島魂粉砕

モドル | ススム | モクジ

  第四十九話 乙女の胸に詰まっているモノ  

いやらしい夜の出来事。
水南のシズクの私室にて、シズクが横たわる彼女のベッドで。
後ろから、羽交い絞めにされるように抱きしめられて、自分の匂いをこすり付けるように、体を摺り寄せてくる。

「シズク好きだ。お前が欲しい」

耳元でキョウジの声。シズクは「やだ恥ずかしいよ…」ともじもじしながら、キョウジの言葉にOKの返答をしない。
嫌なわけじゃない。恥ずかしいのは本当だが。
ようするに、誘い受け。
ここで「あっそう」と引かれたくない。「ムリだ、我慢できない」とか言われて、強く求められたい。

「ムリ、我慢できない」

耳たぶに吸い付かれて、首筋に熱く湿ったものを感じる。

「やっ、だめぇ…」

弱弱しく抵抗しながら、キョウジの胸元を肘で押す。引き離したいためでなく、いやいや言いながらのじゃれあいのごとく。キョウジもシズクのそういうところはわかっているから、変に気にしない。

「シズク、こっち向け」

ぐいっと頭を持ち上げられて、シズクが後ろを振り向く。至近距離にキョウジの顔があって、どくんと心臓が跳ね上がる。

「キョウジ、わたし…ん…」

引き寄せられ、唇が重なり、強く抱きしめあい、すでに全裸になり、キョウジはシズクの肌にちゅっちゅとキスをする。

「シズク、キレイだ。特にココ、おいしそうだ。もう、我慢できないっっ」

ハァハァと息を荒げるキョウジは、シズクの左足を持ち上げて、足の裏に顔を寄せると「はむっ」と食らいついた。ペロペロキャンディでもしゃぶるかのごとく、「シズクのあひ、おひしひ」と言いながらシズクの足にしゃぶりつく。

「や、やだぁ、キョウジのえっちぃー。…ってわたしってば、なにを想像して」

今のはシズクの妄想だ。シズクのエロ知識にはなにか偏りがあるようだ。元々性知識に乏しい処女だから仕方ないが。人の体を見て「おいしそうだ」などという男は普通いない。いたとしたら、そいつはカニバリストだ、気をつけろ。

「…はぁ、体が変になってきちゃった。…恥ずかしいよぉ…。…どうなるんだろ、わたし」

今シズクが考えることは禍のことじゃない。明日の自分はどうなっているのだろうか。
今夜キョウジと結ばれることはできるのだろうか?
火照った体を冷ましながら、シズクはそのことで頭がいっぱいになる。




「おれ、今までにないくらい、力が漲ってる。うおおおーーーーーー!!」

メバルはテンション高く叫びながら、儀式の建屋から飛び出していった。段差のある縁側を飛び越えて、野生に目覚めたなにかのごとく、うおーと叫びながら走り出した。

「…なんなんだよ、アイツ」

傷の手当てを終えたキョウジは、縁側から足を投げ出しながら、メバルを眺めつつ呆れた。

「今のおれ、禍をすべて消滅できそうな気がする。くそっ体の奥が焼けるように熱いぜ!」

なんか大変な病気になったんじゃないか? 本当なら心配だ。儀式が終わったら病院に直行させよう。キョウジはそう思った。まあ見た感じ、テンション高いだけでいたって元気に見えるが。

「それができるならどんなにいいか。ぜひともそうしてもらいたいとこだけどな。
禍が消滅か。あるとしたら、地球が終わる時かもな」

じいちゃんの日記を思い出しながらキョウジがつぶやく。
禍は滅びることはないだろう。もしあるとしたら、生命が死滅する時だろうか?
もし、生命が絶滅しても、禍は存在してそうだ。

禍とはなんなのだろう。まだわからないことだらけだ。世界には四家以外にも呪術師はいるだろう。四家にはない、呪術もきっとあるに違いない。禍の謎を解明するには、島を飛び出す必要がある。キョウジが離れたい理由は、ソレではないが。


