島魂粉砕
第四十四話 あの日の記憶
三月のある晴れの日。水南家でパーティーが開かれていた。水南家の息女シズクの十歳を祝う誕生日のパーティーだった。
その日、キョウジに呼ばれて、シズクは家の外に出た。渡したいものがあるからといわれて、わくわくしながらシズクは庭に出た。
渡したいもの、それは誕生日のプレゼントだ。
「シズク今日誕生日なんだろ? これ、やるよ」
「なあに、これ、キョウジが作ったの? すごーい」
キョウジが作った小さなからくりのおもちゃ。キョウジから「ここを触ると動くんだ」と説明されて、スイッチを入れるとシズクの手のひらでくるくると小さなからくりのコマは回った。
父や母からもプレゼントをもらったが、キョウジが自分のためにプレゼントを作ってくれたことが、なにより嬉しかった。その嬉しい気持ちを同じように、キョウジに返してあげたいと思ったシズクはキョウジにこう言った。
「そうだ。わたしもキョウジの誕生日にプレゼント作るね。ねえ、なにがほしい?」
お返しがしたい。自分と同じようにキョウジも喜ばせたい。そう思って放った言葉が、まさかの未来を呼ぶなど思いもしなかった。
キョウジの返事はシズクの期待を裏切るどころか、幼いシズクの心を絶望させるに等しいものだった。
「え? いいよ別に」
「そんな、遠慮しないでよ。お菓子でも裁縫でも、わたしがんばって作ってあげるから!」
キラキラとした瞳で、キョウジの要望を待つシズク。だがキョウジはシズクのそんな想いなど察するでもなくさらりと言い放つ。
「いやほんとにいいって。僕がほしいものはシズクにはムリだから」
「え、どういうこと」
きょとんと訊ね返す。
「船だよ。島を出るための船! 本土に行ってさ、工業の勉強するのが夢なんだよな」
物資を運ぶ定期船を見に行くのが好きだったキョウジは、子供の頃から海の向こうへ行きたいと強く夢見ていた。四家の跡取りとして、呪術師として進むことが決まっていても、キョウジの夢は風東の当主になることではなく、本土に渡ることだった。
どうして?
シズクはキョウジの言葉に疑問しかなかった。
「島を出たいからだよ。シズクにはわからないだろうけど」
うんわからない、どうして?
堂々巡りするだけだ。いいよわからなくて、とめんどくさげにキョウジは終わらせる。
キョウジにとってはなにげない言葉、やりとりだったに違いない。だがシズクにとってはそうではなかった。なんでもいいから、ほしいものをリクエストしてほしかった。
いや、そうじゃない。
約束してほしかっただけ。今度はキョウジの誕生日に一緒にいようねと。そしてその次は来年のシズクの誕生日に、そしてその次は…。
だがキョウジはそんな約束などする気はなかったのだろう。だってキョウジは何年後かには島を出る気でいるのだから。
ああ嫌だ、辛い想いはしたくない。
どす黒い感情はその瞬間芽生えたのかもしれない。
「シズクさん、ああなんて麗しいのでしょう」
場面が変わり、シズクの前にいるのはキョウジではなくマサトだった。まだあどけなさの残る顔立ちだ。それもそのはず、シズクが十歳当時だからこのマサトは十五歳になるのだろう。
景色も先ほどと変わり屋内だ。シズクの家ではない。ここはおそらく西炎の屋敷の中になるのだろう。誕生会の後に、プレゼントを贈ってくれたマサトにお礼を言うために父と一緒に西炎家を訪れた。マサトとの会話はなにを話したのかろくに覚えていない。あの日は…、上の空だった。詳細は記憶にないが、ただかなりの衝撃を受けてしまった。マサトの恐ろしさを知らされた。幼いシズクを恐怖のどん底へと叩き落したのは、間違いなくマサトだった。
「毎夜シズク姉ちゃんにエロイことできるとか!? おれ、風東の呪術絶対極めてみせるッッ」
カッと気合入りまくるメバルはなにか勘違いをしているようだ。シズクから変態被害を訴えられたキョウジだが、そもそもそんな呪術はないし、できるはずもないのだが。メバルのやる気に火がついているのなら勘違いさせたままでいいのかもしれない。
「それに、封印の儀の中でシズク姉ちゃんの婚姻相手も選ぶっていうじゃん! おれとシズク姉ちゃんがっっ、シズク姉ちゃんがおれと婚姻したいって迫ってきたらっっ、くうっ」
