島魂粉砕

モドル | ススム | モクジ

  第四十三話 キョウジ暴露する  

「いってー、たくシズクのやつ、本気で殴りやがって」

帰宅してキョウジは愚痴りながら痛みに顔をしかめる。時間が経って、シズクに打たれた頬は目に見えて赤く膨らんできた。
打たれたこともだが、皆の前で覚えのないヘンタイの罪まで被せられてしまったことも納得いかない。優しかったシズクのキョウジに対する敵意、それは禍のせいだ。以前からキョウジのいないところで、シズクはキョウジに酷いことをされていると訴えていた。日に日にエスカレートしているようだ。
だいたいおかしすぎる。シズクが言っていることが矛盾していると、明らかに皆にばれてしまっている。毎晩キョウジにいやらしいことをされているとシズクは言っていたが、それが以前同居していた時ならともかく、キョウジとの婚姻は無効だったため、シズクは水南に戻ってしまった。以降会うことも減ってしまったし、会った時にいやらしいことをしでかした覚えもない。
一方的にキョウジを悪人にしたいらしいが、味方であるヨウスケにすら「そうかそうか、そんなに酷いことをされたのか」と言って貰える筈もなく。自ら異常であることを証明してしまったようなものだ。
今度はキョウジでなく、シズクが追い詰められる。ガンザは「シズカの時に似ている。禍のせいに違いない」と儀式を急ぐことを提案した。


「なあ、兄ちゃん大丈夫なのか?」

弟のメバルが心配そうな顔してキョウジのもとを訪ねた。

「父ちゃんから聞いたけど、封印の儀、今週末にやるって話」

ずいぶんと急なスケジュールだが、シズクの状況からしてのん気に待っていられないだろう。ただ術紙の準備もあるから、そうすぐに儀式をやるというわけにもいかない。がそれでも遅いくらいだろう。いつシズクの状態が悪化して、最悪の結果になるかわかりゃしない。特に親のヨウスケなど気が気じゃない状況だろうに。

「兄ちゃんの代わりにおれが封印の儀に参加しなきゃいけないって。シズク姉ちゃん救うために、兄ちゃんが犠牲になるって、マジなのかよ!?」

なんでそんな大げさな話になってんだっつーの。とキョウジは突っ込む。とはいえ、キョウジの役目は今回最も危険なポジションになるだろう。正直、マサトの腹黒い感情も感じるが、その役目を買って出たのはキョウジ自身だ。


ちなみに今回の儀式の手順はこうだ。
まずは綻んでいる結界の修復を四家当主が行う。そして結界の中で各家跡取りが封印の儀を決行する。ただ今回はシズクの中の禍の排除も同時進行で行うことになる。シズクには封印の祠に行ってもらうことになるが、禍の影響を受けているシズクが大人しく儀式を受けられるとは思いがたい。シズクをそばで監視し、また禍から守る必要がある。祠の中には恐ろしい禍たちが封じられている。その禍たちも活性化させてしまう危険性もある。一番悪影響を受けるのは守る術を持たないシズクだ。彼女を守ることができるのは呪術師しかいない。ただ、封印の儀はそれぞれ立ち居地が決まっており、儀の最中はその場から動くことができない。が幸いにも、風東家には跡取りが二人いる。とマサトが言ったことでキョウジもピンときた。その危険な役目はキョウジにやらせるという流れだ。アラシが待ったを唱える前に、それを飲んだのはキョウジ自身だった。メバルに危険な役目をまかせるわけにはいかないという兄心だけではないのだが。

キョウジと一緒は絶対嫌と言い放ったシズクの要望を破る形だ。シズクの感情を逆なでする行為だ。
シズクがキョウジに対して拒絶反応を示すのは、シズクの中の禍が風東の術を苦手とするためではないかということだ。
また決まったことはそれだけではなかった。

