島魂粉砕

モドル | ススム | モクジ

  第四十七話 封印の儀始まる  

自分の気持ちに向き合うってどういうこと?
あの頃のようには、戻れるはずもないのに…。

先日、キョウジの研究所でジンヤと二人きりになった時、話をした。
ジンヤがこれからどうするのかということ、封印の儀を終えて、それから先のことを。
ジンヤはハッキリと言った。己のこれから進む道を。迷いなくハッキリと。
ごめんの一言はなく、「俺はそうするつもりだ。自分の決めた道を迷いなく進む」と、とても晴れやかな顔でシズクに打ち明けた。

ショックはなかった、不思議と。ただ恥ずかしかった。ハッキリと言えないただをこねているだけの子供のような自分のことが。

幼いメバルでさえも、使命のため、シズクを助けるために儀式に向かった。
不器用なクマオも、シズクを救いたいと儀式に賛成をしてくれた。
水南家と北地家の確執も少しずつよい方向へと歩み寄ろうとしている。
皆、未来に進むために、新しい一歩を踏み出そうとしている。

変わらなきゃいけないこと。それはシズクだって自覚している。だけども、怖い。
大切なものが遠くへ行ってしまう。もう二度と会えなくなる。シズクのことなど思い出の一つになって、いつかどうでもいい存在になってしまう。
ネガティブな思考がぐるぐるとシズクの中をまわる。

自分の気持ちに向き合うことは、悲しい別れを受け入れるってこと。
十歳の誕生日に封じ込めたその感情が、表に出てきてしまえば、子供に戻ってしまう。
大切なものを奪われたくなくて、欲望のためだけに、周りを傷つける。たちの悪い駄々っ子になってしまう。

「やだ、そんなのやだっ」

何も見えない暗闇の空間にシズクは立っていた。一切の光もない、今自分は起きているのかもわからず、距離感などもつかめない。不安感が増幅する。
キョウジもジンヤも、メバルも父も兄も。一瞬目の前に浮かび上がって、みなすぅっと消えていく。置いていかれていく恐怖がシズクを襲う。

「待って、行かないで」

暗闇の中手を伸ばす。なにも掴める物がなく、むなしく空をかく。それでも、かすかに希望がある。とても自分勝手な思い込み。
なんだかんだとキョウジはいつも世話を焼いてくれた。だから、今度もきっとこの手を掴んでくれるはず。

『シズク』

「え? キョウジ?」

キョウジの声は手を伸ばしたほうでなく、シズクの背後からした。どん、と背中を押された。キョウジと思われる存在はなにも言わなかったが、強い悪意を感じた。
突き飛ばされて、暗闇から脱する。光を感じる現実へと戻されたが、今の体験は夢とは思えなかった。


「シズク、なにやってんだよそっちは」

またキョウジの声が後ろから聞こえた。先ほどよりもクリアに聞こえて。
シズクは自分から封印の祠へと近づこうとしていた。キョウジが後ろからシズクを捕まえようとするが、「やめて」と拒絶され、腕払いで突き飛ばされる。

「ちっ、仕方ない」

術紙を手に挟んでいたキョウジは、シズクと祠の間目掛けて風東の術を使う。風の衝撃がシズクの体をバチンとはじく。
衝撃でシズクの体は祠より離れた。だが、大したダメージはなく、体を起こし、また祠へと向かおうとする。

「加減はするけど、許せよな」

尻ポケットから術紙を数枚取り出し、キョウジは術を連続してシズクに放つ。

「きゃあっ!」

バシッバシッと静電気が起きたような音が、シズクの体の表面で鳴る。体に傷は出来ていないが、首の下からほぼ全身に風の呪術のダメージを受けて、シズクは悲鳴を上げて崩れ落ちる。意識を失いぐったりしたシズクを見て、キョウジはひとまずほっとした。

「今のうちに着せておくか…」

バッグの中に用意していたプロテクターを、シズクを抱き起こしながらつけさせた。マサトたちが封印の儀を終えるまでは、シズクに呪術を行使するのも致し方ない。嫌われるとしても今の間だけだろう。禍から解放されれば、シズクだって事情をわかっている。怪我をさせないように、注意はするつもりだが。

頭痛が起き、手足が震える。術を施していてこれだけ禍の悪影響を体に受けている。素の状態なら呪術を使うどころか、まともに歩くこともできなかっただろう。禍、とんでもない存在だと改めてキョウジは感じていた。

シズクを地面に寝かせながら、自分の額に浮いた汗を拭う。

「死ぬつもりないからな。僕も、シズクも死なせない」

今も心配しているであろうアラシに伝えるように、キョウジはつぶやく。その声は父に聞こえるはずもないが。体が気持ち悪くなろうとも、キョウジの心はくじけそうになかった。未来に夢見る気持ち。若いからこそ、余計にその想いは強い。

「(儀式を終えたらちゃんと親父に伝えよう。僕のしたいこと認めてもらえるように…)」

その前にメバルにちゃんと話すべきだな。ジンヤに相談したら、アイツはどういうだろう。
シズクも、快く見送ってくれるだろうか?
想い一つで簡単にことが運ぶとは思わないが、夢が叶うかもしれないという可能性が高まりつつある現状、キョウジのテンションも高ぶる。

