「だからー、どういうことなのよー」
「何度も聞かないで。全部話したとおりで、それ以上伝えることなんてないけど」
相手の声にやれやれと肩をすくめながらベニヒワが答える。
ここはケツァール城の一室。ベニヒワと対話しているのは、彼女と同じ年頃の娘だ。
長く腰ほどまで伸びたストレートの美しい青い髪。耳にはきらりと小さな石が飾られている。
娘の名はオオルリ。ベニヒワたちと同じくこの城に身を置くケツァールの配下の翼。
彼女とのやりとりでベニヒワはうんざり気味になっていた。まあ想像していたとおりではあるが。
ある件について何度もしつこく訊ねられるが、話したこと以上のことを訊ねられても困るだけ。
「ああー、オオルリショックゥー」
長い髪をかきあげながら、オオルリは深いふかーいため息をつく。
「だってーーあたしのワシ様が裏切られたなんてーーてーー」
キーッと叫びながら感情を露わにするオオルリに、ベニヒワもどーしようなく深いため息をついた。
「私は別に驚くことじゃないけどね。ハヤブサが出てからいつかはこうなると思っていた」
ギンと効果音が耳に聞こえるような勢いと眼差しでオオルリの表情が変化し、それにしまったとベニヒワが顔をしかめる。
「ハヤブサ、やっぱりハヤブサのせいなのね。だからワシ様が心を痛めて…」
ギチギチとなんか変な音がする。ベニヒワは「ああもう」とめんどくさく頭を押さえる。ベニヒワとオオルリ思考が違うのだ、ワシに関することで。
「どうしてあたしに相談してくれなかったのかしら?」
「相談するほど仲良くなかっただろ? ワシとは…」
ぼそりとベニヒワ。まあつまり、オオルリが一方的に…なわけだが。当のオオルリはそこまで自覚ないらしい。
それにもし相談したとしても、オオルリのアドバイスなどきっとワシにとってろくなものにはならない予感がする。なんせ彼女は、ハヤブサが大嫌いなのだから。
オオルリはワシの前では気持ち悪いほどブリッコを貫いているが、本性はこれだ。そうとう気性が激しく、感情の起伏が極端だ。付き合うのも疲れる相手。まともに相手しているのはこのベニヒワとベニヒワの相棒ペンギン、それからオオルリに激しくラブなカッコウくらいか。
「うわーー、思ってたとおり荒れてるぺん」
扉の側でこそりと様子見していたペンギンにベニヒワが気づく。目配せしてペンギンも室内に入る。
「落ち着きなよ、オオルリ」
「落ち着いてらんないわよ! もーーだれかにあたらなきゃ気がすまない! ムキーー」
目を逆三角にして掴みかかってきそうな獣をなんとかなだめようとするが、ムリだ。
「ボクにはあたんないでよ」
ぴょこぴょことオオルリの八つ当たりから逃げ回るペンギン。その様子を見てまたさらにため息をつくベニヒワ。もういいほっとこうとか思う。そんな中新たな乱入者の予感が……。
「フフフ、チャーンス。ワシの野郎が去った今、オオルリのハートは俺のもんだぜv」
嬉し涙とピースサインのカッコウが現れた。ああバカがきたなとベニヒワはあきれた冷たい目でカッコウを見ていた。
「カッコウ、あんたそんなのん気なこと言ってる場合? ゼッタイあんたに当たってくるわよ、あの子は」
今はペンギンを八つ当たり対象として追いかけているが、こいつがいれば間違いなくこいつに当たるだろうとベニヒワはよんでいた。が忠告してもムダなのだ、だってカッコウはむしろオオルリの八つ当たりを…。
オオルリはギン!と目線をペンギンから入り口付近に立つカッコウへと、ターゲット変更の合図だ。
鬼の形相で殴りかかってくるオオルリから逃げようとせず、笑顔でカモーンと待ち受けるカッコウは、笑顔で血反吐を吐きながら、オオルリにぶっ飛ばされ通路の壁にぶつかり、ずずずと崩れ落ちた。
「これも…君の愛…」
鼻と口から血を垂らしながらそうつぶやくカッコウは、幸せそうな死に顔だった。