「メバルのやつ、なにかあったのか」

「ジンヤ、今様子見に行こうと思ってたんだ。お疲れさん」

「ああそっちこそ。シズクも無事禍から解放されて、ほんとによかった」

ジンヤがキョウジのもとを訪れた。儀式が終わって互いにはじめて顔をあわせる。
「ああ、そうだな」とキョウジも頷く。

「だが、大変なのはこの後だ。気をさらに引き締めんとな」

グッと真剣な顔になり、ジンヤが力む。大丈夫かよ、とキョウジはちょっと不安になる。力みすぎて失敗しましたじゃ困る。

「気持ちはわかるが、あんまり力みすぎんなよ。でも、大丈夫か?童貞が本番って。
事前に練習しといたほうがよかったかもな。かわりになりそうな人形でも持ってくればよかったか」

「なにを言ってるんだ。童貞は関係ないだろう。俺だって何度も修行に励んだ。北地の呪術で、禍を木っ端微塵にする気で挑む!」

ジンヤとの会話がかみ合ってないことに気づき、キョウジは「ちょっと待て、僕が言ってるのは、この後にやる手はずのシズクとの夫婦の儀を言ってるんだぞ」と。

「シズクとの婚姻か。そのことに俺が童貞であることと、どう関係あるというんだ」

「いや大有りだっての。お前な、間違って違うほうの穴に入れたりしたら、意味ないことになるんだぞ」

夫婦の儀=セックスである以上、セックスに失敗すれば、儀式に失敗したこととなり、シズクが禍と再び結びつく可能性か高まってしまうのだ。
しかしキョウジの危惧はジンヤには伝わってなかった。

「なに穴だと? たしかに北地の術の中に穴を掘るものがあるが、それは今回の儀式には関係ないぞ」

そんな術あるのか、すごい便利だな、北地家。と感心しそうになったが、そうじゃない。ジンヤとの会話がまたしてもかみ合わない。

「ジンヤ、お前冗談言ってる場合じゃないっての。お前シズクと婚姻する気あるのかよ!?」

真面目なジンヤがここまですっとぼけるなどおかしい。キレ気味にキョウジがジンヤに問いかけた。が、ジンヤの反応はキョウジの予想に反するもので。

「いいや、俺はシズクとは婚姻しないぞ」
ときっぱりとジンヤが答えた。

「ふーん。てえええー!?
おいジンヤ、直前になって怖気づいたのか? お前の親父さんもシズクの親父さんも、二人の仲には反対しないって許してくれたんだぞ。そのことでお前もスミエと話したんだろ?
お前がシズクと婚姻しない理由なんて、どこにもないだろ。
お前まさか、未だに意地張って、親父さんが決めた相手と婚姻するとか言い張ってんのかよ?」

「いや、キョウジ、お前にもちゃんと伝えておこうと思っていたんだが。
俺はスミエと婚姻すると決めた。そのことはシズクにも伝えてある。だから俺は、シズクとは婚姻の儀は行うつもりはない」

ジンヤの言うことがさっぱり意味がわからない。しばし固まり、「ちょっとなんだよそれはー」とキョウジがつっこむ。

「お前さんざんスミエのこと嫌ってたじゃないか。まさか殴られまくって頭がおかしくなったっていうのかよ。かわいそすぎる」

「違うわ! 俺はいたって正常な頭だ。キョウジいい加減にしろ!」

「じゃあなんでだよ? お前シズクのことは好きじゃないのか?」

あんなにシズクのことが好きだったはずのジンヤ。どうしてシズクと婚姻できないと言うのか、その理由を訊ねる。

「そうじゃない。彼女のことは好きだ。だが、婚姻相手としては考えられない。
シズクは、俺には優しすぎる。もし、俺が道を誤ったとき、彼女は殴って俺を正すことはできないだろう。伴侶として考えた時、彼女は優しすぎて俺には合わない」

「そうか?シズクのやつああ見えて、結構暴力振るうぞ…」
被害者の体験談。

「それに、今だからこそ思うんだ。俺はシズクの優しさに甘えていた。母に甘えたことのなかった俺は、無意識に彼女に母性を求めていたのかもしれん。
きっと、俺の母上は、シズクのように優しい女性だったのだろう」

