島魂粉砕

モドル | ススム | モクジ

  第四十五話 嫌いになった理由  

シズクから体のサイズを聞き、卓上の用紙に設計図の作成をしていく。術を施す際に使用する術紙の必要枚数も計算しつつ、紙の端に計算を書きなぐっていく。

集中しているからなのか、キョウジはシズクがいるにも関わらず、黙々と作業している。
シズクはキョウジの背中を見ながら、恨めしそうに息を吐く。重苦しい空気を感じて、背中越しにキョウジもシズクの不機嫌っぷりをなんとなしに感じていた。
シズクがマサトやキョウジを苦手とするのは禍のせい。キョウジに対するあからさまな敵意も、シズクの中の禍が風東の呪術を苦手とするからではないか、と言われている。
シズク自身が「ええそのとおりです」とは言わないが。禍が自ら弱点を明かすなどないだろうし。

禍の悪影響で、人格がおかしくなり、若くして死亡してしまったジンヤの叔母であり実の母のシズカ。マサトの関係者の女性五人も、禍のせいで亡くなったのだろうとマサト自身も結論付けている。マサトの話どおりなら、シズクも彼女たちのように急変し、死んでしまう可能性がある。
近いうちにキョウジたちの世代で行う手はずだった封印の儀は、シズクの救済も兼ねることになった。それも今までの封印の儀とは異なる。アンチ封印の儀を唱えるマサトの案で、禍を祠から少しずつ解き放つことになるのだ。いきなり封印を解除するなど危険すぎるから、バリアを二重三重に張って、徐々に行う。禍の呪術に対する耐性をリセットすることで、将来に備えるのだと。
まあ無責任な話でもある。禍は元々人の手に負える存在ではなかった。太古から存在する禍は、命を削り、滅ぼし、混乱を呼んできた。しかし、命とは滅びるもの。滅びがあるからこそ、誕生があり、困難があるからこそ進化が生まれた。
禍は生命にとって天敵であり忌み嫌うべきもの。しかし必要悪ではなかろうか。
キョウジの祖父フウジの考えがそうである。

禍に対抗するため、四家の先祖が編み出した秘術が、大自然の力を借りて行使する呪術だった。だがその力は万能ではない。禍もまた進化する生命体のようなものだ。長年封印の儀を受けてきて、呪術に対する抵抗力を身につけてきた。禍からすれば四家の呪術はわずらわしい存在になるだろう。呪術は代々の跡取りにのみ継承されてきた。その伝統こそが穴であり、跡取り以外の四家の関係者は禍の犠牲者になってしまった。

シズクがその次の犠牲者となってしまう可能性が高い。

「納得いかないかもしれないけど、我慢しろよ。儀式終えたら、いろいろといい方向に向かっていくはずだから」

作業しながらキョウジはシズクに話す。不機嫌な理由は儀式に結局キョウジも参加することだろう。封印の儀のメンバーからは外れるが、シズクからしたらもっとも不本意な、シズク護衛の任だ。キョウジを拒絶しているのは禍のせいだから、先にシズクと禍の引き離しに成功すれば、キョウジに対する嫌悪感も晴れるはずだ。マサトへの苦手意識もだろうが、それは個人的にどうでもいい。

「本当に、そうかな…」

ぽつり、と不安げにシズクはつぶやく。マサトやヨウスケたちからも言われたが、シズクは納得してない様子だった。マサトやキョウジを避けたいシズクの感情は、禍によるものだと、自覚していないのだろうか。

「まあ今の状況なら仕方ないだろうけど。でも安心しろよ。ヨウスケさんだって関心もとうとしているし、ジンヤの奴も変わってきている。
マサトの奴に従うのは腹立つけど、僕もじいちゃんの考えに同意するし、四家にとってはいい転機になるかもしれない」

いや四家だけじゃない。そして島だけのことでもない。
呪術師と禍、人と禍の関係はこの先も続いていくのだろう。呪術なんてもので誤魔化してはいたが、禍とは滅することは出来ず、封印なんてものも本当はできるはずがない。無理やりに押し留めていただけ。
呪術は自然の力だ。そして禍も自然界にあるものだ。
本来の形に戻すだけ。
不自然な形に押し留めて、その結果四家周辺には歪みが生じた。びびたるもので、じわじわと侵食していく形で。

「なんだか、嬉しそうキョウジ。どうして? 死ぬかもしれないって言われているのに」

不安に怯えることなどないように、設計図に向かっているキョウジの表情は嬉々としている。シズクにはそれが理解できなかった。マサトの口ぶりから、キョウジの死の確立はけして低くないと思われるのに。

