島魂粉砕
第四十六話 呪術師集う
ついにその日がやってきた。
禍と四家の呪術師との因縁の区切りとなる日だろう。
四家の当主、その跡取りと禍の権化となったシズクが、結界の森に集った。四家の当主は結界の外で、結界の綻びの修復と強化に当たる。跡取りの四人はそれぞれの立ち居地につき、封印の儀を行う。
跡取りは、キョウジではなく、メバルだった。まだ正式に決定していないが、メバルのほうから「おれが跡ついで、シズク姉ちゃんと一緒なるから!」とやる気満々でキョウジに伝えた。
ここ数日の修行でみるみる伸びてきたことの呪術への自信と、シズクと婚姻できる可能性が出たため、メバルのやる気に火がついたようだ。
現時点で、メバルはまだシズクとジンヤの関係を知らない。
キョウジとしてはメバルが跡を継ぎたいと申し出たことはラッキーだった。できることなら、跡は継がず、己の夢のため島を出たいと願っているからだ。が父アラシは、やはり長男であるキョウジに継がせたいと思っているようだ。まあその気持ちも、メバルのがんばり次第で変えられるかもしれない。やる気のいまいちなキョウジより、やる気のあるメバルが次期当主のほうが、風東の今後にもいいだろう。
「ううう、おれなんか緊張してきちゃったよ」
森の中を進みながら、メバルがぶるっと体を震わせながら、弱気な発言をした。封印の祠に近づくに連れて、耳鳴りが酷くなる。みんな結界に入る前に守りの呪術を施しているが、それでも気分の悪さは感じる。それだけ、禍に近づき、禍の力が強大だということだ。
若さゆえに怖いもの知らずのメバルだが、初めての呪術の儀式だ。緊張するのも無理はないだろう。キョウジのほうは妙に落ち着いているが、不思議と。
「そう気負うなって。親父たちもなにかあれば駆けつけてくれるんだし」
とキョウジが弟を安心させようと気遣いの言葉をかけたが、見当違いだった。
「禍のほうじゃなくってさ。おれが緊張してんのは、シズク姉ちゃんにプロポーズすることだよっ!」
「は? プロポーズって…」
メバルの緊張が気遣ったことと外れてて、膝ががくっと落ちそうになったキョウジ。
「おれの男らしいところ見せてさ、シズク姉ちゃんを禍から解放して。きっとその時シズク姉ちゃんも気づいてくれるはずなんだ。むちむちおっぱいをちゅっぱちゅっぱしてほしいって、願望抱いているに違いないッ」
やる気が炎のようにメバルの体から立ち上がっているようだ。ぐへぐへと変態パワーを滾らせて、禍に挑むのはどうなんだと思うが、エロパワーは呪術の力を上げるのに一役買っているようで、真実を伝えてメバルの力を削ぐわけにはいかず、「そうだな」と適当に相槌を打つ。
森の中央へと向かうと、森の木々とは違う木の色が見えてくる。人工物だ。封印の祠を囲うように、四軒の木造建築物が建っていた。高床式の住居で、四家所有のものだ。それぞれの建物の中で封印の儀を行う。布団一式と座布団といった簡素な設備しかなく、電気も通っていないため、夜になればランプやろうそくで灯りをともさなければならない。建物の周辺には灯篭が設置されてあるが、長らく使われていない。ここの設備は封印の儀でしか用いることがないからだろう。事前に当主が儀式に使う用の術紙を呪術を施した漆の箱に入れて、各建屋に保管してあった。
キョウジがシズクと婚姻の儀を行った時同様に、各家の守りの呪術をかけており、禍の進入を防ぐようにしてある。
「やっと来ましたね。キョウジ君」
儀式の建物の前に、マサト、ジンヤ、クマオとシズクがすでに集まっていた。みなの中でやけに多目の荷物を抱えたキョウジを、「なにをそんなに抱えてきたんだ?」とジンヤが訊ねる。
「いろいろと用意しておくにこしたことはないと思って、病院で借りてきた」
キョウジのリュックサックには蘇生器具やら、救急道具やらが入っているらしい。救急箱は各建屋に置いてあるらしいが、切り傷擦り傷の応急処置くらいしかできるものではないだろう。
禍の影響で、どんな事故や不幸があるかわからない。心肺停止した場合、至急蘇生行為を行わなければ手遅れになるだろう。
「シズクを死なせるわけにはいかないからな」
身近に感じることのなかった死への危険性。巨大な禍にもっとも近いのは自分たちだ。シズクはぞわりと顔を青くさせる。
