島魂粉砕

モドル | ススム | モクジ

  第四十一話 ナニかが犯す  

入浴を済ませ寝巻きに着替え、私室の布団の中シズクは眠りにつく。
だが、緊張の治まらない体は眠りにつけそうにない。あることがシズクを緊張状態にさせているのだ。それはシズクだけが知るある行い。

「(また今日も、くるの?)」

予感があった。それは必ず深夜を回るころ始まる。湿気を帯びたぬるい空気を肌で感じる。目に見えないソレは、だけどもしっかりとシズクの触覚を刺激する。人の呼吸のような湿った風が首筋を這う。ゾクゾクと体を振るわせるシズクの肌の表面を、ソレは撫で回す。背後から体をまさぐられているような感覚。部屋にはシズクしかいない。誰もいるはずがない。なのに、ソレはたしかにいる。シズクにはわかる。その存在がなんなのかも。

きゅっと体を抱え込むように自分を抱きしめるが、そんなことをしてもその感覚からは逃れられない。しっかりと閉じているはずの脇からソレの手はシズクの両乳房を揉みまくる。いやらしく執拗にモミモミと…。性感帯を攻められて耐え切れずにシズクの口からは切ない声が漏れる。だが家族に知られるわけにはいかないため、ふとんに顔を押し付けてあまり声が漏れないようにがんばった。

「(やだ、またおかしくなっちゃう)」

きゅっと唇をかみ締め耐えているが、それもやがて限界に達するとわかっている。いやらしい刺激になれてきたシズクの体は熱を帯び湿っていく。黒い髪が白い肌に…桃色に染まっていくそれに張り付く。強い緊張が襲い、心臓の音は大きくなり、呼吸も乱れていく。
押し付けた口元のシーツは湿り濡れていく。片手は口元を押さえながら、もう片方の手でぐっしょりとしてきたショーツをずらし、むちっとした尻が露になり、陰部が外気にさらされる。
だがそこが冷えていくわけでも乾いていくわけでもなく、生ぬるい感触が直に攻めてくる。
いやだ、と思うのが本心なのか、シズク自身にもわからない。自然と足を前後にずらし、ナニかを受け入れるかのような体勢になる。

「(くる、きちゃう…。!? きたっ)」

いつものそれがくる瞬間、どきどきと耐えながら、生ぬるい感触のソレはシズクのお尻の割れ目からなぞる様に前へと動いていく。ぐにぐにとねちょねちょと不規則に蛇足しながら。動きはゆるやかに優しいものから段々と激しく局部を刺激する動きに変わる。固定するようにぎゅっと布団を掴んでいたシズクの体も刺激に耐え切れずビクンと仰け反りはねる。
まぶたの裏が焼けるように熱い、喉の奥が乾くように鳴って。
閉じた目の真っ暗闇の中でシズクはその相手の顔を見た。

なんで…。

じわりと目じりから溢れた滴が頬から鼻に伝う。
意識が飛びそうになった直前に、行為は終わっていた。激しい運動をしたあとのように、シズクの胸は上下していた。
処女であるシズクはセックスを知らないが、先ほどの行為はそれに近いものだと思っていた。それに近い感覚は覚えがある。
夫婦の儀に似ているような…。
こんなことをする相手は一人しかいない。目に見えない相手をシズクは特定していた。間違いない、いつもこんなことをしてシズクの体をおかしくしているのはキョウジなのだ。
暗い空間の中、呼吸はゆっくりと本来のリズムに戻っていく。シズクの精神も正常へと戻っていくにしたがって、切なさと静かな怒りが湧き上がっている。まだ熱を帯びているシズクの体には、シズクの体液しか付着していない。つまりセックスの痕跡などどこにもなかった。だがシズクは毎晩犯されているのだと思いこんでいた。肉体はそこにはないが、たしかにキョウジの仕業に違いないのだと、シズクは強く思い込む。

