島魂粉砕

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  第九話 報告と兄の異変  

その日の昼ごろには、キョウジはシズクを連れて、風東家へ戻った。風東家当主である父のアラシに、シズクと婚姻することになった報告へと向った。
シズクとの縁談は過去にキョウジ自身が断った経緯がある。アラシはキョウジが興味を抱いてやっている事柄を大体知っていたこともあり、シズクとの婚姻はないものだと諦めていた。
それが急に、その報告だ。
驚きもあったが、なんとなく、そうなるのではという予感があった。
アラシは経緯を深く訊ねることはなかった。シズクに改めて息子をよろしく頼むと挨拶をした。
見知った相手ということもあり、シズクは安心する気持ちもあったが、アラシに申し訳なく思う気持ちもあった。キョウジが婚姻を申し出てくれたのは、自分の為、マサトから引き離すため、守ってくれるため…。
勢いで、決めてしまったが、本当によかったのだろうかと、少なからずそう思う気持ちがあった。



遡る事数時間前――
朝早く水南家へとやってきたキョウジのしたことに驚かされたが、しばらく信じられない気持ちでいたが、嬉しかった。怖くて怖くて一人思い悩んで、どうにかなってしまいそうな心のままで、マサトのもとに嫁がなければならない不安、ジンヤと連絡が取れない現状の不満、誰にも相談できずにいたそこにキョウジが救いの手を差し伸べてくれた。
父のヨウスケも最初はえらく渋り、キョウジの行動に迷惑な気持ちを隠そうとはしなかったが、真剣なキョウジの話を聞いているうちに、気持ちは軟化した。元々ヨウスケとしてはシズクの相手はマサトでもキョウジでもどちらでもよかった。とにかく早くここから、クマオのもとから遠ざけられるならばと。それならば、シズクの想いを優先してやろうと。シズクがどちらと一緒になりたいか、その想いをくんでやりたいと思った。母のほうは、「どうしてマサトさんじゃいけないの?」と納得行かない様子でシズクを説得しようとしていたが、マサトだけはどうしてもダメなシズクは頑として、「キョウジとします」と言い張った。最後にはヨウスケのほうから母を説得していたが。なんとか親を説得することができ、すぐにキョウジの父アラシの元へと報告に向ったのだった。

「しかし気づかなかったよ、シズクお前がずっとキョウジ君を好きだったなんて。なんでもっと早く打ち明けてくれなかったんだ」
とヨウスケに言われて、さすがにシズクは「ええと」と口ごもる。まったく嘘をつくのが苦手らしい。でもここでほんとは違う人が好きなんですなどと言えばまたややこしいことになるため、ちくりと良心が痛みながらも「うん」と頷いた。
実際それをやらかして、大変な目にあった者もいる。ホモ野郎と罵られ、フルボッコにされたどこかの親友のような目に合うのはこりごりだぞ。さすがにシズクの父はスミエとは違うだろうが、スミエが特殊なだけと信じたいが。



「ひゃっほー、マジでシズク姉ちゃんが来てくれるなんて!」
とシズクとの婚姻にめちゃめちゃ喜んだのは、メバルだった。ミヨシも嬉しそうに今回の報告を祝福してくれた。ここの家族にこうして温かく迎えてもらえることは嬉しかった。メバルは過剰に喜びすぎだが。
「これで毎日シズク姉ちゃんのムチムチおっぱい見られる。それに、一緒にお風呂ハァハァ」
と妄想始まりげへげへと笑いながらよだれをたらしだしたので、キツイツッコミ&おしおきをキョウジからくらう。

