『また…、負けたのか…?』
霞がかった異空間の中漂うような不思議な感覚の中に、彼はいた。
また、負けた。認めたくないが、納得している部分もあった。不思議とそれを受け入れているような感覚もあった。
あんなにも熱く滾っていたものが、失せてしまったのかと思えるほどに、落ち着いているような、ぼんやりとしているような、そんな状態にいるように思う。
『負けたのか、オレは…また、あいつに…』
ハヤブサに、負けたのか?
いや、オレを倒したのは、ハヤブサじゃなかった!
気が途切れる瞬間、その時の記憶が確かなら…
迫っているのは光り輝く、あの小柄な翼の少女。たしか、スズメと呼ばれていた。生意気で、ハヤブサの味方で、好戦的な奴だった。
だけどももう一つ不思議な記憶がある。記憶というよりも、夢の中の出来事にも思えるが……。
『おかしなことを考えている。らしくねぇ。…だけど…』
気にかかる。気になってしかたない。それが事実なのか、どうしても確かめたい。
いかなきゃな、と思いながらも、まだこの世界に揺られていたいとも思っていた。
『戻ってなにがある? いっそこのままでいいんじゃないか。オレにはなにも…』
『タカ!』
ハッと見開かれる目、その声に強く反応する。だってそれは大好きなあの人の声だから。
『ワシ兄?』
ぼんやりと浮かんでくる兄ワシの映像、だがそれも少しずつ消えていく、遠ざかっていく。待ってと手を伸ばしても届かない。次ぎに別の方向から、別の声が自分を呼ぶ。
『タカ兄!』
ハヤブサの声だ。それもぼんやりとした映像ですぐに消えてしまう。
なんだ、なんなんだ。
頭を両手で押さえ、首を振る。
強く思う。「イヤだ!イヤだ!」
オレは帰りたい、あの人の元に。ワシ兄のもとに。兄を救いたい、たとえ兄がハヤブサのほうが大切なのだとしても、自分には兄しかいない。
ハヤブサを憎む気持ちよりも、その気持ちのほうが勝っているのだと気づいた。
『戻りたい』
願う気持ちを導くように包んでくれる暖かい光を感じ、タカは顔を上げた。彼の目の前にうつるは光の翼の少女。自分へと手を差し伸べるその姿は…。
戸惑いながらも、ゆっくりと手を伸ばしながら、タカは心の中でつぶやいた。子供のころ信じていたその存在が、こうしてまた自分を救いに現れた。いや、本当はずっといたのかもしれない。曇った心が見ないようにしていただけなのかもしれないと。タカは、少女の手を掴むことができなかった。寸前で躊躇って離してしまう。
『どうして、お前なんだよ?』
タカの前に現れたその光の翼の少女は、あの生意気なスズメという少女の姿であったから。



「ハッ」
場面が変わって、今度目に映るのは、さきほどとは違いはっきりとした景色の世界。木目がはっきりとした木の天井。
「ここは…どこだ?」
タカは目覚めて体を起こす。自分は簡素なベッドの上に寝ていた。覚えのない場所だ。夢なのかと思いそうになったがそうでなく、はっきりとした感覚があった。くるりと首を回して周囲を確認すると、自分がいるベッド以外に細々と小さな家具が置いてあり、実に簡素な木の小屋のようであった。ものは少ないが、小さなテーブルにはカップがひとつ、使われた形跡があり、生活しているものがいるのだと気づかされる。
タカがそれを確かめる前に、その存在は現れた。
「あっ、気づかれたんですね!」
隣の部屋から声とともに現れたのは、見たこともない少女。肩まで伸びた髪に質素なワンピースの素朴な少女。タカと目が合うと人懐こそうににこりと笑った。歳はまだ若く、タカと同じ年頃のように見えた。
「よかった。三日も眠ったままだったから、すごく心配してたんです。でもほんとによかった。気づかれて…」
