オオルリにはハヤブサが、カッコウにはタカがそれそれ立ち向かう。
遠くなるワシの足音を背に、目の前の敵に引かぬ目で立ちふさがる。
「ちっめんどくせぇぜ。とっととうっぜーワシをぶちのめしてぇのによ。雑魚がしゃしゃりでてくるってーのはな」
嫌味っぽい鼻息と共にカッコウはその目の前の彼の言う「雑魚」へと毒を吐く。
まあ実際、二人の実力差からいえば、タカは雑魚と言って間違いないのだろうが。
「うるせぇ、ワシ兄のとこには行かせるか!」
声を上げながらタカは一直線にカッコウへとかかる。向ってくるタカに対してカッコウは涼しげな表情でそれを待ちうけ、なんなくかわす。かわされて直後、すぐさま体を翻し、タカはカッコウの背後へと打撃を叩き込もうと握り締めた両拳を肩目掛けて打ち下ろすが、カッコウの動きのほうが素早く、打撃を与えるより先にカッコウの反撃を体に受けて、タカは呻いて弾かれた。
「うぐぅっ」
「ふん、死にぞこないが。タカよ、お前死に損なってさらにいかれちまったみてーだな。お前もほんとーに哀れな野郎だぜ。うけけ、ワシの野郎には見捨てられてよ。本気でかかって俺にかすり傷も与えられねーんだからよ」
「黙れっ! ワシ兄の悪口はゆるさねぇ」
ギンと敵意だけは負けじと放つタカだが、すぐに立ち上がれず悔しく歯噛みする。そのタカを見下して「甘すぎんだよ、バカが」と吐くカッコウ。そのカッコウの真上から彼に勢いよく飛び込んでくる翼がいた。
タカを相手にしているカッコウの視界には入っていなかったその翼は、ミサゴだ。
「覚悟ー」
ミサゴの攻撃をよけるしぐさのないカッコウ。カッコウはその位置で一歩も動く様子はない。ミサゴも一撃を叩き込める自信があったが…、届く直前にミサゴはカッコウの強い羽ばたきに弾かれて悲鳴を上げた。
「ふん、うるせぇ」

「もうっ、いじわるしちゃめっ!だよ」
ちょこちょこと走り回る小さな女の子に、戸惑いながらもペンギンは意を決してしかける。
「さぁ、踊って踊って♪」
なぜか陽気に手を広げてくりくりと腰を振り踊りだすペンギン。一瞬「ん?」と不思議そうに首を傾げるが、すぐに「うっわーい」と楽しそうに声を上げながら釣られるようにフクロウもふりふりと踊りだす。
なにをのん気に遊んでいるのかペンギンは、…しかしそれがペンギンの戦い方だ。陽気に踊りながら、相手の戦意をそいで、そのすきをついて攻撃をする。
足をきゅっきゅっと鳴らして、踊るペンギンのまねをフクロウもする。フクロウの踊りは足もめちゃくちゃで振りもでたらめだったが、楽しそうな顔で踊っている。そんなフクロウにペンギンのほうが戦意がそがれそうになったが、おっといけねぇと己を取り戻し、目を光らせフクロウに迫る。
「大人しくしてなよ♪」
きゅっといい音響かせて、ペンギンが一気に間合いをつめる。それにフクロウは気づかず踊り続けている。
「危ないフクロウちゃん」
「ふぇっ?」
ペンギンの攻撃はフクロウに当たらなかった。飛び込んできたカラスは、フクロウを抱きかかえるようにして、彼女を守った。
「ぐぁっ」
当然カラスは痛みを受け、体を転がす。転がりながら、必死でフクロウを両手で抱きかかえながらダメージから守る。
「やっぱり危険だ。フクロウちゃんはここから逃げないと」
なんとかここからフクロウを離さないととカラスはフクロウの手を引くが、フクロウはぶんぶんと手を振ってそれを振り払い抵抗する。
「やー! フクロウもスズメちゃんたちといっしょにたたかうの!」
たたかうの!と言われても、そんなワガママは困ってしまう。フクロウもたしかに翼の者であるが、まだ幼くとても戦いになれた翼ではない。その上相手はハヤブサよりも格上の翼ばかり。フクロウが戦力になるどころか足手まといにしかならない。フクロウを再び掴んだカラスは、小さな体の動きを抑えた。
「だめだよフクロウちゃん、俺と一緒に安全なところまで移動しよう」
フクロウだけじゃない。カラス自身も己の実力の足りなさは自覚している。戦いに加わるよりも、フクロウを守るのが自分の役目だと思い、フクロウの身の安全を優先する。
「きゃあっ」
「ツバメ!」
