島魂粉砕

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  第五話 縁談と恐怖の記憶  

ずーんと重い気持ちで食事の席についている。
島の西に位置する西炎家の敷地内にあるレストランにシズクはいた。
母と同席で、会食の相手は西炎マサトだ。
マサトと会うことは、シズクは個人的な感情から抵抗感があった。どうしても、この人だけは苦手なんだ。
しかも、母が一緒というのがさらに複雑な気持ちにさせる。母は夏場でも長袖を着ている。五年前、ストーブが暴発事故を起こし、その時に左腕に大ヤケドを負ってしまった。命に別状はなかったし、本人も「顔じゃなくてよかったわ」と言えるくらい、そこまで気にしているわけではなかったが、かなりの痕になっているため、堂々とさらしていいものではないだろうと、気を使って長袖を着ているだけ。
母はただの事故だと思っている。実際そのころ島内で似たようなストーブの暴発事故が起こった。だから注意しようと言っていた矢先、事故が起こったのだ。
ただの事故…、シズクだけは内心そう思わなかった。事故じゃない…。

母はなにもしらないだろう、気づいてもいないだろう。だから目の前のこの相手と、楽しそうに話すことができるのだろう。

『私は離れた相手を、呪い殺す事ができるんですよ』

昔見た恐ろしい記憶、ぞくりと肌の奥から湧き上がってくる寒気。

「大丈夫ですか? シズクさん。顔色がよくありませんが」
向かいの席のマサトが、心配そうに優しげな声色でシズクに声をかける。シズクは青ざめた顔で、食事の手もあまり進んでなかった。それだけでなく、マサトと母の会話も、ほとんどろくに聞いてなかった。ハッとしたように「いえ、なんでも」と顔をあげる。
隣に座る母が「この子ったら、緊張しちゃっているのね。ごめんなさいマサトさん、せっかく誘ってくださったのに」
とわびる母に、マサトは終始爽やかな笑顔のまま「いいえ、お気になさらないで下さい。私としましては、こうしてシズクさんが会いにきてくださるだけで、十分ですよ」
気分が悪いなら、横になったほうがいいのではと勧められたが、シズクは大丈夫だと言って断った。

父も母もマサトとの縁談にかなり乗り気だ。特に父は一刻も早くとマサトを急かすくらいだ。その後押しがマサトにとっては心強い。
爽やかで男前で、優しく気配りもできる、口調も柔らかく女性を安心させるようなオーラを放つ。自分からがっついていかなくても、女性はたくさんよってくる。事実マサトはモテモテ男子だ。西炎家の侍女たちは皆マサト様親衛隊を自称しているほど、マサトラブな女性ばかりだ。母も終始うっとり、心の中やら、小声で「マサトさんってほんとにステキな人よね」とベタ褒めしまくっていた。
人に好かれる術をマスターしているかのように、マサトは人に好印象を持たれるタイプだ。特に女性に対してそのスキルは存分に発揮されている。そのマサトも、あの事件…交流のあった女性が五人立て続けに不審な死亡をしている件、疑惑の目を向けられた事もあったが、それを挽回したのもマサトの努力と、その才能によるものだろう。
マサトファンの女性たちからすれば、同情されている部分だ。事件のことで、マサトが誰より深く傷ついたのだと。だがいつも自分より、周りを特に女性を気遣うマサトは、「なんて優しい方なの」とますます女性たちのハートをがっちりと掴む、彼女たちからすればまさに理想の完璧な男性だ。
そのマサトはシズクが十歳の時に出会い、シズクに一目惚れし、自分の将来の伴侶となるのはシズクさんしかいないと強く思い込み、以来猛アピールをしている。婚姻の打診をしたのは過去に二回あるが、水南サイドがあまり乗り気でなく流れてしまったわけだが。
三度目は、向こうからぐいぐいとアピールがきた。マサトにしては願ったり叶ったりだ。
マサトファンの女性も、マサトとシズクの仲を応援していた。美男美女で見た目にもお似合いだし、マサトは長年シズクを想い続けている。一人の女性を一途に想うマサト様超ステキ!という思考なのだそうだ。
そんなマサトに想われているシズクはというと、マサトの想いが迷惑でしかなかった。マサトだけはどうしても、受け入れたくない。その理由は、誰にも伝えていない。シズクが一人思い悩んでいる事。長袖の下に隠れた母のやけどにも関係する。

シズクは疑っていた。マサトのことを。
ストーブの事故、あれはただの事故ではないと。

『私は離れた相手を呪い殺す事ができるんですよ』

いつどこでそれを聞いたかハッキリしないが、それを言ったのはマサトだ。
マサトは呪術師だ。その力もそうとうなレベルだと聞いた。遠方の相手を呪い殺す、こともできるのかもしれない。
恐ろしい人殺しの眼差しを、忘れられない。マサトのことを考えるたび、マサトに言われた恐怖の言葉と、鋭く貫くような不気味な目を思い出し、体が震える。


