやつに教えてやったらどうだよ。あいつも翼がねーこと気にしてるようだしよ。お前が翼手に入れたってこと知ったらあいつも勇気づくんじゃねーのか?」
同じ年頃の仲間内で、翼を持たないのはタカとダチョウだけだった。
タカはダチョウが苦手だったが、自分と同じ悩みを抱えたダチョウが気にかかっていたこともあり、カッコウの言葉に「うん、そうだな」と頷いた。
カッコウがこんなにいい奴だなんて思わなかった。カッコウを苦手だと意識していた自分を反省した。
「ほんとにありがとう。カッコウがオレのためにここまでしてくれるなんて思ってなかった。オレ誤解していたよ」
「なにいってんだよ。友達じゃねーか」
カッコウのその言葉にタカは衝撃を受けた。友達? カッコウは自分の事を友だと思っているというのか?
翼を得たこともだが、友だと言われたこともタカにとっては大きな喜びだった。
「うん!」
興奮のまま走り去るタカの背中からカッコウは偽物の翼をとった。タカはそれに気づかずに部屋を出て行った。
「バカなやつだぜ、くくく」
騙されて喜ぶタカの背中を見て、カッコウは邪悪に笑んだ。
偽の翼を処分すると、カッコウはダチョウのもとへと向った。いつも一人でいるこの少年は、仲間内で浮いていた。タカとは両極にあるようなタイプだが、はぐれ者同士同類だとカッコウは勝手ながら思っていた。
「ダチョウ」
自分より一つ年下だが体は一回り大きいダチョウ。ダチョウの背中に声をかけ、ダチョウはカッコウに呼ばれたことに気づいたが、振り返ることなく「なんだカッコウ」と返事をした。
「あのさー、タカのやつがさー……」
ひそひそとカッコウがそばでダチョウになにかを告げた。それを聞きながら、ダチョウの顔は険しくなっていく。
「ああ、そうか…」
低い声で小さくつぶやいて、ダチョウはすたすたと歩いていった。
ダチョウが向かった先は、タカだった。
「よう、タカ」
今度はダチョウがタカに呼びかける。
「あっ」
呼ばれたことにすぐに気づきタカは振り返る。少しとまどうような顔をしていたタカ。タカはダチョウが苦手だ。はぐれ者としていつも一人でいる、だれも寄せ付けようとしない態度。乱暴者と噂され、臆病なタカはそれだけで苦手だと思っていた。同じ年頃の子の中では小柄で、華奢なタカから見れば、大きな体のダチョウはそれだけでも威圧感があった。呼ばれてびくりとしてしまったが、意外にきさくに話しかけてきたダチョウに、タカも少し安心した。
「聞いたぜ。お前翼手に入れたそうだな」
それはついさきほどのことなのに、もうダチョウは知っている。あ、そうかカッコウが教えてあげたんだろう。
こくり、とタカは頷いた。
「その翼、見せてくれよ」
カッコウが言っていた言葉を思い出す。翼を持たない少年はダチョウとタカだけ。周りから置いてきぼりをくらい、肩身の狭い思いをしていた。恥ずかしく苦い思いをしてきた。見た目も性格も違うのに、タカはダチョウを今近くに感じた。自分が翼を得たことを見せることでダチョウを勇気づけることになるのなら、タカはそうしようと思った。
「う、うん」
タカは両手を握り締め目を閉じ、ぐっと体に力を入れる。顔を赤くして体中激しく血が巡っていきそうなほどに力んで「(翼よ出ろ!)」と何度も心で念じた。数分たったころ、タカは「あ、あれ?」と背中に目を向けながら焦りだす。「もう少し待って」と再び力んで念じるが、何度念じてもタカの背中に翼は現れなかった。
「変だな?さっきはちゃんと現れたのに」
タカが見た翼はカッコウの用意した偽物なのに、タカはまだ気づいていなかった。
「もういいタカ!ようくわかったぜ」
「えっ」
「俺なんかに見せる翼はないってことか」
ダチョウの顔には怒りが見えた。ダチョウはタカにおちょくられているのだと思い込み、苛立つ声を上げる。
「そ、そんな」
違うのに、タカも混乱している。上手く伝えられず顔を青くしうろたえる。
「俺と同い年の連中は翼持っているっていうのに。てめぇも影で俺のこと笑ってんだろ?」
違うそんなことないのに。タカは焦り震えながら、なんとか上手くダチョウを勇気づけなければと思った。
「で、でも、…ダチョウは翼なくたって十分強いじゃないか。…だから、そんな気にしな…」
タカのその言葉はダチョウの逆鱗に触れた。
「俺はもっと強くなりてーんだよ!タカ!!」
乱暴で大きく張り裂ける声、さらにタカへと振り下ろされる拳にタカはびくりと身を震わせて目を閉じ固まる。
ダチョウの拳はタカの体をかすめて、タカの後ろの壁を殴りつけた。
「てめーなんざゴミクズみてぇに弱く感じるくらいにな」
タカは恐怖と驚きのあまり腰を抜かし、なにも言い返せなかった。恐ろしい形相をタカの目に焼き付けて、ダチョウはタカの前から去った。
「なんで…オレが…怒らせるようなこと、したっていうのか?」
へたりこんだまま泣き震えるタカ、足元になにかが落ちていることに気づいて、それを拾い上げる。
「こ、これは?」
見覚えがあった。それはさきほど自分に現れたはずの翼。よく見れば作り物だった。ということは…。
「じゃあ、オレにはまだ…」
翼はなかったんだ。その現実にタカは落胆する。
「でも、カッコウはオレのためを思ってやってくれたんだ…」
きっとカッコウはタカを元気付ける為にしてくれたんだ。タカはそう思い、少しでも悲しみを軽くしようとした。
「せっかくできた友達なんだ。カッコウは…」
友達だと言ってくれたことが嬉しかった。タカもまた、カッコウを友達だと思いたかった。
だがタカのその想いもすぐに崩れさることになる。
ある日カッコウが他の少年と話しているのを偶然タカは聞いてしまった。
「え、タカが?」
通路を歩きながら話している少年の声。その中に自分の名前が登場したことにタカは驚き聞き耳を立てた。
「おう、あいつってほんと単純だよな」
もう一人の声はカッコウだった。
「(オレの話? どういうことだ?)」
「ふつー気づくって。モノホンのバカだぜ、奴ぁ。いーおもちゃだぜ。きっと今頃はダチョウの奴に…くっくっく、おもしれー」
「ダチョウけしかけたのかよ? ひでーことするよなお前も」
言いながら少年達は愉快そうに笑っていた。
「(どういうことなんだ? なにを言ってるんだ?)」
「あいつ俺の事友達だと思ってんだぜ。いじめがいあるよなー」「ははははは」
体の奥で異質な音が聞こえた。タカの中でなにかが砕けていく音。
そんな…。タカはショックと悔しさのあまりへたり込んで震えて泣いた。
嬉しかったのに、信じたのに、カッコウはオレを騙したんだ。
幼い日のあの日の痛みは今もタカの中に強く残っている。