「封印の儀の中で婚姻の儀も行います。私とシズクさんの」

決定事項とばかりにマサトは満面の笑みで宣言した。

「えっ?」
「なに言ってんだよ、マサト」

ぶたれた頬を擦りながらキョウジが突っ込む。キョウジのほうにはまったく眼中にないマサトが笑顔で答える。

「今シズクさんの中にいる禍を取り払えたとしても、また別の禍がシズクさんに取り付くかもしれません。呪術師との婚姻は耐禍に有効です。同時に夫婦の儀も行えば、禍に対する抵抗力も身につくでしょう」

「(僕のおふくろ早死にしてんだけどな…)」
呪術師も早死にしているし、儀式での耐性など微々たるものなのだろう。まあやらないよりマシなのか。単にシズクと婚姻したいが為のこじつけのような気もするが、シズクと禍の悪縁を断ち切るには有効な手段だ。マサトの提案に素直に同意したくはないが、「たしかにそうするのがベストかもしれないな」とキョウジが頷く。

「でも、わたし…マサトさんとは…」

複雑な顔のままシズクはそれに同意できなかった。マサトへの恐怖は未だに強くある。彼に対する好意も欠片もない。

「(シズクはマサトさんとは婚姻したくないと、ずっと悩んでいたんだよな)」
シズクの心中を知るジンヤも複雑な面持ちだった。今後のことも考えれば、シズクはマサトと一緒になったほうがいいのだろう。マサトは変態な趣味があるが、シズクを想ってくれている人だ。しかし本当にそれでいいのだろうか。当主の意見に賛成しようとは思うが、ジンヤは悩む。

シズクの気持ちを考えれば、どうするのがベストなのか。嫌悪するマサトと一緒にさせていいのだろうかと。

「シズクさんが私を苦手なのは、禍のせいです。今のその不安な気持ちも、儀式の中できっと解消されます。ですからシズクさん」
とマサトは一人爽やかな笑顔でシズクに語りかける。

「その時こそシズクさん、あなたの本当の気持ちがわかるはずです」

「えっ…」
シズクが顔を上げる。マサトに対する苦手な感情。不安な想い。それは封印の儀の中で、禍から解放された時、キレイに消え去るのだと。

「わたしの、ほんとうの気持ち…」

「ええ、そうです。シズクさん、あなたは私を愛しているのだと」

胸に手を当てながら、キラキラと輝くイケメンアイズでシズクを見つめながら、マサトは超自分勝手な愛の予言をした。

「なに寝ぼけたこと言ってんだよ、感情読めないにもほどあるだろ。
シズクが好きなのは、お前じゃないからなマサト」

「ぼけているのはそっちのほうですよ。君は儀式で死ぬ身なんですから、私とシズクさんの仲を心配する必要なんてありませんから、早く死ぬ準備をして、足を引っ張らないようにしてくださいよ」

にっこりと笑顔に反してとげとげしい反撃のマサト。バチバチと火花を散らせるキョウジとマサトだが、矛先は意外な方向に向く。

「マサトはむかつくけど、僕もマサトが言うように、儀式の中で婚姻の儀は行うべきだと思う。
ちょうど両家の当主もいることだし、認めてもらういい機会だと思う。ジンヤ!」

キョウジに呼ばれて、一瞬キョウジの発言を理解できず目を見開いていたジンヤだが、キョウジが言おうとしていることがわかり焦ったように声を上げた。

「お、おい待てキョウジ」

「一体なんの?」と、ヨウスケは怪訝そうに顔をしかめる。ガンザはいつものように岩のように硬い表情のままだが、「もしや…」と察してつぶやく。

「シズクとジンヤの婚姻を、認めてやってくれませんか?」

「な、ななな」ぴしり、とジンヤが固まる。時が止まったかのように、会議の場は静まり返った。


「おいキョウジ、お前なに言って「そうですよキョウジ君。君は私とシズクさんの仲を邪魔したいばっかりに、ジンヤ君まで巻き込むつもりですか? ジンヤ君はスミエと婚約しているんですよ。そんなことも忘れる君はとんだ鳥頭のようですね「ややこしいからマサトは黙っててくれよ」