「変わるかもしれないからな。四家のあり方ってのが。封印の儀が次で終わりになるかもしれないってことだし。禍が解き放たれれば、たぶんこの島も…」

それこそキョウジの願望とも言えるもしものことだが。禍が島から解放されれば、あの海坊主も島から離れるかもしれない。キョウジが疑問に思っていたこと、島の外にほとんど関心を持たない島民たちの考えも変わるかもしれない。
絶海の孤島であるものの、人の移動のなさは不自然なことだろう。
シズクのように目に見えて異常ではないが、キョウジからしたらやはりこの島の者たちは皆異常に映る。

目に見えないくさび。禍にとって、人という生命は大事なえさだ。人は己の意思だと思ってはいるが、禍によって作られてしまった意思なのではないか? キョウジの仮説でしかないが。
いや、もしかしたら、それに抗っているはずの己自身も、禍によってそうなったのかもしれない。異を唱える者は異質な者、異質な者は排除されるが常。
わざとらしいシズクの行動も、キョウジを貶めようとしていた。一時は父も親友も、キョウジのことを疑っていた。

シズクへの気持ちに対するあきらめも、禍に促されていたのかもしれない。

どこまでが禍の仕業で、どこまでが己の意思なのだろうか。
大小なり、この島の人間は皆、禍に支配されているのだろう。

「この島が変わる? それっていいことなの?」

「ああ、そうだろ。そうならなきゃ困るって」

「そんなわけないじゃない! 変わってほしくなくて、わたしは禍と婚姻したのに」

「はぁ? お前なに言って」

「キョウジは自分の都合のいいようにしたいだけなんでしょ?!
わたしと禍を結びつけたのはキョウジのくせに、また自分の都合で引き離そうとする」

突然なにかのスイッチが入ったかのようにヒステリックになるシズクに、キョウジはぽかーんとなる。これも禍のせいなんだと頭を掻きながら「なんでなんだよ。だいたい今回の案は四家同意でやるんだし。僕の独断プレーみたいに言われるの心外なんだけどな。
それにお前の親父さんとかクマオさんは、お前のこと第一に考えて儀式に賛成してくれたんだぞ」
少しは家族愛ってもんをわかれよ、とシズクに訴えても聞く耳を持たない。ますますキョウジに憎しみの眼差しを向ける。

「わたしと夢とどっちが大事なの?! どうせ夢なんでしょ」

おいおいなんだよその不毛な二択は。人命とかけるとかありえないだろ。それで夢をとるとかどんだけ人をろくでなしにしたいんだよ。とツッコミたい気持ちをぐっと抑える。なんと返答しても今のシズクは納得などしないだろう。シズクの中の禍はなにがなんでもキョウジを悪としたいらしいから。
ただキョウジのそういった態度がシズクの心を傷つけているなど、キョウジは気づかない。

「キョウジのバカ」とシズクに吐き捨てられたところで戸をノックする音が重なった。

「おっジンヤだ。入れよ」

バカに反論せず、キョウジはマイペースにジンヤを向かい入れた。神妙な顔したまま研究所へやってきたジンヤとキョウジが入れ替わる。

「じゃちょっと席外すから。久しぶりに二人でゆっくり話せよ」

キョウジと目をあわせようともしないシズクにそう呼びかけて、キョウジはジンヤの肩を叩きながら「まかせたぞジンヤ」と言って研究所から出て行った。

シーンと静まる研究所と言う名の掘っ立て小屋内。不機嫌そうに俯くシズク。まるで駄々をこねている子供のような顔にも見える。いつも優しくキョウジやジンヤたちを気遣っていた少女。禍のせいでマサトに怯え、キョウジに暴言を吐くようになってしまった。
シズクのことでは不器用な自分より、キョウジのほうがフォローに向いているだろう。なにかあればキョウジにまかせていたのだが、今回はキョウジからまかせると言われた。なげやりにもほどがあるだろうと思うが、風東の呪術を嫌っているらしいシズクには、キョウジが相手では神経を逆撫でするだけだろう。
儀式に向けて、少しでもシズクの気持ちを落ち着けさせてやりたい。

二人きりになるのは久しぶりだ。以前は、シズクと二人きりになれば、酷く緊張したものだ。が、先ほどの…西炎家に報告に行った時のほうがよっぽど緊張した。ジンヤの人生でもっとも緊張したと言っても過言ではないほど緊張した。そのせいか、冷静に彼女を見られる状態だった。

「シズク…?」

シズクの目線は入ってきたジンヤに、ではなく、本棚の下のほうをじっと見ていた。なにかを目にし、しゃがみこんで手に取る。

「どうしてこんなものが…」

不思議そうな顔をして、シズクはそれを見ていた。ジンヤも近づき、覗き見る。本棚に挟まっていた写真が下に落ちていた。シズクがキョウジを突き飛ばした時にでも落ちたのだろうか、散らかっていたし元々落ちていたのかもしれないが。写真に写っていたのはシズクだった。

