島魂粉砕

モドル | ススム | モクジ

  第十一話 島内デート  

儀式の間で一人、シズクは布団にもぐりこんだが、頭の中ぐるぐるしっぱなしで、寝られずにいた。やっと眠りにつけたのが日が昇り始めた頃になる。

「僕が好きなのは、シズクだよ」

昨夜のキョウジの言葉は本心なのだろうか?
そんなこと思いもしなかったから、いつもの口調で重さなんて感じなかったから。
たぶん軽い気持ちからなのだろう。いや、情なしに自分をマサトから守る為だけの婚姻だなんて、いい気分のものじゃない。シズクに気を使ってそう言ってくれたのだ。と結論付けた。
考えるのはキョウジのことだけじゃなくて、ジンヤのこと。
初恋の人、初めて恋人と呼べる間柄になった人。まともにデートもしたことないけど、ほとんど手紙だけのやりとりで、たまにキョウジと一緒に三人で会って話をしたくらいで、友人という表現でもおかしくないかもしれないけど。

もう会えないのかな?

そう思うと自然と涙が零れてくる。ジンヤはスミエと婚約したらしいし、お互い別の相手と婚姻する事はわかっていたことなのに…。
それでも、キョウジのもとにいれば、ジンヤと引き合わせてくれるかもしれないなどと、勝手な思い込みもあった。
だが、そんな要望を口にすれば、キョウジの…いや風東家の迷惑になってしまう。シズクの本心など知らないアラシは、息子の嫁として温かく迎えてくれているというのに。心の底からキョウジとの婚姻を望んでいたら、こんなに心が痛む事もなかったはずなのに。
どうしてこう、上手くいかないものなんだろう。

シズクが儀式の間で切なく心を痛めていた頃、自室で寝ていたキョウジは…。
メバルが部屋に置き忘れていたマニアックな、言うなれば獣と人だとか、スカトロもの。さすがにミヨシさんにもげんなりされたらしいので、ここに置かせてと勝手にメバルが置いていってる。だいたいどこがいいのか理解不能だが、エロ趣味もヘンタイの域に達している弟の将来がわりと不安だ。がそんなことはどうでもよくて。結局シズクのエロイ体を思い出してしまい、自慰に走ってしまった。
実際シズクが知らないだけで、妄想の中では何度もシズクとエロイことをしちゃっているけど。

期待していた気持ちは、予想通り裏切られたが。

キョウジは夫婦の儀は行う気だった。シズクの気持ちはわかってはいたが、かすかな期待もあった。
とおの昔に諦めていた想いで、今も諦めてはいるが、シズクを好きな気持ちはずっと奥にくすぶっている。口にするだけ無駄だから、したこともないし、ジンヤにすら悟られていない。
ジンヤにシズクを紹介したのも、そういった気持ちがあったからだ。両家の不仲さに疑問を抱いていた事もあるが、シズクへの想いの諦めもあったから、二人を付き合わせようと思った。
お互い一目惚れで、あれだけ他の女子にはまったく興味を持たなかった堅物の童貞のジンヤが、シズクにはデレた。ジンヤを見るシズクも、目を潤ませて頬染めて、恋する乙女の姿そのものだった。はたから見たらこっぱずかしいくらいラブラブなオーラを放つ二人を見て、とんだピエロのような虚しい心境でいたなど奴らはさっぱり気づいてなかっただろうに。

性欲を発散させた後に押し寄せる虚しさは、現実へと引き戻されたため。
明日、親父へ報告しないといけないと思うと、少し気が重かった。



朝、朝食の席で、メバルが鼻息荒くキョウジへと訊ねる。
「なぁなぁ兄ちゃんどうだった? シズク姉ちゃんのカ・ラ・ダ! おっぱいの感触とかさ、アソコの閉まり具合とかさ、ハァハァ、詳しく教えてくれよぉ」
朝っぱらからよくもまあここまでエロ全開でいられるものだとある意味感心するが、無神経なエロガキに耳たぶひっぱりの仕置きをしながら叱る。
「デリカシーなさすぎ。お前な、シズクにも変なこと聞くんじゃないぞ」
「なんだよそれー、二人だけの秘密かよー、ずりーなぁ。家族なんだから、隠し事はしちゃだめだろー。これからはおれたちのシズク姉ちゃん、なんだからさー」
などと自分勝手な言い分だ。

