島魂粉砕

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  第十話 婚姻の儀と夫婦の儀  

夕食を終えて、いよいよ婚姻の儀の準備に取り掛かる。結局儀式の手順など一切前情報なしのままだ。難しい事はしないとは聞いたが、まったく見えてこない世界で不安にもなる。
浴室で身を清めたあと、身につけるものをミヨシが用意してくれた。
うっすらと色のついた白っぽい浴衣のようなもの。浴衣よりも生地は厚手だったが。下には何もつけてはいけないらしく全裸になった。その上からその衣を羽織う。

用意を整えたら、キョウジに連れられて、儀式の間へと向う。屋敷一階の中庭を挟んだ先の離れになる。渡り廊下で繋がってる為、外履に履き替える手間はないが、寒い日は冷えそうだ。
引き戸を開けると中は薄暗く、ぼんやりと奥の中央にぼんぼりが灯る。

戸を閉めて、部屋の中央に向かい合うように座る。なにをどうするのだろうか。手順がさっぱりなシズクは、キョウジの動作をじっと見守る。
キョウジは部屋に置かれていた紙を手元に寄せる。それがアラシが事前に用意した術紙であり、この儀式でもっとも重要とされるものだ。
呪術師は、術紙を用いて呪術を行うのが基本だ。婚姻の儀に限らず、呪術師の儀式には必ず術紙を使用する。術紙がなくては、呪術は行えないのだ。
シズクは呪術師の娘だが、呪術の事はさっぱりだ。その力は弟子である跡継ぎにしか伝承されない特殊なもの。

術紙をキョウジは自分の手前に、つまり自分とシズクを挟む位置に置く。
「これからこの紙に互いの血印をつけることになる。自分の血を術紙にしみこませることで、契約が成立するんだ」
そう言ってキョウジは自分の右手人差し指を噛む。シズクもキョウジに倣って自分の指を噛むが、痛みが邪魔して手加減してしまい、なかなか噛み切れない。手こずっていると血が出ないまま唾液だらけになりそうだ。
涙目になりながら、なんとか指から血が滲み出てきた。呪術師見習いのキョウジはこの動作も慣れたものだ。呪術士って大変なんだななどと感動している間もなく、早くしろとキョウジに目で急かされてシズクもすぐに手を術紙へと伸ばす。
ぐいっと指の腹で術紙を押さえる。
何度も脳内で復唱した儀式の呪文を、キョウジは唱える。小さくてなにを言っているのか聞きとれないが、それは心地良いような、だけども、なんだかざわざわするような気もした。
それだけでなく、シズクがあれ?と一瞬気にかかったことが。
「(こんな感じ、初めてじゃない気がする…)」
儀式は初めて、のはずなのだが、どこかで体験したような気もした。デジャビュというやつだろうか。
はっきりしないが、そんな不思議な感覚があった。
じんわりと和紙に似た素材の術紙に二人の血が滲んでいく。

「終了、もういいよ手を離して」
キョウジの合図に、シズクは術紙から手を離す。これで終わりになるのかな?と思ったら。
「最後に、互いの血を舐めとる」
といって、キョウジがシズクの口元に噛み切った指先を差し出す。おずおずとシズクも自分の指をキョウジのほうに突き出す。
指先に妙に絡まるキョウジの舌が、その感覚が恥ずかしくて、脳みそ爆発しそうだが、これも儀式なんだと割り切って、しぐさを真似る。
必要以上に動くキョウジの指先に、口内をまさぐられてぞわぞわと体を振るわせられる。
えずきそうになった直前に、キョウジの指はにゅるんと抜けて、変な感覚からやっとこ解放される。

「これで儀式は終了だ。お疲れ様」
「はぁ、…これで婚姻の儀はすんだってこと?」
「そうなんだけど、…なにも変わった気がしないんだよな」
とキョウジは首をかしげた。親父から聞いた話では、感覚的にわかるらしいのだが。なにも変わった気が感じられなかった。目に見えぬものだから、実感しづらいのかもしれないが。
少しひっかかるものを感じたが、手順に問題はなかったはず、ひとまず儀式を終えたということで、アラシの元に報告に向った。