タカが訊ねるよりも先に、少女がまくしたてる。ちょっと落ち着きのなさそうな少女だが、害はなさそうだ。不思議なほどタカは落ち着いていた。が、少女の話が本当なら自分は三日も眠っていたということになる。それには少し驚いたが。
「三日も…?」
「えっとはい、そうですよ。私の体内時計が狂ってなければです!」
意味がわからないが、まあそういうことなのだろう。
「あんたは誰なんだ? ここはどこだ? オレはどうしてここで寝ていた?」
真面目な顔で訊ねるタカに、あわわとなぜか慌てながら少女は答える。やっぱりちょっと落ち着きが足りない。
「あわわ、突然で驚かれて当たり前ですよね。えっとまず自己紹介から、私はチドリ。この森に一人で住んでいるんです。ここは私のお家です。三日前に、森の中であなたが倒れているのを見かけてびっくりしちゃって。どうしようかと、で、私のうちまで運んできたんです。一瞬…最悪な状態なのかもとどきどきしていたんですけど、よかったです。生きていて、それに気がつかれてほんとーによかった」
「森の中で…」
タカは遠い目で記憶を確かめようとする。森の中で眠っていた? ハヤブサとの戦いで、ハヤブサを追い詰めていたはずなのに、背後から突然襲ってきた光の塊、それがあのスズメという翼の少女だった気がする。
ダチョウにやられて傷が残っていた翼は、致命傷を負ったはず。だのに、今はどこも痛みはしない。体の奥に今はしまってある翼も、どうもなっていないようだった。
光の翼…、まさか、まさかな…
遠い目でなにかを考え込んでいるようなタカが気になって、チドリが訊ねる。好奇心からか。余計なことかもしれぬのについつい聞いてしまう。
「あの、なにかあったのですか? 森の中で眠ったまま目覚めない人なんて私初めてだったから驚いちゃって。まさかとは思うけど、翼の者に襲われたとかじゃないですよね? 私もたまに街に出かけた時に、そういった噂聞くこともあるんで、やっぱ怖いですよ」
翼の者に襲われた、間違ってはいないが、チドリの言葉にタカは頷かなかった。ぺらぺらと一人しゃべるチドリはタカの様子に気づいて、またあわあわと一人慌てて両手をふるしぐさをする。
「ああああの、ごめんなさい私ったら一人でしゃべってばかりで。ええっとあの、私ずっと森で一人暮らしで、その…コミュニケーション苦手みたいなんですよね。あうう、えっと初対面の人とお話しするときってどうすればいいんでしょうね?」
どうも落ち着きがないのはそのためなのか。チドリは人付き合いが不得意な子らしい。不憫な…。しかしチドリに負けず劣らず人付き合いの不得手なタカに聞くのは間違っている。
「あわわ、こんなこと聞くのって変ですよね。あああえっとそうだ。まだお名前を聞いてませんでした。あの、よろしかったらお名前を教えてくれませんか?」
チドリの顔は赤みを帯び、じわりと汗まで浮いていた。わりといっぱいいっぱいなのか。
「タカ…」
ぽつりとタカが返す。一瞬ぽかんとしていたチドリだが、数秒して「あっ、タカさんですね」
さすさすとタカは自分の体をさする。やはりどこも痛むことはないし、外傷もないみたいだ。
「ケガを…、あんたがケガを治してくれたのか?」
タカの言葉に「へ?」とハテナ顔になるチドリ。
「え、ケガって? タカさん別にケガなんてなかったですよ。あっ、中は確認して無いからわかりませんけどねっ、きゃv」
「えっ…でもあの時たしかに…」
負傷したはずなのだ。もししていないのなら、ハヤブサとの闘いそのものが夢だったのか。光の翼にやられたのが夢だったのか。夢……?
「(そうだ、夢だ。夢の中でオレはあのチビにやられて、あのチビが光ってて、そして、あのチビに助けられた…?)