悲鳴が聞こえてカラスは思わずその方を振り向いた。ツバメはベニヒワと戦っていた。がやはり相手のほうが格上。ツバメは何度もはじかれ、果敢に向かっていく。ギリッと悔しさに歯噛みするが、カラスはツバメのもとには走らない。ツバメの援護にはスズメが向っていた。そのスズメもペンギンやカッコウが率いてきた数人の翼の少年達を相手にしながらと余裕はない様子。
「だめ、私の翼の力じゃ、敵わないわ…」
膝をついたツバメは悔しそうにその現実に嘆いた。ツバメとベニヒワでは翼の強さも、また翼の歴史も差があった。さらにベニヒワいわく、心構えがその差をさらに広げているのだと言う。強く自信に溢れた眼差しで彼女はこういう。
「私たちには負けられない理由があるって言ったじゃない」
「サイチョウ様と共に、この世界の真の平和を目指す為に…、負けられないのよ!」
気迫のウミウに押されるフラミンゴ。「くっちぃっ」なんとか全力で防いで体勢を立て直そうとするそこに、ヒメウとカワウの攻撃が飛んでくる。
「いー加減くたばっちゃいなさいな!」
「しぶといオバハンね!」
「ひきょーだぞよってたかってー」
きいーと怒りの涙声で叫ぶフラミンゴはウ姉妹によってボコボコにされる。
「フラミンゴ!」
フクロウを連れて後退するカラスの前に立ちふさがるのは、アイサたち三人の兄弟。
「逃がしません」
「うっ、フクロウちゃんさがってて」
幼いアイサたちと戦うのは気が咎めるが、フクロウを守るためにもそうは言ってられない。カラスも覚悟を決める。「ごめん、俺も守らなくちゃいけないんだ」
翼と体を広げて、カラスはフクロウを庇うようにしてアイサたちの前に立つ。アイサたち三人相手は難しいかもしれないが、一人ずつならなんとかなりそうだと思った。ごめんと告げてからカラスはアイサの一人にかかっていく。
「うわぁっ」
小柄なアイサはカラスの翼モードではじくことができた。がすぐに兄弟のフォローがはいり、今度はカラスがピンチに陥る。
「カラスー、フクロウもいるんだよ」
ぶわさっと翼を揺らして、フクロウがカラスを庇うように立つ。さっきとは逆の形だ。
「だめー、カラスのこといじめちゃめっだよ」
ぷうと頬を膨らませながら、フクロウがアイサたちの前に両手を広げて立ちはだかる。幼いフクロウ相手にアイサたちはしり込みする。アイサたちは三人とも気の弱い性格なのだ。それに気が優しいところもあり、姉たちと同じ思いではあるが、フクロウのような幼い子や、フクロウを守ろうとするカラスと戦うことに少なからず抵抗があった。そのわずかな気持ちが彼らの動きをにぶらせる。彼らの動揺にカラスは気づき、今がチャンスだと目を光らせた。すぐにフクロウを抱きかかえ、三人の間をすり抜けて逃げ去ろうとする。
「あっ」
追いかけようとしたアイサたちよりも早く、カラスの動きを封じた者がいた。アイサたちとよく似た翼の色の少女。
「逃がさないわよ!はぁっ」
素早くアイサたちの援護に飛んできたのはヒメウ。カラスを背後から襲い、カラスは「ぐわぁっ」と呻いてフクロウを抱きかかえたまま床を転がった。
「なにやってるのアイサたち! 今は戦いの場よ! 油断しないで!」
キッと強い声にびくっとなるアイサたち。「はい」と声をそろえて再び戦闘の構えをとった。
「カラス!フクロウちゃん!」
二人のピンチに気づきスズメは二人の援護に向おうとするが、「させないわよおチビちゃん」ウミウに阻まれる。
「くっ」
後ろとびで後方に距離をおくスズメのすぐうしろではフラミンゴがカワウにぼこられている。さっと視線を横にずらせば、ベニヒワにまったく歯が立たない今にも倒れそうなツバメが、オオルリに手こずっているハヤブサに、タカとミサゴもカッコウとその配下に苦戦をしいられていた。有利に戦っている味方はだれ一人としていない。せめて自分がみなの援護に向えたらなんとかなるかもしれないのに。
「ベニヒワ相手じゃあの女の子ももたないぺん。あんたもとっととやられるぺんよ」
くるくると踊りながらペンギンがスズメたちをおちょくる。
「弱いくせにしぶといんだから、これで終わりにするからね」