「名前も似てるしな。…っておい、お前がそれで納得しているとしても、シズクの気持ちはどうなるんだ?」

「それはシズク自身が決めることだろう。彼女の気持ちに俺がどうこう言う必要などない」

「いや、そうじゃなくて、アイツは…」

ジンヤのことが好きなんだろ。言いかけてキョウジはあきらめた。ジンヤの顔には迷いなどまったくない。頑固だから、キョウジがどう言ったって無理だ。ジンヤを動かすなら父親のガンザか、シズク本人にがんばってもらうしかない。

マサトエンドとか、シズクがかわいそうすぎる。なにより、マサトの思惑通りになるというのが、キョウジは気に入らない。

「つまり、お前はシズクにマサトと婚姻しろって言ったんだな。酷いやつだな」

「なにを言ってるんだお前は。シズクの婚姻相手を俺が決められるわけないだろ。決めるのはシズク自身だ」

偉そうにジンヤは言うが、事前に自分はムリだと断っていることで、シズクの選択を狭めてしまっているというのに。
まったくジンヤの言うことは矛盾している。シズクに決めさせるというなら、シズクがジンヤを選んだ場合、スミエとの婚約は破棄して今夜シズクと婚姻すると約束したも同然だ。
ならば、シズクから迫るように、働きかけるしかない。

「わかった。シズクに決めさせるってことで、文句はないってことだな。自分が言ったことには責任持てよジンヤ」

「人の事ばっかり言うが、キョウジお前はどうなんだ? 正直シズクのことどう思ってる?」

「はあ? どう思ってるって…? いいおっぱいしてるなぁと」
シズクのむちむちおっぱいはメバル以外にも好評らしい。とキョウジが素直に言ったのにもかかわらず、「この期に及んでふざけるのはいい」とジンヤには通用しなかった。

はー、とため息吐きながらキョウジは首元をかきながら
「正直、せっくすしたいと思ってるよ」

ジンヤに逆三角の目で睨まれたので、「コイツこういう冗談通じないんだよな」とぼやきながら再度答える。

「マサトなんかには渡したくない」

「なんでマサトさんなんだ」

とジンヤにつっこまれた時、縁側の下からにょきっと飛び出してきたツンツン頭。

「なになに、シズク姉ちゃんのこと話してなかった? シズク姉ちゃんのおっぱいがどうこうって聞こえたけど」

おっぱいの単語に関しては地獄耳のメバルだ。話の内容はメバルには聞かれてなかった様子。

おっぱいおっぱいと目をキラキラさせる純真なエロ少年に、キョウジは適当なことを話す。

「シズクのおっぱいには、海水が詰まってるって話してたんだよ」

なに言ってんだキョウジ…、とジンヤは心の中であきれるが、メバルはますます目をキラキラさせて話を信じる。

「おれ海水飲んだことある。そうか、あれってシズク姉ちゃんのおっぱいの味と同じ…」

「だいたい合ってる」

「あっ、そうだそろそろ時間だ。明日の儀の打ち合わせをするから、集まれと言われているんだ。いくぞキョウジ、メバル」

ジンヤに促されて、キョウジたちはマサトと当主たちが集まる打ち合わせにと向かった。



マサトを中心に、明日朝より行う【解封の儀】について打ち合わせを始める。
手順としては、封印の祠を囲むように、呪術師が陣取る。そして内一人が、祠の中に入り、祠の中から禍を散らしていく。禍は元の形に戻ろうとするため、呪術を連発しなければならない。中の者は心身ともに負担が大きいだろう。
外に陣取る呪術師たちが、少しずつ封印の術を破壊していく。隙間から飛び出してくるであろう禍の欠片を集中的に呪術で攻撃をし、散らしていく。巨大な肉をミンチ肉にしていく、ようなものだろうか、肉にたとえるなど、マサトの悪趣味っぷりが伺える。
儀式の内容は、特に決まった術を使うわけではない。普段、禍相手に使っている呪術を使うことになる。ただ、決めねばならない重要なこと一つ、それが…

