島魂粉砕

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  第四十話 真相は闇?  

シズクにとってマサトはNGワードだった。何度か婚約の話があった相手で、母も婚姻相手として一番に押していた相手だ。彼の周辺で五人の女性が不審死をし、そのことで殺人の疑惑をもたれていたこともある。
マサトはシズクに好意を寄せているし、はたから見れば人当たりのいい爽やかな青年だ。
が、そうじゃない。シズクにとっては。
幼い頃の恐怖の記憶。以前キョウジに打ち明けた恐ろしい記憶。
森の中で女性を殺し、現場を目撃したシズクに対して恐ろしいことを言った。

『私は遠く離れた相手を呪い殺す事ができるんですよ。例えば、あなたの大事な人が…』

まるで何度も体験した場面のように錯覚する。忘れたい記憶は忘れさせまいと何度も脳内で再生する。あの男は恐ろしい、決して近づいてはいけない、命に関わる。と魂が警告しているようで。

怖い!

ぎゅうと掻き毟るように胸を掴む。体の中から恐怖を取り除けたらいいのに、だがそれはできない。せいぜい痛みで紛らわせるくらい。

『シズク、僕のところに来い。僕がお前をマサトの奴から守ってやる』

キョウジ!?
そうだ、キョウジだ。キョウジがマサトの恐怖に怯えるシズクに救いの手を伸ばしてくれた。おそるおそるシズクは手を伸ばす。だがすぐにその手を引っ込めることになる。再び恐怖を感じる。その恐怖はマサトではなく、救いの手を伸ばしたはずのキョウジからだ。キョウジの手には術紙があり、シズクを忌まわしいものを見るような目つきで見ている。

『禍め、消えろ』

え? え?
やだ、やめて、なにするつもりなの?

明確な殺意が向けられている。キョウジは言った。シズクに対して「死ねばいい」と。
禍と婚姻したと言ったのはシズク自身だ。あいまいな記憶と感覚だが、それは間違いない事実であると自覚している。呪術師は禍を退ける力を持っている。禍を人々から退けること、そして島の中心に封じられている巨大な禍を島に封じ続けることが彼らの使命だ。シズクもそんな呪術師四家の人間だ。跡取りでないシズクにその力はないが、父や兄の役目はわかっているつもりだ。
禍は悪しきもの。人からすれば、それが正常な考えだ。
シズクが禍なら、その禍に対して呪術を行使する。それはおかしなことじゃない。
自分でまいた種なのに、ショックだった。キョウジに死ねといわれたこと。思い出した別の記憶と、その時に封じた想いが蘇り、その時にキョウジに傷つけられたこと、親しかった幼馴染は、今ではなにより憎たらしい存在だ。優しくされたことも、すべて裏返しでシズクを傷つけるための裏切りでしかなかったんだと思い込む。

「突き放すくせに…、わたしのことなんて本当は邪魔だって、思ってるくせに」

マサトとは別の感情で、シズクはキョウジを拒む、嫌悪する。
嫌悪する理由は他にもある。最近毎夜体験しているある事だ。体が思い出す、その奇妙な体験の感覚を。びくりじわりと性的な感覚が…。

「酷い…」

あんな酷いことをしたくせに、何食わぬ顔でシズクの前に現れる、無神経なキョウジが許せなかった。

「バカ、大嫌い」

「そんなに嫌いだったのか、マサトさんのことが」

「えっ、あ…ジンヤ」

独り言に反応されて驚いて顔を上げるとジンヤがいた。今の大嫌いはマサトに対してのものではなかったが、ジンヤにはマサトのことだと思われてしまった。

「そういえば君はマサトさんとの婚約を嫌がっていたな。やっぱり例の疑惑があったからか?」

なぜマサトの話になるのだろうとシズクは思ったが、マサトの名前を聞いて屋敷を飛び出してしまった。それが原因と思われても仕方ないだろう。シズクが逃げ出した理由はマサトへの拒絶反応もあるが、キョウジのせいでもある。やっぱりキョウジが嫌いなんだ、触れられることに拒絶反応を起こしてしまう。

「そのことだけじゃなくて、わたしあの人はどうしても苦手で。子供の頃に、怖い思いをさせられて…」

ふるふるとシズクは首を横に振り体を震わせた。キョウジもマサトにトラウマを植えつけられたと言っていたが、シズクもなのだろうか。嫌いなキョウジをいじめるのはまだわかるとしても、マサトはシズクに対しては好意を抱いている。好きな相手をいじめるというのもあるだろうが、マサトはそんなことをするタイプには思えなかった。怖い思い?それにはジンヤも思い当たるところがあった。

「まさか、君もあのコレクションルームにつれていかれたのか?」

「え? コレクションルーム?」

「ああ、あの人は死体愛好家で死体を飾ってある悪趣味な部屋がある。俺もそこに招待されたことがあるんだ。子供の頃ならトラウマになっても仕方ないだろう」

思い出すだけで気色が悪い。死体を見つめながら恍惚とするマサトは立派に変態だと思う、本人の前ではけして言えないが。今のジンヤでさえ気持ち悪いと思った場所だ。多感な思春期の頃の少女ならトラウマになってもおかしくないだろう。

「わからない。よく覚えてないけど、でもとても恐ろしかった」

シズクの記憶の中にマサトの趣味やらコレクションルームに関することはない。ただ恐ろしかったマサトの記憶だ。森の中で人を殺し、シズクの家族を呪い殺せると脅した恐ろしい男の記憶だ。以前キョウジが西炎家へ乗り込み、その件でマサトを問い詰めたが、マサトはありえないと否定したが。シズクの中ではマサトの恐怖は上書きされずそのままだ。