「そうか、無事済んだか。シズクちゃんのほうもなにも問題はなかったかい?」
とアラシに訊ねられて、シズクは「はい、だけど…」と少し恥ずかしそうに答える。
「最後のは恥ずかしかったけど…」
シズクのいうそれがなんのことかわからず、アラシは詳細を聞いた。
「お互いの血を舐めとるってやつが…」
「いや、そんな行為は儀式に含まれてないはずだが…。キョウジの奴余計なアレンジを加えやがったな」
と言いながら、アラシは愉快そうにケラケラと笑った。
「ええー、じゃあアレは儀式とは無関係だったの?」
恥ずかしかったし緊張したのにと、シズクは怒りよりも疲れがどっとくるようだった。
「儀式を終えた後のことなら関係しないから、気にしなくていい」
「それより親父、別になにも変わった感じを受けないんだけど」
特別実感する事はないようにキョウジは感じた。シズクにしてもそうだ。ただ指先に痛みが走るくらい。それももう血も止まり固まりかけている。
「報告を聞く限り儀式に問題はないようだしな。まあ時期に実感するようになる。互いに離れぬであろう目に見えない引力ようなものをね。
このあとは夫婦(めおと)の儀になるから、肉体のほうでもしっかりと結びついておくようにな」
アラシの言葉に、今初めて聞くようにシズクが「え?」と聞き返す。
夫婦の儀ってなに?婚姻の儀とは違うの?

「いいなー、兄ちゃんこの後シズク姉ちゃんとセックスするのか。うううおれも混ぜてほしいょ」
ドアの向こうから恨めしそうな眼差しのメバルの発言に、シズクはぎくっとさせられる。夫婦の儀とはつまりそういうことなのかと、思いながらもアラシにそれを訊ねることはできず、指示されるまま儀式の衣装を着替えに行く。
メバルは混ぜて欲しいとぼやいていたが、それは叶う事はない。なぜなら…
「夫婦の儀も先ほど儀式を行った場所になるから、そこで寝てもらうことになる。あの場所は風東の守りの術を施してあるから、主である私以外の者は入れないようになっているから、安心していい」
とアラシから聞いた。つまり術をかけてある間は、キョウジとシズクとアラシ以外は中に入れないということらしい。
儀式で着た衣を脱いで、今度はショーツを穿いて寝巻き用の浴衣に着替える。
シズクの気持ちとはお構いなしに、周囲は夫婦の儀の準備を進めている。
婚姻の儀を行うと決めたはいいが、夫婦の儀に関しては、心の準備ができていない。だけどもそれをアラシや、嬉々として準備をしてくれているミヨシに伝える事はできず、言われるままにシズクは先ほど儀式を行った間へと向った。すでに布団がセットされた状態で、寝室へと早変わりしていた。
キョウジも準備が済んだらすぐに来ると聞いていた。先にそこで待っててリラックスしているといいとアラシに言われたが、夫婦の儀と聞いてシズクもリラックスできる心境ではなかった。

「(どうしよう、そんなつもりないのに…)」
布団の上で正座で待ちながら、シズクの心は焦った。自分もキョウジも互いにそんな感情はない。だが周囲は、特にアラシやミヨシの望んでいることがわかるので、それに背く気持ちに良心が咎める。だからと言って、周りの期待のためにキョウジと行為に至るというのは、乙女心的に受け入れがたかった。シズクが好きなのは、ジンヤだ。結ばれない関係である事は承知していたが、それでも好きになった。初めて結ばれる相手は、好きな相手でないと嫌だ。
キョウジだってそうだろうし、自分をマサトから守る為に婚姻してくれたのだ。シズクの気持ちも知っているし、夫婦の儀も上手い事誤魔化してくれるはず。そんなことをシズクはキョウジが来るまでの時間ずっと頭の中で言い聞かせていた。

待つこと十分ほどしてふすま戸が開いて、予測していたことなのに、シズクは思わずびくっとなる。
「おまたせ」
とキョウジが同じく浴衣姿でやってきたが、シズクはううんと首を振るが、内心もっと待っててもよかったけどと心でつぶやく。
状況が状況だけに緊張してしまう。朝までこの間にはだれも近付けないし、二人っきりだ。誰かに見張られているわけでもないし、上手い事誤魔化せるんじゃないか? キョウジのことだから、そこのところもすでに考えがあるのかもしれないと、シズクは勝手な思い込みで納得しようとする。

「キョウジ、あの…」
努めて平静でいようと、シズクが声をかける。

「ああうん。じゃあしようか」
「うん。…え、するって、なにを?」
語尾うわずりながら、シズクが疑問で返答する。
「なにって、夫婦の儀だよ」
いつもの調子で答えるキョウジに反して、シズクはうろたえる。