「祠の中に誰が入るか、だが…」

じわりと嫌な汗が額に浮くのを感じつつ、アラシはみなの顔を伺う。嫌な予感がする。その危険な役目を担うことになるのが誰になるのか。

「それは…「僕しかいないだろ」

マサトが言いかけるのを遮り、キョウジが手を挙げた。キョウジが進んでやりたいと言ったわけではない。キョウジしかいないのだ。
封印されている禍は、先ほど封印の儀をかけられたばかりである。禍は呪術をかけられるたび、その耐性を高めてきている。中の禍に一番効率よくダメージを与えられるとしたら、禍に封印の術を施したことのない呪術師になる。前の代で封印の儀を行った現四家当主、マサト、ジンヤ、クマオ、メバルは先ほど封印の儀を行ったばかり。
つまりキョウジしかいないということになる。
今回の解封の儀、キョウジがいること前提でマサトが提案したということか、もしそうなら腹黒い陰謀を感じる。それを証明するように、マサトが「ふふふ」と気味悪く横目でキョウジを見ながら笑みをこぼす。

「どうして、キョウジばかりが危険な目に」

思わずアラシが声を発した。息子が立て続けに危険な役目を負うことになる。親なら、平気でいろといわれるほうがムリというものだ。

「封印の儀も無事成功した。シズクちゃんも、禍から引き離すことができた。ひとまずはこれでいいんじゃないだろうか?」

アラシは提案した。儀式は無事成功したのだ。ムリして解封の儀などという前代未聞の危険な儀式に挑む必要はあるのか?と。しかし、賛同してくれる者は悲しいかな、いない。

「いいえ、よくはありません。シズクさんは一度禍と強く結びついてしまっています。この後私と婚姻して禍の耐性を高めたとしても、あの巨大な禍がここにある限り、またいつシズクさんが禍と結びつくかわかりません。シズクさんでなくとも、別の者が犠牲になる可能性もあります。
今現在、次の世代はまだどの家にも生まれていません。封印の儀は今の状態ではもう行えないのですよ。禍も耐性をつけてきています。今の封印も、そう長くは持たないでしょう」

「しかし」とアラシはなんとか別の策を考えるよう、皆に求める。キョウジを危険な目にあわせたくないアラシの気持ちは、わかる。人としてそれは当然の感情だ。マサトにはないみたいだが。

「父ちゃん…」
特にアラシの想いがわかるメバルは、悔しそうにきゅっと唇をかみ締め、父を見る。

「親父、心配してくれる気持ちは嬉しいけど、儀式は予定通り決行する。もたもたしてられないだろ。ってかしたくないしな。
いっとくけど、僕はみんなのために犠牲になるみたいな自己犠牲精神溢れる人間じゃないから。正直、むかついてんだよな、禍に。いい加減この島から解放しろって話。
僕は僕のためにその役目かってでる。万全の準備で、ことに挑むつもりだから。
メバルに力貸してもらうことになるけど」

キョウジは立ち上がり、アラシにそしてメバルに己の決意を伝えた。死の覚悟なんてものは感じられない。いつものキョウジで、どこか不敵を思わせる笑みを浮かべていたほどだ。

「もちろんだって、兄ちゃん一人にいいかっこさせるかよ。
おれ今、めっちゃ力滾ってるし」

よっしゃーとばかりにメバルはキョウジに駆け寄り、決意のガッツポーズをしてみせる。
熱くなる二人に水差すように、マサトから冷ややかな声。

「よくありませんね。メバル君は君とは違い四家の次期当主ですよ。危険なことに巻き込まないでいただけますか。犠牲になるのは、君一人で十分でしょう?」

マサト、ここまであからさまに、キョウジに死ねというのか。しかし、キョウジも挑戦的に言い返す。

「悪いけど、僕はなにより、マサトの言いなりになるのが嫌いなんだ。てことで安心してよ親父。僕は絶対に死なないってことだから」

「ずいぶんな物言いですね。ふふふ、しかしそれだけ強気に言うのなら安心ですね。
私も明日は初めての試みですから、ついうっかり手が滑って、キョウジ君に呪術を当ててしまうかもしれませんが、事故ということで仕方ないですね、ふふふ」