ヒメウがカラスへと止めをさそうと翼に力をこめはじめる。カラスはヒメウを見据えながら、ぎゅっとさらに強くフクロウを抱きかかえた。
「俺はゼッタイにフクロウちゃんを守ってみせる」
「ふん、ばっかじゃないの!あんたたちの絆なんて、なんの力にもならないんだから!見苦しいの、とっとと諦めて楽にしてあげるんだから」
「そんなことない。どうして決め付けるんだ。わからないじゃないか、俺や君たちだって」
自分を見つめるまっすぐな漆黒の瞳に、ヒメウの心臓がびくんとはねた。
「邪魔なのよ!」
一方オオルリと戦うハヤブサは、オオルリの感情的な攻撃を受け続け、体をくの字に歪める。
「くっ」
すぐに体を起こして防御をとる。しぶとくも耐え続け、不利にもかかわらず強い眼差しを崩さないハヤブサに、さらにオオルリは苛立ちを爆発させる。
「まだよ、ハヤブサ、もっともっといためつけて、めちゃくちゃにしてあげるんだから」
「ハヤブサさん! みんな! やめてよ!」
スズメの中ではじけるそれがスズメの翼に現れる。スズメの翼は光り輝き、その一体を照らす。また風圧によってオオルリたちは弾き飛ばされ、飛ばされることはなくとも、その場で踏ん張るのにせいいっぱいになる。
「キャー、なんなのよぉ! もうあとちょっとのところで」
目を瞑ったままオオルリがキイーと文句を叫んでいた。
「うっ、なんだよあの翼は?」
顔に手を当てしかめっ面でカッコウが呻いた。
「やっぱりあの女の子の翼光ってるよー」
涙目のペンギンがその光の元凶のほうへと指差し叫んだ。
「この力は?!」
異変のほうへベニヒワも注意を向ける。
スズメの光の翼、それを感じたハヤブサは立ち上がり、ぐっと拳に力をいれた。その顔には見る見る強さが満ちていく。希望に満ちた表情によって。
「これが光の翼だ! 光の翼こそが本当の平和をもたらす翼だ!」
「スズメ…」
ベニヒワに相手にならなかったツバメの目にも希望の光が宿る。
「スズメちゃんかっこいーー」
カラスの腕の中のフクロウはきゃっきゃと元気に体をばたつかせて喜びを炸裂させる。
「スズメのくせに生意気なんだから」
まったくとぶつくさりながらフラミンゴも起き上がる力を得る。
「やっぱりあの翼は…あのチビが…」
タカが夢の中でみたその姿を今確かにタカ自身の目で見ている。
スズメの翼は輝いたのは一瞬で、すぐにもとの翼に戻った。ほんのわずかな時であったが、スズメの翼の力の驚異に焦り動いたのは、ウミウたちウ姉妹だ。
「ふっざけないでよおチビちゃんー。いくわよみんな!」
ウミウの合図にカワウにヒメウ、そしてアイサたちが答える。
六人は散り散りになったように見えて、しっかりとそれぞれの位置まで動いていた。彼らは大きな輪を描くようにそれぞれが均等な距離を保って、スズメたちを囲んだ。
「お、おいみんな気をつけろ! あのこらなにか技を使うつもりだ」
カラスが声を上げた。が技と言ってもどんな技がくるのか、そこまでカラスもわからないが。ウ姉妹とアイサたちといえば、テエンシャンに向かう時にも戦ったわけだが、あの時は彼女たちの合体に苦戦させられた。合体は未完成であったが、今回はその合体を完璧にしたのであろうか。
「あいかわらず黒いの邪魔ねー」
ムキムキとウミウがギッとカラスをうざったそうに睨んだ。
「な、なにをする気?」
「合体か?しかしあれだけ距離をあけていては…」
ハヤブサは合体を警戒するが、その動きともどうやら一致しない。
「ふふふ、遠い世界に消えてもらうわよ」
「さあいくわよ!」
「消えちゃってくださいな」
彼女たちがどんな技をかけてくるのかわからぬが、不気味なものを感じてならない。スズメもまた翼に力をこめて、抵抗しようとする。
「させない、あたしがみんなを守るんだから!」
再びスズメの翼が輝こうとする。それに焦ったウミウの指示で特にスズメにと意識を向ける六人。
「やっぱりあのおチビちゃん要注意よ!おチビちゃんに集中よ!」
ものすごい力が襲ってきたのをスズメは感じ、光の翼は力を発することなく元の翼に戻った。それだけではない、スズメを襲ったのはなんともいいようのない不快感。体を内側から激しく揺らされているような気持ち悪さに体を抱き寄せ振るわせた。