「まあ死んではいないが、いつものことだししかし」
「バカだねー」
とベニヒワとペンギンが声をそろえて哀れな(?)カッコウを見つめていた。
オオルリはというと、カッコウに八当たってすっきりしたのか、鬼の形相から一変、キラキラと目を輝かせて両手を組み合わせて、遠くを見つめながら
「でもあたし負けない。あたしの愛で必ず、ワシ様を取り戻してみせるわv」
キラキラと乙女オーラを放ちながら、一人勝手に誓い盛り上がるのだった。
「う、ううう、そんなのヤダァーーーオオルリィーーーーー!!!」
ずるずると這いながら必死に懇願し、手を伸ばすカッコウに振り向くことなくオオルリは空を見つめひたっていた。そんな二人を冷めた目で見ながら「みじめー」「なんかねー…」と他の二人はあきれた言葉を吐くのだった。

城内の別の一室でも、ワシの離脱に悩める少女がいた。
「姉上、元気だしてください」
よく似た顔立ちの三人の少年たちが落ち込む彼女を励まそうとする。
「ワシ様、ほんとにいなくなっちゃうなんて…。はぁーー」
がっくりとうな垂れ、窓辺で深いため息を吐くカワウ。彼女に寄り添いながらヒメウも励まそうとする。
ただヒメウも、ワシがいなくなったことに落ち込んでいた。ウ姉妹とアイサたちはワシには親切にしてもらったこともあり、彼が裏切ったことはショックだった。カワウだけでなく、ネガティブなオーラはヒメウやアイサたちにも伝染し、部屋中暗い空気が漂う。それを打ち消すように声を上げるのは、ウミウだ。
「だめよ、あんたたち! しっかりしなさいよ。私たちを裏切ったワシ様は敵なのよ!
私たちのやるべきことはなに?! サイチョウ様にご恩を返すことでしょう!
それだけじゃない。戦わなきゃいけないの。この世界を救う為に」
「うん、わかってるよ、でも」
「でもじゃないよ! 世界を救うのはサイチョウ様なんだよ!
早くしないと世界は、私たちは滅んでしまうって!」
ウミウの声に、カワウもヒメウもアイサたちも顔を上げた。ぎゅっと決意を新たにするように。


「我々は滅ぶ」
スズメの中で、ワシのその言葉が痛いほど繰り返されていた。
ワシからサイチョウの話を聞いた。幼かったワシたちを救い育ててくれたというサイチョウ。
そのサイチョウがどういった目的で行動を起こしたのか。
サイチョウは鳥神と戦うため、鳥神を倒すため、強力な力を得るために、この世界を統べようとしている。
いや統べることが目的ではない。ただ力だ。なににも負けない、母である神を滅ぼせるほどの強力な武力を得ること。多くの国を従えたり、倒していったりも手段でしかなく、強引過ぎるそれは、目的を果たすまでの時間がないことでもあった。
もう時間はあまりないのだと。ワシは強い口調でスズメに言った。
我々の心は病んでいく。段々と自分の事しか考えない者が世界中でも増えてきた。彼らの歴史の中でも、ここ最近は極端にそうした流れにある。翼の者が差別され、翼の者は暴力で翼の無い者を排除し、翼の無い者は別のもので翼の者を傷つける。スズメのいた日鳥国は穏やか過ぎた。彼女の知らない遠くの国や、街ではそういった争いや醜い感情のぶつかり合いが耐えなかった。争いによって住む場所を、家族を失ったワシは幼いながらにそれを思い知らされたのだ。サイチョウと出会い、サイチョウの思いを知り、強く共感した。
我々の心が病んでいくこと…、それは我々の生みの親である神の心も邪悪へと染めていってるのだ。
大地が荒れ、新しい命が生まれなくなる。蝕まれ、壊れていく世界。子らは忘れていたのだ、この世界は母そのものだと、母の心で保たれているのだと。大事なことを忘れ、欲望のままに生きてきた結果が今なのだ。
「鳥神の心が邪悪に染まりきってしまったら…、我々は滅ぶ! サイチョウ様はそれを防ぐ為強力な兵力を手に入れようとしている。…鳥神と戦う為に…」

そんなの、ウソ、ウソだよ!