「キョウジ、儀式は明日でいいな。儀式に使う術紙に呪いを込めるのに一晩はかかることになるからな」
アラシとキョウジの段取りの会話をはたで聞いていたシズクは
「ええ、明日なの?」
自分からキョウジと婚姻すると宣言したものの、展開の早さにびっくりする。
「思いたったが吉日と言うしな。だが一生に関わる問題だから、シズクちゃんも今晩じっくりと考えたほうがいい。一度婚姻の関係を結べば、簡単に解消できぬからな。解消できるのは、どちらかが死ぬときくらいだ」
呪術士四家の婚姻が一般とは異なるものとは聞いていたが、解消できるのがどちらかが死ぬしかないなんて、なかなかハードな関係だと思うのだが。
「縁が切れなくなるって状態になるだけだから、まあ相手のことが嫌いになったらこれほどうっとおしい関係もないだろうけどな。
まあ僕とシズクの場合、今までとたいして変わりないってことだから、そう気負うなよ」
とキョウジにぽんと肩を叩かれて、シズクは少し安心した。
婚姻の儀とは、シズクとキョウジにとってはこれまでの関係がこの先も続くという事で違いないらしい。
「明日からはうちに住む事になるから、今日は実家でゆっくりとしてくるといい」
アラシの言葉で実感するが、明日からここが自分の住む場所になるのかと思うと不思議な感じだ。何度も遊びに来たことがあるが、客人ではなく、この家の者になる。



家に戻ると、シズクは早速自室の片付けに入る。元々あまり散らかっていない整頓された部屋だ。持っていくものは、整理したらあまり多くはなかった。家具は家に置いていくので、持っていく荷物は自分ひとりでもなんとかなるレベルだった。
「どうしようかな…」
宝物といえるのは、ジンヤからもらった手紙くらい。大してかさばらないし、持っていってもかまわないだろうが。だがここに残したままでは、いつか見つかってしまいそうで。…不安なので荷物の中に詰め込んだ。デスクの引き出しの奥からは、いろいろと懐かしい物も発掘できた。
子供の頃にキョウジからもらったおもちゃだ。キョウジ自作のよくわからないカラクリばかり。
「懐かしい、これなんだっけ、たしかここを…」
すでに錆びているが、自動コマとか聞いた気がする。自力で回るコマらしいが、スイッチをいじってもうんともすんともいわなかった。
懐かしい思い出の品だが、これは全部持っていくのはさすがにかさばるので、一つだけにした。私物は特に処分しないで部屋に置いておくと父が言ってくれた。着なくなった衣服などは適当に処分してくれてかまわないのだが、管理も大変だろうし。
「お前の思い出のものがなくなるのは寂しいからな」
と、父はシズクを感じるものを処分することに抵抗があるようだ。それならそれでそのままでかまわないと思った。

食事の時は何度も母が心配そうに
「いいの? シズク、後悔してないの? 同情で婚姻なんてしたら、後悔するわよ。
いいの、本当にマサトさんじゃなくて」
と何度もしつこく訊ねてきた。未練たらたらすぎる。よほどシズクとマサトに一緒になってほしかったらしい。
「お前も、しつこいぞ、いい加減になさい」
と父が母に注意してくれていたが。まだ不満そうな顔をしていた。
父は味方の様だが、水南家で今回のキョウジとの婚姻に協力的なのが父一人だけというのが、寂しかった。相手がマサトなら母も喜んでくれたのだろうが、シズクの中でマサトだけはどうしてもありえなかったので、心苦しいがしかたない。


自室のベッドの中で、シズクは水南家で迎える最後の夜を過ごす。マサトのもとにいかなくてすむということが、ほっとすること半分、だけどもくすぶるものも感じていた。

あの森の中での出来事。ぼんやりする部分もあるものの、ハッキリと覚えている事もある。
引き裂かれた胸元の服は、…あれは本当はマサトにされたことじゃない。そんなことあるわけない、あるはずないと、必死に否定する。自分でもよくわからない。
もしキョウジが来なかったら、どうなっていたか、などと想像するだけで背筋が凍る。
たぶんマサトのせいなのだ、あの時シズクが体験した不気味な事象は。そう思うことにした。

そろそろ寝よう。ベッドの中でそう決意した矢先、ドアの外でなにかの気配を感じた。
「う、ううう…、シズク」
唸るような男の泣き声。
「兄さん?」
クマオの声が聞こえて、シズクはベッドから抜ける。ドアを開けるとクマオが涙目で立っていた。
「シズク、いくな、アイツ、ダメ、いくな」
泣きながらも、語尾は強まる。
「アイツ、ダメ、許さない」
「え、兄さん?」
ぐるぐると回るような目、だがどこか狂気じみたものも感じる。クマオから感じるキョウジへの敵意のようなもの。気迫に押されるように、シズクは数歩後ずさる。