「なに、これ、か、体が…」
スズメの体がぶれて少しずつ透けていく。がそれはスズメだけじゃない。ハヤブサにカラス、フラミンゴ…、そこにいたスズメたち一行の姿がその場から完全に消えていなくなった。
完全にスズメたちの姿が消えたことを確認して、ウミウたちは力をといて翼も同時にしまった。アイサたちはゼイゼイと激しく肩を上下させながらその場にへたりこんだ。
「成功…した」
カワウもへたり込んで、安堵の声をもらした。
ウ姉妹たちの技を傍観してぼーとしていた他の連中であるが、ハッとしたように先に声を上げたのがオオルリ。
「ちょっとー、なにすんのよ! ハヤブサはあたしが倒すって言ったじゃない! どこにやったの?!」
味方であれオオルリはすごい剣幕で怒りの主張をする。その勢いにたじっとなりながらも、ヒメウは強気に言い訳で返す。
「だってあのこの翼光ってびっくりしたんだもん」
こっちがやられるかと思ったんだから、と。スズメの光の翼に焦ったことはオオルリも同意なのでそれには反論しなかったが、どうもすっきりしない顔で不満気だった。
「だいじょうぶよ。ちょっと遠くに飛ばしただけ。どこに飛んだかはわからないけれど。また近いうちに戦うことになる気がする。それまでに…」
ふうと息を整えながらウミウがしゃべった。それまでに、もっと準備を整えておかなくちゃならないわ、と。



「ワシね、…何の用?」
背を向けたまま、ケツァールは背後の気配を感じ取り、その気配をワシと確信して話しかけた。
ケツァールに呼びかけられたワシは動じる様子なく、ゆっくりと彼女の前に姿を現す。
「バードストーンを手に入れるためにきた」
隠すことなくワシは己の目的を敵であるケツァールに告げた。まっすぐな脅えのない目で答えるワシに、「ふっ」と感心したようにケツァールは小さく笑みをもらした。
「私を倒すとは言わないのね、ワシ」
ゆっくりとケツァールが振り返り、扉の付近に立つワシと向き合う形になった。
「翼の力であなたに敵わないことはわかっている」
「ふふ、ちゃんとわかっているようね。そうね、あなたは私の部下で弟子だった。私に勝てるはずないわ」
キリッとつりあがったケツァールの目、強い女性の顔立ちなのは変わらないが、今の彼女からは戦意を感じなかった。そのことはケツァール自身もワシに対して明らかにした。
「私も今ココでお前と戦う気はないわ。ここを壊したくはないからね。でもせっかく私のもとを訪れてきたワシ、無下にしないわ。そんなにバードストーンがほしいのならやるよ」
身につけているその宝石をちらりと自慢げに見せ付けて、ケツァールがくすりと笑う。
ケツァールがバードストーンを譲り渡す。そんなことがあるのだろうか、ワシもタダでこのケツァールがそれをくれるとは思っていない。なにかを要求してくるだろう。ケツァールの要求…それは…
「この私を倒すことができればね。場所はここからずっと遠く離れたネーパル山の頂上よ。そこで私は先に一人でお前を待つことにする。約束するわワシ、私をそこで倒すことができたなら、お前にバードストーン全部あげるわ」
一方的な約束だった。だがワシは黙って聞いていた。
ケツァールはバルコニーへと続く戸をバンと開けた。風が室内へと流れ込んできて、彼女の髪や衣服を揺らす。ケツァールは翼を広げながら、ワシへと振り返り最後にこう告げる。
「ワシ、あなたがどれだけ愚かかわからせてあげるわ」
勝気な笑みだが、どこか影を感じる表情を一瞬浮かべて、ケツァールは振り返ることはもうなく、そのまま空へと飛び去っていった。
ワシはただじっと彼女の背中を見送った。ふわふわと揺れて落ちていく鮮やかな緑の羽をワシが目に捉えると、彼の厳しい表情が、ふとゆるんだ。それをそっと片手で受け止めた。手の中の羽を見つめながら、ワシは「ケツァール」とその羽の主の名をつぶやいた。



「ケツァール様ー」
「ケツァール様はー?」
廊下に響き渡る無数の声。それはこの城の主を探し呼ぶ声。ケツァールを探して歩くベニヒワはじめこの城の若い翼たち。城の中とその周辺を探したが、ケツァールの姿を見つけることはできなかった。
