島魂粉砕

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  第四十二話 どうする?封印の儀  

マサトの提案はとんでもない内容だった。
その日の当主会議にはマサトはじめ各家の跡取りも出席していた。
それは当主だけの話では済むものではなく、彼らにも大いに関係のあることだった。つまり、近いうちに行う予定の【封印の儀】に関することだ。

マサトの考えに、ジンヤはまだ納得してなかったが、当主たちの判断に従おうと思う。その決断はこの島の未来にとって吉となるのか、それとも凶となってしまうのだろうか。

封印の儀をどうするかということ。マサトは禍を解き放つべきだと主張した。各当主の反応はというと…、西炎の当主ショウゾウは「ふむぅ」と考え込みながら各当主を伺う。アラシとガンザは異を唱えることなく結論は現役世代の彼らの判断にまかせるべきかと答えた。がヨウスケだけは「待った」を唱えた。無理もない、今回の封印の儀は今までとは違う、なぜならそこに自分の娘であるシズクが大きく関わっているというのだから。


「シズクは禍だ」
と言ったキョウジに、ヨウスケは鬼の形相で睨みつける。そこにフォローを入れるのは意外やマサトであった。

「キョウジ君の言い方には悪意を感じますが、シズクさんは禍の悪影響を受けています。結界のほころびを広げてしまった要因はシズクさんの行動にあります」

「(悪意なんてねーだろ。ただ本当のことを言っただけだっつーの)」
いちいちイヤミな言い方をしてキョウジを蔑むマサトに苛立つが。自分よりもマサトが説明したほうがヨウスケもまだ納得してくれるだろう。

「一体シズクが、あのこがなにをしたって言うんだ? 一体だれのせいでこんなことになったというんだ?」
ヨウスケの怒りと嘆きの主張。だれのせいだと追求するのも馬鹿馬鹿しいことだ。禍の悪影響は今に始まったことではない。予兆はあったし、シズクだけではなかった。封印の儀をすればいいと、長年禍対策を怠ったツケがまわってきただけだ。近い将来、封印の儀は意味を成さないものになる。術紙の問題だけでなく、禍の呪術に対する耐性の問題。禍に対抗する術の呪術が、禍を凶暴に強化させてしまう仇となった。

「これは私の仮説ですが、シズクさんは禍の媒体にされてしまったのだと思います」

マサトの仮説とはこうだった。封印の祠に封じられた禍は、結界のひずみからわずかに漏れ出し、媒介できる存在を探していた。呪術に耐性がついたとはいえ、禍にとっては天敵なのは違いない四家の呪術師。だが、その周辺の人間は禍に対する抵抗がない。四家の人間だが娘であるシズクは呪術の修行など行っていない。禍に抗う術を持たない彼女は禍にとっては格好の媒体だろう。

マサトの話を聞いて、ガンザもなるほどと思った。シズカも同様だったのだろう。シズカだけではない、他にも同様に禍の悪影響で早死にした者がいるのだろう。そのことをマサトも語る。

「不幸にも、亡くなってしまった私の知人女性五人も、シズクさんと似たような状態がありました。あの森の中で、別人のように暴れ苦しみ亡くなりました。病気ではないかと思いましたが、それまで持病もない健康な女性ばかりでしたから、当時不審に思いもしましたが…」
亡くなった知人女性たちのことを思い出し、マサトは悲しみにくれる顔をする。
「(五人もって、さすがに気づくだろう。コイツ五人も目の前で死なれてなにもしなかったのかよ)」
とキョウジは心でつっこんだ。いやさすがに突っ込まねばと

「まてよマサト。お前その時傍にいたんだろ? お前だったら禍のせいだってすぐに気づけたんじゃないのか? なんでなにも対策しなかったんだよ」

キョウジのツッコミにアラシも賛同しそうになったが、ぐっと喉の奥でこらえる。がジンヤはたしかにとハッとして同じくマサトにつっこむ。

「そうですよ。どうしてマサトさんならその時に気づけていたんじゃないんですか? せめて二人目の時にでも禍が原因だとわかっていたら。彼女たちも死ぬことはなかったかもしれない。シズクだって、禍の害を受けずに済んだかもしれない」

「そうだよなジンヤ。マサト、お前のせいでことが悪化したんじゃないか!」

ここぞとばかりにマサトを責め立てる。が、キョウジたち以外にマサトを責める者はいなかった。

「今にして思えばそう思いますよ、どうしてもっと早く気づけなかったのかと。でも仕方ないでしょう、大切な人が気が狂い突然苦しみもがき始めたら、気が動転しますよ」
とマサトは悲しみにくれる表情と大げさな手振りでそう反論した。気が動転するような性質かよ?とキョウジは心の中で毒ついたが。

「このまま放置すれば、今度はシズクさんが彼女たちと同じような目に会うことになります。
私は、最愛の女性を禍の餌食にしたくはありません。あのようなむごい死に方をさせたくはありません。シズクさんには美しく命を終えてほしいのです」

目じりに涙を光らせて、マサトは主張する。妙に芝居じみてるとキョウジは心の中でツッコミを入れるが、マサトと同様シズクを禍のせいで死なせたくないのは本心だ。

「しかし、儀式に参加させるなど、そっちのほうがよっぽど危険ではないか! あの子は呪術のこともろくに知らぬのだぞ! それに禍のすぐ近くで、よほど悪影響があるに決まっている!」