現実だった?いや夢だ?くそっ、どっちなんだ全然わかんねー!」
突然独り言をぶちかまし、頭を押さえ取り乱すタカに、チドリがびくっと脅える。
「ああああの、タカさん?だいじょうぶ、ですか?」
少し離れた位置から心配げにチドリの声。ああ混乱してても仕方ない。そう思ったときにタカは空腹なことに気づいた。
三日も寝ていたんじゃ、腹が減ってて当然だ。
「腹が、減った…」
ぴーんと閃いたような、嬉しそうな顔になってチドリが「待っててください、お食事ちゃちゃっと作って来ますから!」
とぱてぱてと隣の部屋へと消えていった。しばらくして、いろんな音が聞こえてきた。腹の奥を刺激するようなおいしそうなにおいも。いろいろ思うところはあるが、とりあえずはこの腹を満たそうとタカは考え、チドリの食事を待った。すぐに食事はできあがり、テーブルの上に並べられる。普段一人で暮らしているチドリだから、食事の量もさほど多くはなく、やはり質素だ。それでも空腹状態の今のタカにはありがたい。タカが食べ始めるのを見てから、チドリも食べ始める。なにか話題をと、あせあせしながらチドリが目を泳がせる。なにか話すことが使命だと思っているかのようにちょいと必死だ。
「あの、あのですね、こんなこと聞いちゃっていいんでしょうか?」
「なんだ?」
無愛想ながらタカが顔を向ける。
「えっとですね。タカさんには、お友達っていらっしゃるのですか? 心配されている方とか…」
「……」
「私はもう長いこと一人だから、そういうの疎いんですけど。ええっとですね」
「そんなものはいない」
「あっ、…ごめんなさい、やっぱ変なこと聞いちゃって。あでも気にしなくていいですよ、私だって一人ですもの!同じです、お仲間です」
微妙な励まし方に、やはりまずかったとあせあせなるチドリ。相変わらず硬い表情のタカだが。
「変なやつだな、お前」
「はいぃぃ、ごめんなさい。落ち着きないってよく言われます。街のおばさんとかに」
「別に謝らなくていい」
「あっはい…、(ああでも気を悪くされちゃったかも、はぁ)」
べこりと一人凹むチドリだが、タカはそこを気にしてはいなかった。
「でも、大切な人はいる。とても、大切な人は…」
タカがそう心に思うのは、兄ワシ。それからもう一つ、心にひっかかっているのはあの存在…。
「そうですか。……なんか羨ましい…」
後半はぽつりとタカに聞こえない声量でチドリはつぶやいた。
タカは食器を置くと同時に立ち上がった。「うわっ、えっ」とチドリが驚いてスプーンにすくった汁をこぼしてしまう。
「オレは行かなくては。ワシ兄のもとに」
「あっ、タカさんもう行っちゃうんですか? まだおかわりありますよ、おいしくなかったですか?」
「別にメシはまずくなかったが、オレは…いつまでもここにいるわけにはいかないんだ」
だれかから言われたわけじゃない。タカ自身がしたいこと。
「そ、そうなんですか。でも、外は危険がいっぱいですよ? この森はまだそんなことないですけど、ほら噂聞きますし、凶暴な翼の者に…、酷い目に合わされるかもしれませんよ?」
チドリの言葉に、タカは少し目を伏せて、ゆっくりと歩き出し彼女に背中を向ける。外へと繋がる玄関戸に手をかけてチドリに伝える。
「世話になったな。でもこれっきりだ。あんたみたいに普通の者はオレなんかにかかわらないほうがいい」
「え?」
タカのそれに、鈍いチドリももしやと感じとる。どうしよう、すぐに否定したほうがいいんだろうか?だけど、体は震えてそれ以上進めない。凝り固まった思想は簡単に変えられない。背中越しながら、タカもチドリの心中を察した。これ以上関わらないほうがいいのだと思い、振り返ることなく扉を閉めた。

チドリの家を出て歩くこと数分、タカは歩みを止める。ハッと見開かれる目、その先に映るのは、タカの表情を険しくさせる存在。
タカの前方、行く手を遮るように立ちふさがる大きな影。その影は、タカに気づくと嬉しげにだが不気味ににまりと口端を吊り上げて笑った。
「こんなとこにいたのか」
「ダチョウ!」
ギリッと歯噛みしながら、さらに険しい表情でダチョウに対峙する。