ワシの話を聞いて、スズメはそう叫んで仲間の元を飛び出してしまった。
ワシからサイチョウのことを聞いて、よくわからない不安がスズメの中で生まれつつあった。
ライチョウを信じて、自分の翼を信じて、このまま進んでいくことに迷いは無かったはずなのに。
世界が滅ぶということが、すごく怖くて、もう目の前に迫っているのだと聞いて、否定したかった。
信じたい気持ちがある。この世界の望みを、どこかに見つけたいと願う。
「天気のいい日が減ってきたよな」
そう言ったハヤブサの声がリピートする。
「たしかに、子供が生まれたって話も聞かないよな」
そう言ったカラスの声がリピートする。
「そんなことないよ。きっとどこかで、生まれているかもしれない、新しい命が希望が」
あたしがそれを見つけてくる。
と、一人飛び出してしまった。
一人になって、とぼとぼと歩いているうちに、少しずつ冷静さを取り戻す。
そうだね、世界は滅びの道へ進んでるんだね。いろんなところで争いがあって、子供だって、日鳥国でもメジロ君より小さな子はもういない。
『…スズメ…』
悲しそうなもう一人の自分の声が聞こえた。カナリア、翼であるもう一人のスズメ。いつも悲しげで、なにかをかかえているようなそんなカナリアの声が聞こえて、スズメは「だめ、あたしが弱気になっちゃだめなんだよね」と立ち直ろうとする。
「進まなくちゃ…ね」
『…ごめんなさい…』
どうして謝るのだろう。スズメにはカナリアの心のうちがわからずにいた。もしかしたら、自分の不安がカナリアに影響するのかもしれないと、改めて心を強く持たなくちゃと気合をいれた。
「スズメ!」
自分を追いかけてきたのはハヤブサだ。その声にスズメはいつもの元気な声で返事をした。
「ハヤブサさん、ごめんね。勝手に一人離れたりして」
「いや、私こそすまない」
「ハヤブサさん?なんで謝るの?」
「私は君に頼りすぎていたとこがあるんだ。光の翼の救世主を。それじゃいけないんだよな。私は勝手すぎた」
「なんで? ハヤブサさんの言うとおりだよ。あたしは光の翼で、みんなを救わなきゃいけないんだから」
「スズメがその使命に燃えるのもよくわかるんだ。ただ、君だけが一人走らなくいいんだ。って私が言うのも説得力ないけどな」
きょとんとするスズメに、はははと軽く笑ってハヤブサが言う。
「カラスに言われたんだ。光の翼は一人じゃ強くなれないって。そのとおりだな。君は完璧じゃない。だから、みんなで支えになるんだ」
「ハヤブサさん…」
すうっと心の中の見えない重りがどこかにいったみたいに、スズメの不安は消えていった。
「兄さんは君を不安にしたくてあんなこと言ったんじゃないんだ。兄さんはそれだけ世界のこと心配しているから…」
「うん、わかってるよハヤブサさん。もどろっか。みんなのとこに」
たたっとハヤブサを先導するようにスズメは駆け出した。「ああ」と答えてハヤブサも一緒に二人の元へと足を向けた。
「あっ」
立ち止まったスズメ、彼女の足を止めたそれにハヤブサも気づく。向かい側の街道を歩いている一人の女性。彼女が抱きかかえていたものに、スズメたちは目を奪われ足を止めたのだ。
「ハヤブサさん、あれって…」
「あ、ああ。まさかとは思うが…」
目配せして、スズメとハヤブサはその女性の側へと駆け寄った。

「あの、それって」
自分の側まで駆け寄ってきたスズメたちに気づいて、なにかを抱えた女性は足を止めこちらへ向いた。
スズメたちが訊ねるそれを大事そうに両手で抱きかかえながら。
「私の子です」
女性の返事に、スズメとハヤブサは驚きながらも、ぱぁぁと喜びの表情になる。そう、彼女が抱きかかえるは卵だった。