「なんでよ、キョウジのバカ…」

乾いていくシーツに、シズクがこぼした涙が再び湿りを与えていった。




一方そのころキョウジは風東の自室で床についていた。北地家のジンヤの騒動は、ジンヤと当主のガンザの間では解決した流れになったが。キョウジは解せなかった。ジンヤの母親が今は亡き叔母のシズカと判明したが、父親はわからずじまいだ。関係のありそうな相手といえば、妻子がありながらシズカに言い寄っていたというヨウスケだが、ヨウスケはジンヤはガンザとの間にできた子だと思いこんでいた様子。まさか父のアラシではないよな、と冗談めいてアラシに聞いてみたが、おもいっきり茶を吐きながら「あるわけないだろう。彼女とは一対一で会ったこともないし、第一お前が生まれたばかりでよそにうつつを抜かす余裕などなかった」と思い切り否定していたが。「まさかじいちゃん、なわけないよなぁ」とこれも冗談半分で父に確かめるように訊ねてみたが、「ないだろう、それも…、ないと信じたいところだ」と弱まる語尾に一抹の不安を覚えたが。祖父の日記の文面からシズカに対する特別な感情は感じられなかったし、キョウジもないものだと思い込みたかった。アラシもジンヤの父親が誰か、さっぱり心当たりがないとの返答だった。これは聞きづらいが、ヨウスケに真相を確かめるほかないだろう。禍対策にしても、近々当主会議を行わなければならない。封印の儀のことだけではない。シズクのこともだ。ガンザが言う様にシズクもシズカと同じ状態にあるなら、このまま放置するのは危険だろう。シズクとその周辺だけの問題ではすまなくなる。禍の影響で精神に異常をきたし、ジンヤたちの命を奪おうとしたこともあるシズカ。シズクも同じように、過ちを犯す恐れがある。
キョウジやマサトに対する警戒心や嫌悪感も禍のせいだろう。

「(シズクが僕を嫌う理由なんて、他にないはずだし…)」

恋愛感情がないことははなからわかっていたが、好意はあるものだと思っていた。長年友人として、時には家族のように親しくしてきた間柄なのだ。マサトやスミエに嫌われる理由なら思い当たるが、シズクに対しては嫌われる原因なんてなかった。
時々からかうような軽いイタズラならしたことはあるが、それがイタズラであることはシズクもわかっていたし、恨みを買うような酷いことはしていない。

シズクとの思い出を脳内で再生する。ジンヤとシズクが付き合い始めた頃、お互い一対一ではまともに話もできず、通訳代わりにキョウジが間に入っていた。話題を振るのもキョウジの役目だった。あるテーマでシズクとジンヤの二人が共感しやすい話題を振る。そのたびに、同じ感覚を共有し、絆を深め合い距離を縮めていった。それでも、他の男女のように接するまでは至らなくて。お互いの目を見て話もできないようじゃ、キスなんて永遠にできない二人なんじゃないかと思えるほどに、病的にウブすぎた。

「なあジンヤ、お前さ…。シズクの胸触りたいとか思ったことないわけ?」

ある日キョウジはジンヤにからかうようにそんなことを聞いた。成長期を迎えてからシズクの胸は膨らみ、年々目に見えて大きくなり、走ると確実に揺れるサイズにまでなった。男ならシズクの胸は気になって当然だと思うが。ジンヤお前だってそうなんだろと心の中で茶化した。だがジンヤの反応はキョウジの予想と違っていた。

「そんなこと考えるわけないだろ! キョウジ、お前は下品な感情で彼女を汚すつもりか!」

赤面しながら「バカ、変なこと言うなよ」的な反応を期待していたが、ジンヤには真顔で説教された。「お前そんなことを考えているのか?」と釣りあがった目で責められて、「いやないない、冗談だって」と必死に否定した。実際は妄想でしょっちゅう揉んでいるが。いくら冗談でも想い人のおっぱいを揉みたいと言われて、いい気はしないだろう。に、しても…。キョウジからしてもジンヤは特殊に思えた。興味のない相手ならともかく、シズクはとりあえずは恋人と言える関係だ。恋人に触れたいと思うのが通常の感覚じゃなかろうか。体もほぼ成人に近くなって、性欲だって盛んなお年頃だ。思春期まっさかりのメバルはそれが顕著だが、それはどうでもいいので置いておく。