「どうせハヤブサのことだ。お前にとどめは刺さなかったんだろうが。…弱いくせにしぶとい奴だ」
「うるさい! 黙れっ!!」
怒りの感情のままにタカは翼を広げ威嚇する。いまにも飛び掛ってきそうな状態のタカを、ダチョウは微動だにせず、にまりと笑んだまま見下ろす。
「ずいぶん探したぜ」
ケツァールの城にいて、タカの敗北を知ったとき、ダチョウは信じなかった。負けたことはともかくとして、タカは生きているだろうと、ハヤブサの兄弟に対しての甘さ、どんなにタカが敵意をみなぎらせても、ハヤブサはタカを殺せはしないだろうなと。ダチョウはタカの弱さを知っている。自分よりも弱いことを。翼を持たぬ自分よりも。なぜここまでタカに執着するのか、意地になるのか、考えても苛立ちしか生まれてこない。とにかくタカの存在が許せないのだ。この手でとことんいたぶって葬ってやる。きっとこんな気持ちは翼がないからだ。翼を持たないことがダチョウの心を苦しめ歪めさせている。
「タカさん!」
後方から聞こえてくるその声はチドリ。彼女は家から飛び出しタカのあとを追いかけた。すぐにタカには追いついたが、側まで駆け寄れなかった。自然と足は止まる。タカの背中に見えるのは…
「翼!?」
「何度もお前に負けるか!」
拳を突き出しダチョウへとかかるタカに、ダチョウはにっと笑みを浮かべたまま待ち受ける。ダチョウはタカの攻撃を力でねじ伏せ、反撃の打撃を叩き込む。肉と骨を打つ音がチドリの耳にも聞こえた。ぎゅっと目を閉じて、立ちすくむ。力を持っているはずの翼の者が、翼を持たぬものにやられている。チドリの常識からは考えられない光景だ。
「ゲホッゴホッ」
「その背中のものは見かけだけか?タカ」
「ちっ(こいつ…翼を持たないのになぜオレより強い)」
口元の血や嘔吐物を乱暴に手で拭って、タカは悔しげにダチョウを睨みつける。
ダチョウの強さは生まれ持った大柄な体格だけじゃない、別のなにかがある気がする。
「俺はお前を殺しに来た。ここを墓場にしてやる」
ギッと固く握り締めた拳を構えるダチョウ。ダチョウを鋭く見すえたまま逃げようとしないタカ。
どうしようどうしよう。その気持ちが渦巻いていた、背後から見守ることしか出来なかった少女はダチョウの拳が動いた瞬間に走り出していた。
「やめてぇーー」
チドリに気づいたダチョウが動きを止め、タカもチドリに気づき「!来るんじゃねぇ」
「あのタカさんとどんな関係か全然私はしらないけど、とにかくこんなこと、やめてくださいお願いです」
涙目でブルブルと震えながらも、チドリは叫んだ。
「おい女少し下がって見てろ。おもしろいもの見せてやる。こいつは翼を持ち、俺はお前と同じく翼のないものだ。翼のないものが翼のあるこいつを殺せるんだってところを見せてやるぜ」
「い、いや…」
チドリは震えながら首を振った。翼の者は乱暴で恐ろしい存在だと思っていた。だけど、翼のないものが翼の者を痛めつけるとこなど見たいとは思わない。もうなにがなんだかわからない。がただイヤだった。こんな風にタカが痛めつけられることが、すごく嫌だ、怖かった。
動けないチドリから視線を外し、ダチョウの目が捉えるのはタカ。タカもまたダチョウへと再びかかろうと構える。
「オレはぜってぇここで死ぬわけにはいかないんだ」
兄の元に、それから、あの少女のことを確かめる為に。
「死ねぇっ!タカァ!」
迫り来るダチョウの拳、タカも全力でそれにぶつかろうとした、したが…。どちらの攻撃も届くことはなかった。
タカの脇をすり抜けるようにして走った謎の衝撃はダチョウを襲い、ダチョウは驚きの中、膝をつかされた。
「なっ…」
タカは動きを止め、うずくまったダチョウを…、そして彼の背後にぶわりと着地した謎の翼の者たちへと目を向ける。チドリも目をぱちくりとさせている。一体今なにが起こったのか。
謎の翼軍団、派手な桃色の翼に、黒色の翼と、茶系の翼。身長は順に低くなる。最後の翼がこれまた極端に低いというか全体的に小柄だ。くりくりとした好奇心旺盛な瞳をタカへと向けている。どっからどうみてもその翼の者は子供だ。女二人に子供一人、突然なんの前ぶりもなしにタカの前に現れ、ダチョウを沈めたこの翼の者たちは何者なのか? タカは不審な顔を見せながら、訊ねる。