夫婦の儀ってことは…
先ほどのアラシやメバルの言葉を脳内でリピートする。
箱入り娘のシズクでも、男女の情事についての知識はある。夫婦の儀が肉体関係を結ぶ行為そのものを指している事も、わかる。
そう意識しだしたら、ますます頭が破裂しそうになる。
マサトが嫌なあまり、そこから逃げることしか考えなかった。マサトとキョウジの二択なら、迷わずキョウジを選んだ。その選択に間違いはないと言える。だけど、それも昨日今日の話だ。さすがに心の整理が追いついていない。


「待ってキョウジ、わたしまだ、頭が追いついてない」
緊張で震える声で、シズクは座ったまま背を向ける。
丸まった震える背中が拒絶の意を伝えているのがわかって、イラッとくる。覚悟を決めてここにきたわけじゃなかったのかと。シズクの想いは知っているものの、人の気も知らない反応にムカッとくる。

「いいよ、なにも考えないで。シズクはなにもしなくていいから、そのままで」
しゃがみ込んで、後ろからシズクを抱きしめる。瞬間シズクが緊張したようにびくっと体を震わせたが、それを力で押さえ込む。
湯上りのふわっとした爽やかな匂いがキョウジの鼻の奥に流れてくる。こんな近くて匂いを嗅ぐ事などめったにない。ただの幼馴染だったころにはありえなかった距離。こうして抱きしめる事もなかった。シズクはただの幼馴染で、親友の恋人だったから。
内心「ジンヤこんちくしょー」と思っていた事等ジンヤは知らない、もちろんシズクも知らない。
長年抑えていた箍が外れる。
目下に映る浴衣の隙間から覗く張りのいい胸の谷間に、吸い寄せられるように手を滑り込ませる。
「ちょっ、やっ…」
悲鳴のような抵抗の意の声をシズクが吐くが、手をとめる抗力など皆無で。ヘタレで童貞のジンヤが触れることすら叶わなかったシズクの素肌の乳房の感触を、堪能する…はずが。

「ダメ!」
どぐっと内臓が横揺れシェイクを味わった。と思ったら脳が激しく揺さぶられる。体一回転だか何回転だかさだかじゃないが、気づいたら視界が反転していた。シズクに肘うちタックルくらって、転がって壁に激突したらしい。

「いっってぇ…」
ハッとしたように、シズクが心配そうに駆け寄った。
「ご、ごめんね、大丈夫?」
「大丈夫…、じゃねぇよ…」
なさけなくも、なさけない弱音を吐く。ごめんと謝りながらも、シズクは「でも」と言い訳る。
「キョウジが変なとこ触るのがいけないんだからね」
揉んですらいないのに、ここまでの仕打ちはあんまりだと心の中で嘆く。と同時にやっぱりなという虚しくも諦めの感情が沸き起こる。

むくりと起き上がりながら、少しむすくれてキョウジは言う。
「そんなに僕に触られるのが嫌なのか」それが理由ではない事は、わかるのに。
「ちがっ、そういうわけじゃ。…でも、こういうことってキョウジだって嫌でしょ? 本当に好きな相手じゃなきゃ…」
「僕が好きなのは、シズクだよ」
「えっ…」
「でもお前はジンヤが好きなんだろ」
「うん…」
切なく俯くシズクに、惨めに心が痛んできた。目をそむけて、背中を向けていつもの調子に戻る。

「僕は自分の部屋で寝るから、シズクはここで寝ればいい。親父には調子悪かったからとかって言い訳しとくから」
「うん…」
互いに背を向けたままの返答。力ないシズクの声に、ジンヤのことを思い出してなんだろ、と思うととっとと間を出ようと思った。


ただの幼馴染相手に婚姻しようとは思わない。そこまでお人よしの馬鹿じゃない。なんで気づかないんだろうなと腹立つ反面、悟られないようにしてきたのは自分の意思だ。シズクは自分の事を異性として意識していないのはわかっていたし、望みがないとわかっていたから早々に諦めていた。それなのに、大人になっていくにしたがって、シズクは美しく魅力的に成長していく。こちとら意識しないように冷静を保つのがどれほどか、わかりもしないで、と。

「(だいたいアイツの体、エロすぎんだろ)」
メバルじゃなくても、シズクのムチムチなおっぱいには欲情する。正常な男なら当然だ。…とシズクの体を思い出したらムラムラしてきたので、近くにあったマニアックなエロ本を見て、己を萎えさせるのであった…。
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