「でも、からっぽなんです。この卵にはなにもなくて、だから、お墓に…」
うううと悲しく呻きながら、女性の頬には涙が伝う。よく見ると卵はひびが入り、そこからは空洞しか確認できなかった。
「そんな…」
「せっかく、せっかく生まれたのに。からっぽだったの。なにも、なにもないのよ」
「やっぱり…」
一瞬もしやと期待はあったものの、これがやはり現実なのだとハヤブサは肩を落とす。
「これが今の世界の状況なんだ」
二人の背から聞こえてきたその声はワシ。ワシとカラスが二人の元へとやってきた。
「もうすでに滅びの道を歩んでいる。こうした事態は世界中で起きている。命はもう芽生えない」
「だから、鳥神を倒すの? でも神を失ったら、そしたらそしたらきっと、あたしたちまで消滅してしまう。神を倒すなんてやっぱりムリだよ!いやだよそんなの、あたしたち滅びる為に生まれたんじゃない!」
泣き崩れる女性の横で、スズメが大粒の涙をこぼしながら膝をついた。
「スズメ…」
「もういいわ、こんな世界なくなってもいいわ。この子の産まれてこない世界なんて、いらないの」
ぐすっと鼻水をすすりながら、スズメはその絶望した声に顔を上げた。虚ろな目で、からっぽの卵を見下ろしている女性にと、スズメは近寄り声をかける。
「あたしはいらなくなんてない。やっぱりこの世界を、みんなを守る翼になりたいもの。…ひとりでも、この力で助けてあげたい」
『スズメ…』
カナリアの声が彼女の中でかすかに響く。それは小さくつぶやく切なげな声。
「あたしはあたしのやり方でいくよ。サイチョウとは違うやり方で、あたしは滅びの道をとめる」
立ち上がり、翼を広げ光の翼になるスズメ。光り輝く翼のスズメを驚いた顔で見上げる女性だが、おびえてはいなかった。
「スズメ、まさか、からの卵を光の翼で?」
目を見張るハヤブサ。スズメの光が女性の腕の中の卵をそして女性を包む。どきどきと光景を見守るハヤブサたち。数分後、スズメの光が翼とともに消え、元の光景に戻る。みないっせいに卵へと注目するが。
「やはり、光の翼には生まれてこなかった命を再生する力はないのだ」
ワシの一言で、みなその現実に落胆する。
「スズメの光の翼でも滅びの道は止められないってことなのか?」
「ごめんなさい」
「あっ、スズメ! 私追いかけてくるよ」
走り去ったスズメを追い駆けて行ったハヤブサ。そこにはワシとカラスと、卵を抱える女性だけが残っていた。
「彼女は、私が思っていた光の翼とずいぶん違うな…」
「ワシさん、スズメはまだ未完成なんです。光の翼としても目覚めたばかりだし。スズメがライチョウ様の言う救世主で、特別な翼だってことはわかるけど。…俺思うんです。スズメに力を与えるのは俺たちの役目なんじゃないかって。スズメが力を発揮するのは、いつもだれかのためだから、きっとそういった想いが光の翼の力になるんじゃないかって」
「君は妙に落ち着いているな。それだけあのこを信頼しているんだな」
「まあ、付き合いは長いんで」
「私もだ。君があのこを想うように、私にとってサイチョウ様は特別な存在なんだ」
「ええ、そういう想いが大切なんだと思いますよ。光の翼にとっても、この世界にとっても」
ワシがカラスを見る。カラスはにっこりと微笑みながら頷いた。
「あの…」
その声は二人の側でしゃがみこんでいた女性のもの。ゆっくりと立ち上がった彼女はカラスたちへと声をかける。
「さっきの女の子はどちらに?」
「あ、えと、仲間が呼びにいったんですぐ戻ると思いますけど」