「お前らは…何者だ?」
「ウフフ、お久しぶりです。わが愛しの人」
「は?」
桃色の翼の女がくるりと振り返り、なぜか頬染めて満面の笑みを浮かべてタカへと答えた。わけがわからずぽかーんとなるタカ。
「遠目からも愛する人の顔を見分けられるって、これぞ愛!愛の力でしょ」
一人興奮キラキラする桃色翼の女にタカは戸惑う。つーかお前はほんとにだれなんだよと。
「あら?ハヤブサ様? お忘れですか? あなたの愛の人フラミンゴですわ!」
おかしいと思ったら、ハヤブサだと勘違いされていたのか。呆れの後に、怒りが生まれる。
「オレはハヤブサじゃねーー!」
なんで間違うんだとタカは腹立たしくてしょうがないが。双子で瓜二つの顔をしているとはいえ、性別が違うし、髪の色も違う(微妙なところでは髪型も)。またタカの服は胸元を大きく開けているし、…ハヤブサは胸が無いからそこは区別の対象にはならないかもしれない。まあ本人であるタカからすればなぜ間違うのか甚だ疑問であるが、他人からすれば、タカとハヤブサ見間違うほどよく似ている。
タカの態度に「あれ?」とフラミンゴ首を傾げる。そういえばどうもおかしい。ハヤブサはこんな乱暴な口調ではないし、それにほんとに自分を知らないような態度だ。距離を縮めて確認しようとするフラミンゴに、彼女の連れである翼の少女が声をかける。
「あのその人ハヤブサさんじゃないようだけど。私は一度会っただけだけど、似ているけどちょっと違う気がするわ」
「うーん、たしかにそのようね。ハヤブサ様にそっっくりだけど、雰囲気からして違うようだわ。ハヤブサ様は麗しの貴公子ってかんじだけどさ、こっちはなんてーの、ヤンキー?みたいな」
「えーと、わかんないんだけど…」
「ヤンキーヤンキー!きゃっきゃっ」
「だからハヤブサじゃねーつってるだろ。なんだお前らハヤブサの知り合いなのか?!」
「ほら、違うって」
「ううーん、ハヤブサ様じゃないなんてがっくり。でもここまでそっくりなんだ、ハヤブサ様のご兄弟とかかしら、ならちょうどいいわ、連れて行きましょう。ハヤブサ様に感謝されちゃうわね、うふふ。それに、クロボウズとの約束も果たせるしね」
「(くそ、どいつもこいつもハヤブサハヤブサ言いやがって)一体なんなんだ?あんたらは」
ふふふいくわよと不気味に連れの二人に目線を送った後、フラミンゴが答える。
「我ら翼の美少女隊!ぃよーろしくぅっ!」
人差し指をおでこに当てながら、足を広げなんとかヒーローのようなキメポーズをとるフラミンゴ。なにしてるの?といった目の連れの少女に「ほら、あんたらもやる」と促され、恥ずかしながらポーズをとる少女と、「うっわーい」とテンション高くまねっこポーズをとる幼い少女。よくわからない変な女連中に、タカは毒気どころか気力もそがれた。チドリは完全傍観だ。
「あんた、美少女って歳か?」
ぼつりとタカのツッコミにフラミンゴは「ガーン」と激しくショックで凹む。
「く、くそっ、覚えていろ!」
お前いたのかって雰囲気の中、ダチョウが走り去っていった。ダチョウのことは気になるが、追いかけはせず、ただ小さくなるのを見送ってタカは再び謎の翼軍団へと視線を戻す。
タカのほうへとぽてぽてと靴音をさせながら軽快に走ってくる小さな女の子。警戒心のかけらもなく、逆にタカのほうが警戒してしまう。くいくいと服の裾を引っ張って丸い顔で見上げてくる。
「あたしはーフクロウっていうんだよー」
自分の顔を指差しながら、そう言う。なんなんだこのガキは?と戸惑うタカに、「ねぇねぇ、おなまえはー?」と人懐こく訊ねてくる。
「タカだ」
「ねぇねぇ、タカもスズメちゃんのおともだちー? フクロウもねスズメちゃんとともだちなんだよー」
「スズメ、…あのチビか」
「私はツバメ。スズメとは幼馴染よ。ハヤブサさんとも面識はあるけど」
と黒い翼の少女はスズメとカラスの幼馴染の少女。
「あたしが関係あるのはハヤブサ様だけよー。だってー心の恋人ですものーーvおっほほーー」