「キョウジ君、君は残酷ですね。延命措置などシズクさんを苦しませるだけですよ。もしシズクさんが死に掛けるような危機に瀕したなら。私なら苦しめることなく、逝かせてあげます」
にやり、とマサトが微笑みながらキョウジに反論する。延命じゃなくて救命だ!とキョウジが反論する。マサトのような考え方もあるのだろうが、マサトの言い方からすれば、愛する人の危機に取り乱したりしなさそうだ。
「(案外死亡した五人女性も、マサトが止めさしたんじゃないのか?)」
マサトの殺人説が晴れたとしても、見殺し説は晴れないかもしれない。
マサト怖いとばかりに、メバルはキョウジの背中に隠れてガクブルしていた。お前そんなことで禍を相手に出来るのかよと不安になる。
「おいシズク。メバルのやつ緊張してるみたいだから、発破かけてやってくんね?」
「えっ…」
メバルにやる気を起こさせるとしたら、シズクの言葉が一番効力を発揮するだろう。キョウジがシズクにそう要望したが。
「なに言ってんだよ兄ちゃん。これはあれさ、武者震いってやつ!」
ぶるってたくせに、シズクの前ではいいかっこうしたいのだろう。キリっと顔を整えて、偉そうにポージングを決めるメバルに、キョウジはほっとするよりもあきれた。
「メバル、大丈夫? ムリさせてごめんね」
「いいかいシズク姉ちゃん。男は女を守るために、限界を超えた力だって発揮できるんだぜ」
「(コイツ、なに言ってたんだよ…)」
いいかっこしいしすぎだろ。大げさなこと言って自分を追い詰めるなよとキョウジはメバルに言ってやりたかった。
「さて、それぞれの場で儀式の準備を始めます。結界の外で術を行っている各当主から完了の連絡が時期に入るでしょう。いつでも取り掛かれるよう、準備をしてください」
マサトがそう合図し、四家の跡取りたちはそれぞれの建屋へと向かう。皆トランシーバーで当主と連絡をとれるようになってる。クマオも事前にヨウスケから何度も扱いを教わっていたから、操作に問題ないだろう。キョウジからしたらトランシーバー一つ操作できないほうが理解できなかったが。人それぞれ、得手不得手がある。クマオは不器用で人格に問題あるが、体格と体力には恵まれている。キョウジは手先は器用だが、体力もないし、呪術もそれほど得意というわけじゃない。以前、マサトから封印の儀の足を引っ張ると散々文句を言われた。がメバルに対してはそこまで言ってこなかった。キョウジも自覚しているが、メバルのほうが呪術師として向いているし、潜在能力も高いと感じる。マサトにはまだまだ及ばないにしても、この中ではナンバー2にだってなれるんじゃないか? 風東の術は風の呪術だ。シズク姉ちゃんのスカートを風の力でめくって、だの、風力でおっぱいを揺らす、だの。馬鹿馬鹿しい妄想をしながら修行に励んだらしい。そのかいあって短期間にめきめきと伸ばした。エロパワーこそ力になると身をもって証明したわけだ。
「う、ううう、シズク」
不安そうに背中を丸める大男。
「兄さんはあそこに行くの。大丈夫よ、わからないことは父さんに聞けば教えてくれるわ」
ここに来て、儀式がわからないなどと言われても困る、とキョウジたちは不安な顔でクマオを見た。どうやらクマオは儀式のことよりシズクのことを心配して、場に行くことをためらっているのだが。妹のシズクに逆に気遣われて、「わかった」と不器用に返事して、おずおずと水南の南方の建屋に向かった。
「シズク姉ちゃん、おれ、シズク姉ちゃんのこと好きだから! シズク姉ちゃんを絶対助けるよ。兄ちゃんもへっぽこだけど、シズク姉ちゃんのためにがんばるから」
今度はメバルがシズクのそばに行き、彼女に声をかける。「へっぽことか余計なこと言うなよ」と後ろでキョウジが突っ込む。がメバルの目には目の前のシズクしか視界に入っていない。
「だから約束してほしいんだ。今度こそ、本当に風東のお嫁さんになってくれるって」
「メバル…」
シズクのムチムチおっぱいに顔面から飛び込んでいきたいほど、メバルは熱く滾っていたが、ぐっと堪える。熱いまなざしで、シズクを見つめながら「だから、おれの「メバル君、勝手な約束など強要しないでください。重婚はできませんからね。シズクさんは私と婚姻する予定ですし、ねぇシズクさん」