ぴしりとマサトが笑顔のまま固まる。そんなマサトを放置して、キョウジは動揺するジンヤを引っ張る。
両家の当主…ヨウスケとガンザを前にして、キョウジはとんでもないことを暴露してしまった。シズクとの仲はキョウジだけが知る秘密の関係だった。ジンヤはシズクが好きだったが、婚姻する気はなかった。シズクの水南家当主ヨウスケと父ガンザの不仲から、両家の付き合いはほぼなかった。知り合うことがなかったシズクとは、親友のキョウジが引き合わせてくれたのだ。
ガンザの決めた相手と婚姻して、北地を継ぐ。ジンヤの決意は堅く、キョウジもそれをわかっていた。
シズクにしてもだ。ジンヤと出会えたこと、仲良くなれたことだけで幸せだと嬉しそうに微笑んでいたことを思い出す。
正直、父のそばにいて息苦しく、無理をしていた。スミエが暴力を振るい暴言を吐くとんでもない女だと知りそれもストレスとなっていた。

「(そうだ、俺はずっと我慢してきた…)」

厳しい父に育てられ、その教えのまま、跡取りとして生きていく。その道しかないと己を追い詰めていた。理不尽な人生を歩まねばならないと、時に血反吐を吐きながら…。
先ほどマサトがシズクに対していった言葉、ジンヤの心自身にも問いかけてくる。本当の気持ちが見えてくると。それを後押しするように、キョウジの声がする。

「なあジンヤ、お前の親父さんだって、本当のことを話してくれただろ。この際本音ぶちまけたほうがいいぞ」

先日、父ガンザが話してくれた真実。ガンザは実の父親ではなかった。だがその事実を知って、ジンヤの中でガンザの存在はさらに大きく揺るがないものになっていった。後ろめたい想い…、それはガンザに対して秘密を抱えてきたこと。父を裏切っているようで、心苦しかった。

「申し訳ございません! 私はずっと父上に秘密にしていたことがあります!
私は二年前から、シズクさんと付き合っていました!」

床の上で土下座しながら、ジンヤはガンザに謝罪し、シズクとの関係を打ち明けた。「なっ」と驚きの声を上げたのは、シズクの父ヨウスケで、ガンザのほうはいつもどおりの硬い表情で微動だにしなかった。

「なにを今更そんなことを言う。彼女がお前の友人であることは、説明されずともわかっている」

「…い、いや父上、そういう意味では…」

真顔でそう返してきたガンザに、拍子抜けしたジンヤが思わずつっこむ。付き合いを友人としてのと受け止められてしまったようだ。このオッサンボケか?とばかりにキョウジが助け舟のツッコミをする。

「そうじゃなくて、男女の付き合いってことですよ」

「なっ、ななな男女の付き合いだってー?!」
とのリアクションはガンザではなくヨウスケだった。

「おいキョウジそんな言い方をすると誤解されるだろうが! 父上、付き合いといっても健全な関係です。キョウジの言うような下品なことはしていません」
とジンヤが弁解する。「おい、下品なことってなんだよ?」と憤慨するキョウジをスルーしながら。

「どういうことだ? シズク、お前も私に嘘をついていたと言うのか?」
ジンヤの話が事実なら、ヨウスケもまたシズクに内緒にされていたということになる。信じてきたかわいい娘に裏切られた心境だろう。

「お父さん、ごめんなさい」

弁解もなく、シズクは一言わびて事実を認めた。ヨウスケは肩をがくりと落とし、落胆する。

「なんてことだ、よりによって北地の息子とお前が」

「あのヨウスケさん、この際だから確認しておきたいことがあるんですけど」
とキョウジが顔を抑えたまま落胆しているヨウスケに恐る恐る訊ねる。

「シズクとジンヤの仲を反対するのって、血の繋がりがあるからってわけじゃないですよね?」

「キョウジ! お前なにを聞いて」とジンヤが怒るが、そこは重要なとこだろとキョウジが返す。北地親子は大して気にしてないらしいが。ヨウスケとシズカの接点を聞くと、その可能性は0ではないのだから、確認しておく必要がある。兄妹で婚姻はまずすぎる。