とはフラミンゴ。みな冷たい目線を送る。
「これからいっしょにスズメちゃんたちさがしにいくのー。ねーねータカもいこーーよー」
「おい、そんな引っ張るんじゃねーよ」
突然現れたフラミンゴたちの強引さに押されながらも、タカは森を立とうとする。ずっと立ち尽くしたままだったチドリが思わず声を上げた。
「タカさん、私二度と関わらないなんてやっぱイヤです。だから、だからまた…」
少しだけ振り返って、タカは不器用にかすかに手を振って翼を広げ飛び立った。
「また、…来てください!いつでも待ってますから」


「バードストーンか…」
掌の光る小さな石を眺めて、ぽつりとつぶやく。
ケツァールとの衝突があった荒野からほど近い崖下の洞窟の中にスズメたち四人は身を休めていた。
「あたしが救世主になるのに必要か……。他にもあのケツァールってゆうおばさんが持ってるの?」
「うん、あと数個は持っているはずだ。彼女がアクセサリとして身につけているものの大半がバードストーンと思われるからね」
とスズメの横に腰掛けるワシが答える。
「ふーん、なんにしてもまたあのおばさんとは会わなくちゃいけないのか」
「…ああ…。そうだな」
「ワシさん? そういえばずっとさっきからつらそうな顔しているけど、どこか痛む場所でもあるの?あたしの翼じゃ完全になおせなかったのかな?」
「スズメそうじゃないよ。ワシ兄は心を痛めているんだ。そうだろう?」
ハヤブサのそれに、ワシは苦しそうな顔を上げる。
「タカ兄のこと心配してるんだろ?」
「ハヤブサ、すまなかった。私はタカを止められなかった」
「いいんだ、ワシ兄。悪いのは私だったんだ、ずっと私は気づかずにいた。私が知らずのうちにタカ兄を傷つけていたんだ」
「…いや私の責任だ。タカの様子にもっと気を配っていれば、…タカを死なせずにすんだかもしれない」
ワシのそれに「えっ?」と三人が顔を上げて目をぱちくりさせる。タカが死んだと、ワシは思い込んでいる?
「あの、兄さん。タカ兄は死んでいないよ」
「なに?本当なのか」
こくりと強く頷くハヤブサたち。森の中に放置してきたが、タカは死んでいない。
「あたしの翼で傷も治したし。またきっと会えるんじゃないかな」
とワシに答えつつも、スズメはちょっぴり不安でもあった。ハヤブサを殺意の混じった敵意を向けていたタカが、またハヤブサの前に現れたら…と思うと。まあその時は全力でハヤブサを守るだけだ。
「光の翼でか…」
「うんそうなんだ兄さん。そういえば、タカ兄の時だ。スズメの光の翼の力が目覚めたきっかけは」
結果的にタカのおかげになるのか。ハヤブサを救いたい想いがスズメの力を高めている。想いの強さがそのまま翼の力に反映されている。
「そうか、タカは無事なのか。…よかった」
「でもワシさんが仲間になってくれてよかったよ。心強いしね」
カラスの言葉にハヤブサもスズメも同調する。がワシはそれには少し渋い顔で答える。
「仲間か…言われてみればそうかもしれないが。…私はサイチョウ様を裏切ったわけではない」
それにはスズメとハヤブサが険しい顔で反論する。
「ええっどーして!? サイチョウって悪い奴なんだよ!」
「そうだよ兄さん! サイチョウは大勢の翼を従えてこの世界を支配していってるじゃないか! このままじゃ世界全部サイチョウのものになる。ワシ兄もそれに利用されていただけなんだ」
「たしかにそうだ。私もサイチョウ様のやり方が正しいとは思わない。だからといってサイチョウ様を倒すことが正義とは思わない。私は私なりの方法で、サイチョウ様を止め、この世界を救いたいと思っている」
「ワシさんは、どうしてそこまでサイチョウに特別な想いを?」
ワシの口ぶりから彼がサイチョウを敵視しているとは到底思えない。むしろ敬意をのぞかせるほど特別な存在であるかに思わせる。ワシは語る。その想いの真実を。
「ハヤブサお前は当時幼く覚えていないかもしれないが。…サイチョウ様は私たちの命の恩人だ」
「ええっ! サイチョウがハヤブサさんたちの恩人なんて…。きっと利用されていただけだよ!」