笑顔ながらもどす黒いオーラを纏うマサトに、キョウジもマサトこなくそーと睨みつける。バチバチと火花を散らす二人。
「おい、ちょっと…」と引きぎみに二人を止めようとするアラシに、メバルはマサトにビビリながらも、小声で「兄ちゃんがんばれ」とエールを送る。他の者はノーリアクションだ。しかしジンヤは心の中で疑問を抱いていた。

「(封印の儀が成功したのに、マサトさんとキョウジは相変わらず仲が悪いのか。解封の儀で、島から禍を解放すれば、二人の関係も変わるかもしれない、のか?)」

なんでこんなに仲悪いんだ、この二人。誰も突っ込まないのか、と心の中で憤っていた。


「さて、打ち合わせもすんだところで解散です。皆さんしっかりと栄養とって、早めに休息してください。ふふふ、私は儀式の間でシズクさんを向かえる準備を行いますので」

解散した一同の元にシズクが現れた。

「おおシズク待たせたな。クーラーボックスの中に弁当があるから、食べようか。クマオもそろそろ起きてる頃だろう」

ヨウスケが駆け寄り、シズクの背中をポンポンと叩く。シズクに気づくと、マサトがキラキラ光りながら微笑みかける。

「ではシズクさん、今夜準備を整え、あなたをお待ちしています。私がアナタに女性としての悦びをたっぷりと与えて差し上げます。そして、そのあとで特別な私たちだけの契約を結びましょう。ふふふ」

すれ違いざまにマサトはウインクをした。多くの乙女なら、「ああーん、マサト様超ステキー、あなたのコレクションにしてくださーい」と懇願乙女になるところだろう。しかしシズクはノーリアクションだった。
一方的なマサトにシズクがなにも反応できないまま、一方的なマサトは西炎の建屋へと消えていった。

「あの、父さん、先に行っててくれるかしら。すぐ、戻るから…」

チラリと、シズクが視線をキョウジやジンヤとメバルがいるほうに向けたのを見て、ヨウスケも察した。


「さて、早く儀式の間に行って、儀式の準備をしてこないとな。シズクちゃんがくるかもしれないし」
と嬉しそうに言いながら、アラシが風東の儀式の建物へと向かう。

「いやいやこねーから」とキョウジが突っ込むが、アラシは聞いていない。

「いやくるって」とメバルが否定する。「だっておれのとこに来るかもしれねーじゃん」結構メバル本気のようだ。

「あ、あの」

「!シズクねーちゃん! やっぱ来てくれたv」

噂をすれば、シズクが来てくれた。メバルのもとに。メバルはシズクが自分を選んでくれたのだと思い込み、興奮して鼻息を荒くする。

「キョウジ、わたし話したいことが」

しかしシズクが来たのは、メバルに用ではなく、キョウジのほうにだった。「えっ」とメバルはショックで固まりかけるが。

「ああ、ちょうどよかった。僕もシズクに話があったんだよ」

と返すキョウジに、メバルは兄ちゃん裏切り者という心境になったが、キョウジはメバルのほう向いて「まかせとけ」と合図してきた。「(そうか、兄ちゃんおれのために)」と勝手に自分のためにかけあってくれるものと勘違いし、こくこくと興奮した顔で頷いて「わかった。じゃあおれ、先に飯食ってエロ本読んで復習してくるっ」とすっ飛んでいった。メバルのやつエロ本持ってきてたのかよ、というつっこみはさておいて。

「あのね、今晩の儀式のことだけど…」

「そのことだけどな、シズク、マサトを選ばなきゃいけないことはないからな。
お前の親父さんだって、もう反対してないんだろ」

「うん。わたしの気持ちを優先しなさいって言ってくれた。だからわたし…」

キョウジと儀式を、と言おうとしたシズクの言葉を遮るのはキョウジ。

「ジンヤから婚姻できないって言われたらしいけど、あきらめなくていいからな。
ジンヤの奴、殴られすぎて、まともに思考できなくなってるみたいなんだよ。
今でもシズクのことは好きだって言ってたし。アイツ頑固だから、自分からは訂正しそうにないけど。
シズクからせまれば、受け入れるはずだから。スミエのことは気にしなくていいだろ。ジンヤが一生土下座し続ければ、たぶんきっといつかは許してもらえるだろうし」