「血の繋がり? あるわけないだろう、そんなもの! どうしてそうなるッ」

「どうしてって…、ないんですね。なら問題ないわけだ」
やれやれとキョウジが今度は脱力する。

「あるわけがない! そっちはどうか知らんがな」
とギロリとガンザのほうを睨むヨウスケ、そのあとで「あっては困る」と複雑そうな顔で部屋の隅に蹲るクマオをちらりと見ていた。「(なんでクマオさん?)」とキョウジは思ったが、思い切り否定したので、ジンヤとシズクに血縁関係はないということで間違いないのだろう。


シズクとジンヤのことはキョウジが説明した。自分が渡し舟になって二人の交流をはかったということ。シズクとジンヤも互いの家の関係に気遣って、婚姻する気はなかったのだということ。だが互いに我慢して辛い想いをしていた。特にシズクはマサトとの婚姻の話が進んでいたことに悩み打ち明けられずにいたこと。…当の本人マサトのいる前なのでそのあたりマイルドに表現したが。がマサトは気にするでもなく、「禍の影響ですから、仕方ありません」と納得していた。そもそもシズクがマサト嫌いなのは本当に禍のせいだけなのだろうか?とキョウジは疑問符だったが。
北地と水南のわだかまりというのも、ヨウスケとガンザの確執からだ。シズカをめぐって、ヨウスケはガンザとシズカが近親相姦だと思い込み、ガンザはヨウスケがシズカに乱暴したのだと思い込み。互いを嫌悪し、その子供まで憎んでしまった。だがガンザはシズクをシズカの二の舞にはしまいと積極的に儀式に動こうとしている。ヨウスケもショックであるのは確かだが、兄と妹であるよりはマシだと己に言い聞かせ、「シズクの意思にまかせたい」と言った。


みんなを納得させられたかどうかはともかく、ひとまずキョウジは肩の荷が下りた心境だった。
ただ、父アラシのことも騙していたことは若干心苦しくもあった。ジンヤとシズクのことを説明すれば、アラシに嘘をついていたこともばれてしまう。
シズクと婚姻するとなった時、アラシは我がことのように喜んでくれた。跡を継ぐことより、島を出たいと思っているキョウジのことを、許しながらも、内心は複雑だったに違いない。ワガママなキョウジなりに、親孝行したいと考えはしていた。

「キョウジ、本当によかったのか?」

「親父…、封印の儀ならなんとかなるだろ。まあマサトが言うには僕よりメバルのほうが適任らしいし。アイツのほうが呪術のセンスあるそうだし」

けらりとした様子で答えるキョウジに、アラシは真面目な顔のまま「すまんな」と。

「お前には損な役回りをさせてしまうことになるな。もっといいやり方でもあれば、そうしたいが」
マサトの案には反対したかったが、正直代わりになる案など思いうかばなかった。息子を危険な役目につかせるなど、アラシとしては避けさせたかった。だがマサトに無理やりさせられたわけではなく、キョウジ自身が「やるよ」と同意したわけだが。
妙に暗い面持ちの父親に、キョウジのほうが気遣ってしまう。だいたい死ぬと決まったわけじゃないから、お通夜ムードは勘弁してほしい。

「正直封印の儀が早まってよかったと思うよ。面倒ごとは早くすませたいし」

死ぬつもりなんてないから、とキョウジはアラシに伝える。それは父を安心させたいがための言葉ではなく、死ぬつもりなんて欠片もないからだ。生きて戻る。その先の道のために。叶えたい想いがあるから、そのために困難な壁はとっとと突破したいだけ。

「ピンチがチャンスになるって話だよな」

「おいキョウジ、お前は…」どこを見ているんだ。とアラシは一人頭を抱えた。
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