ヨウスケの意見も親なら当然だ。四家の全当主が一緒するとはいえ、巨大な禍の近くにシズクを連れて行くなど、危険の中に全力で突っ込んでいくようなものだ。呪術の力も万能ではないのに。ヨウスケ自身もシズクを守りつつ己も守りつつマサトたちをサポートしてやれる自信などなかった。ヨウスケだけではないだろう。今度行うという封印の儀は今までの封印の儀とは異なる手順で行うものだ。マサトが言っているとおり、解封の儀になる。不完全とはいえ、封印の儀はまだ安全だったはず。が、今回ばかりはそうじゃない。国家を破壊直前までもっていった凶悪な禍の塊が剥き出しになると言うのだ。一番犠牲者になりやすいのは、禍への対抗力を持たないシズクだ。

将来のため、人々のため、娘一人犠牲にする。究極の選択だ。マサトたちはシズクを死なせたくないからと言っているが、彼らの行おうとしていることが、シズクを危険にさらすことに他ならない。

ヨウスケが反対する限り、儀式の実行はムリだ。四家の協力あって成り立つのが呪術師たちの儀式だ。

「ヨウスケ殿、あなたの気持ちもよくわかる。だがこのままではシズクちゃんも禍のせいで不幸な死を迎えることになる。いや、シズクちゃんだけが不幸になるわけじゃない。四家が崩壊して、この島に禍が解き放たれてしまう。多くの人を巻き添えにして、信頼を壊してしまうことになる」
アラシがヨウスケに語りかける。それに続いたのは意外にもガンザだった。

「私は妹を救ってやれなかった。妹だけではない。禍のせいで早死にした犠牲者は他にもいただろう。兆候はあった。だがそれを見抜けなかった我々に落ち度がある。同じ過ちを繰り返すわけにはいかん。
シズクさんを妹と同じ目に合わせたくはない。その気持ちはお前だって同じではないのか?」

「くっ…」
ヨウスケは言い返そうと強張るが、シズクを死なせたくない。誰よりも幸せになってほしいと願う大事な愛娘だ。他にないのか?と考えをめぐらす。だが、焦って脳内は真っ白で、ただ不安な心音ばかりが高鳴る。

「シズク元気にしたい! シズクのため…なんでもスル!」

部屋の隅に影の中に埋もれていたはずのクマオの声に、その場にいた全員はじめ、ヨウスケも目を丸くして驚いた。いつもぼそぼそとしているクマオが、声を張り上げ主張するのは珍しい。
クマオの頭ではみんなの話についていけてなかっただろう。が、シズクが大変なことになっているのは理解できた。そしてその重要な決断に父が渋っていたことも。

「ヨウスケ殿、シズクちゃんを救いたいという気持ちはみな同じようだ」
あとは、あなたが同意するだけだ。
「むむ」と眉をしかめながらも、ヨウスケはまだ同意しなかった。が、少し気持ちは傾きかけていた。「わかった」と答えたが、ただと条件を付け足した。

「この場にシズクを呼んでからだ。あの子自身に決断させてやりたい」


ヨウスケに連れられてシズクがやってきた。四家の当主とそれぞれの跡継ぎが集う場で、一人場違いな気もしたが、封印の儀に自分も関わっているということで、実際は問題の中心にいる存在だ。シズクは大人しく「はい」とヨウスケに従った。
シズクに決めさせたいと言ったが、真面目で大人しいシズクが嫌ですとは言えないだろう。

「シズク、無理をすることはないんだぞ」
「お父さん。…だけど、わたしのせいで、みんなに迷惑をかけているのよね」

禍と婚姻してしまったばかりに。

どうすればいいのか、わからなかった。婚姻の破棄はどちらかが死ぬしかないのだと。キョウジはシズクに死ねばいいと言った。自ら命を絶とうとしたができなかった。不安定になりながらも、なんとかシズクはシズクを保っていたが、不信感だけは募りつつあった。毎夜続いている嫌な件のこともあって、キョウジに対する不信感だけは。

場で当主たちの話を大人しく聞いていたシズクだが、体は震え、耳鳴りと頭痛が酷くなり、まともに思考できなくなる。キーンという耳鳴りが体の奥から破壊するように鳴り響いて、我慢しきれず、立ち上がり場を離れようとした。

「おい、シズク待てよ、どうしたっていうんだ」

出ようとするシズクの腕を掴んで、キョウジが引き止めた。体の様子もおかしい。特別動いてもいないのに発汗して、瞳孔が開き呼吸も荒い。

「いやっ触らないでッ」

キョウジの手を振り解き、そのままの勢いでキョウジの顔を打つ。往復で数発。力のないシズクの殴打でも、本気で打たれれば痛い。打ったシズクの手も痛み、それに顔をしかめて殴打をやめる。大人しく暴力など振るうイメージのないシズクの一方的な暴行に、その場にいた者たちは驚き固まる。己の行為にハッとしたようにショックを受けるシズクだったが、キョウジの顔を見ると怒りがこみ上げる。

「お前、なにすんだよ」
「キョウジが悪いんでしょ! 毎晩、わたしにいやらしいことをして。あんな酷いことして、平気な顔して最低よ!」

「はあ?」

涙と怒声でシズクが叫んだが、キョウジだけはぽかーんとした顔で訊ね返す。さっぱり怒られる意味がわからない。

「なんだよ毎晩って、会ってもいないのに。それ夢か妄想だろ」

変態扱いされたキョウジに動じる様子はなく、反対にシズクのほうが顔を赤くしてプルプルと震えた。そして「最低!」と言ってキョウジの頬をぶった。「いって! 何回殴ったら気が済むんだよ」

「キョウジ君は最低の変態なんですね。シズクさん、あなたのお気持ちはよくわかりました」
とマサトがフォローを入れた、シズクに対して。それに「(おい、だれが変態だよ!?)」とキョウジは心の中でツッコミ憤る。


「わたし、儀式に参加します。だけど…、キョウジと一緒は絶対嫌です」
それがシズクの答えだった。あんまりすぎてキョウジはツッコミする気力もなく、「はあ?」と気の抜けた声を発するだけだった。
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