「シズクさん、よろしければまたご一緒に食事でもしませんか?」

「えっ…」

食事を終えたシズクたちは、レストランのガーデンにいた。思考がしばらくよそへと向っていたシズクは、マサトに訊ねられていたことに気づき、驚いてびくんとなる。すぐに言葉が出てこないシズクに、母が気を使って代わりに返事をする。

「ごめんなさい、この子ったらだいぶ緊張しているみたいで。まあムリもありませんわ、マサトさんのようなステキな男性と一緒だと緊張してしまいますもの、ねぇシズク」

「え、ええ…」
ぎこちなく頷くシズク、今日のシズクの態度に母は一人焦りを感じたが、マサトは気にすることなく終始笑顔でご機嫌だった。

「お父さんはすぐにでもとおっしゃられたのですが、もう少しいろいろとお話をしてみたいですし。
あ、二人きりが抵抗あるのなら、今回のようにお母さんと同席でかまいませんから」
にっこりと爽やかな紳士的なスマイルで、次の約束を取り付ける。
「こちらからもぜひ」と勝手に返事をする母。我がことの様に嬉しそうな顔で。ますます断りづらくなっていく。


「あら、お兄様こちらでしたの!」
ガーデンの柵の向こうから響いてきた若い女性の声。高くよく響く声で、ふわりと軽くカールした長い髪を揺らしながら、「お兄様」と嬉しそうに呼びながら女性はマサトたちのそばへと来た。

「あらシズクさんもご一緒でしたのね」
シズクに気づき、彼女が挨拶をする。華やかなパーティドレスをまとった女性はマサトの妹のスミエ。シズクとも顔なじみだ。こんにちはと互いに簡単な挨拶をする。

「ちょうどよかったですわ。紹介したい人がいるんですのよ」
うふふと嬉しそうに微笑みながら、マサトたちの前にその相手を呼ぶ。その相手にマサトは感づく。同じようにスミエも縁談を進めている相手がいる。今日自分たちと同じように、その話のことで会う予定なのだと。

「アタクシの婚約者の…ジンヤさんですの!」
ぐいっと腕を組みながら、スミエが相手を連れてくる。名前を聞いてドキッとしたが、顔を見てさらにドキッとして思わず声を発しそうになったシズクは我が目を疑いたくなった。
スミエが紹介したいと連れてきた、彼女の婚約者はジンヤだ。チラリと一瞬こちらを見たがすぐに目をそらす。ジンヤの目線はすぐにマサトのほうに向いていた。さすがにシズクに気づいていないということはない距離だろうに。たしかにさっきこちらを見たし。
同じ名前のよく似た人、と思いたかったが、スミエから改めて紹介されて、それは間違いなく自分の知るジンヤだと知る。

「やあジンヤ君、スミエはちょっと気の強いところがありますが、根は優しいいい子ですから。どうかよろしくお願いしますね」
「ええこちらこそ、よろしくお願いします、マサトさん」
マサトと友好的に挨拶を交わすジンヤを、まるで別世界の景色のようにシズクは見ていた。

「お兄様もシズクさんとの縁談はまとまりそうですのね。うふふ、アタクシのほうも上手くいきそうですのよ。あちらのお父様にも気に入っていただいてますし。
これからご挨拶に向うんですの」
「しっかりと挨拶してくるんですよ、スミエ」
「はい、ではいきましょうジンヤさん」
「ああ。…では失礼します」
キラキラと幸せオーラを飛ばしながら、スミエはジンヤの腕に絡みつきながら、北地家へと向っていった。


「コラ、シズク、ちゃんとご挨拶なさい」
母に叱られて、シズクは止まりかけていた思考を取り戻す。なんのことかと思えば、マサトの話をまったく聞いていなかった。今日のことのお礼と、次に会う約束の挨拶をしろとのことだった。せっかくの好感触を、娘の失礼な態度で壊してはいけないとは母の心情だが、マサトはまったく気にするでもなく
「いえいえそんなかしこまらなくていいのですよ。ではシズクさん、また」
優しく微笑みかけるマサトから断りづらい気を受けて、シズクは「はい」と返事するしかなかった。



シズクはジンヤからの手紙の返事を待っているのに、返事はまだ来ない。祈るように早くと思う気持ちもありながら、返事を怖いと感じる気持ちもあった。
ジンヤが近々婚姻する事は知っていたし、相手が誰かなんてことはたいした問題じゃない。
自分以外の誰かなのだから。
スミエに腕を組まれて、あんなに恋人のように密着して、表情も崩さないジンヤはシズクの知らないジンヤのようだった。
シズクといた時の彼は、いつも赤い顔になって、手を繋ぐことさえちゃんとできなくて。不器用でかわいいところが、大好きだったのに。
スミエに対する嫉妬心はなかった。ショックだったのはジンヤの対応、まるで知らない人のような。
ジンヤの気持ちがわからず、シズクはまた一人、想い悩む。
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