朝のうちに儀式の間はミヨシが掃除に行く手筈だ。さすがになにもなかったことはバレるだろう。キョウジの口からアラシに、昨夜の夫婦の儀は調子が悪かったので行っていないと報告した。アラシも「そうか」と頷いたくらいで、「まあ次がんばればいい」と励ましてくれた。

シズクが目を覚ますと、すでに八時を超えていた。ほとんど寝てなかったが、風東家に来て早々お寝坊もいいとこだ。慌てて寝癖も直す間もなく食卓へと急ぐ。
皆揃ってすでに朝食を終えている者もいた。慌てて「おはようございます!」と挨拶をする。

「あらシズクさん、お疲れでしたでしょう。少しゆっくりされてもよかったんですよ」
とミヨシが気を利かせてそう言ってくれたのだろうが、別に疲れるようなことはしてない。寝れなかったので疲れているのには変わりないが。
キョウジやアラシがいる手前否定できなかったが、席について食事をとる。
先に食事を済ませて歯を磨いているメバルがシズクを見ながらにやにやと変態的な笑みを浮かべている。またこいつはろくでもないことを考えているなと、キョウジが横目で見る。

「ひのうにいひゃんになからしひゃれたとほもうと、ひひゅくねえひゃんはまひゅまひゅふぇろひゅみへる」
「え? なに?」
歯を磨きながらのひゃふひゃふ口調のため、シズクにはメバルが何を言っているか聞きとれなかったが、キョウジにはわかった。コイツの考えているエロイことだ。昨夜キョウジにエロイことをされたシズクがますますエロく見えてたまらんということなのだろう。
はー、とあきれた溜息吐きつつ、弟に警告する。
「メバル、早くしないと遅刻するぞ」
やっべと時間が迫っている事実に気づいて、メバルが慌てて鞄を背負って「いってきまーす」と出て行った。

朝食を終えると、玄関へと向うキョウジの前にアラシが立ちふさがる。にこにこと笑顔で、どういうつもりなのか父の心境がわからずキョウジはしかめっ面になるが。

「キョウジ、お前は今日ヒマなんだろ。ちょうどいい、シズクちゃんを島の中案内してやってこい」

「…は?」

突然の父のソレに、キョウジはしかめっ面で返す。たしかに今日はバイトは休みの日だが、別にヒマではない。個人的に。せっかくの休み、研究所でいろいろしようと思っていたところだ。勝手にヒマと決め付けられるのは心外だ。

「ちょっと、親父」
と反論する余地も与えられず、アラシはキョウジの後ろのほうにいるシズクへと
「なあシズクちゃん!」
と勝手に話を進める。
突然言われて、シズクもぽかーんとしていたが、そのシズクの後ろから聞いていたミヨシが
「あらいいじゃないですか。お天気もいいですし、デートしてらっしゃれば」
にこにこと援護射撃だ。うぐうとなるキョウジに、ぽかんとしていたシズクはハッとしたように
「あ、じゃあ、わたし…着替えてきます」
とぱたぱたと慌てて部屋へと準備に向った。
「よし決まりだ。キョウジ、頼んだぞ」
と勝手に決められて、アラシにぽんと肩を叩かれた。
アラシとしては、昨夜夫婦の儀に失敗した事から気を使ってのことなのだろうが、当事者でないのに、勝手に自分たちの行動を決められるのはいい気がしなかった。
「いい気分転換になりますよ」
とミヨシも、同じように二人に気を使ってくれたのだろう。さすがに無下にできず、今日くらいはいいかと、キョウジも諦めて玄関でシズクの支度を待つ。