「いかせはしない。ここから離れることはできぬ」

「!? なんだよ、今のは…声?」

驚いてキョウジは顔を上げた。見渡すが周囲には人の気配は感じない。シズクはまだ気を失っているし、シズクの声ではなかった。いや、人の声とも言いがたい。くぐもったようにはっきりしない響きで、きっとキョウジだけにしか聞こえなかった声。

「まさか…」

怪訝な顔でキョウジは祠をほうを注視する。

「その娘はお前の夢を阻む。殺したいほど、お前を憎んでいる。
邪魔な存在。消せばいい」

くぐもってはいるが、声の内容はハッキリとキョウジに伝わってきた。その意思に誘導されるように、キョウジの目は自然とある箇所へと向いた。
キョウジの力で、両手で持ち上げられそうな石。あの石を、無防備なシズクの上に投げ落とせば。
恐ろしいシミュレーションを脳内でやりかける。そういう恐ろしい方向に思考を持っていかせようとする。それが禍の力なのか。

「禍の声? 禍にも意志があるってことなのか。それとも単に…」

禍の影響でキョウジの思考を悪いほうへと向けさせようとしている。今の声も、おそらく幻聴だろう。

「馬鹿馬鹿しい、邪魔な存在だなんて、思うわけない」

幻の声をキョウジは否定する。動揺などしていない。禍にもぶれさせない想い。

「嘘よ、本当は邪魔だって思ってるくせに」

「! シズク、気づいて」

キョウジの言葉を否定して、シズクは目覚める。シズクの目は、怒りの炎が揺れ、憎しみの感情を向ける。

「さっきだってわたしのこと、殺そうとした!」

暗闇の中で、シズクの背中を押したキョウジ。その後は、風東の呪術で身体に攻撃を加えてきた。
キョウジはシズクを殺すためではなく、恐ろしい禍が封じられている祠へと近づいたシズクの行動を止めさせる為なのだが…。禍の影響を受けているシズクは、キョウジのどんな行動もすべて悪い方向へと解釈してしまうようだ。
今はどんな言い訳も無効だろう。キョウジもそれがわかるから、弁解などしない。

「ったく、早く終わらないのかよ。儀式は…」

中途半端な攻撃で時間を稼ぐしかないのか?
禍に有効な手段は呪術。今は風東の術で、シズクの行動を阻むしかない。指先をかじりながら、血を滲ませる。片方の手で、術紙を取り出す。

「死ねばいいのよ」

恐ろしい言葉を吐きながら、シズクの目は充血し涙が滲む。明確な殺意がキョウジに向けられる。殺意は強烈な負の感情だ。禍の好物で、禍によって感情は膨らむ。

「死ねばいいとか、短絡的すぎるだろ」

やれやれとつっこみながら、キョウジは術を放つ。
風の撃がシズクの体を襲う。「きゃあっ」と悲鳴を上げて、シズクの体は跳ね上がり地面へと倒れる。「うぐぅっ」と痛みに顔をしかめて打ち付けた。打ち所は悪くなかったようで、意識はある。

「なんで、こんな酷いことするの?」

横たわったまま、シズクは悲痛に訴えた。シズクを傷つけることは、キョウジも本意ではないが、シズクが禍である以上、呪術を使うのがベストなのだ。

「仕方ないだろ。こうするしかないんだ…。もう少し我慢しろよ。今、ジンヤたちが封印の儀をがんばってる。アイツは成功させるって約束したろ。僕もジンヤたちを信じている。
封印の儀が終われば、僕もシズクに呪術を使わなくてすむんだ」

「儀式が、終わる? もう少しで?」

今この場では儀式の進行状況はわからない。跡継ぎであるキョウジは封印の儀の手順を知っているから、だいたいの目安はつく。
シズクの中の禍に封印の儀をかけるために、儀式の間はシズクを祠前にいさせなければならない。シズクを留める為には、実力行使も仕方ないのだ。とはいえキョウジも、禍の影響を受けながら、呪術を使うのは負担がでかい。そう連発できるほどタフでもない。できれば、このまま大人しく寝ていてほしいところだが。

「やだ、わたし…やだよ…」

泣きじゃくるシズク。なにがいやだと言うのだろう。嫌だと言っているのは、シズクの中の禍なのだろう。キョウジはそう思った。シズクの体を使って、同情を引かせるつもりだろうが、キョウジにはきかない。

しかし、シズクが泣いていたのは、シズクの本心からだ。
儀式が終わること、それはこれまでとは違う島の形になるらしい。禍から解き放たれて、四家も封印の儀から解放される。そうなれば、キョウジは縛られることなく、島を離れられるだろう。
子供の頃から、キョウジの夢だった島を出ること。それはシズクにとっては認めたくないことで。
そのために記憶を封じ想いを封じた。森の中で、禍に願ってしまった。