「(ジンヤって、性欲薄いんじゃないか…。シズクを好きになったあたり、ホモじゃないってことは証明されたけど。…もしや潔癖症ってやつか、恋愛の)」

などと思いもした。ジンヤは他の同年代の男子と比べると、エロへの興味が極めて薄かった。家が厳しいこともあるだろうが、エロ本の類は一切持っていなかった。女子のミニスカートやブルマにも無反応すぎたため、一部の女子からは「ホモなんじゃないの?」とからかわれていたが、本人は否定していた。ホモじゃないことは身近にいたキョウジ自身がよく知っていた。欲情されたことなどなかったし。(あったらあったで今の関係は壊れていたかもしれない)。
そんなことで跡取りが作れるのか?という心配だが、男の機能には問題ないということは明らかにしていた。オナニーもちゃんとしているらしい。ただキョウジと違っていたのは、シズクをネタにオナニーをしたことはないということだ。

まあジンヤのほうがそれでよくても、シズクのほうはどうだろうか。男と女ではエロのベクトルは違うかもしれないが。シズクだって好きな相手と手を繋いだり、キスをしたいと望むのではないだろうか。シズクが読んでいる少女向けの文学にもそういった恋愛描写はよくある。きっとシズクだって憧れているはずだろう。愛する人と口づけを交わしたいと…。


結局シズクはジンヤとしたみたいだけどな。

けしかけたのはキョウジだが、シズクのファーストキスの相手はジンヤだと思うと複雑な気持ちになる。まあ相手がマサトや他の男じゃないことが幸いだ。ジンヤでよかったと思う。シズクが好きになった相手が他の男だったら、きっと妨害していたに違いない。

キョウジが二人の仲を取り持ったのは、両家の関係に対するアンチテーゼもあったが。ジンヤが親友だから、親友の初恋を実らせてやりたい思いがあったのと。ジンヤが童貞で堅物で奥手で性欲が薄かったから、シズクの貞操は安全だと思ったからだ。お互い二人きりでは会えない環境と心境にあったから、キョウジが監視できるという点で安心もあった。二人の関係に苛立ちを覚えながらも奥手すぎて安心するなど、矛盾する気持ちだったが。

結局、キョウジ自身はどうしたいのかと言うと…。

シズクの気持ちを優先してやりたいと思う。シズクの気持ちは当然ジンヤに決まっている。真実を打ち明けガンザとの親子関係も以前よりいい方向に進んだといえよう。頑固者のジンヤが進んでガンザにシズクとの婚姻を相談できるとは思えないが、自分が背中を押してやればいい。

「(その前にジンヤの父親が誰かをハッキリさせておかないとな)」

ジンヤにシズクを託して、封印の儀をやり遂げて、島を出る。その前にやることはもろもろあるが。
大きな流れはそういうことだ。


『シズクはお前のことなにか誤解しているみたいだ。ちゃんと話したほうがいいんじゃないか?』

今日ジンヤにそう言われた。屋敷を飛び出したシズクは「一人で大丈夫だから」と言ってそのまま帰ったらしい。なにかに不安がるような顔をしたままだとジンヤは説明していたが。
その誤解も禍から解放されれば、きっと解けるはずだ。キョウジに対する嫌悪も消え去るだろう。マサトのことは嫌いなままでもかまわないと思うが。

「(話したところで聞く耳持たないだろう。先にアイツと禍の関係を絶たなきゃな)」

「いかないで…」

消え入りそうな切なげな声が聞こえた。涙目で呼び止めるシズクの幻影が見えたようで、キョウジは我が耳を疑う。「行くなって、どういうことだ?」

「まだイッちゃダメだよ、シズク姉ちゃん。あっダメだ、先におれがイッちゃう、はうん!」

「……」
壁の向こうから弟の気持ち悪いハァハァ声が聞こえてきて、げんなりするキョウジだった。
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