「おまたせ」
十分ほどしてシズクが着替えて降りてきた。ふんわりとした涼しげなワンピースで、体には日焼け止めを塗った程度で女の子にしては早い身支度だ。

「シズクさん、楽しんできてくださいね。お二人とも気をつけていってらっしゃい」
とミヨシに見送られ、シズクを連れてキョウジは風東家を出た。



シズクとの外出は何度かある。さすがに過保護なシズクの父から遠出は許されなかったが。街のほうを散歩する事も初めてだ。島にある店はすべて個人商店で商店街に各専門店が並ぶ。平日の午前中、人もまばらだ。
きょろきょろと物珍しく見ていたシズクは、気がつくとキョウジとの距離が開いていたと気づき、慌てて駆け足になる。

「シズク、どこか行きたいとこあるか?」

「えーっと、…どこでもいいよ」

「そう言われるのが一番困るんだよな」
いきなり親父に決められた本日のデートだ。プランもなにもない。ただプラプラと歩いているだけだ。

「じゃあ、キョウジの行きたいところでいいよ」

行きたいところねぇ…。特別行きたいところというわけでもないが、あそこに行くかとキョウジは決める。

「じゃ海岸に行くか。アイツの様子でも見に」

「アイツ?」
って誰のこと?と首をかしげるシズクに答えず、キョウジはそのまま歩いていく。


海岸の堤防の手前に屋台風のソフトクリーム屋があった。汗ばむこの時期、ずっと歩いてきた体が冷たくて甘いものを欲する。
シズクも「あっおいしそうー」とものほしそうな目でのぼりを見ていたので、「買ってくか?」と訊ねると、「うん、いいの?」と嬉しそうな顔をしたので、ソフトクリームを二つ購入した。
ソフトクリームを食べつつ、浜辺へと向う。

浜辺に着くころにはキョウジはソフトクリームを完食していたが、シズクはまだコーンにすら達しておらず、とろとろに溶け出したそれに半パニックになっていた。

「なにやってんだよ…」
とさすがにキョウジもあきれてため息を吐く。
「だって、おいしいからすぐに食べるのもったいなくて。ベトベトになっちゃったよー」
ただでさえ融け易いものがこの暖かいシーズンなので数分もしないうちにあっという間に融けてしまう。「早く食べろよ」と言われてシズクは慌ててしゃぶりつくが、手の上からコーンから伝い落ちたソフトクリームがシズクの胸元に垂れる。一瞬エロイ妄想をしそうになった頭を左右に振って、早く拭けと促す。
「ごめん、ポシェットの中にティッシュあるから、とってくれる?」
両手をぷらぷらさせながら、シズクがキョウジのほうに腰を回す。腰元のポシェットからティッシュを取り出してシズクに渡した。

砂浜を歩いていると前方からカップルが歩いてきていた。
「(なんでカップルって浜辺が好きなんだよ。…イチャつくならよそでやってくれよ)」
と心の中で愚痴りつつ、距離を置いてカップルとすれ違う。
「おいおい彼女待っててやれよ」
突然カップルの男の声がして、それが自分に向けられたものだと気づいたのはその直後、振り返ると慌ててこちらへ走ってくるシズクが見えた。サンダル姿で砂浜の上を走るなど足取りも危なっかしい。
「待ってキョウジ、きゃっ!」
案の定すっ転ぶ。砂の上なのでケガはしないが。それでも貝の欠片など鋭利なものはいたるところにある。「大丈夫か」とまたあきれた息を吐きながら、キョウジは引き返してシズクのもとに寄る。
身を起こしたシズクの膝や肘腕に砂が張り付いていた。たくとあきれながらそれを掃ってやろうとしたが、ハッとしてそれを思いとどまる。
いつもなら世話を焼いてくれるはずのキョウジの対応に、シズクも気づく。

自分で手足の砂を払う。
「やっぱり、昨日の事怒ってる?」
おずおずと訊ねるシズク。
「突き飛ばしたこと…」
「(そこじゃねぇし!)」と心の中でつっこむが、そんなキョウジの心境はシズクには伝わらない。たしかに突き飛ばされて壁に激突して痛かったが、…マサトにもフルボッコにされたし、少しは体を鍛えたほうがいいんだろうなと思いつつ、また砂浜を歩いていく。