テンション高く修行場へと「いってきます」と駆けて行くメバルに「がんばれよー」とてきとーに声かけて、キョウジは研究所へ向かう。
儀式の概要はメバルも説明を受けているが。封印の儀でシズクの婚姻も同時に行うということでヨウスケも同意している。マサトがシズクと婚姻する気満々だが、相手はジンヤで確定という出来レースになるだろう。シズクとジンヤの関係はメバルには説明していない。せっかくエロパワーでやる気になっているメバルのやる気を削ぐことをしないほうがいいだろう。哀れになるが。
哀れといえば、父アラシから哀れみの眼差しを向けられたのはキョウジだ。アラシからしたらジンヤとシズクの仲を取り持つ哀れなピエロに見えるのだろう。心外だが。
「キョウジ、お前はいいのか?」
と訊ねてくるアラシに、はーとため息吐きながらキョウジは返答する。
「いいもなにも決めるのはシズクだからな」
婚姻相手はシズクの意思にゆだねるという形で四家は同意した。声高なのはマサトだけであるが。兄であるクマオを除く四家の跡取りが候補者になる。キョウジの説明もあって、ガンザとヨウスケは、シズクとジンヤの仲を反対しないと同意してくれた。シズクはジンヤと婚姻するとヨウスケには言ってないようだし、ジンヤもマサトがいる手前(マサトのように神経図太くもないから)シズクと婚姻すると宣言したわけでもない。真面目なジンヤのことだから、まずはスミエに断りを入れるのが先だと思っているのだろう。きっちりとけじめをつけるべきだとガンザも思っているに違いない。
ややこしい二人だが、シズクはジンヤとの婚姻が確定していると言っていい。メバルはかわいそうだが、儀式当日まで黙っておいた方がいいだろう。ということでアラシと口裏を合わせて、メバルには事実を伏せている。
「いや、私が言っているのはお前の気持ちだ」
アラシの言わんとしていること。キョウジのシズクへの気持ち。アラシからすれば、キョウジはジンヤに譲ったのでは?ということが気になっているらしい。そう世話を焼かれるのも、キョウジからしたら余計なお世話なのだが。
「だから…、シズクがしたいようにするってのが僕の気持ちだけど」
マサトみたいにアピールしすぎは、ウザイだけだろうが。キョウジはそういった感情はあまり表にしない。アラシからすれば、気を利かせすぎて自分を犠牲にしているように見えてしまうのだろう。だがそれはそれで心外だ、とキョウジは心の中で呆れる。
島の東の商店通りで、キョウジは買い物をすませる。早急だが作りたいものがあるため、その材料を買いにいった。儀式に向けて、メバルは呪術の修行に励んでいる。キョウジは封印の儀には参加しないが、やれることはやっておきたいところだ。
研究所に向かう途中、緊張した面持ちのジンヤに会った。
「これから西炎家行くんだ。くそっ、胃がキリキリと痛み出してきた…」
ああスミエのところに報告に行くのか。難儀なことだな、とキョウジが同情する。
ジンヤはスミエと婚約している。スミエに対して不満をぐちぐちと漏らしていたのはついこないだの話だが。スミエにムカつきながらも、ジンヤは婚約は解消しないとドMなことを口走っていた。それも父のことがあったからだろう。あの頃のジンヤは父ガンザに逆らえず、父親の期待を裏切らないようにと、父の顔色ばかり伺っていた。
すっかり下僕体質が染み付いていたんだな。
そんなジンヤも真実を打ち明けてくれた父ガンザと、やっと心から向き合えた。後ろ暗いことのように秘密にしていたシズクとの関係も暴露し、後ろ暗さからも解放された。ガンザとヨウスケは長年のわだかまりがあるため、すぐに仲良くはなれないだろうが、この封印の儀を境に歩み寄ろうという前向きな動きを見せている。
めんどくさい騒動の一因だったシズクが、皆を結びつける存在になっていた。
ただ、シズクとジンヤの仲は大手を振って祝福されているわけではない。婚約者のスミエに対して失礼をしてはいけない。ガンザからすればシズクよりスミエのほうに情があるだろう。ガンザはスミエがバイオレンスな性格だとは知らないし、スミエはガンザの前では感じのいい娘さんを演じているのだから。シズクと婚姻するつもりなら、先にスミエに話をつけるのが筋だと。まあガンザから言われなくても、真面目なジンヤならそうするだろう。