自分の想いと向き合うべきだ。ジンヤにそう言われた。その時は刻一刻と近づいている。
頭の中でガンガン響くように、秒針の音が鳴っている。段々とその音は大きく、速くなり、気が狂いそうになる。いや、もうすでに狂っているのか。

「頼むから、大人しくしててくれよ」

頭をペチペチと叩きながら、目を見開いて緊張を保とうとする。まだ横たわっているとはいえ、禍であるシズクから警戒をとかない。術紙を指に挟んだまま、キョウジは注意深くシズクに近づく。

「やだ、こないで!」

シズクが拒絶の声を上げた瞬間、キョウジは足をひねらせ転倒する。転んだ拍子に、術紙は手から離れ、風に舞い飛ばされた。

「死ねばいい、死ねばいいんだ」
頭の中で響く言葉。もうそうするしかないように、シズクを追い詰める。コロンとどこからか、木の枝がシズクの目の前に落ちて転がる。鋭利な先端のその枝は、立派に凶器になる。まるで、神がシズクの願いを聞きとげたように、運良くそれは目の前に現れた。実際は神と言う名の禍の仕業だろうが。

シズクはその木の枝を手に取る。立ち上がり、キョウジの前で振りかざす。

「シズク、バカなにやっ…!」

とっさに呪術を使って止めようとしたが、尻ポケットの中の残りの術紙も、転んだ拍子に飛び出し、木々の間を飛んでいった。術紙を探しにいっている暇などない。

「ごめんねジンヤ、わたし…できないよ」

振り上げた木の刃を、シズクは自分の喉元に向ける。

「わたしが…死ねばいい…」

禍から解き放たれて、自分の本心がむき出しになれば、辛い現実を受け入れなければならなくなる。
シズクにとって辛い現実、それはキョウジが島からいなくなるということ。
誕生日のお祝いとか理由付けだ。ただ好きな人と離れたくないだけ。自分勝手な束縛欲。
その欲望はみんなの足枷になるだけで、シズクの繊細な心も傷つける。

シズクが死ねばいい。それがベストな道だと、禍が後押しするように、凶器が目の前に現れた。

「くっそ、いい加減にしろよな、禍!」

ズキンと痛む足に動きを阻まれそうになりながらも、キョウジは立ち上がりシズクに飛びついた。

腕を掴んで、凶器をシズクの喉元から離すが、シズクは暴れ抵抗する。

「くっいって!」

抵抗するシズクに足を踏まれたり、腹に膝蹴りを入れられて呻かされたが、キョウジも必死にくいつき、手の凶器を引き剥がした。

「シズクを死なせるわけにはいかないんだよ」

「やめて、はなして」

シズクに突き飛ばされ、キョウジは祠に頭を打ちつけ気を失った。後頭部から出血し、血溜りが頭から広がる。

「ハァハァ…」

息を荒げながらも、シズクは倒れたキョウジを無視し、祠へと向かう。
封印が弱っている今のうちに、封印の儀が終わらぬ内に、呪術という名の鍵をこじ開け、その中で蠢く本体へと戻ろうとする。シズクの中にいる禍は、封じられていた禍の一部だ。本来の姿に戻るために、一歩一歩、確実に近づく。

ぴたり。
あと一歩、というところでシズクの足は止まる。首を後方に動かして、倒れたまま動かないキョウジを見る。

「どうして? もうわたしを引き止めないの?」

引き止めてほしい?
そうつぶやいて、シズクは気づく。また自分は甘えた欲求を持ってしまったと。

違う、そうじゃない。
失うことが怖いから、変わることが怖いから。わたしは逃げてきた。
行動すれば変わる事だってあるじゃない。

くるりと向きを変えて、シズクはキョウジの手荷物のほうへと向かう。荷物の中から救急セットを取り出し、キョウジのもとに。後頭部の裂傷で出血していた箇所の止血をする。これで正しいのかわからないが、ガーゼや包帯をきつく巻いて、血は流れないようになった。
カタカタと血に濡れた手が震えるのは、禍のせいなのか、恐怖のせいなのか知れないが。
今シズクがすべきことは、儀が終わるまで、祠のそばを離れないことだ。
禍の声には惑わされない。

「わたし、もうアナタの力は借りない。
わたしは、わたしの想いで、叶えてみせる。
もう少しで封印の儀は終わるんだから…」

祠周辺に強い力が集まる。目には見えないそれは呪術の力。空気の圧のように、シズクの体も息苦しさを感じる。だが、苦痛ではない。まるで心地よく感じる。気持ちよく体を締め付けてくれているようで。

「キョウジ、ちゃんと目覚めてよね。
わたし、あなたに伝えたいことがあるんだから」

キョウジを膝に抱きかかえながら、まだ目覚めないその顔を見つめた。
呪術による締め付け効果でか、体がぽかぽかしてくるようで。血行がよくなり、体の中で盛んな音を立てている。禍という不純物を追い出してくれるように、シズクの体も心に応えてくれている。
儀式が終わるまで、シズクはそこから動かなかった。いつの間にか、あの不気味な声は聞こえなくなっていた。
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