「本当は後悔してない? わたしと婚姻したこと…」
「後悔しているのはそっちのほうだろ?」
「え、そんなことは…」
百パーセント納得してのというわけではないが、自分の選択は間違ったとは思わない。現時点ではそう言える。だがキョウジはどうだろう。元々シズクとの婚姻はするつもりなかったと言っていたし、それがマサトの脅威から守ってくれるために、結果婚姻すると決意してくれた。
時間が経つにしたがって、冷静な感情に悩みが押し寄せてくる。

キョウジは海のほうに向かい、平らな石を手の中で回転させる。海の彼方、…アイツの姿を探しながら。
「まだ二十四時間経ってないしな」
キョウジの言った意味が一瞬わからなかったが、それが婚姻の儀を行ってからの事だとシズクも理解した。ああ、まだ一日も経ってなかった。ただあまりにも、展開が早くて、シズクの心がそれに追いついてなかった。
「それに、後悔したって遅いから、婚姻の儀は取り消せない」
アラシからも聞いた。婚姻関係は基本結んだら最後解消は不可だ。解消できるとすれば、どちらかが死ぬときしかないのだと。

「もしも…」シズクの中でネガティブな思想が湧き上がってきそうになる。それをキョウジの言葉がかき消してくれた。
「心配しなくても僕らの関係は変わらないし、マサトのやつだってこれ以上なにかしてくるってことはないだろうしな」
はるか先、海面にぬうっと浮かんできた黒い物体。「でたな」とにやりとしながら、キョウジは物体めがけて水切りをする。何度か海面をはねて石は飛んでいくが、当然はるか先の標的にはぶつかるはずもない。
「なにが?」
と訊ねるシズクに、「アレだよ、アレ」とキョウジが指差して教える。
海面に浮かぶ謎の黒く丸い固まり。
「海坊主さ」
「海坊主?」
きょとんとシズクがオウム返しで訊ねる。何度か聞いて、やっとキョウジの言うものがどれかを認識する。
はるかかなたに見える物体が巨大な怪物といわれても、シズクにはすぐに理解できなかった。

「アイツは島から出ようとする者を阻むんだ。島からでる意思のある者の船を転覆させるらしい」
まるで憎らしい相手のように語るキョウジだが、それがシズクには不思議でならなかった。
「そうなの? でも島から出て行くって気持ちのほうが、わたしにはわからないけど」
海坊主の行いはけして悪いことではないのではとも思えるような口ぶりで。

「キョウジの言ったアイツって、あの海坊主のことだったの? でも海坊主って漁師さんとか、島の海を守っている守神のことじゃないの?」
シズクのいうとおり、そういう説もある。実際漁師が被害にあったという話は聞いた事がない。
「でもアイツは僕のこと嫌ってるって、気がするんだよな」
海の彼方にいる巨大な謎の物体と、意思疎通ができるわけではないが、キュウジはそう思っていた。
「そんなの思い過ごしだって」
思い過ごしならいいんだけどな、と思いつつ、昼を過ぎる時間になっていた。ミヨシがごはんの支度をしているだろうから、そろそろ家路へと進路を向ける。
たいして島の案内はできなかったが、またの機会にすればいい。いつもキョウジが向う仕事先の道を案内しつつ戻る。

帰りのややカーブしたゆるい坂道で、道を覚えようと必死になっているシズクの前方から下ってくる自転車に遭遇した。チリンチリンとベルが鳴っているがシズクは気づいていない。

「危ないシズク!」
とっさにシズクの手を引いて腰を自分のほうに引き寄せた。自転車から守る為のその行動が、シズクからはセクハラ判定を受けてしまい、「きゃっ!イヤッ」と反対に激しく突き飛ばされて、逆にキョウジのほうが自転車に轢かれそうになった。直前でキョウジをかわして自転車は蛇行してブレーキを踏んだ。
「こんなところでいちゃついてんじゃねぇよ!バカップル」と自転車の男に怒鳴られて、平謝りするしかなかったが、怪我がなくて幸いだが、ロクなことがないとうんざりするキョウジだった。
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