「あのね、キョウジ、わたしジンヤとは」

ちょっとジンヤ呼んでくるから待ってろよ、とキョウジはシズクの話をまともに聞かず、ジンヤを追いかけた。ジンヤはすでに北地の儀式の建屋へと帰ろうとしていた。

「おい、ジンヤ待てよ!」

背後から、抱きついてジンヤを引き止める。それにはジンヤもオーバーリアクションで「うおっ、なにするんだキョウジ、背後から抱きつくな気持ち悪い、貴様ホモか?!」

予想外にキレるジンヤに、キョウジも大げさな奴だなとノー天気に返す。しかしジンヤからすれば、どうでもよくない。デリケートな問題だ。特にホモ疑惑に関して。

「ジンヤ、お前シズクに殴ってもらえ。たぶん頼めば殴ってくれるだろ」

「は? なにを言ってるんだキョウジ」

とんでもない勘違いをされている気がするが、強引にキョウジに引っ張られ、ジンヤはシズクのもとに連れてこられる。

「じゃあな、がんばれよシズク」

シズクの前にぐいぐいとジンヤを押し出しながら、一方的にやらかしたキョウジは満足げに言って東のほうへ去って行った。

ぽつんと取り残されたシズクとジンヤ。ジンヤは、はーと大いに呆れて「たく、アイツは」と笑った。

「シズク、アイツはバカだから、ハッキリ言ってやらないとわからんぞ」

ジンヤはシズクを勇気付けるように言った。だが、キョウジのあの態度は、シズクをジンヤに押し付けているようにも感じて。それは二年前に、キョウジがジンヤを紹介したときのように重なってしまう。

「でも、言ったところで、キョウジの気持ちは変わらないわ。わたしよりも夢のほうが大事なんだって。わたしのこと助けてくれたのも、本当は面倒ごと片付けてしまいたいからってことなのかも」

キョウジの態度見てたらわかるよ。シズクはキョウジに想いを伝えようと決意したが、変えられそうもないキョウジの想いに、すでに負かされている。
きゅうと苦しく胸が締め付けられる。シズクの胸に詰まっているのは海水じゃない。キョウジへの切ない想い。ぽろぽろとシズクの目から涙が零れ落ちる。ジンヤはギクリとなるが、女の子を慰めるスキルなどジンヤは持ち合わせていない。堅物童貞ゆえ、むりもない。だが、人としてほおっておけるほど無神経でもない。
シズクの言葉を否定してやりたいが、否定できない。なぜなら、キョウジだからなと納得してしまうからだ。

「そうだろうな。アイツの想いは簡単に変わったりしないだろうな。俺や君が、アイツに出て行くなと懇願しても、聞きはしないだろう」

「そうだよね…」

悲しくシズクはうな垂れる。好きだから、離れていかないで。そう伝えたところで、キョウジはシズクの思い通りに島に留まるとは思えない。だからといって非道なわけじゃない。シズクのことが大切だから、そばで守れない自分の代わりに、ジンヤにシズクを託そうとしているんじゃなかろうか。シズクやジンヤの気持ちは考えちゃいないあたり問題だが。

「なぜあきらめる? アイツを引き止められないなら、君がついて行けばいいんじゃないか?
島を離れたくないのなら、アイツが島にいたくなる様に考えをめぐらせればいい」

シズクが顔を上げる。

「ジンヤがそんなことを言うなんて。なんだか…」

「変わったか? そうかもしれんな。以前の俺は視野が狭かった。解封の儀も、最初はまったく意味がわからなかった。マサトさんといいキョウジといい、それに父上、あああとスミエも…」
と語尾はごにょごにょするジンヤだが。晴れやかな顔でシズクへと振り向く。

「シズク、君の存在もだ。意固地だった俺も、変わってきたんだろうな。特に父上に対する想いがな…」

アイツは自覚ないがずいぶんと視野が狭いところがある。ジンヤはキョウジのことをそう言った。

「(それはわたしのことでもあったんだ。ジンヤのおかげで気づかされたわ)」

改めて、シズクは自分の想いと向き合う。恋の最終決戦へと、突入する…のか。夜は更けていく。
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