「アイツのことだから、アルバムに入れるのが面倒で本にでも挟んでいたんじゃないか」

ジンヤの推測どおり、そういうことなのだろうが。シズクは納得するどころか、自分の写真を適当に扱われているのが、キョウジの気持ちそのもののようでますます不快になる。

「やっぱり、そういうことだったんだ。キョウジっていつもそう、自分のことばっかりで…。
だからわたし、キョウジのことが大嫌いなのよ」

ぱしん。と音立てて写真は床上に捨てられる。自分が写った写真を投げ捨てたシズクの形相は、怒りに震えて…というよりも、悲しみに揺れているように見えた。キョウジを嫌悪することに、シズクの本心は傷ついているのだろう。心優しい彼女なのだ。すべては禍のせいで…。
裏返った写真をジンヤは拾い上げる。あんなに仲のよかった幼馴染の二人が、シズクがキョウジを嫌悪するようになった。キョウジを恨めしいと思うこともあったが、互いを想い合う関係だからこそ、ジンヤはシズクに惹かれたのだ。

「君の心をそうさせてしまったのは禍のせいだ。儀式で君と禍の婚姻関係を解消させる。
四家の当主がサポートに当たるし、マサトさんは…アレなところはあるが現呪術師の中では一番才能のある人だ。シズクを救うために絶対儀式は成功させると宣言してくれた。もちろん俺やキョウジだって死ぬ気で挑むつもりだ。
儀式が終われば、キョウジへの嫌悪感だって無くなり、また前みたいに親しい関係に戻れるはずだ」

シズクを安心させるため、ジンヤは力説したが、シズクはふるふると首を横に振り、納得しなかった。禍はこうまでシズクに疑心を抱かせるのだろうか。とジンヤは感じたが、「そんなことないわ」と必死に否定するシズクに疑問を感じ訊ねた。

「どうしてそこまで頑なに…。君は禍のせいではないと言いたいのか?」

ジンヤの問いかけにシズクは瞬きをし、こくりと頷いた。「どういうことなんだ?」と訊ねるジンヤに、シズクは答えた。キョウジを嫌いになった理由はハッキリしているのだと。

「わたし十歳の誕生日の日にキョウジからプレゼントをもらったの。それでお返しをしたいからって、キョウジの誕生日にお祝いをしてあげるって提案したんだけど…。
キョウジは約束できないって言った。夢を叶えるために島を出るから、一緒にお祝いはできないんだって」

ぎゅっとスカートの裾を握り締めながら、悲痛に語るシズク。

「昔も今もキョウジのやつは変わらないな…。その時にキョウジから酷いことをされたというのか?」

幼いシズクの心を傷つけたキョウジ。一体どんな酷いことをしたというのだろうか?
誕生日に着飾ったシズクの格好をけなしたとか?思春期男子なら照れ隠しにやりかねない。もしや、スカートをめくったり胸を触ったり、セクハラ行為でもしたのか?シズクは発育がよかったしムラムラしても仕方ないかもしれない。もしや、トラウマになるようなもっと酷いこと?

「そのことよ」

「…ん? そのこと? すまん、聞き取れなかったが、なにか言ったか?」

「だから、島を出て行くって言ったこと」

「え?」

シズクがキョウジを嫌いになった理由、それはシズクが言うには、誕生日にキョウジが言ったキョウジの夢が理由になるのだという。理由にしてはあまりにもすぎた。十歳当時のキョウジも今と変わらずキョウジのままで、ジンヤからすればなにを今更と思う部分だ。

「だからわたしキョウジを嫌いになりたいって願ったの。どうせ島からいなくなるんだもの。嫌いになれば、別れだって平気になるじゃない。
最初はショックで、頭が真っ白になった。その日父さんにマサトさんに会うため連れて行かれて…。とても怖いところへ連れて行かれた気がする。わたしただ怖くて、逃げ出した。森の中に迷い込んで、不思議な声が聞こえた。わたしの恐怖を消去ってくれるって、それでわたし願ったの、その不思議な相手に…」

断片的だがシズクは十歳の時のことを思い出していた。誕生日の日のこと。マサトと出会ったときの事。その時に一人飛び出して、森の中で彷徨い、ある儀式をしたことを。キョウジと婚姻の儀をした時に既知感を覚えたが、この時の体験に類似していたのだろう。シズクの記憶が確かなら、十歳の時に禍と関係を結んだことになる。
マサトに連れて行かれたところというのはおそらく例のコレクションルームのことだろうか。それもマサト自身に確かめればわかるだろう。

わかったことはそれだけじゃない。自分で話したシズク自身気づいていないことだ。それは至極シンプルな感情なのに、当の本人が気づいていないだけという。

禍のせいと言うわけではなかった。結果禍が後押しをしたと言うだけで。

「なんだそういうことか。君がアイツを嫌いになった理由は、感情の裏返しだ」

合点がいったようにそう指摘するジンヤに、シズクは「え…」と絶句し固まる。

「感情の裏返しって、それじゃあわたし…」

段々と顔が赤らみ、シズクはますます硬直していった。そんなことあるわけないと脳内で必死に己に言い聞かせながら。
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