メバルの熱い言葉を冷たいイケメンスマイルでマサトが遮る。
「シズクさん、私はもうあのような辛い体験はしたくないのです。愛する女性をこれ以上失うのは、とても辛いことですから」
感情的に目を潤ませながら、シズクを見つめながらのマサト。「(あれ、こいつ今問題発言しなかったか?)」とキョウジが心で突っ込む。
「ですが、心配なさらないでください。大丈夫です。シズクさんは死した後も美しい。もし、万が一あなたが命を落としたその時は、ぜひとも私の元に…」
なにか書類をシズクのほうへと差し出すマサト。なんの書類だかキョウジとメバルにはわからないし、マサトの発言も意味不明で気色悪いだけだ。さすがにシズクも引き気味に困惑した顔でのけぞり気味になっていた。マサトの趣味を知るジンヤだけは、マサトの書類がなにかを知っていた。ジンヤがしぶしぶサインした契約書だろう。死体マニアのマサトの悪趣味っぷり。シズクが生きているうちに許可をとりたいのだろう。まったくいい加減にしてほしい。
「マサトさん、今はそういう約束事よりも、先にやることがあるはずでしょう。儀式を成功させることが先じゃありませんか! 約束とか婚姻の話とか、シズクから禍を引き離してから彼女に聞くべきことです」
ジンヤの正論は変態男とエロ小僧を退かせた。マサトは不愉快になることなく、にこりと笑みをたたえたまま「ええ、そうですねジンヤ君」と素直に同意した。「(ジンヤにはフレンドリーだよな、マサト)」とキョウジが思っていると。
「ジンヤ君のようにしっかりした義弟ができるのは本当に嬉しいことです。禍を片付けたら、君とスミエの婚姻の儀を行わねばなりませんし。今の儀をきっちりとやりとげましょう」
ではシズクさんのちほど、と爽やかに微笑みながら、マサトが西方に位置する西炎の建屋へと向かった。
「(マサトの奴、未だにジンヤとシズクの仲を認めてないどころか、スミエと婚姻させるつもりかよ。釘さしてるつもりなんだろうけど、陰険な変態野郎だな。どうせ、数時間後には正式にふられるんだろうけどな)」
ぷ、マサトざまあと心の中で笑いかけて、それはメバルや自分にも言えることだと思ったらむなしくなった。
「マサトなんかにシズク姉ちゃんは渡さない」キョウジの後ろでギリギリと闘志を燃やすメバル。シズクにもマサトにも聞こえていないそれはキョウジにだけ聞こえた。同意するが、哀れなポジションだなとキョウジは弟を哀れんだ。
「マサトのやつ、ぎゃふんと言わせてやろうぜ、兄ちゃん」
「まかせたぞ、メバル。お前ならできるって」
うん、と頷いて、メバルは風東の東方の建屋に向かった。
「マサトさん、あの趣味さえなけりゃ、悪い人じゃないんだが…」
ジンヤは一人ブツブツつぶやいた。
クマオ、マサト、メバルはそれぞれの儀式の場へと向かった。「じゃあ、俺も」と言ってジンヤは北地の北方の建屋へと向かおうとする。
「おいジンヤ、お前はシズクになにも言うことないのかよ?」
マサトみたいに気持ち悪いことをする必要はないが、恋人として、なにか言葉をかけてやるべきじゃないのかと。それにジンヤは「特にない」とそっけなく答えた。
「なんだよそれは。言葉など交わさなくても通じ合ってるとか言いたいのかよ!?
はいはいごちそうさまでした。って、ほんとにいいのか?」
テレなんてしている場合じゃないだろう。もし万が一、なんてことがあったら、後悔したらどうするんだと。
「シズク、君は君が思っているより強い女性だ。禍など俺たちが引き剥がしてやる。
だから君は、自分の気持ちに向き合うんだ」
「ジンヤ…」
去り際にジンヤはそうシズクに伝えた。シズクはなにを思うのか、その背中を静かに見送った。
「さてと、こっちも準備しないとな。行くぞ、シズク」
荷物を担いでキョウジはシズクを促した。ごくりと唾を飲み込む音が耳の奥で響く。
石や木々に囲われ、術紙が貼り付けられた木の杭で出来た囲い、木造の門を開く。小さな広場、緑絨毯の中にぽつりとある異質感を放つ石造の祠。
「封印の祠、あの中に禍がいるってのか」
目には見えないが、ビンビンと感じる。気持ちの悪い存在を。いよいよ封印の儀が始まるのだった。
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