「くっ心臓が破裂しそうだ。全細胞が悲鳴を上げている…」
「おいジンヤ、お前ちょっと、ヘタレすぎんだろ」
スミエに報告に行くなど、キョウジだってお金もらっても遠慮させてもらいたいほど。キョウジもスミエはマサトに負けず劣らず苦手な相手だ。昔のことを今でも鬼の敵のように責め立て、侮辱しまくる。普通の神経の人なら神経そがれまくって吐血するくらいだ。
「(婚約取り消したいって話せば、スミエからまたボコボコにされるんだろうな。ジンヤの奴血流してたこともあったしな。シズクのことも話せば、マサトのこともあるし、…流血の惨事どころじゃすまないんじゃ…)」
そう思うと、ヘタレと馬鹿にして言いすぎたごめんジンヤという気持ちになってくる。同情するが、人生楽あれば苦だってある。辛いことでも逃げてはいけないのだ。がんばれジンヤ。
「たしかにお前の言うとおりだ。情けないことをいってる場合じゃないな。
ああ、覚悟なら決まっている。俺の道は決まっているんだ」
息を吐いてから顔を上げて、ジンヤは力強い声でそう言って前を向いた。
「がんばれよ」と言って、キョウジは親友の背中を叩いた。
「あっそうだ。あとで研究所に来いよ。シズクのやつ呼びつけてあるから」
と、キョウジはジンヤに伝えて、研究所に向かった。
「ここに離れがあったんだ…」
知らなかったとつぶやきながら、キョウジに案内されたシズクは研究所と言う名の小屋に入る。所狭しと本棚が並び、デスクや棚の上には工具やらネジやら液剤などが散乱している。
きょろきょろとするシズク。キョウジから「ちょっと用があるから」と言われてここに連れてこられた。じろりと警戒するようなシズクの目など気にするでもなく、キョウジはマイペースにごそごそと尻ポケットからなにかを取り出した。
「ちょっと胸のサイズ測らせろ」
メジャーをじゃっと引き出しながら、キョウジはシズクのバストサイズを測ろうとした。真意がわからず、シズクは反射的に「いやっ! 変態!」と言ってキョウジを突き飛ばした。
「へぶっ」
ガンと威勢のいい音が室内に響く。本棚にぶつかり、何冊か本がバサバサと落ちてきた。
「! キョウジ、大丈夫?」
「なにが大丈夫?だよ。お前が突き飛ばしたんだろうが」
いててと尻を擦りながらキョウジは立ち上がる。
「そ、それは。だってキョウジがいやらしいことしようとするからじゃない。だいたい、毎晩わたしの体触りまくっているくせに」
むっとしながらシズクが反論する。「またそれかよ」とキョウジが呆れる。毎晩体を触りまくっているとか、被害妄想もいい加減にしてほしい。いやこれも禍のせいなんだろうが。
「たく過剰反応しすぎだろ。なんでもかんでもいやらしいことって決め付けんなよ。僕はサイズを知りたいだけだ。とりあえず胸囲と肩幅。測らないでわかるなら教えてくれる?」
「へ?」
きょとんとシズクが首をかしげる。
「呪術の負担軽減するためにも、プロテクター作っておこうと思って。頭は…ヘルメットで代用すればいいだろうけど。プロテクターは作るしかないしな。風東の呪術使って、まああれだ、規模の小さい結界みたいなもんな」
それ作るにはシズクの体のサイズがわからないと作れないから、と説明した。
儀式に呪術師以外が参加するなど前代未聞だ。本来なら立ち入ることが出来ない封印の祠で、もっとも禍の影響を受けやすい場所で、禍に対抗する術を持たないシズクには危険が及ぶだろう。もちろん傍でキョウジがシズクを護衛するわけだが、目に見えない禍相手に、百パーセント排除など不可能に近いだろう。ないよりあったほうがマシなレベルだが、風邪予防にマスク、くらいのものにしかならないだろうが。
「そうだったの。…ごめんね」
キョウジの善意をセクハラだと勘違いして、シズクは俯く。「わかった、自分で測るから」と言ってメジャー片手に胸のサイズを測り始めた。
「(あ、メバルのやつに聞けばよかったか)」
シズクの背中を見ながら、キョウジは思い出した。おっぱい通の弟の存在を…。
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