「てめぇだけは許せねぇ。カッコウ!今ここでぶっ倒す!」
タカはカッコウへと飛び掛る。カッコウの予想を上回るタカの攻撃の威力に、余裕ぶっこいていたお調子者のカッコウの顔も真剣になる。
「タカ…貴様」
騒ぎの音を聞きつけたカッコウの仲間たちが、橋の上からカッコウを呼ぶ。
「あっ、カッコウさん! なにごとですか? ハッ、タカ?!」
カッコウがタカと交戦中だと気づき、少年達が助っ人にと橋の下へと飛び降りようと手すりに手をかける。がカッコウは「来んな!」と拒む。
優先順位はタカを倒すことではない。カッコウは意外と冷静だった。
「てめぇらは街のほうを、バードストーンを探せ! 騒ぎを起こせば街は混乱する。そのすきに探せ。こいつは俺がぶちのめす!」
少年達はすぐに向きを変え街のほうへと走り出した。カッコウはタカへとにやりと不気味な笑みを向けて構える。
「昔の俺と一緒にすんなよ。めんどくせぇことなんてしてやらねぇ。正々堂々とここで決着をつけてやっぜ」
カッコウの反撃をもろに受け、タカは勢いよく後ろへとはじき飛ばされる。
「ぐうっ」
本気になればタカはカッコウの足元にもおよばない。カッコウは強い。タカは一撃で強いダメージを受け、背中から地面に倒れこんだ。赤いものと白いものが丸い粒になって宙に浮く。