「おいクマオなにしてる。こっちに来なさい」
廊下の奥から響いてきた声、父ヨウスケだった。ずーんと立ち尽くすクマオを自分の部屋に戻るように促し、連れて行く。
「あの、父さん」
なにかいいたげだったクマオが気になったシズクが引きとめようとするが、ヨウスケがそれを拒む。
「クマオも寂しいだけなんだ。気にしないでやってくれ」

寂しい、それだけならいいんだけど。
一瞬感じた、クマオのキョウジへの敵意のようなものがちょっと気になった。兄さんはキョウジのことをなにか誤解しているのかもしれない。もし誤解しているなら、それを解いてからキョウジのもとに行きたい。とシズクは思ったが、そんな時間は結局なかった。もういいからとヨウスケに言われて、シズクはそのまま自室に戻って夜を明かした。


翌朝、リアカーを引いてメバルはキョウジと一緒に水南家に向う。
「シズク姉ちゃんと同居生活かー、げっへげっへ、むちむちおっぱいを毎日拝めるなんて、もう…全エロ本処分してもいい気分!!」
ひゃっほひゃっほといつも以上にテンションアップのメバル。
「そっかちょうどいい機会だな。そうしろそうしろ」
「ちょっ、言葉の綾ってやつだよ、まったくわからんちんだな兄ちゃんは。そんくらい嬉しいってことだよ!早く、シズク姉ちゃん迎えに行くよ!」
リアカー引いてかっ飛ばすメバルに大いにあきれながら、キョウジがつっこむ。
「お前行きで飛ばすとか馬鹿だろ、帰りばてるぞ」


「ええー、荷物そんだけなのー?」
水南家についてシズクを迎えた二人だが、シズクの荷物は手荷物バッグ一つだけ。せっかく引いてきたリアカーも用なしとわかり、メバルのテンションは下がり疲労がアップした。
「せっかく引いてきてくれたんだし、荷物載せてもらおうかな」
ちょこんと荷台に荷物を載せてもらった。
「ねぇねぇシズク姉ちゃん、中にさパンツ入ってる?」
むふーと鼻息荒く、メバルがシズクに訊ねる。
「ええ、一応着替えは一通り入っているけど」
「うっほーテンションアップー」
それを聞いてメバルは元気を取り戻す、通り越してテンションが上がった。
おれはシズク姉ちゃんのパンツを運んでいるんだと思ったら、テンションダダ上がりだ。エロはパワーになる。実にアホらしいとあきれながらも、メバルのエロパワーも活用しないと損だろう。


風東家に着くと、家主のアラシと家政婦のミヨシが出迎えてくれた。今日は客人ではなく、この家の一員としての初めての出迎えだ。と思うとなんだか恥ずかしいような、感慨深いような気持ちになる。
シズクは用意されていた部屋に通された。二階奥にある一室、水南家の私室と比べると若干狭いが特別不自由のない広さだった。荷物も大してなかったので、引越しはすぐに済んだ。

「夕飯が済んだら、すぐに婚姻の儀をするからな。二人ともちゃんと準備しておくんだぞ」
とアラシに言われ、キョウジは「わかってるよ」と簡単に返していたが。
いよいよ婚姻の儀、と思うとシズクは緊張してくる。実のところ儀式の内容を知らない。儀式を知るのは呪術師とその跡継ぎだけだ。呪術師の家の子でも娘のシズクには未知の領域なのだ。
一般での婚姻の儀式とは全然違うものとは聞いてはいるが…。
なにも前知識なしで行えるものだろうかと、不安があるが。
シズクのそれをアラシは察知して、大丈夫だよと明るく励ます。

「儀式の手順はキョウジが知っているから、シズクちゃんはキョウジに言われるままの事をすればいい。なにも特別難しい事をするわけじゃない。リラックスしてかまわないよ」
せめて具体的になにをどうするのかだけでも教えて欲しい。
「そうそうちょっと痛いくらいだからな」
「(ええっ、痛いことするの?)」
キョウジの発言に、余計変な恐怖感が生まれたのだった。
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