「例の件の真相は俺にもわからん。マサトさんは否定していたがな。殺人など犯せば禍を活性化させてしまい、封印の儀の成功率を下げてしまうからな。変わっているところはあるが、そんな過ちを犯す人ではないと信じたい」

マサトのことは好きでも嫌いでもないが、婚約者の兄でもあるし、今後の付き合いもある。それに同じ四家の呪術師として力をあわせていかないといけない人だ。北地の跡取りとして…。
ヨウスケの暴言にショックを受け、生まれてはいけない存在だと思いつめていたが、父ガンザから真相を聞いて、ジンヤの中に強く芽生えた気持ちがあった。生んでくれた母シズカへの愛情と、跡取りとして厳しく育ててくれた当主ガンザへの感謝と尊敬の気持ちだった。叔母だと思っていた人が本当の母親で、父親だと思っていた人が本当の父ではなかった。だが、今改めてガンザこそ尊敬する父上であるとジンヤは感じていた。いつも厳しく感情を見せることがなかったガンザ、当主だから、自分はただ一人の跡取り息子だからと言い聞かせて耐えてきたが、すべては母シズカの想いのため、厳しいしつけも愛だったのだと今のジンヤだからこそ思う。

「それにマサトさんは呪術師として優れた能力を持っている人だ。禍を感知する力にも長けているし。だからあの人だからこそ気づいている部分もあるはずだ。…正直よくわからんところもあるが。
禍を解き放つべきと言っていたしな。あの時話が中断してしまったし、マサトさんの考えを当主交えてちゃんと聞かなきゃいけない。
父上の言ったとおり、君の異常も母上と同じなら早急に手を打たなきゃいけない」

「でも、わたしは禍と婚姻して…。死ぬしかないってキョウジも言って…」

「アイツがそんなネガティブな考えにいたるとは思えんな。本気で君に死ねなどアイツが言うと思うのか?」

そんなわけないだろうというジンヤの言葉に、シズクは肯定できなかった。嫌悪と疑念、見えない何かに背中を押されるように、その感情は増していくばかりだ。




「じいちゃんもマサトと同じこと考えていたとはね…」
よりによってあのマサトと同じ思考…と思うと微妙な気分になる。当主の間でキョウジはガンザと二人きりだった。知らぬうちに緊張でか汗をかいて喉が渇いていたが、ガンザがお茶出すなどしそうもない。「すみません、ちょっと水もらいます」とキョウジから水道へと向かった。
ガンザから聞いた話でいろいろと疑問に思うところはあった。できれば、祖父から話を聞きたかったが、すでにこの世にいない祖父からそれは叶わない。交霊術でもできればいいのだが…。
ゴクゴクと水を飲み干し喉を潤したところでキョウジは「あっ」とあることに気づいて声を出した。

「結局ジンヤの父親って誰なんだよ?」

そこはあいまいにしちゃダメな部分なんじゃないのか? ヨウスケにはジンヤはガンザとシズカの間に生まれた近親相姦でできた子供だと思われている。がそれはガンザ自身が否定した。シズカが産んだ子なのは違いないが、自分の実の子ではないと。子供は一人で生むことができない。ジンヤにも生みの男親がいなくてはおかしい。ガンザの子ではないがジンヤは北地の跡取りとして四家各当主から認知されたのだ。

「夫婦の儀を経て生まれた子だとすると、四家内の誰かってことになるんじゃ…」

ガンザ以外でシズカが接点を持った相手、それはヨウスケではないか?
ということに気づいたキョウジは変な汗が噴出した。
ジンヤが帰ってくる前にガンザに確認しておかなきゃいけない。慌ててキョウジはガンザのいる当主の間に戻った。
ジンヤの親が誰か、ハッキリさせておかないと。もしヨウスケの子だとしたら、シズクとは腹違いの兄妹になってしまう。そうであったなら、自分はとんでもないことをしようとしていたんじゃないかと、キョウジは変な汗をかく。

「ジンヤの父親が誰だと? 私も知らぬ。妹は最後まで明かさぬままだった」
とガンザもジンヤの父親については知らないと答えた。真実を知るのは亡くなったジンヤの母だけのようだ。

「(となるとヨウスケさんに確認するしかないよな。…でもあの口ぶりからしてその可能性も低いような気が。あっちはあっちでジンヤは近親相姦で生まれたと強く思い込んでいたみたいだし…)」

一人ぐぬぬぬと悩むキョウジに反して、ガンザは些細などうでもいいことと切り捨てた。

「ジンヤの父が誰など問題ではない。ジンヤは北地の血を引く正真正銘の跡取りで、私の息子だ」

問題あるだろとキョウジが心で突っ込んだ、そのタイミングでジンヤが戻ってきた。「父上!」と妙に熱の入った声で。

「私の父上は父上ただ一人です! 私は父上を師として当主として父として尊敬し愛しています! 本当のことを話していただいてありがとうございます。私は父上を誇りに思います」

「行儀が悪いぞジンヤ、それでも北地の次期当主か」

ピシャッとガンザの厳しい声が間に響く。それに反射的に正座になり「申し訳ございません!」とジンヤが床に頭をぶつける勢いで辞儀をした。いつもの父とのやり取りに以前は禿げそうだったジンヤも今は感極まっている。生みの親など関係ない。血は繋がっている、まぎれもなくジンヤの父はガンザなのだ。と、ガンザとジンヤは納得していても、キョウジはそうではなかった。

「(大いに問題あるだろ、ジンヤの親は結局誰なんだよ)」
ヨウスケに直接確かめるのは、今は難しいだろう。先に父アラシから話を聞くべきだなとキョウジは思った。ジンヤの父親がヨウスケでないことを切に願うばかりだった。
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