スズメは直接サイチョウに会ったことはなく、実際の人柄など知らないが、ライチョウを信じるスズメにとって、この世界の支配者として君臨しようとするサイチョウは悪の象徴そのものといっていい。そんなスズメたちにワシは昔話を語って聞かせる。


それは昔、…ワシが八歳、ハヤブサとタカが三歳のころに遡る。
村で起こった争いに巻き込まれ、家族を失い、ワシは弟と妹を連れて村を出た。
行くあてのない、過酷な旅に、幼い彼らはそうすることが正しいと信じて、理想郷求めてひたすら歩いた。
草も木もないなにもない砂漠をひたすらに進んだ。
「うわーーん、おなかすいたーーもーあるけないよーー。ママー」
泣きじゃくり座り込んで歩かなくなったタカ。ワシはなんとか弟を励ます。
「タカ、もう少し我慢するんだ。もしかしたら村が近いかもしれない。さあ、たって歩こう。たどり着かなきゃおいしいものも食べられないんだぞ」
「うう」
ぐずりながらも、ムリヤリ起こされてタカは仕方なく歩く。
「あたしも…もーあしつかれて、あるけない…」
反対側を歩くハヤブサが今度はその主張。困り果てるワシをさらにワガママで困らせる。
「おぶって、にいちゃん」
「ずるい!ハヤブサばっかり! にーちゃんおれもおんぶ!」
「むちゃ言うなよ」
「じゃーやすも」
「こんなところで休んでいる間に夜になるぞ。砂漠の中で野宿なんて危険すぎる。もう少し、二人とももう少しだけがんばってくれ」
べそかきと不満そうな顔の二人をむりやり説き伏せ、歩かせる。
なんとか岩陰までたどり着いた時にはすっかり日が落ちていた。当たりは暗く不気味だ。幼い弟妹を抱き寄せながら腰をつく。
ぐすぐす泣いていたタカは疲れ果てたのかすぐに眠りについた。しっかりと兄の胸元の衣服を掴んだまま眠っていた。
ワシは眠りにつけずにいた。いや眠ってはいけないと必死に目を開けていた。真っ暗闇の世界。今まで自分たちを守ってくれていた親は家族はもういないのだから。幼い弟たちを守れるのは自分だけ。守らなければならないと、強い使命があったから。
「ねぇにいちゃん」
自分の右胸で寝ていたハヤブサがぽつりとつぶやいた。
「あたしたち、どーなるの?もうずっとたべてないし。もうしんじゃうのかな?」
「バカ言うな!お前ら二人は兄ちゃんが守るって言っただろ」
「う、でも…こわい、こわいよーー」
うわーと泣きながらワシの胸に飛び込むハヤブサを抱きしめてなだめながら、ワシはこらえる。
「泣くな、ハヤブサ。泣いちゃ…」
それでもハヤブサは泣きやまなかった。
ぼくは泣けない。泣いちゃいけない。
ぐっと溢れそうなものをこらえる。涙を不安を。
二人は死なせない、ぜったいに!
呪文のように心の中でなんどもそう唱え続ける。
雨が降ってきた。すぐに雨足は激しくなる。岩陰とはいえ雨の飛沫はとんでくる。二人を守るようにワシは向きを変える。ちょうど眠りにつく二人の寝顔を見下ろせる位置で。
「ハヤブサ…、タカ…、ぜったいに…まもるから…」
だけど、体は限界を超えていた。次の瞬間ワシは意識を失い倒れこんだ。
そのあと目覚めた時は、あの人の、彼が恩人と敬うサイチョウのもとだった。
サイチョウの話では、ワシはその時に翼の力に目覚めたらしい。無意識に芽生えた翼の力が、守るように弟と妹を覆っていたという。

「私たち三人はサイチョウ様に助けられた。そして私たちを実の子供のように大切に育ててくれたのだ。私はその恩を忘れたりしない」
「ワシさん…」
ワシの話を聞いて、スズメの顔はしんみりとしたものになっていた。サイチョウを絶対悪と思っていたのに、ワシの話からは彼らの恩人だということに。
「だから、サイチョウ様は君たちが思っているほど悪人ではないんだ。でも…」
ワシはキッと見開いた強い眼差しでスズメを見た。そしてこう告げる。
「サイチョウ様のやり方についていけない。だから行こう」
感化されたようにスズメも強い眼差しでワシを見上げる。
「バードストーンを手に入れに」


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