「あのこ、私を助けようとしてくれたんですよね。さっきのあの不思議な光に包まれて、私心が落ち着いたみたいで。もしかして、あのこがライチョウ様の教えにある光の翼でしょうか?」
さきほどの絶望していた顔から、少し落ち着いた表情になっていた女性。スズメの光の翼は、生まれなかった赤子は救えなかったが、この女性の心を少しは救えたのだろう。数秒して、カラスが答える。
「はい!」
「絶望するだけではなにも変わらないものね。希望をもって生きていかなくちゃ。あのこが今度生まれ変わる時、あのこが幸福に生きていけるような世界にするために。…私も私にできることはなんでもするわ。だから、光の翼の救世主に伝えてください。私のこの想いを」
彼女の言葉をカラスが伝言する必要はなかった。ハヤブサとともに戻ってきたスズメに、その声はちゃんと届いていたのだから。
「ありがとう。あたしもっとがんばってみるから。救世主として、もっとちゃんと強くならなくちゃ。そのためにも、バードストーンを手に入れなくちゃだよね、ワシさん」



場所はケツァール城。すっかりと夜はふけ、城周辺の森もしんと静まりかえっていた。ぽつんとバルコニーで夜空を見上げていたのはペンギン。その彼に後ろから相棒が声をかける。
「ペンギン、そんなところでなにしてるんだ?」
室内の光からはぐれ、ゆっくりと全身を暗く染めていく、黄色がかった髪の輪郭が、うっすらと星の灯りに照らされるその相手に気づいて、ペンギンは嬉しそうに返事した。
「あ、ベニヒワ! 見てよ、星空なんて久々だよね」
ゆっくりと歩いてきたベニヒワはペンギンの横に並んでてすりにひじをつく。横に並ぶと二人して夜空を見上げた。
「星…か。最近見ないな」
ベニヒワのつぶやきどおり、天気のいい日は減ってきた為、今日みたいな星空は久しぶりの景色だった。
「私は…信じたくないな。こんな星空がなくなるなんて…」
悲しげに夜空を見上げてつぶやくベニヒワを見上げて、ペンギンが彼女を励ますように
「だいじょうぶ。ボクらにはサイチョウ様がいるぺん!」
明るい顔で自分を見つめてくるペンギンに、ベニヒワも笑顔になって返す。
「そうだな」
サイチョウという存在、それが二人にとって大きな存在で支えだ。ベニヒワもペンギンもこの世界の行く末に不安を抱いている。滅びへの道を恐れているからこそ、強くサイチョウを信じ、慕う。二人にとってサイチョウは恩人であり、かけがえのない希望の光。


ケツァールは自室でなにを想うか一人でいた。灯りを灯さず、じっとなにかを見つめていた。
大事そうに厳重に保管されている一つの箱。その箱の中にあるなにかのかけらを手のひらの中で大事そうに握り締める。それは彼女にとって宝物なのか、それとも忌まわしきものなのか。どちらとも知れない。ただそれを大切そうに眺めているかと思えば、眉間にしわ寄せ、苦々しい顔を浮かべる。無言でそれを箱へと戻し、鍵をかける。そうした時に、彼女の背後から一人の男の声がした。
「星がでているぞ」
はっとして振り返るケツァール。自室の入り口にその男は立っていた。ケツァールは無言で男を睨む。
「あの日も…こんな夜だったな」



「ふぁーー、あー、キレイな星空だな」
木にもたれ座りながら、カラスは空を見上げていた。もうすっかり夜になり、スズメたち四人は洞窟の中で身を休めていた。
「カラスってば寒くないのかなー。外で寝たら風邪ひくよ」
洞窟の中でスズメはハヤブサと並んで座っていた。外にいる視界に映らないカラスのことを話していた。
「今日は星がキレイだからね」
ハヤブサも身を乗り出して外を見ながらそう言う。かすかに木の向こうにカラスがいるのが確認できた。
一人星空を見ていたカラス。そのカラスの視界に異常なものが映り、慌てて身を起こし緊張する。