気性が荒く、規則を破るものには容赦ないケツァールの性格を知っているため、今回の件の報告を忘れてしまえば痛いおしおきが待っているのはたしかだろう。そのために皆ケツァールを探しているのだが。
「おかしいな、どこにもいねーじゃん。ん、まさかあいつらの技でケツァール様も消えたんじゃ」
と疑いの眼差しが向けられると、ウミウたちは「そんなことあるわけないわ!」と否定した。
「でもこんだけ探して見つからないなんて、どういうことなの? 誰もなにも聞いてないの?」
んもー、ハヤブサは仕留めそこなうし、ワシ様はいなくなるしいいことなくてイライラすんのにーとまたキイーとオオルリが暴れる寸前。オオルリは通路の角から伸びてくる影に気づいて、「あっもしやケツァール様? そこにいらして…」
がその影がケツァールではないとすぐに気づく。その影はケツァールと比べがたいがよく、明らかに男性のシルエットだ。ゆっくりと近づいてくる影が、その本体がオオルリたちの前に現れると、オオルリたちは皆驚きの声を上げた。なぜなら、ここにいるはずはないと思いこんでいた相手であったから。
「あ、あなた様は…なぜこちらに?」
堂々とした歩きでオオルリたちの前に姿を見せたのは、チョモランマにいるはずの、サイチョウの片腕ともいえるオオハシだった。
「オオハシ様!? チョモランマにいるはずでわ?」
「ケツァールならここには帰ってこんだろう。探すだけムダだ」
オオハシはケツァールがここから消えた事情を知っているのか。皆オオハシのその一言でケツァール捜索を取りやめ、静かに彼の前に集まった。
ここにいる若い翼の者たちにとって、オオハシはほとんど交流がないといっていい。例外としてなら、オオハシの甥であるダチョウだろうが、そのダチョウは姿をくらましここにはいない。
彼らにとってはサイチョウに次ぐ立場の者で、気安く接せられる相手ではない。皆直立不動で彼の一挙一動に注目する。
「まったく部下に指示も残さずに立ち去るとは、困った奴だ。…あの女は自分のプライドのためだけに戦っていたようなものだ。仕方なかろう。我々とは関わりたくないようだったからな、ほおっておけばいい。
私がここに来たのはそのケツァールのことではない。これをお前たちに配る為だ」
オオハシの手にはなにかが大量に詰まった布袋があった。その中からはじゃらじゃらと硬いものがこすれあう音が聞こえてくる。
オオハシは袋をひっくり返し、オオルリたちのまえにそれを出してみせた。
「うおっ」「ひぁっ」
びくぅっと驚きまぬけな悲鳴をうっかりもらすオオルリたち。驚いたのも仕方ない。オオハシが広げて見せたそれは大量のバードストーン。オオルリたちの中にも、これだけ大量のバードストーンを目にしたものは一人もいなかった。この城でバードストーンを持っていたのはケツァールだけで、他のものは一つとして持っていなかったのだ。まるで夢のような信じられない光景が彼女たちの前にあった。
「ババババードストーン、こんなに」
「あわわ、マジかよ」
あわあわとオオルリとカッコウは動揺を隠し切れていなかった。他の者も呆然とした様子で、それを見ていただけだ。
「なにをしているいらんのか?」
低く響く存在感のあるオオハシの声に、固まっていた彼らがスイッチが入ったように動きを取り戻した。
動揺しまくっている彼らを、ふっと静かな笑いをこぼすオオハシが彼らを促した。
どきどきと震える手で、オオルリがそしてカッコウが、バードストーンを手のひらですくい上げる。それを手にすると、魅入られたようにじっと宝石を眺めていた。
「好きなだけもって行け、そしてより強力な翼となれ」
オオルリやカッコウに続いて、他の者達もわらわらと宝石の山に群った。
「我らの邪魔をする者共を消してしまえ! この世界の…我らの理想とする未来のために」
ぐっと大きなオオハシの手が上から宝石を掴みあげる。若者達の目には宝石しか映っていなかった。



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