「ぐわぁっ」
長老の側にいた男たちは室内の壁に身を打ち付けられ悲鳴を上げ倒れた。
「なんということを!」
長老は暴力をふるったオオルリたちを非難する。
「すぐにこの街から立ち去れぃ!」
オオルリたちの力を目の当たりにして、その老女は震えて命乞いをしたりはしなかった。逆に強い眼差しでオオルリたちに出てけ!と命じた。
「うるさいババアね。こんな街ぶっ壊してやるんだから!灰の街にしてあげる!」
オオルリをますます怒らせた。感情的になるこの少女に出て行けなどとムリな頼みでしかなかった。
「やめろ!」
オオルリの背後から凛と響く声に、オオルリはぴくりと反応する。振り返ると入り口に立ちこちらを見据えているのは「ハヤブサ!」
数人の少女たちが立ちはだかるが、「いいわどきなさい」とオオルリが彼女らを引かせる。オオルリの目の前にハヤブサが現れる。
「フン、タイミング悪いわね、あんたも一緒にやっつけたげる」
「くっ」
翼を開き、素早く少女たちの間をぬってハヤブサは長老の側へと駆け寄る。オオルリたちから彼女を守るように盾として立ちながら「早く安全なところへ逃げてください」
「どこへ逃げればよいのだ?」
老女の問いにハヤブサも迷う。逃げる、たしかにどこへ逃げればいいのだろうか? 街は翼の者たちが暴れまわりパニックになっていた。だがこの室内で老女を守りながらオオルリたちを相手にするのはハヤブサには難しかった。人数でも不利な上、オオルリ一人でさえどうにかできる自信はない。
「動かないで下さい。私があなたを守ります。きっと私の仲間が助けに来る。それまで、耐えてみせる」
「そんなババアかばってなんになるって言うの? よい子ちゃん演じが趣味ってほんと物好きなんだから。
…ほんと、ハヤブサあんたって…むかつくわっっ!!」
「来る!」
鋭く切り裂く刃のような気迫がハヤブサへと襲い掛かる。オオルリの突進をハヤブサは必死で防ぐ。ガードする腕にオオルリの腕が押し当たる。
「目障りなのよ! ここで消えちゃいなさい!」
翼の力、そして気力でもハヤブサは押された。だが耐え切らなければ、ハヤブサは仲間を信じ、己の翼を信じた。


一人行動していたスズメも街の騒ぎに気づいていた。どんどん目の前で破壊されていくフォンコンの街。壊しながら翼の者たちは祭りのようにはしゃいでいた。
「街が…サイチョウ軍のやつらね、止めなきゃあたしが」
光の翼だから!スズメは心の中でそう自分に言い聞かせる。すぐにいかなきゃと思うのに、なぜか足がたちすくんでしまう。どうして、怖いのか?戸惑うスズメを呼ぶ声がした。
「スズメ!」
聞き馴染みのあるカラスの声。スズメの視界にカラスの姿が飛び込んできた。
「カラ…ス」
どくん。スズメの奥からなにかが動くような音がした。体の奥から力が溢れてくる。スズメの体は一気に輝き光の翼となり、翼からは大きな力が広がり街一体を包んだ。
「! こ、これは」
翼の者たちを包む光、その光による異変に気づく。
タカに止めをさそうと動こうとしたカッコウにも異変は起こった。
「なんだ? 急に翼の力が、抜けていく?」
カッコウの背中から翼が消え、力が抜けていった。
「このぬくもりは…」
光に包まれたタカも異変を感じた。すぐにそれがスズメのものだと察した。
「く、くそぉ、わけがわかんね。フン、命拾いしたなタカ。だが次こそは覚悟しておけよ」
「あっ、カッコウ待て!」
戦意喪失したカッコウは慌ててタカの前から消え去った。立ち上がるがタカはカッコウを追わなかった。
「ち、逃げやがった。…でもなんで急にあいつの翼の力が消えたんだ? オレの怪我も治っているし。まさか……」


光の翼の力はオオルリたちにも影響していた。突然翼の力を封じられ、オオルリたちは混乱していた。
「あ…あ…つ、翼の力が…うそ、なんで?」
オオルリたちの翼が次々と消えていく中、ハヤブサだけは翼を開いていた。また力が漲っていた。
防御にせいいっぱいだったハヤブサが、勝利を確信しオオルリへと飛び込む。
「私の勝ちだオオルリ!覚悟」
「そ、そんな…」
オオメリはぎゅっと目を閉じて、その瞬間に想ったのは、行方不明になった兄のこと。
「(お兄ちゃん!)」
「やめろ!」
オオルリの目がハッと見開く。ハヤブサも動きをとめ、ぱぁぁと輝いた笑顔で声の主の名を呼ぶ。
「ワシ兄!」
「ワシ様!」
ばたばたと翼の少女たちは慌てて逃げていく。彼女たちだけではなく、街で暴れていた翼の者もみな引き上げていったようだ。
「オオルリ、他の者達は引き上げていった。君はどうするんだ?」
「いくら君でも私とワシ兄二人は相手にできないだろう。観念するんだ」
「ワシ様。もう戻る気はないんですね?」
「オオルリ…。ああ私はこの世界を救うために、サイチョウ様をとめると決めた。もう戻る気はない」
そうですか。とぽつりとオオルリはつぶやいて、顔をあげた。
「わかったわ。ならもう二度と私の前に現れないで。もう私、誰も信じられない。なにも信じない」
何のために生きているのかさえ。と言って、オオルリは長い髪を揺らしながら出口に向かい、扉に手をかける。
「さよなら、ワシ様」
最後にワシを見たオオルリの目はとても冷たかった。その目は諦めではなく、決意を秘めたような冷たさだった。


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