それは黒い影が空を舞っている。つまり、翼の者がいる。
「敵?!」
カラスは警戒して翼を広げる。ギッと緊張した眼差しで待ち構えるカラスのほうへと、迷いなく翼の者がむかってくる。瞬時に敵と判断する、お互いに。
「だーーっ」
掛け声あげて、カラスは向ってくる翼へと飛立つ。カラスの存在に向こうも気づき、すぐにギンと敵意を漲らせ、カラスにぶつかってくる。
「うわぁっ」
カラスの悲鳴を聞いて、スズメたちが洞窟から飛び出してきた。
「カラス!」「どうした!?」
スズメとハヤブサのすぐうしろから、ワシも現れる。
「どうした二人とも、あっ」
三人の前に舞い降りた翼。それはワシの見知る相手だった。しりもちをついてカラスが落ちる。「うげ」打撃をうけていたが大した怪我はなかった。
「ワシ様!」「ミサゴ!」
それはケツァールの城にいるはずの翼の少女ミサゴだった。ワシを目にするとぱぁぁと顔を輝かせてワシのほうへと走りよる。
「この辺だと思ったら、よかったお会いできて」
「ちょっとまてー」
よろりらと半身を起こしながらカラスがなにかうったえているが、ワシしか視界に入っていない様子のミサゴには届いていない。
「ワシさん、この人は?」
「彼女は我々の味方だ。安心していい」
ワシとミサゴの間にどんなやりとりがあったかしれないが、彼女が味方であることはワシの態度からして間違いないのだろう。ワシを慕うミサゴはワシの裏切りを知ってもなお、彼に協力する道を選んだらしい。
「ミサゴといいます。お見知りおきを」
「彼女は頼りになる翼だ」
「あ、そんな…はい、頼りにしてください」
ワシの褒めに少しテレを浮かべながら、凛々しく応えたミサゴ。
「それなら先に言ってくれれば…」
「あ、ごめんなさい。いきなりかかってきたから…つい。あの大丈夫ですか?」
カラスに気づいて心配そうに覗き込むミサゴ。
「あー、だいじょうぶだよ。怪我してもあたしが翼で治してあげられるもん、ね」
「いやそういう問題じゃないんだけど…、ま、いいや」
と一人カラスはためいきをついた。
ミサゴを迎え、スズメたちは洞窟内へと戻る。移動してすぐに、ワシはミサゴに現状を確認する。
「…でミサゴ。城で変わった動きはないのか?」
「いえ、特に変わった様子は…、翼の数もワシ様が出られる前と変わりなくです」
「そうか」
ワシは考え込む顔で腰を落とした。
「ケツァールのやつ、何も考えていないのか。…それともなにか作戦が?」


「なにしに来たんだ! 嫌味でも言いにきたのか!?」
思わず感情高ぶるままにケツァールが声を荒げた。
入り口の側で、こちらに向かい合うその男は、ケツァールの神経を逆なでする。ぐわっと美しい顔を歪め、その相手を威嚇する。男はそんなケツァールに冷静な態度を変えることなく彼女を見ている。
「酷い言いぶりだ」
私の協力が必要だろうという男に、ますますケツァールの感情が暴れ狂う。
「そんな必要はない!私はあんたの顔を見たく無いからチョモランマを離れてここにいるのだ!あんたなんかの力など借りずとも十分やっていけるさ!
だからもう、私の前にその顔を見せるな!!」
強い口調で言い放ち、鼻息荒く部屋を出るケツァール。彼女が纏った透明なマントがぶぁさっと音を立て、乱暴な足取りで男の前から去っていった。
「ふ、まあいい。私が用があるのはケツァール、お前ではないのだからな」
男の手の中には、じゃらりと音を立てて揺れる無数のバードストーンがあった。


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